[Attention!]
この作品は『棺担ぎのクロ。 〜懐中旅話〜 』並びに『きららファンタジア』を題材としたSSです。
あくまで上記原作とは一切無関係な所謂二次創作 (或は三次創作) です。
創作の関係上、大いに独自設定 ・ 捏造 ・ 原作を逸脱した点が存在します。
SSによくある会話形式ではなく、モノローグや背景描写などを多分に含みます。
その関係で文字が多く、読みづらいです。
クロのエトワリアでの旅に関して、一部妄想に基づき執筆した箇所があります。
書き溜めありです。と言うより、既に最後まで完成しています。
最後に、私はニジュクとサンジュのきらファン参戦をいつまでも待ち望んでおります。やはりクロとセンの旅には彼女たちが不可欠です。
以上の点を了承してくださる方は、どうかお付き合いください。
「さて、今日も沢山歩いたね。この辺で打ち止めとするか」
独り言半分、会話半分。そんな匙加減で私が言うと、律儀に答えが返ってくる。
「そうだな、夜もだいぶ更けてきた。ここからは俺の時間だぜ」
「センはまたお酒飲みすぎて羽目を外さないように」
「うっせ、わかってるよ」
「どーだか」
こんな会話をコウモリとしている姿は、傍目から見ると随分と異常に見えるだろう。そもそも、私が背負っている棺、これ自体が見慣れない異物の典型例なのである。
しかし、これが私たちの日常。『クロ』という名前を名乗り、棺を背負い、センとあの村を飛び出してからというもの、魔女ヒフミを探して続けていた旅も、このエトワリアという世界にやって来てから続けている旅も、私にとっては当たり前のものになっていた。
ただ、気がかりなことはある。元の世界では一緒だったのに、この世界ではそうでない存在。
ニジュクとサンジュは、今頃どうしているのだろうか。
満天の星空の下、火を起こして暖を取る。煌めく星々を眺めていると、つい時間を忘れてしまう。
エトワリアの星空は、私の住んでいた世界のそれとは少々異なるらしい。ある時偶然居合わせた『地学部』なる集団に属するクリエメイトたちが、確かそんなことを言っていた。
彼女たちは、星空を眺めることを心から楽しんでいた。見慣れない筒のようなものを宙に向け、そこから更に飛び出ている筒状の部分を覗いてはしゃいでいたのが印象的だ。私も覗かせてもらったが、肉眼では単なる点にしか見えない星々がよりくっきりと、鮮やかに映っていて驚いてしまった。
またある時には、野外で火を起こしたり料理をしたり、私が知るそれよりもだいぶ使い勝手の良さそうな素材で出来た天幕を広げて、その中でまったりと時間を過ごしたり眠ったり、そんな活動を生きがいにしているというクリエメイトたちと出逢った。私にとって野外での寝泊まりは生存に必要不可欠な要素という側面が強かったのだが、あくまでそれを趣味として楽しんでいる姿は少々新鮮だった。確か、『野クル』と名乗っていたっけか。
『地学部』や『野クル』に属する彼女たちは、私とは生きる世界が文字通り異なっている。本来は遭遇することすら叶うはずもなかったのだ。そう考えると、この状況自体が極めて不可思議な代物であるのだと認めざるを得ない。
そんな不可思議な状況に、ニジュクとサンジュが食いつかないわけがない。彼女たちは好奇心旺盛なのだ。私としても、彼女たちに教えてあげたいという気持ちもある。
しかし、私とセンが召喚士のきららに召喚されたあの日、同じ場にニジュクとサンジュの姿はなかった。故に、今もこうしてセンとふたりきりで旅を続けている。
「なぁクロ、そんなに心配か? アイツらのこと」
物思いに耽っていると、センが私にそう訊いてきた。
「さぁ、何のことかな...っていつもなら誤魔化しているところだけど、今日くらい素直に言ってもいいか。うん、心配だよ」
「やっぱりか。まぁ俺も正直なところ心配してるしな。でも、別に元の俺たちがそのままこっちに来てるって話じゃないらしいから、その辺は安心だな」
「全くだよ。もしそうだとしたら心配なんてものじゃない。無理にでも即刻元の世界に帰還していたかもしれないね」
その言葉に偽りはない。ニジュクとサンジュには身寄りがない。確かに『帰る場所』とも取れるところはあるかもしれないが、そこで彼女たちを待つ者になり得る存在は既にいないのだ。ここで私が見放してしまったら、彼女たちは本当に路頭に迷うことになりかねない。
私は、彼女たちが閉じ込められていた檻を知っている。あの日、私とセンが連れ出さなければ、きっとニジュクとサンジュはあのままだっただろう。
もう、あの子たちに2人きりで寂しい思いをさせたくない。そんな想いを、私は抱いている。
炎は静かに、しかし確かに暗闇を照らしている。
こうして火に当たっていると、生きているのだという実感が身に染みてくる。
木や草が燃える音。ぱちぱち、ぱちぱち、奏でている。
それはきっと、生命の音。私たちは、生命を貰って生きている。
残酷なものを、これまで沢山見てきた。目を背けたくなった日もあった。実際に背けた日もあった。それを全部受け入れろなどというのは、綺麗事に過ぎないのだ。
それでも、完全には立ち止まらない。旅人とはそういうものだ。
歩みを止めた時、旅人は死ぬのだ。
ふと、何かの音色が聞こえてきた。音のする方を見ると、センが口笛を吹いている。
「セン、急にどうしたんだい」
そう尋ねると、センはにへらと笑って応えた。
「折角の夜なのに、いやに静かすぎてな。俺の口笛で盛り上げようかと」
「...はぁ、全くセンは」
「あぁ? なにか文句でもあるのか?」
「いや、別に。ただ...」
少し間を持たせて言う。
「...高い音はちょっと苦手なのかなって」
センは、ぽかんとした顔をした直後、心底悔しそうな顔を浮かべる。
「うっせぇ! 別にお前に聞かせるために吹いてたわけじゃねぇ!!」
「いや、じゃあ誰に宛ててたのさ。ニジュクとサンジュかい?」
すると、センは穏やかな溜息をついた後、ぽつりと呟いた。
「まぁ、それもあるけどよ。ここにだっていくらでもいるだろ? 生命を持った『観客』が」
辺りを見回す。成程、「静かすぎる」ってのはただの出任せか。
「そうだね。『生命の音』が、聞こえる」
つまりは協奏 (セッション) したかったってわけだ。この気まぐれな観客と。
「なんだかんだいい雰囲気にはなるものだね」
相変わらず続けているセンの口笛を聞きながら、思ったことを言ってみる。
「な? やっぱり俺の口笛いけるだろ?」
「いや、正直高音を中心に外しまくってて、上手いか下手かでいうとド下手ってところかな」
「何だとこのやろう」
「でも、いい雰囲気だ。それは間違いない」
センは、少々怪訝そうな顔を浮かべている。
「要領を得ないな。仮に俺の口笛がド下手だとして、どうして雰囲気はいいって言えるんだ?」
私は、特にセンの方を見ずに返事をする。
「うまい具合に調和してるんだよ。観客たちが好き勝手に奏でる音と、センがこれまた好き勝手に奏でる音が」
「あっはっは、何だそりゃ!!」
センは、ここに来て大爆笑している。それに構わず、私は続ける。
「自然っていうのは悠大で、あらゆるものを包み込んでしまう。それで、足し合わせると丁度いい塩梅の音響を創り出している。センも、その中に取り込まれていたってだけの話さ」
あれから随分と長い時間口笛を吹き続けたセンは、案の定疲れ切って木陰に身を委ねている。
別に気遣う義理はないが、ここで追い打ちを掛けても仕方あるまい。私はせめて静かにしていよう。
暖を取るために燃やしていた炎は、勢いがだいぶ弱くなっている。それでも、人ひとりを暖めるくらいの余力は残されているらしい。
私が背負っているこの棺を燃やしたなら、少しは長持ちするのだろうか。
勿論、そんなことをするつもりなど毛頭ないが。
私は背負い続けなければならない。この棺が意味を成す、その日が来るまで。
ふと、左腕の包帯が黒ずんでいたことを思い出した。半ば物入れと化している棺から、数時間前に買った包帯を取り出し手早く巻き替える。
この作業にも慣れたものだ。初めのうちは包帯で覆った自分の身体を見て少し切ない気持ちにもなったものだが、もう今では何も思わない。これもまた、私にとっては日常の光景で、当たり前にこなしている生活習慣の一種なのだ。
足元には、元々巻いてあった包帯の残骸。これも付け替えたときは真っ白な布だったのだが、最早見る影もないくらい漆黒に染まっている。包帯という単なる物体にすら、私の呪いは伝染していく。
私はそれを拾い上げて、燃える炎の中に投げ入れた。
ぷすぷすと小さな音を立てて、包帯は見る影もなくなった。
きっと、包帯は炭になり、その後灰になったのだろう。
私も、最期はそうなっていくのだろうか。
自らの両手に視線を落とす。流石に真っ白な包帯で包まれた左手と、それよりは少し彩度が落ちた包帯に包まれた右手。
いずれ、この両手の包帯も真っ黒くなる。それが私に掛けられた呪いだ。
未だに鮮明に憶えている。ニジュクが私の呪いに触れてしまった日のことを。あれ以来、白かったニジュクの耳と尾は黒くなった。恐ろしくなった。何度洗っても落ちないのだ。私が、ニジュクの白を台無しにしてしまった。
そんな中、ニジュクとサンジュは全く意に介さない様子だった。むしろ、真っ黒な私に白を分けてくれようとすらした。それが彼女たちの本質だった。
純粋無垢。そのくせ洞察力は人一倍優れている。
全く、敵わないよ。あの子達には。
私が長期に渡って倒れ眠っていた間も、ニジュクとサンジュはセンと共に私のことを待っていてくれたという。季節が一周してしまうほど長い間。彼女たちは私のことを『憶えて』いてくれた。
...私は忘れてしまっていたというのに。その上、彼女たちを拒絶してしまったというのに。
いつの間にか、私の荷物は重くなった。旅を始めた頃よりも、ずっと。
旅人の荷物は軽い方がいい。でも、必要なものなら話は別だ。
今はむしろ、手持ち無沙汰すぎるまである。
「... 寂しいものだね、正直」
独り言が、ぽつりと口を出た。いつの間にか目を覚ましたセンが、笑って応える。
「お前らしくもない台詞だが、わからなくもねぇ。あんなでも話してるとそれなりに楽しいし、一緒に旅をしていた仲間だ。まぁ、何時かは絶対会えるんだしよ、その時を待ってるのもいいんじゃないか?」
「...それもそうか」
などと口にはしながら、自身の発言に疑問も抱いている。
再会できる時期を知る手段は全く無い。今日ふらっと現れるかもしれないし、10年経っても現れないかもしれない。実は既に来ているのかもしれないし、それどころか、ニジュクとサンジュが召喚されるのを待たずして私たちの側が元の世界に還る可能性すら有り得る。要するに、先行きが不透明なのだ。
少なくとも、今の私ができて、今の私がすべきことは。
ニジュクとサンジュのために、彼女たちの居場所を保ち続けることだ。
風が、吹き抜けた。
その凍てつく冷たさに、センは一瞬震え上がった。
そして、何を思ったのか震えたまま口笛を再開した。
つい溜息が漏れる。調子の良さは天然ものだな。
そんなことを思いながら、目を閉じた。
耳からは、実に多くの音が聞こえてくる。
センの妙ちくりんな口笛も、聞き慣れてくると悪くないと思える。
本人に言うとまた調子に乗るから黙っておくけど。
でも、まぁ。
この自然という演奏者が奏でる即興音楽を、ニジュクとサンジュにも聴かせてあげたいという気持ちくらいは、あるかな。
尤も、あの子たちは演奏者側の方が似合いそうだけど。
音楽というのは不思議なもので、耳を傾けていただけなのにだんだんと眠くなってきた。
気付けば火は消えていた。道理で少し寒いわけだ。
いっそ、このまま眠るのもいい。段々と、意識を手放す。
フェードアウトしていく視界には、瞬く星々が映っている。
この丘から見える星空は、一人と一匹には広大すぎる。
それは、一人と千匹になっても、二人になっても変わらないと思う。
ただ、不快ではない。それは確証を持って言える。
「おやすみ、クロ」
センの声が、聞こえた気がした。
嗚呼。今日は案外、良い夢が見られそうだ。
--fin--
[あとがき]
はい、ということで終わりです。クロちゃの再現難しいデース...
『棺担ぎのクロ。』は、単行本全巻 (『〜懐中旅話〜』 全7巻 + 『〜追憶旅話〜』) を所有しており、また全て読了済です。初見時は余りのクオリティの高さと情報量の多さ、そして胸を打つ衝撃的な展開に終始翻弄されておりました。
登場人物に無駄がなく、伏線の回収も凄まじいほどに巧い。
興味をそそる文章と、登場人物たちの詩を詠むような語り口にもぐいぐい引き込まれます。
そして、終盤のエピソード。涙で単行本を濡らさないよう苦心した記憶がはっきり残っています。
完結済作品では『うらら迷路帖』と並んでストーリー4コマ作品のマイルストーン的存在と言っても過言ではありません。
そんな素敵な作品故に、今回は第1作並に力を入れて執筆しました。
どんなに頑張ってもきゆづき先生の足元にも及びませんが、せめて少しでも『クロ』の素晴らしさを感じ取っていただけたなら本望です。
最後になりますが、ここまで読んでくださった方に心から感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。
なお、当作品が2022年に私が投稿する初SSとなります。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
[これまで書いたSSリスト (順次追加) ]
・ 『あお 「くじら座の変光星の女の子」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3596&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29338408.html
・ 『変な生き物 「遂に誰からも本名で呼ばれなくなった」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3602&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29371224.html
・ 『クレア 「わたしは鍵の管理人」』
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3607&ukey=0
https://kirarafan.com/archives/29421806.html
・ 『クロ 「この丘から見える星空は」』: このSS
>>17
作者です! 阿東様、コメントしていただきありがとうございます!!
ニジュクとサンジュについては、かわいいだけじゃなく時折核心を突くような言動を見せる一面など、特筆すべき点が多すぎます...
次クロちゃたちが出てくるSSを書く機会がありましたら、今度は彼女たちも存分に活躍させたいものです。
作者です。当SSが「やるデース! 速報」にて掲載されました!
https://kirarafan.com/archives/29460066.html
もうね。感激ですよ、僕は。
もぐ管理人様、ありがとうございます!!
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