タイトルからは分からないとは思いますが、このSSは棺担ぎのクロととある非きらら作品のクロスSSとなっております。
以下注意書き
・ちょい長
・その割に盛り上がるのは中盤以降
・ちょい長なので分割で週一くらいのペースで投稿しようかと思案中
・完成させたものの投稿なので投げ出したりはしない(はず)
・キャラ崩壊はしないように頑張ったつもり
・二つの作品の設定を都合よく解釈したご都合主義とも取れる展開あり
・全くグロくないとは言い難い
・きらファン成分は二摘み
こんな感じですがそれでよければ読んでみてほしいです。
ちなみに何となくですがこの段階ではクロス先作品のタイトルは伏せておこうかなと思います。すぐに分かるようにはなっているんですが。有名な作品ですよ。
――船上
ニジュク「しまみえた〜」
サンジュ「おおきいしま〜」
セン「やれやれ、やっと着いたか」
クロ「……ああ、そのようだね」
セン「おめえはずっと甲板で横になりっぱなしだったな」
クロ「センが悪いんだよ」
クロ「センが私を担いで海を飛んで行ってくれなかったからね」
セン「蝙蝠に過剰な期待をすんな。そういうことは鳥類にでも頼みな」
――港
ニジュク「ついた〜」
サンジュ「た〜?」
セン「やれやれ、まずは詳しい情報収集と宿の確保だな」
クロ「まずは休憩だ。セン、二人から目を離すなよ」グッタリ
セン「おいやめろ。人の視線があるのに地べたに寝転がるな」
――数十分後
クロ「さあ、行こうか」スクッ
セン「さっきまでの船酔いを無かったことにしようとしても無駄だからな」
サンジュ「クロちゃんがげんきになった」
ニジュク「クロちゃつよい」
およそ1900年前、南海ベオルスカの孤島に巨大な縦穴が発見された
直径約1000m。深さは、今も分かっていない
その不可思議な姿は、人々を魅了した
貴重かつ危険な原生物達や、理を越えた不思議な遺物が
一獲千金を狙う冒険家を呼び寄せ
いつしかそこには、巨大な街が築かれた
長年に亘って、未知へのロマンと、数多の伝説を餌に
多くの人々を飲み込んできた、世界唯一最後の深淵
その名をアビスという
――大穴の街 オース
セン「……それがこの縦穴か」
クロ「巨大な穴の周囲に街を築いてきたんだね……」
セン「街も中々栄えちゃいるが、それでも穴の大きさには及ばねえな」
セン「まあ、穴がこの島の大部分を占めてるから当然と言えば当然なんだが……」
クロ「話には聞いていたけど、聞くのと見るのとじゃ全く違うね」
セン「ああ、まさかこれほど巨大だとはな……」
セン「なんか1000mよりはるかに巨大な気がするんだが……」
ニジュク「おおきい!!」ピョンピョン
サンジュ「でかい!!」ピョンピョン
クロ「まあ気にしてもしょうがないよ」
セン「それもそうだな。どっちにしろ、俺達がやることは何も変わらねえ」
セン「いつも通り、魔女に関する聞き込みだな」
クロ「それと、この縦穴に関しても色々と聞いておかないとね」
セン「そうだな。外からじゃ今一つはっきりとした情報が得られなかったからな」
クロ「何やら色々と常識が通用しない場所らしいからね」
クロ「少しでも魔女に繋がる何かを得られればいいのだけれど……」
ニジュク「クロちゃおかしかって〜」
サンジュ「かってかって〜」
クロ「今日一日大人しくできたら買ってあげよう」
「魔女?そんな奴は知らねえなあ」
「なんだお前ら。人探しか?探窟家志望じゃねえのか?」
「さあ、知らないねえ。でも、アビスの中に入ればそんな奴もいるかもしれないねえ」
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クロ「どうやら街には魔女らしき人間はいないようだね」
セン「しっかし話を聞く限り、あのアビスとかいう縦穴は想像以上にヤバいらしいな」
クロ「この世に知られている生態系を明らかに逸脱した生物や植生が数多く生息している」
クロ「中には人間を捕食対象としている者も少なくない……、か」
クロ「極め付けはアビスの呪いとかいうのだけど……」
セン「そうだよ、それだよそれ。真偽のほどは定かじゃねえが、それが一番ヤバすぎる」
クロ「潜った深さに応じて昇る時に体に不調をきたすってやつだったね」
セン「本当ならそんな胡散臭い話は酒の肴にもなりゃしねえが」
セン「今となっては俺達自身が呪いの生き証人だからな」
クロ「あながちただの与太話じゃないのかもね」
ニジュク「あいすおいしい」ペロペロ
サンジュ「あまくておいしい」ペロペロ
セン「で、どうする?」
クロ「何をだい?」
セン「これからどうするかだよ。帰らない人間が後を絶たない曰くつきの大穴に俺達は飛び込むのか?」
クロ「もちろん。魔女の手掛かりを掴むためだったらどこにだって行くさ」
クロ「こんな不可思議な所を見過ごす手はないよ」
セン「まあ、それもそうだな」
ニジュク「あのあなにはいるの?」
サンジュ「どれだけふかいの?」
セン「どれだけ深いかは、入ってみなくちゃ分からねえな」
ニジュク「たのしそう〜♪」
サンジュ「ぼうけんぼうけん〜♪」
クロ「……さて、どうしたものかね」
クロ「まあ、今日はもうすぐ日が沈む。準備を整えて出発は明日にしよう」
セン「そうだな」
ニジュク「あしたたのしみだね〜」
サンジュ「なにがあるかな〜」
クロ「と、その前に確認しておきたいことがあるんだ」
セン「奇遇だな。俺もだ」
――奈落門前
クロ「あそこが一番利用される出入り口か……。聞いた通り、見張りがいるようだね」
セン「探窟家の証である笛を持たない俺たちは正面から堂々と入ることができないわけだな」
セン「で、どうする?探窟家になる手続きでも踏むか?」
セン「聞いた話じゃ、一日二日ではなれそうにないが」
クロ「まさか。方法なら他にいくらでもあるだろう。何せあれだけ大口を開けているんだ」
セン「だな」
――南区 岸壁街
クロ「この辺りはなんだか物々しい雰囲気だね」
セン「スラムだな。どこにでもあるんだよなあ、こういう場所」
セン「おいクロ。二人の手をちゃんと掴んでおけよ」
クロ「分かってるさ」
ニジュク「おててにぎるの?」
サンジュ「ぎゅ〜ってするの?」
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クロ「セン。あれ」
セン「お。中々お誂え向きな場所じゃねえか」
ニジュク「ふかい〜」
サンジュ「くらい〜」
クロ「ここなら柵を飛び越えれば簡単に穴に入れてしまうね」
セン「飛び込んだが最後、奈落の底まで一直線って感じだなこりゃ」
クロ「見張りもいないし、明日はここから穴に入ってみようか」
セン「そうだな。じゃあ今日の所はもう宿で休むか」
クロ「おっと。その前に」
セン「なんだ?まだ何かあるのか?」
クロ「ちょっと穴に入って中の様子を確かめてきてくれないか?」
セン「……まあ、薄々そうなる気はしてた」
クロ「周囲の様子とちゃんと着地できる場所があるかだけでいいんだ」
セン「はいはい。そりゃ俺なら出入りし放題だもんな」パタパタ
ニジュク「わたしたちも〜」ジタバタ
サンジュ「いくの〜」ジタバタ
クロ「君達は明日私達と行くまで我慢だ」
――数分後
セン「戻ったぜ」
ニジュク「おかえり」ムスッ
サンジュ「センだけずるい」ムスッ
セン「何剥れてやがる」
クロ「どうだった?」
セン「なかなか自然豊かな場所だったぜ。入り口付近だからか危険そうな生き物も特には見当たらなかったな」
セン「安全さえ保障されてりゃ遠足にもってこいの場所だったろうぜ」
クロ「……そうかい。ありがとう、セン」
クロ「じゃあ宿に行こうか」
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ニジュク「あしたたのしみ〜」パタパタ
サンジュ「ぼうけんぼうけん〜」ピョンピョン
クロ「二人とも、あまり私達から離れないでくれよ」
ニジュク・サンジュ「は〜〜い」
クロ「ところでセン」
セン「なんだ?クロ」
クロ「アビスの呪いっていうのは何か感じたかい?」
セン「いやそれがよ……。戻ってくるときになんか少し気持ち悪くなってな……」
セン「偶然かと思ったんだがよ……。穴から出たら症状がピタリと止んだんだ……」
セン「入り口付近でこの有様だ。あそこは俺達の想像以上にヤバい場所かもしれねえぞ」
クロ「そうか……。まいったな……」
クロ「それと……、あの二人はどこに行ったんだい?」
セン「ん?ああ……、どっか行ったな」
クロ「……………………」
セン「……………………」
クロ「ちょっと探してきてくれないか」ガコガコバサバサ
セン「畜生!!お前が目を離すからだぞ!!」バサバサバサバサ
今日はここまでということで。
ニジュクとサンジュはこの後無事に保護されました。
続きはまた来週に。
因みに改めてですがクロス先作品は「メイドインアビス」です。
序盤がイマイチ盛り上がりに欠けるのはメイドインアビスの登場人物が誰一人として登場しないからかもしれませんね。
そして次の投稿でも登場しません。
――翌朝 宿屋
ニジュク「ぼうけん〜」
サンジュ「クロちゃん、はやくはやく〜」
クロ「焦らなくても冒険は逃げないよ」
セン「おいクロ。やっぱりこいつらを連れてくのは止めた方がいいんじゃねえか?」
セン「アビスの呪いに加えて危険な生物に遭遇しない保証もねえんだ」
セン「後悔するようなことが起きても後の祭りだぜ?」
クロ「ああ。私もそう思うよ」
クロ「だから今日は様子見さ。穴に入って小一時間くらい辺りを散策したらすぐに戻るよ」
セン「まあ……、それくらいなら……」
――南区 岸壁街
クロ「それじゃあ二人とも。準備はいいかい?」
サンジュ「うん」
ニジュク「だいじょぶ」
クロ「それじゃあセン。頼むよ」
セン「あいよ」バサバサバサバサ
新たな冒険者達
その胸に溢れるのは勇気と知恵と好奇心
その行く手には希望と絶望が等しく転がっている
セン「なんだそりゃ」バサバサ
クロ「昨日貰った観光客向けの冊子に書いてある」バサバサ
セン「この大穴もまさか観光客を呼び寄せるために利用されるとは思わなかったろうぜ」バサバサ
ニジュク「わたしたちがぼうけんしゃ!!」バサバサ
サンジュ「むかうはしんえん!!」バサバサ
セン「どこで覚えた。そんな言葉」バサバサ
クロ(しかし……、随分と深いな……)バサバサ
クロ(サンジュの言う通り、まるで深淵に誘われているような……)バサバサ
クロ(永遠にこの暗闇が続く気さえする……)バサバサ
セン「安心しな」バサバサ
セン「直に開けた場所に出る」バサバサ
セン「そら。もう下の方から光が差し込んできたぜ」バサバサ
――深界一層 アビスの淵
クロ「ここは……、随分と美しい場所だね」バサバサ
セン「だろ?渓谷に近い環境だな」バサバサ
ニジュク「おっきなたき〜」バサバサ
サンジュ「はやくおりよ〜」バサバサ
セン「オイこら暴れるな」バサバサ
クロ「とりあえずあの辺りに降りようか」バサバサ
セン「よし来た」バサバサ
クロ「ふう……。お疲れ様、セン」
セン「おう」
サンジュ「ひろい〜」
ニジュク「クロちゃ。どっちいくの?」
クロ「もう少し下に降りてみようか」
ニジュク・サンジュ「は〜い」
クロ「セン、今のでどのくらい降りたのかな?」
セン「さあなあ。まあ、三百メートルくらいじゃねえか?よく分からん」
クロ「穴の深い方に踏み出すだけでセンの力を借りれば際限なく降りることができそうだね」
セン「まあ、戻ることを考えなければな」
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クロ「川か……。少し休憩していこうか」
ニジュク・サンジュ「は〜い」
セン「すげえな。随分と川の水が透き通ってやがる」ノメルゼ
クロ「それだけ人の手が加えられてないってことなんだろうね」
セン「じゃあやっぱここの曰くは洒落じゃねえってことなんだろうな」
クロ「まあそれ以前に……」
ギャース ギャース
クロ「遭遇したら洒落では済まなそうな生き物が向こうに飛んでいるね」
セン「まさか入って早々あんなトンデモ生物を拝めるとはな」
セン「加えてだ。今までお目にかかったことが無い植生があちこちにあるぜ」
クロ「さしずめ未開の地ってところかな」
ニジュク「ちょうちょ〜」ジタバタ
サンジュ「まって〜」ジタバタ
クロ「離れないでくれよ?」グィィィ
セン「あんな蝶も見たことねえや。ここじゃそこら中にいるのかもしれんが」
キエェ…
クロ「……何か奇妙な鳴き声が聞こえたね」
セン「あの岩場の奥からだな」
キェェ…
クロ「ちょっと見てくるよ。皆はここで待っててくれ」
セン「おう。気を付けろよ」
ソロ~リ
クロ(なんだ……?鳥か……?随分大きいな……)
クロ(ニジュクとサンジュなら丸飲みされてしまいそうだ……)
クロ(これは近寄らない方が賢明かな……)
キエェ…
セン「おいクロ!!その二人を捕まえろ!!」
クロ「え?」
ニジュク「たいへん!!」ダッ
サンジュ「たすけてあげなきゃ!!」ダダッ
クロ「あ!!こら!!二人とも待て!!」
クロ「そいつに近づくな!!食べられでもしたらどうするんだ!!」グィィ
ニジュク「でもでもクロちゃ!!」ジタバタ
サンジュ「このこけがしてる!!」ジタバタ
「きえぇぇ……」
クロ「……………………」
セン「ああ……、そういうことか……」
ニジュク「なおしてあげて!!クロちゃ!!」
サンジュ「いたくてないてるの!!」
クロ「……仕方がない。可能な範囲で治療をしてあげようか」
クロ「ニジュク。サンジュ。大人しくするように言い聞かせてくれるかい」
ニジュク・サンジュ「は〜い!!」
クロ「さてと……。どこを怪我しているのかな?」
ニジュク「ひだりのはねがいたいって」
サンジュ「いわにぶつかってけがしたっていってる」
セン「ここだな。まずは折れた羽軸を抜いてやれ。その後に消毒と止血だな」
クロ「わかった」
クロ「しかし、君は随分とモフモフしてるな」
セン「だな。そんでもってまん丸で愛くるしいことこの上ない姿形をしてやがる」
「きえぇ」
セン「ん?アイツらどこ行った?」
クロ「まさかまた勝手に何処かに……」
ニジュク「ここだよ〜!!」ズボッ
サンジュ「ふわふわしててあったかい!!」ズボッ
セン「うおっ!?なんだ羽毛の中に潜り込んでいたのか」
クロ「遠くに行ってなくてよかったよ。しかし奇怪な絵面だね」
セン「鳥の身体から頭部だけ突き出てやがる」
――数十分後
クロ「さて……。大体こんなものかな」
「きえぇぇぇぇぇぇぇ」
ニジュク「クロちゃありがと〜」
サンジュ「もうだいじょうぶだね」
クロ「あくまでも応急処置だからね。治るまではあまり動かさないように言っておいてくれるかい」
ニジュク・サンジュ「は〜い」
セン「やれやれ。なんで野生動物の傷の手当てなんぞしなきゃなんねえんだ」
クロ「おや?治療方法を的確に教えてくれたのはどこの誰だったかな?」
セン「足止めされるのが決まっちまったんなら早く終わらせるしかやりようがねえじゃねえか」
クロ「まあ……、そういうことにしておこうか」
セン「それで?思わぬ足止めを食っちまったがこれからどうする?まだ降りるのか?」
クロ「……いや、一度戻ろう。このあたりでアビスの呪いというものを体感しておきたい」
セン「わかった。おいニジュク、サンジュ。もうそろそろ行くぞ」
ニジュク・サンジュ「は〜い」
ニジュク「あれれ〜?こっちはきたみちだよ?」
サンジュ「もうもどるの?クロちゃん?」
クロ「二人はまだ戻りたくないのかい?」
ニジュク「もどりたくない!!もっとぼうけんしたい!!」
サンジュ「わたしも!!」
クロ「うん、そうだね。でもごめんよ。今日はもう戻ることにしたんだ」
クロ「それにきっと、二人もすぐに戻りたくなってしまうよ」
ニジュク「……ならないもん」
セン「ほら、行くぞ二人とも」
ニジュク・サンジュ「ぶ〜〜」
セン「何剥れてやがる」
――数分後
ニジュク「クロちゃ……」
クロ「どうしたんだい?」
ニジュク「なんだかきもちわるいの……」
サンジュ「くらくらするの……」
クロ「大丈夫かい?」
ニジュク「だいじょぶじゃない……」
サンジュ「あるきたくない……」
クロ(もう症状が出てるのか……)
クロ「じゃあ、少し休憩しようか」
ニジュク・サンジュ「うう〜……」
セン「項垂れてやがる」
クロ「ところでセンはどうだい?体調に変化はあるかい?」
セン「まあ、少し吐き気がするような気もしたが、もう何ともねえよ」
セン「お前はどうなんだ?」
クロ「私も大体同じ感じさ」
クロ「ただ、ニジュクとサンジュにはより色濃く呪いの影響が出ているようだね」
セン「まあ多分まだ子供だからだろうな」
セン「で、どう思ったよ。アビスの呪いとやらを初体験した感想は?」
クロ「センの言葉を疑っていたわけじゃないけど、こうして体感するまでは正直あまり深くは考えていなかったんだ」
クロ「でも、実際に体験してみてわかったよ。ここはとても恐ろしい所だね」
クロ「まだ、入り口付近だからこの程度の症状で済んでいるんだろうけど」
クロ「聞いた話だと、より深く潜るほど帰路の呪いは重くなってしまうんだろう?」
セン「そう言ってたな」
クロ「まるでこの大穴自体が内部の情報を漏らさないように作り上げた防犯装置だね」
セン「俺には捕食機能に思えてならねえよ。真偽のほどは定かじゃねえがな」
クロ「本当にどういう原理何だろうね」
――数分後
クロ「さて……、そろそろ行くか。二人とも、もう大丈夫かい?」
ニジュク「さっきよりはだいじょぶだけど……」
サンジュ「まだうごきたくない……」
クロ「ゆっくりでいいから進もう」
クロ「ただでさえこの場所は未知の生物がたくさんいて危険なんだ。あまり長居はしたくない」
ニジュク・サンジュ「……………………」
クロ「……………………」
クロ「仕方ない。もう少しだけ休んでいこうか」
セン「甘いな、お前」
クロ「だから仕方がないと言っただろう」
――数時間後
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
セン「チビ達が御就寝だ」
クロ「休みを挟みながらとはいえ、呪いの影響を受けながらそれなりの距離を歩いてきたからね」
セン「とはいえ、ただ起きるのを待つのも退屈だな」
セン「もうお前がおぶっていくしかねえだろ」
クロ「仕方ないか。まあ、こうなることは織り込み済みだよ」
クロ「よいしょっと。さあ、行こうか」
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
セン「お前さ、まだこの穴に潜るつもりでいるのか?」
クロ「当然さ。まだこの場所について何も解ってないからね」
クロ「魔女との係わりがあるかどうか確かめないと」
クロ「そのために今日はこの二人を連れてきたんだ」
セン「やっぱりそういうことか」
セン「お前はこの場所が恐いところだということを教え込むためにニジュクとサンジュを連れてきたわけだ」
クロ「これ以上深い場所に潜るのに二人を連れていくことはできない」
クロ「でも二人には口で説明しても分かってもらえないからね」
クロ「こうするしか方法が無かったのさ」
セン「やれやれ。これじゃあ心置きなく奈落に挑めるじゃねえか」
クロ「頼りにしてるよ、相棒」
セン「まあ、身の危険を感じる程度には付き合ってやるよ」
セン「それと、お前もあんまり無理すんな」
セン「この場所はお前にとっても危険な場所だってことを忘れるなよ」
クロ「重々承知してるさ」
セン「ならもう少しゆっくり登れ。気持ち悪くなってきた」
セン「お前もきてるだろ」
セン「多少戻るのが遅くなっても、日暮れまでに戻れればいいからよ」
クロ「……そうさせてもらおうかな」
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
――大穴の街 オース
クロ「やれやれ、何とか帰ってこれたね……」
セン「これで吐き気ともおさらばだぜ……」
門番「おい!!お前ら探窟家じゃないな!?何処から侵入したんだ!?」
クロ「南区のスラムを歩いていたら、床が抜け落ちました」スタスタ
セン「ここを管理してるんだったらそういうところきちんとしといた方がいいぜ」パタパタ
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
門番「え?ああ……」
門番「……………………」
門番(いや、あいつら盗掘者だよな?)
セン「やれやれ、娘が息をするように嘘を吐けるようになって悲しいぜ」
クロ「育ちが悪いんだから仕方がないさ」
セン「嫌味か貴様」
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
――夜 宿屋
ニジュク「ふぁぁ〜〜〜」
サンジュ「んん〜〜」
クロ「やあ、起きたかい?」
ニジュク「ここはどこ?」
サンジュ「わたしたち、ぼうけんしてたのに」
セン「クロがおぶってここまで運んだんだよ」
サンジュ「おもいだした。わたしたち、とちゅうできもちわるくなって……」
ニジュク「あるけなくなって……」
ニジュク・サンジュ「……………………」
ニジュク・サンジュ「ごめんなさい……」
クロ「君達が謝ることじゃないよ」
クロ「それより、お腹は空いてないかい?一緒にご飯を食べよう」
ニジュク・サンジュ「食べる!!」
――数時間後
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
セン「昼間あれだけ寝たのに夜もちゃんと眠れるなんて羨ましいな」
クロ「まあ、まだ小さいからね」
セン「で?これからどうするよ?」
クロ「私達も寝ようか」
セン「違う、そうじゃない。これからまた奈落に挑むとして、どういう準備をするかってことだよ」
クロ「……まずは情報だね」
クロ「呪いに関する情報もだけど、奈落に住む原生生物も相当危険なはずだ」
クロ「そのあたりのことが纏められた書物を用意できればいいんだけど……」
セン「あとは探窟家とかいう連中の技術と知識をありったけ身につける必要もあるな」
セン「それに、奈落には店なんて気の利いたものは無えからな」
セン「今日は日帰りで帰ってきたが、今度は長丁場になる可能性が高い」
セン「自給自足のために食べられる動植物の知識も必要だな」
クロ「ふう……。それだけ準備をして危険を冒して何も収穫が無かったら、少しばかり気が滅入ってしまいそうだよ」
セン「心配すんな。そうだったとしてもいつも通りだ」
ニジュク・サンジュ「クークーzzz」
――数週間後
クロ「ああ、いい天気だね……」
セン「天も俺達の旅の出立を祝ってるってか?」
クロ「さあ、どうだろう。天候は生きとし生けるものに平等だからね」
ニジュク「クロちゃ……」
サンジュ「いっちゃうの……?」
クロ「ああ。少しの間お別れだ」
サンジュ「いつごろかえってくるの……?」
クロ「分からない。数日後かもしれないし、数年後かもしれない」
ニジュク「クロちゃ……」ジワ……
サンジュ「……………………」ジワ……
クロ「……………………」
クロ「……………………」ギュ……
クロ「いつ帰ってこれるかは分からない」
クロ「でもね」
クロ「約束するよ」
クロ「どれだけ時間が掛かっても」
クロ「必ず帰ってくるよ」
クロ「必ずね」
セン「それじゃあ店主。こいつらのこと、頼むわ」
宿屋の店主「ああ、任せときな」
セン「おい、ニジュク、サンジュ。摘まみ出されねえように出来る範囲の手伝いくらいしろよ」
ニジュク「うん……」
サンジュ「わかった……」
宿屋の店主「安心しな。あんまり手が掛かるようなら孤児院に放り込んでやる」カッカッカ
クロ「それじゃあ、行ってくるよ」
ニジュク「きをつけてね……」
サンジュ「わたしたち、まってるから……」
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セン「やれやれ。お前ももう少し悲しそうな顔をしても罰当んねぇぞ?」
クロ「そういうわけにはいかないよ」
クロ「なんたって私には人間らしい感情は毒になってしまうんだからね」
セン「まあ、そうだよな」
セン「しかしこの数週間の間、アビスのことを調べまくったが、知れば知るほど常識が通用しない場所だったな」
クロ「ああ、そうだね」
クロ「呪いの症状の他にも、生息する動植物のこととか、遺物のこととか」
クロ「興味深いことばかりだったね」
セン「使うかわからんが、ロープやら閃光弾やら出費もかさんじまったな」
クロ「まあ、仕方がないよ。それに、探窟家からしてみれば物足りないくらいだろうし」
クロ「もっとお金があれば色々揃えておくべきなんだろうけど」
セン「違えねえ」
セン「そういえば、地上と奈落の中じゃ時間の流れも違うらしいな」
クロ「奈落の方が時間の流れが遅いんだっけ」
セン「ああ。それと深ければ深いほど差も大きくなる」
セン「それが本当なら、俺達が奈落に潜っている間に地上ではどんどん時間が進んでいくわけだから」
セン「帰ってくるのに数年掛かるってのもあり得ない話じゃないかもな」
クロ「やめてくれよ。気が重くなる」
クロ「そういえばセン」
セン「なんだ?クロ」
クロ「あの日ってもうすぐじゃないかな?」
セン「あの日……。ああ、あの日な。そうだな。少し先だが、もうすぐだな」
クロ「あの日を迎えたら奈落の底では何が起きるのかな?」
セン「さあな。まあ、行ってみれば分かるんじゃねえか?」
キリがいいのでこの辺りで中断。
ニジュクとサンジュはしばらく退場。
次回には恐らく……
ということで続きはまた来週。
――南区 岸壁街
クロ「さて、またここに戻ってきたね」
セン「どうする?戻るなら今のうちだぜ?」
クロ「愚問だね」ヒョイ
セン「うわ!?こら、待ちやがれ!!」バサバサバサバサ
セン「飛び降りるなら一言言えよ!!俺がいなきゃ死んじまうだろうが!!」バサバサ
クロ「大丈夫だよ。信じてるから」バサバサ
セン「ったく……。気球に乗った時もそうだったが、本当にどうなっても知らねえからな……」バサバサ
闇すらも及ばぬ深淵へと
その身を捧げ、挑む者達に
アビスは全てを与えるという
生きて死ぬ、呪いと祝福のその全てを
旅路の果てに何を選び取り、終わるのか
決められるのは奈落の意思か、それに挑む者だけである
セン「また冊子に書いてあるのか?」
クロ「いや、今度は古本市で仕入れた探窟家向けの図録にね」
セン「同じ出版社だろ、絶対」
――深界一層 アビスの淵
クロ「よし。前回と同じ場所だね」
セン「さて、ちゃっちゃと進んじまおうぜ」
セン「こんな序盤の序盤でもたもたしてたら先が思いやられるしな」
クロ「そうだね。行こう」スタスタ
セン「おいクロ。そっちは崖……」
セン「まさか……」
クロ「そのまさかさ」ピョイッ
セン「だあああ!!てめえ!!」バサバサバサバサ
セン「やるなら先に言えって言っただろうが!!」バサバサ
クロ「センのおかげで切り立つ崖も迂回する必要もなく安全に降りられる」バサバサ
クロ「こんなに有り難いことはないね」バサバサ
セン「いや、疲れるから程々にしてくれ。マジで」バサバサ
クロ「了解」バサバサ
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セン「なんて言ってるうちに意味ありげな場所に来たな」
クロ「ここはもしかして一層と二層の境目じゃないかな?」
セン「なんだ、もうか?こんなにあっさり着くものなのか?」
クロ「何というか、降りるだけだったからね」
セン「まあ、他の探窟家共には真似できない方法使ったからな」
クロ「それに、今降りてきた道を登らなければいけないんだったら、こんなに簡単にはいかないだろうね」
クロ「きっと何倍も時間が掛かってしまうよ」
セン「ああ、そのうち戻んなきゃいけねえんだよなあ……。考えたくねえ……」
クロ「そういうわけにもいかないけどね。でもまあ、今はとにかく降りてしまおう」
セン「ったく……。そうするか……」
――深界二層 誘いの森
クロ「ここは……」
セン「……一気に人間の生活圏から逸脱した空間になったな」
クロ「より一層自然の深い場所だね、ここは……」
ギャースギャース
セン「ああ、いきなり遠くに変な鳥が飛んでやがる……」
クロ「まあ、最初に入った時に出くわした鳥に比べれば小さいけどね」
クロ「ともあれ、身を隠しておいた方がよさそうだね。急ごう」
セン「おう」
覚悟しなければならない
日常を踏み越えたこの地では
自分達こそが異物であり、敵であり、餌であり、脅威なのだ
クロ「と、探窟家向けの図録に書いてある」
セン「文才があるのは結構だが、いい加減くどいな」
セン「だがまあ、今までは笑いごとで済んでいたが、ここから先は洒落にならなそうだな」
クロ「そうだね。ここは人間が生活する環境からあまりに掛け離れすぎている」
セン「まあ、お前を餌に出来る生物がいるのなら拝んでみたいもんだが」
クロ「自分が餌になる心配をした方がいいんじゃないかな?」
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セン「この辺りの植物は形だけ見れば樹木には見えねえが、随分と背が高いな」
クロ「これのことも確か本に載ってたね。……あったよ」
クロ「アマギリの木……、この一本の太い枝は必ずアビスの中心方向を向いている……」
セン「ほう……、迷った時に助かるな」
セン「それにしても、便利な本だな」
クロ「今まで奈落に挑んできた先達の叡智だね」
クロ「この本を手に入れられなかったら、正直奈落に挑むことは断念していたかもね」
セン「ああ、全くだな」
セン「しかし、一層だとほとんど降りるだけだったのに、ここだといきなり歩かされるな」
クロ「穴が部分的に窄まっているのかな?」
セン「ん……?待て」
クロ「……あの生き物は何だ?」
「ヘムー」
セン「あんな生き物は本にも載ってなかったはずだぜ。新種か?」
クロ「どうだろうね」
「ヘムー」
セン「だが、どうも害はなさそうだな」
クロ「ずっとこっちを見ているけど、どうしたんだろう?」
「ヘムー」
セン「うお!?」バタッ
クロ「ん?どうしたんだい、セン。急に落下して」ヒョイッ
セン「急に……、体が……、痺れて……」プラーン
クロ「急に?まさかアイツが何かしたのか?」
「ヘムー……」プルプル
クロ「……アイツも何だか様子が変しいな」
セン「ほっとけ……。ちくしょう……、動けねえ……」プラーン
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--------
セン「おっ、身体が元に戻った」パタパタ
クロ「何だったんだろうね」
セン「さあな」
セン「だが、今の奴は見た目に反して危険な生き物だったぜ」
セン「今のに複数囲まれたり、身体が痺れた時に別の凶暴な生き物に出くわしたら」
セン「絶体絶命だったかもしれん」
クロ「確かに……。思ったよりも危険な奴だったのかもね」
セン「ああ、それと、二層では寄るところがあったな」
クロ「そう、監視基地だね」
クロ「その名の通り、奈落の監視をしているみたいだけど」
クロ「探窟家達の休憩地点も兼ねているらしい」
セン「地上よりも生の情報が集まってそうだな」
クロ「それと監視基地の防人は、探窟家として最高峰の実績と位を有しているらしい」
クロ「きっとこの奈落の限りなく深い場所のことまで知っているだろうね」
セン「逆にいえば、そいつから情報が得られなければ、この場所はほぼ白だな」
クロ「そのようだね」
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セン「すげえ。本当に木が逆さに生えてるぜ」
ヒュオオオオバサバサバサバサ
クロ「センがいればなんてことない場所だと思っていたけど、風が強いな……」
クロ「それに少し寒くなってきたね。光が届かないからかな?」
セン「意外と厄介だな。この逆さ森ってやつは」
セン「ていうか他の探窟家共はこんな所どうやって移動してんだ?ロープか?」
クロ「まあ、ロープだろうね」
――監視基地
セン「やっと着いたぜ……」ゼエゼエ……
クロ「なんだか思ったより高い位置にあるね」
セン「あのゴンドラ降ろしてくれねえかな……」
クロ「私達が探窟家じゃないから警戒されているのかもね」
セン「それに加えてお前の風貌が怪しすぎるからな」
「お師さま。基地の前に見るからに怪しい人物が現れました」
「全身黒装束で、棺を担いでいて、蝙蝠を連れています」
「……連れの蝙蝠と喧嘩を始めました。一体何なんでしょうか……」
「蝙蝠が……、横に伸ばされています……」イタイイタイイタイ
「うわっ!!?棺の中から蝙蝠が……」
「ああっ!?飛んで!?お師さま!!怪しい人が飛んで基地に入ろうとしてます!!」
クロ「ううっ……。頭が痛い……。気持ち悪い……」
クロ「これが、深界二層の呪いか……」
セン「一層とは強度が違うぜ……」
セン「それにこの基地の構造、嫌がらせとしか思えねえ……」
「おい」
クロ「ダメだ……。少し横になろう……」
セン「つーか……、ただでさえ人間持ち上げて飛ぶのは息が切れるってのによお……」
「おい、お前」
クロ「あ……」
セン「…………」
「…………」
クロ「このような礼を欠いた態度での挨拶をお許しいただきたい」グッタリ
セン「ここの構造、見直した方がいいぜ」グッタリ
「お前達、最初から図々しいね」
クロ「ふう……、治った」スクッ
クロ「どうも、初めまして。通りすがりの旅人です」
「……ここの管理をしているものだ」
クロ「というと……、白笛の……」
「オーゼンというものだ」
クロ(この人がオーゼン……、女性だったのか……)
クロ(思っていたよりも若いし、それにとても背が高い……)
オーゼン「お前らには色々と聞きたいことがあるんだが」
クロ「何でしょうか?」
オーゼン「お前達、探窟家じゃないだろう。アビスに入っちゃダメじゃないか」
クロ「言い訳の仕様もありません」
セン「見なかったことにしてほしい」
オーゼン「この糞餓鬼共……。まあ、いいか」
不動卿 動かざるオーゼン
無双の怪力を持つ白笛
その目に宿る光は
旅人達にとって希望の光か
それとも
不吉の前兆か
オーゼン「急にどうした?」
クロ「ここに潜る前に調達した図録に記述されていました」
セン「白笛って探窟家達の頂点だよな?」
セン「結構古い物だったんだが、その頃から白笛だったんだな」
オーゼン「ふう……、名前を載せる許可を出した覚えはないんだがねえ……」
オーゼン「それで?こんな所まで何しに来たんだい?宝探しかい?」
クロ「魔女の手がかりを得るためにここまで来ました」
オーゼン「魔女?」
ここまでとします。
やっとメイドインアビスの登場人物が出て来てくれました。
それと世界のどこかにいるかもしれない、このお話をここまで読んでくださった方にお知らせしとこうかと思います。
次の更新から面白くなると思います。多分
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マルルク「お茶をどうぞ……」
クロ「ありがとう」
オーゼン「ふ〜ん……。それで自分の姿を変えた魔女を探して今まで旅をしてきたってことか……」
クロ「はい。それで、この摩訶不思議な地に魔女との関わりを探していました」
オーゼン「確かにここは世間の常識とはかけ離れた世界だよ」
オーゼン「でもね。魔女なんてものは噂でも聞いたことが無いね」
セン「アンタが世間で魔女と噂されている可能性は?」
オーゼン「よーしお前漢方薬にしてやる」
クロ「ちなみに探窟家歴はどのくらいですか?」
オーゼン「百年」
クロ「え!?」
セン「は!?」
オーゼン「嘘だよ」フフン
セン「嘘かよ!!」
オーゼン「五十年から先は数えてないねえ」
クロ「五十年以上……」
セン「アンタ、若くはないとは思っていたが、いったいいくつなんだ?」
オーゼン「女性に年齢を尋ねるとは失礼じゃないか」
クロ「魔女はここにはいない、か……」
オーゼン「まあ、私の知る限りではね」
セン「じゃあ、もうここにいる意味無えな」
オーゼン「だったらさっさと帰りな」
オーゼン「この深部はそもそも、探窟家でも見習いが入れば自殺扱いになるような場所さ」
オーゼン「探窟家でもない奴がウロチョロしていい場所じゃないんだよ」
セン「あ、今日はもう遅いから泊まらせてくれ」
オーゼン「……構わないが、本当に図々しいな」
オーゼン「そうだ。これを渡しておこうか」テェダセ
クロ「笛?」
オーゼン「蒼笛だ。他の蒼笛共が来た時にお前達がいる理由を説明するのが面倒だからね」
オーゼン「いいね。貸すだけだよ。泊まっていく間だけだからね」
クロ「ありがとうございます」
オーゼン「マルルク、部屋に案内してやんな」
マルルク「ハ、ハイ」
セン「まあ、今のお前には黒い笛が一番似合うんだけどな」
クロ「黒笛ってかなりの熟練者じゃないとなれないから無理だよ」
マルルク(この人……、女の人……、だよね?)
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マルルク「こちらが部屋になります……」
クロ「ありがとう」
マルルク「それじゃあ、ボクはこれで……」
クロ「そうだ。あの防人さんってどんな人なのかな?」
マルルク「ええっと……。お師さまですか?」
マルルク「そうですね……、お師さまは凄い人なんです」
マルルク「ボクの師匠でもあるんですけど」
マルルク「もう何十年も白笛として活躍しているんです」
セン「……本当に幾つなんだあの婆さん」
クロ「名実ともに最高位の探窟家なわけだね」
マルルク「はい。なんたって五人しかいない白笛の内の一人ですから!!」
マルルク「それに、お師さまは行き倒れていたボクのことを拾ってくれて……」
マルルク「実はボクは日の光に弱くて、地上では暮らせないんです……」
マルルク「お師さまがこの監視基地の防人を引き受けているのも本当はボクの為なんです……」
マルルク「厳しい人ですけど、本当は優しい人なんですよ?」
クロ「良い師に巡り合えたんだね」
マルルク「あの……、旅人さんのお名前は……?」
クロ「私のは名前はクロ」
クロ「こっちは相棒のセン」
セン「そういえばお前の名前も聞いてなかったな」
マルルク「ボクはマルルクといいます」
クロ「よろしくね、マルルク」
マルルク「は、はい。よろしくお願いします。クロさん、センさん」
セン「ところでマルルク。お前の笛は蒼いんだな」
セン「蒼笛ってお前みたいなチビでもなれるもんなのか?」
マルルク「本当ならなれません。年齢制限があるんです」
マルルク「ただ、ボクの場合は監視基地で生活する必要性と」
マルルク「白笛であるお師さまの弟子ということで特例で認められたんです」
セン「お前、生い立ちに反してついてるな」
マルルク「全部お師さまのおかげですよ」
マルルク「それでは失礼します。何かあったら呼んでください」ペコリ
セン「……いや〜、いろいろと惜しいんだよなあ」
クロ「何がだい?」
セン「あの防人は見た目より歳いってるし」
セン「マルルクはあの形で男なんだよなあ。そもそもまだ餓鬼だが」
クロ「さて、そろそろ……」
クロ「……………………」
クロ「えっ?あの子、男の子なのかい?」
セン「ああ、多分な」
――翌日
クロ「お世話になりました」
オーゼン「ああ、もう来るんじゃないよ」
マルルク「クロさん、センさん。地上までお気をつけて」
セン「ああ、色々と世話になったな」
セン「さて、ちゃっちゃと戻ろうぜ。そううまくいくかは分からんが」
クロ「それなんだけどね、セン」
クロ「やっぱりもう少し潜ってみたいんだ」
オーゼン「……………………」
マルルク「ええ!?」
セン「おいおい、魔女は居無えってわかったろう?」
セン「なんでわざわざこんな危ないところを進まなくちゃなんねえんだ?」
クロ「まあ、魔女は多分本当にいないんだとは私も思う」
マルルク「だったら……」
クロ「でもね、なんかもう少し潜れそうだからさ」
セン「……………………」
オーゼン「……………………」
セン「……しゃあねえなあ」
セン「お前の気の済むまで付き合ってやるよ」
クロ「すまない、セン」
マルルク「クロさん……」
マルルク「ひぃっ……」
クロ「……………………」
オーゼン「私はお前達が地上に戻ると言うから昨日泊めてやったんだ」
オーゼン「探窟家でもないお前達をな」
オーゼン「それがなんだ?もう少し潜るだって?」
オーゼン「秩序を乱すのもいい加減にしな」
セン「……………………」
クロ「申し訳ないとは思います」
クロ「ですが、何を言われようとも考えを変える気はありません」
オーゼン「……私が気付かないとでも思っているのかい?」
オーゼン「お前、ただの人間じゃないだろう」
オーゼン「いや、もはや人間かどうかも怪しいねえ」
マルルク「お師さま……?」
オーゼン「私には感じるんだよ。なんとなくだけどね」
オーゼン「お前の中に黒く渦巻いている何かを」
オーゼン「お前みたいなアビスの化け物よりも化け物している奴に荒らされるのは困るんだよ」
オーゼン「アビスがアビスじゃなくなっちまう」
オーゼン「お前の中にある何かはそれくらい危険なものなんだよ」
クロ「……仰りたいことは分かりました」
クロ「ですが、それでも私はこの先に進みます」
セン「すまんな、婆さん。相棒がこう言ってるんでな」
オーゼン「……仕方がないねえ」グイッ
ガタンッ
クロ「うぐッッ……!!」
セン「クロ!?」
マルルク「お師さま!!駄目です!!」
クロ(なんて力だ……)ギリギリギリ
オーゼン「こんな細い首をへし折るくらい訳無いよ」
オーゼン「どうしてもこの先に進むというのならこうする以外に方法が無いだろう?」
オーゼン「お前をこれ以上先へは行かせない」
セン「おい、婆さん。止めとけ」
セン「これ以上そいつに危害を加えたら穏やかじゃないことになるぜ」
オーゼン「へえ〜〜。一体何が起きるんだい?」
セン「そいつは聞かない方がいい」
セン「まあ、どうしても知りたいならそいつを殺してみな。一思いにな」
オーゼン「……………………」
セン「……………………」
マルルク「お師さま……」
オーゼン「……………………」スッ
クロ「ッハア……、ハア……」
セン「おいクロ。大丈夫か?」
クロ「ハア……、ハア……。これが……大丈夫に見えるかい?」
セン「よし。大丈夫だな」
クロ「ハア……、それじゃあ……、私達は……、ハア……、行きますよ……」
オーゼン「ああ、どこへでも行っちまいな」
マルルク「ああの!!お気をつけて!!」
マルルク「……………………」
マルルク「あの……、お師さま……」
オーゼン「何だい?」
マルルク「クロさんって一体何者なんですか?」
マルルク「ボクにはそんな危険な人物には思えないのですが……」
オーゼン「私に昨日会ったばかりのアイツのことなんて分かるわけがないだろう」
マルルク「はあ……」
オーゼン「ただね」
オーゼン「長生きして色々なものに触れてきたからね」
オーゼン「色々と感じ取れるようになるのさ」
マルルク「……………………」
マルルク「センさんの言ったこと……」
マルルク「穏やかじゃないことになるって……」
マルルク「一体何だったんでしょうか……」
マルルク「ただのハッタリだなんてことは……」
オーゼン「無いだろうね」
オーゼン「アイツ等にはあの場で私が手を引かなくても切り抜けられる何かを持っていた」
オーゼン「でなきゃあんなに冷静でいられるものか」
オーゼン「何の策もない人間はもっと慌てふためいて声を荒げるものさ」
オーゼン「覚えておきな、マルルク」
オーゼン「真の秘密ってものはね、人の奥底にこそ隠れているものなのさ」
オーゼン「まあ、あいつの場合は人の身でありながら人を越えてしまっているのだろうがね」
オーゼン「いや、人でなくなってしまったというべきか……」
オーゼン「まあ、何でもいいか」
マルルク「えぇぇ……」
オーゼン(そういえば、昔アイツにもそんなようなことを教えたっけなあ)
オーゼン(やれやれ。今頃一体どのあたりを這いずり回っているのやら……)
----
--------
クロ「セン、さっきはありがとう。助かったよ」
セン「礼を言われるほどのことはしてねえよ。お前はあのまま放っておいても死ななかっただろう?」
クロ「そうなったらあの人が死んでたよ。だから止めてくれて助かったよ」
セン「まあ、俺としても後腐れのない別れが好ましいからな」
クロ「それにしても……、あの人は一体何者だったんだろう?」
セン「何者ってどういうことだよ?」
クロ「さっき首を絞められた時の力」
クロ「あれは凡そ普通の人間が持てる腕力ではなかったよ」
クロ「今まで遭遇した猛獣の類ですらも比較にはならない」
クロ「おそらく首をへし折るどころか、引き千切るくらいは訳もなかっただろうね」
セン「おいおい、怪物じゃねえか」
セン「まあ……、鍛えたんだろ。物凄くな」
クロ「この上ないくらい単純な理由だね」
セン「つってもなあ……、他に無いだろ……」
クロ「……考えたところで仕方がないか」
クロ「っと、あれかな?」
セン「うおお!!こんなに分かれ目がはっきりしてるのか!!」
クロ「まあ、二層に入る時も随分わかりやすくなってたけどね」
セン「そういやそうだったな」
セン「まあ兎に角、ここからが深界三層の」
クロ「うん。大断層だね」
――大穴の街 オース
サンジュ「クロちゃんたち、いまごろどこにいるのかなあ」
ニジュク「わからない。とってもふかいところにいる」
ニジュク「でもクロちゃ、ぜったいかえってきてくれるってやくそくしてくれた」
ニジュク「だからだいじょぶ」
サンジュ「うん」
宿屋の店主「おうい、二人とも。お使い頼まれてくれ」
ニジュク・サンジュ「はーい」
宿屋の店主「この前教えた店の店主にこのメモを渡して、メモに書いてあるものを買ってきてくれ」
ニジュク「わかった」
宿屋の店主「お代はこれに入れといた。失くすなよ?」
サンジュ「は〜い」
宿屋の店主「もし足りなかったらツケとくように言っといてくれ」
ニジュク・サンジュ「つけ?」
宿屋の店主「どうしようもない人間に備わった処世術のことさ」
ニジュク「いってきま〜す」
サンジュ「ま〜す」
宿屋の店主「おう、気い付けてけ」
宿屋の店主「……………………」
宿屋の店主(……やれやれ。あの旅人は今頃何処をほっつき歩いているのやら)
宿屋の店主(アビスの中でくたばってる可能性もあるし、そもそも二人を置いて逃げた可能性もあるな)
宿屋の店主(……あんな小さい子供を泣かせたら許さねえからな)
――深界四層 巨人の盃
セン「やれやれ……。年頃の娘が半裸で外をうろうろしおってからに……」
クロ「仕方がないだろう。衣服から荷物まで怪物共の涎でベタベタなんだから」ジャブジャブ
セン「いや〜、しっかり食われたもんなあ」
セン「それでも、三層の原生生物ですら誰もお前のことを飲み込んでくれなかったな」
クロ「不味さには人一倍の自信があるからね」ジャブジャブ
セン「もう少し閃光弾とか調達しとくんだったな。全然足りなかった」
クロ「まあ、こればかりは仕方がないね」ジャブジャブ
クロ「あ、これどうしようかな」
セン「なんだその涎でべたべたの何かは」
クロ「なんか怪物の口に引っかかってたんだけど……」
セン「何かの遺物か?そんなの何に使うんだろうな」
クロ「それにしても面白いね。このダイラカズラという植物は」ジャブジャブ
セン「ああ。捕食器から溢れてくる液体って割にはただのお湯だもんな」
セン「それに意味わからんくらいでかいしな」
セン「一体何を捕食してるんだか」
クロ「まあ、そのおかげでこうやって洗濯ができるわけなんだけど」ジャブジャブ
クロ「……多少は匂いも取れたかな」クンクン
セン「いい加減な所でさっさと行こうぜ。少し落ち着けるところで休みたいしな」
セン「この辺は湿気が多すぎる」
クロ「そうだね」バシャッ
深界四層
俗に深層と呼ばれるこの層の帰還率は
三層の比較にならぬほど低い
広がるのは様々な命と想いを湛え零す奈落の盃
手を伸ばすものに与えられるのは
渇き潤す美酒か
それとも身を焼く毒か
セン「おーおー。とうとうそんな所まで来ちまったか」
クロ「現存する探窟家達の中でどのくらいの割合の人がここから帰還した経験があるんだろうね」
セン「さあな。一割にも満たないんじゃねえの?」
セン「まったく、こんな所からどうやって帰ればいいんだか」
クロ「それはあの日を迎えればまあ何とかなるさ」
クロ「多分もうすぐのはずだよ」
セン「いいか?期限はその晩までだからな。その時が来たら即座に帰るぞ」
クロ「分かってるよ」
セン「……おい、アイツはなんだ?」
クロ「ん?あれは……?」
タマウガチ「グルルルル……」
セン「……アイツはヤバいな……」
セン(あんなにでかいくせに、近寄ってくるまで全く気配を感じなかったぜ)
クロ「ああ。逃げた方がよさそうだ」バシャッ
タマウガチ「グルアアア!!」ダンッ
クロ「くっ……」バシャァ
クロ(速い……)
セン「クロ!!早く立て!!もう一回来るぞ!!」
クロ「なっ……!?」
タマウガチ「グルアアア!!」
セン「クロ!!」
グジュア……
ゴシャ……
ボトボト
グシュン……
ズザァゲションボギャンザドンガシュアベキョンバラバラギニョングニアボトンボロボロ
セン「……………………」
クロ「……………………」
セン「クロ。怪我は無いか?」
クロ「ああ。何ともないよ」
セン「しかし運が良かったな」
セン「アイツ、たまたま身体が黒い何かになり果てちまったぜ」
クロ「……………………」
セン「……………………」
クロ「戻ろうか……」
セン「は?それって地上に戻るってことか?」
クロ「うん、そういうことだね」
セン「いや、構わねえけどよお。何でまた急に……」
クロ「別に。危ないと思ったらすぐに引き返すつもりだったし」
セン「……お前は死にたくても死ねない体だけどな」
クロ「でも、怪我はしたくないから」
セン「……もしかして、俺のこと心配してくれてんのか?」
「…………」
セン「痛え痛え止めろ!!引っ張るな!!
セン「千切れる!!裂ける!!死ぬ!!」
「…………」
「…………おい」バシャバシャ
クロ「!?」バッ
「…………」
クロ「……君は?」
「んなぁ〜……。まあ名前くらいは名乗るべきだよなぁ」
セン「痛てて……。ふわふわのぬいぐるみが何の用だ?」
クロ「意思を持ったぬいぐるみとは珍しいね」
クロ(確かにこの獣人のような見た目はぬいぐるみに見紛いかねないな……)
「オイラはナナチだ。ぬいぐるみじゃねえ」
ナナチ「んなぁ〜。お前らに頼みたいことがあるんだけどさぁ……」
クロ「頼みたいこと?」
セン「コイツは食ってもうまくねえぞ?」
ナナチ「一々話の腰を折るなよ……」
セン「ああ、悪いな。こっちはこっちで警戒してるんだ」
セン「何せ今まさに普通なら命を落とす状況に出くわしたとこだからな」
ナナチ「まあ、こんなふわふわのぬいぐるみみたいな奴が話しかけてきたら警戒もするか」
ナナチ「けどなあ、お前らも大概だぜ」
ナナチ「お前は蝙蝠なのに喋るし」
ナナチ「そっちの姉ちゃんは半裸で全身真っ黒だし」
ナナチ「不気味な力でタマちゃんを仕留めちまうし」
クロ「……………………」
ナナチ「それに……、その……、半裸だし……」
クロ「……………………」
ナナチ「その……、何で服着ねぇの?」
クロ「衣服は全て洗濯中でまだ乾いてないんだ」
ナナチ「あ、そう……」
クロ「……………………」
セン「……………………」
ナナチ「……………………」
ナナチ「まあいいや。とりあえずオイラのアジトに来てくれねえか?」
ナナチ「一度ちゃんと話したいんだ」
ナナチ「ついでに洗濯物が乾くまで休んでいきなよ」
セン「どうする……?」
クロ「まあ、人間離れしているのはお互い様だしね」
クロ「この子が私達の欲しい情報を持っているかもしれない」
クロ「行くだけ行ってみようか」
ナナチ「決まりだな。案内するぜ、ついて来いよ」バシャッ
----
--------
ナナチ「この先がオイラのアジトだ」
セン「おいおい、結構な坂じゃねえか」
セン「四層ともなるとそれなりに上昇負荷もきつい筈だよな?」
ナナチ「なんだ、見えてるわけじゃねえのな」
クロ「見えてる……?」
ナナチ「安心しなよ。この辺りには呪いは無いから」スタスタ
セン「……本当に大丈夫そうだな」
クロ「そのようだね」スタスタ
ナナチ「な?大丈夫だったろ?」
セン「ああ、こんな都合のいい場所が奈落の底にあるとは思わなかったぜ」
ナナチ「だろう?ここ見つけるの苦労したんだよ」
ナナチ「さて、着いたぜ」
セン「おお……」
クロ「立派な家だね……」
ナナチ「ここがオイラのアジトだ」
――ナナチハウス
セン「邪魔するぜ」
ナナチ「適当にくつろぎな」
クロ「助かるよ。ありがとう」
ナナチ「んなぁ〜、例には及ばねえよ。こっちも頼みがあってお前らを連れてきたんだ」
クロ「そういえばそうだったね」
セン「つっても俺達は大したことなんかできねえぞ?」
ナナチ「よく言うぜ。タマちゃんを仕留められる奴なんかそうそういねえっつうの」
クロ「タマちゃん?さっき私達を襲った奴かい?」
クロ「確かにさっきはかなり危なかったよ」
セン「ていうかアイツそんなにかわいい名前だったっけか?」
ナナチ「まあとりあえず、その濡れた服とか干して来いよ」
ナナチ「ココの裏にちょうどいいところがあるから」
クロ「ありがとう。そうさせてもらうよ」
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クロ「さて、頼みたいことがあるって言ってたね」
セン「まあ、そんなに難しくないことなら助けにはなってやれるが」
ナナチ「んなぁ〜……、言いづらいんだけどさ……」
ナナチ「さっきのタマちゃんを仕留めた力でな……」
ナナチ「その……、殺してほしい奴がいるんだよ……」
クロ「無理だね」
ナナチ「最後まで話聞けよな〜」
クロ「……話くらいなら聞くけど、あまり期待はしないでくれよ」
ナナチ「んなぁ〜、じゃあちょっと殺してほしい奴連れてくるから待っててくれよ」
セン「連れてこれるのかよ」
ナナチ「ミーティ。おいで」
ミーティ「ミィィィアァアァァ」
クロ「…………」
セン「ほぅ……、こいつぁ……」
セン(凡そ生物の形を成してねえな)
セン(眼球と口と腕……、いや、前足を持った肉塊と形容すべきか……)
ナナチ「あれ?意外と驚かねえのな」
クロ「私達もそれなりに色々なモノを見てきたからね……」
セン「こいつがお前の殺してほしい奴か?」
ナナチ「ああ、紹介するよ。この子の名前はミーティ。オイラの宝物さ」
ミーティ「ァアアァアァァアミィィィィィアアァァ」
ナナチ「オイラ達はさ、元々は普通の人間だったんだ」
ナナチ「知ってるか?六層の呪い」
ナナチ「人間性の喪失もしくは死ってやつ」
ナナチ「そのせいでオイラ達は人間じゃなくなっちまったんだ」
ナナチ「もうこの姿になったら人間には戻れない」
ナナチ「人間性を失っちまったらさ、他の探窟家が殺してやるのが昔からの習わしなんだ」
ナナチ「でもな、ミーティは受けた呪いが強すぎてさ」
ナナチ「死ぬことができなくなっちまったんだ」
ナナチ「串刺しにしても、毒を盛っても、磨り潰しても」
ナナチ「本当にいろんな方法を試したんだよ」
ナナチ「でもダメだった。オイラにはどうあがいても殺せなかった」
ナナチ「なあ姉ちゃん。アンタならミーティを殺せるんじゃないか?」
ナナチ「さっきのタマちゃんを仕留めた力。あの力をミーティに使ってほしいんだ」
クロ「それはできない」
ナナチ「何だよ、同情ならいらないぜ。それとも、アンタでもミーティは殺せないのか?」
クロ「残念ながら、後者だよ」
クロ「君がタマちゃんと呼ぶ獣を仕留めたあの力について説明するとしようか」
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ナナチ「んなぁ〜、なるほどな。死を跳ね返すってことか」
ナナチ「なるほどなるほど〜」
ナナチ「確かにそれじゃあミーティは殺せないな」
ナナチ「ミーティは人を襲ったり傷つけたり、ましてや殺すなんてことはしないからなあ」
クロ「意思の疎通もできなそうだしね。私を襲うように命令することもできない」
セン「まあ、死ぬと分かっててお前を襲う奴がいるかは疑問だけどな」
ナナチ「でも、説明を受けて納得した。どうしてアンタがタマちゃんを仕留めることができたのか」
セン「そんなに不思議か?そりゃ、タマちゃんとやらは確かに獰猛でやばい生物だったけどよ」
セン「コイツのアレは傍から見たらもっとヤバいものに見えそうなもんだが」
ナナチ「いや、タマちゃんってな?動きを先読みできるんだよ」
クロ「先読み?」
ナナチ「厳密には違うんだけどな」
ナナチ「だからどんなにすごい攻撃ができたとしても、そうそう奴を仕留めるのは容易じゃないんだ」
ナナチ「でも、アンタの呪いはアンタの意思とは無関係に、アンタを殺そうとした奴に降りかかるもんなんだろ?」
セン「……先読みする意思が無かったから避けることも、発動条件を回避することもできなかったってわけか……」
ナナチ「そういうことだな」
クロ「……私達は運が良かったんだね」
ナナチ「しかし、その呪いが無かったら為す術もなく殺されてたってわけだよな?」
クロ「そういうことになるかな」
ナナチ「お前ら、ここに来るまでに遭遇した奈落の生物達にどうやって対処してたんだ?」
セン「出来るだけ遭遇しないようにしてたのさ」
クロ「まあ、3回くらい食べられたけどね」
セン「コイツが不味いから飲み込まれずに済んだんだ」
ナナチ「んなぁ〜、お前らそんなんでよくやってこれたな」
クロ「同感だよ」
ナナチ「まあ、お前らがミーティを殺せないのは分かった」
ナナチ「せっかくだからゆっくりしていけよ」
ナナチ「用が済んだからって追い出したりはしないからさ」
セン「助かるぜ」
クロ「ありがとう、ナナチ」
クロ「そうだ、そういえばまだ名乗ってなかったね」
クロ「私は旅人のクロだ」
セン「センだ。よろしく頼む」
ナナチ「んなぁ〜、よろしくな」
セン「よし。じゃあナナチ、今度はこっちが質問する番だぜ」
セン「お前、この奈落で魔女を見たことは無いか?」
ナナチ「魔女?」
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ナナチ「ふ〜ん、姿を変える呪いねえ」
クロ「死を跳ね返す呪いもその時に与えられてね」
ナナチ「んなぁ〜、見たことないなあ、そんな奴」
ナナチ「悪魔みたいな男ならこの下にいるけどな」
セン「スカだな。無駄足だったな」
クロ「手間をかけさせたね」
セン「全くだ」
クロ「ところでナナチ」
ナナチ「ん?何だ?」
クロ「私がミーティを殺すことができないと分かった時に」
クロ「君は随分と安心したように見えたけど」
クロ「本当は別れたくないんじゃないのかい?」
ナナチ「んなぁ〜……、痛いとこ突くなあ……」
ナナチ「別れたくねえよ。そりゃ別れたくはねえ」
ナナチ「でもさ、遅かれ早かれ別れは来ちまうんだよ」
ナナチ「オイラは不死身じゃない。いつかはこの世からいなくなっちまう」
ナナチ「でもきっと、ミーティは死なずに……、死ぬことができずに生き続けちまうんだ」
ナナチ「ミーティはさ、どんなことをしても受けた傷は元通りに再生しちまう」
ナナチ「でも、痛みは感じているし、涙だって流すんだ」
ナナチ「オイラが死んじまった後も、ミーティは永久に苦しむことになる」
ナナチ「それじゃあミーティは救われない。そうだろ?」
クロ「……………………」
セン「……………………」
セン「お前さっき六層の呪いを受けたとか言ってたよな?」
セン「一体全体何でそんな所まで足を踏み込んだんだ?」
セン「そもそもお前はコイツと……、ミーティと同じ呪いを受けたってのに」
セン「どうして人間性を失っていないんだ?」
ナナチ「……さて、何処から話せばいいものやら……」
ナナチ「……オイラ達はさ、元々は別々の国の生まれなんだ」
ナナチ「でもな、ある時にある連中が」
クロ「ちょっと待ってくれ」
ナナチ「何だよ。盛り上がるポイントはまだ先だぜ?」
クロ「君達がその姿になった経緯は聞かないでおきたいんだ」
クロ「聞いたらきっと……、出来もしないのに君達を助けたくなってしまうから……」
セン「……………………」
ナナチ「んなぁ〜……、そうか。じゃあやめとく」
ナナチ「じゃあさ、地上に戻ってもオイラ達のことは口外しないでくれよ」
ナナチ「絶対捕まえて研究しようって連中が湧き出てくるだろうからさ」
クロ「……うん。分かった」
セン「そうなんだよなあ。話せる被検体ってめっちゃ重宝されるんだよなあ」
ナナチ「まるで身に覚えのあるかのような口ぶりだな」
クロ「……ナナチ。一つ提案がある」
ナナチ「ん?何だ?」
クロ「私はミーティを殺すことは出来ないけれど」
クロ「こことは別の場所に連れて行ってあげることは出来る」
ナナチ「それは……、どういう意味だ?」
クロ「言葉通りの意味さ」
ナナチ「んなぁ〜、よく分からねえが……、それは生きたままって意味だよなあ?」
ナナチ「なら遠慮しとくぜ。それじゃ意味が無いからな」
クロ「……分かったよ」
ナナチ「さて、辛気臭い話はここまでな」
ナナチ「お前ら腹減ってねえか?」
ナナチ「オイラ特性の奈落シチューを振る舞ってやるぜ」
セン「お?飯か?色々とすまねえな」
クロ「ご相伴に預からせてもらおうかな」
ナナチ「じゃあちょっと用意するから待っててくれな」
――数分後
セン「なあクロ」
クロ「どうしたんだい、セン?」
セン「なんかとんでもない匂いがしねえか?」
クロ「ああ、するね」
――さらに十数分後
ナナチ「できたぜ。特性の奈落シチューだ」
クロ「……………………」
セン「……………………」
ナナチ「どうした?遠慮せずに食えよ」
クロ「……………………」モグ……
セン「……………………」モグ……
ナナチ「どうだ?美味いか?」
クロ「……懐かしい味がするね」
セン「なるほどな。これはあの時の味に似てるな」
クロ・セン(旅を始めたての頃に遭難して本当に何も食べる物が無い時に仕方なく口に入れたヘドロの味に……)
ナナチ「そうかそうか。おかわりあるからな」
――数日後
セン「戻ったぜ」
クロ「ただいま、ミーティ」
ナナチ「よう、お帰り。成果はどんなもんだ?」
セン「変な物拾ったぜ」
クロ「お一つどうぞ」
ナナチ「んなぁ〜、サンキュー」
セン「しかし、いろいろ危なっかしくて、あまり遠くまでは行けねえなあ」
クロ「まあ、あくまでも暇つぶしに少し出歩くのが目的だからね」
ナナチ「……………………」
ナナチ「んなぁ〜、お前らさあ……」
セン「何だ?」
ナナチ「進むでもなく、戻るわけでもなく。何か待ってんのか?」
クロ「その通りだよ」
セン「悪いな、居座っちまって。もう数日のはずなんだがよ」
ナナチ「いや、それは別にいいんだけどよ」
――夜
クロ「今夜も来なかったか」
セン「仕方ねえ。もう寝ちまうか」
ナナチ「健康かよ」
――翌日
セン「しかしこのガンキマスってのは何処にでもいるな」
ナナチ「多くの探窟家達の胃袋を満たしてきたんだろうぜ」
ナナチ「よし、じゃあ特性の奈落シチューを振る舞ってやる」
クロ「いや、もうガンキマス塩焼きにして食べてきたから」
ナナチ「何だよ、またかよ。つれねぇなあ」
セン「しかし出歩こうにも、上昇負荷やら原生生物やらで危なっかしいからなあ」
ミーティ「ミィィイィイィイィィィアアアァアアァアァァァァア」
セン「しょうがねえ。ミーティで遊ぶか」
ナナチ「やめんか」ペシ
セン「あいた」
クロ「……………………」
ミーティ「ミィイイイィィィイィィイィ」
クロ「……………………」ソーッ
ミーティ「ミィィイィ?ミィイィイィイイイィイィィアアァアアァアアアァァアアアァアァア!!」ズルズルズルズル
クロ「私には全く懐いてくれないな、ミーティは」
ナナチ「安心しなよ。ほとんど誰にも懐かないから」
――夜
クロ「さて。また夜がやってきたね」
クロ「セン。体に変化は起きたかい?」
セン「いや、何とも……」
セン「ん?いや、来たか」
セン「クロ!!棺開けろ!!」
クロ「分かった」
ナナチ「そういえばそん中には何が入って……」バサバサバサバサバサ
ナナチ「んな!?何じゃこりゃ!?」
クロ「これはセンの身体だよ」
ナナチ「いや何言って……」
バサバサバサバサバサ
セン「ふう……」
ナナチ「……人間になった……」
クロ「戻ったみたいだね、セン」
セン「ああ。急ぐぞ、クロ。千載一遇の好機だ」
クロ「分かってるよ」
クロ「ナナチ。それにミーティも」
ナナチ「な……、何だよ」
ミーティ「ミィィイイィ」
クロ「お別れだ。私達は地上に戻るよ」
ナナチ「おいおい、今からか?随分と急だな」
セン「俺達は最初からこの時を狙ってたけどな」
ナナチ「この時?」
クロ「そう。センが人間に戻る時は一年に一度の赤月の夜」
クロ「月が全ての呪いを一晩だけ肩代わりしてくれる日さ」
ナナチ「まさか……」
----
--------
セン「この辺りは普段ならアビスの呪いで満たされている場所だな」
ナナチ「ああ……。でも今は呪いが無くなってる」
クロ「ナナチが言うんだったら間違いなさそうだね」
セン「やれやれ、見込みが当たってよかったぜ」
クロ「そうだね。赤月の夜だからって奈落の底の呪いまでもが無くなってくれる保証は無かったからね」
ナナチ「極たまに呪いが消え去る時間があるのは知ってたんだ」
ナナチ「多分探窟家でも知ってる奴は知ってるんだと思う」
ナナチ「でもアビス内は地上とは時間の流れが違うからな」
ナナチ「それが赤月の夜が原因だってことは恐らく誰も知らないはずだ」
ナナチ「ましてや奈落の底にいながらその時間を予測しようだなんて不可能だ」
ナナチ「お前ら一体どういう星の下に生まれたんだ?」
セン「お前も呪われてみるか?」
ナナチ「もう呪われてるようなもんだけどな」
クロ「さて、じゃあこれからどうする?」
セン「どうするって、もう地上に戻るんだろ?」
クロ「どうやって?」
セン「どうやってって……」
クロ「……………………」
セン「……………………」
セン「そういや、どうやってここ登ればいいんだ?」
クロ「蝙蝠の姿に戻ればいいじゃないか。夜明けまでまだ時間はあるよ」
セン「夜明けまで戻れないんだが」
ナナチ「お前らバカだな〜」
セン「考えてみれば呪いの有無とか関係なくこんな所本来人間の立ち入っていい場所じゃねえぞ」
ナナチ「お前らが勝手に入ってきたんだろ?」
クロ「まあしょうがない。呪いが無いだけましだと思って地道によじ登ろうか」
セン「本気かよ……。こんなに人間の姿に戻れてがっかりしたことは無えぜ……」
セン「ん?今何か聞こえたか?」
クロ「何かの断末魔が聞こえたような……」
ナナチ「オイラにも聞こえだぜ」
クロ「上からかな?」
ナナチ「おいおい!?なんだありゃあ!?」
セン「ありゃあ……」
「きえぇぇぇぇぇぇ!!」バサバサズシィィン
ナナチ「んなあぁぁぁぁ!?」
セン「いつぞやの鳥じゃねえか」
クロ「もうすっかり元気そうだね」
セン「なるほど。それで改めて俺達を食いに来たってわけか」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ナナチ「何だお前ら!?コイツのこと知ってんのか!?こんな生物奈落にはいねえぞ!?」
クロ「ここに来る道中で会ったんだ」
セン「こんな所まで来て他の生物に目ェ付けられたらまた怪我するぞ?」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」バサバサ
クロ「……セン。彼は何かを私達に伝えたいのかな?」
セン「かもしれんが……。アイツらがいないと何が言いたいのかさっぱりわからん」
クロ「そうだね。でもきっと、私達に恩返ししに来てくれたんだよ」
セン「まあ、そういうことなんだろうな……」
セン「ならお言葉に甘えようぜ。ちょうど翼が欲しかったところだ」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ナナチ「お前ら……。本当に行っちまうんだな……」
クロ「ああ、お別れだ。きっともう会うこともないだろうね」
セン「俺達がいなくても寂しくて泣くんじゃねえぞ」
ナナチ「馬鹿言え。オイラにはミーティがいるんだ。寂しいことなんてあるかっつうの」
クロ「そうだね。最後に一つ」
クロ「いつか君達の救いとなりえることが必ず訪れる」
クロ「なんて、無責任なことを言うつもりはないけれど」
クロ「私達は君達の旅が望み通りの結末を迎えることを祈っているよ」
ナナチ「ああ、祈っててくれ」
セン「じゃあ行くぜ、クロ」
クロ「ああ、セン」
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--------
セン「……結局この形態に落ち着いたか」
クロ「ニジュクとサンジュと同じになったね……」
ナナチ「ぶははははは!!鳥から頭だけ突き出てらあ!!シュールの極致だなオイ!!」
セン「笑うなよ」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」バサバサ
クロ「な!?ちょっと!!」
セン「ちょっ!?おい!?」
ナナチ「んな!?」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」バサバサバサバサ
ナナチ「……行っちまった」
クロ(凄い速さで飛んでるな……)ビュゥゥゥゥバサバサバサバサ
クロ(さっきまでいた場所がもうあんなに小さく見える……)ビュゥゥゥゥバサバサバサバサ
クロ(……名残惜しさを残す別れ方をしてしまったな)ビュゥゥゥゥバサバサバサバサ
――ナナチハウス
ナナチ「ただいま、ミーティ」
ミーティ「ミィイィィァアアァァア」
ナナチ「クロ達は地上に帰っちまったよ」
ミーティ「ミイィィィイィィイィィイアアァアアァァァアァアァアァ」ズルズル
ナナチ「久しぶりに楽しかったな……」
ナナチ「ミーティも楽しかったろう?」
ミーティ「ミィィィイィイイィィィィイイィアアァァァァアァアァァ」
ナナチ「うん、そうだね」
ナナチ「……………………」
ナナチ「今日はもう寝ちまおうかな……」
――深界二層 誘いの森
セン(早いな。もう大断層を越えやがった)
セン(人間には巨大な縦穴も、コイツにとってはどうということはないってことか)
クロ「あっ!ちょっと待った!!」モゾモゾ
セン「なんだ!?どうした!!」
クロ「忘れ物が……!!」モゾモゾ
セン「おい馬鹿!!落ちるぞ!!」
「きえぇ!?」バサバサ
----
--------
セン「ったく……。本当に落ちる奴がいるか馬鹿!!」
セン「良かったな!!コイツが空中でつかみ取ってくれて!!」
クロ「すまない。助かったよ」
「きえぇぇぇぇぇぇ」
セン「で?この千歳一隅の好機を逃してまで何をしようっていうんだ?」
クロ「どうしても寄りたい所があるんだ」
セン「おめえ……、この辺で寄りたい所っていったら……」
「きえぇ?」
――監視基地
セン「お前、また何でこんな所に……」
セン「夜が明ける前に地上に戻れただろうに……」
クロ「すまない。どうしても無視できない用事があるんだ」
セン「……じゃあ、鳥。ちょっとあの高いところまで連れてってくれ。建物の入り口の所」
「きえぇぇぇぇぇぇ!!」
クロ「夜だから静かにね」
クロ「ありがとう。ここまで助かったよ」
「きえぇぇ」
クロ「さあ、もうお行」
「きえぇ?」
セン「まあ、ここにはおっかねえ魔女みたいな婆さんがいるからな」
セン「のんびりしてると食われちまうかもしれねえぞ?」
「……………………」
「きえぇぇぇぇぇぇ!!」バサバサ
クロ「いやだから静かに……」
セン「俺達の言ってることが分かってるのか分かってないのか」
――翌朝
オーゼン「……………………」
マルルク「お師さま、おはようございます」
オーゼン「おはよう」
マルルク「今日は早いですね。すぐ朝食の支度をしますから」
オーゼン「なら客間に転がっている奴らの分も余分に用意してやんな」
マルルク「え?誰かいるんですか?」
マルルク(客間に誰かが……?)ヒョッコリ
マルルク「……………………ヒエッ」
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--------
セン「いや、悪いねえ。急に押しかけて飯まで御馳走になっちまって」モグモグ
オーゼン「全くだ。客間にお前達を見つけた時は血の気が引いたよ」
オーゼン「何せ部屋中に蝙蝠が散乱してるんだからねえ」
マルルク(それボクもです……)
クロ「お騒がせしてすみませんでした」
マルルク「でも、無事に帰ってきてくれて本当に良かったです」
オーゼン「不法侵入は褒められたものじゃないがね」
セン「すまんな。夜中だったもんで勝手に忍び込んで寝床を借りることにしたんだ」
オーゼン「お前達、随分と早い戻りだったが、何処で怖気づいて戻ってきたんだい?」
クロ「タマちゃんに襲われて、身の危険を感じまして」
マルルク「タマちゃん?」
セン「何かこう……、ハリネズミみたいな……。いや、もはやネズミじゃねえんだけどさ……」
オーゼン「ああ、タマウガチか……」
マルルク「タマウガチ!?タマウガチと遭遇して無事に帰ってきたんですか!?」
クロ「……………………」
セン「まあ、その辺のことは詳しく聞くな」
マルルク「それに……、タマウガチの生息している四層から帰還するのだって並大抵のことじゃ……」
オーゼン「まあ、昨日は特別な夜だったしねえ」
セン「なんだ、分かるのか?」
オーゼン「この辺りはまだ地上の時間の進み方と大した差異がないからねえ」
マルルク「あの……、何のことですか……?」
オーゼン「後で教えてやるよ」
オーゼン「加えてこの羽根の持ち主を移動手段に使ったね?」スッ
クロ「それは?」
オーゼン「お前の服に引っかかってたよ」
マルルク「きれいな羽根ですね……」
セン「あの鳥、奈落の原生生物じゃないらしいが、一体何なんだ?」
オーゼン「こいつは渡り鳥でね。確かに奈落の原生生物ではないね」
オーゼン「たまにこの島の上空を飛んでいくことがあるよ」
オーゼン「地域によって流星の御使いやら星渡りやら、いろんな名前で呼ばれているね」
オーゼン「まあ、そんなことよりも、どうやって意思疎通を図ったかの方が問題なわけだが」
セン「まあ、色々とご縁があってだな」
オーゼン「それにしても、タマウガチと遭遇して無事に切り抜ける力……」
オーゼン「奈落の底に居ながら赤月の夜を察知する力……」
オーゼン「人語を解すはずのない生物を手懐ける力……」
オーゼン「お前達、本当に何者だい?」
マルルク「お師さま……」
クロ「私達は旅人ですよ」
オーゼン「……そうかい」
オーゼン「それにしても、よくもう一度ここに立ち寄る気になったもんだ」
セン「いや、コイツが用があるっていうもんだからよ」
クロ「そうだった。これを返さないと……」ゴソゴソ
セン「……お前、ちょっと忘れてただろ」
クロ「何のことかな」
クロ「あった。貸していただきありがとうございました」
オーゼン「ああ……、そういえば貸してたっけねえ」
セン「蒼笛……。それを返すためだけにわざわざここに立ち寄ったのか?」
セン「安全に地上に帰る好機を棒に振ってまですることか?」
クロ「借りたものを返すのは当然のことだろう?」
オーゼン「殊勝な心掛けだな」
セン「ったく、呆れたぜ……。不器用な生き方しかできない娘に育ったもんだ」
マルルク「……あれ?えっと……、もしかして親子なんですか?」
クロ「それじゃあ今度こそ本当に地上に帰ります。お世話になりました」
オーゼン「ああ、二度と来るんじゃないよ」
セン「はあ……、これから上昇負荷と格闘しなけりゃなんねえのか……」
クロ「マルルクも。お元気で」
マルルク「えっ?あの……、えっと……」
セン「目上の人間のいうことはちゃんと聞けよ」
マルルク「あの、はい、その……、道中お気をつけて……」
マルルク「結局……、何者だったんでしょうか……、あの二人……」
オーゼン「私が知るわけがないとこの前も言ったはずだが?」
マルルク「あっ……、すみません……」
オーゼン「まあでも、悪くなかったよ」
マルルク「悪くない?」
オーゼン「面白いものが見れたし、面白い話も聞けたし、面白いものが手に入った」
マルルク「……その羽根が何か?」
オーゼン「この羽根はね、なかなか取引価値がある。欲しがる奴が多いんだよ」
オーゼン「それに……、四層か……。確かあそこには……」
『見てみろオーゼン!!トコシエコウがこんなにも!!』
マルルク「お師さま?」
オーゼン「……少し散歩に出かけてくる。留守を頼んだよ」
マルルク「え……、あ、はい!!」
――深界一層 アビスの淵
クロ「もうすぐ日が暮れてしまうね」
クロ「でも、ここまで登ってこれたなら今日中にアビスから出られそうかな」
セン「もう少しで出口だな!?帰ってきたんだな!?」
クロ「そうだね。上昇負荷もだいぶ軽くなってきたね」
セン「監視基地からの戻りすらも素人にはキツイ道のりだったぜ……」
クロ「迷惑をかけたね。でも、センのおかげで戻ってこれたよ」
セン「帰ったら飲むからな!!止めるなよ!!」
クロ「仕方がないな……。でも程々に……」
クロ「……変な匂いがするな。焦げ臭い」クンクン
セン「あ……?確かに……」
クロ「あっちからだ」クルッ
セン「オイ、別にかかわる必要なんて無いだろ!?」
クロ「少し様子を見るだけさ。危なそうだったらさっさと逃げるよ」
セン「ったく……。早く戻りてえのに……」ブツブツ
クロ「……………………」ソロ~リ
セン「何かいるか?」ボソボソ
クロ「……いや、何もいないみたいだ」
クロ「ただ……」ザッザッ
セン「うおっ!?木が丸く抉られてやがる……」
セン「しかも一箇所じゃねえ……。まるで何かが木々の間を一直線に貫通していったかのような……」
クロ「焦げた匂いの発生源はこれだね。断面が焼け焦げているよ」
セン「いったい何をどうしたらこんな現象が起きるんだ?」
クロ「分からないけど……。何かの兵器によるものなのか、奈落の原生生物の仕業なのか、見当もつかないよ」
クロ「ただ、火が燃え残っているということは、この現象を引き起こした何かがまだ近くにいるのかもしれないね」
セン「……行くぞ。考えても良知が明かねえ」
クロ「……そうだね」
----
--------
クロ「……………………」
セン「どうした?さっきのが気になるのか?」
クロ「うん。多分あの現象は原生生物の仕業じゃないんじゃないかな」
セン「何でそう思う?」
クロ「いくらこの奈落が危険な場所だからって、こんな入り口付近にはあんな危険な芸当ができる生物はいない筈さ」
クロ「見習いだって探窟可能な範囲だったんだから」
セン「ってーと、あれは何かの兵器によるものってことか?異次元の力だな」
クロ「まあ、あくまで想像の域を出ないんだけどね」
セン「ところでだ」
セン「もしもあの現象を生み出した何かがお前に向けられたら、お前はどうなっちまうのかな」
クロ「死なずに生き残る自信があるよ。そんなことに自信なんて持ちたくないけどね」
セン「まあそうだろうな」
セン「でも、お前は生き残れても、アイツは……」
セン「……いや、仮定の話は止めておくか」
クロ「……………………?」
クロ「……おや?そうこうしているうちにとうとう出口だね」
セン「やっとか……。この二日酔いみたいな症状ともおさらばだぜ……」
クロ「二日酔いってこんな気分になるのか……。なぜ人は過ちを繰り返すんだい?」
セン「人間はそんな高尚な生物じゃねえのさ」
――大穴の街 オース
門番「おい!?お前達、探窟家でもないのになぜアビスから出てきたんだ!?」
クロ「南区のスラムを歩いていたら、床が抜け落ちました」スタスタ
セン「ここを管理してるんだったらそういうところきちんとしといた方がいいぜ」パタパタ
門番「え……、ああ……」
門番「……………………」
門番「いや、待て待て待て!!今のやり取り前にもやったぞ!!」
門番「今日は逃がさないからな!!盗掘者め!!」グイイイイ
セン「ちっ……、駄目か……」
クロ「学習能力がある分センより優秀だね」
セン「うるせーよ」
門番「お前達!!神妙にお縄についてもらうからな!!」
クロ「あっ、これ奈落の底で拾ったんです。お土産にどうぞ」スッ
門番「ゑえっ?」
セン「四層で拾ったやつだからな。それなりに貴重なんじゃねーか?」
クロ「それじゃあ私達はこれで」スタスタ
チョットモッタイナカッタナ
シカタガナイヨ
----
--------
セン「さて、あのチビ共は元気にしてるかな」
クロ「まあ二人が仲良くしてくれてれば文句はないよ」
セン「脳みそ小さそうだからな。もう俺達のことなんか忘れてたりして」
クロ「随分失礼な物の言い方だね」
セン「まあ、それは無いにしても、宿屋のおっさんにあいつらが迷惑をかけちまって孤児院にでも厄介払い――」
セン「なんてことは十分に考えられる」
クロ「……………………」
クロ「急ごう」スタスタスタスタ
セン(……分かりやすくておもしれえな)
――宿屋
クロ「こんばんオフっ」ドスッニジュク・サンジュ「クロちゃ〜(ん)!!」
クロ「や、やあニジュク、サンジュ。ただいま……」
ニジュク・サンジュ「クロちゃ〜(ん)!!」ズビビビビビ
クロ「……寂しい思いをさせてすまなかったね」
宿屋の店主「おっ!?まさか本当に帰ってくるとはなあ」
セン「おう、おっさん。こいつらが迷惑かけなかったか?」
宿屋の店主「よく手伝いをしてくれてたぜ。いっそ養女として迎え入れたいくらいさ」
セン「そうか。まあ無理だと思うぜ」
宿屋の店主「……………………」
ニジュク・サンジュ「クロチャ~(ン)」ズビビビビビ
クロ「ソロソロハナシテ……」
宿屋の店主「まあ……、そうみたいだな」
――翌朝
宿屋の店主「よう。よく眠れたかい?」
クロ「ええ、おかげさまで」
サンジュ「おじちゃん、おはよう」
ニジュク「おてつだいする?」
宿屋の店主「ああ、朝飯ができてるから運ぶの手伝ってくれ」
ニジュク・サンジュ「は〜い!!」
セン(本当に手伝いしてたんだな)
クロ「そういえばセンは昨日はしこたま飲んだのかい?」
セン「いや、駄目だった。疲労感には勝てなかった」
ニジュク・サンジュ「モグモグムグムグ」
宿屋の店主「ところで旅人さん。旅立ちの日取りは決めてるのかい?」
クロ「欲を言えばもう少しゆっくりしたいところですけど、もう留まる理由もありませんからね」
クロ「今日にでも発とうかと思っています」
宿屋の店主「そうかい……。なら……」パチパチパチン
宿屋の店主「宿泊料はこれくらいかな」
セン「んん?一桁間違えてねえか?」
宿屋の店主「間違えてねえよ。何泊したと思ってるんだ?」
セン「ああ、ニジュクとサンジュの分か。もっとまけろよ。手伝いとかさせてたんだろ?」
宿屋の店主「まけてこれくらいだよ。もうかなりサービスはしてあるぜ」
宿屋の店主「払えないんだったら、しばらく住み込みで働いていくか」
宿屋の店主「いっそ二人を預けていっても私は一向にかまわん」
セン「この野郎が……。それが狙いか……」
クロ「……………………」ゴソゴソ
クロ「あっ……」
セン「なんだ、どうした?」
クロ「これのこと忘れてたよ」
セン「そりゃあ……、涎でべたべたの何かじゃねえか」
クロ「正確に言えば涎でべたべただった何かだね」
クロ「一応奈落の遺物ですけど、これで支払いになりますか?」
宿屋の店主「んん……?そうだな……」
宿屋の店主「いいぜ」
セン「いいのかよ?そんな用途不明の芥みたいなやつで?」
宿屋の店主「ああ。遺物ならなんかしらの価値はあるだろ」
セン「へえ……」
----
--------
ニジュク「おせわになりました」
サンジュ「またね、おじちゃん」
宿屋の店主「おう、またいつでも遊びに来な」
クロ「ありがとうございました」
セン「ところでよお、奈落から持ち帰ったもので何か手元に残った物はあるか?」
クロ「いいや、何も。遺物も廃品も何一つ残らなかったよ」
セン「そうか……、今後も貧乏旅は続きそうだな……」
----
--------
旅を終え、束の間の安らぎを得る旅人達
それでも奈落への好奇心は収まることを知らない
すぐ目の前で大口を開けて
旅人達を誘い続けているのだから
セン「お?その謎ポエム、久しぶりだな」
クロ「ああ、実は今のは自分で考えたんだ」
セン「なんだ?随分毒されたな」
クロ「そうかもね」
クロ「この島での旅路もそろそろおしまいだからね」
クロ「終わりにちょっとそれっぽいことを考えてみたんだ」
クロ「冊子にも図録にも旅を終える人に向けた詩がどこにもないからね」
セン「……それは探窟家が身を置く過酷な環境が影響しているのかもな」
セン「まあ、いくら奈落が俺達を誘おうが、俺達には俺達の旅路があるわけだがな」
クロ「そうだね」
クロ(その旅路の終着点もそう遠くはないだろうけどね……)
セン「それじゃあまず手始めに本土に帰還する連絡船が待ち構えてるぜ」ドン!!
ニジュク「クロちゃ〜」ピョンピョン
サンジュ「はやく〜」ピョンピョン
クロ「……………………」
クロ「……大変だ。今誰かに呼ばれた気がするよ」クルッ
セン「いやあ、波も穏やかで天気も良い」グィィィィ
セン「絶好の船出日和なんだよ今日は」ガコガコガコガコガコ
セン「だから暴れんな!!あれに乗らないと帰れねえだろうが!!諦めろ!!」ガコガコガコガコガコ
クロ「待て!!セン!!……そうだ!!星渡りにもう一度運んでもらうとか……」ジタバタ
セン「ニジュク!!サンジュ!!積み込め!!」ガコガコガコガコガコ
サンジュ「は〜い!!」
ニジュク「クロちゃど〜ん!!」
クロ「待って……」アッ~~
深淵に誘われ、足跡を残していった旅人達
その旅路が大いなる好奇心を宿した少女達に
旅の扉の鍵を与える手助けとなっていたことを
旅立ちの夜明けを迎えさせてしまうことを
旅人達は知る由もない
終
主役は出てこないのでした
それにしても無駄に引っ張ってしまった今度は短編書こう
あ、読んでくれてる人いたんだ良かった……
レスポンス無いから毎回更新止めようかという思いと戦ってましたw
ありがとです
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