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【長編ss】ココア「live die repeat and repeat」
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1 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:55:10 ID:LXHxLaq/N9
長編ss(予定)です。

昨年2月にあった『エトワリア冒険譚 後編 目覚める鋼鉄の巨人』イベントにオリジナル要素を加えたリブート作品です。

ーーcaution!ーー

以下の点に不快感を感じる方はブラウザバック推奨です。

・グロ描写あり
・死亡描写あり
・ループものです
・オリジナルキャラあり(一人だけ)
・独自解釈多数
・独自設定多数
・キャラ崩壊
・終始シリアス展開

ss初投稿のため、至らないところもあるかもしれませんが、優しく見ていただけるとありがたいです。

また、誰も死なない終わりを目指します。

1234>
2 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:55:33 ID:MdLMgHD243
うぽつ!

3 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:56:25 ID:MdLMgHD243
>>1
書き終わってないスタイル(*´∀`)ぞー

4 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:57:53 ID:LXHxLaq/N9
その時私は、生まれて初めて、泥の味と、血の味を知った。

私は思った、きっとこれは夢なのだろうと。
でなければ。

ーーなんの前触れもなく、剣と魔法の世界につれてこられる訳がない。

ーー無数に傷つき痛む体にむち打ち、宛もなく逃げるはめになる筈はない。

ーー私の大切な人の、力を失った体を背負い、流れていく命を成す術もなく見せられながら、走る筈は。

こんなもの、こんな現実は全て夢だーーそう思いたかった。

しかし、肺を刺すような空気の冷たさ、痛いほどに拍動する心臓、視界が歪むような全身の疼痛、そのすべてが、ここが現実であると示していて。

理解が追い付かないまま、私は雨の降り頻る夜の森を、ただただ、走っていた。

「ゎたしを……私を、捨てて……逃げ……」
「そんなことっ、ハァ、言っちゃダメ! もう少し……もう少しで人里に着く、それまで頑張って!」

背に負った少女が言う。
少女の背からは、どくどくと血が流れ出し、私の服を朱に染めていた、斬られたのだ。

肩に捕まる腕の力は恐ろしく弱く、体は冷たく呼吸は浅い。
傍目に見ても致命傷、内蔵も複数が損傷している。
しかし、この世界には治癒の魔法がある、それを使えばなんとかなるかもしれない。
そう信じて走ることしか、私にはできなかった。

「頑張って、頑張って、頑張って……お姉ちゃんが、絶対に救ってみせるから」

願うように、祈るように声をかける。

 

「ぉねがい、です……私を……捨てて、逃げて……」
「例え妹でも、そのお願いだけは聞けない! もう少し、もう少しだけ頑張って! 」

視線の先に、森の切れ目。
森を抜ければ、じきに町が見える。

5 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:00:10 ID:LXHxLaq/N9
ーーその瞬間だった。

耳をつんざくような爆音とともに、視界が一回転する。
足に激痛、激しい耳鳴り、続けて背中から地面に叩きつけられる。
白くなる視界は、遠くに吹き飛んだ少女を捉えた。

「チノちゃん!」

名前を呼ぶ、手を伸ばす。
しかし立ち上がることはできなかった。
足先の感覚が消え失せていた、私は地を這いずって少女ーーチノちゃんへと近づく。

「ーーあ」

力なく横たわるチノちゃんと、目が合う。
正確には、光を失った瞳が虚空を写していただけだった。

「そん、な……」

言葉とともに、全身の力が抜けた。
後方から足音。
振り向く。
そこに、それはいた。

私の大切なものを奪った存在。
そして、私の命までも奪おうとする存在。
それは、地獄の炎の色をした鎧で全身を包んでいた。
提げられた剣は熱を宿し、その周囲にだけは、雨が降っていなかった。

倒れた私に向かい、『それ』が剣を振り上げる。

「! …………つっっっ!!」

まだ、動く。
足は動かない、だが手は動く、剣は抜ける。
苦しい、痛い。
だけど、あれを倒さなければ、死んでも死にきれないと思った。
消えてしまった夢、守れなかった夢、終わってしまった過去、途切れた未来。
全てが失われた今となっては、意味のないもの。
それでも、簡単に片付けることはできない。
その全ては、私の心臓に根付き、私に力をくれた。

「私は……私は……っ!」

沸き上がってきた血で、言葉が途切れる。
私は、残された力を振り絞って、剣を抜き放ち、『それ』へと突きつけた。

知らず知らずの内に、どこから出しているのか自分でもわからないような叫びをあげていた。

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先に炎熱が集まり、一瞬にして焔の珠を形成する。
振り下ろされる剣に向けて、私はそれを放った。
爆発、衝撃、激痛、急激に意識が遠ざかっていく。

最後に、何かの声が、語りかけた、ような気がした。

その声を最後に、私はーー

 

 

6 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:02:29 ID:LXHxLaq/N9
目覚めた。

目の前には、最近見知った天井。

横には、数日前ではコスプレでしか見たことの無いような、ピンクを基調としたファンタジックな衣装。

私は目を擦って、体をまさぐる。
足、ある、胸、傷一つなし、お腹、同上。

私は大きくため息をついた。
泥と、血にまみれた走馬灯は、体を強ばらせ、恐怖に震えさせる。
バットどころではない、ワーストの夢。

いや、今おかれているこの状況そのものも、夢だと言われれば信じられる程度にはおかしいのだが。

「ココアさん、そろそろ起きてください」

ドアがノックされ、少女ーーチノちゃんが入ってくる。
青と白を基調とした、これまたファンタジックな服装だ。
彼女の人形のような可愛らしい容姿と相まって、それは非常に似合っていた。

「あ……珍しい、もう起きてたんですね……っ!?」

私は、その小さな体に飛び付いた。

「チノちゃ〜ん、もふもふ♪」
「コ、ココアさん、離れてください」

チノちゃんは、少し迷惑そうに、でも少し満更でもなさそうに、小さく抵抗する。
何故、そうしたくなったのかはわからない。
割りといつものことだからーーだが、今回は、何故か。
唐突に、胸が張り裂けそうな程に、悲しくなったから。

 

7 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:04:25 ID:LXHxLaq/N9
「だらーん……」

私は、ラビットハウスエトワリア支店の、窓際の日当たりのいい暖かい席に突っ伏していた。

エトワリアに来て数日、カンナさんにラビットハウスをこちらでも作ってもらって営業を始めたはいいけど、もとの世界と同様、そこまでお客さんが入っているわけではなかった。

そもそも、この世界には元の世界の甘兎庵やフルール・ド・ラパンのように、私より前にこの世界に来た人達が作ったもの、あるいはもともとあったものなど、複数の飲食店がある。
お客さんが分散するのは、ある意味当然の帰着ではあった。

「ココアさん、だらけてないで働いてください」
「でも今はお客さんいないし、何よりこんなに日差しが暖かいんだよぉ」
「でも、それはお仕事をしない理由にはなりませんよ……まったく、この前リゼさんに一人前の兵士(ウェイトレス)にしてもらったばかりじゃないですか」
「大丈夫、休憩してるだけだからぁ……ほら、チノちゃんも」

私は、ぷりぷりと怒るチノちゃんを抱き寄せて、私のいる日向の席に引きずり込む。

「コ、ココアさん……ぁ、でも確かにこの日差しは気持ちいいです……」

チノちゃんは少しだけ抵抗して、でも直ぐにおとなしく抱きかれるままになった。

……あれ?

これ、前にも……

「……えっ、ココアさん、泣いてるんですか?」
「え?」

目元に触れると、静かに涙が流れていた。
何故流れているのかは、わからない、ただ、訳もなく悲しくて、胸が痛かった。

「ご、ごめんなさいココアさん、私、何か……」
「大丈夫、大丈夫だよチノちゃん……なんで、涙が……?」

 

8 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:07:17 ID:LXHxLaq/N9
その時、入り口のドアベルが鳴り、お客さんが入ってきた。
ストロベリーブロンドの綺麗な長髪を持った、まだ幼さを多分に残す少女、ランプちゃんだ。

「ごめんくださーい! 今大丈夫ですか?」

ランプちゃんは、元気いっぱいに店の中に入ってきて、次いで私の姿を見て、顔色を変えた。

「はわわ……ご、ごめんなさい、取り込み中だったみたいですね」
「いや、大丈夫だよ、ちょっと目にごみが入っただけだから」
「そ、そうなんですか……よかったです」
「心配かけてごめんね、こんなんじゃ、他のお店の子達に負けちゃう」
「そんなことはありません! クリエメイトの皆様の経営する飲食店は、それぞれ個性的な魅力に満ちています! 現にラビットハウスのエトワリア支店ができてから、わたしのお財布は軽くなる一方です!」

言ってランプちゃんは、力なく萎んだ財布を見せつけた。
ほぼ毎日顔を見ている気がするが、私生活に影響はないのだろうか。
経営努力をしてはいるものの、ラビットハウスは個人経営の喫茶店だけあって、その辺のファストフードやコンビニエンスストアにくらべれば遥かに高いのだ。

彼女は『女神候補生』という大層な役柄らしく、実はかなり裕福なのだろうか……とも思うが、干し柿のようになった財布を見て私は考えを180度改めた。

「っと……ごめんなさい! ランプちゃん、こちらの席へどうぞ」

私は涙を拭って、できる限りの笑顔で言った。
しかし、促されて席についたランプちゃんの表情は少し暗い。

「やはり、ココア様……少し無理をされてます、やっぱり、怖いですよね、いきなり、こんなところへ連れてこられて」

ランプちゃんは、申し訳なさそうに目尻を下げた。

9 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:08:57 ID:LXHxLaq/N9

「謎の『オーダー』でこの世界に連れてこられましたが、『クリエゲージ』は見つからず、かつての『七賢者』たちのように、ココアさんたちを狙う敵も出てこない……『オーダー』で、来られたクリエメイトは、『クリエゲージ』を破壊しないと元の世界に帰れませんから……」
「そんな、ランプちゃんが気にすることないよ、それより、こんなファンタジックな世界なんて元の世界じゃ絶対体験できないんだから、私は全力で楽しむことしか考えてないよ!」
「えへへ……そういってもらえるとうれしいです、でも、『オーダー』での召喚は『コール』と違って色々な危険が伴いますから、このランプ、必ずココア様たちを元の世界に帰せるようにしてみます」

ランプちゃんは顔を引き締めて言った。

少し悪いことしちゃったかな……

そう思って私は、話を変えた。

「そ、そういえばリゼちゃんは? ここ最近来てないけど」
「リゼ様は、コルクやポルカ、シュガーと一緒に、最近現れたゴーレムの調査に行っているそうです」
「この前の? ほえぇ……リゼちゃんらしいや」
「リゼさんも頑張ってるんですから、ココアさんもそろそろ働いてください、ほら、お客さんも来ていることですし」
「あ……そうだね」

私は、目の前のお客さんへ、今度こそ満面の笑みで言った。

「ご注文は何になさいますか?」

10 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:10:35 ID:LXHxLaq/N9
そうして、2日が過ぎた。

異世界へ来たけど、元の世界とそんなに変わらない、のんびりとした時間が過ぎていった。

「あ、そうだ」

昼下がり、ある程度お客さんが履けた段階で、私はチノちゃんに声をかけた。

「チノちゃん、そろそろコーヒー豆がなくなって来てるんじゃない?」
「え? ……本当ですね、ココアさんが在庫の把握をしてるなんて、珍しいです」
「コルクちゃんの店に行ってくるよ〜」
「あれ、でもコルクさんって今は、リゼさんとゴーレムの調査に行ってるんじゃなかったですか?」
「あ……そうだったね、となりの町まで行かなきゃだめかぁ」
「お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫! あそこの道は魔物も出ないってきららちゃんが行ってたし、日が暮れるまでには戻れるよ、ココアお姉ちゃんに任せなさーい!」
「ふふ……確かに、今日は少しお姉ちゃんっぽいかもしれないです、それでは、お願いします」
「ふおお……チノちゃんがお姉ちゃん扱いしてくれた……任せて! 超速で帰ってくるから!」
「無理はしないでください」

そうして、私はチノちゃんに見送られラビットハウスを後にした。

「……あれ? なんで私、コーヒーの在庫を知ってたんだろう……?」

一つの疑問を、残して。

 

11 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:12:42 ID:LXHxLaq/N9
私は、隣町にコーヒーを買いに行くため、街道を歩いていた。
左右を森に囲まれたこの場所は、生い茂る葉に陽光が遮られ、少し暗い、
魔物がいないのは確からしく、周囲から聞こえるのは、風が木を揺らす、ざぁ、という音だけだ。

木漏れ日が転々と地面を照らし、果てが見えないほどに真っ直ぐ続くこの道は、何処か神秘的な雰囲気で、私は好きだった。

隣町は、この森を抜けて直ぐ、片道一時間ほどの距離だ。
そこに、コルクちゃんの行きつけのコーヒー豆を売っている店があって、コルクちゃんの名前を出せば、良質なコーヒー豆を売ってくれる。

「ラビットハウスはチノちゃんのコーヒーが目玉商品だからね、あれがないと、お客さんが来なくなっちゃう、急がなきゃ!」

私は愛しの妹の為に気合いを入れて、道を急いだ。

その時、ぽつ、と。

額に冷たさが走った。

「あれ、雨……」

木の影で途切れ途切れの空を見上げると、厚い雲が空を覆い、周囲がにわかに暗くなる。

雨は瞬く間に激しくなり、私の服はすぐにびしょびしょになってしまった。

大きな木の根本に避難し、雨が止むのを待つ。

 

12 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:15:22 ID:LXHxLaq/N9
「はぁ、タイミング悪い……な……?」

何かが引っかかる。

あれ、これ。

前にもなかったか?

前にも、コーヒーを買いに行って、雨で立ち往生したことがなかったか?

そのあと、何があった?

何が、来る?

何が、私たちを……

「うっ!」

私は頭を抱えた。

頭が痛い。
これ以上考えてはいけない。
思考を停止しろ。
いや、逃げるな。
いや、考えるな。
思い出せ。

ーー戦え。

ーー逃げろ。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

私はその場にうずくまってしまう。

頭が痛い。

雨の音に紛れて、何かが近づいてくる。
金属の擦れる音。
無機質で、命を感じさせない、整然としたリズム。

頭が痛い。

音が止む。
私はゆっくりと顔をあげる。
そこには、それがいた。
記憶の、夢の中の姿そのままで。

白い甲冑に、同色の剣。
そして、兜の奥に光る、怪しげな赤い瞳。

私は携えていた剣を抜き放った。

13 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:17:19 ID:LXHxLaq/N9
スキル『レプリカスラッシュ』ーー!

剣から溢れる光ーー『クリエ』が刃の形を成して、大気を寸断しながら、『敵』へ向かい、派手な金属音を立てて、『敵』を吹き飛ばした。

倒れた敵を構えを崩さず見つめながらも、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
攻撃を放ったのも、反射的なものだった。

「こいつ……なんでここに!?」

ソルジャーゴーレムーーかつて、リゼちゃんと向かった洞窟の中で相手にした敵。
しかし、洞窟の入り口は破壊したはずではーー

地が爆ぜる。
高速で詰められた間合い、降られた長剣の一撃を、ぎりぎりでいなす。

思考を断ち切る、今は目の前の『敵』を倒さなければーー!

力任せに振るわれた長剣を体を反らしてかわし、駆け抜け様に一閃。
剣は、硬質な金属音とともに容易く弾かれる。

「っく、硬い!」

攻撃は、先程のスキルも含め、敵の甲冑に傷をつけるにとどまっていた。
剥き出しの箇所を狙うか? 否、自分にそこまでの技量はない、ましてや剣で打ち合っている状態では。

しかし、相手の攻撃はこちらを一撃で行動不能にできる威力を持つ、スピードも、甲冑の重さを感じさせない速さ、疲れがあるのかすらわからない、持久戦は圧倒的に不利だ。

ならばーー

14 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:19:17 ID:LXHxLaq/N9
「一撃で決める……!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先に炎熱が収束、燃え盛る炎が発生する。
大気を歪ませ、陽炎を産み出すほどの熱量の炎の玉。

降り注ぐ雨は私に触れる前にことごとくが蒸発し、その破壊力をありありと示す、今の私が使える最強の技。

敵が地を蹴り高速で迫る。

それに対し私は、火の玉を投げつけるように、剣を無造作に一閃させた。

敵はそれを防ぐように両腕を交差させる。

ーー爆発、雨の音だけが響く森に轟音が響き、無数の鳥たちがその場から飛び立った。

『敵』は、爆発、四散し、その原型も留めず砕け散っていた。
その欠片も、やがて煙となって消滅した。

「はぁ、はぁ……これ……これって……」

『敵』の撃破を確認した瞬間、私は体の力が抜け、その場に膝をついた。
剣が手から滑り落ち、濡れた地面に微かな飛沫を上げた。

この出来事はーー前にもあった。

記憶が、どんどんと溢れだしていく。

夢の記憶ーーいや、あったはずの『現実』の記憶。

15 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:21:14 ID:LXHxLaq/N9
「夢じゃ……なかった……」

あれは、夢ではなかった。

ならば、この後に起こる出来事も、全て同じか。

ーー先程の『敵』は、以前リゼちゃんに、一人前の戦士(ウェイトレス)にしてもらう訓練、その最終試験の場所として訪れた洞窟で、初遭遇した。
そのときは数もそうおらず、なんとか対処できたが……

ーー今日の夜、奴等は大挙をなして里に進攻し、破壊の限りを尽くす。

私は急いで里に戻り、チノちゃんと合流するが、ほどなく里には無数のソルジャーゴーレムが雪崩れ込み、逃げ切れずに応戦することになる。
クリエメイトたちや、里の人達も応戦するが、相当数の人が死ぬ。

そして、最も重要なこと。

「私、一度死んでる……」

戻れば、確実に死ぬ。
あのときの感じた壮絶な痛み、苦しみ、そして命が失われていく絶望的な寒さを思い出す。
思わず私は自らを掻き抱いた、魂に刻まれる恐怖だった。

きららちゃんが言っていた、『コール』で呼び出された『クリエメイト』たちは、いわゆる魂の写し見を、クリエをよりしろとして現界させている存在、いつでも帰れるし、何より『死なない』。
死んでも、クリエで出来た擬体が失われるだけだ。

ーーだが、『オーダー』は違う。

これによって呼び出されるのは、魂の写し見ではない。
本来の魂を呼び出すことによって、聖典ーーつまり私たちの世界との直接のパスを作り、それによって得られるクリエを、クリエゲージによって受け止めるシステム、らしい。

ーーつまるところ、死ねば、普通に死ぬ。

なんの因果か知らないが、私は、一度これを体験してしまった。
そして、再び同じことが起ころうとしている。
一度は死んでしまった、だが今は生きている。
死なないための行動ができる。

「逃げなきゃ……!」

何処へ?

何処へでもだ。

 

16 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:22:51 ID:LXHxLaq/N9
どしゃ降りの雨の中を、どれほど走ったかわからない。

だが、まだ日が完全には落ちていないから、2時間くらい走ったのだろうか。

私は力尽きてへたりこみ、そのまま動けなくなった。

「はぁ、はぁ……ここまで逃げれば……逃げれば……?」

時間が経って、少しだけ頭が冷静さをとりもどす。
すると、きららちゃんの言葉が思い出された。

ーー『オーダー』で呼び出されたクリエメイトは、『クリエゲージ』を破壊しなければ帰ることはできない。

クリエゲージの場所は不明。
逃げることはできない、死ねば死ぬ。

そしてーー

ーーそれは、里にいるチノちゃんも同義だ。

……あの時。

チノちゃんは、私の目の前で、死んだ。
成す術はなかった、自分の身を守ることに必死だった。
私の目の前で、剣でその身を切り裂かれた彼女は、力なく地に崩れ落ちた。

最後の力を振り絞って、私はチノちゃんを襲うゴーレムを退け、冷たくなっていく体を背負い、隣町まで急いだ。
だが敵に追い付かれ、攻撃を受け、チノちゃんは死んだ。
そして私も死んだ、あまりにも無力で滑稽で哀れだった。

「そん……な……チノちゃん……」

私は、声なく泣いた。

降り注ぐ雨は激しさを増し、まるで心を写す鏡であるかのように、ごうごうと吹き荒れた。

17 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:23:53 ID:LXHxLaq/N9
逃げるのか?

チノちゃんを置いて?

何処へでも、あてもなく?

「私は……」

そうすれば、私は多分、死ぬ、と思った。

体ではなくーー今度こそ本当に、心が。

なによりーー

「……私は、チノちゃんのお姉ちゃんだから」

待ってて、チノちゃん。

絶対に助けるから。

その思いを胸に、私は来た道を急ぎ引き返した。
夜空は暗く、闇に閉ざされていく。

雨は、止んでいた。

18 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:25:21 ID:LXHxLaq/N9
夜もふけた時間帯、私はようやく里まで戻ってきていた。

「やっぱり……そうなんだ」

里のあらゆる場所から火の手があがっている。
私は、里の入り口付近に倒れていた男性を抱き起こした。

「大丈夫ですか?」
「あ……ごほっ、君は、ラビットハウスの……」

男性は、口から血を吐き出しながら、顔を苦痛に歪ませて言う。
背中から腰にかけて大きな裂傷があり、そこからどくどくと血が流れだしている。
傷の深さから、背骨も断たれているだろう。
もう手の施しようもないことは一目瞭然だった。

「何があったんですか?」
「し……白い甲冑のゴーレムが、突然、大群で……に、逃げなさい……」
「ち、チノちゃん……あの、ラビットハウスのもう一人の店員を知りませんか!?」
「か、彼女は、噴水の……」

噴水、里の中央部だ。
金属音も聞こえる、恐らくはまだ戦いが続いているのか。

「ありがとうございます……」
「ひゅう、ひゅう、気を、つけ……」

男性の呼気は、段々と長く、細くなっていき、途切れた。

……『オーダー』で呼び出された私たちだけではない。
この世界の人々は、当然の如く死ぬのだ。

私は男性を横たえ、半開きの目を閉ざして、一瞬瞑目し、噴水の方へ駆け出した。

 

19 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:27:03 ID:LXHxLaq/N9
噴水は、酷い惨状だった。

クリエメイトの多くは既に消滅し、僅かな里の人々が、波のような数の敵を押さえ付けている。 

そして、そこで私は、それを見た。

「あ……」

噴水の脇に体を預けたその少女は、白いドレスを鮮血で汚し、光を失った瞳で虚空を見つめていた。

「チノ……ちゃん」

触れる。
冷たい。
もふもふしたときの、あの暖かさは微塵もなかった。

「ごめん……ごめんね……」

私は譫言のように言った。

そうすることしかできなかった。

『前』ーー一番最初のとき、逃げずに直ぐに戻ったから、私が到着したとき、チノちゃんはまだ生きていた。
だが、今はもう、事切れている。
私が逃げたせいだ。

「私が逃げたから、チノちゃんを死なせてしまった」
「私が臆病者だったから、チノちゃんを死なせてしまった」
「……私が弱かったから、チノちゃんを死なせてしまった」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

じゃり、と後ろに何かが立つ。

白い甲冑、敵のゴーレムだ。
防衛線は突破され、複数のゴーレムが雪崩れ込んでくる。
ゴーレムは、ゆっくりとその手に持った長剣を振りかざした。

「……いいよ、殺しなよ、私を」

その言葉を聞いたかどうか、ゴーレムは剣を振り下ろす。

頭に激痛が走り、私は意識を失った。

そしてーー

 

20 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:28:28 ID:LXHxLaq/N9
ーー目覚めた。

あの日、3日前の朝。

頭に触れる、無傷。

予想通り、戻ってきたのだ。

生きる、死ぬ、繰り返す、また繰り返す。

そうして迎えた、3回目の朝だ。

「そう、やっぱり逃げることはできないんだね」

でも、わかったことがある。

一回目、私が戻った時、チノちゃんは生きていた。
二回目、私が遅れて戻ってきて、チノちゃんは死んでいた。

最終的な結果は変わらなかったが……起こることは、私が変える事ができる。
過程は変わる、ならば、結果を変えることもできるはず。

そして、このリピートが無限に続くならば、それは時間が無限にあるものと同義だ。
無限に、その過程を探ることができる。

「……これは、私だけができること、私がやらなきゃいけないこと」

里の崩壊を防ぐため、死んでしまったあの男の人を救うため、チノちゃんを救うため。
私の、私だけができる、この理不尽な世界に対しての小さな反抗。

「私は、お姉ちゃんだから」

 

21 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:30:43 ID:LXHxLaq/N9
今日はここで終わります。

正直このss上げてよかったのか不安だ……

22 名前:雨月琴音[age] 投稿日:2019/12/29 00:27:42 ID:nWvw/dK86L
面白かったです。基本このBBSは平和、或いはどこか安心できるSSが多かった気がしますので、ここまで本格的な戦いやシリアスなストーリーは若干斬新さも感じます。私的にはこのハードでシリアスな作風をキープして欲しいですね

23 名前:雨月琴音[age] 投稿日:2019/12/29 18:25:24 ID:8JjEo3OIE4
余計なお世話かもしれませんが、せっかくSS投稿したならこのスレで宣伝した方が良いですよ。
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=1662&ukey=0!#top

24 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 19:37:47 ID:TLbMhl53X4
>>23
ありがとうございます!
そうですね、今日また投稿する予定なので、その時にでも。

感想もいただけて、感謝です。
しばらくは……多分ずっと……きらきらしてない展開が続きますが、読んでいただけると嬉しいです。

25 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 19:56:30 ID:zS1yO.MYTd
死んだら戻る感じかな?面白そう

26 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:26:45 ID:TLbMhl53X4
それから私は色々な方法を試した。

3週目ーー言の葉の木へ救援を要請。

この世界には、天を突くほどの巨木、『言の葉の木』というものが存在しているらしい。

その頂上には、この世界の神、『女神ソラ』が住むという……まぁそこは、今はどうだっていい。

重要なのはその『言の葉の木』の麓には大きな街があり、そこには軍隊も駐留している、ということだ。
里の戦力だけでは、防衛が不可能であることは三回のリピートでわかっている、ならば、他から増援を連れてくればいいのだ。

目覚めると共に地図を手に入れ、私は一路、言の葉の木へ駆けた。

しかしーー

「……遠すぎる」

寝る間も惜しんで歩き続け、『言の葉の木』が見えたのは、3日目の朝だった。
麓に到着したのは昼頃。
もう夜には、ゴーレム達の襲撃が始まってしまう。

3日間ーー私に与えられたタイムリミットは、たったそれだけだ。
今から戻ったとして、更に3日、里がどうなっているのか、想像したくもなかった。

「ダメ、諦めちゃだめだ」

私は一つ頬を叩いて、言った。

まだ何か方法があるかもしれない、この街の領主であり、七賢者ーー女神に使える筆頭神官の七人の側近ーーの一人である『ジンジャー』という人に会えば、何か……

疲れきった体に鞭を打って、私は領主のいる邸宅に急いだ。

27 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:31:50 ID:TLbMhl53X4
領主の邸宅に到着すると、やはりというか、門の前には屈強そうな門番がいた。

「リゼちゃんの家を思い出すな……」

言って、一瞬だけ頬が緩む。

しかし、あのときと違い、今の私はジンジャーさんと一切の面識がなく、当然アポすらとれていない。
話せるかどうかと言えば、難しいだろうと言わざるをえなかった。

……でも、今ここでできることはこれだけだ、私は意を決して門へ近づいた。

「おい貴様、何者だ?」

門番は私を見咎めると、厳しい声で私を呼んだ。
その声に少しだけ萎縮するが、気を取り直して、言う。

「すいません、ここの領主さん……ジンジャーさんに、会わせていただけませんか」

「何? ジンジャー様に? アポの方はとっているのか」
「いいえ、でも……緊急事態なんです! どうか、お願いします!」

私は、深々と頭を下げた。

「しかしな、何の許可も無しには……最近、新種の魔物が現れた影響でジンジャー様は多忙だ、どのような要件なのかはわからんが、君一人に割ける時間はーー」
「お願いします! 多くの人命がかかっているんです!」

その言葉を聞いて、ただならぬ気配を察したか、門番の表情が変わる。

28 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:33:36 ID:TLbMhl53X4
「人命……か、よっぽどの緊急事態らしいな、しかし……ジンジャー様はここにはいない、いつ戻ってこられるのかも……」
「そんな……」

私は、思わず膝を付きそうになった。
時間が無い、今日の夜には里が襲撃され、多くの人が、チノちゃんが、死ぬ。
でも、ジンジャーさんがいないのであれば……

「……おい、何の騒ぎだ、これは?」

その時、後ろから声がかかる。
ハスキーで強気な、女性の声だ。

「ジ……ジンジャー様! お戻りになられましたか」
「あぁ、それで、これは?」
「それが……」

門番が私を見て、次いで女性が私を見る。

「……驚いた、お前、保登心愛だな?」

女性は、きっぱりと私の名前を言い当てた。

「な、何で私の名前を?」
「お前はクリエメイトだ、この世界じゃそれなりに有名なんだよ、それで? どうやらただ事じゃない話があるみたいだが」

ふわふわの黄色の髪の女性、ジンジャーさんは、勝ち気な笑みを浮かべて言った。
 

29 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:34:48 ID:TLbMhl53X4
私はジンジャーさんに全てを話した。

正体不明のゴーレムが、里の周辺に現れていること。

それが、今日の夜に里を襲撃すること。

多くの人が死ぬこと。

「……話はよくわかった」

ジンジャーさんは目を閉じて、数秒の硬直の後に言った。

「……しかし、不可解なところがある」
「なんですか?」
「何でお前は、今日の夜に襲撃があると断定したんだ?」
「あ……」
「お前は言ったな、『多くの人が死ぬ』と、まるで、一度体験してきたみたいな言い方で」
「それは……」

私は口ごもる。
信じて貰えるのか? 私がこの3日間を既に3回繰り返していることを。
チノちゃんやリゼちゃんのような親しい人でなく、今日初めてあった人に?

「……話せないみたいだな」

言って、ジンジャーさんは席を立った。

30 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:36:20 ID:TLbMhl53X4
「そんな……待ってください! 信じてもらえるかわかりませんけど、私はーー」
「どちらにせよ、軍隊を動かす何てのは無理だ、状況証拠が少なすぎる、軍はな、あくまでも市民の血税で動いているんだ、きっちりとした名目と、山のような書類、そして時間が必要だ、筆頭神官と女神様の勅命でもあればいけるだろうが……それが起こるのは今日の夜だろう? それでも間に合わん」
「それは……でも……」

言葉が萎縮し、弱々しく地に落ちる。
それは、間違いのないことだ、今からではどうあがいても間に合わない。
ここから里まではどう急いでも3日かかる、その頃には間違いなく、全てが終わっているだろう。 

自然と、涙が流れてきていた。

ごめんなさい、チノちゃん、また私は、何も……

「っ……うっ……」

何も変えられないのだろうか。
私一人では、何も。

「……何か勘違いしてるらしいな」

ジンジャーさんは、ポツリと呟いた。

「確かに軍隊は動かせない、だが私一人なら動けるぞ」
「え……?」
「急ぐぞ、間に合わなくなる」

ジンジャーさんは、私の手を引いて、駆けた。

31 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:38:25 ID:TLbMhl53X4
「何処へ!? ここから里まではかなりあります、今から行っても……!」
「間に合うさ! 間に合わせる!」
「それに、あなた一人がいたところで……!」
「ワッハッハ! そいつは随分と見下げられたもんだな!」

ジンジャーさんは振り向き様に、拳を放つ。

音の壁を突き破る破裂音とともに放たれた拳は私の眼前で寸止めされ、拳圧による暴風だけが体を駆け抜けていった。

呆然とした私に、ジンジャーさんは口角を吊り上げて言う。

「私は、強いぜ?」

言って走っていくジンジャーさんと共に、私は屋敷の外に出た。
空は既に赤く、夜の帷が降りようとしている。
もう、殆ど時間がない!

「私の知り合いに何人か、転移魔法を使える奴がいる」
「それって……!」
「ひとっ飛びだ、今からでもきっと間に合う」
「……はい!」
「転移魔法を使える奴は、私と同じ七賢者ーーその中でもシュガーかソルト……は任務で不在か、ならセサミか後はアルシーヴか」
「その人たちは何処に?」
「あそこだ」

ジンジャーさんは、遥か上ーー言の葉の木の頂上を指差した。

天を突くような巨木、その天端を。

「言の葉の木の頂上には神殿があって、そこにそいつらはいる、急ぐぞ」

32 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:40:53 ID:TLbMhl53X4
ジンジャーさんの身体能力も借りて、言の葉の木の頂上にたどり着いたのは、もう夜もふけた頃だった。
時間的に、既に襲撃は始まっていてもおかしくない。

「急がないと! もう……」
「もう少しだ!」

ノンストップで神殿の中へ飛び込み、大きく息を荒げながら私は膝をついた。

ーー神殿の内部は、そこかしこに人が駆け抜け、慌ただしい雰囲気だった。

「はぁ、はぁ……」
「っと……何だ? この時間にこの騒ぎようたぁ……」

言っていると、正面から薄い桃色の髪に厳しげな瞳を持った女性がこちらを見咎め、走りよってくる。
服装から見るに、高位の神官だろうか。
女性は厳しい目でジンジャーさんを見た。

「ジンジャー!? お前、何故こんなところにいる!? 今の状況がわかって……!」
「アルシーヴ! 何も聞かず、私たちを里まで飛ばしてくれ!」
「……何?」

女性ーーアルシーヴさんは、一瞬だけ眉を潜めて、次いで私を見て、ふっ、と目を伏せた。

「……なるほど、不足の事態というわけか、お前がここにいるのはそのためだな、保登心愛」
「え……?」

33 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:43:05 ID:TLbMhl53X4
私の声は聞かず、女性は両手を突き出す。

その両手に、不可思議な紋様が浮かび上がり、形作られた魔方陣が回転する。 

「行くぞ……!」
「恩に着る!」

私とジンジャーさんの周囲が光に包まれ、瞬く間にそれは増幅し、何も見えなくなる。

あまりの眩しさに目を閉じーーそして、光が治まり目を開くと、そこにはーー

「……おいおい、マジかよ」

3日前に見た光景、あちこちからごうごうと火の手が上がる、里の姿があった。

「おいココア、急ぐぞ……ココア?」

胸が、痛む。

「っ、あ……?」

急速に、視界が暗転する。

そして私はーー

「ーーえ?」 

また、目覚めた。

34 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:44:57 ID:TLbMhl53X4
4回目の朝。

「そんな、私は死んでないはず……!?」

私は混乱した。
死んではいない、筈だ、だが急に意識が途切れた。
死を認識できないほど、高速の攻撃で殺されたのか?

あまりに理不尽だ、どうにかこうにかジンジャーさんを連れてこれたと思ったら、これだ。

やはり私では、私一人ではーー

「……ううん、諦めちゃだめだよね、だって私は、お姉ちゃんなんだから」

何かの呪文のように、私は呟いた。

そう呟くと、枯れ果てた勇気が、底から沸いてくるような気がした。

35 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:47:12 ID:TLbMhl53X4
4週目ーー里の人に注意喚起する。

言の葉の木へ向かっても、連れてこれるのはジンジャーさんだけだ。
その上、時間がかかりすぎる、連れてくるだけで3日間の全てを使いきってしまい、その上何もできなかった。 

他の方法を考えてみる、まずは、この里の戦闘体制を整えることを考えた。

……結果だけ言えば、特に変化はなかった。
単に私の話が半分信じられていなかったのもあるが、敵の戦力が強大すぎる。

高々3日間では殆どなにも変わらず、あっさりと里は敵の襲撃を許した。

私は襲撃から2分くらいで死んだ。



 

5週目ーーチノちゃんを連れて逃走。

「はぁ……はぁ……ココアさん、そろそろ、話してくれますか?」

チノちゃんと共に里から抜け出して3日目の夜。

「……ごめんね、チノちゃん、もうすぐわかるから」
「わかるって、何が? ココアさん、何かおかしいです、いきなり連れ出して、3日も歩き通しで……こんなの初めてです……ココアさん?」

胸の痛み。
急速に意識が暗転する。

 

「……やっぱり」

私はまた、目覚めた。

 


 

6週目ーー真っ向勝負。

このリピートには、タイムリミットがあるらしい。

正確な時間はわからないが、3日目の夜、日付が変わるくらいだろうか、死んでいようがいなかろうが関係なく、リピートが発生する。

この原因は、あのゴーレム達にあるのだろうか?

直接戦闘し確かめる。

襲撃から3分で死亡。

 
7週目ーー同上。

襲撃から2分で死亡。

8週目ーー同上。

襲撃から5分で死亡。

9週目ーー同上。

襲撃から5分で死亡。

10週目ーー同上。

襲撃から9分で死亡。

11週目ーー同上。

襲撃から7分で死亡。

36 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:49:30 ID:TLbMhl53X4
12週目ーー周囲の探索。

以前リゼちゃんと探索した洞窟、私たちが入った入り口は破壊した。

それから暫くは音沙汰がなく、今になって急に現れた。
あのゴーレムの発生源が洞窟内にあるのなら、入り口も別の場所があり、そこからゴーレムたちは出てくるはず。

私は周辺を捜索した。

「……これは」

3日目の朝、一つの洞窟を発見した。

人の手の入らない場所にあったそれは、丁度、私の身長の1.5倍程度の高さの、小さな穴だ。
更に、前にリゼちゃんと入った洞窟よりなお、里に近い位置にある。
3日間、山の中を駆けずりまわったとはいえ、発見出来たのは奇跡と言っていいだろう。

……だからと言って、この先に何かいると決まった訳ではないのだが。

「痛っ……」

頭が痛い。

リピートの度に体調はリセットされる筈だが、原因のわからない偏頭痛が私を襲っていた。
だが、戦えないほどではない。

魔法で、そこら辺に落ちていた枯れ木に持ってきていた布を巻き付け火を着けて、私は洞窟の中へと足を踏み入れた。

洞窟はかなり深くまで続いているらしく、歩けど歩けど、道が途切れることは無かった。

37 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:53:34 ID:TLbMhl53X4
「……っ!」

じゃり、という音。
私は携えていた剣を抜いた。

火で暗闇を照らしているということは、当然敵からこちらは丸見えである。

……じゃり、じゃり……

音が近づく。

しかもその数、ひとつではない。

いままでの戦闘経験上、3体までならゴーレムを同時に相手取ることは出来た。
死ぬときは、その3体の相手に手間取り、他のゴーレムに囲まれてしまったときだ。
その場合は大抵、袋叩きにあって終わる。

私はゆっくりと、松明を前方に投げた。
ゆらゆらと激しく揺れる光が、前方にある影を写し出す。

その数ーー3。

それを目視した瞬間に、私は行動した。

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

放たれた斬撃が、ゴーレムの一体を両断する。

その勢いのまま突撃、被我の距離を一気に詰める。

3体までなら行けるのは、初撃で一体、その混乱から体制を立て直すまでに一体を始末し、実質的に一対一での戦闘ができるからだ。 

無造作に振られた剣の一撃をひらりとかわし、そのままゴーレムの後方に回り込む。

ーー隙だらけだ。

「ふっ!」

首筋の隙間、人間で言う延髄の部分に剣を叩き込む。
ゴーレムが壊れたようにびくんびくんと痙攣する。
私はそれを、そのまま横凪ぎに引き切った。
あっさりとゴーレムの首が飛ぶ。

数瞬の間に、幹竹割りにされたゴーレムと、首から上を失ったゴーレムが転がった。

38 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:55:44 ID:TLbMhl53X4
「後ろ……!?」

後方より3体目のゴーレムの攻撃。

反応が遅れ、剣の腹でまともに受け止める。

「っ……!」

鍔迫り合いの様相を呈するが、単純な膂力、体重共にゴーレムの方が上だ。

少しずつ剣が押し込まれていく。

「なら!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

一時的に身体能力を爆発的に向上させるスキル。
全身に力が漲り、私はゴーレムを押し返して、弾き飛ばした。

「チェストぉー!!」

気合と共に放たれた剣撃は、ゴーレムを鎧の上から叩き切り、肩から腰迄に深い傷痕を作りあげた。

ゆっくりと地に付したゴーレムが煙となって消えていく。

「はぁ……はぁ……終わり……?」

ざっ……ざっ……

洞窟の奥より複数の足音。

それも、数えきれない程の。

地面に落ちた松明の明かりが、奥まで連なるゴーレムの列を浮かび上がらせた。

その数、十数ーーいや、数十?

「なわけ、ないか」

襲いかかってくるゴーレムの群れに、私は飲み込まれた。

39 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:56:44 ID:TLbMhl53X4
今回はここまでです。

40 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:21:59 ID:7L/tZBSgWP
13週目ーー

「みんな、私に力を貸して……!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先が燃え盛る炎に包まれる。

私はその強烈極まる一撃を、洞窟の入り口、その上部に叩き込んだ。

炸裂ーー

爆発の衝撃は周囲の細い木を薙ぎ倒し、更に洞窟の上部を破壊、入り口を完全に塞ぐに至る。

「これで、ここからは出てこない筈……」

里を襲撃しているゴーレムの群れは、恐らくはこの場所から出現している。

ならば前リゼちゃんと行ったように、入り口を塞いでしまえばいいのだ。

この洞窟の出口は無数に点在するそうなので、徒労に終わる可能性もあるが……

ーーリピートのタイムリミットの原因が、ゴーレムによる里の襲撃にあるのならば、それを遅らせれば、それだけタイムリミットは伸びる筈。

これは、そのための確認作業だ。

願わくば、二度と出てくるな、と思った。
 

41 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:28:11 ID:7L/tZBSgWP
穴が完全に塞がっているのを確認し、私は里へと戻っていた。

そして私は36日ぶりーー実経過時間は3時間程度ーーに、ラビットハウスに顔を出した。

「あっ……ココアさん! 朝早くから珍しく家を開けて……一体どこに行ってたんですか?」

ドアを開けると、少しむっとした表情のチノちゃんが出迎えてくれる。
それが随分と懐かしく感じるのは、私の現状が変わりすぎているからだろうか。

「チノちゃん……ごめんね、ちょっと用事があって、伝言ぐらいしとけばよかったね」
「本当です、里は比較的安全とはいえ、回りに魔物はいるんですから、心配させないでください」
「そうだね、気を付けるよ」

気を付けるどころの話ではない。
この里は、全くもって安全ではないのだから。

「じゃあココアさん、仕事してください、もうすぐお店も開けますから」
「わかったよ、チノちゃん」

 



お昼過ぎ、ある程度お客さんが捌けてきたころ。

「……ですから、ココアさんももう少しコーヒーの味がわかるようになったほうがいいです」
「そうだね」
「モカなんてどうですか? チョコレートやフルーツのような味わいがありますから、比較的分かりやすいです」
「そうだね」

襲撃があるのは3日目の夜、今回の週はまだ1日目だ。
何かしら襲撃に備えて準備をしておかなければならない。

「……なんか今日のココアさん、いつもと雰囲気が違いますね」
「そう?」
「何かこう、妙に落ち着いてるというか」
「慣れてきたからじゃないかな?」
「何にですか?」
「何にだろうね」

私自身の技量はそう簡単には上がらないだろうし、敵の来る方角はわかっているのだから、ブービートラップなどもありかもしれない。
簡単かつ有効なものといえば、落とし穴だろうか。
底に先を鋭くした木や、よく燃えるものと着火材、爆発物などを仕掛ければ、敵の数を減らせるだろう。
リゼちゃんがいればもう少し詳しくわかるのに、と私は思った。

「……そういえば今朝、森の方からものすごい爆発音が聞こえてきましたよね」
「そうだね」

42 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:31:38 ID:7L/tZBSgWP
信頼できる人に声をかけて、警戒体制を作るか?
……いや、いくら私のモットーが『出会って3秒で友達』だとはいえ、今の里の中には殆どコミュニティが存在しない。
以前里から人を避難させようとしたときも、そのせいでダメだったではないか。

3日という制限がここでも私を苦しめる、もし友達になったとしても、リピートすればそれはなかったことになるのだ。

「……もしかしてココアさん、怒ってます?」
「いや?」
「……」
「……」
「……」
「そうだね」
「まだ何も言ってないんですが」

しかし、私一人で状況を打破するのは難しい。

襲撃の前に大きな爆発でも起こせば、里も警戒体制に入るだろうかーー

「ココアさんが上の空に……!?」

 


 


夜。

ラビットハウスでのお仕事が終わったあと、私は里の外に出ていた。

眼前には複数の敵、ゴーレムではない、コリスやドーダイといった普通の魔物たちだ。

「えぇぃっ!」

飛びかかってきたコリスを、タイミングを合わせて袈裟斬りにする。
横合いから接近してくるドーダイを、反転して渾身の突きで串刺しにする。

私がこんなことをしている理由は簡単だ。
私が弱いからだ。

最初の頃ーーソルジャーゴーレム数体に苦戦していた頃に比べれば、遥かに効率良く敵を捌けるようになっていたが、敵の戦力は強大だ。
このリピートにおいて強くなれる、変わっていけるのは自分自身だけだ。
いくら強くなっても悪いことはない。

それに、今までは里の中にいることが多く、気づかなかったが、里、或いは舗装された街道を一歩出れば、魔物は普通にいる。
人里に顔を見せないだけで、この世界には危険がそこらに転がっているのだ。
誰かが危険に曝される可能性があるのなら、駆除しておくに越したことはない。

周囲に敵がいなくなったのを確認し、私は剣を無造作に一降りし、血払いをする。

その瞬間、後方から、がさ、という小さな音。

「っ、なにもの!?」

43 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:36:50 ID:7L/tZBSgWP
即座に剣を構える。

この周辺にいる魔物で、私が勝てないほど強いものはいない。

出てきた瞬間に叩き斬ってやるーー

「ひえっ、ご、ごめんなさい〜!」

しかし、草むらから聞こえたのはそんな声だった。
しかも聞き覚えがある。

「……ランプちゃん?」

私がそういうやいなや、草むらからは、体に大量の葉っぱを纏ったランプちゃんが現れた。

「も、申し訳ありませんココア様、こんな夜更けに里を出ていかれるので、何をするのか気になってしまって……」
「それで、ついてきたってこと?」
「は、はい、ココア様はまだこの世界にに来たばかりですから、危ないと思って……でも、心配はいらないみたいですね」

ランプちゃんは、そう言って無邪気に笑った、先ほどの戦闘も見ていたのだろう。

「リゼ様もここに来て直ぐに強くなられましたが、ココア様もこんなに強いとは思っていませんでした、実は何かされていたりとか?」
「いや? リゼちゃんみたいなアグレッシブなことは何もしてないかなぁ……聖典にも、書かれてないんじゃない?」
「聖典は、あくまでクリエメイトの皆様たちの日常の一部分を切り取って描いたものに過ぎませんから……ですが、聖典にも書かれてないようなココア様の側面も見られて、このランプ、大変感動しております!」
「あはは……」

鼻息荒く語るランプちゃんを前に、私は苦笑した。

「普段の天真爛漫なココア様も素敵ですが、先ほどのような凛々しいココア様も素敵です……! 前々から思っていましたが、ココア様の真剣な表情は非常に絵になりますね!」
「そ、そんなこと……」
「あります! ココア様は自分で気づいて無いだけで、可愛らしくもありながらものすごくカッコいい一面もありますね! そんなところもココア様らしいのですが……よろしければ、お姉さまと呼ばせてください!」
「お、お姉さま……!?」

44 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:39:53 ID:7L/tZBSgWP
『お姉さま』、その響きが脳内を反響する。

「も、もう一回……」
「お姉さま!」
「もう一回呼んで!」
「お姉さまっ!」
「ふおおおぉ……!」

私は興奮していた。

このループが始まってから、一番の興奮だった。

「ランプちゃん、お姉さまの胸に飛び込んでおいで!」
「いいんですか! あぁ、尊すぎて成仏してしまうかもしれません……でも失礼します!」

ランプちゃんの小柄な体が飛び込んでくる。
チノちゃんより更に小柄な体つき、さらさらの髪、素晴らしいモフり心地……。

「ーーえ?」

それを堪能していると、ランプちゃんは私の包容から逃れるように距離を取ってしまった。

顔には、先ほどの緩みきった表情から一転、困惑が張り付いていた。

「ら……ランプちゃん?」
「今の……なんだろう、怖い……いや、そんなはず」
「ごめんね、突き放すほどなんて……よっぽど、悪いことしちゃったかな」

今まで誰かをモフモフした時に、流石にこんなことは……あった、チノちゃんは基本こんな感じだった。
でも、人当たりの柔らかいランプちゃんに拒否をされるということは、私はもしかして、相当酷いなにかがあったりするのだろうか、チノちゃんに避けられるのもそのせいだったり……。

「……あっ! こっここここココア様っ! 大変申し訳ありません!」
「いや、こちらこそごめんね? 朝から動きっぱなしで汗臭かったかもしれないし……自重するね?」
「こ、ココア様が臭いなんてとんでもない! パンの焼ける良い匂いですよ! って、わたしなに言って……すいません、さっきのに他意は無いんです、ただ、少し驚いただけで……」
「そうなの?」
「はい、申し訳ありません……クリエメイトの皆様をおもてなしするのがわたしの役目なのに……」

ランプちゃんは見てわかるほどに落ち込んでいた。
しかし、彼女はキリッとした目でこちらを見た。

「罪滅ぼしに、ココア様のやってることを手伝わせてください」
「え……でも、危ないよ?」
「これでも多少、魔術の心得があります、先ほどのココア様のような戦いかたはできませんが……見たところ、魔物退治ですよね? 微力ながら、お手伝いをさせていただきます」

意図せずして、仲間が増えた。
 

45 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:43:13 ID:7L/tZBSgWP
スキル『シェルブレイク・ファイア』ーー

ランプちゃんの放った光が魔物ーービッグフットを包み込む。
炎に対しての耐性を打ち消す魔法。

その光を見ると同時に私は跳んだ。

「ココア様!」
「うん! 私の華麗なる技を見ててね!」

ビッグフットは大技が来ると踏んだか、その手に持った巨大な棍棒を楯にした。
しかし、今ならそれも無駄だ。

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

放たれた斬撃は、ビッグフットの巨体をこん棒ごと斜めに深く切り裂き、一刀の元にその活動を停止させた。
降り立ち、ビックフットが完全に絶命したことを確認したあと、軽く血払いをして剣を納める。

「えへへ、ランプちゃんのお陰で、かなり楽に魔物と戦えるよ」

あれから2時間ほど、ランプちゃんの魔法の腕前はわたしからすれば素晴らしいもので、攻撃こそできないものの、状況を的確に判断し支援するその力は、背中を預けられる安心感があった。

「ココア様も凄いです、コールされたクリエメイトの皆さんも、殆どはここまで戦えませんよ」
「えへへ、ありがと」

自らの実力を誉められるのは、今までのループが無意味でなかったことが実感できて、とても嬉しかった。
しかし、ランプちゃんはそう言いながらも、先ほどから浮かない顔ばかりしている。

「ランプちゃん、少し疲れた? 今日はもう終わろうか?」
「い、いえ、そんなことはありません、そんなことは、ないんですが……」

そう言って、彼女は再び塞ぎ混んで思索に耽り始める。
この2時間にも、彼女は何度もこうして考えている。
なにか思い詰めることがあるのだろうか。

そうしていると、彼女は何か決心したように顔を上げた。

「……ココア様、先に謝っておきます、ごめんなさい」
 

46 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:46:04 ID:7L/tZBSgWP
ランプちゃんは、頭を下げてーー 

ーー私に抱きついてきた。

「えっ、ランプちゃん……!?」
「少しだけ我慢してください……っ!」

彼女の表情は至って真剣だ、真剣に、私の体をまさぐる。

「く、くすぐったいよぉ」

くすぐったさに笑ってしまうが、ランプちゃんの表情はそれと反比例するように少しずつ蒼白になっていく。
30秒ほどでランプちゃんは手を止めて、私から離れた。
その手はわなわなと震えている。

「なんで……? どうして……こんなの……」
「ランプちゃん?」
「わからない……先生か、せめてソルトでもいれば……」
「ランプちゃん」
「どうして今まで気づかなかったの……? こんなの、女神候補生失格です……」
「ランプちゃん!」

細い肩を掴んで、目線を合わせる。

「こ、ココア様……」
「ランプちゃん、一体どうしたの? お姉ちゃんに言ってみて?」
「ココア様……わ、わたし、どうしたらいいのかわからなくて……」
「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」

涙目になったランプちゃんを抱きしめて落ち着かせる。

パニックになっていた彼女が落ち着いたのは、数分たってからだった。

「ありがとうございます、ココア様」
「いえいえ、私はお姉ちゃんなんだから、これくらいいつでもいいよ!」
「すいません……ココア様のほうが、危険な状態なのに」
「……危険? 私が?」

 

47 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:47:38 ID:7L/tZBSgWP
オウム返しに聞き返すと、ランプちゃんはポツポツと語り始めた。

「……今のココア様には、何か、強力な呪いがかかっています、かつてソラ様がかけられたような、命を脅かす程の強力な呪いが」
「……え?」

呪いーー?

「わたしには、その呪いを解くどころか、どういった効果なのかの解析すらできていません……そういったことができる人たちは、言の葉の木の頂上、神殿くらいにしか……」

呪い……思い当たることなど、一つしかない。

「時間がかかりすぎるので、わたし個人で少し調べて見ます、わからなければ、私が言の葉の木にいって、アルシーヴ先生を呼んできます」

このリピート現象ーーその、主原因? 

「わたしでは力不足かもしれませんが、必ず助けて見せます、ココア様」

一体、誰が、何の目的で?
当然あるべき疑問が頭をもたげる。

答えは、何も出はしなかったが。

48 名前:阿東[age] 投稿日:2020/01/03 21:05:39 ID:vLcYs./gY3
おおう・・・不穏な空気・・・

49 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:16:24 ID:FV3yUBuAEx
そして3日目の夜。
私は、里から見て、今までゴーレムが襲撃してきていた方角にいた。

空は雲に覆われ月は見えない、降り注ぐ豪雨が更に視覚と聴覚を鈍らせる。
稲光が断続的に鳴り響き、耳を激しく刺す。
服をびしょびしょに濡らしながら、私はゆっくりと腰の剣を引き抜いた。

以前リゼちゃんと『雨が降っているとき、傘を持ったままどうやって戦うのだろう』という話をしたことがある、シャロちゃんと話して結論が出なかったらしい。

このリピートにおいて、結論が出た。
体が濡れることを気にする余裕は、戦場にはない。
自らの鼻先10センチ程に死がぶら下がっている状態では、服が濡れるだとか寒いだとか汚いだとか、諸々全てどうでもいいと思える程度には、私はこの場所に慣れてきていた。

ーーランプちゃんはあれから部屋に籠りきり、ずっと調べものをしているようだった。
しかし、彼女からの続報はなく、私に呪いがかかっている、という以上にわかったことはなかった。

日は既に落ち、いつもであれば、もうすぐ来るはずだ。

目を閉じ、耳を澄ます。
この雨の中でも、やつらの足音は聞こえてくる筈だ。

ーーそして、気づけば4時間が経っていた。

「来ない、の?」

いつまで経っても敵の足音も聞こえない。
つまり。

「あの洞窟を塞ぐことに、意味はあったんだ……!」

13週目にして、ようやく大きく何かが変わった。
そしてもうひとつ、確かめなければならないことがある。
私は急ぎ里に戻った。

そして、私は目的のものーー時計を見た。

「やっぱり!」

現時刻、12時過ぎ。
初めて迎えた、4日目だった。

50 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:21:23 ID:FV3yUBuAEx
4日目の昼前、私はラビットハウスで仕事をしていた。

「ふぁ……っ」

欠伸が出る、眠気がピークに達していた。

「ココアさん、目のクマが酷いですよ、昨日夜更かしでもしたんですか?」
「えへへ、ちょっとね」

微笑みを作りながら言うが、内心では若干の恐怖が燻っていた。
私は洞窟を塞ぎ、敵の進行を止めたが、敵そのものを殲滅したわけではない。
いずれは襲撃が来ると考えるべきだ。

そのため昨日はあれから朝まで里の周囲を警戒しており完徹の状態、今リピートが始まってから寝ていないので、計4徹か。

3日目にリピートが発生しないーーつまり、リピートのトリガーはゴーレムによる里の襲撃にあるとわかったのは、大きな収穫ではあったが、ここから先は未知数だ。

しかし、体の疲れはどうにもならない。
リピートすれば体調もリセットされる為に気にして無かったが、4日目にして疲れはピークに達していた。

「……今はお客さんもいませんので、少し奥で眠ってきてください」
「え?」
「少し前からココアさんが何をしてるのかは知りませんが、そんな状態でお客さんの前に出てもらう訳にはいきません」
「チノちゃん……」

厳しい表情でチノちゃんは言った。

「ありがとうチノちゃん、でも大丈夫だよ」

ありがたい申し出ではあったが、眠れる筈はなかった。
敵はいつ攻めてくるかわからない、先の展開の読めないことが、こうも怖いことだとは思わなかった。

「本当に大丈夫なんですか? 凄く疲れて見えるのに、いつもより動きは機敏で、まるでモカさんがラビットハウスに泊まり込みに来たときみたいになってますよ」
「お姉ちゃんが来たときかぁ……そういえば熱出しちゃったんだっけ、私」

来るのがお姉ちゃんなら、どれ程ドキドキワクワクしただろうか。
今感じているドキドキは違う、命の危険を感じているが故の動悸だ。

思い出すと、無性にお姉ちゃんに会いたくなった。
こんな状況でも、もしかしたらお姉ちゃんならなんとかしてくれるのではないかと。
『お姉ちゃんにまかせなさ〜い!』と、きっとそう言ってくれるだろうと思えたから。

51 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:23:29 ID:FV3yUBuAEx
「ココアさん……やっぱり」

チノちゃんが何かを言いかけたその時、お店のドアが荒々しく開かれた。

そこにいたのは、両の目に深いクマを作り、息も絶え絶えのランプちゃんだった。

「ココア様!」
「ランプさん? どうしたんですか、慌ただしい」
「チノ様……ココア様、彼女には……」

呪いのことを話しているのか、という言外の問いに、私は静かに首を振った。

「チノちゃん、ごめん、ちょっと外してもいいかな」
「……わかりました、どちらにせよ、少し休んだほうがいいと思っていましたし、幾らでもどうぞ」
「ごめんね?」
「明日からは真面目に働いてくださいね? 日向ぼっこは禁止です」
「えへへ……うん、約束するね」

私は笑って言った。
その約束を反故にはしない、させはしない、と心に誓う。

私はランプちゃんと共に外に出た。

52 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:27:38 ID:FV3yUBuAEx
「……それで、ココア様のかけられている呪いの件なのですが」

里の中央、空間転移魔法の施設近くに着くと、ランプちゃんは話し始めた。

「正直な所、わたしでは最低限のことしかわかりませんでした、文献を読み漁っても、似たようなものはなく……」
「そっか……でも、わかったことはあるんでしょ?」
「はい、結論から言うと……」

ランプちゃんは青い顔で、唾を一つ飲み下して、言う。

「ココア様のかけられているそれは『死』の呪いです」
「『死』……」

時間に関係するものでなく、単純に命を奪うもの?
つまり、呪いそのものは、このリピートには関係がないということなのだろうか。

「それって『時間』とかが、関係したりはしないの?」
「『時間』ですか?」
「うん、例えば……時間を遡る、とか」
「時間移動の魔法、ですか? 理論上は可能と聞いたことがありますが……成功したという話は知りません、技術的に大きな問題があって……どうしてですか?」
「……いや、ごめんね、続けて」

ランプちゃんの口ぶりからして、全く関係が無さそうに思えた。
そもそも、未だに実現していない力のようだ。
ならば、誰が、どうやってこのリピートを起こしているのか……?

「わかったことは、何かがトリガーとなって、対象者に確定的な死をもたらす、そういう呪いだ、ということです」
「その『何か』って?」
「それも、何とも……わたし個人では、これが限界です、浅学で、申し訳ありません」

ランプちゃんは頭を下げた。
小さな体を縮こまらせたその姿からは、無力感への悔しさが見えて、とても痛々しかった。

53 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:31:04 ID:FV3yUBuAEx
「その上で、お願いがあります」
「え?」
「わたしと一緒に『言の葉の木』へ来て下さい、あそこなら、筆頭神官であるアルシーヴ先生や、七賢者……優秀な術士もごまんといます、あそこなら、ココア様の呪いもきっとーー」

ランプちゃんは必死に訴えていた。
彼女は彼女なりに、私を助けようと頑張ってくれている。

だから、この言葉を言うのは少し心苦しかった。

「ごめん、それはできない」

絶句。
ランプちゃんは、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。

「……な、なんでですか!!」
「なんででも、それはできない」
「どんな理由があるか知りません、でも……ココア様は『オーダー』で呼び出されたクリエメイトです、何かの拍子に死んでしまうかもしれないんですよ!?」
「そうだね」

呟く。
どうしても、それは出来ない。
里から言の葉の木までは、どうやっても3日はかかる、転移魔法があればいいが、里に使用出来る者はいない。

ーー轟音が響く。

そして、鎧の擦れる音、硬質な足音。
それが無数に連なり、地響きのように聞こえるそれ。

ーー敵襲。

タイムリミットは、3日目の夜か、4日目の昼。
言の葉の木へ向かうことは、そのまま里をーーチノちゃんを見捨てる、ということになる。
タイムリミットにも間違いなく引っ掛かるだろう。
それを選ぶことはできなかった。

「私は……お姉ちゃんだから、ここで、やらなきゃいけないことがあるから」

轟音の方向へ、私は駆けた。

「ココア様!」

悲痛な叫びが後ろから聞こえた。
振り向くことはしなかった。

54 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:34:40 ID:FV3yUBuAEx
事態に気づいた村人やクリエメイト達がゴーレムへの応戦を開始し、戦いは一気に乱戦と化した。

街道を除いて、あちこちにトラップを仕掛けはしたが、言うほどの効果はなかったらしい、里には相当数のゴーレムが仕掛けて来ている。

その中を、私は駆けていた、この戦場で生き残るために。
今までの私はまともにゴーレム達と戦闘を行い、その度に10分以内に死亡していたが、ゴーレムの襲撃にリピートの原因があるとわかった以上、その原因を見極める必要がある。

「うおぉーーーっ!」

気合と共に放った剣撃が、ゴーレムの一体を切り裂き煙へと還元する。

防衛線を抜けた少数のゴーレム、それらの処理に私は集中していた。
前線で戦うクリエメイトたちは、可哀想だがこの際どうでもいい、死にはしない。
が、銃後の村人たちは別だ、彼らは死ぬ。

できるだけ死ぬ人を減らすためにも、私はそれらを狩っていた、ここなら敵も多くなく、不意に死ぬ心配もない。

「早く! ここから逃げて!」

尻餅をついた子供を背に、立ちはだかるゴーレムを切り伏せていく。
最初の頃に比べ、随分と上手く仕留められるようになったものだ、と思う。

ーーそして、戦闘開始から10分、今までは既に死んでいた時間。
急に敵の勢いが激しくなった。

「っ、前線が破られたの?」

つまり、前線のクリエメイトたちがやられた、ということ、僅か10分で。
こんなに簡単に敵を通してしまうとは……。
敵の戦力の強大さを、垣間見た瞬間だった。

55 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:37:21 ID:FV3yUBuAEx
「でも、私の後ろには死ねない人たちがいる、ここを通すわけにはいかない……!」

私は、繰り返すリピートの中で、ひとつだけ慣れないものがあった。

自分の『死』チノちゃんの『死』、誰かの『死』。
それを見せつけられる度、私は胸をナイフで刺し貫かれるかのような痛みを覚えるほど。

それを見るたび思っていた、今度は助けて見せると。

ーー振るわれた剣を受け止める。
体を入れ換えて受け流し、そのまま相手の首を切り飛ばす。

前方を見ると、お馴染みの光景が広がっていた。
即ち、視界を埋める程のゴーレムの群れ。

「私、ひとりかぁ……」

いや、こんなのはいつものことだったではないか。
今更弱音を吐くなーー自分を激励して、目の前の敵を睨み付ける。

ーーそのとき、二筋の水流が、視界を薙いだ。
放たれた水流は、重力に逆らって光線のように真っ直ぐ進み、接近してくるゴーレムたちをまとめて吹き飛ばす。

この、攻撃は……!

「ココアさん!」

驚きに後ろを振り向く。
それが誰なのかは、わかっていた。

56 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:41:34 ID:FV3yUBuAEx
「チノちゃん……!? だめ、早く逃げて!」

青く輝くオーブを携えてまほうつかいーーチノちゃんが、そこにいた。

「ココアさんこそ! なんで、一人でこんなのに立ち向かおうとしてるんですか!」
「私は……大丈夫だから!」
「大丈夫!? そんなわけないじゃないですか! わたしは見たんです、里の人たちが切り殺されるのを! クリエメイトの皆さんだって、もうほとんどいないんです、わたしたちは死ぬんですよ! ココアさん!」
「うん、だからチノちゃんは逃げて」
「なんで……なんでですか! いやです、ココアさん……行かないで……」

泣きじゃくるチノちゃんへと、私は近づく。
初めて見る表情ーーいや、元来こういう子なのだ、と思う。
普段からラビットハウスで働いているから、落ち着いていて、冷静に見えるけれど、寂しがりで、でも同時に恥ずかしがり屋だからそれを見せないだけで。
だからこそ、私はこの子のお姉ちゃんでありたい、と思う。

私はチノちゃんと額をくっつけて、微笑んだ。
多分、うまくできたと思う。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」

ーーチノちゃんから手を離し、高速で振り向く、抜刀、一閃。
剣を振り上げたゴーレムの両腕を断ち切る。

ゴーレムがよろめいた所に、剣を兜の穴に叩き込む。
数瞬の痙攣ののち、ゴーレムは機能を停止し、煙となって消えた。

「ココアさん……?」

チノちゃんは、目を見開いて私を見た。
その瞳には、驚愕と、僅かな畏怖が見える。

「お姉ちゃんが、チノちゃんを守るから」

言って、迫り来るゴーレムを切り伏せる。
その言葉、そして、背後にチノちゃんーー守るべきものがいるという事実は、私に力をくれるような気がした。

最早、私たちは敵に包囲されかかっている、チノちゃんを単身で逃がすよりも、側で守ったほうが安全だ。

57 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:44:39 ID:FV3yUBuAEx
「うおおぉーーーーっ!!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

全身に力が漲る。
その剣の一振りは、最早ゴーレムを一撃の元に寸断するほど。
倒したゴーレムも、最早10や20ではきかなくなっていた。

しかしそれでも、敵の数は多い。

同時に飛び込んできた2体のゴーレムの攻撃を、剣の腹で受け止める。

「くっ……!」

受け流して距離を取るが、その先にもまたゴーレム。
一対多の戦闘において、常に動き回り自分に有効な間合いを維持するのはもっとも重要なことであるが、それすら許されないほど、敵は私達を囲んできていた。

しかし、その時。

スキル『仕事してください』ーー

放たれた水弾が、敵をまとめて吹き飛ばす。

「チノちゃん!」
「ココアさん、わたしも……わたしも一緒に戦います!」

とっておき『チノの特製ラテアート』ーー

チノちゃんの書いたラテアートが中空に浮かび出され、
そこから荒れ狂う濁流が一直線に敵を襲う。

「ココアさんだけに、任せてはおけませんから」

チノちゃんは、ぎこちなく笑って言った。
その顔には、隠せない恐怖が垣間見える。

しかしそれを圧し殺して、チノちゃんは再び魔法を放った。

スキル『レプリカスペル』ーー

「ありがとう、チノちゃん」

私は前を向いて、敵に集中する。
時折放たれる魔法は、的確に私の死角を潰していき、私は再び、戦場を自在に駆け抜けられるようになった。

後ろに頼れる仲間がいるのが、これほど頼もしいとは思わなかった。

心がすっと軽くなる、今なら、どんな敵が、幾ら来ても倒せるとすら思えた。

58 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:50:08 ID:FV3yUBuAEx
ーーそう、思っていたのは、驕りだった。

「ーーココア様っ!!」

出来事は、刹那に、私の意思を介さぬまま終わった。

後方より高速で迫る、一体のゴーレム。
今までのやつとは違う、速い。

気づいたときには、私の背中にそれはいて。

振るわれた剣と、私との間に、ランプちゃんは飛び込んだ。

スキル『オール・シールド』ーー

なけなしのクリエで作られた防御壁はあっさりと破壊され、凶刃が幼い体に振り抜かれる。

「……ランプ、ちゃん?」

鮮血が舞い、地面と、そして私を激しく汚す。
べしゃり、と小さな体が地面にくずおれる。

「どうして」

問いかけに、ランプちゃんは文字通り血を吐きながら言葉を紡いだ。

「ココア……様が、笑えていなかった、から……それは……皆様から、笑顔を奪う……そんな世界は、間違っていると思えたから……」

それは、空気に溶けるような、小さな小さな声だった。

「ランプちゃん……」
「ごめんなさい……ココア様……何も、出来なくて」

伸ばされた手を掴む。
掴まれた手が血で濡れる、それはランプちゃんの下にどくどくと流れ、周囲の地面に広がっていく。
命が、失われていく。

私は涙を流していた、ランプちゃんも泣いていた。
無力だった、何も出来なかった。
私の下で、ランプちゃんは譫言のように、謝罪ばかりを繰り返す。
声は少しずつ小さくなっていく。
微かに膨らみ凹む胸の、感覚が長くなっていき、呼吸は少しずつ細くなっていく。

そして、掴んでいた手が、何かが抜けたように、ずっしりと重くなった。

59 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:54:51 ID:FV3yUBuAEx
「っ……!」

きっ、とこの惨状を作り出した下手人を睨む。

他のゴーレムと違う、赤色の鎧。
無造作に提げられた剣からは、肌を焼く程の熱気が感じられる。

その後ろには、最早ゴーレム以外に動くものはなかった。
こいつが、戦線を崩壊させた元凶か。

剣が振り下ろされる、抜刀、迎撃ーー

「ーーココアさん!」

チノちゃんの力強い声。
同時に、水の弾丸が赤いゴーレムを打ち据え、その攻撃を停止させる。
私はランプちゃんを抱えて、後退した。

「ココアさん、大丈夫ですか!?」
「私は、大丈夫」
「逃げましょう、ココアさん、今なら……」
「ごめん、チノちゃん」

私は剣を構えた。
負け続けたままではいられない。
奪われ続けたままではいられない。
弱いままではいられない。

あれは、あの赤いゴーレムは、私が殺すべき敵。
私の平穏を、大切なものを悉く破壊し、奪い去る外道の仇敵だ。
あれを殺さなければ、このリピートも、私自身も何も進むことができないように思えた。

「私の命に換えても、体に換えても、あいつだけは」

私の心に燻っていたのは、今までのような、燃え盛る炎のような、使命感や、怒りや、悲しみではない。

穏やかに、仄暗く、しかしより熱く激しく燃える、青い炎だ。
人はこれを、きっと憎悪と言うのだろう。
私は、生まれて初めてなにかを憎んだ。

「こ……ココアさ……」

怯えたように自分を呼ぶ声を無視して、私は赤いゴーレムへと突進。
弾丸のように被我の距離を一気に詰め、剣を振り抜く。

私の出せる中で最速の剣は、普通のゴーレムならば反応もさせず切り伏せることができるだろう。
だがそれは、あっさりと防がれた。

金属がぶつかり合う甲高い音とともに、衝撃波が周囲に一陣の風を巻き起こす。

60 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:00:14 ID:FV3yUBuAEx
「なっ……!?」

敵は回転しながら剣を払い、鋭い逆袈裟が迫る。
後退、回避、踏み込む。

「うおおぉーーっ!」

首へ横薙ぎーー弾かれる。
膝を落とし下段ーーゴーレムは跳躍して回避、私の頭上を飛び越える。

ゴーレムからの唐竹割りーー体を反らして回避。
反撃、喉への刺突ーー体制を崩して打点を外される。
剣は敵の兜を浅く切り裂き、火花を散らした。

私と敵は勢いのまま交錯し、地面に転がった。

「こいつ……!」

速い、重い、そしてーー狡い。
他のゴーレムのように力任せの戦いかたではない、相手の一手二手先を読んで、攻撃を繋げてくる。

その戦いかたーー正しく人間そのもの。

「他のゴーレムと違ったって!」

踏み込むーー袈裟斬り、下段、左切り上げ、息もつかせぬ連撃。

敵は踊るようにそれらすべてを弾き、避け、あるいは反撃を放つ。

攻守が幾度も入れ替わり、百を越えようかという剣檄は途切れることなく、その舞踏を彩った。

「はあぁぁぁっ!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

私のスキルの発動と同時に、赤いゴーレムが炎を纏い、その力を増幅させる。

スキルによって強化された力によって、その舞踏はさらに激しさを極めた。
しかし、赤いゴーレムもまたそれに追従するようにその力を増す。
押すこともできなければ、引くこともない。

焔を交えた剣檄が無数に交わり、その周囲にいるものすら構わず吹き飛ばす程の激しい戦い。

横殴りに放った一撃が紙一重でかわされるーー
反撃、炎を纏った剣の刺突が迫るーー
ギリギリで剣の腹で受ける、剣と剣が激しく擦れ火花が散り、右頬の薄皮が焼けるーー
回転し、体制を崩した敵へ袈裟斬りーー
受け止められる、だが、敵は大きく吹き飛ぶ。

61 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:02:32 ID:FV3yUBuAEx
「みんな、私に力を貸して!」

とっておき『燃えるパン魂』ーー

剣先に燃え盛る炎の玉が発生する。

私は、私の持てる最強の技を最大の隙を曝した敵に打ち込んだ。
炸裂、巨大な火柱が空へ登り、その衝撃波は周囲の瓦礫を打ち砕き吹き飛ばし、里の家々のガラスのことごとくを叩き割った。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

これだけやれば、敵は跡形も残らないはず……。
激しく息を乱れさせながら、私は思った。

しかし、心は晴れない。
奴を倒しても、ランプちゃんは帰ってこない。
里の人たちも、破壊された家々も、何も帰ってくることはない。

死は、不可逆だ、その絶対の摂理を犯せるのは、いまのところは私だけなのだ。

ーーやり直す?

そう、思った。

「……それだけか」

視界の片隅で何かが動く。
爆発の炎の真ん中で、赤い甲冑が、何処の破損も無いまま佇む。
そしてそれは、今までとは比べ物にならない速さで、私に迫った。

「なっ……ぐっ!?」

私に出来たことはとっさに剣を盾にすることだけだった。
しかし、炎と勢いを纏った一撃は受けきれず、私は大きく吹き飛ばされ、地面に何度も体を打ち付けながら、瓦礫の山に思い切り突っ込んだ。

62 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:07:03 ID:FV3yUBuAEx
「ごほっ……まだ……!」

衝撃で白くなる頭を振りながら、どうにか剣を構える。
そこで私は、剣が異様に軽いことに気づいた。

「え?」

見ると、剣の鍔から5cmほど、そこから先がなかった。
そして、肩から脇腹にかけて、袈裟斬りにされた傷跡が、じわじわと服を濡らし、瓦礫の山を滴っていく。

体がそれにようやっと気づいたかのように、がくり、と力が抜けた。
膝が落ちて、そのまま地面に倒れこむ。

「あ……ぅ……」

体は言うことを聴かず、脳がいくら命令を送っても、ピクピクと痙攣を繰り返すのみ。
少しずつ、意識と、視界が掠れていく。

「弱者に権利はない、ただただ全てを奪われるのみ」

そのぼやけた視界の中で、赤いゴーレムが、チノちゃんのほうに向かうのが見えた。

「チ……ノ……ちゃ……」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
何度も、何度も。

「ご……め……」

何度も何度も聞こえる声。
無情に破れた悲鳴は風に乗り、私を襲った。

私はただ、謝ることしか出来なかった、嘆くことしか出来なかった。

私を呼ぶ声が途切れる。

「く……ぅぅぅ……」

その弱い嘆きは、地面に落ちてあっさりと消える。
弱い声、弱い力は何も出来ずに消えるだけ。
そこに込められた想いも願いも、強大な暴力の前にはひねり潰される、そこに一切の救いはない。

私は、強くならなければならない。

私が、私のため、私の大切なものを守るため。

「うぅぅぅぅぅ……!」

そして、私はーー

63 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:09:33 ID:FV3yUBuAEx
ーー目覚めた。

14週目の朝。
私はため息をついた。

また、すべてを失い、そして殺された。
そして全てがなかったことになる、残るものは、掌に染みた死者の冷たい感触と、胸を引き裂かれるような悲しみ。

そして、最早慣れきった、剣の柄の感触。

私が次に持ち越せるものは、それ以外にはない。

「……やってやるよ」

小さく呟く。
いいだろう、やってやろうじゃないか。

この悲しみも、喪失も、憎しみも何も、私を強くする原動力となってくれるのなら、最早ありがたいとすら思える。
その全てを燃やし尽くしてでも、最高の力を、次の週へと持っていってやろう。
弱者に権利が無いと言うのなら、無限の時間、それによって成るはずの無限の力をもって、必ずやあの仇敵から全てを取り返してやろう。

そのためならば、蕀の道だろうが千尋の谷だろうが、乗り越えて見せよう。

私にできることは、ただそれだけだ。

そして必ずや、明日を手に入れてやる。

何も変わらない、明日を。

そのためなら何度でも生きる、何度でも死ぬ。

ーーそして繰り返す。

ーー何度でも繰り返す。

64 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:18:09 ID:FV3yUBuAEx
>>48
感想ありがとうございます。
これからもっと過酷になりますが、どうかよろしくお願いします。

65 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 00:35:22 ID:raJxRchKJp
ココアちゃん…かっこいいけど……
今まで見たシリアス系の中でも救いが一切見えないのでハラハラします…!なんか最後のセリフで時間操作系の魔法少女を思い出しました

66 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 06:14:49 ID:FV3yUBuAEx
>>65
感想ありがとうございます。
台詞は大分意識してますね、流石にあそこまでの絶望じゃないですけど……
敵もあれほど強くはなく、原作と合流すれば仲間もちゃんといますし、何よりこのココアさん、あと3段階くらい強くなりますので。

67 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/01/04 07:49:09 ID:Z7LsVKjyZ3
ひぇえ…あの天真爛漫なココアさんが…
これからの展開が楽しみです!

68 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 22:34:53 ID:EUFjIFazm7
>>67
感想ありがとうございます!
一応『キャラ崩壊』と冒頭に書いたのはこういう描写があるからですね。
こういう作風の為、どうしても元のままではいられないので……

69 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:18:13 ID:RNYt7PXvaq
私は、里に昔からある食堂へやって来ていた。
クリエメイトたちの運営する飲食店とは違う、いわゆる牧歌的な感じの大衆食堂だ。

ここの店主を務める女性ーーライネさんの作る料理は、流石に本職でシェフをやっているだけあり、非常に美味しい。
彼女はクリエメイトたちから聖典世界の料理技術を次々と吸収しており、店先のボードに書かれた『本日のおすすめ』には、大抵、私達にとって見慣れた料理が書かれている。

いまわたしの目の前にあるーー曰く『角煮にお芋のソースがかかってるやつ』もその一つだ。
ほろほろに柔らかくなったジューシーな肉にお芋のソースの優しい味がマッチし、非常においしい。
他の客が食べているものも同様で、『梨っ子のほうとう』『影の女帝流焼きうどん』『ありんす風辛々ライスカリー』『お姉ちゃん特製シュトーレン』など、バラエティーに富んだメニューがある。

ここ最近、食べ物の味なんて感じていなかったが、だからこそ、心が満たされる味だ、と思った。

周囲の席は、今現在がまだ昼に遠い時間帯であるため、まばらに人がいる程度だ。
そのお客さんもひとり、またひとりと会計を済ませて出ていく。

そして、最後のお客さんが出ていくのを見送ると同時に、ライネさんはこちらを向いて、言った。

「……それで、何か用かしら? ココアちゃん」

私は立ち上がり、ゆっくりとライネさんに近づいていく。

「はい、実は大切な用事が……」

そして、間合いに入った瞬間に、腰の剣を引き抜く。

70 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:21:41 ID:RNYt7PXvaq
ーーことは出来なかった。

「……大切な用事と言うのは、それかしら?」

ライネさんの手が、いつの間にか私の右手に添えられていた。
彼女は微笑みを浮かべているが、私の手はピクリとも動かない、剣は鞘から一寸すらも覗いていなかった。

「……勇者ライネ」

私が小さく呟いた。
ライネさんは少しだけ驚いたように眉を潜める。

ーーこんな噂がある。

曰く、おたまで飛竜を討伐する者がいる。

曰く、その者は剣を捨て、包丁を取った。

曰く、その視線は魔を退け、その剣は海裂き山を割る。

曰く、当時の装備は着ることができない。

曰く、この里には『勇者』がいる。

「……どこでそれを?」

ライネさんはそう聞いてくる。
私よりも遥かに高い実力を持つ彼女。
カマをかけたが、どうやら『勇者』であることは事実らしい。

「どこでもいい、それより、貴方の力を見込んで、お願いしたいことがあります」

ライネさんは表情を変えず、沈黙を返す。

「私を強くしてください、どんな敵にも負けない程に」

私は『勇者』へと、教えを乞うた。

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