[Attention!]
この作品は『ご注文はうさぎですか?』を題材としたSSです。
あくまで上記原作とは一切無関係な所謂二次創作 (或は三次創作) です。
創作の関係上、大いに独自設定 ・ 捏造 ・ 原作を逸脱した点が存在します。
SSによくある会話形式ではなく、モノローグや背景描写などを多分に含みます。
その関係で文字が多く、読みづらいです。
書き溜めありです。と言うより、既に最後まで完成しています。
文体の関係上、シリアスに映るかもしれません。私自身、その見解を否定しません。その旨ご了承ください。
執筆者は恥ずかしながら『ごちうさ』についてはアニメ勢です。故に、原作漫画のみにしか存在しない描写を拾うことができません。
最後に、執筆者はココシャロ派です。それ故に、このSSは産まれ出ました。勿論、他の組み合わせもうぇるかむかもーんです。
以上の点を了承してくださる方は、どうかお付き合いください。
幸せは、時に唐突にやって来る。
その形は人それぞれ。お金や高い身分は分かりやすい例だけど、それだけでは人生を語る上では不完全といえる。
わたしの暮らしぶりは、普段からそういう類の贅沢とはほぼ無縁といって良い。
親元から離れ、物置みたいな小さな家で、幾つものアルバイトを掛け持ちして生計を立てている。良く言えば慎ましい、悪く言えば貧相な、そんな生活。
真面目に勉強を頑張ってきた甲斐あって、今は特待生として木組みの街でも著名なお嬢様学校に通うことができている。
流石に色んな意味で入学のハードルが高いのもあって、授業のレベルは高水準だと感じる。何より、憧れのリゼ先輩と一緒の学校に通えることが嬉しい。
一方で、幼馴染の千夜とは離れ離れになってしまった。その所為で、初めのうちは不安もいっぱいだった。
尤も、クラスメイトとも早い段階から打ち解けたし、千夜ともしょっちゅう会っているから、結局のところ不安を抱える必要は何一つなかったわけだが。千夜の家はわたしの家の隣だし。
ただ、高校に通いだして直ぐに、ドラスティックな変化があった。それが、ココアとの出会いだった。
お気楽で、いつも明るく元気。
何も考えてなさそうで、実は結構色々考えてる。
見た目によらず理数系が大得意で、暗算のスピードはレジにも負けない。
遊びに行くと、いつもふわふわのメロンパンをプレゼントしてくれる。
誰でも妹にしようとするのは悪い癖だけど、誰にでも優しくフレンドリーなのは、素直に彼女の魅力だと思う。
そう。初めて出会ったあの日のわたしにも、彼女は優しかった。
その少女は、太陽のような輝きを持っていた。
今日もわたしは、ココアのいるラビットハウスに足を運ぶ。多忙なバイトの合間を縫って、体質故に軽々と飲めないコーヒーが立ち並ぶ環境を、わざわざ訪れている。
それは、ここがわたしたちの集合場所のような意味を持っていることが、要因として大きい。
考えてみれば、本来わたしが能動的に近づくことがなさそうな場所が、一転わたしの居場所の一つに変貌したのは、結構大きな変化なのかもしれない。
「シャロちゃん、いらっしゃい!」
店の扉を開くと、ココアは笑顔で迎えてくれる。あどけない表情に、ついついどきっとしてしまう。
それに流されないよう気を遣いつつ、いつも座っているカウンター席に腰掛ける。
注文をとるココアに「いつものやつお願い」と告げると、ココアは微笑みながら頷き、よく通る声でチノちゃんにそれを伝える。
チノちゃんは、コーヒーを煎る手を止め、慣れた手付きでわたしが注文したものを作り始める。よく耳を澄ますと、小さな、しかしとても綺麗な声で鼻歌を歌っている。記憶が正しければ、この曲はいつかのココアが即興で作ったものだ。今のわたしは、ある意味単調な流れ作業をこの幼い少女に強いてしまっているわけだが、存外楽しそうで安心した。
視線をずらすと、暇を持て余したリゼ先輩とココアが、ラテアートの練習をしている。
リゼ先輩も、すっかりココアの影響を受けた人物の一人だ。何と言うか、かわいらしい表情が以前より増えた気がする。
そう、ココアと関わった人は誰であれ ─出会った当初は少々ポーカーフェイス気味だったチノちゃんでさえ─ 彼女の色を多少なりとも帯びていくのだ。
それは、わたし自身もきっと例外ではない。
ふとした瞬間、前よりだいぶ丸くなった自分を垣間見る度、脳裏にはあの屈託のない笑顔が浮かんでいる。
ココアはよく笑う少女だ。ほんの小さな切っ掛けさえあればそれで大いに喜んでくれるし、その切っ掛けを見つけたのがココアなら、逆にそれは皆を笑顔にする材料となる。
ココアは、笑顔を創り出す天才なのだろう。その手に掛かれば、あるいは世界中全ての人を笑顔にできてしまうかもしれない。
いや、それは流石に言い過ぎか。でも、木組みの街一帯くらいなら、できてもおかしいとは思わないかな。
「お待たせシャロちゃん、ご注文のホットココア、ここに置いとくね」
思考を巡らせていたその脳裏に、優しい声が通る。刹那、わたしの意識はラビットハウスに戻ってくる。
「あ、ありがと。いただくわ」
「どうぞごゆっくりー」
若干間延びした声で返事をしながら、ココアはラテアートの練習をしていた場所へと戻っていく。その姿を目で追いたい気持ちをぐっと抑え、ホットココアを一口飲んだ。
口に広がる、ほんのりとした甘みとぬくもり。
それは、保登心愛という少女を、まさしく形容しているようだった。
暫くラビットハウスでのんびり寛いだ後の帰宅間際。いつものようにココアに呼び止められた。
「はい、シャロちゃん。今日のは結構自信作だよ」
ココアが持っているのは、大きなメロンパン。わたしはそれを受け取る。手に触れた瞬間、2種類のふわふわとした感覚が伝わった。
一つは、メロンパンの肌触り。そしてもう一つは、ココアの手の感触。
このふんわりとした手で、ココアは今日もメロンパンを焼いてくれたんだよね。わたしのために。
「えーと、シャロちゃん? どうしたの、わたしの手を握りしめて」
「ふぇっ!? べ、別に何も...」
ココアに問われて初めて、自分が彼女の手をずっと握っていたことを認識した。ぱっと手を離すと、ココアの手の分だけ感触は消える。少しだけ、名残惜しく感じないこともない。
「じゃ、じゃあわたしはもう行くわね。メロンパンありがとう。またね」
半ば誤魔化すように、上ずった声でそう宣言する。ココアはそれに応じるように、手を振って応える。
「うんっ! またね、シャロちゃん!!」
帰路につくわたしを、ココアはずっと手を振って見送ってくれた。ほんと、そういうところがまさにココアらしさなのよね。
独り歩く帰り道。夕焼けに照らされたわたしの影が伸びている。
手持ちのバッグには、先程貰ったメロンパンが一つ。
少しお腹が空いたけど、家に帰るまではぐっと我慢。その代わり、帰宅したら存分に味わおう。
メロンパンの入ったバッグをそっと撫でて、再び歩き出す。
話す相手がいないと、つい考え事をしてしまう。
例えば、明日の半額セールの開始時刻と対象の商品とか、むこう一週間のバイトの予定とか、今日出された数学の宿題とか、同居人のワイルドギースのこととか。身の回りの事柄だけに限定しても、考えることは思いの外無尽蔵に浮かぶものだ。
そんな中、今日は特別考えたいことがあった。ココアのことだ。
いつからだろうか。ココアを見ていると、不思議な気持ちになるようになった。
頬が緩んで、逆に胸はぎゅっと締め付けられて。どっちに身を委ねたらいいのかわからない。
この一見対立する2つのベクトルの向きは、奇しくもわたしからココアへ向かう方向で一致している。
だから、場所なんてどうでも良くて。別物に見えても、大きさが同じなら本当は同一なんだ。
そのベクトルに、敢えて数学的でない名前を付けるとしたら。
それはきっと、『想い』とでも呼ぶのだろう。
自宅の鍵を解き、扉を開ける。
一丁前に整えられてはいるが、物置小屋と間違えられたのが正直納得できる見た目。それでも、わたしはこの家に住んでいることを恥じていない。
手を洗い、水を飲んだ。規律正しくプログラムされたルーティーン。
ふらふらと鼻歌を歌いながら、ベッドに倒れ込む。反作用で身体が僅かに跳ねた。
耳を澄ませても、聞こえる音はない。先程までの賑やかさが嘘みたいだ。
最近、あのやかましさが心地よく感じている自分がいる。
ココアが作るやかましさは、その中にさり気ない気遣いがある。きっと、当の本人は気付いていないのだろうが。
そういうところは鈍感なんだから。
わたしを含めた周囲のことはすぐに気付くくせに。
彼女はちょっと、自己犠牲的な節がある。誰とでも仲良くなって、誰でも喜ばせようとする。そのための努力は惜しまない。
以前、チノちゃんに相談されたことがある。何度ココアにサプライズを仕掛けようとしても、ココアはその度にサプライズを用意していて、結局こちらが祝われてしまうのだという。
わたしはそれに、回答することができなかった。わたしも、同じだから。
わたしだって、ココアにサプライズを仕掛けたいのに。いつも、うまくいかないんだ。
そのせいか、相談の場は共感合戦へと姿を変えてしまった。ココアに対する愚痴を思い思いにこぼすその様は、字面だけだと極めて陰湿に映る。でも、そんな事実は微塵もなかったのだ。
その証明として、話をしている間、わたしとチノちゃんは終始笑顔だった。嫌いな相手の話をするとき、人間は間違っても皮肉や嘲笑でない真の笑顔を見せる生き物だろうか。
纏めると、わたしとチノちゃんはココアのことが好きだ、ということだ。その一言に尽きる。
それは、リゼ先輩や千夜、マヤちゃんにメグちゃんなど、ココアと関わった人なら皆そう思っているだろう。ついでに、そのうちの誰もがサプライズのタイミングをはかりかねているに違いない。モカさんでさえそうなのだから。
ただ、少しだけ、引っ掛かりを感じている。皆がココアに対して抱いている気持ちと、わたしが抱えているそれは同じものなのだろうか、と。
人間は元来、幸せの意味と愛の意味を問い、追い求めながら生きている。
わたしにとっての幸せの意味は、わたししか知らない。
わたしにとっての愛の意味は、わたしにしか説明できない。
ならば、ココアのことを長年の癖のように考え、ココアに対してどきどきが止まらないわたしのこの気持ちが、あるいは友情の域を超えてしまっているのだとしても、不思議ではないのか。
認めては、ならない。胸の内の何処かで、誰かの声が響く。
ココアを困らせ、傷つけてしまうかもれない。
皆とこれまで通りに過ごせなくなったらどうするのだ。
ただでさえ、わたしは他の皆よりココアとの接点が少ない。だから、ラビットハウスに訪ねたり、たまに会話を交わしたりして、半ば無理矢理一緒にいられる時間を増やしている現状がある。
それを、一時の気の迷いで。何もかも、壊してしまうのか。
そんなの、嫌だよ。絶対に。
それならば、いっそ閉じ込めてしまうのはどうか。
ココアを閉じ込めるのではない。そんな物騒で可哀想なことは決してしない。
代わりに、わたしの行き過ぎた感情を。誰にも気付かれないように。わたし自身が、すっかり忘れてしまえるように。
刹那、震えが止まらなくなった。
怖いよ。とても、怖いよ。
それをしてしまうと、わたしがわたしでなくなってしまう気がした。この先、ココアとお話しても、ココアとお出掛けしても、ココアにもふもふされても、わたしはもう心の底から笑えなくなる。そんな気がした。
だったら、わたしは、どうしたらいいの。
テストの答案とは違って、決まりきった答えなんてないんだ。
あぁ、もう。ココア、ココア、ココア、ココア。
ごめんね、わたし。こんなに、貴方のことが。
愛おしくて、たまらないの。
ふと、大切なことを思い出した。わたしのバッグの中。
ココアから貰った、ふわふわのメロンパン。わたしに食べてもらうのを、じっと待っている。
ベッドから身体を起こし、テーブルに向かう。徐にバッグに手を入れ、メロンパンを取り出した。
受け取ったときよりは流石に弾力が少し減衰しているものの、スーパーとかに売っているそれとはまるで訳が違う。
しかも、結構大きい。受け取ったときから思ってたけど、こんなのメロンパンだけでお腹いっぱいになっちゃうわよ。
くすりと小さく笑い、丁寧にパンを包む袋を開ける。袋からは、わたしの大好きなにおいが仄かに漂ってくる。
いただきます、とこの場にいない人に告げ、一口頬張る。
その途端、もやもやした気持ちはすっと晴れ渡った。
さくさくとしたクッキー生地と、もちもちのパン生地。これを一緒にしてしまおうと最初に考えた人は、偉大だと思う。
個人的に、表彰させてほしいくらい。
こういうものは決まって一度食べたら止まらないと相場が決まっていて、夢中で食べているうちに半分以上がおなかの中に消えていた。
口元にはパンくずが付着している。少々急いで食べすぎてしまった。反省。
こういうとき、ココアはナプキンを持って近付いてくるのだろうか。そんなことされたら、恥ずかしくてどうにかなっちゃいそう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、その場にあったティッシュペーパーを湿らせてパンくずを取る。自分でやると、風情もなにもないわね。
ところで、このメロンパンだが、本当は “サンライズ” というらしい。
色々あって、マスクメロンの普及とともに勘違いされたままこのパンは “メロンパン” として広まっていったという。いつだったか、千夜からそんな話を聞いた。
何とも面白おかしい話ではあるが、それならば。
“日の出” を意味するこのパンは、ココアにぴったりなパンなのかもしれない。
そう思うと、何だか愛おしくて。食べきるのがちょっと勿体無くもなるけど。
そこはちゃんと食べきろう。それが、作ってくれたココアに対する感謝の気持ちになるのだから。
残り半分弱になったパンを、再び食べ始める。焼きたてのときのあったかさはすっかりなくなったはずなのに、何故だか太陽のようなぬくもりを感じた。
メロンパンを食べ終えた後、今日やるべき諸々を全て終えたわたしは、満を持してベッドの中にいる。
さっきの突発的なものとは違って、多少は穏やかな自分を保てている。
というか、やっぱりあのメロンパンでお腹いっぱいになっちゃったんだけど。文句を言うつもりは毛頭ないけど。とっても美味しかったし。
でも、これではっきりした。わたし、ココアのこと好きなんだ。
友達としての『好き』も当然あるが、それだけでは終わりそうもない。
ココアに、恋してるんだ。わたしは。
あんなに葛藤したのに、受け入れてしまうと何とも呆気ない。自分にとって新しい事柄は、何事もそうだ。
しかしながら、今のわたしは根本に在る事実を認めたにすぎず、この気持ちをどうするかについて、何ら答えを出せていない。
あのときと同じだ。チノちゃんにサプライズの相談を受けて、答えを出せなかったあのときと。
ココア本人が関わっていなければ、それこそココアに相談できたのに。時間的にも内容的にも、とても言える勇気が持てない。
リゼ先輩やチノちゃんに電話する手もあるが、何しろ夜もそれなりに遅い時間だ。迷惑になる可能性があり、どうしても憚られる。
いっそ、千夜になら腹を割って話せるだろうか。幼馴染故、千夜だけは割と遠慮なく話題を吹っ掛けても許されそうな気もしてくる。
とはいえ、今日どうにかしなければならない話でもないし。暫くはまともに眠れない日が続きそうだ...。
『prrrr...』
「ふぇっ!?」
突然鳴り響くコール音に慌ててしまう。枕元の携帯電話の表示を咄嗟に確認。一瞬わたしは目を疑った。
「...ココア...」
そこに表示されていた名前。確かに、ココアの名が映っていた。
ふと我に返り、電話に出る。電話越し、すぐにあの子の声が聞こえてきた。
『シャロちゃん、元気? わたしだよ』
夜だからか声のトーンは落とし気味で、ココアは言う。
「変わりないわよ。どうしたの、こんな夜中に」
『あっ、そうだよね。ごめんね、邪魔しちゃったかな』
「ううん、そういうつもりで言ったわけじゃないわ。気に病まないで」
そう返しながらつい苦笑い。コミュニケーションというものが、何とも難しいことであり続ける理由の一つだ。
『そっか。それならよかった。あっ、そうだ。今日渡したメロンパン、美味しかった?』
「美味しかったけど... ちょっと大きすぎない? わたし、あれだけでお腹いっぱいになっちゃったんだけど」
『あはは。あれは、わたしのシャロちゃんに対する愛の大きさだよ』
「っ...! あ、あんたねぇ...」
ココアは、ずるい。そういうこっ恥ずかしいことを、いともたやすく言えてしまうんだから。
『それにシャロちゃん、キャンプのとき流れ星にお願いしてたでしょ? 「お腹いっぱいメロンパン」って』
「あれ、そうだっけ? ちょっと憶えてないかも」
『えぇー!? 絶対言ったよぉ。だから、わたしが叶えてあげようって』
成程。それでここ最近、メロンパンが大きくなる傾向にあったのか。
「... ありがと。繰り返すけど、とっても美味しかったわ」
『えへへぇ。シャロちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ』
電話回線の向こうにいるココアの今の顔はきっと、満面の笑み。もう逆に、想像しやすすぎて疑いようがない。
「... ところで、ココア」
『なぁに?』
「さっき聞きそびれちゃったけど、今日はどうしたの? 何か聞きたいことでも?」
『... 用事がなきゃ、掛けちゃだめかな?』
「... そういうわけじゃないけどさ」
もう。ほんとに、ずるいんだから。こんなの、わたしじゃなくてもどきっとしちゃうわよ。
『... なーんて。今日お別れするとき、シャロちゃんがちょっと元気なさそうな顔してたからさ。心配になってつい』
「えっ...」
意外すぎる答え。わたしは絶句した。
『わたしの気のせいだったらそれでいいんだけど、本当に元気がなかったとしたらって思うと、居ても立っても居られなくって』
そっか。わたし、表情に出てたんだ。見られちゃってたんだ。
「... そう。そうだったんだ」
ココアは、一呼吸置いて続ける。
『シャロちゃん。わたし、頼りないかもだけど、シャロちゃんの力になりたいよ。聞かせて。シャロちゃん、何かあったの?』
先刻までわたしが問うていたはずの質問を、今度はココアが訊いている。何故だか、今のココアになら多少素直に話せる気がした。
「一度だけしか言わないわ。その、わたし... ココアと離れるのが寂しかったのよ」
『えぇっ!? わたしと!?』
思いの外、驚いた声を上げるココア。何となく、その反応の予想はできていた。
「そうよ。だからね、実は今こうしてココアが電話してくれたこと、結構嬉しいんだから」
『そっかぁ。へへっ、何だか照れますなぁ』
電話だと声しか聞こえないが、それでもころころと表情が変わっているのが読み取れる。それが、ココアという少女なのだ。
『あ、もうこんな時間だね。思ったよりも長電話しちゃったね』
「そうね。でも、楽しかったわよ」
その言葉に、偽りはない。ココアと話せる時間は、本当に貴重なのだ。
『それじゃあね、シャロちゃん。また何か悩み事とか相談事とかあったら、何でも遠慮なく言ってね!! お姉ちゃんに任せなさーい!!』
「わたし、あんたの妹になった記憶はないわよ」
『もう、シャロちゃんのいじわるー!!』
「どういう理屈よ...」
ココアのいつもの発作を軽く流しつつ、考える。
何でも遠慮なく、か。
これは本人に言うと調子に乗るから黙っておくけど、ココアは何でも受け止めてくれそうな包容力を持っている。
彼女がチノちゃんのお姉ちゃんを自称して久しいが、日頃の言動は兎も角としてそういった面は姉っぽさを感じる。
そんなココアに対してなら、わたしは言える。
自分の想いを。ココアへの想いを。
「ココア、明日って時間空いてる?」
ココアは少し考えて、応えた。
『うーん... 夕方なら大丈夫だよ! なんで?』
「夕方ね、わかった。その時間、公園に来てほしいの。伝えたいことがあって」
『伝えたいこと? 電話じゃ駄目なの?』
「駄目なのっ!! ココアに直接、伝えたくて」
ココアは、それを聞いて沈黙している。少々不安にさせられる。
「あの、どうしたの...?」
『... もしかして、お引越ししちゃうからもう会えない、とか...?』
思わず吹き出してしまった。まぁ、確かにそんな風に捉えられても変じゃないけどさ。
『もう、笑わないでよー!!』
「ごめんごめん。いや、でもさ、そういう話だったら皆がいるときにするって。心配しなくても、そんな予定はないわよ。無論、話したいこともそういう類のネガティヴな話題じゃないわ」
『よ、良かったぁ。じゃあ、明日の夕方。そのときに、また会おうね』
「えぇ。待ってるわ。それじゃ、おやすみ」
『おやすみー』
電話が切れる。部屋がしんと静まり返る。
まさか、ココアと話ができるなんて思わなかった。
心臓の辺りに手を当てる。未だにどきどきと激しく脈打っているのがわかる。
明日の夕方、公園。ココアと、そう約束したんだ。
退路は断った。覚悟も決めた。
自ら整えた舞台。そこで、想いをぶつけよう。
電話が掛かってくる前は眠れぬ夜が続くと思っていたのに、自分でも意外なくらいぐっすり眠れそう。
毛布を被る。心地良い眠気が、わたしを包み込んだ。
翌日。わたしは、公園に独り立っている。
自分でもここまで大胆な行動に出るなんて、昨日まで予想だにしなかった。
でも、もう迷いはない。
決めたんだ。今日、ちゃんと伝えるって。
たとえ失敗しても、後悔しないって。
「シャロちゃーん!!」
ふと、声のした方に顔を向ける。待ち焦がれていたあの子が、こちらに手を振りながら走ってくる。子犬みたいでかわいい。
「いてっ」
「えっ!? ココア!?」
足元をよく見ていなかったのか、ココアは小さな段差につまづいて転びそうになっていた。急いでココアの方に駆け寄って、彼女の身体を支える。何とか、大事には至らなかった。
「あ、ありがとうシャロちゃん... 危ないところだったよ」
「ふ、ふんっ!! 次からは気を付けなさいよねっ!!」
「あはは、手厳しいなぁシャロちゃんは」
「と、当然よ」
なんて、ツンとした態度をつい取ってしまうのが、わたしの悪い癖。本当は、もっと気遣いの言葉を掛けてあげたいのに。
「そうだよね。転んじゃったらこれ渡せないもんね」
そう呟きながら、ココアは手提げ袋に手を突っ込む。え、何? 何か持ってきたの?
「はい、シャロちゃん」
ココアの手を見ると、袋に入った沢山のパンがあった。種類も実に多種多様で、その中にはわたしの大好きなメロンパンも入っていた。
「あ、あんた、これ...」
「えへへ。いっぱい焼いたから、食べてくれると嬉しいな」
やはり、彼女には敵わない。サプライズ慣れしているというか、息をするようにサプライズを仕掛けてくるというか。もう流石としか言いようがない。
「... ありがたく受け取っとくわ。美味しいのは間違いないでしょうし」
「わーい! シャロちゃんありがとー!!」
「ひゃっ!?」
本来わたしが感謝しなければならないはずなのに何故かココアに感謝されたと思っていたら、突然、ココアに抱きつかれた。案の定、もふもふされる。
普段のわたしならつゆ知らず、今はやばい。ココアのぬくもりと甘いにおいがわたしを包み込んで離さない。このままだと、自制が効かなくなりそうだ。
「す、ストップ。おさわり禁止っ!!」
本当はもっともふもふしてほしい気持ちをぐっと堪えて、びしっと一言。今だけ、フルールの店員モード。
「はーい」
どこかばつが悪そうに、ココアは手を離す。切ないけど、今は我慢。
「それでシャロちゃん。伝えたいことって何?」
ココアの一言。ついに、この瞬間がやって来た。
これまで、何度も悩んだ。伝えようか伝えまいか。
結局、明確な正答は得られなかった。解りきったことだった。初めから、そういう類の問題だったから。
でも、それでも。自分なりの答えなら、ここにある。
ずっとずっと、温めてきたもの。今、解き放とう。
さっきのサプライズ、今度はちゃんと返してあげるんだから。
わたしは、ココアを正面から見つめた。
幸せは、時に唐突にやって来る。
その形は人それぞれ。お金や高い身分は分かりやすい例だけど、それだけでは人生を語る上では不完全といえる。
わたしの幸せは、わたしだけが定義できる。
わたしの幸せは、わたしだけが形にできる。
だから、わたしは一歩踏み出す。
当たって砕けろ、という先人たちの投げやり気味なアドバイスに、敢えて従ってみたい。
この悩める心の鎖を、貴方に砕いてほしいから。
貴方が教えてくれること。それはわたしの糧となり。
わたしはそれを、貴方に教える。
そのための一歩を、今、踏み出すんだ。
「ココア、ちょっと聞いてくれるかしら」
「どうしたの、シャロちゃん?」
「あのね、ココア。わたし、貴方のことが─」
--fin--
[あとがき]
はい、ということで終わりです。ココシャロ尊い...
私は冒頭でも述べた通り、『ご注文はうさぎですか?』は原作未読のアニメ勢です。一応、アニメは1期 〜 3期 (『BLOOM』) まで一通り視聴済です。
全体的に明るく笑顔になれる話が多い一方、登場人物 (特にチノ) たちの成長譚としても、それに伴って形作られる群像劇としても楽しめるのは、実に味わい深い点だと思っています。
作中でも言及しましたが、ココアとシャロは直接的な接点が少なく、その上シャロが体質故にコーヒーを苦手としていることもあって、二人の関係性がクローズアップされる機会に恵まれにくいです。
その代わり、いざ取り上げられると最高に幸せそうな雰囲気を醸し出してくれます。『BLOOM』のプレゼント交換の回ほんとすき。
確かに鉄板の組み合わせとは少し違うかもしれませんが、私はそれでもココシャロを推し続けます。ずっと仲良しでいてほしい。
最後になりますが、ここまで読んでくださった方に心から感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。
[これまで書いたSSリスト (順次追加) ]
・ 『あお 「くじら座の変光星の女の子」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3596&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29338408.html
・ 『変な生き物 「遂に誰からも本名で呼ばれなくなった」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3602&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29371224.html
・ 『クレア 「わたしは鍵の管理人」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3607&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29421806.html
・ 『クロ 「この丘から見える星空は」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3619&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29460066.html
・ 『きらら 「ツンツーンください!!!!!!!!」 サンストーン 「いきなりでけぇ声あげんなよ うるせぇよ」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3637&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29571518.html
・ 『みさ「みらがかわいすぎて生きるのがつらい」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3650&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29631528.html
・ 『シャミ子 「杏里ちゃん、一緒に帰ろ?」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3668&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29760440.html
・ 『千矢 「風邪を引いた夜のお話」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3681&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29831832.html
・ 『スズラン 「飯奢ってくれ」 ロベリア 「図々しいわね、呪うわよ...」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3702&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29946896.html
・ 『シャロ 「貴方が教えてくれること」』: このSS
さて、SS本編とは関係ない話をここで一つ。
皆様も既にご存知の通り、本日 (2022年3月6日) 午前0時に、「やるデース! 速報」の管理人様より、「やるデース! 速報」ときららBBSの今年4月以降の活動方針について報告がありました。
それによると、4月以降はきららBBSで投稿された事柄がブログでまとめられなくなるとのことで、両サービスを利用させていただいていた私としましては、非常に寂しい気持ちです。
しかし一方で、きららBBSは引き続き存続されることを嬉しく思っております。
これまで極めて居心地の良いブログを運営してくださった管理人の皆様に、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
なお、私自身は4月以降、すなわち「やるデース! 速報」の運営形態が変わった後も、きららBBSにてSSの執筆を続けてまいります。元々趣味で始めたことですし、何より私が、このきららBBSのことが大好きですから。
ということで、少なくとも私は相変わらずきららBBS住人です。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
私もごちうさでココシャロが一番好きなので伝説の超きゅんきゅんしちゃいました!二人で踊るのも可愛いしシャロちゃんはガチだし…
神龍「好みのSSだったんで保存した。さらばだ…。」
>>33
作者です! パラガスト下級戦士様、いつもコメントありがとうございます!
は、速い...! サラマンダーより、ずっと速い!! (違)
やったー、ココシャロの良さを共有できる仲間が早速一人!
神龍様!? い、いやー、実に畏れ多い...。お気に召されたようで、身に余る光栄でございます。
ドラゴンボール1個も持ってないのに会っちゃって良かったのかな?
まぁ、兎に角。楽しんでいただけたのなら本望デース!!
(伝説の超きゅんきゅん...?)
>>34
すみません、あまりに興奮してついついこちらの趣味の語録を使ってしまいました。
混乱を招いてしまったこと、深くお詫び申し上げます。
私は自称真実の手ですが、これは控え目に言って…善き!ココシャロって以前はゲーム版でしか無かったもので…次は是非原作にも触れて執筆をしてみてください!
>>35
あぁいえ、知らないわけではないのです。あれですね、『伝説の超サイヤ人』。
ただ、唐突になかなかのパワーワードが出現したのでそう書いちゃっただけです。
しかし、相当きゅんきゅんしてくださったようで喜ばしい限り。ココシャロは至宝。
>>36
作者です! コメントありがとうございます!!
最近、真実の手の方が増えてきたような気がして驚きを隠せません。何故か私自身も半ば真実の手扱いされてますし。
へぇー、やはり貴重な組み合わせだったんですね。すみません、本当にアニメしか知らないもので。
これまで書いてきた作品は原作を読みながら書けていた分、今回は苦労もそれなりに多かったと思います。
原作については、是非とも読みたいのですが... 既刊だけで10巻あるから、お金と時間との相談になりますね...。
作者です。当作品が「やるデース! 速報」にて掲載されました!
https://kirarafan.com/archives/30014131.html
記事の方で紹介されていた『ポップコーンはぷにんぐ!』が最高すぎてたまらないです。
もうこれは、ここでもPRするしかありません (意味不明)
ということで、件の楽曲のURLは下に示した通りです。
https://www.youtube.com/watch?v=IdXpWBwOEDM
もぐ管理人様、ありがとうございます!!
- WEB PATIO -