こんにちは!カレルと申すものです
これで8作目ですね。
こちらは「アニマエール!」の二次創作になります
前中後編に分けて投稿する予定です。
よろしくお願いします
注意事項
*キャラクターの独自解釈
*独自設定
*原作との乖離
*妄想
等が含まれるので苦手な方は注意してください
[前編]
「はぁ〜今日もいい日だったな」
一日の終わり
いつも通学に通っていた河原の土手に座り込んで沈みゆく夕日を見ている
地平線が真っ赤に染まり、東の空は暗さを増している。
ぼーっと夕日を眺めるのが一番いい使い方だ、私はそう思っている。
何も考えることもなく、身と心が自然と融和しているように感じる時間帯。
一日の終わりを肌で感じられるこの時間が好きだ。
誰にも邪魔されることのない私だけの時間、遠くからは普段は雑音にしか聞こえない電車の音が夕方の物悲しい雰囲気を作っていて、そこだけは好きだ。
時折、川からくる優しくて涼しい風
こんな素敵な景色に感動した神がもたらした溜息なんだろうな。
そんな風が私の髪を揺らしている。
ここ数年で私の髪はかなり伸びている、高校時代に部活に明け暮れたあの時よりも。
私は大人になったのかな?それとも体だけは成長して心は高校生のまま
別れが人を成長させてくれるような気もするけど、私はあの娘のことを片時も忘れたことはない。
新生活、志望校にも無事に合格して、高校を卒業して、大学に進学した。
新しく大学生になって、不安がいっぱいだったけれど、友達はすぐにできた
毎日忙しい生活を送っていて生活は充実している、連絡を取り合う暇がないほどに
私は夢のために、あの娘と別れたことは後悔していない。
むしろお互いの道のために最善の選択だったとも思っている
ただ進むべき道がちょうど分かれただけ、それだけの事。
なのに分かちがたい感情だけが、分かれ道の標識の前で右往左往している。
『これで良かったんだ』と、自分の心に言い聞かせ続けて忙しさを盾に深く考えないようにしている
でもなんでだろう、今はそのことばかり考えている。
夕日がそうさせるのかな、燃え盛るような明るさと暗さを内包した空間にあてられた私が見た幻。
むこうも、私のことを時々こんなふうに思い出しながら、恋しがってくれているのかな。
いまの私にはそんなことを望みながら、思い出を懐かしがることしかできないから、そうだったらうれしいな。
結局あの娘には、私の思いを伝えずに別れちゃったな、そうあの日の事だ…
.............................
〜卒業式〜
「卒業おめでとう!!」
「うん、卒業おめでとう」
私の親友「鳩谷こはね」は目に涙を浮かべながらも、いつもと変わらずテンションのたかい挨拶をした。
『今日が終わると当分の間あえなくなるんだよな…』
卒業式、それは別れと出発の日。
こはねは明日、実家を離れると言っていた。
海外に夢のために行くことになっていて、今日が最後の日
離れ離れになるのはすごく寂しいけど、こはねの夢のため、そして私も先に進むために笑顔で送ってあげないとな。
「宇希、もしかして泣いてる?」
「うっ、そ、そんなことないぞ」
私はとっさに顔を逸らした、涙をこはねに見せるわけにはいかないし、別れを惜しんでいるように見られると、夢に水を差してしまうように思ったから必死にガードした。
顔を逸らした先には、チア部のメンバーがいた。
これまで長く苦楽を共にした仲間
ひづめに花和、虎徹、兎和、そして一年生たち
私たちが3年生に上がった時、兎和や私たちの頑張りで、部員も増やすことができた。
これで問題なく部を継承することができて、神ノ木高校のチアは引き継がれていくのだろう。
「こはね、行こうか」
「うん」
「お〜い みんな〜!」
呼びかけて、みんなの下へと歩き出した
「あっ! 宇希ちゃん、こはねちゃん 卒業おめでとう」
「おめでとうございます 宇希さん、こはねさん」
「おめでとう こはね、宇希」
「ご卒業おめでとうございます。」
一年生の子たちも口々にお祝いの言葉をかけている
「わーっ! みんなありがとう〜!!」
「ありがとう、みんな」
こはねは相変わらずハイテンションで、みんなを笑顔にしている
こはねのそんな明るさがあってこそ、みんなに出会うことができたんだなと、しみじみと思う
最後の大会では、無事に優勝することができて、もうこのチームで思い残すことはない。
チア部のメンバーが揃うのもこれで最後だと思うと、いろんなことを思い出してしまう
高校入学前のこはねのチアやりたい宣言、ひづめと私の勧誘、虎徹&花和加入、初めての大会、兎和加入。
体育館でのパフォーマンス、大会での予選突破、修学旅行。
大まかに思い出してもたくさんの出来事がこの高校で起きた。
そのおかげで私たちは成長することができた、それもこれもこはねが誘ってくれたから今の私がここにいる。
本当に感謝してもしきれないほどの恩を感じている、でも離れ離れになるのは今でも嫌だ。
ずっと一緒に居たいし、近くで見守っていたい。
でもそんなこと言ったら、こはねの迷惑になってしまう、だから一言だけ。
「こはね、愛してるよ…」
少し冗談めかして言ってみる
恥ずかしくて顔を逸らすと、こはねが私の手を掴んだ
驚いてこはねの方に向き直ると、いつになく神妙な面持ちで私を見つめていた。
「宇希…」
こはねのまっすぐ見すえるきれいな瞳の中に私の泣き顔が映っている
涙が流れていることに気づいて止めようとするけど、とめどなく涙が流れ、顔も判別できなくなるほど泣いた。
人前で、特にこはねの前では絶対に泣かないと決めていたのに、複雑な気持ちが溢れてしまって制御ができない。
そんな時にそっとハンカチを握らせてくれた。
いつもは私がハンカチを使って、傷口をぬぐったり、涙を拭いてあげたりしていたはずなのに、逆にやられるのはうれしいような寂しいような、変な気持ちになって落ち着いちゃった。
みんなに情けない顔を見られないように物陰に隠れるように逃げ込んだ
成長を肌で感じ取ることができて、温かい気持ちが悲しい気持ちを上書きして本当に良かったんだ。
どうしても消せない寂しさは、夢の代償として受け入れるんだ、きっと数年後にはお互いに誇れるような経験をして、今度はあの透き通るような瞳を通してまた言うんだ。
『こはね、愛してるよ!』って。
今のままでは言葉に重みがなさ過ぎて、相手を縛る枷にしかならないんだ。
だからいつか心に届くように、私も立派なひとりの大人になって会おう、そう決めたんだ。
今度会うときは笑顔で言えたらいいな。
「宇希、記念写真だよ!」
落ち着いた心に温かい声がかかり鼓動が増していく、顔を上げるとみんなの様々な表情が飛び込んできた。
彼女から貰ったハンカチで涙をぬぐい、みんなの元へと歩き出した。
私の号泣にあたふたしているひづめ、その様子に困惑している虎徹、私に感化されてか泣き出しそうな花和、涙を浮かべている兎和、そしてもらい泣きしている一年生の子たち。
改めて冷静にみんなを見ていると、別れを惜しむ反応にもその人の個性が出ていることに気づいた。
きっと私と同じように、大切な人と別れで感情が溢れてしまったなんてことがここではたくさんあるんだろうな、みんなを見ているとそんなことが生まれた。
私の感情は何ら特別なことじゃなくてありふれた、しかしとても大切なことだったんだ。
別の場所で出会い、違うところへ別れる
昔の小説家が「さよならだけが人生だ」と別れのことを言っていたけど、
出会いも別れも同じもの、別れた後にべつの道でつながることもあり得る。
だからこの卒業式を良い記憶のまま残して、また会ったときに語り合うんだ。
そんな最高の仲間に巡り合えたことに感謝して
「ハイ、チーズ」
この写真は私たちがここで会った証として残り続けて欲しいな。
そう、新たな出発のはなむけとして
「はぁ シャッター切られるときに目をつぶっちゃったよ」
「ピヨッ!私もちょっとよそ見しちゃってうまく撮れてないかも」
「もう、しっかりしなさいよ、最後なんだから」
「じつは私も」
「先輩方…」
みんな最後でも相変わらずみんならしい、そんな様子に笑いが自然と零れてくる。
「あっ!宇希も笑顔になってくれた!」
みんな顔を合わせて笑っている、私を笑顔にする作戦、こはねらしくて一生懸命ないい作戦だな。
「そうだ、犬養先生も式場で号泣していたから、挨拶とチアがしたいな」
こはねの思い付きはいつも急で人を引っ張っていく力があって優しい。
そんな彼女にここまで連れてきてもらった、支え合いサポートしてここまで来た。
私は先生を連れてくる役割を引き受けて、足早に校舎へ向かった。
卒業式後の校舎、普段は活気にあふれていて騒がしい場所なのに物音ひとつしない寂しい場所に変わっている。
空っぽの廊下に足音が異様なほど響いて、気味の悪いほどに変貌した空間を一人歩いている。
空はこんなに晴れているのに、地面に近いところでは暗さと湿り気を内包した空気が停滞している。
私はそんな場所から一刻もはやく脱出しようと、階段を駆け上がった。
二階にはまばらに人がいて、すれ違う人は一様に目に涙を浮かべている。
少し進んで職員室にたどり着いた、職員室の前には私と同じように先生に挨拶しようと集まった人たちが数人たむろしている。
そんな様子を尻目に職員室へ入った。
職員室の中は一階の様子と同じようにがらんとしていた、でも優しい雰囲気が職員室を包んでいて、残っている先生方もあらかた卒業生との挨拶を終えた後なのかくつろぎモードに入っている先生が多くいる。
その中に犬養先生もいた
「おぉ、猿渡卒業おめでとう」
犬養先生は私の存在に気が付くと、いつもの声色でお祝いの挨拶をしてくれた。
その挨拶に丁寧に返事をして本題を切り出した。
私についてきてください、というと先生の表情は少し曇ってその後にすぐに承諾してくれた。
目的地に向かっているときに犬養先生と思い出話に花を咲かせた。
入学式のこはねのチェア発言、夏の合宿、体育祭、体育館でのチア…。
色々なことがこの生活であった、先生もこの三年間のことを思い出して微笑んでいる。
一部苦虫をかみつぶしたような表情になってしまっているものもあるが。
穏やかな感情でみんなが待つ視聴覚室に向かっていった。
「あっ!せんせーい」
元気な声が私たちを出迎えてくれた、先生はおおよそ事態を予測していたのかいつも通り落ち着いた声でこはねの対応をしている。
「先生!今までありがとうのチアをするので見てください!」
「ささ、こちらに座ってください」
「あぁ、ありがとう」
私はいったん視聴覚室を離れて、ユニフォームに着がえた。
教室に戻ると、こはねの感謝の言葉が終わったようで、先生がぐったりとしていた。
私が戻ってきたのに気付くと「あっ!宇希おかえり、ちょうど先生にお別れを言い終わったところだよ」と言っていた。
こはねの話のまとまりのなさは知っているので、きちんとフォローを入れておけばと後悔したけれどそれは後の祭りだ。先生には悪いけれどあの場にいなかったのでどうしようもない。
反省をはさみながら、昨日まで練習していたチアの構成を復習した。
この教室でやるのでスタンツはできない、だからアームモーションやダンスを重点的に練習した。
練習をしているときはチアを始めたての一年生の気分に戻ることができて新鮮で楽しかったな。
「はーい 日ごろの感謝を込めて精いっぱいチアやります!! 犬養先生見てください音楽おねがい!」
私たちは精一杯チアをやった、途中犬養先生の頬に流れる涙をみて動揺して、一瞬考えが飛んだが、それを含めても大会の時のような最高の演技をすることができたと思う。
その証拠に、犬養先生の涙腺が崩壊して着物の袴に水滴がついている。
「犬養先生!! いままでありがとうございました!!」
これが本当の意味での神ノ木高校チアリーディング部3年生の集大成だ。
後のことは兎和たち下級生に任せて、私は完全に引退をする。
すべてを出し尽くして、また新しい道へ走り出すためのエールになって…全ては続いている。
.............................
学校でやることがすべて終わった私たちは、三年間お世話になった校舎に別れを告げてその場を後にした。
カラオケ店で卒業式の打ち上げをしようということになったので、こはねの海外への進学も兼ねて盛大に祝い歌い楽しんだ。
ばらばらになる不安を吹き飛ばすかのように、将来の夢を語り合い夜に解散した。
桜のつぼみが綻ぶ土手の道、私はこはねと帰路についていた
南の夜空に低く輝いている星がある
「宇希、いままでありがとう」
ふいにきた言葉はいつもより大人びて聞こえた。
突然の告白に不意を突かれた形になって、言葉が出てこない。
「宇希がいてくれたから私はここまで来れたんだよ」
こはねは本当にズルい、私が言えない言葉を恥ずかし気もなく言えてしまう。
私だってこはねにいっぱい助けてもらっているのに、これじゃ不公平だ。
『私だって!!』感謝の言葉なんていっぱい持っている。
そう思っていても口が動かない、言ってしまったらこはねが遠くに行ってしまうことを認めてしまっているみたいに思えて何も言えない。
そんな私を他所にこはねは続ける
「いつも私を一番に気にしてくれて、声をかけてくれて 本当に嬉しかったよ 私は明日にはここを出ないといけないけど、夜が明けるまでは宇希と一緒にいたいな」
「そうだな、名残惜しいけどこれで最後だもんな」
『ちがう!!』
私が言いたいのはそんな受け身な発言じゃない、言いたいのに言えないそんなモヤモヤがずっと私の中に停滞している。
本当はこはねになんて伝えれば正解なのかわからない、なにを言っても今のこはねに届くかわからないし、明日には海外に羽ばたいてしまう。
そこで新しいことをして新たな人と出会う、私のことを忘れてしまうかもしれないという恐怖で胸がいっぱいになる。
私はいま、こはねがどうなって欲しいのかまったくわからない、こはねの躍進を素直に喜ぶべきか惜しむべきか。
最初は特に重く受け止めていなかった、ただの思い付きだと決めつけていた。そんなことが現実になるなんて、一片も思っていなかったのになっている
そんな微妙な感情のまま家に着いた
「私の部屋はもう空になってるから、宇希の部屋に行こうよ」
「あっ…うん」
夜遅くの帰宅、家の中は静まり返っていて寂しさを増大させるような雰囲気で出迎えてくれている。
両親や弟を起こさないようにそっと階段を上り、私の部屋に帰ってきた。
「宇希、思えば最初のきっかけはこの部屋だったよね 私がチアをやりたいって言ったの」
「あぁ、そうだな… そんなこともあったっけ」
高校生になる前の春休みの出来事、今でも昨日のことのように思い出せる。
ここがターニングポイントとなりすべてが動き出した。
「宇希、実は私が海外に行くことに反対だよね」
「なっ! 何言いだすんだ!?」
「し〜 もう茜音君が起きちゃうよ」
「ごめん、でもなんで…」
「私がお別れの言葉を言うたびに、宇希の表情が一瞬曇るんだよね。 行ってほしくないって言ってるみたいに」
「っ!!」
こはねの言っていることはすべて正しい、私は自己の利益のためにこはねが海外に行ってほしくないと思っている。
こんな考えがこはねに知れていると思うと、ここから逃げ出したくなる。
「ごめん…こはね」
「ううん、謝らなくていいよ」
こはねはそう言うと私にもたれかかってきて、ベッドに押し倒された、こはねの匂いがほんのり香り抵抗もできなかった。
ベッドは二人分の重量がかかって軋んだ音をたてた
あまりの突然の出来事に混乱していると、こはねが口を開いた
「宇希、アルバトロスって知ってる?」
突然の出てきた謎の単語、素直に知らないと言うと
「アルバトロスは鳥の名前でね、同じパートナーと一生添い遂げるんだって、どんなに離れていても だから…」
そのあとは聞こえてこなかった、代わりに温かい雫が顔に当たった。
「だからね…」
更に大粒の雫が零れ落ちる
「こはね…」
ハンカチを取り出し、こはねの涙をぬぐった。
こはねの頬は微熱を帯びて、温もりが伝わってくる。
もうこれ以上の言葉はいらない
星が鈍く瞬き、湿っぽい夜は更けていく…
次に目を覚ました時には星はもう見えなくなっていた。
彼女の言葉と感触を思い出しながら、私は朝の支度をしている。
.............................
「もうこんな時間だ」
昔のことを思い出してしまった、高校卒業から4年。時がたって私はまた選択する番になった。
もうすでに夕日は沈み、あたりは闇に包まれている。まばらに設置された街灯を頼りに自宅へと帰った。
一人での帰宅もすっかり私の日常の一部へと溶け込んでいて、隣の影を気にすることもなくなった。
「ただいま」
「あっ、姉さんおかえり」
茜音はすっかり声変わりして、身長も伸びて私を追い抜いてしまった。
中学生になり急激に身長が伸びた、私は髪以外の変化がないので、茜音の成長は凄まじく映る。
時間が経って周りの風景も様変わりした、チア部のメンバーも数か月に一回集まって遊ぶが、みんな大人びていて少しドキッとする。でも根っこの部分は変わっていないようで、みんなと会うと高校生に戻ったような気分になる。
こはねとは卒業式の夜以来直接は会っていない。
メッセージアプリではちょくちょく会話をするが、会いたいという欲がだんだんと大きくなっていっているように感じる。
卒業論文のために研究に没頭したりなどして、忙しい日々を送っている。こはねも同様のようでこちらから連絡するのは気が引けてしまって、最近は連絡を取っていない。
私はなんだかモヤモヤがした気分のまま、お風呂に入り
自室に帰ってきた
私の部屋、あのころからあまり変わっていない、耳を澄ませればこはねの元気な声が聞こえてくるほどに。
「明日はどんな日になるのかな?」
明日に漠然とした期待を抱きながら、ベッドに倒れ込んだ
あの日の事を思い出しながら
部屋が静まり帰った深夜、携帯が鳴った。
「こはね」と表示が出ている
だがそれに気づくのは数時間後の話である。
[前編 完]
ここまでが前編です
こはねが海外に行って4年経ったという設定です。
当初はヤンデレ化したこはねを書こうとして執筆を始めていましたが、どういうわけかこんな話になりました。
見切り発車で書くとこんなことになるんですね、ヤンデレもヤの字もないですからね。
独自設定が多いですが、こればかりは仕方ないところ
中編はどうなるかまだ考えてはいませんが、以前いただいたアイデアを生かせそうです。
話は変わりますが今日で9月になりましたね、夏の終わりということで一抹の寂しさを感じつつ、次のイベントは何だろうと期待してきらファンをやっております。
「うきはガチ」が有名(?)ですが、こはねも同じぐらいに想ってるということはあると思います
9月になっても湿度の高い日は続きそうですね…
拝読しました! 遅くなってしまいすみません...
実は、最序盤 (というか >>2 ) の文章がかなり好きです。私は小説とか楽曲とかに出てくる夕方の描写を愛好している人間でして、まるで宇希の視聴覚で捉えた景色を追体験できるような内容も相まって「あ、これは特に好きなタイプの話だ」と思いながら読ませていただきました。
高校の卒業式を迎えた宇希たちの様子も活き活きとしていて、ちょっと懐かしい気持ちになりました (あまり詳しく書くと年齢バレそう...)
宇希のこはねに対する想いが、高校生だった頃から現在に至るまで ─たとえ遠く離れても─ 連綿と続いていることに、ぐっと来ました。
そして、こはねからの着信。からの中編。今から続きがとても楽しみです。
>>30
コメントありがとうございます
こはねはいつも無自覚に宇希先輩をドキドキさせていますが、今回は意識的にドキドキさせる小悪魔な感じをイメージして書きました。
>>31
ペンギノンさんいつもありがとうございます
今回の書き出しの文章、実は谷村新司の「AURA」の歌詞から出ました。
歌詞の内容を少し本編に反映しているので、よかったら探してみてください
卒業、そうですねぇ…
私も卒業してまだ時間が経っていないので、学生時代にやったことなど思い出が色々と
中編ですが、5作目「さりゆく貴女にくちづけを」が新たに書きたいところが大幅に出たので、少し遅れると思います。
楽しみにしていただいて申し訳ないですがよろしくお願いします。
[中編]
一夜明けて、また新しい一日が始まった
今日はなんだかいい日になりそうな予感がする。とくに今日は昨日と決定的な違いはないかもしれないけど、私の中ではそんな気持ちが溢れている。
「ふん♪ふふふ〜ん♪」
「姉さん、なんか今日はやけに機嫌がいいね 何かあったの?」
「じつは…」
曉音にこはねからのメッセージの話をした
「えっ!マジ?こはねが」
「そうそう、だから買い物いってくるわ」
「待って、姉さん 俺もついていく」
「うん? 曉音も来るのか なら色々持ってもらわないとな」
「はいはい じゃあ行こう」
私たちは買い出しにでかけるために、近くのショッピングモールに向かった
外にでると夏の太陽が照りつける灼熱の地、今日は全国的に熱波が襲っているらしい。
熱されたアスファルトの道が外に出たことを後悔させ、うだるような暑さが前に進む気力を奪う。だが歩みを止めているわけにはいかない、私たちは果敢に外へとくりだした。
「姉さん、流石に暑いな 肌をじりじりと焼くような熱波だよ」
曉音はそう言いながら、額の汗を拭っている
まだ目的地は遠く、軽く見積もっても10分以上歩くことになる
高校時代に砂浜で走ったことを思い出したが、それとは比較にはならないくらいの暑さと湿気でやられてしまいそうだ。
この道には日影がほぼなく、私たちの肌を容赦なく灼く太陽とアスファルトがどこまでも続いている
流石にこのままでは熱中症になってしまう、どこかで休憩をとるのが理想だと思ったので少し遠回りにはなるが近くの公園に避難することにした。
角を2回ほど曲がり、休憩する公園にたどり着いた
そこはこはねと子供の頃よく遊んだ公園でいろいろと思い出がある。
時間が経っても昨日のことのように思い出せる、こはねと出会った思い出の場所
しかし公園の様子は一変して、当時を思い出せないものもある
みんなで鬼ごっこをして遊んだジャングルジム、当時どうやって遊んでいたかわからない変なもの、そして回転遊具…
その思い出の遊具は影も形もなく昔よりも敷地を大幅に広く感じる。
思い出の中でも特に回転遊具は過剰な遠心力で誰かが吹っ飛ばされて怪我をしていたことが印象に残っている。安全に配慮して撤去されたのだろう、しかしなくなっているのは寂しい気持ちにさせる。
だがまだ残っているものもある、滑り台や鉄棒
そして、こはねが大怪我を負ったブランコ
私は当時そこにいなくて、知らせを聞いてはじめてこはねの現状を知った。
そこにいればと何度思ったかわからない。私はこはねの親友なのに起きた時に側についていてやれなかった。
そんな事件からはや十数年、もうすでに彼女は近くから離れ、遥か遠くで頑張っている。
私もそんな姿を見習って頑張らないと
木陰のベンチに座りながら、ぼんやりと昔のことを思い出していた。木々の間を通り過ぎる風が気持ちよく、汗がスーッと引いていくのを感じる。
「姉さん、近くにドーナツ屋あるから帰りに寄っていかない」
「おっ! いいな こはねの好きなココナツ チョコレートでも買おうかな」
「そういえば、こはねは今日の夜に帰ってくるんだよね」
「あぁ、急に帰ってくるって話だから、こはねの両親もてんてこ舞いだったよ」
「ははっ! なんかこはねらしいや」
はなしているうちに雲が太陽を隠し、木陰の避難が不要になった。照り付けるような光が弱まりようやく移動ができる、暑さはそのままだが十分だ。
日傘でも持ってくればと思ったが、持っていないのを嘆くのはばからしい
それとは別にはっきり言ってこの暑さは異常だ、体感35度は余裕で超えていそうな雰囲気で参る。
だが文句を言っても仕方ないので再び熱線が来ないうちに、ショッピングモールに急いだ
…猿渡姉弟がショッピングモールへ歩き出したその後に、怪しい動きをした男女が角から顔を出し、後ろについていった…
「はぁ なんとか着いたな」
「こんなに暑いなんて思ってもみなかったね、でも中は冷房が効いていて快適だよ」
弟はタオルで顔を拭きながら言った
「荷物を持って帰るから、帰りも覚悟しておいてよ」
「うへぇ 姉さんも少しはもってよ」
「わかってるよ」
食料品店、家電量販店を抜けて目的地にたどり着いた。
「姉さん、この店かなりの高級店だよね さすがに気合が入ってるね」
そう曉音に言われてたどり着いたのはアパレル
こはねに会う前に、私ができる精いっぱいのお洒落をしようとここまで来た。
普段はカジュアルな服装ばかりしている私には縁のない場所、そんなセルフイメージが先行して気おくれしてしまう。
だがそんなことではだめだ、大人の女性としてこはねと再会したいんだ。
再会するときにどんな服を着よう、とネットで調べていた時にひと際私の目を引いた服。
値段も目を引く価格で、これを買うためにアルバイトをして貯めていた
以前そのお店の前を歩き、その服の前をチラ見して何度も行ったり来たりした。今も同じことを繰り返して心の準備をしている最中である。
「姉さん…」
曉音は呆れて私をフォローしに寄ってきてくれたが、そんな情けない姿が先に店員さんに見つかったようで、声を掛けられた
「何かお探しでしょうか?」
急に話しかけられたので、しどろもどろになりながら答える
「え? えっと… これが欲しいな〜と」
私はお目当ての服を指さしながら言った
「はい、こちらですね お連れ様もご一緒に、お店の中でお待ちください」
と慣れた口調で言われ、逃げ道を失ったように感じたので観念して弟と一緒にお店へ入った。
中の雰囲気はいかにも高級で、私の存在が場違いに感じる。
なかにいるひとたちも上品に見え、自分には縁遠い場所であると思い居心地が悪い
弟とアイコンタクトをとろうとしたが、向こうも緊張しているのか目線が合わない。
沈黙の空気を断ち切るように店員さん目的の品を持ってきてくれた
「お待たせいたしました」
『私が欲しかった物!』
近くで見るといっそう素敵にみえる。これを着てこはねに会って、「スゴい!」とか言われたいなぁ
急なサプライズで私を驚かせたんだからこっちも驚かせないとな
その服を見た時に妄想で思考が歪んだが
「こちら試着しますか?」
「はい、お願いします」
私は即答し服を受け取って試着屋に入り着替えた、鏡で姿を見る限りおかしなところはないが、所詮主観なので、弟にも意見を求めることにしよう。
「暁音、 姉ちゃんに似合ってるかどうか見てほしいんだ」
「了解 わかったよ」
暁音の返事が聞こえたので、試着室のカーテンをあけた
「曉音 ど、どうだ?」
「あっ! えっと… 似合ってんじゃね」
弟は視線をずらしながら、ぶっきらぼうに言った
弟のいつものごまかす癖だが、その反応を見る限り決して悪い反応ではない。
また試着屋に戻り、元の服に着替えてレジへ持っていった
「こちら一点で○○万円になります」
「!?」
わかっていたことだか、実際に払う金額を提示されると面食らって、固まってしまった。
「姉さん?」
「はっ! あぁ…」
弟の声に我に返り会計をした、これ以上の痴態はないと思いたい。本当に曉音についてきてもらって正解だ。この後は下着を買う予定だが、一緒に来てもらうのは酷なので外で待ってもらうことになるだろうが、近くに居てもらえるだけでもありがたい。そう思うまで心が舞い上がっている覚えがある。そして、曉音のお姉ちゃんという自覚でこの程度で済んでいるように思う。
無事に目的の物を購入して、一旦落ち着くためにフードコートに移動をした
「曉音、ありがとう 姉ちゃんちょっと舞い上がって、恥ずかしい思いをさせちゃったな」
「別にいいよ 姉ちゃ…、姉さん! が満足してるならいいことじゃない… それに俺がついていくって言いだしたわけだし…」
中学校に上がって気恥ずかしいのか、「姉ちゃん」から「姉さん」に呼び方が変わっても、ふとした瞬間に出てくる「姉ちゃん」呼びが姉心をくすぐる。
言った本人は恥ずかしさが先行してると思うけど、言われた側は、大きくなっても昔と変わっていないと再認識させてくれる貴重な瞬間だ。
「なっ! 姉さん何ニヤニヤしてるんだよ」
「ははっ! 別に何でもないぞ」
「くそっ そんなことしてると、母さんに今日のこと面白おかしく言ってやるからな」
「ごめんって お互いに今日のことは忘れるってことでいい?」
「はぁ〜 もう、しょうがないなあ で、あとはどこに寄るの?」
「ええと あとは下着とか買ったりくらいかな」
「下着って、俺はついていかないから姉さんが一人で行ってきてよ!」
「いや、私もそこまでは大丈夫だよ… たぶん少しかかると思うからごはん食べてて じゃあいってくるわ」
「用事終わったら連絡してよ」
「わかってるって」
弟と別れ、目的の店へ行った
「お洒落をするなら、見えないところも気を使うべき」と、友達が言っていたがその教えを実践する時が来た。とびっきり可愛いくてかっこいいものを買って心にも余裕を持たないと、大人の女性とは言わないからな。
絶対に満足のいくものにしよう、私はランジェリーショップへと歩みを進めた
…………………………
…宇希が暁音から離れたすぐあと、怪しい男女が弟の方に近づいて行った…
??「兄さん、やっと宇希さんと離れてひとりになりましたよ 早く曉音さんに話しかけないと」
??「緊張しちゃうね、何せ初対面だからね」
??「ちょっと! 何処かへいってしまいます 急いで」
曉音「えっと…姉に何か用ですが? って、ひづめさん!?」
ひづめ「曉音さん、気づいていたのですか?」
曉音「はい、わりと最初から わりとバレバレで姉の友達かな〜となんとなく思っていたんですけど、まさかひづめさんだとは えっと、そちらはひづめさんのお兄さんですか?」
ひづめ兄「はじめましてだよね、曉音くん ひづめの兄の有馬東馬だよ よろしく〜」サッ
曉音「あっ、よろしくお願いします」サッ
曉音『なんかすごいフランクなひとだな、ひづめさんとはあんまり性格が似てないけど…』
ひづめ「兄さん 挨拶はこれぐらいにして本題を言いますよ」
東馬「おっと、そうだったね じゃあご飯でも食べながら話さない、僕がごちそうするよ」パッ
暁音「…まぁ ひづめさんのお兄さんなら」イブカシゲ
東馬「ひどい まっ、仕方ないか」ガーン
ひづめ「兄さん もう少し緊張感というものを」
東馬「まぁまぁ じゃあ、暁音くん そばでも食べない?」
ひづめ「蕎麦ですか」バッ
暁音「!?」
暁音『もしかして、ひづめさんは蕎麦が好きなのかな』
暁音「あっ、え〜と そば良いですよね」
東馬「おっ! いいよね 僕もひづめも大好物だからね」
ひづめ「兄さん」
東馬「?」
ひづめ「早く行きましょう!!」キラーン
俺たちはひづめさんの勢いに押され、飲食店街のそば屋に行くことになった。
そばはあまり食べたことがないが、店まで歩いている間延々とそばについてのプレゼンが聞こえるので否が応でも期待は高まる。
フードコートから少し離れた場所にある店、普段はフードコートで済ませてしまうので、あまりじっくりと見る機会も行く機会もないところ、店の外観から違うオーラを感じる。
席に座り色々な種類のそばがあり、ひづめさんのおすすめでざるそばを注文した。
そして、ふたりの食べ方に倣って食べたが…
暁音「ん! これがそばの香り」
ひづめ「そうです! 蕎麦の味をダイレクトに味わえるので、私はざるそば派です」
東馬「僕はかけそば派だけど、その話になるとひづめがすごく真剣になるから注意だよ」
暁音「うん、おいしいです 普段そばとか食べないんでどんな感じなのかなって思ってましたけど、意外と味がしっかりしてるんですね」
ひづめ「わかりますか! 流石!宇希さんの弟です 私の話を寝ずに聞いてくれるのは花和さんと宇希さんだけでしたからね すごくうれしいです 兄も途中で逃げちゃいますから」
暁音「へ、へぇ〜」
暁音(そういえば、姉ちゃんが普段あまり疲れた様子を見ないのにすごく消耗して帰ってきて不思議に思ったけど、そうゆうことだったのか 話題を変えないとヤバいかも)
曉音「えっと、なんで俺たちを尾けるような真似を?」
ひづめ「はっ! そうですね、そこから話しましょう 実はこはねさんに頼まれたんですよ」ゴソゴソ
曉音「こはねに!!」バッ
ひづめ「はい サプライズをしたいからと、宇希さんに気づかれないようにしたいらしく曉音さんの協力を仰ごうとして尾けていました」
ひづめ「こはねさんが『宇希は必ず出かけるから、その間に曉音くんに話をつけておいて』とおっしゃっていたので少し計算外でしたが」
東馬「探偵みたいなことできて楽しかったけどね お盆休みの帰省で暇だったから良い運動になったし」
暁音「は、はぁ… えっと、俺に何してほしいんですか?」
ひづめ「えぇと 「私のやることをフォローしてほしい」です」
暁音「それだけ? わりと深刻な雰囲気をだしてこれなのは、こはねらしいけど」
東馬「まぁ ひづめはなんでもキッチリとやるから誤解させちゃったけど、ひづめも舞い上がってるんだよ」
ひづめ「なっ! たしかに久しぶりにこはねさんに会いますし、チア部全員が揃いますが自分の役割をこなしただけです! あと、こはねさんの宇希さんへのサプライズは私も知らないので、あとでこはねさんに聞いてください」
暁音「わかりました どんな内容かわからないけど頑張ります」
ひづめ「ありがとうございます ではまた後で」
暁音「はい! あっ、連絡先交換しないと」
ひづめ「はっ! すっかり忘れていました」
暁音「はい 俺の連絡先です って姉さんから連絡来てる すいません、早足になっちゃって」
ひづめ「いえ 元はと言えば私たちが引き留めたせいなので、あとで会いますが宇希さんには私たちのことは内密でお願いします」
暁音「了解です!」
.............................
『可愛い下着も買えたし、暁音と合流しないとな』
専門店街をウキウキで抜けながら暁音の元へ歩いている
歩きながらいろいろな想像が高まる、久しぶりに会ってどんな話をしようかやら、身長は伸びてるのかなど、いろいろ考えている中でふと
…でも今のこはねは私の助けがいらなくても大丈夫なんだよな、と寂しい感情が出てきた。
自分の知らない場所で1から始める恐怖は私も理解ができる、しかしこはねの場合は普段使っている言葉も文化も違う場所に単身飛び込んで今日まで生活をしている。
凄さは私と比べるまでもないだろう。
こはねの海外の苦労話は最初は滝のようにあったが、1年、2年とたつごとに少なくなって代わりに嬉しそうに現地の人と仲良くなったという話が多くなっているからわかる。
こはねの才能は何事にも臆せず挑戦することだ、それが海外でも花開いて周りの人を笑顔にしている。
私も親友として鼻が高いが、それはそれとして、私なんかじゃ遠く及ばない雲の上の人のような感覚になる。
今日久しぶりにこはねに会うが、昔のように話せるのか?
急にそのことが頭に浮かび、いままでの買い物が外見でごまかそうとしているのでは、と考えてしまう。
『いや! 今はこんなこと考えてもしかたないんだ!』
そう自分に無理やり言い聞かせ、暁音の元へ急いだ
「あっ! 姉さん」
「暁音待たせて悪かったな」
「ううん こっちもこっちでわりと楽しんでたから」
「ふ〜ん じゃあ 帰ろうか」
こはねが帰ってくるまで5時間、移動を全て含めても3時間程度。帰ってもシャワーに30分、髪を乾かすのに20分とやってもまだ時間があり、寄り道してもいいくらいだ。
行きに言っていたドーナツ屋のことを思い出したのでそこに寄ろう
暁音に荷物を持ってもらっているので、まだ何かを持つ余裕がある。
「暁音、行くときに言ってたドーナツ屋に寄ろうか」
「あっ、姉さん覚えてたんだ、こはねのことで頭がいっぱいで忘れてたと思ったけど」
「まったく、こはねに渡すために買うんだから忘れるわけがないだろ」
「…やっぱり姉さんは姉さんだ」
「よしっ! いざドーナツ屋へ」
そう意気揚々とショッピングモールから外に出たのもつかの間、真夏の太陽が私たちを歓迎してくれた。行きの時よりも太陽が高く上がり、殺人的な暑さをしている。
ここから目的のドーナツ屋までは街路樹が多い道を通ることにしようと思っているが、アスファルトの熱と太陽のダブルパンチで、そこにたどり着くまでに相当な苦労があると覚悟させる。
「熱っつう…」
「姉さん これヤバくね」
弟は汗を拭いながら、言った
「あぁ とりあえずイチョウ通りまでは地獄の耐久戦をしなくてはならないようだな 覚悟決めていくぞ!」
こはねには悪いが、こはねのためということを自分に言い聞かせて暑さをしのぐことにした。これならいくら辛くてもこはねの笑顔を想像して乗り越えられるが、問題は暁音の方だ。
私が車の免許を持っていればこんな暑さなんか気にせず快適にショッピングモール、ドーナツ屋、自宅と行き来できたのに今となって後悔をしている。
「暁音、私の荷物なんだから私が持つよ」
「姉さん 俺は俺の意思で来てるんだから大丈夫だ! そ、それに無駄に体力を使って倒れたら本末転倒だろ 俺に任せとけって」
暁音は恥ずかしそうに顔を逸らして言った
「オッケー ふふっ 暁音も成長してるんだな」
「なんだよ! 母さんみたいなこと言って 早く行くぞ!」
そう言って走り出した弟の後を追ってドーナツ屋へ向かった。
.............................
「はぁ… 何とか着いたな」
私たちはやっとの思いでドーナツ屋へたどり着いた、そこに着くまでの苦労は色々あるがのんびりしている暇は残念ながらないので、早く目的の物を買いたいところだが、店内はお盆休みシーズンだけあっていつもよりも多くの人がいて会計に時間がかかりそうだ。
「カラフルでおいしそうだね 何にしようかな〜」
弟はショーウィンドウにずらりと並んでいるドーナツに目を奪われている。
私はレアチーズマンゴーパイ、そしてこはねにはココナツ チョコレートと決めているので暁音の決定を待つため、ドーナツを眺めていた。
ここのドーナツ屋屋には思い出がある、こはねと一緒にいったり、虎徹ときたり、メンバーときたり…
「姉さん、決まったから並ぼうか」
「うん」
「そういえば、姉さんは何をえらんだ?」
「私はレアチーズマンゴーパイとココナツ チョコレートだよ」
「ふ〜ん 姉さんはチーズケーキが好きだから選んだの?」
「そうだぞ チョコレートはこはねの分だけどな こはねが帰ってきたら三人で食べようか?」
「いや こはねと二人で食べなよ 俺は母さんと一緒に食べるから」
「まったく、かっこつけちゃって よし私が全部出すよ」
「えっ!? いいって、それに姉さんに買ってもらったらかっこつかないだろ 俺のお金で買うよ だから姉さんは俺たちじゃなくこはねの分を買ってあげて」
「暁音…わかった!姉ちゃんいつまでも子供扱いして悪かったな じゃ行こうか」
プレートとトングをとりドーナツを取った、弟が取り出したのはカスタード ドーナツとハニー ドーナツ、もちもちドーナツだ。
母さんはカスタード、父さんは蜂蜜が好物だから、もちもちドーナツは暁音が選んだものだろう。
レジで会計を済ませ、店の外に出た
相変わらず夏の刺すような太陽は健在だが、弟の普段見れないような姿を見たり、こはねとようやく会うことができるので暑さがあまり気にならない。
私は上機嫌のまま家に帰り、こはねに会うための準備を済ませ空港に向かった
こはねが日本に帰ってくるまでに1時間を切っていた…
.............................
『ついに来たな! 空港』
あの卒業式の日からどれほどの時間が経っただろうか、ついに私はこはねと再会をする
あの時に言えなかった言葉、もう一度会って伝えたい。
空港の電光掲示板にはこはねが乗っている飛行機の到着時間が示されている
『あと20分… くそっ! ソワソワして落ち着かない 確か空港にコーヒーショップが併設されていたからそこでコーヒーでも飲んで落ち着こうかな』
そう考えた私の手はじっとりと湿っていて、クールダウンの大切さを感じさせるような惨状となっている。
途中トイレに寄り手を洗い、コーヒーを購入して戻ってきた。
『あと10分』
もうこの時間になると意味もなく時計を確認したり、口が乾いてきてコーヒーを飲んだりとせわしなく動いていた。
残り5分となるあたりで、西日をうけた白い機体が私の目に飛び込んできた
『ついに飛行機が見えてきた!』
もうすぐ会えると思うと、胸が苦しくなってくる
拍動は周りの人にも聞こえるのではないかと危惧するくらい、ドクドクと脈を打っているのを感じる。
『あとすこし、あとすこし』と昂る鼓動を抑えながら、ついに飛行機は着陸をした。
落ち着くために椅子に座っていると、あの飛行機に乗っていた人たちがロビーにぞろぞろと出てくる。待合場所から遠くて個々人の判別はできないが、この中にこはねの気配を確実に感じる。
近くまでいくと、多くのひとに紛れて彼女の特徴的なアホ毛がちょこんと出ている。
すぐさま声をかけたい衝動をグッと抑え、こはねが出てくるのを待った
「あっ! 宇希!! 来てくれたの〜!?」
と不意に懐かしい声が聞こえた
4年間会っていなかった、こはねの生の声。
懐かしい感覚が蘇ってくる。こはねが私に駆け寄ってきて元気いっぱいに抱きつくんだ
私をドキドキさせる彼女の魔法
『やっぱり変わっていない』 そう思い彼女の抱擁を受けようとしたが
こはねがしたのはハグではなく、頬へのキスだった…
一瞬のことに一切の思考が停止し、ただぼんやりとこはねの顔を見ることしかできない
「挨拶のキスだよ」
といたずらな視線で言われ我に返ったが、その一言が頭の中に焼き付いて離れない
こはねにされるはじめてのキスは海外の刺激的な匂いを感じるものだった
[中編 完]
これは挨拶です!! それ以外に深い意味はありません!!(今のところは…)
というわけで中編はおわりです
中編は明るめの雰囲気で書いてみましたがいかがでしょうか?
有馬兄妹と猿渡姉弟のきょうだい同士の邂逅、はありませんでしたが近いうちにあるかも?
個人的お気に入りシーンとして、そばについて熱く語るひづめに少し引いてしまう暁音があります。
宇希先輩の姉なところや、暁音のツンデレなとこを書けただけで満足です。
あと、ひづめ兄の名前はオリジナル設定ですので注意してください。
ひづめ兄の名前に関する公式設定がありましたら優しく教えてください
また後編でお会いしましょう!
拝読しました! ほのぼのしてていいですね...♪
公園、アパレル店、フードコート、ドーナツ店、空港と、お話の舞台が転々と移り変わりましたが、各地の描写が丁寧で想像するだけでとても楽しかったです。
個人的に、宇希弟こと暁音くんのキャラに高印象を抱きました。一見つんつんしていても、宇希との関係が至って良好なのだと節々の描写から読み取れます。試着の感想を求められて答えるところとか、特にね。
猿渡姉弟をつけている謎の男女、やばい系の人たちかと思ったら有馬兄妹かよ! 読んでて思わず爆笑してしまいました。まぁ、やばい系ってのはある意味当たっtうわなにをするやmくぁwせdrftgyふじこlp
暁音くんに負けず劣らず、ひづめさんと東馬さん (仮) もほんといい人。あと、蕎麦に大興奮するひづめさん、控えめに言ってかわいい。
そして、満を持して登場して早々のキスで、宇希をどきどきさせちゃうこはねさん。いきなり行動が大胆だ!
ここから、どのような展開を見せるのか。長い時を経て再会したこはねと宇希は、一体どんな会話を交わし、どんなものを見て、どんな物語を紡ぐのか。
後編の投稿、引き続き楽しみにしております...!
ペンギノンさんいつもありがとうございます
今回はこはねが海外に行っていたということを生かして書いてみました。ひづめは割とはっちゃける感じがあると思っていて、公式設定でそばが好物なのでそれが悪魔合体!!
こはねは宇希先輩に対してはかなりS寄りになるので、引き続きそちらをお楽しみに
[後編]
『挨拶のキスだよ』
その言葉が頭の中で反響している
未だに頭の中はハテナマークが飛び交っている、が今は再会を喜ぶべきだろう。キスは…流石に私にはできないが、言葉で伝えることなら私にもできる、そう思い開口したが
「こ、こはね ひ、ひさしぶりだ、な…」
私の唇を通して出た音は震えていた
再会を果たしたあかつきにはもっと堂々としているはずだったのに、どうしてこんな情けないことに?
「どうしたの? 宇希?」
「…! あっ! ごめんごめん 挨拶だもんな、ほかの人にもやってるから慣れてるよな…」
「… うん!そうだね 私はこのことにかけてのエキスパートだからね!」
こはねは昔と変わらず元気な声を響かせている、通話越しでは聞き取れなかった声のトーンや感情が伝わってくる。
この声だけでも何時間と聞いていても飽きないほどだが、これ以上浸ってしまうとまたこはねに心配されてしまうので、意識を現実に戻した。
「こはね、タクシーで帰るけどいいか?」
タクシー会社に連絡をする前に聞いた
「うん! いいよ 二人でいっぱいおしゃべりできるね」
「了解! じゃあ、タクシーが来るまで少し時間があるからちょっと待とうか」
「わかったよ!」
嬉しそうに返事をする声を聴きながら、頭の中を整理することにした。
まずこはねは挨拶でキスをするキス魔になってしまったという心配、向こうの文化でこっちの握手に相当することをしているにすぎないと考えればそれまでだが、挨拶ということなので不特定多数ひとにしているという事実が私の心を締め付ける。
もし、メンバーにも同じようにキスをしている現場に立ち会ってしまったら、私は正気でいられるだろうか。いくら挨拶でキスをする文化のところに行ってしまったからってここは日本、他のひとにも同様のことをしないようにするのも私の務め。決して私がこはねを独占したいという卑しい考えに基づいた結論ではないと思っている。
よし! 私はこはねのお目付け役、考えも纏まったしもう恐れることはないはずだ。
「な、なあ!こはね 急に帰ってきたけど何かあったのか?」
「ん〜 それはね 宇希に直接会いたくなったからかな〜」
「え? 私に会いたくなった、それが理由…」
「うん! みんなに急に会いたくなってね」
「…! みんなか! そうだよな!!」
「宇希どうしたの?」
「いや! 何でもないよ」
「ふ〜ん 怪しい 宇希、なにか隠してる?」
「ほんとだって! なんにもないよ」
「ま、いっか あっ!タクシーが来たね」
こはねは興味がタクシーに移ったのか、キラキラ輝く瞳を車体に向けている
『危なかった』こはねがタクシーに気を取られている間に大きな深呼吸をした。
こはねの私に会いたいと聞いた後と、みんなに会いたいと聞いた時の落差が表に少し出てしまったようだ。不意に出てくる感情に上手く呼吸ができないときがある、もちろんみんなのことは好きだけど、それと折り合わないものが私の中にはある。
そのせいでこはねにすこし怪しまれたが、小さいことは気にしないと思うので問題ないと思う。
こはねの無邪気に笑う顔に、私の嫉妬心は合わない。
「宇希、はやく乗ろ!」
ランプが点滅し、タクシーもはやく乗れ!と催促しているように感じる
来るのは少し早いと思ったが
「はいはい」
そう返事をし、車に乗り込んだ、が乗った瞬間、暗闇が私を包んだ。
「…え? なに!?」
急なことに動揺していると何か強い力でシートに押し付けられた。
腕は何かに拘束されて、膝から下は何か重いものが乗っているような感覚で動くことができない。弱い力でもがいていると、耳元でこはねの囁き声が聞こえてきた
『宇希、急にごめんね 今は話せないけど大事なことが…あるの… だか…らおと…なしくここ…で待ってい…てくれ…ないか…な… たぶ…ん寝てお…きたらす…ぐだと思う…から あとこ…の服すっ…ごくかわい…いし宇希に…似合ってるよ… またあとでね…だい…す…き…だよ… う…き…』
こはねの囁きを聞きながら、私の意識はだんだんとまどろみに堕ちていく。だんだんと声が遠くなって別の場所へ行くような感覚。
途切れ行く意識の中で、唇に何かが当たる感触があったような気がする、とても柔らかく甘い何か…
……………………
私は夢を見ているようだ…
こはねと出会った頃の光景が走馬灯のように駆け巡っている。
幼い頃の思い出
この出会いがすべての始まりで鮮烈な思い出だ。
笑顔が眩しく輝いている、それが彼女第一印象だったように思う。公園で遊び、帰り道で家が隣だということに気づいて、公園から帰った後も遊んだ。
少し経った後にはお泊り会などもして、夜遅くまでおしゃべりをしてお母さんに怒られてしまったことがあったりもした。
そんな日常の中で彼女を“とくべつ”だと思うのにそう時間はかからなかった。
仲良くなるにつれて、彼女のことがだんだんとよくわかるようになってきた。あまり体を動かすことが得意でないのにけんかの仲裁に突撃していったり、困っている子を見つけたら突撃していったりと、子供のながらに彼女の行動にハラハラしていた。だからだろうか、彼女の代わりに自分がしっかりしないと、と思うようなった。今の自分を鑑みても彼女の影響を多分に受けていっしょに成長していった。
常に隣には彼女の笑顔があって、その笑顔を守るために私が動く、そんなあたりまえがたのしく本当に輝いていた。思えば彼女に出会っていなければどうなっていたのか想像ができない、憶えている限り一番古い記憶が公園で友達と遊んでいたことだ。彼女との邂逅、おうち訪問、はじめてのお泊り会、大怪我…。
辛いことは比較的、覚えていることが多いらしいがそれとは違い楽しいこともたくさん憶えていている。多くの思い出が埃を被らず常に綺麗に保たれている。
そのまま小学校に上がり、友達ができるかという不安を消し飛ばしてくれたのも彼女だった。持ち前の明るさと人を引き付ける魅力ですぐに彼女の周りには人が集まっていた。私もその一人だ。
だがある時、些細なことで喧嘩をしてしまった。今考えると本当にどうしようもない理由だが。
そのとき彼女にひどいことを言ってしまった。1週間くらい口も利かなかったし、話しかけられても無視をしてしまった。なにがきっかけなのかは全く覚えていないけれど、私が泣きながら彼女に謝っていたことは覚えている。そしてひとしきり謝った後に顔を上げると彼女の目にも大粒の涙が貯められていたことが分かった。
その時に確信した、彼女は何ら特別でなくて私と同じ。眩しい光の中に隠れていて見えなかっただけだって、“とくべつ”という曖昧な感情がなにか“特別な感情”に上書きされた感覚。だが当時はそんな感情を自覚できずに不思議な高揚感とともに中学に上がった。
新生活にも慣れ余裕ができてきた頃、その感情は肥大化し強くなっていった。
はじめは彼女が他の娘と楽しそうに話していることに、胸が苦しくなったのが発端だった。昔の自分なら特に何とも思わなかったのに、その奇妙で生々しい感覚は彼女と一緒にいると息を潜め、彼女のそばに自分以外がいると騒ぎ出す、自分でも理解しがたい感情で恐怖した。
ある日、クラスで流行っている映画を彼女と見に行ったことでその感情に名前がついた。映画の内容は確か、女の子同士のラブストーリーだったような気がする。相手を妙に意識する感覚、気持ちがなかなか伝えられない歯がゆさ、そんな心情に共感した。だが映画の最後はどうなったのか、一切覚えていない。気がついたら映画館を出て駅に向かっていた。
結ばれたのか、拒絶されたのか、その結末を私は知りたい。それを知れば彼女に私の気持ちを正直に伝えられるかもしれない、だがそのあとは勇気が出ずに彼女に聞くことも、自分で確認することも怖くてできず、ただ現状を維持しようと今の関係を壊さないようにと必死だった。
私はそんな感情を抱え高校へ進学をした
……………………
「… なんか夢を見ていたような…」
目を覚ました場所はホテルのような部屋で部屋の全体は間接照明の影響か薄暗い。そのせいか何か隠微な雰囲気が漂う場所のようにも思える。
「あっ! おはよう宇希 タクシーで急に寝ちゃってたけどだいじょうぶだった?」
陰から急に出てきた声に少し驚いたが、声の主はいつもと変わらず明るい声で私を迎えてくれた
「そうか、私寝てたのか…疲れていたのかな?急に眠くなるなんて変だよな、前後の記憶もあんまりないし」
不思議な感覚のまま起き上がりベッドの縁に腰かけた
「… うん!そうだね」
「っていうかここはどこだ?」
「ここ?ここは私の部屋だよ」
「ここがこはねの部屋!?」
意外な事実に少し驚いてしまった、こはねの部屋には卒業前は何度も行っていたが、こんな感じに変わっていたとはつゆ知らず日々を生活していた。
「宇希、なんか変わったね」
「いいや、私は何も変わっていないよ、あの頃のまま成長していないかもしれない」
「ううん 宇希は変わってるよ、あの頃よりもっとかわいくなってるもん」
「な、なに言ってんだ!」
恥ずかしさとうれしさで顔が赤くなるのが分かる、それをごまかそうとして顔を隠そうとしたがこはねの腕に阻止されベッドに押し倒された
「もう、せっかくのかわいい顔が見れなくなっちゃう、でも照れ顔もきれいだよ」
「こはね…ちょっと…」
こはねの拘束を振りほどこうとするが、思ったよりも力が強く振りほどけない。
「はぁ… もっとかわいい顔を見せてほしいな…」
「こはね…」
ため息交じりに発された声音は私が普段知っている彼女とは違い、明確な感情が分かるほど色のあるものだった。
「ちょっとまって… 心の準備が…」
「…」
こはねが口を開きかけた瞬間、扉がノックされた
腕の拘束が解かれ、こはねはベットから降りて扉に向かっていった
「はーい」
応える声音はいつもの調子に戻っていたが、暗い部屋では表情を窺うこともできず彼女の背中をぼんやりと眺めていた。
「…さんは…だ…か」
「うん、ありがとう すぐ行くよ」
周囲の音がほとんど聞こえない
ただ鼓動の音が煩く熱を持ち、私の思考を乱し、体を硬直させる。何かされる期待感と彼女の強硬的な態度に私の中で一つの結論を出した。
「宇希、いこっ」
手を差し出しながら言った
私を拘束した手と同じ、小さくも力強い彼女の手を取りベッドから体を離し扉へ向かった。
彼女にエスコートされる形で階段を降り、途中愉快な声が下から聞こえてきた
耳を澄ませると懐かしい声が聞こえてくる
―ほんと驚いたよね―
―もう、久しぶりに全員集まるのにそんなこと言ってるんじゃないわよ―
―先輩方嬉しそうですよね―
―そろそろ来ますから準備してください―
そんな声が聞こえてきた、こはねは小さい声で笑いながらリビングに向かっている
「宇希は寝てたからまだ会っていなかったよね、私のためにパーティーをしてくれてるんだよ」
そういいながらリビングの扉を開いた
「うっ! 眩しい」
暗い環境に慣れ切った目に強烈な光が飛び込んできたせいで思わずたじろいでしまった。数十秒間、網膜に焼き付いた光と格闘していたがようやく目が慣れてきたようで、会場の様子が分かるようになってきた。
中央には大きなケーキがあり、その周りを懐かしい面々が囲んでいる
こはねが楽しそうにみんなと話している、まるで高校時代に戻ったような気分になる。
私の回復に気づいたようで、各々の心配が聞こえてきた
アルコールの匂いが漂っていて、少し酔っているのか顔が赤くなっているメンバーもいる
「宇希ちゃ〜ん!おっはよ〜う! 弟さんに運ばれてて何事かと思っちゃったよ!!」
「え? そうなの あとで暁音にはお礼を言わないとな」
「ううっ、宇希先輩心配してました」
「心配かけたけど、泣くほどのことか…」
「泣きたい気分なんです…」
「宇希、寝てたって聞いたけど、久しぶりにこはねに会ったから興奮しすぎたんじゃないの?」
「ははっ、そうかもな」
「宇希さん、体調は大丈夫ですか?」
「うん、それは問題ないよ」
言葉を交わしながら懐かしい気持ちが溢れてきた。卒業式以来の全員の集合、こはねの部屋で感じた思いとは別の感情が溢れてくる。
「なんか変わっていないなって… なんか安心したよ」
「宇希、泣いてるの?」
こはねが心配そうに駆け寄ってきた
「いいや、泣いていないぞ!」
即座に目に浮かんだ涙を拭って冷静に笑顔で応えた
鼓動がただひたすら煩いだけだ
「さて、みんな揃ったのでお祝いのケーキを切りましょうか」
「主役のこはねさん、挨拶をお願いします!」
ひづめは持っているマイクをこはねに渡した
こはねは少し照れながらも、堂々とした姿勢で話し始めた。
「こんにちは! 鳩谷こはね22歳です!」
彼女がそういうと「う〜ん しってる〜!」と合いの手と泣き声が聞こえている。声の主は虎徹と兎和、アルコールが入っているようで陽気になったり泣きやすくなっている。
「もう、こはねが話してるでしょ」と花和がたしなめる
「ありがと〜う! 前置きは不要だったね じゃあ本題を、私はチアのコーチとして日本に戻ってきました! 海外で資格を取っていろいろできるよ!私はチアをしないけど、これからはチアと向き合っていくよ!よろしくお願いします」
そういうとひづめにマイクを渡して、私のそばに戻ってきた。
「こはね、ほんとなのか?」
「もう! 私が噓をつくと思うの?」
そういいながらむくれている
「ごめん! いきなりだったんで」
「ううん これでずーっと一緒にいられるよね?」
「…そうだな」
なにか気の利いた言葉を探すが見つけることができず微妙な反応になってしまった。
「こはねさん、ケーキの入刀お願いします」
「宇希!一緒に切ろっ!」
と私の手を引いてケーキの前に連れてこられた
「こはねさん、ナイフです」
ひづめはこはねにナイフを差し出して、そそくさと席に戻っていった
「宇希、私は右側をもつから左側をもって」
「…わかった」
私はこはねに促されるまま、ナイフを持ちケーキに刃を入れた
まるで結婚式のケーキ入刀のように…
ケーキを6等分にし、それぞれお皿に乗せてみんなに配った
「宇希ちゃん、こはねちゃん すっごいよかったよ!ケーキおいしそうだね!!」
「お二方よかったですよ!」
「宇希、なかなかやるじゃない」
「グスッ 先輩方、感動しました!」
「うん! ありがとう!」
「なんか恥ずかしいな」
「では、もう一度乾杯といきましょうか!」
「はーい!!」
ひづめの号令によりさらに部屋の温度が上がっていく、ひづめも酔っているようだ。
さらに夜は深まっていく…
……………………
「なんかあっという間だったよね」
散らかった部屋をかたづけながら思い出したように言った
「そうだな… なんか、今でも夢みたいだし…」
二人っきりの静かな部屋、ただゴミを片付ける音だけが室内に響き独特のムードを演出している。いまだに鼓動ははやく、こはねを見ていると潰れてしまうほどに強く鳴っている。
これがお酒のせいなのかときめきのせいなのかわからない
「宇希、なかなか終わらないね もう寝ちゃおっか」
「うん…」
「宇希、大丈夫? 飲んでたから眠いのかな?」
「なんか、胸が苦しくて熱い… ちょっと肩貸して…」
「もう 宇希を支えるなんて、わけないよ!」
「うん…」
……………………
私は宇希を背負いながら階段を上がっている。高校時代以上の練習で体ができているのか宇希をおぶって動いてもまったく息切れしないほどになっている。
「こはね〜 いいにおい」
酔った宇希
普段のしっかりしている姿では想像もつかないような甘えっぷりを私に向けてくれている。
いつもは私が甘えていたのにと今は全くの逆になって不思議と誇らしい気分だ
明かりも付けずに登ってきたが、二階は一切の明かりがなく暗いので電気をつけた
「こはね〜ぇ… ちゅーしよ」
流石に冗談だと思うし危ないので無視して自室まで歩みを進める
廊下を歩いている間、宇希が同じようなことを延々とつぶやいていた
「よいしょ ついたね」
宇希をベッドに下ろし、明かりを付け、窓を開けた
窓の外は雲がちょうどかかっているようで月が隠れていて暗い
水を持ってくるために部屋から出ようとしたが
「こはね…ちょっと…きて…」
と、宇希に呼び止められた
振り返り彼女を改めて見て、私は衝撃を受けた。洋服のボタンが外れかかりその隙間から下着がちらりと見え、上目づかいの彼女のまぶたもトロンとし、色っぽさが漂っている。
間接照明の暗がりも手伝って別次元の美しさだと思った。
「ピヨっ!」
見惚れていると宇希が突然倒れかかってきた
彼女の突然の抱擁を受けるも上手く受け止められずバランスを崩し、床に押し倒された。それは奇しくも、彼女を押し倒した時と同じ状態になってしまった。
のしかかられ満足に動くことができず、密着した状態で彼女の鼓動が伝わってくる。
「宇希… 熱いって…」
彼女の体温もダイレクトに伝わり、お酒の匂いと熱気で頭がクラクラしてしまう。
「んん… はぁはぁ… う、うき…」
私の苦しそうな様子に気づいたか、ようやく彼女は気だるそうに私に覆いかぶさるような形で起き上がったが、下半身は強固に拘束されて逃れることはできない。
「ちょっと… はぁはぁ… う、宇希…どうしたの…」
私の目の前で彼女は服のボタンをはずしている、ひとつひとつ私に見せつけるようにもったいぶるように下から…。
すべてのボタンをはずすと彼女の素肌が露わになった。
おんぶしたときも倒れ込まれた時もその弾力を身をもって味わった、間近で見ると彼女の成長を再確認させられる。
本当は全力で抵抗して彼女を止めなければならない、しかし、これからされることに期待して彼女に体を預ける心ができてしまっている。
「こはねが悪いんだからな 私をその気にさせて…」
その瞬間窓から涼しい風が入ってきた、それと同時に月が雲から顔を出し照らし、彼女の表情がはっきりと確認できた。
「…うき」
心では望んでいても口に出すのは憚られる想い、それ以上言えば何かが壊れてしまうような、そんな恐怖で心が締め付けられる。
「…こはね、愛してるよ」
「!?」
いきなり言われた一言
その言葉で私の中の感情が堰を切ったように溢れだした
その一言は私が一番言いたかったことだ、タクシーの時も言えなかった言葉。彼女と別れに言いたかったあの言葉。宇希に先に言われたのは悔しいけど、それ以上に両想いだった喜びの方が大きい。
あの頃から思っていた。
戻るべきところに戻ってきたような感覚。
別れたあの日に言ったとおりだ、アルバトロスはどんなに離れていてもお互いを想い続け、添い遂げる。
その続きを“だから…”のそのあとの言葉を
「私も愛してる!! 宇希が大大大好きだよ!!!」
……………………
小鳥が朝の訪れを喜んで盛んに鳴き、空は雲一つない晴天でどこまでも高く続いている。昨日のことはあまり覚えていないが、みんなとお酒を飲んで騒いだことは覚えている。
そのあとはブラックアウト…
「宇希、おはよう」
私の後ろの方から聞きなれた声と温もりを感じる。
「ああ、おはよう… って! こはね!服!」
「服? もう…昨日のこと覚えてないの?」
こはねは照れて布団で顔を隠している
「えっと…」
「もう!宇希には責任取ってもらわないとね」
「責任…」
「もぉ〜冗談だよ! でもあの時言ったことは言ってもらわないとね」
「あの時言ったこと…」
あの時言ったこと、私は何も憶えていない。考えを巡らせるたび彼女の姿が朧気になり…だが気まずい沈黙と喉に張り付いた渇きが私を現実に戻してくれている。脳を絞り出すように考えてもわからない。
でも彼女の瞳を見ればなにか、忘れかけた言葉が思い出せるような気がする。
「も、もしかして…」
私の長い沈黙に耐えかね、彼女の表情は悲痛に変わろうとしている
「こ…こはね…」
絞り出すように彼女を求める
「宇希…」
彼女の瞳は涙で宝石のようにきらめいている
私は最低だ、自分の言ったことに責任が持てていない。彼女にそんな顔をさせてしまうほど追いつめている。でもこれではっきりとした、私が昨日言ったこと。
過去の私がこはねに何を言ったのかはわからない、だけど言うべきことはすでにわかっている。ちゃんと目を見て伝えるんだ、こはねと別れたあの日に言えなかった言葉を…
胸に残った微熱が
渇いた喉が潤う感覚が
言葉を紡いで
「こはね、愛してるよ!」
[完]
ここまで読んでいただきありがとうございました
特別な感情、お互い同じものを違う道に抱え、別れ、また引かれあう
本作は登場人物が20歳以上(暁音以外)なのでいろいろ書いてみました
宇希先輩の語りオンリーで行く予定でしたが、酔いつぶれているときの心情描写は意味不明なので、こはねの視点(こはねっぽさはあまりないかも)を追加しました。
宇希先輩のこはねへの感情を想像するのが楽しかったですね。小学生から中学校に上がるまでの心情の変化が回想のミソだと思っています。
今作も私が好きなシチュエーションを詰め込みました、たしか“さりゆく”でも同じようなことを言ったような気がしますが。もしよろしければ皆様の好きなシチュエーションでも書いていってください。
では次回の作品でお会いしましょう!
読みました。
初めてが酔った勢いでいいんですか宇希せんぱ……誘ってるこはねが悪い。これが誘い受けですか?
離れていても想いは同じ……でも近くで確かめないとできないこともたくさんある、そんな印象です。
好きなシチュエーションですか……感情重めが好きなのでSBJKとかエンヴィーとか独占欲強めになりやすいですね。
コメントありがとうございます。
逆にそれがいいんです!
普段奥手な宇希先輩は酔う(アルコールには弱め)とこはねに対して積極的になるという概念が私の中で確固としてあるので酔いは必須です。
お酒に関しては、こはねはお酒に強いと思っています。
今後はお酒に頼らずとも…なんかの妄想も捗りますよね
あとは、完全に「責任取ってよね」を言わせたかっただけです(ごめんなさい)
好きなシチュエーションを書いていただきありがとうございます!
それは朗報です、近いうちに感情重めの話を書く予定なのでご期待ください!!
拝読しました! 完結お疲れ様です! やはりこはねは悪い子 ()
時が流れても築いた友情は不滅。かつての面々が一堂に会して行われるお祝いパーティー、何と微笑ましいことでしょうか。
その一方で、宇希の感情は大きく揺れ動く。こはねに対して自らが無意識のうちに向けていた感情は、お酒という外的要因も手助けする形で鋭い激情となって、こはねを覆い尽くそうとする。
それを、戸惑いつつ期待してしまうこはね。そして、二人の間に壁などないのだと証明する「愛してる」「大好き」の言葉。
まぁ、その後何があったのかについては敢えて触れませんが... (笑) いずれにしても、お互いの想いを分かち合ったこはねと宇希の未来を、ささやかながら応援したいと思うばかりです。
P.S.
私の好きなシチュエーション... たぶん今まで書いてきたSSにその片鱗が... (苦笑)
特定の人を周りの皆でかわいがってもふもふして混乱させるシチュとか、夜空を見上げながらちょっと理屈っぽくて割とどーでもいい話を延々としてるシチュとか、そういうのですかね。ぼんやりしていてすみません。
... え? 幼児退行? 猫化? 何の話ですかね
執筆を始めた時には前中後になるとは思っていなかったので完結してほっとしています。(投稿時は中編以降を一切考えていなかったので)
お互いに好きではあるけれど、あと一歩が踏み出せない、そんな葛藤と「言葉にしないと伝えられない」をテーマにしています。
その後は完全にご想像にお任せしますが、宇希先輩は作中1回もキスをしていないんですよね。読み返してて気づきました。こはねも実質1回(挨拶は除く)と大人な表現と書いておきながら直接的な描写がありませんでした。
SSを書いてると自分が好きな要素が出やすいですからね(笑)
幼児退行?猫化?たぶん、およそ…う〜ん、小惑星で出てくるシチュエーションですね!(すっとぼけ)
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