[Attention!]
この作品は『まちカドまぞく』を題材としたSSです。
あくまで上記原作とは一切無関係な所謂二次創作 (或は三次創作) です。
創作の関係上、大いに独自設定 ・ 捏造 ・ 原作を逸脱した点が存在します。
SSによくある会話形式ではなく、モノローグや背景描写などを多分に含みます。
その関係で文字が多く、読みづらいです。
甘酸っぱいシャミ杏 (優杏) を書き上げたつもりではありますが、執筆しているうちにシリアスに傾いてしまいました。その旨ご了承ください。
書き溜めありです。と言うより、既に最後まで完成しています。
最後に、私は『まちカドまぞく 2丁目』及び原作漫画を全力で応援しております。せいいき桜ヶ丘に栄光あれ。
以上の点を了承してくださる方は、どうかお付き合いください。
「杏里ちゃん、一緒に帰ろ?」
いつもの学校が終わり、部活も今日はないから家に直帰しようと荷物を整えていたわたしに、シャミ子がそう提案してきた。
ちょっと珍しいな、とわたしは思った。と同時に、少し前ならそれが当たり前だったのにな、とも思った。
「どうしたのさシャミ子、ちよももはいいの?」
その名前を出す度、わたしの心のどこか深いところがちくちくする。別にシャミ子が誰と居ようがシャミ子の自由なのに、胸の痛みは取れない。
「...桃なんて知りません!! あんな地獄のような筋トレ耐えられないって言ってるのに...しかも、この前の休日にミカンさんと2人きりで出掛けてたのを隠してたんです、信じられません」
シャミ子は膨れっ面でぶっきらぼうなご様子。どうせ筋トレのくだりは本当の理由を誤魔化すためにそう言っているだけなのだろう。相当ミカンとの件がショックだったと見える。しかし、シャミ子も大概めんどくさいよなぁ。
「杏里ちゃん!! 聞いてますか?」
「あぁー、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるから」
「...怪しいです」
ほらね。ちよももに出会い知り合ってから、シャミ子はめんどくさい彼女みたいな仕草が増えてきた。尤も、ちよももの方もめんどくささで言うと同レベルだから、ある意味相性抜群のコンビなのかもしれない。
「兎に角、桃のことは捨て置きます。加担したミカンさんも同罪です」
ミカン、御愁傷様...。
「そんなことより、今日は杏里ちゃんとがいいんです」
「っ...!」
一瞬、心臓が跳ねた。シャミ子にそう言われると、ついキュンとしてしまう。
「わ、わかったよー! そこまで言うならしょーがないねっ!」
咄嗟にお道化てみせる。ちょっとそうするくらいしかできなかった。それくらい、余裕がなかった。
「...!! ありがとう杏里ちゃん!! えへへ、嬉しいなぁ」
満面の笑みを浮かべるシャミ子。いつもは誰に対しても ─それこそ実の妹に対してさえ─ 敬語なのに、たまにフランクな喋り方になる。
ちよももとかにしてるシャミ先みたいな口調もそうだけど、今しがた発したようなふわっとした感じ。それがより一層、彼女を愛らしく見せる。
もう、そういうところだぞ。
「わぁい、杏里ちゃんと帰れるの久しぶりだぁ」
あのまま帰路についたわたしたち。シャミ子はぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいる。そんなに嬉しいか。
そうかそうか。そいつは何とも光栄なことだ。
しかし、ここ最近でシャミ子は随分と様子が変わった。
ツノとしっぽが生えてまぞくになる前は、病弱で控えめな子だった。保健室登校してそのまま早退、なんてこともしょっちゅうだった。それが、今ではこんなに元気いっぱいな子になっている。
ちよももと休日に遠くまで走ったとか、ミカンとお菓子を作ったとか (これを後に知ったちよももはとんでもない顔して落ち込んでたけど)、シャミ先と夢の中で夜通しレトロゲームで盛り上がっていたとか、それを証明するエピソードも日に日に蓄積してきている。総じて、シャミ子は見違えるくらい快活になった。そう断言できる。
でもそれは、わたしと居る時間が相対的に少なくなったことも意味していた。現に、わたしが1日のうちシャミ子と過ごしている時間は今や小倉にすら負けている。
わたしは所詮『かつての友達』でしかないのかな。それはそれで、つらいかな。
「杏里ちゃん? 大丈夫?」
「へぁっ!? ご、ごめん優子。大丈夫だよ」
咄嗟に返事した後で気付いた。いや、気付かされた。
「ほぇ? ...あっ、そ、そっか。よかったぁ」
名前を呼んだはずなのに反応が鈍い。そうだった、もう彼女は『優子』じゃなくて『シャミ子』なんだよね。
「いやー、心配かけてごめんね、シャミ子?」
「...杏里ちゃん」
「ん? どしたん?」
「『優子』でいいよ。わたし、何だかそう呼んでほしい気分なの」
シャミ子...優子は、そう言ってわたしを見つめる。やっぱりこの子、ずるまぞくだ。そういう態度とられるとさ。
「...わかったよ、優子」
「うんっ!」
ドキドキしないわけないじゃんか。ほんと。
優子とわたしはてくてくと歩く。歩幅は優子に合わせている。
病弱ではなくなった優子だが、運動はそれほど得意ではないようで、荷物の重さも相まってゆっくり歩かないと息切れしてしまう。そんな優子を初手で 4 km も走らせた鬼がいるらしいが、彼女はフィジカルが化け物レベルなのでわたしたちの常識を当てはめてはいけないのかもしれない。
「杏里ちゃんってすごいよね」
そんなことを頭の片隅で考えていたら、突然優子がそう切り出した。
「え、どうして?」
単純に、気になった。
「だって、テニス部とお家のお手伝いを両立して、誰とでも気軽に話せて、だから色んな人と仲良くて、それでいつも優しくて、それから...」
「ちょ、ちょっとストップ」
半ば食い気味の優子を制止させる。これ以上言わせると、恥ずかしさで真夏のアイスクリーム顔負けなくらい溶けてしまいそう。
「えー、まだまだすごいとこいっぱいあるのにー」
「じゅ、充分わかったからさ、ありがとう。いやー、照れますなぁ」
つい、顔を背けてしまう。今優子の顔を見るのはやばい。
「杏里ちゃん? どうしたの?」
優子は、そんなわたしの葛藤など何処吹く風といった具合に、視線を逸した先に回り込んでくる。夕焼け空がこの火照りを誤魔化してくれていることを、せめて願う。
「べ、別に何でもないよ。ごめんね優子、話しづらかったよね」
わたしは、そう言いながらさっき見ていた方に視線を戻す。優子は、わざわざそれを追うように身体ごと元の場所に戻っていく。小動物みたいでかわいい。
これが、今できる最低限で最善のリカバリー。テニスの試合のようには、いかないか。
「でもさ。優子の方がよっぽどすごいと思うぞ。わたしは」
「ふぇっ!? わたし!?」
おいおい。自覚していないのかい。割と本心なんだけどな。
「優子は突然まぞくとしての宿命みたいなものを背負わされたのに、気付けば町のボスとして立派に活動してる。色んな人を助けて、その皆から信頼されて、愛されてる。そんなの、わたしにはできないと思う」
すると、優子は心底驚いたような顔をする。
「えっ!? わたし、そんなに高く評価された憶えないんですけど!? 少なくとも杏里ちゃんの方が人脈広い分有利ですって、わたしなんかまだまだです」
そんなことを言いながら、一方で少し照れたような仕草を見せる。本人は隠しているつもりだが、しっぽで筒抜けだ。
それに、わたしは確かに人脈が広いけど、逆に言うとそれだけだ。
仲良くはできる。それは簡単だ。でも、その人たちから果たして優子のような絶大な信頼を勝ち取れるだろうか。勝ち取れたとして、それをいざという時に有効に使えるのだろうか。
優子は、気付いていない。それがどれだけ得難いものなのかを。
「もっと自分を誇っていいんだよ。多分自分自身で思ってるよりもずっと、優子はこのせいいき桜ヶ丘のボスだよ」
優子はいよいよ照れているのを隠せなくなっている。
最近になって、彼女の表情の豊かさに拍車が掛かっている。その目まぐるしさはまるで万華鏡のようだ。もっと一緒に居れば、もっと関われば、もっと色んな優子が見られるのかな。
「ありがとうございます、杏里ちゃん。杏里ちゃんにそう言ってもらえると何だか自信持てる気がします。わたし、期待に応えられるようにいっぱい頑張ります」
彼女は律儀にお辞儀をしてそう言う。わたしは別に大したことは言ってないのに、不思議と充実感が身を包む。
わたしたち多魔市民の日常と魔法なる概念が共存できて、それを使えるちよももやミカンが "魔法少女" と呼ばれるのなら。
きっと優子も、ある意味で魔法少女なのだろう。
わたしは既に掛けられてしまったのだ。とびきりの魔法を。
幸せという魔法を。優子という、魔法を。
歩いていると自然と疲れが溜まってくるもので、それに乗じるかのように、町には様々な食事のにおいが漂い始めた。
優子とにおいの当てっこをしながら進む。夕陽はだんだんと沈み始めている。そのうち完全に沈み、やがてせいいき桜ヶ丘には夜がやって来る。流石に街灯なしの夜道は暗くて危なそうだ。
「杏里ちゃん。手、繋ご」
その旨を伝えたところ、優子はそう言って自らの右手を差し出してきた。
こういうことを軽いノリで言えちゃうのが優子なんだよね。例えばこれがちよももだったら絶対言わないわ。
「うん、いいよ。優子の家まで、送ってあげるね」
優子の小さな手を、そっととる。温かい。細かな傷痕がいくつか残っている。きっと日々の修行でついたものだ。
この傷一つ一つが、優子の努力を物語る物的証拠。少なくともわたしには、ちゃんと伝わってるよ。
わたしの左手で、それをぎゅっと握りしめる。優子がこちらに視線を合わせて、微笑んだ。
わたしも自然と笑みが溢れる。その内側に、秘めた想いは仕舞い込んだ。
たとえ二度と日の目を見ることがないのだとしても、わたしはそれを紡ぎ続けるだろう。
「優子は、帰った後何するの?」
ありふれた日常からこぼれ出た、ありふれた疑問。優子は、少し唇に人差し指を置いて思考を巡らせ、そして言った。
「そうですね、取り敢えず桃とミカンさんにご飯作ってあげないと」
ずきっ。変な音が、何処かで響いた。
「あの魔法少女共、すっかりわたしに食生活の全権を委任しやがってます。おかしいですよ。何作っても発光させるゲーミングミール製造器は兎も角、料理が苦手なわけでもないミカンさんまでわたし任せだなんて...」
ずきずきっ。変な音は、不快で不快で仕方ないその音は、一向に鳴り止んでくれない。
痛い。胸が痛い。締めつけられて、苦しい。
違う。そんな、わたしが。優子の大切なともd...宿敵相手に。
嫉妬してる、なんて。
「杏里ちゃん!? 大丈夫!? 体調悪いの!?」
ふと我に返ると、優子が心配そうな顔でこちらの様子を窺っている。しまったな、余計な気遣いさせちゃった。
「ううん、わたしは全然大丈夫だよ! ほら、スマイルスマイル」
咄嗟に誤魔化してみたが、優子の反応は冴えない。
「杏里ちゃん、無理しないでください。そんなの体に毒です」
そんなこと言われても、何て言えば良いのかわかんないよ。伝えるのが、怖いよ。
「ほんとに... ほんとに、何でもないよ。ありがとね、優子」
苦し紛れのその場凌ぎではあったけど、優子はそれ以上の追求を止めた。沈黙が、周囲の空気をじわじわと冷やす。
やがて、わたしたちは再び歩き出した。誤魔化しを試みたときに繋いでいた手を解いたので、今はばらばらの歩幅。勿体無いことしたな。そんなことを呑気に考えながら優子の右手を一瞥。その瞬間、わたしはショックを受けた。
右手の一部が、赤くなっている。
寒さのせいとは考えられなかった。それなら片手だけ、それも一部分のみが赤くなるはずがない。直感で理解した。アレは、わたしのせいだ。
「あ、あのさ優子... その手...」
つい、訊いてしまった。黙っておけば良かったのかもしれないが、それは責任の棚上げに甘んじることになりかねなかった。
「あぁ、これ... 別に気にしなくて大丈夫ですよ、これくらいへっちゃらです」
「で、でも... ごめんね優子、痛くなかった?」
「...はい。痛くなかったです」
答えが返ってくるまで、僅かながらラグがあった気がした。
優子はぽつぽつと歩き続ける。わたしは、その後ろを付いて行く。
会話はない。何か話題を投げかければ、優しい彼女のことだからいくらでも乗ってくれるだろう。でも、今のわたしにはそれができそうにない。話したいことはいっぱいあるはずなのに、何もかも形にならないのだ。
唯一選べるのは、沈黙。それが一番労力を要さず、また一番当たり障りの無い手段だから。これ以上傷口を広げたくない、という意識も大いにあった。
でも、これでいいのかな? わたし、決定的に選択肢を間違えていないかな?
人生で何度目かも分からない、自らの選択に対する後悔の時間。今ならまだ出直せる。やり直せる。だけど、より良い方法はさっぱり思いつかない。
「...さっき、痛くないって言いましたよね、わたし」
その時、唐突に優子が口を開いた。
「...そうだね。言った」
発言の意図がいまいち読めず、肯定するしかできなかった。
「...ほんとはね、痛かった。すごく、痛かった」
絶望。その熟語の意味を、わたしはその瞬間身をもって味わった。
やはり、無理をさせていたんだ。わたしは優子を、傷つけてしまったんだ。
「違うよ? この手のことを言ってるわけじゃないよ」
「...え?」
予想していなかった言葉が後に続き、正直驚きが隠せない。
「杏里ちゃんが何かに思い悩んで、独りで苦しんでいるのに、何もしてあげられない。それがつらくて、胸が痛いんです。心が、痛いんです」
「な、悩んでるだなんて、そんな...」
「わたし、あまり勘が良い方ではないので、杏里ちゃんがどういった経緯で何に対してそうなっているのかは分かりません。でもね、伝わるものもあります。杏里ちゃんがわたしの手を握る強さ、わたしが帰宅してからの予定の話をしてた辺りから急に強くなりました」
「うそ... そんなの全然気付かなかった」
わたしが起こした行動なのに、優子に言われて初めて知覚した。そんなことが、あるというのか。
「杏里ちゃん自身が気付いてなかったのだとしたら、きっとそれって無意識のメッセージなんだと思うんです。表向きではひた隠しにしようとしていても、本当は助けてほしかったのではないでしょうか」
「...」
「だから、わたしはせめて力になりたいんです。杏里ちゃんが独りで抱え込む必要なんてありません。少しでいいですから、いえむしろ、杏里ちゃんが許す限りいくらでも、わたしにそれを背負わせてくれませんか?」
身震いした。わたしは優子に迷惑をかけないようすっかり隠してしまうつもりだったのに、それが逆効果だったなんて。
いよいよ逃げの一手を打つことはできなさそうだ。深い溜息をついて、大きく息を吸った。覚悟は、決まった。
「優子、聞いてくれる? わたしが何を考えてたのか」
しっかり優子の目を見て告げた。優子は、一呼吸置いて頷いた。
「はい、勿論です」
案ずるより産むが易し、とはよく知られた諺だが、相談事においてそれはは成立しないことも多い。ましてや、相談しようとしている相手が深く関わっているような案件では。
でも、わたしは決めたんだ。優子から、わたし自身から、もう逃げないって。
「あのね、優子。わたし、羨ましかったんだ。優子と最近仲良くしてるちよももとかミカンが」
「ほぇ?」
優子は不思議そうな顔を浮かべている。わたしは続ける。
「この間まで、それこそ優子がツノとしっぽを生やすまでは、わたしが優子の一番の友達だったのに、今じゃすっかりそのポジションから転がり落ちちゃって。優子と話せる時間も激減しちゃって。優子が...遠くなっていく気がして」
「杏里ちゃん...」
「それでね、わたし。一言で言うと、嫉妬してた。優子にとって大切な存在なのに、あの2人は。ごめんね、優子。わたし、酷いよね」
優子は、わたしの言葉を静かに聴いてくれている。その内側では、どんなことを考えているのだろう...。
「はぁ〜〜」
「えっ、そこで溜息!?」
余りにも予想外の反応に思わず突っ込みを入れてしまった。
「そりゃ溜息も出ますよ。杏里ちゃん、いいですか?」
いつになく真剣な表情を浮かべる優子。わたしは固唾をのんだ。
「わたし、杏里ちゃんのことを友達じゃないなんて思ったことありません。初めて出会った日から、勿論今も、そしてこれからも、杏里ちゃんはずっとわたしの親友なんです」
よく通る声で、言い聞かせるように、優子は語り続ける。
「それは桃が居てもミカンさんが居ても、何も変わらないんです。だから杏里ちゃん、そんな悲しいこと言わないでください。むしろ、わたしの方が杏里ちゃんとずっと仲良しでいたいくらいなんですから」
優子は、そう言うと右手をこちらに差し出してきた。赤みはだいぶ引いている。
「この手を、もう一度握ってください。それがきっと証明なんです。わたしと杏里ちゃんが親友だってことの」
優子の目を見る。先程からの真剣さと、底無しの優しさが、絶妙に入り混じっている。その瞳の奥に、わたしの顔が映っていた。
「...うん、そだね。手、繋ごっか」
左手を伸ばし、優子の右手をそっと握る。ふわっとした感触が、ほんのりとした温かさと共にわたしに伝わる。
あぁ。わたし、今すっごく幸せなんだ。幸せって、こんなに近くにあるんだ。とっくの昔に知っていたはずなのに、どうして忘れていたんだろう。
「ふぇっ!? 杏里ちゃん、泣いてるの!?」
「え?」
優子にそう言われて、初めて気付いた。確かに、わたしの瞳からは涙が零れていた。また、恥ずかしいところ見せちゃったな。
「あー... 何だか、安心しちゃって。優子と友達のままで居られるんだなぁって思ったら嬉しくてさ」
「ふふっ、なんですかそれ」
優子は徒に微笑む。わたしは涙を拭い、優子に問う。
「優子、改めて言うのも照れくさいけどさ。これからも、仲良くしてね」
優子は、きりっとした表情で答えた。
「こちらこそ」
「というか、わたしも大概酷いことしてましたね」
優子がふと呟いた。
「と言うと?」
「だって、杏里ちゃんが寂しそうにしてたのに、それを放置してたんですもの。ごめんなさいね」
そう言われると確かにそうだ。自分のことを正当化するわけではないが、優子にもっと構ってほしかったのがそもそもの切っ掛けなんだから。
「これからは、もっと杏里ちゃんとの時間を増やします。それで今回は見逃してくれませんか?」
いいよ、と言いかけて口籠った。待てよ。これはチャンスなのでは。
「どーしよっかなー」
わざと演技がかった口調でからかう。優子はあからさまに慌てふためいている。
「えぇぇ、どうしよどうしよ、むしろわたしどうしたら」
さて、ここらでやめておきますか。これ以上優子をいじめると後が怖い。何せこの子には最強の盾と最強の矛を兼ねる恐ろしい人物がついているのだ。それに、わたしもいじめるより可愛がりたい。
「へへっ、じょーだん」
「もぉー、杏里ちゃんのいじわる」
「おぅっふ... 思いの外ぐさっと来るよ、その響き」
自分が蒔いた種で勝手にダメージを食らってしまったが、気を取り直して本当に言いたかったことを言う。
「その代わりってわけじゃないんだけどさ、今度ふたりきりで出掛けない? 今度は本気だよ。たまには、そういうのもいいかなって」
ずっと憧れていたことではあるものの、いざ切り出そうとすると滅茶苦茶どきどきする。どうしよう、これやばいって。
「うーん... そうですね、今週末だったらギリギリ大丈夫かも」
「ほんと!? それじゃあその日に... あー、でもちよももとの特訓とかがあったらそっち優先でいいよ」
まぁ、既に入っている予定をキャンセルさせてまでお願いしたいことでもないし...。
「...えいっ」
「あいたっ!」
ぺしっ、と乾いた音が鳴る。優子に突然おでこを弾かれた。
「何!? わたし、何か変なこと言ったかな?」
そう言いながら優子の顔を窺う。優子は...頬を膨らませている?
「...杏里ちゃん」
「は、はいっ!」
「今はわたしとお話してるんです。よそ見せず、わたしのことをちゃんと見てください」
あれ? もしかして優子、ちょっと嫉妬してる...?
心なしかじとっとした目つきで、優子は続ける。
「たとえ桃が予定をねじ込もうとしても、杏里ちゃんとの予定があるなら全力で死守します。それに、友達との約束を破棄させてまでトレーニングを強いるほど桃も鬼ではありません。大丈夫です。今、はっきりと決めました。今週の週末は、杏里ちゃんとお出掛けです」
嬉しくなった。心が踊った。感極まるあまり、優子に抱きついてしまった。
「ありがとう優子! 楽しみだよー!! 優子大好きっ!!」
あ、やば。勢い余って言っちゃった。変な目で見られたりしないかな?
「えへへっ、わたしも杏里ちゃんのこと大好きだよー!!」
うん。大丈夫そうだね。若干、想いのすれ違いはありそうだけど。
この気持ち自体は本物だもん。ちょっぴりだけ、前より誇らしくいよう。
ぎゅっと握りしめる手のぬくもりを感じながら、思った。
実はそれほど昔でもない思い出話に花を咲かせているうちに、いよいよばんだ荘の屋根が見える距離まで辿り着いた。
ここに来るまでに、わたしは優子の呼び方を『シャミ子』に戻していた。飽くまで二人きりだから前みたいにそう呼べていただけであって、ここからは今現在の日常に切り替えないとね。
楽しかった帰り道も、ここでおしまい。名残惜しいけど、明日も会えるから笑顔でいられる。
「優子、おかえりなさい」
「おかえり、お姉!」
「おぉ、帰ったかシャミ子。おや、杏里も一緒か。我が子孫をありがとな」
門の前には、吉田家の皆様が総出で待っていた。わたしの家族も負けてはいないけど、やっぱりシャミ子の家族って素敵だよね。
「シャミ子、おかえり。今日のご飯何?」
ひょこっと顔を出したのは、桃色魔法少女ことちよもも。本当にシャミ子のご飯をずっと待ってたんだね...。
「ちょっと桃、帰ってきたばかりのシャミ子にそれはないでしょ。あ、でもわたしも夕食楽しみにしてるわね」
更に、ミカンもご登場。何だかんだ食欲が隠しきれてないぞ。
「おかえりシャミ子ちゃん。面白いもの見つけたから一緒に実験しよ?」
小倉まで出てきたよ。いや、どこから湧いてきたのさ。神出鬼没とはまさにこのことだな。
しかしこうして見ると、シャミ子は本当に皆から愛されているのだということが改めてよく分かる。
今日一緒に帰るまで、そこにわたしの居場所は無いようにすら思えていた。でも、もうそんな考えは捨てた。シャミ子はわたしだけの居場所を守ってくれるし、万が一無くなっても作り直せばいいんだ。
きっと、それが友達ってものなんだ。
「杏里ちゃん、本当に泊まっていかなくていいんですか?」
「うん、大丈夫。ありがとね、シャミ子」
シャミ子を送り届けて自宅に帰ろうとしていたわたしに、シャミ子は吉田家に泊まることを勧めてきた。気持ちはとても嬉しかったけれど、流石にそこまでお世話になるわけにはいかない。親も心配するだろうしね。
先刻まで門の前に集まっていた人たちは、全員室内に戻っている。今外にいるのは、わたしとシャミ子だけだ。
「そっか。今日は送ってくれてありがとうございました」
「そっちこそ、わたしのこといっぱい褒めてくれたり、もやもやした気持ちをすっきりさせてくれたり、ほんとありがとうね」
二人、微笑む。心地良い静寂が、辺りを包み込む。
「さて、そろそろ帰ろうかな。それじゃ...」
また明日、と言うと見せかけて、シャミ子の横に周り込む。この行動の意味を読めていないのか、シャミ子は少し首を傾げている。
ふふっ。見てろよ。わたしはもう逃げないと決めたんだ。
ゆっくりとシャミ子の頬に顔を近づけて、そのままそっと口づけをした。
唇を離すと、やはりというかシャミ子の顔が真っ赤になっている。
「あ、杏里ちゃん!? こ、これは一体...?」
「わたし、言ったよね? 『大好き』って。あれ、出任せとかじゃないから。わたしを本気にさせた責任、取ってよね」
シャミ子は混乱して目を回している。更に畳み掛けてやろう。耳元で囁いた。
「今週末のデート、楽しもうね。『優子』」
「はわわわわ...」
今まで散々シャミ子にどきどきさせられていたんだ。ちょっとくらい、お返ししてもいいよね。
「それじゃ、もう行くね。お休みー。また明日ねー」
爆発寸前のシャミ子を横目に、すっと踵を返してその場を去る。覚えたての流行曲を鼻歌で歌いながら歩む帰り道に、ここ最近ですっかり聞き慣れたあの声が響いた。
「これで勝ったと思うなよー!!」
わたしは、小さく苦笑いをする。それはこっちの台詞だって。
あれは、シャミ子に対しての宣戦布告。そして、自分自身に対しての決意表明。
絶対に、わたしに夢中にさせてあげるんだから。覚悟しといてよね。
誰にも聞こえない声で、こっそりと呟いた。
「これで勝ったと思うなよ」
頑張れ、わたし。心に秘めた想いを、形にするんだ。
--fin--
[あとがき]
はい、ということで終わりです。百合は私には高難度すぎたよ...。
今回シャミ杏を書いてみましたが、実は私自身はシャミカン推しだったりします。いつか絶対シャミカンSS書いてやる。
『まちカドまぞく』は、無料配信期間中に視聴したアニメ1期で知り、その世界観とストーリーに感銘を受けてファンになりました。原作単行本については、2022年2月時点で出版されている1巻から6巻までを所持しており、全て読了しております。
4コマ漫画とは思えないほど濃密に詰まったその内容は、コミカルさとシリアスさを兼ね備ええつつ、シャミ子こと優子の成長譚としても読むことができてとても面白いです。
加えて、作中に幅広いジャンルのネタが多数仕込まれていて、単純に創作をする上で参考になります。一体何処からあれほどまでのネタを仕入れてくるのでしょうね...?
現在は原作者の伊藤いづも先生の体調が優れず、連載も長期に渡って休載となっているのが悔やまれるところです。伊藤先生の一日も早い快復を願っております。
最後になりますが、ここまで読んでくださった方に心から感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。
[これまで書いたSSリスト (順次追加) ]
・ 『あお 「くじら座の変光星の女の子」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3596&ukey=0
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・ 『変な生き物 「遂に誰からも本名で呼ばれなくなった」』
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・ 『クレア 「わたしは鍵の管理人」』
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・ 『クロ 「この丘から見える星空は」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3619&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29460066.html
・ 『きらら 「ツンツーンください!!!!!!!!」 サンストーン 「いきなりでけぇ声あげんなよ うるせぇよ」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3637&ukey=0
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・ 『みさ「みらがかわいすぎて生きるのがつらい」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3650&ukey=0
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・ 『シャミ子 「杏里ちゃん、一緒に帰ろ?」』: このSS
いいですねー
シャミ杏は本当に見かけないのでとても興味深いSSでした
シャミ子の表情が瞼の裏に浮かんできましたよ
あなたのSSは癖が無くて読みやすくテーマも面白いのでこれからも楽しみにしています
シャミ杏はあまり見かけないのですごく楽しめました。次のssも楽しみにしています。
>>25
作者です! コメントありがとうございます!
シャミ子の表情や反応の描写は力を入れたところの一つなので、そう言っていただけて非常に嬉しい限りです。
シャミ杏、ホントに全然見かけませんよね...。作中でも言及しましたが、たまにシャミ子が杏里ちゃんにタメ口で話すのが最高にかわいくてキュンキュンします。シャミ杏流行れ。ついでにシャミカンも流行れ (裏切り者)
>>26
コメントありがとうございます! 上の方にも申しましたが、シャミ杏って本当に少ない。地味に杏里ちゃんは優子がシャミ子になる前のことを知っている人物なのだから、その点で材料は結構あると思うんですがね...。
とはいえ、杏里ちゃん自身が意外と謎多き人物でもあるので、それもあって書きづらいという可能性も考えられそうです。実際、私も苦戦しました。しおんちゃんみたいに原作でいつか大幅な掘り下げがあるのだとしたら、その後ならあるいは...?
過去を知っているって、百合シチュとしてかなり強いと思う…。シャミ子はハーレム系主人公だった…?
シリアス、ギャグに加え百合まで見事にこなされるとは…。
>>29
作者です! パラガスト下級戦士様、コメントありがとうございます!
私もその点は大いに同意です。そこが杏里ちゃんの最大のアドバンテージですからね。家族以外でまぞくになる前のシャミ子、つまり優子を知っているネームドキャラは、「あの御方」を除くと杏里ちゃん (としおんちゃん?) くらいだという事実。
シャミ子はハーレム系主人公の素質あると思います。作中でシャミ子を待っていた人たちが結構沢山いましたが、あれでも全然足りないくらいですもん。まぞくからも魔法少女からも一般人からもめいっぱい愛されるシャミ子ちゃんかわかわ。
当作品が「やるデース! 速報」にて掲載されました!
https://kirarafan.com/archives/29760440.html
毎度のことながら、画像のチョイスがとても絶妙です。あの画像1枚で仲の良い親友感が伝わるのほんとすごい。
もぐ管理人様、誠にありがとうございます!!
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