(──夢の中でも、翠ちゃんはおサボりさんらしい)
「今は力を蓄えるために休憩を」
「また堂々とおサボり宣言して!」
(夢の中でたっぷり休むのなら、起きた後に原稿書いてくれないかな)
「正当な休憩です、ええ。鳥が羽根を伸ばすように身体を休め、獅子が爪を研ぐように準備をするんです」
「本当に正当だと思っているなら、目をそらさずにこっちを見てください。青山先輩!」
「(∩゚д゚)アーアーきこえませーん」
(目覚まし時計の音は、まだ聞こえない──)
〜ラビットハウス〜
凛さん「こっちを見なさい、青山ブルーマウンテン!」
青山さん「(∩゚д゚)アーアーきこえませーん」
凛さん「耳を塞いで目をそらしてる場合じゃないでしょ! ……というわけですね、みなさん」
チノ「ラビットハウスで……」
ココア「執筆合宿がしたい、だったよね」
凛さん「はい!」
青山さん「私と凛ちゃんの二人だけで、合宿という概念は成立するのでしょうか」
凛さん「青山先生はちょっと黙っててください! 先生、また締切に追われていて……」
ココア「それっていつものことじゃ?」
リゼ「ラビットハウスで書いてるのもいつも通りだな」
凛さん「それはもう、本当にその通りなんですが……今回は普段に輪をかけて進捗が……」
チノ「いつも明日が締め切りって言ってる気がするのですが」
リゼ「それを超える進捗ってなんなんだ。いや、超えてるんじゃなくて下回ってるのか?」
青山さん「下回る……沈む……そう、観覧車から夕日を見下ろした時の、地平線へ沈んでいく太陽のように下回っています」
ココア「青山さん、それ多分今言ってる場合じゃないよ!」
凛さん「ラビットハウスで先生の筆が進むのは分かってます。ですが、今回はそれだけじゃ足りないんです」
チノ「それで合宿ですか」
リゼ「だったら青山さんだけ突っ込んでおけば……凛さんも泊まりたいのは、青山さんを見張るため?」
凛さん「です。それと……私が、ラビットハウスのことをもっと知りたいのもあって」
ココア「凛ちゃんさんが? どうして?」
凛さん「……先生の好きなラビットハウスを知ったら、先生に近づけるかもしれないって」
青山さん「私に?」
凛さん「そうしたら、先生にもっと、的確なアドバイスができるようになるんじゃないかって。そう思ったんです!」
ココア「なるほど。凛ちゃんさんのパワーアップ合宿でもあるんだね」
凛さん「パワーアップ、できればいいんですけど……我ながら漠然とした理由だなとも思ってて……」
ココア「そんなことないよ! 青山さん、昔からのうちのお得意様だもんね!」
青山さん「はい。先代のマスターの頃からお世話になってますから」
リゼ「ここを知れば青山さんに近づけるってのも、あながち間違いじゃないだろ。チノはどう思う?」
チノ「私も賛成です。うちと青山さんは色々と縁がありますから。父に確認してきますね」トテトテ
ココア「合宿頑張ろうね、凛ちゃんさん! 青山さん!」
凛さん「……! みなさん、ありがとうございます!」
青山さん「頑張りましょうね、凛ちゃん」
リゼ「一番頑張らなきゃいけないのは青山さんだぞ」
〜しばらくして〜
凛さん「注文入りました! オリジナルブレンドを二つです!」
チノ「わかりました」
リゼ「……どうしてこうなってる?」
ココア「どうしてって?」
リゼ「どうして凛さんがラビットハウスで働いてるんだ? バーの制服まで着て」
青山さん「ラビットハウスのことを知るなら、実際に働いてみるのが一番だと思うんです」
ココア「だって!」
リゼ「一理ある気がしなくもないが……青山さんの見てるラビットハウスって、お客さんの視点なんじゃ?」
凛さん「いえ、これで構いません。働く側の視点で見える良さもあるはずですから!」
リゼ「まあ、凛さんがそう言うなら」
凛さん「あるはずなんです、必ず……」
リゼ「……?」
凛さん「っといけないいけない! ちゃんと頑張らなくっちゃ」
ココア「ファイトだよ、凛ちゃんさん! うちの良いところ、たくさん見つけてね!」
凛さん「はい! こうして実際に働いてみると、お店の良さがだんだん見えてきます!」
ココア「本当!? 例えばどんなところが?」
凛さん「例えばそうですね……お店のお掃除、楽しいです!」
リゼ「……視点が働く側に寄りすぎてないか?」
〜夜〜
凛さん「進捗はどうですか、青山先生!」
青山さん「原稿用紙が、真珠のような煌々たる輝きを放っています」
凛さん「つまり?」
青山さん「真っ白です」
凛さん「翠ちゃん!!! 今回は、ほんとのほんとにギリギリなんだからね!?」
青山さん「わかってるんです。ですが……どうしても思考が広がらないんです。こんな時、マスターがいてくれたら……」
凛さん「むぅ……そうだ! きっと未来のマスターになる、チノさんにコーヒーを淹れてもらいましょう!」
青山さん「良いですね。刺激になりそうです」
凛さん「チノさんのコーヒーなら私でも飲めますから。徹夜です徹夜!」
青山さん「わーなんだか眠くなってきたー。凛ちゃん、今日はもう寝ちゃいましょう」
凛さん「ちょっと!」
青山さん「無理して起きていても何も思いつきませんから。その代わり、朝早く起きてすぐ取り掛かります」
凛さん「それは、そうかもだけど……起きられるの?」
青山さん「ココアさんに借りてきた目覚まし時計があります。ほらっ、大きな音がなりますよ」ジリリリリリリリ
凛さん「大丈夫かなぁ」
青山さん「大丈夫ですよ。目覚ましが鳴っていても、身体が休まるまでぐっすり眠れますから」
凛さん「起きられるかどうかを心配してるの! それじゃむしろ不安だよ!」
青山さん「そして安眠グッズに、こちらのレコードを」
凛さん「銀のスプーン……この曲って……」
青山さん「ラビットハウスといえばこの曲でしたから。ひょっとしたら、マスターが夢に出てきてくれるかもしれませんね」
凛さん「そのまま夢の中で原稿書いてよ」
青山さん「睡眠とは、人類にとって最も優れた休息の手段。そう思いませんか? さぁ、この雪のように白く柔らかなこの枕とともに最高の休息を」
凛さん「翠ちゃんの原稿用紙のように真っ白だね、その枕」
青山さん「(∩-ω-)アーアーきこえませーん。おやすみなさい」
「ふわり 小さな寝息は春のよう♪」
♪〜
凛さん(銀のスプーン……かつてのラビットハウスは、今のマスターのジャズで救われて)
凛さん(そんな頃の曲。先代のマスターが生きていた頃の、ラビットハウスの曲)
凛さん(先生の好きなラビットハウス。それにはきっと、昔のラビットハウスも含まれていて)
『ひょっとしたら、マスターが夢に出てきてくれるかもしれませんね』
凛さん(私も、その夢を見ることが出来たら)
凛さん(そうすれば、もっと、翠ちゃんに)
凛さん(なんて──)
「──なさい。起きなさい!」
(……あれ、もう朝? 朝、なにかしなくちゃいけないことがあったような……あと翠ちゃんから原稿を……)
真手「そうだ! 原稿! 朝ですよ、青山先生!!!」
「原稿よりも先に仕事だ仕事! いつまでもサボってるんじゃない!」
真手「へ? 仕事? ちゃんと有給は取ってますよ!? 実際には合宿しちゃってますけど」
「まだ寝ぼけてるのか。珍しいな、真手。にしても、青山はまた部誌の締切に追われてるのか」
真手「部誌? なんのことで……ところで、あなたは」
青山「凛ちゃん、やっと目を覚ましたんですね。さあ、レッツお仕事! 原稿はその後でいいですよね」
真手「何言ってるんです! 今日は起きてすぐ原稿に取り掛かる約束で……って、あれ? 先生、その髪型」
青山「先生? 髪型?」
真手(そう、髪型。随分と懐かしい……)
真手「……おさげにしてるなんて久しぶりじゃない?」
青山「いつもこうですよ? でしたよね、マスター?」
「ああ」
真手「うん? いつも? ていうか、マスターって」
「俺がどうかしたか?」
真手(……! 嘘でしょ……?)
真手「……か、鏡!」
青山「鏡?」
真手(そうだ、スマホのカメラ……ってなんか懐かしい携帯出てきた! 学生の頃のやつ!)
「寝癖でも気にしてるのか? ほれ」
真手「ありがとうございます……若っ! ていうかよく見たら翠ちゃんも若い! こ、これって……」ワナワナ
「「?」」
真手「ほ、ほっぺをむぎゅー……いたくない」ムギュー
真手(これ、夢だー!)
真手「あ、じゃあ朝じゃないんだ。良かったぁ」ホッ
青山「お昼ですよ」
真手「あ、いやそういう意味じゃ」
「真手、そろそろ仕事をしろ!」
真手「はい! すみません! ……って仕事? ひょっとして、ここの?」
「うち以外どこがある」
真手「す、すみません!」
真手(じ、状況を整理しよう。まず私と翠ちゃん。まるで学生の頃みたいな感じ。服装は……昨日と違って翠ちゃんもバータイムの制服だね)
真手(それから……)チラッ
「?」
真手(この人って、先代のマスターだよね!?)
真手(つまり、この夢は……昔のラビットハウスで、バイトをする夢ってこと? ふ、不思議体験)
青山「凛ちゃん?」
真手「す、すみません! 青山先s……先輩! さあ、お仕事お仕事!」
マスター「やっと真手が戻ってくれるか。真面目な真手と違って、青山は仕事も原稿もサボるから使い物にならん」
青山「酷いですマスター! 私、ちゃんと仕事も原稿もこなしてます。ね、凛ちゃん?」
真手「あ、あはは」
真手(いつもの翠ちゃんは仕事の原稿をサボってるよ)
マスター「真手のやつ、呆れて乾いた笑いが出てるじゃないか。せめて部誌の原稿くらい、余裕を持って出したらどうなんだ」
青山「ちゃんと締切には間に合ってますから。当日ギリギリですけど」
マスター「それは伸ばしてもらった締切だろう」
青山「マスター、世の中にはこんな言葉があります。締め切りはゴムのように伸びる、と」
マスター「そんな言葉は今すぐ忘れなさい」
真手(翠ちゃん、楽しそうだなぁ)
真手(翠ちゃん言ってたよね。こんな時、マスターがいてくれたらって)
真手(だったらこれは……チャンス、だよね)
真手(夢の中だけど、翠ちゃんの好きなラビットハウスの、マスターの。その雰囲気だけでも掴めたら。そうしたら、夢から覚めたあとに……)
真手(なら、この夢の中でマスターさんを観察しないと! ……観察って、なんだかいつもの翠ちゃんみたい)
真手(でも、今日の私はいつもの翠ちゃんと違ってお客さんじゃないから……お仕事を真面目に頑張って、近くで観察だね)
真手(現実の私は学生時代にここでバイトをしたことはないけど、仕事内容は昨日覚えたからバッチリのはず!)
真手「よぉし、がんばるぞー!」
マスター「やる気満々の真手を見ろ。青山も見習ったらどうだ?」
青山「頑張り過ぎたら、柔らかい私のメンタルが千切れてしまいます。その柔らかさはまるでコーヒーに乗ったクリームのように……」
マスター「柔らかいならゴムのように伸ばせばいいだろう」
〜しばらくして〜
真手(……がんばるぞって、言ったは良いものの)
青山「お客さんが少ないですね」
真手「ちょっと青山先輩!」
青山「ここでは翠ちゃんでいいのに」
真手「今それ言ってる場合じゃないですから!」
マスター「静かなくらいがちょうどいいんだ」
真手「マスターもそんなこと言わないでください!」
マスタ「客が少なくても、満足して、また来るよマスターと言ってくれればそれでいい」
真手「えぇ……? 確かに、この雰囲気は落ち着きますけど」
青山「静かなのはラビットハウスの良いところです」
マスター「褒められてるのか貶されてるのか」
青山「もちろん褒めています。静かな雰囲気も、素敵なマスターも……ラビットハウスの全部が大好きですから」
マスター「その大好きなラビットハウスのために働いておくれ」
青山「今は力を蓄えるために休憩を」
真手「また堂々とおサボり宣言して!」
青山「正当な休憩です、ええ。鳥が羽根を伸ばすように身体を休め、獅子が爪を研ぐように準備をするんです」
真手「本当に正当だと思っているなら、目をそらさずにこっちを見てください。青山先輩!」
青山「(∩゚д゚)アーアーきこえませーん」
マスター「まあ良い。どうせ今は客がいないしな」
真手「お客さんがいなくてもできることはあります! 掃除とか。私、頑張ります!」
青山「頑張ってください、凛ちゃん!」
真手「青山先輩もやるんですよ」
青山「頑張るって言ったのは凛ちゃんなのに」
真手「言わなくてもやるのー!」
〜数分後〜
真手「おっそうじおっそうじ〜♪」
真手(夢の中でもがんばるぞ〜♪)
真手(このお店のお掃除の手順も、現実で学んだのでバッチリ!)
青山「ふぅ、頑張りましたね」
真手「まだ五分も経ってない!」
青山「マスター、実は原稿のことでご相談がありまして……」
マスター「仕事中にか」
真手「また脱線して……」
真手(いや、今こそマスターを観察するときでは?)
真手「青山先輩の分も、私が掃除しておきますね☆」
マスター「どういう風の吹き回しだ!?」
青山「凛ちゃんの許可も出たことですし」
マスター「俺の許可を取れ。はぁ……仕方ない、話してみろ」
真手(来たー! さーて聞き耳聞き耳。マスターのどんなところが翠ちゃんを惹きつけるのか……)
青山「実は、ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
真手「……え?」
マスター「ザーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
青山「ザーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーー」
真手(何も、聞こえない……!? な、なんd
真手(そりゃそうだよね、私の夢の中だもん! 私の知ってることしか出てこないよね!)
真手(ラビットハウスのことは知ってる。昔のラビットハウスの雰囲気も、なんとなく覚えてる)
真手(翠ちゃんから聞いたりしてるし、そもそもうさぎになったバリスタのモデルなわけで)
真手(でも、翠ちゃんとマスターが何を話してたかまでは知らない! 知ってるわけない! ていうかそれが知りたい!)
真手「あぁぁぁぁ……」
青山「凛ちゃん?」
真手「すみません青山先輩! 掃除はまだ終わってなくて……」
青山「いえ、頭を抱えていたので何事かと思って」
真手「すすす、すみません、先輩! なんでもないですから!」
青山「翠ちゃんでいいんですよ? それ、呼びづらくないですか?」
真手「呼びづらいって?」
青山「だって、いつもと違うじゃないですか」
真手「? いつもこのはず……ですよね? 多分」
青山「翠ちゃんのほうが良いです。凛ちゃんは真面目過ぎます。マスターもそう思いませんか?」
マスター「真面目なのが真手の良いところじゃないか」
青山「釣れないマスターも好きですよ♪ あいらぶゆー」
真手「翠ちゃんそんなキャラじゃないよね!? 流石に当時のキャラくらいは知ってるよ!? 多分!」
青山「釣れる凛ちゃんも好きですよ♪」
〜またしばらくして〜
青山「やっぱり、静かなお店は落ち着きますね」
真手「ちゃんとお客さんは来てくれてますから」
マスター「真手、無理して庇ってくれなくても大丈夫だ。昼はこんなもんだからな」
青山「マスター、せっかくですし先程のお話の続きを」
マスター「またサボる気か。あのな、ザーーーーーーーーー」
青山「ザーーーーーーーーーーーーーーー」
真手(あー、やっぱり駄目か〜〜〜〜〜〜〜! 聞こえな〜い!)
マスター「ザーーーーーーーーー……っと、これじゃ真手が暇だな。休憩がてらコーヒー飲むか?」
青山「飲みたいです!」
マスター「お前は十分休憩しただろ。ま、二人分淹れてくるけどな」
真手「ありがとうございま……」
真手(あっ、私コーヒー飲めない。どうしよう、断ったほうが)
マスター「ほれ、出来たぞ」
真手(出来ちゃった! 夢の中だから早い!)
青山「いただきます」
真手「い、いただきます…………あれ? 美味しい……!」
マスター「そうか」
真手(このコーヒー、チノさんが作ってくれたのと同じ……?)
マスター「真手はコーヒーが得意じゃないだろ。だから、飲みやすいコーヒーをと思ってな」
真手「え? 私の、ために?」
マスター「客が少なくても、また来るよと言ってもらえる。そんな店を目指すためには、客一人ひとりに向き合っていくしかないんだよ」
真手「なるほど……」
青山「マスター、私とも向き合ってくださ〜い」
マスター「わかった。じゃあ、仕事と原稿をサボってる青山と向き合って説教だ。客もいないことだしな」
青山「あー、もう十分休憩できました。ちょっと掃除してきますね」
マスター「さっき真手がやってくれたんだが」
青山「(∩゚д゚)アーアーきこえませーん」
真手(むしろ私は聞きたいくらいなのに! 翠ちゃんへの説教!)
〜またまたしばらくして〜
マスター「二人とも、今日はもう上がっていいぞ。お疲れさん」
真手「お疲れ様でした……」
青山「お疲れ様でした、マスター」
マスター「疲れ具合が違って見えるが」
青山「気のせいですよ」
真手(結局、翠ちゃんとマスターのやり取り、肝心なとこは聞こえなかったな)
真手(折角のチャンスだと思ったら、全部ザー、ザー、ザー。アナログテレビの砂嵐かな?)
真手(……でも)
真手「先輩。ラビットハウスって、良いところですね」
青山「はい。マスターの大切にしていることが込められている、素敵な場所です」
マスター「そうだ二人とも、この後少し時間はあるか?」
真手「え、はい。私は大丈夫です。青山先輩は?」
青山「私もです」
マスター「それは良かった。なに、最近生意気な息子が始めた見世物があってな」
真手「見世物?」
マスター「丁度これからやるんだ。うちの孫娘にも見せながらな。そこのサボり魔には、いい刺激になるんじゃないか?」
真手「そういえば、孫娘ってもしかしなくても」
チノ「……?」
真手「チノさん!? えっ、ちっちゃ! かわいい!」
マスター「ほれチノ、そこに座りなさい」
真手(……先代のマスターに、小さい頃のチノさん。今から見れるのって、ひょっとして)
♪〜
「……」
真手(……! 今のマスターたちの演奏! それに、衣装を着ているあの女性は)
「ふわり 小さな寝息は春のよう♪ 甘い香りのやわらかな髪に頬を寄せ♪」
♪〜
真手(銀のスプーン……! やっぱり、チノさんのお母さん!)
サキ「I wish you ♪ 銀色のスプーン 愛をすくって♪ いつもいつまでも あなたへと♪」
♪〜
真手(ラビットハウスの経営を救ったジャズ……! きれい……!)
真手「すごい、すごいね! ねぇねぇ、翠ちゃ……」
青山「……!」
真手(……本当にすごいな。だって……翠ちゃんの心だって奪っちゃうんだもん)
サキ「訳なんてないわ 出会う前から ずっとずっとずっと愛してる♪」
♪〜
真手(翠ちゃんの刺激に、だっけ。どうすれば、私もそうなれるんだろう)
真手(私だって、翠ちゃんに、青山先生に……)
マスター「真手」
真手「マスター?」
マスター「あれを見てみなさい」
真手「……?」
サキ「さあ、チノもご一緒に! せーのっ!」
チノ「わぁ……!」
真手「……」
「 「 笑う つられて笑うは陽だまりね♪ 」 」
♪〜
マスター「楽しそうだろ?」
真手「はい、とっても」
マスター「うちの客もな、悔しいが……こういうのも楽しく感じるらしい」
真手「悔しい?」
マスター「ごほんっ! まあ、なんだ。あいつらも、俺も。客のために、自分に出来ることをやってる」
真手「自分に、出来ること……」
「 「 私あなたに何をあげられるでしょう もっと♪ 」 」
♪〜
マスター「それで良いんじゃないか、お前も」
真手「え?」
マスター「お前が何に悩んでいるか、俺にはわからん。けどな、結局最後は……自分の信じた、自分の出来ることをやる。それで良いんだよ。そうすれば」
真手「そうすれば?」
マスター「多分、そこのサボり魔のためにもなる」
真手「っ!」
マスター「そいつを……青山を頼む」
真手「マス、ター?」
ジリリ……ジリリ……
真手「!? この音、目覚まし……?」
マスター「っと、口出ししすぎたか? 後でサキに怒られ……いや、あいつもチノに話しかけてたしな……」
真手「それ、どういう」
マスター「いい刺激になっただろう? さっ、青山は帰って原稿を書け。真手は青山をせっつけ。それじゃ」スタスタ
真手「ま、待って
青山「待ってください、マスター!」
ジリリ……ジリリ……
真手「先輩?」
青山「凛ちゃんと……凛ちゃんと、何を話していたんですか!?」
真手「え?」
マスター「……」
青山「さっきの話、まるで壊れたラジオのように聞こえませんでした。これが私の夢だからですか!?」
真手(あ、私と例え方が違う。って、今、私の夢って言った!?)
青山「せっかく、せっかくもう一度会えたのに……夢の中でも会えたのに……」
マスター「……」
青山「また、黙って去ってしまわれるのですか? 別れの言葉も無いままに!」
ジリリ……ジリリ……
青山「うぅ……ますたぁ……!」
真手(翠ちゃん、泣いてるなぁ)
青山「私、マスターとお話したいことが、まだまだたくさんあります!」
真手(やっぱり……翠ちゃんには、マスターが必要なんだ)
青山「なのにどうして! どうして、また、こんな」
真手(お客さんと向き合って。マスターはずっとそうしてきて)
青山「せめて一言くらい、あったって……!」
真手(きっとそんなところに、翠ちゃんは惹かれて。でも、最後の最後で)
青山「お願い、行かないで……!」
真手(やっぱり、私じゃ
ジリリリリ…ジリリリリ…
真手(目覚ましの音が、大きくなって)
青山「凛ちゃん……?」
真手「マスターが素敵な人なのはわかってる! このお店が素敵な場所なのも知ってる!」
ジリリリリ…!ジリリリリ…!
真手(私の気持ちも、大きくなって)
真手「わかってる! 翠ちゃんにとって、マスターがどれだけ大切なのか」
真手「たくさんお話を聞いた。うさバリでも伝わってきた。この夢で、もっと知ったよ!」
真手「わかる、わかるよ……」
真手「けど……けど……! 翠ちゃんには、私がいるでしょ!?」
真手(私の口から、こぼれだす)
青山「凛、ちゃん」
真手「こっちを見て! 私を見てよ、翠ちゃん!」
ジリリリリリリ…!ジリリリリリリ…!
真手「私、頑張る。もっと、頑張るからっ!」
真手「翠ちゃんと向き合って……自分に出来ることを、目一杯やるから!」
真手「だから、だから……!」
真手「そんな顔を、しないでくださいよぉ……青山先輩」
凛「泣かないで。翠ちゃん」
「私が、私が! そばに、います。いますから。」
凛さん「そうでしょう……青山先生!」
ジリリリリリリ……! ジリリリリリリ……!
青山「……そうでした、そうでしたね」
凛さん「先生?」
青山「凛ちゃん」
凛さん「なぁに、翠ちゃん」
青山さん「いえ……担当さん!」
凛さん「はい、青山先生!」
青山さん「これからも、よろしくお願いしますね」
凛さん「……! 任せてください!」
青山さん「ふふっ、マスターのおっしゃられていた通り、とても刺激的でした。目が覚めたら良いお話が書けそうです」
凛さん「私も! 不思議な経験のおかげできっと、もっと青山先生を支えられます!」
マスター「……そろそろ、鈍行トラムに乗りに行くか。特急は高くてとても乗れん」
青山さん「何また黙って去ろうとしているんですか、マスター?」ガシッ
凛さん「えっ」
マスター「んん? 今、話綺麗にまとまってたよな?」
青山さん「それはそれ、これはこれです。カッコつけて黙ってどこかに行くその悪癖は見逃せません」
凛さん「翠ちゃん?」
青山さん「この前、チノさんにも黙って去りましたよね? あの後にチノさんがどれだけ悲しんでいたことか」
マスター「いや、あれはだな」
青山さん「長々と言い訳するのは、サスペンスの犯人の仕事です。バリスタの仕事ではありませんよ」
凛さん「青山先生」
青山さん「カッコいいバリスタなら別れの挨拶の一つくらいこなして……」
凛さん「いい加減仕事に戻りなさい! 青山ブルーマウンテン!!!」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
凛さん「──目覚まし! 朝!」バンッ
凛さん「えっと、スマホのインカメ……見慣れた私だ」
青山さん「ぅん……もう、朝ですか……?」
凛さん「朝です! ほら、起きてください!」
青山さん「……あと五分」
凛さん「だーめーでーすー! 身支度して、原稿を書きなさーい!」
青山さん「朝ご飯……」
凛さん「朝食作るの手伝ってきますから、先生は原稿の準備!」
青山さん「は〜い。ぐぅ……」
凛さん「あーもう! いつもの翠ちゃんなのは安心するけど」
青山さん「そうでしょうそうでしょう」
凛さん「……あれ? よく考えたら、夢の中のおサボり翠ちゃんとあんまり変わらない?」
青山さん「夢……そうです、夢! 凛ちゃん凛ちゃん、昨日の夜、とても刺激的な夢を見たんです!」
凛さん「原稿、書けそう?」
青山さん「観覧車から見下ろす街の景色のように、どこまでも思考が広がっています」
凛さん「つまり?」
青山さん「バッチリです」
凛さん「……! 今の私の気持ちはきっと、観覧車から朝日を見たときのそれだよ」
青山さん「この原稿が終わったら乗りますか? 観覧車」
〜しばらくして〜
青山さん「書けません」
凛さん「なんで!? バッチリって言ってたよね!? 観覧車は!?」
チノ「観覧車?」
ココア「あ、いつもの青山さんだ」
青山さん「アイデアはバッチリなんです。プロットも仕上がってます」
凛さん「なのになんで書けないの!?」
青山さん「書きたいシーン以外を書く気力がまるで湧いてきません。休憩していいですか」
リゼ「おい小説家仕事しろ」
チノ「それじゃ一生終わりません」
凛さん「わかりました。じゃあ、先生の筆が乗るまでとことん付き合います。おサボりはなしです」
青山さん「サボりじゃなくて休憩」
凛さん「駄目です。どうすれば書けるようになるか、いろいろ試しましょう。みなさんにも、手伝ってもらっていいですか?」
リゼ「まあ、乗りかかった船だしな。最後まで付き合うよ」
ココア「はいはーい! じゃあ私、糖分補給用の特製ティッピーパンを用意してくるよ!」
チノ「私はコーヒーの用意を。私達に出来ることがあれば何でも言ってください」
凛さん「……! はいっ! 出来ることを、やりましょう! そういうわけなので……頑張るよ、翠ちゃん!」
青山さん「豹のような靭やかな動きで脱出します」シュタタタタ
ココア「もう逃げてる!」
リゼ「早速仕事か。捕まえてくるよ」ダッ
凛さん「私も追いかけます!」
凛さん「っと、その前に……チノさん」
チノ「どうしました?」
凛さん「チノさんはやっぱり、お爺さんとお父さんの後を継いで、このお店のマスターになるのでしょうか?」
チノ「え? そうですね、このお店を継いで……いつか、私なりの喫茶店にして。お客さんの笑顔が見られたら……それが、私の夢です」
凛さん「そうですか、そうですよね。じゃあ……」
チノ「凛さん?」
凛さん「また来ますね、マスター」
チノ「え?」
凛さん「それでは! 待てー! 青山サボタージュマウンテン!」ダッ
チノ「……」
ココア「みんなが帰って来るまで準備してよっか……チノちゃん?」
チノ「今の、って」
真手「待てー!」
青山さん「待ちませ〜ん!」
リゼ「青山さん、前より速くなってないか!?」
凛さん「これまでずっと、追いかけっこ、してましたから!」
リゼ「だろうな!」
凛さん「そして、きっと、これからも!」
リゼ「あはは……光景が目に浮かぶよ。ていうかっ! 現在進行系だな」
凛さん(そう、これからも。ある意味、これが私と先生の向き合い方なのかもしれない)
青山さん「私を捕まえてごらんなさ〜い!」
リゼ「あの人……」
凛さん(……なんて、考えてる場合じゃないよね)
凛さん「こんなことしてたって、原稿終わりませんからね!」
青山さん「(∩゚д゚)アーアーきこえませーん」
凛さん「ええいっ! 現実逃避してないでこっちを見て、翠ちゃん! いえ……」
凛さん「こっちを見なさい、青山ブルーマウンテン!」
青山さん「は〜い、担当さん!」クルリッ
おわり
ここまで読んでくれてありがとう
名前のとこ真手と青山、凛と翠のどっちで表記しても読みづらすぎて終わってた
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