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【長編ss】ココア「live die repeat and repeat」
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1 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:55:10 ID:LXHxLaq/N9
長編ss(予定)です。

昨年2月にあった『エトワリア冒険譚 後編 目覚める鋼鉄の巨人』イベントにオリジナル要素を加えたリブート作品です。

ーーcaution!ーー

以下の点に不快感を感じる方はブラウザバック推奨です。

・グロ描写あり
・死亡描写あり
・ループものです
・オリジナルキャラあり(一人だけ)
・独自解釈多数
・独自設定多数
・キャラ崩壊
・終始シリアス展開

ss初投稿のため、至らないところもあるかもしれませんが、優しく見ていただけるとありがたいです。

また、誰も死なない終わりを目指します。

< 1234
271 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/26 22:49:13 ID:tCcM7jbIAN
ついに100回目ですか、来るところまで来ましたね。
二人がかりでカイエンを乗り越えて得られたのは、『カイエンの死亡がココアのリピートのきっかけになる』という情報でしたか。つまり、今までのループの中でココアがいきなりリピートしたのは、リゼないし誰かがカイエンを倒していたってことなんでしょうか?

まだまだ謎が残っていて目が離せません!次回も楽しみにしています!

272 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/28 22:38:23 ID:aJyHbRoT1u
>>271
ありがとうございます!
仰るとおり、今までの強制リピートは全てカイエンが殺害されたことが原因です。
3日目の朝にカイエンは、洞窟内の魔方陣の破壊の為に来たコルク、ポルカ、ソルトと戦闘になります。

ここでココアが来なかった場合、3人は殺され、カイエンはゴーレムたちを率いて、里を襲撃、壊滅的なダメージを与え、多くの犠牲者を出します。
その後、ある人と戦闘になり、最終的にカイエンは討死、呪いによってココアが死亡、リピート発生、という流れですね。

矛盾点とかあるかもしれませんが、温かく見ていただけるとありがたいです……

また、次上げるのはもうちょっと先になります、すいません……

273 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:06:38 ID:4KggV5HtYa

意識を取り戻して目にしたのは、最早見慣れた、この世界で宛がわれた自室の景色。
白と桃色を基調とした、ファンタジックないつもの衣装。
そして、ベットに立て掛けられた剣。

「……また、ここからやり直しか」

戦場で生き残り、仇敵を討ち果たし、しかしまた私はここに戻ってきた。
だが前の週では、一気にかなりの情報が手に入った。
必要なのは、情報の整理だ。

ーーその最たるものはやはり、『呪い』についてか。

ーー随分前の週の記憶、実時間にして8か月ほど前。
感覚的には、10年も前の出来事のようにすら思えるある出来事を、私は思い出していた。

『ーー今のココア様には、何か、強力な呪いがかかっています、かつてソラ様がかけられたような、命を脅かす程の強力な呪いが』

ランプちゃんに言われた言葉。

『ココア様のかけられているそれは『死』の呪いです』

『わかったことは、何かがトリガーとなって、対象者に確定的な死をもたらす、そういう呪いだ、ということです』

今になって、そのトリガーがわかる。
それは、カイエンの『死』だ。

274 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:07:40 ID:4KggV5HtYa

カイエンが死ぬことがトリガーとなって、連鎖的に私が死に、そして私の死がトリガーとなって『刻巡り』が発動する。

そう考えれば、今までのいくつかの疑問にも説明がつく。

今まで、3日目の夜、日付が変わる時間になったとき、その時点で強制的に刻巡りが発動していた。
その影響で私から、チノちゃんと一緒に逃げる、という選択肢が奪われたのだ。

その理由は、その時間にカイエンが死んでいたから、とみて間違いないだろう。

誰が殺したのか?
ーー里にそんなことができる人間は、一人しかいない。

「……ライネさん、か」

ーーライネさんが、カイエンと交戦、殺害していたのだ。
私のいた場所とは別の場所で里の防衛を行っていたライネさんは、その場所の敵を殲滅し、私のいる場所へ向かった、それがおよそ、戦闘開始から50分程度の時間。
そこから戦闘が発生し、ライネさんはカイエンを打ち取り、『呪い』によってその瞬間に私も死亡、それによって『刻巡り』が発動した。

ーー改めてライネさんの恐ろしさを実感する、前の週で私達がギリギリのところで倒したカイエンを、彼女は一騎討ちで、邪魔がなければ確実に倒しているのだ。

275 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:08:28 ID:4KggV5HtYa

「なら、ライネさんを連れていけば……でも」

ライネさんを連れていけば、絶大な戦力になることは間違いないだろう。
その場合気がかりなのは、里だ。

前の週で私が洞窟で倒したゴーレムも、里を襲撃したゴーレムの数に比べればかなり少なかった、つまり、それ以外にもかなりの数がどこかしらに存在することになる、それを虱潰しに探し、始末して回る時間的余裕はない。

ーーつまり、3日後、ないし4日後に起こる里の襲撃は避けられないということ。
その際、ライネさんが相当数の敵を引き受けた上で、里のクリエメイトたちは壊滅し、あの凄惨極まる状況が引き起こされたのだ。
ライネさん抜きならどうなるのかは、想像するのもおぞましい。

しかし、リゼちゃんが言った通り『言の葉の木』の戦力もゴーレムの襲撃で動かすことは出来ない。

そして……カイエンは此方を襲ってくるが、鋼鉄巨人を破壊、そしてクリエゲージを破壊して私が帰るまで、カイエンを殺すことはできない。

276 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:09:23 ID:4KggV5HtYa

「呪いを解くことが出来れば、そうする必要はなくなるけど……」

ーーそのためには『言の葉の木』まで向かう必要がある。
以前やったように歩いて3日、鉱山の街にいるはずのソルトちゃんに頼んで転移させてもらえれば1日半、といったところか。
しかし、私の『呪い』がランプちゃんが言っていた『かつてソラ様がかけられたほどの強力な呪い』であるならば、『言の葉の木』でも解呪は不可能だろう。
聞いた話では、ランプちゃんときららちゃんの旅を記した日記が、一つの『聖典』となり、そこから生み出されたクリエによって、女神ソラの解呪は成功した。
つまりは『奇跡』だ、そんな眉唾なものは頼れない。

カイエンは言っていた、『クリエゲージを破壊して帰れ』と、その言葉を信じるなら、この呪いも異世界までは追ってこない、ということなのだろう。

つまり、『カイエンの足止めをしながら、鋼鉄巨人を破壊、及び内部のクリエゲージの破壊』
この勝利条件は決して揺らがない。

「……戦力が足りなすぎる」

前回の結果……肝心の鋼鉄巨人へは、一切の傷を与えられていない。
敵の防御が強固過ぎるのだ、更なる火力が必要なことは明白。
その上で、カイエンの相手をする者も必要だ。

どうすれば……。
里のクリエメイトを連れていく?
いや、戦闘慣れしてない子たちばかりだ、もしカイエンや鋼鉄巨人と相対したならば、抵抗すら出来ず消滅させられるだろう。

そして、きららちゃんと共に修羅場を潜り抜けた歴戦のクリエメイトたちは、現時点でカイエンに倒されてしまい、もういない。

「けど、他の人たちは……」

ーー死ぬ。
この世界の人たちは、死ぬ。

277 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:10:15 ID:4KggV5HtYa

それが怖かったから、誰かの死を許容できなかったから、誰にもこの事を話すことができなかった。

私は『何も変わらない明日が欲しい』。
誰かが死んだ時点だ、それはもう、叶わなくなってしまうから。

でも、私だけでは勿論、既に関わっている6人でも、状況の打開は難しい。

やはり、叶わない願いなのか。
思い出す。
以前、ライネさんと戦っている最中のこと。
『何も変わらない明日が欲しい』、そう言った直後に、私はこう言われた。

『あなた、戦うのをやめなさい』
『あなたに戦いは向かない』

と。
それを言うライネさんの表情は、悲しそうだった。
私より遥かに強いライネさんですら、それは難しいのだと、その願いはただ、心を磨り減らすだけだと、だからそんな愚かな願いは捨てろ、と。
絶対的な力で叩きのめしながら、彼女は言葉なく、そう私に伝えた。

「でも……それでも私は受け入れられない……何も、見捨てたくない」

もっと、私が強くなればーー
このリピートで変えられるのは、私の力だけだ。
戦力が足りないのならば、私が補うしかないのだ

278 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:10:32 ID:4KggV5HtYa

ーーそこまで考えたとき、部屋のドアがノックされた。

279 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:12:12 ID:4KggV5HtYa

朝、いつものようにココアさんを起こしに行き、部屋のドアを開けると、彼女は既に起きていた。

「え……?」

思わず、チノはそんな声を漏らした。
一瞬、そこにいたのが誰だかわからなかったからだ。

それはきっと、その瞳に、今まで一度も見たことがないような剣呑な光が宿っていたからだ。
無表情であることすら殆ど見たことのない彼女の初めて見る表情。
そこに浮かぶのは……焦燥? 悲嘆? 或いは……怒り?。

「あ……」

私が入ってくるのを見ると、彼女はそれらを隠すように、ぎこちなく笑った。
仮面を張り付けたような笑顔。
快活で朗らかな彼女は、どこにもいなかった。

「ココアさん……?」
「チノちゃん、おはよう」
「なにか、怖い夢でも見ましたか?」
「え……?」

言うと、彼女は一瞬表情を曇らせる。

「……ぱり……めなのかな……」

すぐさま、ぎこちない笑みが戻る。
でも瞳の奥には恐怖が張り付いて、泣きそうに見えた。
必死に口許を笑みの形に持っていこうとして、でも、目は全く笑っていなかった。

いつもだったら、すぐさまふやけた笑みを浮かべて飛び付いてくるのに、戸惑うように、諦めようとしているように、視線と手元だけが彷徨う。

280 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:13:00 ID:4KggV5HtYa

いつもだったら、すぐさまふやけた笑みを浮かべて飛び付いてくるのに、戸惑うように、諦めようとしているように、視線と手元だけが彷徨う。

「チノちゃん……?」

僅かな静寂に耐えかね、ココアさんが声をかけてくる。
何処か不安げな声。

ーーなぜそうしたのかは、わからなかった。
此方を見るなり、とても寂しそうな表情をしたからか。
次いで、親に悪戯がばれた子供のように怯えた表情をしたからか。
彷徨った手が恐らくは無意識的に、ベットに立て掛けられた剣を握りしめたからか。

ーーそんな、恐ろしく危なげな彼女に、わたしは飛び付いた。

「っえ……!?」

戸惑うような声。
いつもなら、こんなことがあれば目を輝かせてモフりにくるはずだ。
でも、彼女は私を抱き締めていいのかわからないように、腕を彷徨わせる。

「ココアさん、大丈夫ですよ」
「え……」
「なにがあったのかは知りませんけど……今は好きにして、大丈夫です」

彼女は戸惑うように目を白黒させて、ゆっくりと、私を抱き締め返した。
壊れやすいものを扱うように、とても弱い力で。
張り付けたような笑みは失われ、瞳に涙が貯まっていく。

281 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:14:01 ID:4KggV5HtYa

「ダメ……ダメだよ」
「ダメじゃないです、こんなココアさんを放っておくなんて、出来ません」
「でも……私は」
「お姉ちゃん、ですよね? 」
「うん……でも……チノちゃんを苦しめちゃう、そんなのは、お姉ちゃんじゃない、から」

譫言のような呟き、感情を整理できていないが故の、意味の繋がらない言葉。
だけど、ココアさんがとてつもなく苦しんでいることは、わかった。
それに、わたしが関係しているのだろう、ということも。

「話してください、とは言いません、でも、わたしはここにいますから、それは忘れないでください」
「……」

静寂。

10分か、20分か、或いは一時間かーーとても長い時間、それは続いた。

「……チノちゃんが、死ぬ夢を見たの」

282 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:15:22 ID:4KggV5HtYa

ふと、ぽつりと、彼女は呟いた。

「それだけじゃない、クリエメイトの皆、里の人たち、そして私も、皆死ぬ夢」
「……」
「それはなんども続くの、私が死ぬ度になんどもなんども繰り返して、なんどもなんどもなんども死ぬところを見せられる、みんなはそれを忘れてて、私だけが思い出す」
「……はい」
「私だけがそれを変えられるの、だからなんども繰り返した、なんども死んだの、なんども死ぬところを見たの、なんどもなんども繰り返して、私は私じゃなくなったの」

そこまで言って、彼女の瞳から涙が溢れた。
声に嗚咽が混じる。

「私は強くなって、少しだけなにかを変えられるようになった、でもその度に、私は私じゃなくなっていく、私の理想から、お姉ちゃんから、どんどん遠ざかっていくの、チノちゃんからもどんどん遠ざかっていって、もう、触れかたすらもわからない」

彼女の手に力が籠る。
でも、抱き締められることはなかった、本当に、どうして良いかわからないかのようだった。

「これは、いけないことなの、私が巻き込んだ人は、みんな死んでしまう、そんなのは嫌だから、なんどもやり直した、なにも変わらない明日が欲しくて、全てをなげうって強くなった」
「……」
「あと、もうちょっとなんだ、私がもうちょっと強くなれれば、全てを終わらせられる、なにも変わらない明日が手に入る、だから、もうちょっとだけ……」

ココアさんは笑った。
泣きながら笑った。
とてもぎこちなく、笑った。

283 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:16:06 ID:4KggV5HtYa

「……ココアさんのバカ」

この人は……バカだ。
誰かのために、私のために、ずっと戦っていたのだ。

原因はわかる、わたしも当事者だから。
『オーダー』による召還、だれかによって行われたそれの、目的を達成するための戦い、ココアさんは、それに巻き込まれたのだ、と推測できる。

そして、ココアさんの言う『何も変わらない明日』の為に、彼女はずっと戦いつづけてきたのだ。

でも。

「ココアさんがそんなに苦しんで、『何も変わらない明日』なんて、訪れるわけありません」
「え……?」
「ココアさんは、わたしにとってすごく大きな存在なんです、それがこんなに苦しんでいるのを、見過ごせる筈がないじゃないですか、そのまま過ごすなんて、できるわけないじゃないですか」
「あ……」

強く抱き締める、放っておけば、彼女はこのまま、何処かへ飛んでいってしまいそうだと感じたから。
自分の全てを犠牲にして、全てを終わらせてしまう、と感じたから。

「ココアさん……わたしはココアさんと違って、きっとすごく弱いです」
「うん、だから、チノちゃんは」
「でも、何もしないなんて出来ません」

決然としてわたしは言った。

「弱いだとかなんとか、そんなのは関係ありません、わたしは、ココアさんの力になりたい、こんな、危うげなココアさんを一人にしたくないんです」

わたしはココアさんから離れて、決然として言った。

「今日はお店、休みましょう」

284 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:16:41 ID:4KggV5HtYa

チノちゃんに連れられて、私はライネさんのお店に来ていた。

「あら? ごめんなさい、まだ準備中で……」

ドアベルの音に反応して、奥からライネさんが出てくる。
料理の仕込み中だったのか、手にはお玉。
奥からは、香しい匂いが漂ってくる。

「チノちゃん、ココアちゃん? こんな朝早くに、どうしたの?」
「ライネさん、お願いがあります」

開口一番、チノちゃん言った。
その表情からなにかを察したのか、ライネさんの表情も少し固くなる。

「適当に座って待っててくれる? 火を扱ってるから」

285 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:17:26 ID:4KggV5HtYa

「それで、お願いって? 」
「それは……その」

チノちゃんは何かを喋ろうとして、私の方を向いた。

あぁ、そうか。
チノちゃんは強引に私を連れて飛び出してきたが、何が起こるのかに関しては、全く知らないままだったのだ。

「……ココアさんを、助けて欲しいんです」
「……助ける? 何か、危険なことに?」
「ココアさん、いいですか」

チノちゃんが聞いてくる。

話してくれますか、と言うことだろう。

「……やっぱり、ダメだよ」
「ココアさん……!」
「私一人で終わらせる、だからライネさん、私に稽古をつけてもらえますか」

286 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:19:06 ID:4KggV5HtYa

私は言った。
何の犠牲も出したくない、そうするには、私がなんとかするしかない。
本当であれば、リゼちゃんたちにも関わって欲しくないのだ、だが、彼女たちは既に関わってしまっている、今さら退くことなどないだろう。

ライネさんの死ぬところを思い出す。
腹を剣で串刺しにされ、倒れたところを無数のゴーレムに袋叩きにされる。
あまりにも残酷な死に方、原型すらも残ってはいなかっただろう、人の死に方ではなかった。

「うっ……」

思わずこみ上げた吐き気をどうにか抑える。

「……ココアちゃん、それは、あなた一人でどうにか出来るものなの?」
「どうにかします、誰にも迷惑はかけません、そのために、もっと私を強くしてください」
「それは、できないって言ってるようなものじゃないかしら……」

ライネさんは、苦笑いをしながらその言葉を聞いた。

「ココアさんは意固地になっているだけです、なんで、ココアさんだけが苦しめられなきゃいけないんですか」
「これは、私にしかできないことだから」
「そんな悲しい顔で言わないでください……『オーダー』による召還が関係しているのなら、わたしだって無関係じゃありません、そんな顔したココアさん、わたしは見たくない……」

287 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:19:53 ID:4KggV5HtYa

その言葉に、ライネさんは反応した。

「『オーダー』が関係している……?」
「はい、わたしも詳しいところは聞いてませんが……」
「それなら、私も無関係とは言えないわ、『オーダー』はこの世界、そして聖典世界にも影響を及ぼす大禁呪、原因が不明で、実害がなかったからそのままにしてたけれど……水面下で何かあったってことね、ココアちゃん、教えてもらえる?」
「……それは」

口ごもる。
ライネさんを殺害した後、カイエンは私からリピートの力を奪い『セーブ』をしようとした。
きららちゃんを捕縛した後『セーブ』をしたように。

カイエンにとっても、鋼鉄巨人にとっても、勇者たるライネさんは危険極まりない存在なのだろう。
だから、殺害できた世界を、現実にしようとした。

あのまま私がリピートの力を奪われ殺されていれば、周辺に抵抗できる戦力はリゼちゃんたちのみとなる。
確実に勝てない、そしてリピートが完成し、鋼鉄巨人が単機でリピートをできるようになれば、世界は緩やかに、しかし間違いなく滅亡する。

288 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:22:48 ID:4KggV5HtYa

「……ココアさん言ってましたよね、わたしと、里の人たちと、そしてココアさん自信も……皆死ぬって」
「……」
「それを、自分一人で終わらせるなんて、誰にも話さないなんて……ココアさんが失敗したら、それが現実になるんですよね?」
「ならないよ、私が死ねば全てはなかったことになるから、もう百回やってる、何も辛いことなんてない」
「嘘です! なんでそんな嘘つくんですか!?」

チノちゃんは叫んだ。

「ココアさんはそんな顔しません! いつも笑ってて、みんな明るくさせてくれる、そんなココアさんが、怖い顔をしてるのが、嫌なんです……っ!」
「チノちゃんは、今の私は嫌い? 」
「そんなことありません! だからこそ、そんな顔をして欲しくないんです、このままだとココアさん、戻れなくなってしまいそうで、怖い……」

チノちゃんは、涙ぐんだ目でそう言った。
貯まった涙は直ぐに落ちて彼女の頬を濡らす、それは、後から後から流れ出してきた。

「あ……」

またチノちゃんを泣かせてしまった。

前もそうだ、彼女を泣かせてしまった。
私が笑えないでいたから。
私がチノちゃんを、頼ることができなかったから。
私がチノちゃんを、突き放してしまったから。

彼女は、私のために、泣いたのだ。
私がこうであることに悲しんで、泣いた。

「ーーあぁ、そっか……」

ーーやっと気づいた。
こんな簡単なことに、今までなんで気づかなかったのだろう。

289 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:24:14 ID:4KggV5HtYa

私は目の前で泣くチノちゃんを、ぎゅうっと抱き締めた。
私を想って泣いてくれる優しい妹を、強く強く、抱き締めた。

「ごめん……! ごめんね、チノちゃん、私、私……何もわかってなかったっ……!」
「ココアさん……」
「私はずっと『何も変わらない明日が欲しい』って思ってた、そのためにずっと戦い続けてた、私さえ強くなれば全てを変えられるって思ってた……その思い込みが、チノちゃんの想いを踏みにじってた!」
「ココアさん、いいんです、ココアさんはずっと苦しんでた、みんなの為に、そうしてくれてたんですよね?」
「独りよがりだった、偽善だった、何も見えてなかった。
ーー『何も変わらない明日』には、私も含まれるんだってことにも、気づいてなかった……!」

私は泣いた、声をあげて泣いた、チノちゃんも泣いた。
私はただ、ごめんね、ごめんね、と繰り返した。
チノちゃんは優しく、私を抱き締めてくれた。

290 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:25:15 ID:4KggV5HtYa

「……なるほど、話はわかったわ」

あのあと、私はライネさんへ全てを話した。
鋼鉄巨人の存在、避けられない里への襲撃、ライネさんと、私を殺そうとするカイエンという謎の人物。
私が死ねば3日前に戻ること、カイエンを殺せば私も死ぬこと、鋼鉄巨人の内部にクリエゲージがあり、それの破壊以外でこのリピートから抜け出す方法は無いこと。

「なら、カイエンの相手は私がしましょう」

ライネさんはあっさりと言った。

「……かなり危険な相手です、その上、クリエゲージを破壊するまでは、カイエンを殺すことは出来ません」
「話の通りなら、そうなるわね」
「下手をすれば数時間に及ぶ戦いになります、その間、一方的に攻撃を受け続けなければなりません、いくらライネさんでも……とても、厳しい戦いになります」
「そうね……でも、どうやら私が遠因のようでもあるから」
「遠因?」
「ちょっと、昔ね……」

ライネさんは、遠い目をした。

ーー『勇者』ライネ。

『勇者のグルメ』と言う冒険譚は、この世界で私も見た。
彼女が冒険の中で出会った、数多のグルメを書き記したものだ。
そこには彼女の輝かしい功績が、無数の料理の挿し絵とともに記載されていた。

ーーだが、当然それだけではないのだろう。
光差すところに影はついて回る、剥がれることはあり得ない。
彼女にも、そんな影の部分があるのかもしれない。

「話は終わりね、行きましょうか」

それが口をついて出そうになったとき、彼女は唐突に話を打ち切った。

「何処へ?」
「貴方の実力と、真意を図る」

彼女は立ち上がり、こちらを一瞥する。
そこには、いつものほんわかした雰囲気は微塵もなく、強い殺気が総身を撫でる。

「それに、強くなりたいんでしょう? 本気で相手をしてあげる」

291 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:27:26 ID:4KggV5HtYa

何度も何度も、何度でも繰り返し受けた剣激。
記憶の中では、常にいたぶるように飛来したそれらは今、そういった『加減』を失っていた。

短絡にして愚直、かつ苛烈に襲い来るそれらを、私は真っ向から受け止め、あまつさえ弾き返し、逆襲すらしてみせる。

練習用の木剣でなく、お互いに真剣ーー更に私の手にあるのは、エトワリウム製の専用武器。

それらが醸す戦いの有り様は、最早試合としての意義を見失い、死力を尽くした『殺し合い』と化していた。

「強い……! これほどになるまで、どれ程の修羅場を潜ったと言うの」
「100回死ねば、こうもなります! それでも届かないあなたが私は恐ろしい!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

飛び上がり回転しながら放たれた風の刃が、ライネさんのいた地面を両断し、巨大な一文字を書き殴る。

エトワリウム製ぶきによる、絶大なクリエ行使によるスキルの威力は常軌を逸しており、この広い修練場を持ってすら、危険を伴うほどのもの。
だがしかし、眼前の敵はそんなものどこ吹く風。
笑みを消した、だがしかし汗の一滴も滴らせぬ顔のままそれを掻い潜り、人外の速度と膂力でもって凶刃が襲い来る。

同様に人外の速度と膂力でもって剣を受ける。
それによってもたらされる火花は無数の花火の如く舞い散り、力の余波によって、周囲に設置されたあらゆるものは吹き飛び散らされ、ゴミを掃くように端っこへ吹き飛んでいった。

292 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:30:08 ID:4KggV5HtYa

「でも、まだあなたはその剣を使いこなせていないようね」

音の壁を切り裂いて刃が迫る。
それはギリギリで仰け反った私の首の皮一枚を裂いていった。

「『エトワリウム』で作られた武器は、ただの軽くてよく切れる剣じゃない、持ち主を読み取り、その持ち主の願い、想いを、程度はあれどーー事象化にする」

仰け反った勢いのままバク転して後退、同時に牽制のスキルを放つ。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー
スキル『エキスパート養成講座』ーー

同時に放たれたスキルの刃がぶつかり合い、爆塵が周囲を打ちのめす。
その勢いに乗り、後退して離脱、前方を見据える。

「っ!」

その先にライネさんはいない、見失ったーー
そしてそれは、コンマ一秒にも満たない、小さな隙を作った。

293 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:31:59 ID:4KggV5HtYa

ーーそれで十分。

後方より迫る刃に気づいたのは、ライネさんの間合いの内側に入ったあとだった。

防御も回避も間に合わない。
思考だけが無限に加速して、死神の鎌が刻一刻と迫るのをなにもできないまま感じさせられる。

頭が、痛いーー

動かない、もどかしい。
もっと早く動ければ、この窮地を脱出できるのに。
そう、ランプちゃんが死んだときも、チノちゃんが死んだときも、ライネさんが死んだときも、あのときも、あのときもーー

手が、それさえ届けば間に合えば、もっと早く動ければ助けられたのに、救えたのに。

人は神にはなれない、全能にもなれない。
手の届かない場所にあるものは全て、自分すらも、運命の赴くまま。
だが、手さえ届けば、救える、助けられる。
そのためにーー!

動け、もっと早く、疾風より、稲妻より早くーー!
手が届かないならば、走り寄れーー!
世界も、時間すらも歪めてでも、全てに手を届かせる為にーー!

「あ……っ」

世界が、歪む。

294 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:33:16 ID:4KggV5HtYa

無数の鎖から解放されたように、体は勝手に動く。

ライネさんの剣が振り切られるときには、私は十数メートル離れて、ライネさんに向かい剣を構えていた。

ライネさんの顔には、笑みがあった。

「……それが貴方の願い、貴方の力ね」
「これが、私の力ーー!?」

絶対的に死ぬ状況から、物理法則も条理も何もかも無視して、ライネさんの攻撃を回避した、この力。

純粋な身体能力の強化ではない、それではこうはならない、もっと別のーーそう。
『時間を加速させたような』

体感時間を加速し、動体視力と反射能力を増強。
さらに身体時間を加速し、常軌を逸した速度で行動する。

これが、エトワリウム製ぶきの、真の力ーー!?

「まだよ、来なさいココアちゃん」

ライネさんは無造作に剣を一振り。
その剣には、無数の燐光が収束、解放されたエネルギーが目映い光とともに衝撃波となって、周囲の砂塵を吹き飛ばす。

295 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:35:05 ID:4KggV5HtYa

「そこまで至ったあなたにならできるはず、届かせてみなさい」

ゆっくりと掲げられた剣には、燐光が収束、太陽もかくやとばかりの極光が形作られる。

以前も一度見た、恐らくはライネさんの使用するなかでも最強の技。
受ければ死ぬどころではない、塵も残さず消え去ることになるだろう。

「更に、もう一段上の力ーークリエメイトの戦術における最終最大の奥義」
「そんな、ものが……?」
「文献にも僅かの情報しか残されていなかったわ、そもそもクリエメイト自体が伝説の存在ですもの、でもーー」


やらなければ、死ぬだけよーー


凍りつくような殺意を帯びた瞳を向けて、彼女は酷薄に言った。
嘘偽りはないだろう、彼女は私を殺すつもりだ。

そもそも、私が強くなった理由は、何度も何度も死に、その度に立ち上がったから。
故に私を強くする方法は、絶対的絶望によって死を予期させ、それを打ち破らせる以外にない。

私は、光に対して剣を構えた。

296 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:37:12 ID:4KggV5HtYa

彼女は言った『エトワリウム製のぶきは、持ち主の願いや想いを事象化する』と。
ならば、私の想いはひとつ。

「想像するのは、全てを守り抜き、打ち砕くーー最強のお姉ちゃん」

すべての力と想いを込めて、私は剣を構えた。

ーーきっとこれは、本来の私が使う技ではないのだろう。

もっと派手で、もっと可憐で、もっと強力な技であったかもしれない。
ーーでも、今この場において、その全ては不要だ。

必要なのは、ひとつ。
敵にこの剣を届かせること、ただそれだけ。

そのためにはーー最高威力、最高精度の剣を、敵の反撃を許さないほどの速度の連激でもって振るうこと。

やれるかーー?
いや、やるしかないーー!

細く息を吐いて、私は言った。

「ーー行きます」

スキル『クロックワーク・ラビット』ーー!

剣が輝きを放ち、光に向かって、私は立ち向かった。

297 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:39:16 ID:4KggV5HtYa
今回はここまでです。

滅茶苦茶遅くなってしまってすいません……

298 名前:阿東[age] 投稿日:2020/04/19 19:39:27 ID:zuFXOJU3cy
クロックワーク・ラビット。

正統派なかっこいい技名・・・。

299 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 20:11:09 ID:.lvuBqM5M/
最近の情報を組み込みやがったすげぇ

300 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 22:43:39 ID:4KggV5HtYa
>>298
ありがとうございます。
ココアちゃんの専用ぶき最終進化スキルの元は、エイプリルフール企画の『clockwork rabbit』です。
題材と合わせて時間操作を利用した技なので、この名前にしました。

>>299
現在進行系で書き続けてる弊害……恩恵? ですね。
一応イベクエはほぼ全て全ミッションクリアしてますので。
その代わり執筆速度が遅いです……
この一万字を書くために1ヶ月近くかかってしまいました……

301 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/04/20 08:17:49 ID:QpwqJFGccW
本来使うはずではなかったスキル…
このスキルがどのように活用されるのか、期待です!

302 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/20 12:24:03 ID:m/Vb/1n12v
今回も、最高でした。行き止まりと回り道を繰り返してココアが辿り着いた、最もココアらしくない、それでいて最もココアらしい一つの到達点。手に汗握りましたし、熱い気持ちが高まりました!

そして、作者様の描くココア像が私は凄く好きなんだと改めて自覚しました。原作のココアを昇華させた、彼女の目指す『お姉ちゃん』の一つの到達点。エトワリアでしか見られないココアの姿を見せていただいた事、感謝の念に堪えません。

いよいよクライマックスが近付いてきましたが、最後まで楽しみにさせていただきます!

303 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/21 00:35:44 ID:jSQIf9xXvs
>>301
ありがとうございます!
遅筆ですが、どうにか完結させてみますので、今後もよろしくおねがいします。

>>302
おぉ……熱烈なメッセージをありがとうございます!
ココアさんは『お姉ちゃんでありたい』という強い使命感を持っています。
それが今回のリピートを乗り切る最大の原動力になっていました。
これを書き始めたのも、不思議とココアさんなら耐えられる、チノちゃんの笑顔の為に全てを捨てて戦い続けられる、と思ったからなんですよね。

もうちょっとで終わる予定ですので、最後までよろしくおねがいします。

304 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:05:28 ID:CjmcJBckZ2

きん、と。

乾いた音が響き、両断された剣の半身が地面に突き刺さる。

「……私の負けね」

ライネさんの手には、根本から折り取られた剣。
そして私の剣は、ライネさんの首筋に触れていた。
僅かに切れた傷からの血が、剣を伝い地面にぽたぽたと落ちる。

「ーーはぁ、はぁ、はぁ」

ーー実力による勝利ではない、武器の差だ。
私の放った最後の一撃が防がれていれば、その反撃で私は敗北していただろう。
エトワリウム製のぶきと、百周に及ぶリピート、それで漸く、この人に届いたのだ。

「あ……」
「っ!ココアちゃん」

体から力が抜け、地面に倒れこみそうになるのをライネさんに抱き止められる。

心臓が破裂しそうなほどに脈打つ。
全身の血管が、筋肉がぶちぶちと千切れていく。
耳鳴りと頭痛、視界がぐるぐると回る。

「はぁ、はぁ、はぁ……ごふっ!」

たまらず咳き込む。
抑えた手のひらには、大量の血。

それは、届き得ぬものに手を伸ばすことへの代償だ。
私に戦いの才能はない、それを補うためには、気の遠くなるほどにただただ時間をかけるか、或いは対価を支払うか、もしくはその両方が必要だ。
この力は、使う度使う度、私の体を激しく傷つける。

305 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:06:29 ID:CjmcJBckZ2

「ココアさん!」

闘いを観戦していたチノちゃんが駆け寄ってくる。

「チノちゃん……」
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、でも大丈夫、動けないほどでもないから 」

チノちゃんに心配をかけまいと、少し無理をして一人で立つ。
耐えるしかない、戦闘中に行動不能になるわけにはいかないのだから。

「ライネさん……ありがとうございました」

私は、ライネさんに向かって深く頭を下げた。
ここまでこれたのは、ひとえに彼女のお陰だ。

「そんな畏まらなくていいわよ、ただ私は、あなたと一回、戦っただけなんだから、その力を編み出せたのは、貴方の努力の成果よ……しかし、まさかその力をこの目で見る日が来るとはね」

ライネさんはふんふんと頷いて言った。

「ココアさん、血が……」
「大丈夫、大丈夫だよ、この程度で休んでいられない」
「……わかりました、でも、せめて治癒は受けてください、そうりょの人を呼んできますので」
「チノちゃん……」

チノちゃんは私に肩を貸して、修練場の端まで連れていく。
手近なところに横たえられた私は、そのままその場を後にしようとするチノちゃんに向かって、声をかけた。

306 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:07:40 ID:CjmcJBckZ2

「ありがとう、私、チノちゃんのお姉ちゃんで本当によかった」
「……」
「多分そうじゃなかったら、何処かで諦めてた、チノちゃんがいてくれて、本当に良かった」

チノちゃんは立ち止まり、しかし振り向かず、言葉を聞いてくれた。

「……まったく、しょうがないお姉ちゃんです」

小さく呟いて、チノちゃんは走り去っていった
次いで、ライネさんがこちらに駆け寄ってくる。

「さて、これからが大変よ、色々準備と、それぞれの今後の立ち回りもきめなきゃいけないわ」
「わかりました」
「まったく、ココアちゃんが勝ったはずなのに、これじゃどっちが勝者かわからないわね……ココアちゃんが回復しだい、準備にとりかかるわよ」

307 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:08:46 ID:CjmcJBckZ2

3日目の朝。

「ーーチノちゃん、ここから先は一方通行、もうここに戻ることはない、覚悟はいい?」
「はい、大丈夫です」

私とチノちゃん、ライネさんは、私が以前見つけた里から程近いところにある洞窟に来ていた。

ーー昨日までは、ライネさんが主になって里の警戒、防衛の準備を行った。
ライネさんに頼るだけでここまで上手くいくとは、私は思っていなかった。
それだけ今までの自分に余裕が無かったのだと、自覚させられた、結局、どれ程の力を得たとしても、自分一人にできることには限界がある、ということも。

ーー目の前の洞窟の中はゴーレムだらけの修羅場だ、この洞窟を分岐点に、私たちはそれぞれの役目の為に別れて行動する。

私はリゼちゃんたちと合流し、鋼鉄巨人の破壊。
チノちゃんはソルトちゃんの転移魔法で言の葉の木に向かい、言の葉の木が襲撃されることを伝え、そして里への救援要請をする。
ライネさんはこの場所で、カイエンの足止め。

「じゃあ、行くよ」
「わかりました」
「いつでも大丈夫よ」

松明に魔法で火をつけて、私たち三人は、深い闇の中へと入っていった。

308 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:10:19 ID:CjmcJBckZ2

ーーそして洞窟へ足を踏み入れて、外の光が幾分遠くなった時。
私は剣を抜き放った。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

後方、洞窟の上部にクリエの刃を放つ。
それは硬い岩盤を易々と貫き砕く、そして、それは激しい落盤を誘発させた。
無数の岩が私たちの元来た道を一瞬で塞ぎ、外からの光を遮り尽くす、辺りには、私の持つ松明の光を除く灯りは無くなった。

ーーこれで、里へのゴーレムの襲撃は、半日遅れ、4日目の昼になる。
そして、『言の葉の木』が襲撃されるのは3日目の夜。
七賢者が常駐しているあの場所なら、鎮圧にそう時間はかからないはず、里への救援が間に合うかもしれない。
『神殿』であれば絶対安全なのもあるが、チノちゃんをそちらに向かわせるのはその為だ。

不確定要素がまだ多いが仕方ない。
これが現時点での最善だと信じるだけだ。

ーーじゃり、と。

洞窟の奥より、足音。

「っ、何か、来る……!?」
「ココアちゃん」
「数は3体、私は右から」
「わかったわ」

チノちゃんの怯えるような声を尻目に、私とライネさんは目配せをして、足音の主ーーゴーレムへと突進した。

接近に気づいたゴーレムが腕を振り上げた時には、私は既にその脇を通り抜け、すれ違いざまに首を落とす。

次の敵を見定めるーーそこには、細切れになって煙と化す2体のゴーレムの残骸だけが残されていた。
ライネさんはそれに一瞥すらくれず、洞窟の奥を見る。
奥からは、無数の足音が地響きのように響き洞窟内を揺らしていた。

309 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:11:47 ID:CjmcJBckZ2

「多いわね、こいつらを倒さないと先には進めない、か」
「私の『とっておき』で突破口を開きます、この閉所ならまとめて片付けられる」

そう言って前に出ようとした私を、ライネさんは片手で制した。

「いえ、ここは私に任せて」
「でも……」
「ココアちゃんに負けちゃって、いいとこないもの、これでも『勇者』なのに格好つかないじゃない?」

彼女はお茶目に笑って、前にーー無数のゴーレムの群れに突っ込む。

ーーその姿は、敵にとっては鬼神にでも見えたことだろう。

初激でまず、3体のゴーレムがまとめて吹き飛ぶ。
衝撃でバラバラにされたゴーレムの残骸は質量弾となって後方のゴーレムに襲いかかり、痛みを知らない兵団の進軍を、一瞬止めた。

そこに襲いかかるライネさんは、まさしく草食動物の群れに飛び込む狼であった。
その剣はあまりの膂力によって、もはや『斬る』というよりは『吹き飛ばす』という表現が近い。
ゴーレムたちは、反撃は愚か、防御は通じず、後に詰まった他のゴーレムによって回避も出来ず破壊されていく。

一薙ぎ、ゴーレムがまとめて両断される。
一薙ぎ、旋風と衝撃波によってまとめてゴーレムが消し飛ばされる。

前方から襲い来る無数のゴーレムが、ただ1人の人間によって『押し返されていた』

「すごい……」

チノちゃんは呆然とし、それに見とれて思わず呟いた。
それほど、その戦いは一方的で、かつ英雄的だった。

私が『とっておき』を使ってようやくまとめて蹴散らした敵を、正面から撃ち伏せ屈服させるその姿。

百を越す数のゴーレムを前に一歩も引かず、寧ろ押し返して尽滅せしめるその姿は、まさしく『勇者』そのもの。

私の出る幕など、あるはずもなかった。

310 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:12:49 ID:CjmcJBckZ2

洞窟内を捜索して一時間。

前と同じく、ここまでは数体の敵との小競りあいしかなかった。

「はぁ、はぁ……」

チノちゃんは息を切らしながらも、よくついて来ていた。
半日近く、見知らぬ悪路を歩き続ける、ペースもかなり早い。
チノちゃんは木組みの街から出たことすらほとんど無いのだ、これだけでも、結構な負担になっているのはまちがいなかった。

「少し、休憩しよっか」
「はい……」

チノちゃんは憔悴した様子で、その場に座り込んだ。

「チノちゃん、多分この後は洞窟の外まで全力疾走することになる」
「それって、つまり……」
「戦闘に、なる」

チノちゃんの表情が緊張に固まる。

「大丈夫よ、チノちゃん、敵は私が抑える手筈になっている、それにこの先にはコルクちゃんとポルカちゃん、それに七賢者のソルトちゃんもいるんでしょう? 逃げるだけなら大したことはないわ」
「あ……」

ライネさんの声を聞いて、チノちゃんは何かを恥じるように俯いた。

……そう、ライネさんはこれから、文字通りの修羅場を強いられる。
カイエンの足止め、それも私たちが鋼鉄巨人を破壊するまでの恐らく数時間から下手をすれば十数時間。

それがどれ程厳しい闘いであるのかは、チノちゃんにもわかるのだろう。

311 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:14:46 ID:CjmcJBckZ2

「……こんなことに巻き込んで、ごめんなさいね」
「ライネさん?」
「昨日も話したけれど……延因は私にあるのかもしれない、何も話さないのは不義理だから、今のうちにね……少し昔話を聞いてくれるかしら」

そう言って、厳かにライネさんは話を始めた。

ーーとある国があった。

砂漠の、環境の厳しい地にあり、隆盛を極めたとある国が。
過酷な環境にありながらその国が発展をできたのは、潤沢な地下水脈の存在と、豊富な鉱物資源の恩恵によるところが大きい。

主に手工業で生計を立てていたその国は小国でありながら、やがて大国を上回る強大な軍事技術を発展させ、徐々に周辺の国家を取り込み、巨大化していった。

ーー『とある国』の広大な地下水脈が、呪いによって汚染されるまでは。

前触れ無く起きたその大災害は、国土を荒廃させ、実に人民の5%を死なせた。
そして、それを遥かに上回る数の難民を産み出した。
更に国家の拡大、軍備の増強が祟り、『とある国』の財政的許容料を大きく超えた。

そこからは、よくある顛末。

周辺諸国が、難民の受け入れを拒んだのもある。
水脈汚染が、故意的に行われたものだと疑われたのもある。
『とある国』の王様が、水脈の呪いに犯され、崩御したのもある。
人心は荒廃し、それにともない、過激な極右政党が台頭したのもある。

ーー様々な理由が重なり、『とある国』は世界に対し、決死の闘いを仕掛けた。

312 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:16:09 ID:CjmcJBckZ2

「私はそれに加担した、結果として、一つの国が滅びた」
「カイエンは、もしかして……」
「『彼女は『とある国』の皇女だったの、けれど妾の子だったから政治には関わらず軍人となって、戦場にいた。
そして……最後の戦いで私が彼女を打ち負かしたことが、『とある国』の滅びを確定させた、それが元になって、多くの飢餓と、多くの差別が生まれた」

ライネさんは歯噛みして言った。
そこには何も出来なかったことへの後悔があった。

「何も解決しなかった、未だにその地は政情が安定せず、大地は荒廃したまま、周辺諸国はただひとつ残された鉱物資源というケーキをどう切り分けるか決めるための論戦を繰り返すばかり。
『調停官』ーー七賢者カルダモンが派遣され、致命的なことが起きないギリギリのところで保っているのが、現状」
「彼女の目的はなんなんですか?」
「それは……わからない、でも……」

ライネさんは一呼吸区切って、言った。

「彼女は、絶対に止めなければならない」

遠くから、微かに聞こえる剣激。
ライネさんゆっくりと立ち上がり、剣を取った。

「話は終わりよ、行きましょう」

313 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:17:28 ID:CjmcJBckZ2

洞窟を奥へ走る度、剣激の音は大きく、多くなっていく。

そして、前と同じく広間に出たときに、その音は最大の音量へ達した。

「ココアさん!?」

私はチノちゃんの手を取って走った。
もう片方には剣を抜き放ち、眼前を塞ぐゴーレムへと振りかぶる。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

クリエの力を纏った剣を一閃。
視界を塞ぐゴーレムを薙ぎ払い、一直線に進む。
視線の先には、ゴーレムが次々と沸きだす魔方陣。
そしてその手前で、無数のゴーレムを抑える三人の少女。

「コルクちゃん! ポルカちゃん! ソルトちゃん!」

その中の銀髪の少女、コルクちゃんはこちらを振り向き、目を見開いた。
その一瞬の隙に、ゴーレムの攻撃が迫る。

間に合わない?

いや、大丈夫だ、やれる!

集中ーー頭の痛みと共に、世界が鈍化する。
その鈍化した世界を一足に駆け抜け、コルクちゃんを襲うゴーレムの腕を切り落とし、回転してもう一撃、胴を両断する。

常時発動スキルーー『思考・身体加速』
思考速度と身体速度を加速する。
自分の回りにあるもの全てに手を届かせ、助けるための力。
今の私の速度と攻撃精度は、今までの比にならない。

314 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:19:03 ID:CjmcJBckZ2

「ココア、チノ! どうしてここに!?」
「コルクちゃん、私は『リゼちゃんと同じ』だよ!」
「ーー!」
「説明してる暇はない、とにかくここから逃げて!」
「……了解した、ポルカ、ソルト! 撤退する!」

コルクちゃんが叫ぶと、ポルカちゃんとソルトちゃんはすぐさま後退し、こちらに合流した。

「ポルカちゃん、私は……」
「聞こえてたよ、なら……この後何が起こるかも把握済みなんだろ?」
「どちらにせよ分が悪い、なぜ名前を知ってるのかとか、その意志疎通の仕方とか、聞きたいことはありますが……従いましょう、後で話を聞かせてくださいよ?」

ポルカちゃんとソルトちゃんは口々に言って、洞窟の出口へ走っていく。
その背中に向かい、複数の炎が飛来する。

「ココアさん! 攻撃が……!」
「くっ……」

剣にクリエを収束、『とっておき』を発動しようとした瞬間、その炎の矢は次々とかき消えた。

そこにはライネさんがいた、剣激のみで、その全てを弾き飛ばしたのだ。

「行きなさいココアちゃん、ここは私が食い止めるわ」

彼女は振り向くことなく言った、その視線の向こうには、地獄の炎の色をした鎧の騎士。

猛烈な炎熱が洞窟を満たしていき、それに伴う風がライネさんの長髪を揺らしていた。

思わず、足が止まった。
何故か、彼女が死ぬと感じたからだ。
先ほどの会話も、まるでもう話す機会がないから、話したかのような。

ーー手を掴まれる。
チノちゃんは私の手を掴んで、首を振った。

「ーーくっ!」

今、私にできることは鋼鉄巨人をできる限り早く倒すことだけだ。
遅れれば遅れるほど、ライネさんの生存確率は減る。

私は踵を返して、その場を後にした。

「ーー生きて、また会いましょう!」

叫んで、洞窟の出口へと走る。
返答はなかった。

315 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:20:24 ID:CjmcJBckZ2

「……それでいいわ、ココアちゃん」

遠ざかっていく足音を聞きながら、ライネは剣を、眼前の敵に突きつけた。

「ちぃっ!」

スキル『オーグメンター』ーー

カイエンの周囲に炎が舞い、それは前方への推進力となって、ライネの横を駆け抜けるーー

「ーーさせないわ!」

スキル『エキスパート養成講座』ーー

ーーその前に、光を纏った剣が一閃。
それは、カイエンの進行方向、その上の岩盤を打ち砕き、その進路を塞いだ。

「貴方はここにいなさい、全てが終わるまでね」
「……驚いた、かの勇者自ら、この場所に出向いてくるとはな」
「誤算だった? なら残念ね」
「確かに誤算だ、だが僥倖とも言う……生き恥を晒した甲斐が、あったというものだ」

カイエンはゆっくりと兜を取り去り、その場に投げ捨てた。
炎のように揺らめく赤髪が、風にのってゆらゆらと揺れる。

316 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:23:07 ID:CjmcJBckZ2

「もとよりこの策、貴方を打倒するためのものなのだからな、計画は前倒しになるが構いはしない、どのような戦力を注ぎ込んだとて、鋼鉄巨人は倒せんよ」
「貴方が死ねば『時巡り』が発動するから、でしょう?知っているわ、それでも、私は貴方を斬ったようね」
「何?」

カイエンは訝しげに眉を潜めた。

「その策を破るためには、クリエメイトーーココアちゃんに強くなって貰うしかない、だからそうなるまで、私は貴方を斬り、そして繰り返した、どのリピートでも最終的にはその結論に至ったのでしょう」
「……クリエメイトなど、ただの平和惚けした子供に過ぎん、そのような存在が何度繰り返したとて、絶望の果てに壊れるだけだろう」
「だけどそうはならなかった、ココアちゃんは強くなって、私にすら剣を届かせた、今のあの子なら、この閉塞された時間の牢獄すら切り開けると私は信じているわ」

カイエンはそれを聞いて、口角を小さく歪めた。

「……なるほど、確かにそうらしい、貴方が既にそれを知っているということは、私は一度、あのクリエメイトに倒されているのだろうからな……そうでなければ、私がそれを話す筈はない」
「クリエメイトを舐めすぎたようね、彼女らには強い意思がある、そうでなければ、『聖典』なんてものに書かれる筈もない」
「ふん……面白い!」

炎が舞い散り、周囲の気温が急激に上昇していく。
カイエンの放出した膨大なクリエが、洞窟内を焼いていく。
ライネは、それに向かって、剣をゆっくりと構え直した。

「ならば、貴方を倒し、その全てを打倒してみせよう。最早後ろには屍の山が築かれ、前には修羅の道しかない、立ち塞がるというのなら、悉く焼き尽くすのみ」
「私にも、守らなければならないものがある……目の前にいるのは『勇者』ライネ、私を打倒するならば、万の軍勢を相手にするのと等しいものと思いなさい」

そして誰も見ることなく、多くが知ることもなく。

「さぁ来なさい、遊んであげるわ……命が尽き果てるまで」

人知を超えた戦いの火蓋が、切られた。

317 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:23:59 ID:CjmcJBckZ2

無数のゴーレムたちに追い立てられながら洞窟を脱出した私たちは、前週と同じように鉱山の街へ向かった。

近づくたびに濃くなる血の匂い。
3日前に行われたゴーレムの襲撃、それによる虐殺を受けた街は、血の匂いが立ち込め、家々は破壊され、人々の目には光がなく、どうしようもなく途方にくれていた。

「っ……!」

その凄惨な光景に、チノちゃんは思わず言葉を失っていた。
それは、テレビやアニメなどだけで見ていた、わかりやすい絶望の光景だった。

「ココア、ここで何があったのかは……」
「……知ってる」

……3日前、だ。
私のリピートによって戻れる日の前日。
これは、確定してしまった出来事だ。
そしてーー

「きららちゃんは、連れ去られてるんだよね」
「……そう、クリエメイトたちはカイエンに打ち倒され、きららは連れ去られた……本当に、リゼと同じなんだね」
「うん、詳しい説明と、これからの説明をする、もうすぐリゼちゃんもーー」

318 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:25:39 ID:CjmcJBckZ2

ーー瞬間、光が乱舞する。
中空に輝く魔方陣が現れ、それが激しく回転する。

その場にいた全員が、一瞬で身構えた。

「これは、転移魔法ですね……ココア、誰が……ココア?」

ソルトちゃんが聞いてくる。
知る筈もない。
これは、こんなことは、以前は起こらなかった。

光が収束し、霧散する。
そこにはーー

「ーーシュガーちゃん!?」

そこには、七賢者がひとり、シュガーちゃんの姿があった。
私たちの姿を認めた彼女は、普段の快活さを一辺も見せない焦燥に満ちた表情で、ソルトちゃんに駆け寄った。

「シュガー、一体どうして……!?」
「どうしよう、ソルト、このままじゃ……!」
「シュガー、落ち着いてください、一体なにがあったのか説明を……」
「このままじゃ、街が、リゼおねーちゃんが!」

シュガーちゃんの言動は、焦りに満ちて、支離滅裂だった。
ソルトちゃんがそれを宥め、落ち着かせる。

そして、その中の一つの発言を、私は耳敏く聞き取った。

「ーー鋼鉄巨人が、この街に攻めてくるよ!」

ーー同時に、光条が空を切り裂いた。

それは、目の前にあった街を薙ぎ払い、土煙で覆い隠す。
悲鳴と、怒号が遠雷のように耳に響く。

「そんなーー!?」

光の束は、さらに2度、3度瞬き、目の前の街を焼いていった。
私の足は震えていた。
こんなことはある筈がない、鋼鉄巨人はまだ完成していないはずだ。
戦いは、こちらが鋼鉄巨人の建造されている遺跡へ赴いて始まるものの筈だ。

光条の放たれた方向を見る。
地響きが地面を揺らす。
そこには、本来いない筈の存在ーー鋼鉄巨人が、こちらへ歩を進めていた。

その時、一つの事実を私は思い出した。

「『リピート』をしているのは……私だけじゃない」

鋼鉄巨人の瞳がぎょろりと動いて、視線が交錯する。

ーー敵の真の恐ろしさを、私は漸く理解した。

319 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:25:53 ID:CjmcJBckZ2
今回は以上です。

320 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:49:01 ID:UuA2z9kV0X
まさか、間に合わなかったのでしょうか?完成してしまった?
もしもそうなった場合、今回が鋼鉄巨人側の最後の刻廻りになる筈だからココアのリピートもこれが最後で次は無くなるわけだから、ココア達はかなり絶望的な状況になるわけですね。うーん、不安要素が大きい・・・・・
新生ココアと仲間達の力で状況打破出来る事を信じて、次回を楽しみに待ってます!

321 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/10 11:57:15 ID:HagJ.dT2eU
>>320

ありがとうございます。

もしそうだった場合は絶望ですね。
対処法があるとするなら、ココアないし誰かが単騎で過去に戻り、この事件の原因を壊す、というくらいでしょうか。
一回でも鋼鉄巨人単体でのリピートが起これば、ココアたちの行動はその前の周の行動で固定されるので、チャンスはこの一回きりになります。

鋼鉄巨人もココアと同様、リピートによって過去の記憶をトレースし、先回りした行動を取れます。
以前ココアたちに完成前に攻撃をされたので、今度は完成を待たずにこちらへ攻めてきた、というのもありえますね。

できるだけ早く次回をあげられるようにしてみます、遅筆ですいません……

322 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:00:15 ID:EXqDFJXnC/

「街が……!」
「あばばばば……やばいよやばいよ、どうしようソルト」
「落ち着きなさいシュガー……ですが、この状況は些か予想外が過ぎます」
「ゴーレムの調査のためにリゼおねーちゃんと近くの遺跡に行ったら、あいつがいて……私たちを見るなり襲ってきたんだよ」
「文献で少し読みましたが、あれが……しかし、完成には猶予がまだある筈……」

完成には猶予がある……そう、前は完成していなかった、完成にはまだ2日程度の猶予があるはず。

だから前週では、私たちの攻撃は『間に合った』のだ。
そして、鋼鉄巨人からすれば、自身の完成に『間に合わなかった』。
鋼鉄巨人からすれば、私の『リピート』の力をどうにかしない限り、自らを関係させることができない状況なのだ。

そして鋼鉄巨人は、前週の記憶を持った私によって、万全の準備と対策を整えられた上で攻められることを嫌った。

故に、完成を待たずして、此方に攻撃を仕掛けてきたのだ。

「どちらにせよ、一刻の猶予もありません、覚悟はいいですねシュガー」
「うん、大丈夫、少し恐いけど……ソルトがいるなら」

ソルトちゃんにあやされたシュガーちゃんは落ち着きを取り戻し、少し固い、微笑みを浮かべた。

「しかし、無策であれとやるのは危険、ソルト、ココア、何か策はある?」

323 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:01:45 ID:EXqDFJXnC/

コルクちゃんが言う。

「……鋼鉄巨人は無敵、と文献にはありました、しかし完成してないなら、何処かに綻びがある筈ですが……」
「一応、それらしいものが、ひとつだけ」
「ココア? それは……」
「正直、弱点と言えるのかわからないけど……」

以前戦ったとき、鋼鉄巨人に傷をつけることは出来なかった。
だが、全周を囲むあのバリアを破壊することはできたのだ。
バリアは十秒足らずで復活するため、その間に本体に攻撃を仕掛け、再展開をさせないようにできれば、勝機はある。

そして、あのバリアを破壊するための条件、あの攻防の際になんとなくだが把握した。
今は、そこしか賭けられる要素がない。

「こ、ココアさん、街が……!」

チノちゃんは私の袖を掴んで言った。
その体は震えていた。

「チノちゃん、走って」
「え……」

剣を抜き放ち、私は言った。
どちらにせよ、やることは一つだ。
チノちゃんをあの修羅場につれていくことはできない。
この緊急事態、今更転移もできない、彼女には隠れていてもらうしかない。

「鋼鉄巨人とは逆方向に走って、多分そっちには何もいないから」
「でも、ココアさんは……みなさんは?」
「あれを壊しに行く、元々そのつもりだったから」

返答は聞かずに私は走った。

324 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:03:54 ID:EXqDFJXnC/

街に近づく度に、肌を焼く熱波は強くなっていく。
立ち上る炎と煙で空は赤く染まり、奥に鎮座する鋼鉄巨人は、まさに地獄からの使者にでも見える。

多くの人が死んでいた。
動かなくなった腕が、足が、頭が、そこらじゅうにあった。
視線の先に一体のゴーレム、その剣の先に一人の少女。
走る、手を伸ばす。
無慈悲に振るわれる剣、吹き出る血飛沫。
その直後に、ゴーレム私の剣によって両断され、煙となって消えた。

「……ダメか」

素早く斬られた少女に近づいたコルクちゃんが、歯噛みする。

周囲を見回す。
動くものは僅かなゴーレムと、奥に鎮座する鋼鉄巨人以外にはなかった。

「ひでぇな……まるで、人だけを狙って殺してるような気さえするぜ」
「人だけを殺す機械、ですか……人間のやることとは思えない、狂気の産物ですね」
「怖い……あれ、魔物とかそういうのと違って、目的も結果も無視して、ただわたしたちを殺そうとしてる……」

惨憺たる光景を見て、ポルカちゃんとソルトちゃん、シュガーちゃんは呟いた。
間違いではない、と思う。
ゴーレムも、鋼鉄巨人も、明らかに人間を狙って殺している……。

カイエンの言葉を思い出す。

『卑しい弱者の全てには、正道な力を持って裁定を降す』

冗談か本当かわからない、だが本当ならば……これは彼女にとっての『裁定』か。

325 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:06:39 ID:EXqDFJXnC/

「……リゼちゃん!」

更に奥に進んでいくと、瓦礫に身を預けて苦悶の表情を浮かべるリゼちゃんの姿があった。

「……っ、ココア、なぜここに……?」
「リゼ、彼女は貴方と同じく、『リピート』している人」
「リゼちゃん、私はこの戦いを始めたこと、後悔してないし、リゼちゃんに許して欲しいとも思ってない、こちらこそ、リゼちゃんをここまで苦しませて、ごめんね」
「私の、言いたいことを……そうか、お前は本当に『リピート』を……」

早口で、リゼちゃんの言いたいこと全てを先回りして遮る。
それを聞いたリゼちゃんは、一瞬悲しそうな顔をして、傍らの武器を握りしめた。

「感傷に浸っている場合じゃないな、鋼鉄巨人を、止めなければ」
「リゼちゃんは休んでて、あいつは私たちが」
「問題ない、まだ動ける……それより、信用していいんだな? お前の力を」

その時、前方の瓦礫の山より、3体のゴーレムがこちらを見据え、襲いかかってくる。

「ふっ!」

細く息を吐き、一息にその懐へ飛び込む。
両手を振り上げ、鋭い横薙ぎ。
並んだ3体のゴーレムは、一息にその上・下半身を泣き別れさせ、煙となって消える。

326 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:08:05 ID:EXqDFJXnC/

「……聞くまでもなかったか」

わかっていた、というばかりにリゼちゃんは微笑んで、私の横に並んだ。
そう、わかりきったこと。
自分と同じ経験をしている存在が、弱い筈はない。
私たちはお互いの実力を、当たり前のように知っている。

「……アレには一切のダメージを与えられていない、回りの雑魚を片付けただけだ、何か策は?」
「私はあれと一度戦ってる、やりようはあるよ」
「了解した、ココアの指示に従う」

眼前には、炎の中に佇む鋼鉄巨人。
そこから放たれる火砲は執拗なまでに街を薙ぎ払い、捕捉した人間を次々と焼いていく。
あれが移動すれば被害は計り知れない、人の生きた痕跡すら残さず破壊し尽くされるだろう。

ーー故に、ここで止めなければならない。

コルクちゃん、ポルカちゃん、ソルトちゃん、シュガーちゃん、そしてリゼちゃん。

全員が一つ頷く。

次いで、鋼鉄巨人と目があって、その目が光を放ちーー

「みんな、行くよ!」

ーー散開。
さっきまでいた場所が爆砕され、戦いの火蓋が切られた。

327 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:09:13 ID:EXqDFJXnC/

「シュガーが一番乗りー!」

スキル『カスタードスマッシュ』ーー!

開戦するやいなや、シュガーちゃんは楽しげに叫び、背に帯びた大剣を振り上げ一回転、思い切り投げつける。
激しく回転しながら向かう先は鋼鉄巨人の頭部、ゴーレムの十や二十は一刀で仕留める凶刃はしかしーー

ーー鋼鉄巨人の直前で、光の壁に阻まれ弾かれる。

「えぇっ!? そんなぁ……」

返ってきた剣を器用にキャッチしながら、落胆するシュガーちゃん。

「大丈夫、想定通りだよ!」
「えぇ……それってシュガーが弱いみたいな……」
「現実を受け止めなさいシュガー、話の通り、奴の纏うバリアはかなりの堅牢さを誇ります……ですが!」

スキル『スター・シュート』ーー!

次いで、ソルトちゃんの掲げた掌に魔方陣が展開、風が収束していく。
次の瞬間砲弾となって放たれたそれは余波だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばす威力だったが、それすらも、鋼鉄巨人の頭部には届かず霧散する。

328 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:10:39 ID:EXqDFJXnC/

「リゼちゃん! コルクちゃん! ポルカちゃん!」

着弾と同時に、私は叫んだ。
同時に3つの影が躍り出て、鋼鉄巨人の『足』へ向けて突撃する。

ーー鋼鉄巨人の弱点……と言えるかどうか、わからないが。

一週目、私が鋼鉄巨人のバリアを破壊できた理由。

初激のとっておき3連、あれを受けたとき鋼鉄巨人は一切のダメージを受けず、衝撃で仰け反ることすらなかった。
つまり通常状態では、今用意できるどれ程の火力を注ぎ込んでも、バリアを破壊することはできないだろう。

ーーだが、シュガーちゃんが頭部を攻撃した直後に、私が足を攻撃した際、ただのスキルであったにも関わらず、鋼鉄巨人の足は『吹き飛んだ』のだ。

そして、私が鋼鉄巨人のバリアを破壊する直前、シュガーちゃんは大剣を投げつけ、頭部を攻撃していた。

つまりーー

「兵は神速を尊ぶ……!」

スキル『辻風』ーー!

コルクちゃんは強烈に地面を蹴り、弾丸のような速度を持って鋼鉄巨人に肉薄。
駆け抜け様に、二刀による強烈な斬激を見舞う。

「ぶちかますぜ! でぇりゃあああぁ!」

スキル『ぶっぱなす』ーー!

それに続いてポルカちゃんが力任せに大剣を振り上げ、大上段より炎を纏った幹竹割りを放つ。

「叩きのめしてやる!」

スキル『休日をだらだら過ごすなぁ!』ーー!

さらにもう一撃、周囲に霜が張るほどの膨大なクリエを纏った槍による、目にも止まらぬ連続突き。

隙を与えぬ連続攻撃、これを浴びたならば、並大抵の存在ならばなす術なく散ることとなるだろう。

しかし、光の壁は未だに健在のまま、その全てを受け止めきった。

329 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:16:45 ID:EXqDFJXnC/

ーーそして、最後の一撃。

「みんな、私に力を貸して!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』

上空に陣取った私はクリエを纏い輝く剣を鋼鉄巨人に向ける。
それは直ぐ様暴風となって剣を覆い隠し、やがて激しい竜巻と化す、あらゆる全てを切り刻み散らす、今の私が出せる最高火力の技。

「うおおおおぉぉぉーーーっ!!」

裂帛の気合いと共に、砲弾そのものとなって突貫。
嵐の砲弾と光の壁がぶつかり合い、激しいスパークを放つ。


ーー私があの時、バリアを破壊できた理由。
おそらく、鋼鉄巨人は頭を攻撃された際に、頭部にエネルギーを集中させる特性がある。
故に、頭部を攻撃した直後の数秒間、他の部位の防御が薄くなる。

それは本来であれば、気にするほどのものでもない、よほどの強力な連続攻撃を受けなければ、突破されることはない。

だが、私たちの最大の力を、そこに叩き込めばーー!

「貫けえぇぇぇ!」

ーー数秒の拮抗の後、光の壁はヒビを全体に走らせ、砕け散った。

とっておきの威力を保ったまま、私の剣は鋼鉄巨人の足に突き刺さり止まる。

330 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:19:53 ID:EXqDFJXnC/

「ーーまだだよ!」

鋼鉄巨人のバリアは、破壊されても十秒足らずで復活する。
このまま、鋼鉄巨人に決定打を与えなければ、勝機はないーー!

剣を引っこ抜き、そのまま空いた穴に向かい突き込む。

「くっ!」

何度も何度も突き込む、剣を、もっと奥へ叩き込む。

「はああぁぁっ!!」

渾身の力を込めて振り下ろした剣を、とうとう鋼鉄巨人は根元まで飲み込んだ。
そしてそこに、クリエを集中ーー

とっておき『燃えるパン魂!』ーー!

そのまま放たれた『とっておき』は鋼鉄巨人の内部で、そのエネルギーを解放。

ーー大爆発を持って、その右足を内部から吹き飛ばした。

「これなら……!」

爆発の勢いに大きく吹き飛ばされる。
そのまま私は瓦礫の中に突っ込んで止まっていた。
そして、霞む視界で、鋼鉄巨人を見据える。

ーーそこにあったのは、右足が半壊し、大きくバランスを崩す鋼鉄巨人の姿。

331 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:21:30 ID:EXqDFJXnC/

「手筈通りですね、これならあとは動けなくなった頭を処理するだけです」
「おっきな癖に、案外チョロかったね!」

倒れた私の元に、みんなが駆け寄ってくる。

「まさか、ここまで考えてたとは……」
「考えたのはリゼちゃんだよ、私はそれに従っただけ」
「前の、私が言っていたのか?」
「うん、前にこの戦いを指揮してたのはリゼちゃんだったから」

リゼちゃんが言っていた、あの巨大さなら、どこかしら無理をしていない筈はない。
ならば足を破壊すれば、バランスを崩せるはず、と。
それは予想通りだったらしい。

鋼鉄巨人の右足は連鎖的な爆発を抑えられず、徐々にその巨体を傾けていく。

「ーー待って!」

コルクちゃんが叫んだ。
同時に鋼鉄巨人の頭部に光が灯る。

「っ! こいつ、まだヤる気か?」
「いや、違う、こっちを狙ってない……」

その瞳は、明後日の方向に向けられていた。
光は更に収束していき、先ほどから放たれていたビームのそれより、遥かに強力な砲撃をしようとしていることがわかる。

「……なんだ? あいつ、変なところにビームを撃とうとしてる、イカれたのか?」
「いや、そうと考えるのは早計過ぎる、ポルカはやはり脳筋……」
「そうは行ってもよ、あの方角には山しかないぜ?」
「あの、方角……」

数秒考えたのち、コルクちゃんの表情はーー蒼白に染まった。

「ーーまさか!」
「ソルト? どうしたの?」

後ろにいたソルトちゃんが叫ぶ。
彼女の顔にも戦慄が張り付いていた。

「あの方角ーー山の向こうには」

332 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:22:58 ID:EXqDFJXnC/

「ーー『言の葉の木』があります!」

ソルトちゃんは叫んだ。

「ーーバカな! ここから『言の葉の木』までどれ程の距離があると想ってるんだ! そんな距離を狙い撃てる筈が……」
「ない、と断定はできません! あれは未知の古代文明の産物、百キロ近い距離を狙撃出来たとしても不思議ではない……! それにあのエネルギー量、如何に巨大な『言の葉の木』とて、焼失させられるでしょう……!」

鋼鉄巨人の頭部にエネルギーが貯まると同時に、斑でありながらも、バリアが復活していく。

「ーー鋼鉄巨人の頭部を攻撃してください! あれほどの長距離を狙い撃つのならば、ほんのわずか砲口がズレるだけでも砲撃は外れる!」

ソルトちゃんが叫ぶと同時に風の魔法を放つ。
しかし、それは鋼鉄巨人の周囲に再度展開されたバリアによって弾かれてしまう。

他のメンバーも一斉に攻撃を放つが、その全てはバリアを抜けることは出来なかった。

ーー鋼鉄巨人のバリアは全体を球状に覆うのでなく、斑に展開したバリアが攻撃に反応して着弾箇所に動いているようだ。
今の奴には全体を防御する余裕はないのだろう。

「なら、直接攻撃で……!」

飛び道具では防がれる、であれば、接近しバリアの間を通り抜けるしかない。

そうして足を踏み出そうとした私の前に、突如無数のゴーレムが現れる。

「なっ……!?」
「転移魔法!? 奴ら、まだこれほどの戦力を!」

転移魔法で呼び寄せられたゴーレムたちは、文字通り壁となって、私たちの接近を妨げる。

「くっ……邪魔だよ!」

立ちはだかるゴーレム達を斬り伏せる。
一体一体は弱いが、その度に確実に時間は奪われる。
鋼鉄巨人の頭部に宿る光は、刻一刻とその輝きを増している。

333 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:24:07 ID:EXqDFJXnC/

「くっ……」

この状況を打開する方法ーー

私の新たな技ーー専用ぶきスキルを使用すれば、接近は可能だ。
だが、その後動けなくなる、崩れていく鋼鉄巨人からの脱出すら叶わないだろう。
それに、今となってはビームの発射そのものを止めることはできないのだ、あのエネルギー量、近くにいればその余波だけでもただではすまない。

だが、目の前に立ち塞がるゴーレム達を斬り伏せていては、確実に間に合わない。

ーーどうする?

考える、どうするべきか。
その逡巡の間に、状況は動いた。

ーーこの状況で動けたのは、彼女だけだった。

特攻に近いその行動のリスクを考え、私の動きは一瞬、止まっていた。

転移魔法を使えるソルトちゃんも同様、聡明な彼女だからこそ、その行動に一瞬の躊躇いがあった。

他の三人は、現時点で鋼鉄巨人に接近する手段を持たなかった。

そして、彼女ーーシュガーちゃんだけが、動いた。

「ソルト、ごめん」

一言だけ言い残し、彼女は鋼鉄巨人の眼前まで転移魔法で移動。
周囲に展開したバリアを潜り抜ける。

そして、手に持った大剣で鋼鉄巨人の頭部をぶっ叩きーー

チャージスキル『ジャッジメント』ーー

ーー直後、極光が放たれた。

直径にして50m近い大きさの光の束は、山間を切り裂き一瞬にして空の向こう側へ見えなくなった。

そして、こちらを振り向いて笑うシュガーちゃんが、その光に包まれて消えていくのを、見た。

334 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:25:22 ID:EXqDFJXnC/

「シュガー……?」

ソルトちゃんは小さく呟いた。
絶命の直前のような、力ない呟き。

膝が崩れる。
鋼鉄巨人の放った極光に照らされた無表情からは、静かに涙がこぼれていく。

「ーー! 鋼鉄巨人が」

鋼鉄巨人は最後の攻撃を放つと同時に、力尽きるように崩れていく。

傷ついた右足は破孔からスパークを放ち、とうとう大爆発を起こす。
その衝撃で半ばから右足がへし折れ、常にこちらを見下していた頭部が、とうとう頭を垂れた。

「終わった……?」

そう、終わった。
一人の少女の犠牲と、一人の少女に消えない傷をのこして、戦いは終わったのだ。

私は傍らの少女に駆け寄った。
周囲の敵を殲滅し、リゼちゃんたちも周囲に集っていく。

「……大丈夫、砲撃は外れる、シュガーはよくやってくれました」

ソルトちゃんは、涙を溢しながらそう呟いた。

「ソルト……」
「勇猛にして果敢な最期でした、あの子の名は英雄として後世に残るでしょう、私も姉として鼻が高いです」
「ソルト、止めろ」
「こうしてはいられません、シュガーの死を無駄にしてはいけない、早く鋼鉄巨人を探り、クリエゲージを破壊しなければ」
「ソルト!」

リゼちゃんが叫んだ。
答えはなかった。

ーー人形が、喋っている。
そう感じるほど無感情に、彼女は言って立ち上がった。
機械仕掛けの速やかさで、為すべきことを遂行しようとしていた、涙を流していることにすら気づいていないかのようだった。
私は、そんな彼女を抱き締めた。

335 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:26:47 ID:EXqDFJXnC/

「……ごめん」
「何故、貴方が謝るんですか」
「私がもっとうまくやれば、守れたかも知れなかったから」
「……ココア」

そう言う私を見るソルトちゃんの目には、何も映ってはいなかった。

「貴方はもう、帰ってください」
「え……?」
「これ以上戦う必要はありません、クリエゲージは鋼鉄巨人の頭部にあるのでしょう? それを破壊し、帰ってください」
「ソルトちゃん、どうして」
「貴方のこと、『死んでやり直す』とでも言うつもりだったのでしょう?」
「っ!」

そう、やり直しは効く。
今ここで私が死ねば、時間は三日前に巻き戻る。
そこから、シュガーちゃんが生き残るルートを模索すればいいーー

ーーそう、考えたのだ。

「でも……まだ間に合うんだよ!? 私なら全てを救える、何も変わらない日常に戻すことができる! なのに、なんでそんなことを……!」
「本来、死は不可逆の摂理です、貴方だけに全ての責任を負わせて『シュガーを助けて』なんて言えるほど、私は落ちぶれていません」
「でも……悲しくないの? 寂しくないの? 私は……死にたくなるほど悲しい」
「そうですね、ですが」


「ーーそれは、貴方には関係のないことです」

336 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:28:49 ID:EXqDFJXnC/

「……え?」
「貴方は異世界人です、誰かの私欲のため、身勝手に連れてこられた被害者です、その力を借りること自体が、おかしなことでした」
「でも、そんな」
「もう無理をする必要はありません、貴方は……貴方たちは、こんなところで戦いを続けるような人じゃない。
『オーダー』での召喚の記憶は元の世界に戻れば失われる、全て忘れて、元の生活に戻りなさい」

ソルトちゃんは、私とリゼちゃんへ笑いかけた。
無理矢理笑った、泣きたい気持ちを理性で抑え込んで、半身を失った痛みを笑顔の仮面で隠して、無理矢理笑った。

恐ろしく強い子だ、と思った。
彼女は聡明が故に、感情と行動を切り離すことができてしまう、やりたいことより、やらなければならないことを優先できてしまう。
涙をこぼしながらでも、笑うことができる。

でも、それでは彼女は救われない。

こんな、こんな現実をーー認められない。
目の前に自信の救いがあるとわかっていても、目の前の涙を拭うことすらできない現実を、認められなかった。

どうする? やり直す?

私はーー

「ソルトちゃーー」




ーーその時、私の胸が思い切り押された。

337 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:31:28 ID:EXqDFJXnC/

「ーー避けなさい!」

ソルトちゃんが叫ぶ。
同時に、鋼鉄巨人の方へ振り返る。

「ーーえ?」

そこには、頭があった。
鋼鉄巨人の。

「……なにあれ、ふざけてるの?」
「なんだよ……物理法則もへったくれもあったもんじゃないぞ」

コルクちゃんと、ポルカちゃんが言った。

鋼鉄巨人の、頭だけが浮遊していた。
翼もなければ何かの噴射もない、何故浮いているのか理解不能、だが現実は間違いなくそうだった。
光を帯びた視線が、こちらを射抜く。

そして、閃光と熱線が私とソルトちゃんのもといた場所を貫き、打ち砕いた。

「自立飛行だと……!?」

爆発に吹き飛ばされた私のそばに来たリゼちゃんが、顔を驚愕に歪めて呟く。

「まだ、終わりじゃないってこと……?」
「そうみたいだな……だが、ここまで来たのなら、奴にも後はないはずだ」
「その通りです」

涙を振り切り、ハンマーを構えたソルトちゃんが私の前に立つ。
先ほどの無表情とは違い、そこには明確な怒りの感情が見えた。

「あの史上最悪の困ったさんを叩き潰し、シュガーへの手向けとさせてもらいます」

怨嗟たっぷりに、ソルトちゃんが呟く。
呼応するように、私たちは頭上に座する鋼鉄巨人の頭部に向け、各々の武器を構えた。

そうして、最後の戦いが始まった。

338 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:31:54 ID:EXqDFJXnC/
今回はここまでです。

339 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 12:48:37 ID:t6Rx/Ewmi0
今回も手に汗握りました!
まさか、シュガーが・・・・・そしてそれでも終わらない戦い。ですが、いよいよ決着も近そうですね。シュガーがどうなったか、ソルトはどうなるのか、ココアの選択は・・・・・様々な選択や戦いが残されていますが、その全てをこの目で見届けたいと思います。
次回も楽しみにしてます!

340 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 21:42:53 ID:RtkPi8ZY1N
>>339

ありがとうございます!

ようやくここまで来れました、長かった……もうすぐ終わります。
シュガーちゃんが亡くなったおかげで、完全なハッピーエンドとは言えなくなってしまいました。
その上で、ココアさんが全てを忘れて元の世界に帰るのか、あるいは他の打開策を見つけるのか。
あとは鋼鉄巨人(第二形態)戦で、どれ程の被害が出るか。
その辺りが、今後の話になってくると思います。

341 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:11:08 ID:ZGnzfZvboS

閃光が断続的に地面を耕し、私達は散り散りにそれらの回避に徹した。
上空には鋼鉄巨人、その頭部。

再び私達を見下す位置についた奴は、先程にも増して執拗に、激しい攻撃を繰り出す。
やぶれかぶれの一撃も外れ、とうとう後がなくなった鋼鉄巨人はただ、目の前の敵を排除するために暴れまわっていた。
胴体を失いその威力は落ちたが、攻撃はそれでも人一人を蒸発させるのには十分すぎる威力、しかし、このままなぶり殺しにされているわけにはいかない。

鋼鉄巨人から放たれたビームを避け、跳躍。

「リゼちゃん!」
「了解!」

一瞬で意図を理解したリゼちゃんが、盾を上に構える。
そして、その盾に着地ーー

「行ってこい!」

再びの跳躍と同時に、リゼちゃんが私を、鋼鉄巨人の方へ思い切り投げ飛ばす。

「はあぁっ!」

上空の鋼鉄巨人へ接近、素早く一閃。
ーー硬質な音ともに、剣が弾かれる。

「っ! 硬っ……!」

そして、自由落下をしていく私に向け、鋼鉄巨人の砲口が向けられる。
その口腔に、光が満ちていくのが見えた。
空中では動けない、回避不能ーー!

342 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:12:02 ID:ZGnzfZvboS

スキル『メモリア・スペル』ーー!

それが放たれる直前、横合いからの魔術攻撃が鋼鉄巨人を打ち据え、爆発、砲口が逸れる。
瞬間、ビームは放たれ、私の身体を霞めて地面に直撃、辛うじて形を保っていた家の一つが爆散する。

「ココアさん!」

爆風に煽られ着地した私に声がかかる。
聞きなれた声、ここで聞く筈のない声。

「なんで……!? チノちゃん!」

そこには、先ほど逃がした筈の少女、チノちゃんがいた。
掲げた手には、ティーポットを模したクリスタル。

「凄い光が見えて、いてもたってもいられなくなって……わたしも、戦います」
「チノちゃん、それって……」
「こっそり持ってきてたんです、これがあれば、バリスタの代わり位にはなれますから」

チノちゃんが持っているクリスタルは、エトワリウム製のぶきだ。
先程放たれた、鋼鉄巨人を吹き飛ばすほどの魔術行使。
それも、この専用ぶきの恩恵だろう。
でも、それがあるからと言って……

「なんで来たの! ここは危ない、死んじゃうかも知れないんだよ!?」
「そんなのはわかってます! でもそんなの、ココアさんも同じじゃないですか!」
「私の安い命なんてどうだっていいんだよ! 一つしかないチノちゃんの命のほうが、何億倍も重い! 」
「ココアさんにとってはそうなのかもしれない。
だけど、わたしにとってはココアさんの命は高いんです!
ココアさんが命を投げ捨てるというのなら、わたしがココアさんを守ります!」

チノちゃんは叫んで腕を一振りする。
複数の光弾が展開し、上空の鋼鉄巨人を襲う。

着弾、爆発。
しかし、爆煙の中より鋼鉄巨人が飛び出し、返礼のビームがチノちゃんに放たれる。

343 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:12:56 ID:ZGnzfZvboS

「チノちゃん!」
「ーーさせるか!」

寸前で射線に割り込んだリゼちゃんの盾が、その閃光を弾いた。

「リゼさん!」
「まさかチノが、あそこまでの啖呵を切るとはな……妹にここまで言わせたんだ、もう反論はできないだろう? ココア」

リゼちゃんは微笑んで言った。
事実、私は何も言うことが出来なかった。
前もそうだ、私のためにチノちゃんは泣いてくれた。
そして今、私の前に、鋼鉄巨人の矢面に立っている。

ーーならば、やることはひとつだ。

チノちゃん、リゼちゃんと並び立ち、鋼鉄巨人を見据える。

「……チノちゃんの魔法は空を飛んでるあいつに有効だね、どうにか地面に叩き落とせる?」
「ココアさん……! もとよりそのつもりです、わたしの持てる最大出力を叩き込みます」
「チノの魔法は強力だが、戦闘経験は皆無だ、私は護衛に周りあいつの攻撃を受け止める」
「お願いします」
「地面に拘束したら、私達の攻撃で……」

「おいおい、おれたちを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

横合いからかかる声。
そこには、ポルカちゃん、コルクちゃん、ソルトちゃんの姿。

「チノの攻撃だけでは打ち落とすのに足りない、どうにかあれに取り付ければ……」
「コルクの魔法なら、あそこまで飛べるんじゃないか? 普段は拘束用に使ってるが、自分が飛ぶこともできるだろ」
「了解、私はポルカと共に飛ぶ」
「よしきた!」
「ならば地面に落下しだい、ソルト、ココア、リゼの三人で総攻撃を仕掛けます……準備はいいですね? といっても、奴は待ってくれないようですが!」

344 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:15:52 ID:ZGnzfZvboS

一箇所に集まった私達を一網打尽にせんと、上空より無数の光弾が放たれる。

「ひっ……」
「大丈夫だ、私を信じろ、チノ!」

スキル『ここが私の見せ場だな!』ーー!

チノちゃん、リゼちゃんを除いた四人は一斉に散開、嵐のような光弾が二人を襲う。

周囲の地面をめくりあげ耕すその攻撃はしかし、リゼちゃんの展開した防御壁によって防ぎきられる。

「チノ! 今だ!」
「わ、わかりました……!」

瞬間、絶大な量のクリエが解放され、周囲に衝撃波を巻き起こした。
それは周囲を耕した光弾、それによって発生した礫と土煙を彼方へ吹き飛ばし、周囲に輝く燐光を降り注がせた。

彼女ーーチノちゃんにできることは、そう多くない。
実力が足りない、経験が足りない、技術が足りない。
彼女は弱い、だが、それでも彼女はここまで来た。
全ては、この一撃を叩き込むため。

放たれるクリエの量は、恐らくは彼女に扱える全てだ、その出力が放たれたならば、単純な破壊力でもって言えば私やリゼちゃんの『とっておき』に匹敵する。

さらに、エトワリウム製クリスタルによる恩恵。
経験の足らない彼女にとっては、単なる『強い武器』以上の価値を持たないがーー今はそれだけで十分。

「この一撃に、全てを賭けます」

攻撃の止んだ瞬間に、チノちゃんは手に持ったクリスタルを上空に放り投げる。
直後、クリスタルは太陽の如く強い輝きを放ち、チノちゃん自身を包み込んだ。

「不思議な力を感じます……これなら!」

とっておき『お姉ちゃんのねぼすけ』ーー

上空で滞空するクリスタルが、臨界したように更に激しく輝く。
正真正銘、一発限りの全力射撃。

その光を見てか、鋼鉄巨人の瞳が、再び光を灯す。

「チノ! 攻撃が来る!」
「大丈夫です、わたしは……ココアさんたちを守ると決めましたから。
ココアさんも、リゼさんも、沢山苦しんできた、沢山の死を見てきた、ならばこれぐらいは……わたしも背負ってみせます!」

ーー瞬間、光が空を翔ける。
ーー対面、光が空を引き裂く。

345 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:17:10 ID:ZGnzfZvboS

放たれた二つの光条はぶつかり合い、激しい光と衝撃波を放って一瞬の間、拮抗する。

「当たって……ください……!」

なけなしのクリエを叩き込む。
放たれた閃光は更にその破壊力を増し、敵の攻撃を飲み込み相殺。
そのまま、鋼鉄巨人の巨体を打ち据えた。

ーーだが、まだだ。
まだ奴は浮いている、動いている。

「ソルトちゃん! ポルカちゃん!」
「あいよ!」
「了解した!」

そしてその時には、二人は遥か上空に跳んでいた。
上空で停滞した巨体に向かい、着地、取りつくことに成功する。

とはいえ、普通に攻撃するだけでは、大したダメージは与えられないーー先程のチノの攻撃で、ようやく破孔が穿たれた程度。
ーー狙うならばその場所だ。

チノのとっておきの直撃を受け、赤熱する破孔ーーそこに、コルクは手に持つ短剣を叩き込んだ。

ーー瞬間、鋼鉄巨人は唸りをあげて、激しく暴れだす。
自分に取りつく二つの異分子を振り落とさんと、滅茶苦茶に飛び回る。

「くっ……」
「コルク!」

コルクの足が空を切る、破孔に突き刺したナイフを掴んで、持ちこたえる。
しかし、突き刺したナイフは縦横に振り回され、外れそうになっていた。

だからコルクは、ナイフを手放した。

「ボルカ! 任せた!」

風にまかれて落下していきながら、コルクは叫んだ。

「ーー任されたぜ」

そして、後に残ったポルカの手には、巨大な金槌。
狙うはコルクの残していったナイフ。

スキル『鍛え上げる』ーー!

金槌が炎を纏い、その破壊力を増す。
自らに放てる全開の一撃、それを、一点に叩き込むーー!

346 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:18:13 ID:ZGnzfZvboS

とっておき『ブラックスミス・インパクト』ーー!

「これで、堕ちろっ!」

爆炎を推進力として速度を増し、並みの魔物程度なら肉片になるであろう必殺の一撃。
それによって撃ち込まれた『杭』は、鋼鉄巨人を内部をまで打ち貫きーー

ーー爆発、その巨体が推進力を失い、重力の軛へと捕らわれ落着してくる。
数十トンに及ぶ鉄塊が地面に着弾し、大型爆弾が炸裂したような凄まじい轟音と衝撃波が周囲を薙ぐ。

「やったか……! 行くぞ! 総攻撃をかける!」

リゼちゃんが号令をあげる。
落着した鋼鉄巨人に対しての一斉攻撃。

「これで、終わりだよ!」

リゼちゃん、ソルトちゃん、私が一斉にクリエを解放し、土煙の中へ突撃する。

チェックメイト。
これで、終わりだ。

347 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:21:51 ID:ZGnzfZvboS

ーーだが私は、土煙に隠れた鋼鉄巨人の瞳が、光るのを見た。
まだ、こいつは攻撃をできるだけの余力を残している。
そして、その視線の先ーー

ーーそこにはクリエを使い果たし、動けなくなったチノちゃん。

「……しまった」

謀られたーー!
奴が待っていたのはこの瞬間、リゼちゃんが攻撃の為に離れ、チノちゃんが無防備になるこの一瞬。

……敵の目的は勝つことではない。
『もう一度リピートを行うこと』だ。

だからこそーー足を破壊した直後、言の葉の木への狙撃を慣行した。
そして今ーー目の前に迫る驚異三人を無視して、チノちゃんを殺害せんと狙っている。

『そうなれば私はリピートをせざるをえなくなる』からだ。
言の葉の木が破壊され、何十万という人が死んでも、オーダーで呼び出されたチノちゃんが死んでも、私はリピートによるやり直しを確実に行う。
こいつは、それを読んでいるーー!

もう一度リピートを行えば、こいつは今回のことを学習し、更なる作戦を立てて襲ってくるだろう。

「ーーっ! させるかぁ!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』ーー!

剣先に嵐が収束する。
触れるだけであらゆるものを寸断する超高圧縮の風の束、放てばそれは豪風の鉄槌となって、軸線上の全てを塵芥と化す。

しかし、直感した。
これでも間に合わない。

空間を歪ませるほどの破壊は放たれーーそして、それが直撃する前に、鋼鉄巨人から放たれた光が、一直線に空気を切り裂いた。
直後、豪風の鉄槌が鋼鉄巨人を打ち据える。

「えーー?」

チノちゃんは反応すらできなかった。
その身体が、鮮血で激しく濡れる。

348 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:23:30 ID:ZGnzfZvboS

ーーだが、それは彼女自身の血ではなかった。

「……まったく、世話の焼ける……人たち、ですね」

チノちゃんの前には、ソルトちゃんが立ち塞がっていた。
ーー左半身が消し飛んだ姿で、尚、立ち塞がっていた。

「あ……な、なんで……こんな」

チノちゃんが、震えながら小さく呟く。

「……ソルトは、シュガーを守れませんでした」

ソルトちゃんは、血を吐きながら言う。
長くは持たないであろうことは、明白だった。

「……でも、今度は守れました、もうこんな気持ちは、誰にも味わって欲しくないので」
「ソルトさん!」

ぐらり、と身体が崩れる。
チノちゃんはそれを受け止め切れずに、一緒に地面に倒れこんだ。

「……あとは、任せました」

その姿を、その勇姿を見た私は、思わず叫んでいた。

「リゼちゃん!」
「わかってる! 今度こそ、終わらせてやる!」

風の鉄槌の直撃によって無数の傷を負わされた鋼鉄巨人は、それでもなお、生きていた。

全身を小破させながらも、再び飛行しようと身体を浮遊させる。

それに向かい、リゼちゃんは突撃、手にもっていた槍を突き刺す。

「お前は人を殺しすぎた! もう堕ちろ!」

私のとっておきですら、破壊しきれなかった装甲を持った鋼鉄巨人。
だが、ひとつだけ弱点が存在する。

とっておき『リゼの特製ラテアート』ーー!

突き刺した槍を始点に取りついたまま、リゼちゃんは逆の手に巨大な砲を出現させる。

リゼちゃんはそれの砲身を、鋼鉄巨人の『目』にそのまま叩き込んだ。

「はああぁぁぁぁぁーーっ!!」

砲身にエネルギーが収束ーーゼロ距離射撃。

放たれた砲弾は、鋼鉄巨人を内部から打ち砕きーーついに大爆発を発生させ、その巨体を撃墜せしめた。

349 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:24:18 ID:ZGnzfZvboS

再び地面に落着し、土煙をあげる鋼鉄巨人。
その瞳からは、今度こそ光が消えていた。

「……終わった、の?」
「……おそらくは」
「ーーそうだ、ソルトちゃん!」

はっとして、倒れたソルトちゃんのところへ向かう。
既に傍らにはポルカちゃん、コルクちゃんがいた。
その表情には、いずれも諦めが見えた。

「みんな! ソルトちゃんは?」
「助かるのか!?」

急いで駆け寄り、状態を見る。
ーー酷いものだった。

左腕が肩口から消し飛んでいた。
辛うじて心臓が無事なため、生きてはいるが……。

ここには、治癒魔法を使える者もいなければ、転移魔法を使える者もいない。
今いる町は全壊、生き残りも何人いるかどうか。
別の町まで連れていくにも、その前に息絶えるだろう。

「どうすれば……ココアさん、皆さん、わたしをかばって、ソルトさんは……」
「……行って、ください」
「え……?」

ソルトちゃんはつらそうに、息も絶え絶えに言った。

「鋼鉄巨人は……機能を停止しました、あの中には、クリエゲージと、きららがいるはず……クリエゲージを破壊し、帰りなさい……」
「でも、ソルトさん……」
「ソルトは、いいのです……それに……急がなければ……」

350 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:25:31 ID:ZGnzfZvboS

ーーそのとき、爆発音が響いた。

反射的にそちらを見る。

「……そんな」

視界の、遥か向こう。
そこには、全身から血を流しながらも、こちらへと向かってくるカイエンの姿。

あいつがここにいるということは、ライネさんは死んだということ……
ライネさんですら、『殺せない』という不利を背負っては、カイエンには殺されてしまうのだ。

「行きなさい、急いで」
「ソルトちゃん、何を……!」
「ソルトは……この任務を全うします、付き合ってくれますね? コルク、ポルカ」
「無論」
「当然だな」

ソルトちゃんは、覚束ないながらも立ち上がり、残った右手で槌を握りしめる。
コルクちゃん、ボルカちゃんも、それに習うようにカイエンの方へ立ち上がった。

「私たちで足止めをする、貴方たちは元の世界へ帰って」
「お前たちには散々手伝ってもらったんだ、最後の始末ぐらい、この世界の人間でつけるさ」
「そういうことです、カイエンはソルトたちが討ち取ります、貴方たちは、このまま帰りなさい」
「でも……それじゃ、みんなは」

そこまで言って、リゼちゃんに手を捕まれる。

「行くぞ、ココア」
「リゼちゃんまで、なんで!?」
「ここで私達の誰かが死ねば、また全てがやり直しになる、ここまで来てそんなリスクは犯せないんだよ」
「でも……このままじゃ」
「行くんだ! チノも、ほら」
「は、はい」

リゼちゃんは、私達の手をとって強引に鋼鉄巨人の方へ引っ張っていく。

「私だって悔しいさ……! でも、こうするのが最善なんだ……!」

リゼちゃんは、苦虫を口一杯に放り込んだような、悔しさにまみれた表情をしていた。
それを見た私は、黙るしかなかった。

「……幸運を」

ソルトちゃんが小さく呟いて、三人はカイエンの元へ向かった。

351 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:26:27 ID:ZGnzfZvboS

ふいに、視界が歪んだ。
涙が出ていた。

これが、結末か。

何人死んだだろう? そしてこれから何人死ぬのだろう?
鋼鉄巨人は破壊した、だが、各地に散ったゴーレムたちは健在だ、里への襲撃も、これまで通り行われる。
私は致命的な結末を防いだに過ぎず、沢山の絶望は変わらず生まれてしまった。

……笑わせる。

みんなを救うと言いながら、この様。
『何も変わらない明日』が、どれほど貴重で、どれほど尊いものなのか、私は改めて理解した。

憔悴したまま、鋼鉄巨人の爆発を起こした破孔を探る。

クリエゲージは、存外すぐに見つかった。

爆発の影響を受けているものと思ったが、鋼鉄巨人にとってもこれは非常に重要な機関、内部の隔壁に厳重に保管されていた。
私達の攻撃によってそれも半壊していたので、探るのも容易だった。

「ーーきららちゃん!」

クリエゲージの中には、予測通り、きららちゃんが捕らわれていた。
『刻巡り』の完成のために捕縛されていたのだ。

「リゼさん、ココアさん、チノさんまで……」
「助けに来たぞ、遅くなってしまって、すまないな」
「いいえ、そんな……それにしても、この鋼鉄巨人を倒してしまうなんて、凄いです、まさかカイエンも?」

きららちゃんの言葉に、私達は答えられなかった。

「……ごめん、きららちゃん」
「……ココアさん?」
「今、コルクちゃんと、ポルカちゃん、七賢者のソルトちゃんが、カイエンの足止めをしてる、万全の状態じゃないから、多分三人とも……」
「そんな……」
「それだけじゃない、この町は完全に破壊し尽くされてしまった、里にも、明日の昼にゴーレムの襲撃が来る、多くの人が死ぬ」
「……」
「私、なにも出来なかった、なにも守れなかった……だから、ごめん」

352 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:27:45 ID:ZGnzfZvboS

私は歯噛みした、どうにか涙を止めようとした。
泣くべきはきららちゃんのはずだからだ、彼女の大切な人たちは、その殆どが、死の危機に晒されているのだ。
それに対して、私は何もできない。

「せめて私に力があれば、せめて私の頭がよければ……。
ーーせめて、もう少し前から、やり直せたなら」

今のリピートは、あらゆる危機が確定しすぎている。
その全てを止めることはできないし、既に亡くなってしまった人も大勢いる。
それを変えることはできない、確定してしまった現実なのだ。

だから、この戦いのすべての現況を取り除けたならーーそう思わずには、いられなかった。
だが、それも全て後の祭り。
いくら妄想を重ねても現実を変えることはできない。

「ーーひとつだけ、方法があります」

きららちゃんは、ぼそり、と呟いた。

「……え?」
「ひとつだけあります、誰も死なない、ハッピーエンドを迎える方法が……しかし、これはあまりにも危険です、それを理解した上で、聞いてください」
「みんなを救う方法があるなら、私はどんなことでもするよ、何度でもやり直してーー」

「ーーまず、この方法は『一回限り』です」

353 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:29:03 ID:ZGnzfZvboS

「え?」
「チャンスは一度きり、失敗すれば、間違いなく今より酷い状況になります」
「一度、きり……」

それは、今の私にとっては、恐ろしく重い事実。
死ねない、命は一度きり、やり直しはきかない。

……だけど、それしか方法がないのなら。

「……続けて」
「わかりました……いま、この場には、鋼鉄巨人の介入を受けず、単独でのリピートを行える環境が整っています」
「それって……!」
「確実に敵の裏をかけます、そしてーーこの単独のリピートであれば、ココアさんたちがこの世界に来た瞬間……即ち『オーダー』によって召喚された直後まで、戻ることが可能です」
「まさかーー全てが始まる前にカイエンを倒し、いままでのこの騒動の全てを『なかったこと』にする、それが、みんなを救う方法?」
「その通りです」

確かにそれならば、みんなを救うことは可能だ、今まで私達がしてきた戦い、その全てが『起こらなくなる』のだから当然だろう。

「だけど、時間移動にはかなりの力が必要だって聞いたよ?」
「ここに触媒があります」

きららちゃんは、目の前の鋼鉄巨人をこんこんと叩いた。

「鋼鉄巨人は単独でのリピートを行うため、膨大なクリエを貯蔵していました、人一人くらいなら、飛ばすことは可能でしょう、魔方陣もありますし、その調整くらいなら私一人でも可能ですから……」

きららちゃんは、いつになく真剣な表情で言った。

ーー爆発音、カイエンとの戦闘による至近弾だ。

カイエンは当然、三人を殺した後にはここに来る。
きららちゃんは召喚士とはいえ、主要なクリエメイトは消滅させられている、勝ち目はない。

ーーだとしても、彼女は私たちの選択を受け入れるだろう。
私達が帰ったあとに、殺される運命をすら。

354 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:30:11 ID:ZGnzfZvboS

「ココア……行ってくれ」
「リゼちゃん?」
「行けるのは一人だ、私単体では、恐らくカイエンを倒すことはできない、行くのならばココアが最適だ」

リゼちゃんが言う。

「ココアさん……なにもできない手前、私が言うべきではないのかも知れませんが……行くべきだと、思います」
「チノちゃん……」
「ココアさんも、こんな結末は望んでないはずです、わたしも、こんなのは嫌です……」
「……そうだね」

そう、そんな悲しい結末は。
そんなことは、許すことはできない。

私は、お姉ちゃんだから。

「きららちゃん、私に『刻巡り』を使って」
「ーーいいんですか?」
「今回はシュガーちゃんが死んだ、他に何千人も人が死んだ、多分私たちが戻った後にも、何人も死ぬ、そんなのは……そんな結末は、絶対に嫌」
「……わかりました」

きららちゃんは、持っていた長大なロッドを構える。
周囲にクリエが沸き立ち、光が無数の魔方陣をかたち作る。

「ーー行きます、ココアさん、準備はいいですね?」
「うん、大丈夫だよ!」

周囲の魔方陣が輝きを増し、視界が白く染まっていく。
膨大なクリエが私の周囲を取り巻き、一世一代の大魔術を紡ぎあげていく。

「……御武運を、ココアさん」

視界が白い光に染まり切って、しばらくたった時ーー
何かが途切れるように、私の意識は失われた。

355 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:31:09 ID:ZGnzfZvboS

ーー101週目。

私はきららちゃんの言うとおり、『オーダー』によってこの世界に来た、その直後に目覚めた。

「ーーあぁ、戻ってきたんだ」

私たちは、鉱山の町のど真ん中に、突如召喚されたのだ。
周囲には、足を止めた人々による人だかりができていた。

「こ、ここは一体どこですか……? 一体、何が……」

状況を理解できず目を回すチノちゃん。

「こ、これはどういう状況だ!? 私は敵国に拉致されたのか? こ、こんなかわいい服装まで用意して……それにこの槍、本物じゃないか!」

リゼちゃんはこの異常な状況に警戒し、槍を振りかざして周囲の人々を牽制した。

この状況は、『オーダー』を察知したきららちゃんが来るまでの数分間、続くのだが……今思えば、先にきららちゃんに発見され、里で保護を受けられたのは、幸運だったのだろう。
『オーダー』による召喚は、術者から一定の範囲内でランダムの場所に召喚される。
もし、カイエンの近くに私たちが召喚されれば、その時点で積みだったのだ。
里へ保護されたことで、カイエンはある程度の戦力が整うまで、こちらを攻めることを断念したのだ。

だが、今回は目的が違う。
今回の目的は、可及的速やかにカイエンを排除し、これから起こる騒動の『元』を断つこと。

「……ごめんね、二人とも」

私は、その騒ぎに乗じ、人混みに紛れて姿を眩ました。

356 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:31:35 ID:ZGnzfZvboS

その場を離れた私は、まず、ゴーレムを発生させる魔方陣があった洞窟へ向かった。

ここは里へ向かうための最短ルートだ、しかしーー

「もう既に、魔方陣は起動してるのか……」

その時点で、洞窟には相当数のゴーレムがおり、鉱石を掘り出しては外へ持ち出していた。

だが、洞窟内に常駐している数は前やったときより遥かに少ない。
これなら、私単騎でも打倒できるだろう。

私は、扱いなれた普通の金属製の剣を引き抜く。

「今、魔方陣を破壊できれば鋼鉄巨人の完成はない」

水面下に、何の犠牲も出さず、全てを終わらせる。
私は、ゴーレムの群れに飛び込んだ。

357 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:32:29 ID:ZGnzfZvboS

魔方陣を破壊した私は、以前より一足早く、里へと到着していた。
目的は一つ、エトワリウム製の専用ぶきだ。

ポルカちゃんの鍛冶屋を、そっと覗き込む。

中には人はいない、鍵を壊し、中へ侵入する。

「リゼちゃんも、こんな気持ちだったのかな」

リゼちゃんは専用ぶきを手に入れる際、今の私と同じように強盗紛いのことをしている。
ーー恐らく、リゼちゃんはリピートの中で、ライネさんに認められ、あの武器を与えられたのだろう。
その後のリピートではその手間を惜しみ、盗んで出ていっていたのだ。
正義感の強い彼女のこと、苦渋の決断であったことは間違いない。

中を見渡し、専用ぶきが並べられている奥の倉庫へ向かう。
そこには、私の剣、チノちゃんのクリスタルと、そして、リゼちゃんの槍と盾が飾られていた。

その中の剣を手に取り、素早く身を翻すーー

「……いや」

私は、書き置きを書いた。

リゼちゃんは『しばらく借りさせていただきます、ごめんなさい』という文面だったがーー

「……多分私では返せないし、『借りる』じゃないよね」

結局一言『ごめんなさい』とだけ書き置きを残し、私はその場を後にした。

358 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:33:18 ID:ZGnzfZvboS

雨が、降っていた。
リピートの3日目と同じような、身を刺すような冷たい雨だ。

視線の向こうには、鋼鉄巨人が建設されていた遺跡。
魔方陣を破壊した今、カイエンがいる可能性があるのはこの場所だけだ。

「ーー寒い」

そう感じた。
身体が震えていた。
寒さのせいではない。

怖かったのだ。

今の私にリピートはできない、命は生まれ持ったただ一つのみ。
負ければ終わりーー今まで、軽く安く扱っていた自分の命が、重い。

自分が負ければ、きっとカイエンは、鋼鉄巨人は、再度作戦を練りこちらを強襲するーーその時失われる命は、どれほどのものか。

ーー今までに見てきた今際の表情が脳裏に甦る。
ランプちゃん、チノちゃん、ライネさん、ポルカちゃん、シュガーちゃん、ソルトちゃん、きららちゃん。
皆が命を賭けて、私をここまで送り届けてくれた。

絶対に失敗はできない、だからこそ、怖い。

剣を握りしめる。
考えるのは、ただ奴を殺すこと、それだけ。
余計な雑念は不要だ。

ーー遺跡の中、鋼鉄巨人が鎮座していた筈の大広間。
そこには、今はなにもなく、閑散とした風景が広がっていた。

ーー奥から足音。

359 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:34:12 ID:ZGnzfZvboS

「まさか、ここまで早く嗅ぎ付けられるとは、些か予定外だな」
「カイエン……!」
「……貴様、私の名前を?」

姿を表した赤色の鎧ーーカイエンは、訝しげに言った。

「名乗った覚えはないな、小娘」
「小娘じゃあない、私には、保登心愛っていう名前がある」
「……ほう、クリエメイトが、ここに何の用だ」
「クリエゲージを破壊して、誰にも手を出さず、ここから出ていって」
「嫌だ、と言ったら?」
「貴方を殺す」

カイエンはそれを聞いて、笑った。
私は剣を引き抜き、突きつける。

ーー無意味な問答だということはわかっていた、彼女は正義ではなく、己の大義の為に戦っているのだから。
故にこの場で起こることは、意思と意思によるぶつかり合い以外にあり得ない。

カイエンは、ゆっくりと兜を取り去り、床に投げ捨てる。

「自己紹介は不要だな、保登心愛……答えは『嫌だ』だ、私を止めたいと思うのならば、殺して止めるのだな」
「やはり貴方は、そう言うんだね……人の話なんて聞く気も無いし、戦いを楽しむことしか興味が無い」
「わかった用な口を……いや、なるほど」

カイエンは、何かに思い至ったように目を伏せる。

「……『刻巡り』か」
「……」
「戦いを知らぬ筈のクリエメイトがその殺意……繰り返しの果てにここまで来るとは、感服する」
「何人も人が死ぬのを見てきた、そして、貴方を放置すれば、それが起こってしまうことを私は知っている……だから私は、貴方を絶対に止めなければならない」
「……そうか、ならば」

カイエンがクリエを解放。
凄まじい炎熱が遺跡内を埋め尽くし、揺らめく炎が辺りを照らす。

「最早、これ以上の言葉は不要か」

360 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:35:28 ID:ZGnzfZvboS

スキル『フォックストロット』ーー

カイエンが腕を一振り、周囲に無数の炎の矢が展開される。
それは直後、扇状に射出され、こちらを囲むように襲い来る。

ーー勝てない。

弱音でもなく、諦念でもなく、事実としてそう心に浮かんだ。

ーーこのままでは勝てない。

このままカイエンの攻撃をまともに受けたならば、そこから反撃に移るのは至難の技。
移れたとしてもあのしぶとさ、1、2回程度切り裂いたところで、その間にこちらが殺される。

ならば、こちらに取れる方策は一つ。

ーー殺られる前に殺るだけだ。

「……私は、お姉ちゃんだから」

何かの呪文のように呟く。
身体に力が漲る、視界がクリアになり、やるべきことを心が理解する。

剣を構える、全ての力をその剣に叩き込む。
後のことを考える必要はない。
考えるべきは、目の前の敵を斬ることのみ。

見捨てた命、流した血と涙、あらゆる追憶が走馬灯のように流れる。
そう、全てはこの時の為に。
私の100週の集大成、その全てを、刹那の内に叩き込むーー!

スキル『クロックワーク・ラビット』ーー!

視界が鈍化する。
そこに移るあらゆる全てを観察し、理解し、最適な行動パターンを身体にセットする。

身体速度の向上など、その行動パターンに対応するための補助に過ぎない。
目の前で起こる物理現象の全てを把握し、その一秒先、二秒先、三秒先の未来を予測し、そして、最短にして最効率の行動を行う。

現実をつぶさに見ることで、未来を切り開く力ーーそれが、私の編み出した技、たどり着いた答え。

361 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:36:55 ID:ZGnzfZvboS

私は、前方より迫り来る炎の矢ーーそれに対し、避けるのではなく、飛び込んだ。

「ーー!」

カイエンの息を飲む気配を感じる。
壁のように迫り来る物量、それの間を縫いすり抜け、私は一足にカイエンの間合いへと飛び込んだ。

「うおおぉぉぉーーっ!!」

8つもの急所に狙いを定め、寸分違わず、一息に斬激を叩き込む。
8つの傷口より、血飛沫が舞う。

「っ!! ぐ……あぁぁぁ!」

だがカイエンは倒れない、獣のごとき雄叫びをあげ、反撃の刃が私を捉える。
衝撃、大きく間合いを離される。

ーーそして、周囲に舞う無数の燐光に気づいた。
ほぼ同時に、カイエンが剣を振り抜く。

スキル『ハイインパルス・サーモバリック』ーー

ーー瞬間、視界を光が覆った。

壮絶な爆豪が遺跡を震わせ、広間を火の海にする。
この閉鎖空間、回避不能の攻撃。

ーーしかし、それを読んでいない筈はない。

ーー煙が吹き飛ぶ。

そこには、嵐があった。
竜巻の槍が、カイエンの身体を狙っていた。

とっておき『お姉ちゃんにまかせなさい!』ーー!

行く手を阻む炎を消し飛ばし、悉くを貫く豪風の槍が、弾丸の速度でもって、カイエンへと突貫する。

カイエンにできたことは、僅かに身体を反らすことだけ。
そしてその行動が成したことは、彼女の命を数秒、伸ばすことだけだった。

ーー私の攻撃は、カイエンの右腕を、剣ごと消し飛ばした。

「くっ……」

続く横薙ぎは、カイエンが後退したことで空振る。

「逃がさない!」

剣を構え、その心臓に向かい突撃する。
必勝を確信、しかし確実に、奴の命を終わらせる為に。

「……あぁ、ここまで出来るとは思わなかったよ、君が」

カイエンは嘆息する。
諦めにも似た、称賛の言葉。

ーーその直後に、私の剣はカイエンの心臓を貫いた。

362 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:37:32 ID:ZGnzfZvboS

「……今度こそ、私の勝ちだよ」
「そうか……負け……か」

ずるり、と剣を引き抜く。
カイエンは数歩たたらを踏み、遺跡の壁に身体を預け、それでも自らの体重を支えきらず、壁に血の跡を残しながら地に倒れた。

「……雌伏の内に果てるとは、な……結局私は、正しくなどなかった、というわけか」

血を吐きながら、カイエンは言った。
その言葉には、怒りや悲しみはなく、むしろ納得がいったとでも言うように平静だった。

「行け、クリエゲージは奥にある」

カイエンは奥を指し示した。
私は一瞥もくれず、その方向へと向かう。

「……カイエン」
「……何だ」
「……できれば、今の貴方は殺したくはなかった」

彼女はまだ、何もしていない。
憎悪はあれど、未だ無実の人を、殺したくはなかった。
可能であれば、話し合いで済ませたい気持ちは、あった。

「……」

答えはなかった。

今度こそ私は、クリエゲージのある場所へと向かった。

363 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:38:46 ID:ZGnzfZvboS

「……これが、クリエゲージ」

そこにあったのは、無骨な牢……いや、鳥籠だ。
『オーダー』で召喚したクリエメイトをこの世界へ止める楔にして、クリエを奪う力を持ったもの。

かつて、筆頭神官アルシーヴが起こした争乱の最中、使用されたものと同じ。

これを破壊すれば、私は現世へと帰ることとなる。

ーーそして、『オーダー』で呼び出された際の記憶は、引き継ぐことができない。

つまり、私が今ここでクリエゲージを破壊してしまえば、今までに起こった争乱を記憶するものは、この世から一切合切消え去ることとなる。

そう、今までの戦いは文字通り、完全に『なかったこと』になるのだ。

そうなるのは、少しだけーー

「ーー寂しい、な」

そう、思った。
今までの頑張りが、全部消え去ってしまうようでーー

誰も誉めてくれる人もなく、認めてくれる人もなく、笑いかけてくれる人もなく。
一人で消えていくのは、とても、寂しかった。

チノちゃんに、リゼちゃんに……みんなに会いたい。
お姉ちゃんはこんなに頑張ったんだよ、と言いたい。

「ううん、この先には、きっと『何も変わらない明日』がある……誰も悲しまない、優しい世界がある」

それで、十分じゃないか。
それを胸にしまうだけで、私は消えていける。

それに、今の私は異分子に過ぎない。
『オーダー』での召喚は、世界へ影響を与える。
一刻も早く帰還しなければならない。

「ーーはあぁっ!!」

剣を一振り。
クリエゲージが粉々に砕け散る。

それと同時に、私の身体にも異変が起き始めた。

「身体が……」

身体が淡く輝き、燐光を放って少しずつ薄くなっていく。
同時に、今までの出来事が走馬灯のように甦ってくる。
そこに、笑顔は殆どなかった。
苦しみ、悲しみ、苦悩ーーそして涙。
そんなものばかりだったから、この世界ではーー

「ーーみんなが、笑える世界になったらいいな」

そう、思った。

ーーそれを最後に。

保登心愛というクリエメイトは光となって、この世界から現世へと帰還した。

364 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:39:31 ID:ZGnzfZvboS

そして、誰も知ることなく、誰に謳われることもなく。
ひっそりと、物語は幕を閉じた。

ただ一人、女神だけが、その事実を観測していた。

そして彼女は嘆いた、この物語が『なかったこと』になることを良しとしなかった。

故に女神は、聖典を書いた。

あまりにも過酷な戦いを綴る聖典を書きーーそして、彼女の代わりに、世界に笑顔を、と願った。

ーーそして、物語は本筋に戻る。

今まで通りーーそして、これからも、クリエメイトたちの繰り広げる、どたばたした、きらきらした物語が繰り広げられる。

そこにはきっと、彼女の願ったものが、あるのだろう。

365 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:40:01 ID:ZGnzfZvboS
終了です、長かった……

366 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:45:14 ID:0DCoZMN6Ke
初めて、先生の作品の投稿をリアルタイムで追い掛けました。本当にお疲れ様でした。

失ったものを全て取り戻すために戦い抜いたココアの物語、最初から最後まで手に汗握り、時には涙を流しながら追い続けました。この作品を追い掛ける日々が本当に胸躍り、続きを待ち焦がれ続けました。最後まで読み切って、今はとても清々しい気持ちです。



ココア、100週もの辛い戦い、本当にお疲れ様。
リゼも、95週も本当にお疲れ様。

そして先生、約半年の執筆、本当にお疲れ様でした。素敵な作品を、本当にありがとうございました。

367 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/06/14 10:10:46 ID:FwbrxpG9bW
最初に戻り全てをやり直す…
今までのリピートがあったからこその解決方法…
不意打ち、準備中とはいえカイエンを圧倒するだけの力をすでに持っていたとは…
ごちうさの世界観では描くことのできないココアのある意味で歪んだ成長、こちらも緊張しながら読ませていただきました。
女神の聖典でこのココア達が報われることを願っています。

368 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/14 12:39:25 ID:ci/aegF3wA
>>366

この作品を最期まで見てくれてありがとうございます。
素敵な作品だと言っていただけて感無量です。
こういった作品を最期まで書ききれたのは初めてで……それができたのも、このスレの方々のおかげです。
長くお付き合いいただいて、改めてありがとうございました。

>>367

最期の展開に関してはかなり初期から決まってました、誰も死なないルートというのがこれ以外では実現できなかったので……
この後、ココア、チノ、リゼはコールで召喚され、鋼鉄巨人イベが発生しないことを除いてゲーム通りに物語が進んでいきます。
この物語のココアさんが望んだ世界ですね。
最期まで付き合っていただいて、ありがとうございました。

369 名前:阿東[age] 投稿日:2020/06/14 19:22:57 ID:rrTXGVs1v2
半年お疲れさまでした・・・。

いやあ、濃い内容でした・・・。

370 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/15 01:58:37 ID:/k1qbo.Wwe
>>369

ありがとうございます。
エトワリアって設定を掘り下げれば以外と濃い設定も出てくるんですよね。
まぁここまで真っ黒にするのは少し異端かもですが……
今回は趣味嗜好ガン積みの内容だったので、次ここに投稿することがあればもうちょい軽い雰囲気の作品を書いてみたいです。

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名前 age
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