【SS】コメディ映画に泣いた日【きもすき】
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1 名前:カレル[age] 投稿日:2023/11/10 20:32:58 ID:r85XA0wAdW
こんにちは、36作目ですね。
こちらは「きもちわるいから君がすき」の二次創作になります。

2 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:33:16 ID:r85XA0wAdW
【コメディ映画に泣いた日】

 今日は日曜日、私は街の中で浮かれていた。隣には友人であり、想い人の飾磨司さんがいる。
「ふふっ、依子はしゃぎすぎよ」
「えっ……そ、そうですか? あ、あまり中心街へ来たことがなかったので……ごめんなさい」
「まあ、いいわ 私が街をエスコートしてあげるわ」
「あああ、ありがとう……ございます……司さん…… あっ!すごい大きいビルですね」
「上だけ向いてると、危ないわよ!」
「すっ、すいません……アッ 物珍しくて……ですね」

3 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:33:35 ID:r85XA0wAdW

 実際には街並みはどうでもいいのだが、物珍しそうに口を開くとこちらに注目してくれるので、視線を上へと向けている。少し西に傾いた陽がビルの窓ガラスに反射してキラキラと光り、思わず眉をひそめる。
 私の街の正直な感想は「人が多いのと車がうるさい」それだけだ。それでも、司さんと一緒にいると、この負の部分さえも楽しめる。

 彼女と出かける事となった発端はテレビでコメディ映画をみたという話からだった。その話の流れで、司さんが「新作が公開されているみたいだし、見に行きましょう」と言ったことをきっかけに私もうなずき、映画を見に街へ来ることになった。
 

4 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:33:56 ID:r85XA0wAdW
 
「そうだわ、映画はいつ頃だったかしら?」
「えっと、15時20分です あと、10分くらいですね」
「10分!? 急ぐわよ、依子」
 司さんはそういうと、いきなり走り出した。私も走ってついて行く……敢えて崩れたフォームで。
「ま、 ハァ、ま、待ってください」
「依子、そんな走り方じゃ余計に疲れるわよ」
 司さんはペースを合わせて走ってくれている。……やはり優しい方です。
「す、すみま ハァ…ハァ…せん」
「ううん、やっぱり歩きましょうか 遅れても多分本編には間に合うわ」
「ハァ、で、でも ポップコーンを……ハァ食べたいって仰っていましたし ……遅れる訳には」
「……わかったわ なら、フォームから! 一朝一夕で身につかないけれど、まず走るなら顎を引きなさい」
「は、ハイ! ハァ、ちょっと楽になったような……ハァ、きが……ハァ、します」

5 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:34:25 ID:r85XA0wAdW

 やはり司さんは優しい方です。こんな足でまといの私でも見捨てずに、アドバイスをくれる。下手に手を貸さないところも、高潔な精神を表していて尊敬します。

「さぁ、行くわよ」
「は、はぁはぁ……はいっ! わかりましたっ!」

 私たちは(もっぱら私が)息を切らせながら、映画館に着いた。時計を確認すると、上映時間の2分前で、本編が始まるまでは上映時間から10分程度かかるので時間にはまだ余裕がある。
 司さんは「依子は座ってて、疲れているでしょう?ポップコーンを買ってくるわね」と言って売店に並んでいった。
 乱れた呼吸を直しながら、司さんが並んでいる列に視線を向けると、ワクワクしながら並んでいる彼女の横顔が見える。その瞳はまっすぐで、吸い込まれそうなほど碧く、私の視線に気が付くと手と笑顔を返してくれた。
 その姿にドキリとし、呼吸が整ったので合流しようとしたが列が動き注文を取られたため、そのまま座って待っていることにした。

6 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:34:43 ID:r85XA0wAdW
 小走りで戻ってきて「依子、お待たせ!」と、ポップコーンを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます…… うん、美味しいです!」
「ふふっ、口にあって良かったわ、キャラメルで良かったかしら?一応塩味もハーフで注文したのだけど、どちらも美味しいわね」
 司さんは満足そうに、仕切りの向こうの塩味のポップコーンを口に放り込んだ。
「そういえば、チケットは大丈夫かしら?あなたが”任せて”と言っていたけど」
「はい!お任せ下さい! キチンとネットでいい席を取ってありますから!安心してください エッヘン」
「良かったわ……依子のことだから忘れてましたとか言うんじゃないかとヒヤヒヤしてたわ」
「……た、確かに普段の……私は……そうですけど、信頼を裏切るようなことはしません!」
「ええ、あなたのことはちゃんと信頼してるわ」……頭を撫でられた……
「!?」

7 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:35:01 ID:r85XA0wAdW
 私は驚いて、反射的に後ろに下がってしまった。彼女にしてみれば何気ない日常の動作のひとつだったのだろう、動作の途中だった左手は硬直し、驚きの表情が見て取れる。
「あっ、ごめんなさい、つい……」
「あっ!すすす!すいません……びっくりしてしまって……き、気にしていません!」
「驚かせてごめんなさい、私も今度から気をつけるわ……」
「…………。」
「…………。」

8 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:35:20 ID:r85XA0wAdW
 気まずい沈黙、私は会話の糸口を見出そうと周囲に目を配る。今から見る映画の話題、ほかの映画のパンフレット、この雰囲気を破壊するには些かパンチが弱く、他に話題をずらす”もの”または”こと”が必要だろうと、そう考えたので良い案をその方向で模索する。
 すると、ひとつの案が浮かび上がった。それは、司さんに同じようにすることである。これで私が気にしていないことを彼女に示せるので、良い案のように思えた。
 しかし、それには問題がある。それは私が自発的に司さんに触れることだ。司さんから触れられることは特に問題はないが、自ら触れることはないと思っていたので気持ちの整理が追いつかない。触れてしまえばなにか、私の(きもち)わるい感情が彼女に伝わってしまうのではないかという不安が脳裏を|過《よ》ぎったためである。
 だが、これ以上黙ってはいられない。この雰囲気でコメディ映画など見たら楽しめないことは必至だ。何より司さんのため、そう考えたので彼女の頭に手を伸ばす。

 司さんは私がやろうとしていることに気がついたのか、微笑みながら膝を屈めてくれた。尤も、背伸びまでして手を頭まで伸ばしていたらやることは状況から見てもひとつしかないだろう。
 

9 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:35:48 ID:r85XA0wAdW
「ふふっ、いきなりね」
「は、はい…… これが1番効果的だと思いまして」
「ははっ!確かにいい案ね でも、あなたに気を遣わせてしまったわ ポップコーンでも食べる?」
「わぁ、ありがとうございます いただきます」私は頭を撫でた手で塩味のポップコーンを1粒つまむ。
「うん、美味しいです」
「良かったわ、こっちも気に入ってくれて さぁ、チケットを取りましょうか そうしないと遅れるわ」

10 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:36:08 ID:r85XA0wAdW
 発券機から予約したQRコードをかざすと映画のチケットが発行されたので、それを司さんに1枚渡し入り口へと向かった。受付の人によると4番で上映しているらしく、そこから右手に進んで行くと扉がずらっと並び、奥に歩いて行くと、4番と書かれた表札の下にこれから見る映画のアイキャッチが表示されている。劇場への扉は開け放たれており、赤いカーペットが敷かれた廊下に光と音が漏れてくる。
「ここね、良かったまだ予告編だわ」
「はい、行きましょう」
「そうだ、席を確認しておかないと……私はHの11、依子は?」
「わっ、私は、Hの12です」
「ふぅ……ちゃんと隣同士ね」と、司さんはほっとしたように胸をなでおろすと劇場に入っていき、私もすぐ後をついていく。

11 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:36:30 ID:r85XA0wAdW
 本編上映前なので場内はまだ明るかったが、かなりの人が席についていて、体勢を少し低くしながら床のアルファベットと席番号を頼りに座ることになった。
「ちゃんと全部見えるかしら?」と、小声で司さんが話しかけてきた。
「は、はい ちゃんと上げ底を持ってきたのでしっかり見えますよ」と、ここに入る前に入口に置いてあったクッションをシートに敷いた。なくても十分見えるが、これがあれば同じ目線で楽しむことができるから、念には念を入れて。
「いいわね、あっ、そろそろ映画泥棒の時間だから黙るわね」
「はい、ではエンディング後に」

12 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:37:56 ID:r85XA0wAdW

 劇場の照明が段階的に落とされていく。映像は注意事項の説明の段階で、くちびるの魔人のようなキャラクターが「おしゃべりの禁止」や「携帯電話の禁止」など基本的な注意事項を実践している。それが終わるともう一段階照明が落とされ、非常灯の明かりと画面の明かりだけが残り真っ暗になり、先程司さんが言っていた「映画泥棒」の映像が流れ始めた。
 頭がカメラになったスーツの男性が妙にクネクネとした動きで劇場にいたと思ったら、急に頭がパトカーの回転ランプになった男性が現れカメラ男を追跡し始めた。次の場面ではカメラ男が路地裏を疾走する場面になり、ゴミ箱などの障害物をスタイリッシュな動きで避けながら逃げていくが、最終的にパトランプ男にお縄になったところで、「NO MORE 映画泥棒」と注意の文字が大きく表示されて画面が暗転していく。
 次に明転すると、中央の集中線から会社のロゴが表示される映像を経て、本編が始まった。

13 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:38:18 ID:r85XA0wAdW
 車に乗った主人公らしき男性とその相棒らしきが男性が、スーツを着た人達に追われているシーンから始まった。田舎道を相当な数の車に追われているが、主人公は余裕な顔で飛ばし、その隣では相棒が焦り顔でツッコミを入れながらサイドミラーを見ている。その後はなんやかんやあり、その黒服たちを全員撒くと中央からタイトルが浮かび上がった。
 序盤は車で色々な街を転々とするシーンが続き、ある町で車が止まり物語が始まる予感をさせる。

 それからなんやかんやがあり、体感的には中盤というところ、途中で何度も面白いシーンがあり、大笑いをする程でもなかったが、クスクスと笑える程度には面白い。司さんプレゼンツということで多少の忖度を入れて、彼女が笑っているシーンで無理にでも一緒に笑おうと考えていたが、そんな必要もなく楽しめている。

14 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:38:38 ID:r85XA0wAdW
 場面は箸休め的な話、落ち着いた気持ちで見ていると私の隣で何かがキラリと光った。なんだろうと視線を司さんに移すと、頬から雫がこぼれ落ちていた。これがキラリと光った原因だろうと考えていると、急に手を握られた。
 暖かい手のひらにドキリとし心拍が上がる気配がしたが、これは共感の握手なのだと思ったら、何としても泣かなければならないという使命感が浮かんだ。映画の内容的には泣くことを想定していないと思ったが、なんとか涙を流す素材を見つけると、司さんの手を握り返した。
 

15 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:38:59 ID:r85XA0wAdW
 物語がクライマックスに差し迫るにつれて、派手なアクションが多くなり盛り上がってきた。カーチェイス、銃撃戦を経てラスボスとの対峙、手に汗握るシーンの連続で、画面から目を離せず、次に視線を動かしたのはエンディングに入ってからだった。
「依子、どうだった? って!号泣じゃない」と、ハンカチで目元を拭いてくれた。
「アッ……ありがとうございます…… 感動して泣いちゃいました」
「ふふっ、私もよ まさか泣くことになるなんて予想外だったけど、すごくいい映画だったわ」
「はい……すごく面白かったです」
「さーて、映画も見終わったし帰りましょうか」
「はい!帰るまでが遠足ですもんね」
「もう、依子これは…… まぁ確かに遠足かもしれないわね……」
「? はい!」

16 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:39:17 ID:r85XA0wAdW
 私たちは映画館を出て、駅に向かっている。その間も映画の感想を言い合っていたが、とうとう駅に着いてしまった。
「そろそろね、楽しい時間はあっという間だわ」
「そうですね、でも明日また会えるのですから」
「おっ!いいこと言うわね、依子 確かに私たちは”また会える”映画のセリフね」
「そ、そんな……意識したわっ、訳では無いですが、自然と出ちゃいましたね」
「うんうん!これはちゃんと映画を楽しめた証拠ね ……っと、もう電車が来てるわね またあした、依子」
「はい、司さんまたあした」

17 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:39:34 ID:r85XA0wAdW
 私は別方向の電車に乗り、帰路へと急ぐ。急いでもどうせ家には誰もいないが、かといってこの人ごみの中で無駄に体力を散らすことも良しとはしていない。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうと実感する1日だった。このままいけば卒業式など目と鼻の先だと、感傷に浸りそうだったが自分のするべきことは1つだけだと思いなおし、電車に乗った。
 そう、また明日も会えるのだから。

[完]

18 名前:カレル[sage] 投稿日:2023/11/10 20:40:03 ID:r85XA0wAdW
あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございます

本作は単行本のここだけ裏情報の「コメディ映画のどうでもいい部分に何故か感動して依子と一緒に泣いた記念日」を元にして書きました。
最近私の激オシのきもすきの2巻凸が確定して、テンションが上がっています。

19 名前:きららBBSの名無しさん[age] 投稿日:2023/11/10 22:45:13 ID:PSIIYaZ/i6
きもすきのss嬉しいです!
依子と司の歪な関係が綺麗にまとめられてたのが良かったです(小並感)

20 名前:カレル[age] 投稿日:2023/11/11 09:11:09 ID:m5BIXPgQc9
>>19
コメントありがとうございます!

 およそ私が唯一の「きもすき」の小説を書いている人類だと思うのでこれからも続けていきたいです。

 依子の考えは過去編のおかげですごく書きやすかったです。それに本編も同時に考察できて、その結果、うまく本作に落とし込めることができてよかったです。

21 名前:ペンギノン (あおちゃんSSの人) [age] 投稿日:2023/12/24 22:22:07 ID:0TYCkygRHF
\NO MORE! 映画泥棒!!/
拝読しました! 映画館、久しく行ってないな...。
仲の良い人と一緒に映画。隣に座る想い人に対する感情と、目に浮かぶ心揺さぶられた証。
日常の1ページを丁寧に切り取ったような雰囲気で、個人的にぐっときました。
原作のちょっとしたネタを回収するの、自分もたまにやるからわかるけど本当に楽しい。そして、こんな上質な作品に昇華されていて、読者としても楽しいんですよね。

22 名前:カレル[age] 投稿日:2023/12/29 23:11:24 ID:Hy/5MAcn2w
コメントありがとうございます

きもすき特有の依子の思考をギュッとまとめて、少しろ過したような出来になりました。好きな人と一緒にいたいけれど、近づきすぎてもいけないし、離れすぎると言わずもがな。そんな複雑な感情を表現するのが醍醐味だと思います。

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名前 age
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