こんにちは、カレルと申すものです
29作目です。
こちらは「きららファンタジア」と「あんハピ♪」の二次創作になります
注意事項
*キャラクターの独自解釈
*独自設定
*原作との乖離
*妄想
*オリジナルキャラクター
等が含まれるので苦手な方は注意してください
「起きてください、椿様」
椿は自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「うっ……うーん 誰ー? メイド長さんの声じゃないみたいだし……」
普段は目覚まし時計かチモシーで起きているので不思議な気持ちになりながら瞼を開いた。
目の前には予想通りメイド服を着た人物が立っていたが、その人は椿が予想したどんな人物にも該当しておらず驚きを持って迎えられた。
「起きましたか、椿様 わたくしはウィンド家の元副メイド長のカメリアです 臨時でチモシーさんの代理を務めさせていただきます」
「カメリア…… !?カメリア!」
「はい、そうですよ チモシーさんが復帰できるまでの間ですがよろしくお願いします」
カメリアは丁寧なお辞儀をした後は日光を取り込むために、遮光カーテンを開いたり、床に転がっている紙くずをテキパキとかたずけていく。
その様子をベッドから眺めながらいろいろな思考を巡らせていた。この人は自分が知っている”カメリア”なのだろうか、ということだ。話し方、雰囲気、歩き方、そのどれをとっても4日前に見たカメリアのものと異なっており、疑問符が頭からついて離れない。
この、奇怪な出来事を説明できるとしたのならば、別人説と夢説しか有力なものがないように思えた。この人物が別の”カメリア”さんでたまたまメイドとしてここにいるということだ。または、まだ夢中でこれもすべて脳が生み出しているものに過ぎないという可能性だ。
椿は大まじめにそのことについて考えていたが、これは夢なのか、それとも別人なのか、はたまた幻覚を見せられているのかと思考が堂々巡りを始め混乱が加速していった。
「……椿様、朝食はいかがいたしましょうか?」と、戸惑う椿を見ながらカメリアも少し戸惑ったように尋ねた。
「あっ……えっと、カメリア……さんは………い…いいえ、食べます……はい……」
椿はカメリアにこの状況のことを問いただそうとしたが、別人の可能性が高いことを考慮した結果、事務的な回答しかできず聞くことが出来なかった。
「承知いたしました では、お食事を用意いたしますので少々お待ちください あと、お食事をお運びする前にお召し物を変えておいてください 着替えは籠に入れておいてください」
カメリアはそう言うとお辞儀をして部屋から退出した。
その後ろ姿を視線で追いながら恐る恐るではあるがベッドから体を出し、ドレッサーに入れられている衣料を取り出しそれに着替えた。
ドレッサーの防虫剤の臭いと柔らかい衣服の感触がゆっくりと思考を整理していき、最初に突拍子もなく思いついた夢の線と幻覚の線が薄くなっていった。それと同時に別人説が自動的に補強され、新たな疑問も湧いてきた。
それは、姿があまりにも知っているカメリアと似すぎている点だ。金髪に碧い瞳、そして身長も酷似しており違いを挙げるなら雰囲気だけだ。だが、その一点だけが異様に強調され、彼女の目には強烈な違和感として映った。
メイドのカメリアは始終真顔でよそよそしい。人懐っこい笑顔と明るさとは無縁といった風貌で、しかしカメリアの瓜二つという、椿はなにかうすら寒い感覚を覚えていた。
着替えを終えた椿は、寝間着を籠にまとめると隣の部屋に移動した。そこには回路がむき出しになったチモシーが中央に置かれ、そばには溶接トーチと溶接マスク、歯車などの部品や工具、そして動力パイプなどがひしめき合っている。
チモシーに近づくと、そのすぐ近くの主から離された腕の一部を取ると、ため息をついた。その部分は数日前に黒い魔物と戦った際に最も激しく衝突したところで、それ故に装甲が激甚に変形し手をつけていなかったところである。腕部以外の修理はほとんど完了しており、調整を残すのみになっている。
椿はその部分をもう直すことができないと考えながらも、戦いの勲章としてどうにかして直したいと思っていた。しかし、そのままではどうしようもないため、損傷した腕をチモシーのそばに置き、再び大きなため息をつくと自室へと戻った。
「椿様、お食事の用意ができています」と朝食の支度を終えたカメリアは厳かに言った。
「あ、ありがとう……ごさいます……」
椿は席に着くと小さく「いただきます」と言うと、食事を始めた。
焼きたてのパンやスクランブルエッグ、スープなどが湯気を立て良い香りが漂っているが、食欲はあまり湧かなかった。それ以上に彼女が近くにいるという異物感が食欲を抑制し、食べ物の味が分からずにいた。
「どういたしましたか? お口に合いませんでしたか?」と、カメリアは心配そうな表情になった。
「えっ……と いつもひとりで……食べているので……見られるのは恥ずかしい……と、言いますか……」
「承知しました では、わたくしは外に出ておりますのでお食事がお済みになればこのベルを鳴らしてください」と、カメリアはポケットからベルを取り出し机の上に置くと、そそくさと扉から出ていった。
「はぁ……」
椿は再三のため息をついた。考えていた別人説の根拠が弱くなっていることも関係していた。先程の彼女の心配そうな表情が森でのカメリアの表情と重なり、知っている方のカメリアである可能性も出てきた。しかし、それを支える根拠はただ似ているということであり、それならば姿形が似ているだけの別人説に吸収される、と結論を付け、料理をスープで無理やり流し込むとベルを鳴らした。
「失礼します」
カメリアは部屋に入ると、テキパキと食器を片付け始めた。今まで他のことに気を取られ、メイドのカメリアのことを見ていなかったので初めてその仕事ぶりを見たが、その流れるような様子に圧倒された。歴戦を思わせるような華麗な手際で、どことなくメイド長の仕事ぶりをも彷彿とさる。また、ジンジャーへの雑念がない分こちらの方がスマートとさえ感じるほどだった。
「……どうかいたしましたか、椿様?」
椿のまなざしに気が付いたカメリアは持っている食器を戻し、向き直った。
「あ、あの……すみません 仕事の邪魔をしてしまって…… あまりにも華麗で……」
「あり……ゴホン! 椿様にお褒め頂いて感無量です…… 何かあればこのベルを鳴らしてください、すぐに参りますから では、何事もなければお昼にまたお会いしましょう」
カメリアは出かかった言葉を喉に押し込むと、食器を抱えそそくさと出ていった。
何か言いかけたようだったが、椿は特に重要なことでないと判断し、一人静かになった部屋でチモシーの修理と改修を始めた。そのために、真っ先に机へ向かい、チモシーのアップデート案と設計図をまとめたノートを取り出し広げた。設計図のチモシーの伸縮アームにはスレッジハンマーとレシプロソーが合体したような禍々しい武器が取り付けてある。
これは深夜テンションで書いた設計図で本来のチモシーの運用からかけ離れているため、それに大きくバツを入れると頭を抱えて強化案のページに逃げるように開いた。しかし、この強化案にも自爆装置や魔法レーザー装置など殺人マシーンのようなことが羅列されており、こちらも駄目だとバツを入れてノートを机の奥にしまい込んだ。
「……昨日のボクはどうかしてるよ……」と、過去の自分を呪いながら新しいノートを取り出すと今度は平和的な利用を考えるべく、ペンを持った。
――――――――
コンコンと、扉を叩く音が聞こえた。椿はノートから壁にかかった時計へ目を移すと1時を指していた。ペンが乗り始めた8時からだったので、5時間ほどは集中していたと気付くと同時に気にならなかった腹の虫が盛んに鳴きだした。
「椿様、お食事をお持ちしました」
「あっ、はい! お願いします……」
「失礼します」
カメリアはワゴンに乗せた料理を伴って入室し、高速で食卓に並べるとそそくさと退出した。およそ肉眼で捕らえられるギリギリの速度でサーブされた料理は付け合わせの野菜すら微動だにしておらず、めぐるめく変化に眩暈がしそうになったが、忘れないうちに水道へ向かい手を洗うと席に着いた。
「いただきます……」
お昼のメニューはサンドイッチだった。中身はスタンダードな野菜とハム、そしてチーズが挟まったものの他、カツが挟まったもの、そしてタマゴの3つと、付け合せのサラダが可愛らしく乗っている。
椿はその中から先に、カツサンドに手を伸ばした。
「……んっ! おいしい……!」と、至福の表情を浮かべた。空腹と朝のドタバタが最高のスパイスとなり、カツサンドのポテンシャル以上の満足感を与えていた。これには夢中でかぶりつき、あっという間にお腹の中へと消えていった。その後も、スタンダード、タマゴと食べ進め、全てを食べ終える頃にはチモシーの強化案の悩みも軽くなり、新たなアイデアが湧いてきた。
「椿様、お皿をお下げしますね」
「はい……、ありがとう……ごさいます……」
食器を片付け、部屋を去るのを見送ったあと、浮かんだアイデアを忘れないうちにノートへ書くためにすぐに机に座るとノートにアイデアだけを書き、チモシーの修理の残りを片付けるために作業場向かった。
配線がむき出しになったチモシーは本来の可愛らしいさがメカらしい鉄の地肌に邪魔されている。そんな状況から1秒でも抜け出すべく、プライヤーを手に取り修理を始めた。とは言っても、これまでの3日間の作業でやることもほとんど終わっているため、これが最後の作業である。
「ふぅ…… これで、あとは装甲を付ければ終わりかな……」額の汗を拭うと、今度はインパクトレンチを片手に装甲の締め付けを始めた。チモシーのビジュアルを重視するために目立たない腹部あたりにあるボルトをレンチで締め、取り外した右腕は鉄板を当てがい、外装を被せると一応の完成とした。
「”|起動《アクティベーション》”チモシー ”|起立《スタンドアップ》”!」その掛け声とともに、チュイーンという駆動音が聞こえ、チモシーが起動した。音声の指令をきちんと認識していること、そして駆動系に問題がないことをテストすると、”|待機《スタンバイ》”モードへと変更し作業場に鍵をかけて、リビングへと戻ってきた。
時計を確認すると6時10分を指しており、もう少しで夕ご飯の時間である。椿は焦ってシャワー室に向かい作業着を洗濯籠に放り込むと、汗を流した。夕ご飯はハンバーグやカレーなど匂いの強い料理が出る、そのためこの部屋で食べることはできないので食堂で食べることになっている。
シャワー室からでた椿は部屋着に着替えるとメイドが呼びに来るのを待った。
コンコンと、扉を叩く音が聞こえると同時に「ねぇ、ツバキ 入ってもいい?」と、元気のいい聞きなれた声が聞こえてきた。
「えっ!? カメリア!」その声を聞くやいなや、扉を開けると目の前に眩しい笑顔が飛び込んできた。
「ツバキ、お仕事が終わったから来たよ!」と元気に言うと嬉しそうに椿の手を取った。
「よかった……カメリア、本当にカメリアだよね?」
「ん? 何言ってるのかわからないけど 私は大魔法使いカルラの弟子で、七賢者ジンジャーの門下生のカメリアだよっ☆!」
右手を天に掲げ、右足を前に出すと決めポーズのようなものをした。自信に満ち、極まったとばかりに椿の方を見た。がしかし、椿は微妙な顔をしていることを認識すると誤魔化すようにコホンと咳ばらいをしてまた手を握った。
「えへへ、ツバキ♪」
「……えっと、聞きたいことはあるけど、まずジンジャーの門下生ってどういうこと?」
「それ? 経緯は話すと長くなるから割愛するけど、あの時私は何もできなかったから、近接戦闘ができるようになりたくてね、それでランプちゃんの助言でジンジャー様に頼み込んで戦い方を教えてもらうことになったんだよ」
「ランプ…ちゃん……?」
「そう、あと今は宿無しだからここでお世話になってるよ それはそうと食堂に行こうよ、ご飯は私が厨房を借りて作ったものだよ」
カメリアは椿の手を引っ張ると食堂を目指して進み始めた。その進みは軽快で屋敷の構造が頭の中にすべて入っているようだった。
「ほーら、到着! ツバキはそこに座っていてね、ご飯持ってくるから」
「うん、ありがとう」
椿は席について一息ついた。今日は色々なことがあり混乱の一日中だった。メイドのカメリアに始まり、チモシーのアップデート案、そしてカメリアの”ランプちゃん”発言。その中でもランプのことを”さん”ではなく、”ちゃん”呼びに変わっていることに大きく心を動かされた。
自分がチモシーの修理で部屋に篭っていた間にこのふたりの関係が大きく変わってることに衝撃を受けたためである。どんな話をしているのだろうと考え、笑いあっている姿を想像したがそこに自分の姿が無いことに、急に寂しさを覚えてしまった。しかし、考えても仕方ないと頭を振ると、少し頭の中がスッキリしたように感じた。
(ボクもカメリアみたいに……いろんな人と仲良くなれる……)
憂鬱な気分を放逐するために心の中でそう唱えると「お待たせー 今日のご飯はシチューだよ」と、カメリアが小さな鍋を運んできた。
「はい!オープン!」
鍋の蓋を開けると、スパイスの良い匂いが漂ってきた。中身はホワイトシチューではなく、ブラウンシチューで、大きめの肉がゴロゴロとしておりそれも食欲をそそる一品となっている。
「おいしそう……」
「そうでしょ? 私の故郷の料理でお母さんがたまに作ってくれるごちそうだよっ! どうぞ!召し上がれ」
カメリアはボウルにシチューを盛るとパンと一緒に差し出した。
「故郷の流儀ではパンは浸して食べるけど……ツバキはどう?」
「うーん、シチューはお米と食べるからパンっていうのは、どうなの?」
「お米!? それって合うの? 地元はお米の生産があまり盛んじゃなかったから試したことないけど」
「人によるんじゃないかな、人によっては禁忌みたいな感じらしい」
「へぇー! でも、残念ながらお米を炊いてないから、パンで諦めてね じゃあ、いただきまーす!」
「うん、いただきます」
………………
ふたり以外誰もいない食堂で話し声が響いている。カメリアはよく食べるようで、これまでに2杯おかわりしており、空になったボウルに3杯目を掬うためにお玉を持った。
「そういえば、今日もお師匠のところで訓練するけど、ツバキも見学する? ……あっ!でもチモシーの修理があって忙しいってお師匠がいってたんだった……」と、カメリアは思い出したかのように言った。
「チモシーの修理はすべて終わったから行くよ、ボクも久しぶりに会いたいし、それにボクもチモシーだけじゃなくても身を守れるようにならなくちゃって思ったし」
「おお!イイね! なら3日間の成果を見せることが出来るかな〜?」
「ふふっ、それはいいけど3杯目ってデルラさんのお店でも思ったけどやっぱりかなり食べるよね」と、大盛に盛られたシチューを見ながら言った。小さな鍋にはボウル3分の1程度しか残っていない。
「そうだよ〜 たくさん食べれば体が大きくなると信じているからね、お母さんも大きかったしまだ可能性はあるよ それはそうと残り食べる?」
「もうお腹いっぱいだから、カメリアが食べていいよ」
「いいの!わーい♪ じゃ、すべて入れるね」
カメリアはルンルンで鍋に残ったシチューをすべてボウルに注ぐと食事開始時と変わらないスピードで食べると、満足そうに「ふぅー! おいしかった!」と満面の笑顔を見せた。
椿は見ている方も幸せになる笑顔だと改めて思いながら、食器を片付けると食堂を後にしグラウンドへと向かった。
グラウンドへ向かう途中、「私は更衣室で体操服に着替えてくるから先に師匠と合流してて」と言ったので、「わかった、先行ってるね」と返すとひとり向かった。
…………………
椿が一人で歩いているとグラウンドの赤土とトラックが見えてきた。その中央にはこの館の主のジンジャーが立っており、釘バットのかわりに竹刀を地面に刺して待っている。西日が彼女のブロンドの髪を染めて、遠くからもわかるほど存在感を際立たせている。
ジンジャーはこちらの気配に気づいたようで、静かに目を開けると次の瞬間には笑顔になって大声で「おーい、椿! 久しぶりだな! チモシー直ったかー」と豪快に笑った。
椿は手を振ってそれに返し、グラウンドに入った。
「はい、何とかチモシーは直りました ……あの、ボクたちを助けてれてありがとうございました、ジンジャー」
「なんだ? 藪から棒に」
「いえ、あの時はバタバタしていてちゃんとお礼を言えていなかったですし その後はチモシーの修理で会っていなかったですし……」
「ははっ! いや、いいって 友として当然のことをしただけだしな ……っと、カメリアは一緒にじゃないんだな〜」とジンジャーは周りを見渡しながら言った。
「カメリアは更衣室で体操服に着替えてくるって言っていました」
「そうか、じゃあ……」
「お待たせしましたー!お師匠様、ツバキちゃん」とジンジャーの声をかき消すくらい元気な声が聞こえ、西日を受けて眩しそうにしながら走ってきた。長い金髪はポニーテールにしてやる気満々といった様子だ。
「おう、1分の遅刻だぞ! まぁ、椿と話していたんだろうから今日は大目にみるがな、注意しろよ」
「はい、わかりました!」
「よろしい、では準備運動にこのトラックを10周だ それが終わったら私の前に集合だ」
「はい! わかりましたお師匠様」
カメリアは元気に返事をし、そこそこの準備運動をするとトラックを走り始めた。その走りは軽快で特に苦も無く、むしろそれが楽んでいると思わせるほどだ。その様子を見ていると「カメリアはすぐ強くなると思うぞ」とジンジャーが話しかけてきた。
「そうですね……ボクも……強くなれたらいいんですけど」
「…………まぁ、戦闘力的な強さは人それぞれだからな、戦闘で使い物になるかは才能の部分が大きい」
「カメリアはすごいですよね いろんな人と仲良くなれるし、物おじしないし 友達になれて誇らしいけど、ボクでいいのかなって少し思うんですよね……」
「……? おまえにはおまえであるじゃないか、なんだプログラミング?だったか あれは素晴らしいものだ おっと、もうすぐで終わりそうだな じゃあ、また後でな」
ジンジャーはカメリアがもう少しで10周しそうになったので、グラウンドの中央へと向かった。
「10周終わりました!お師匠様」と、意気揚々とジンジャーの元へ戻ってきた。息も切れておらず、期待を込めた眼差しを向けている。
「よし、ではこのカカシ君を使って進めていく 昨日やったことは忘れていないな、握りこぶしを作ってみろ」
「はい!」
「よし、構えはいいな では、このカカシに攻撃を加えてみろ 力まず押し出すイメージだ」
「はい! おりゃ!」
カカシに攻撃を繰り出すとコツンという小さな音が鳴った。しかし、それ以上の音が鳴ることは無く痛そうに拳をさすっているだけだった。
「カメリア、インパクトの瞬間は目をちゃんと開かなきゃダメじゃないか この瞬間が一番大切なんだ」
「うーん、すみません もう一度やらせてください」
もう一度拳を作り、カカシに攻撃を加えた。今度はインパクトの瞬間に目を瞑っておらずコツンより一段高い、ゴツンという音が響いた。
「いいじゃないか! この調子で続けろ、もう一段大きな音になれば次の段階へ進めるぞ」
「はいっ!お師匠様」
その後は、休憩を挟みながらひたすらカカシに攻撃を繰り出していった。最初辺りは弱い音と強い音が交差して響いていたが、コツを掴んだのか強い音の割合がどんどんと増えていき、どんどんと音が大きくなって言った。
最終的にはミシッという木の軋む音が聞こえ「よしっ!合格だ だが時間だからまた今度にしよう」という声で訓練は終了になった。カメリアはまだ次の段階に進みたいという気持ちが溢れていたが、時間だからとたしなめるように言うと納得したように地面に座り込んだ。
「カメリア! すごかったよ、いい音だったし」
「ありがと〜ツバキちゃん ふぅ……結構汗かいちゃったな」と、汗で肌に張り付いた肌着に空気を送りながら言った。
「カメリア、ウチの温泉に入っていくか?」
「えっ!いいんですか? ツバキちゃんも一緒に入る?ティラミスちゃんも一緒に入るけどいいかな」
「えっ……温泉……」
「そうだよ、ツバキちゃんは多分だけどいつもシャワーでしょ 温泉はいいよ〜体はポカポカするし、疲れも取れるし どうかな……」と、カメリアは上目遣いに手を取った。それに椿は恥ずかしさから断ろうとしたが視線を逸らして、「うん」と返事をしてしまった。
「やったー! ツバキとお風呂に入れる♪ お師匠様、温泉はどこにあるんですか?」
「あっちからグラウンドを出て、その突き当りに地下があるが、そこが温泉だ」
「わかりました では、私たちは先に行っていますね」
ジンジャーから場所を聞いたカメリアは辛抱たまらないといった具合に、言われたところへ突撃していった。手を握られていた椿も引きずられるようについていくしかなかった。
「おーい!結構暗いから転ばないようにな 後から行くから」と椿たちの後姿に呼びかけたが、建物の角にすぐに見えなくなってしまったため肩をすくめると、近くに待機していたメイドに着替えを持ってくるように命じ、2人を追った。その後ろ姿にはカメリアへの感心も含まれていた。
――――――――
カメリアの歓声が浴室に響いている。その隣の椿は恥ずかしそうにタオルで体を隠しているが、彼女は特に何か講じることはなく、手にタオルを持ってゆうゆうと洗い場へ歩いていく。
「やっぱり温泉っていいよね 体洗って早く温泉に入りたいよ」
「……カメリアは温泉入り慣れてるんだ」
「うん!|龍《ドラゴン》は温泉が大好きだからね、久しぶりに入れて嬉しいよ」と言いながら、石鹸を泡立てると体を洗い始めた。
モコモコと泡立った泡はすぐに全身を包み、カメリアの姿が見えなくなり、雪だるまのような状態になっている。しかし、一部は素肌が泡の隙間から覗いており、そこに透明だがティラ・ミルルスがいることが分かる。そのスリットが入った雪だるまからは濡れて痩せた尻尾と耳がちょこんと出ており、そこから蛇口を捻るために手が出てくると、泡が溶けて流れていった。
泡を流したカメリアはその後も丹念にシャワーで体を流し、洗い残しがないことを確認すると、「じゃあ、先に入ってるね」と言うと、ルンルンな足取りで湯船へと向かって行った。
椿はカメリアが湯船で蕩けている顔を確認すると、石鹸を泡立て始めた。彼女を待たせては悪いと思い、手早く泡を纏わせるとシャワーで流し湯船へと向かった。
「お、おまたせ…… カメリア」
「おーっ、やっぱり温泉はいいね〜」
カメリアは1度見た時と変わらず、今にも眠ってしまいそうな表情で返事をした。その付近には円形に水が凹んでいる場所があり、そこにティラミスがとぐろを巻いている。椿はそこを避けるように一定の距離を取って座った。
「ツバキ、温泉っていいよね」と本日何回目かの台詞が出たが、それは彼女が温泉をどれほど好きか表している。椿もそれに返答しようとしたが、ガラガラと扉の開く音で中断されてしまった。
扉を開けて現れたのはジンジャーでカメリア同様タオルを手に持って入室した。そして、湯船に入っている2人の姿を認識すると、「温泉、楽しんでくれてるか」と普段響く声はこの密室でさらに大きく響く声で言った。
「は〜い! 楽しんでまーす、お師匠様!」カメリアも負けず元気な声で返事をした。
「ワハハ! 元気で何より あと椿、メイドは入らないように言っているから心配しなくていいぞ、私たち3人きりだ」
そう言うと、ジンジャーは満足したように洗い場にむかっていった。
ジンジャーが洗い場で体を洗っている中、カメリアが話しかけてきた。
「へぇ〜!やっぱりお屋敷ってすごいね」
「……うん、でもボクはそれが苦手だからいつもはシャワーなんだよね……」
「でも、なんかもったいないなぁ シャワーはひとりだけど、お風呂ならみんなと入れるし、楽しいけどなー」
「……ボクもカメリアとなら……ううん、なんでもない」
「ふふっ…… 私もツバキと入るのすっごく楽しいよ……」
カメリアはいつものからかうような表情になった。何かを企んでいる顔であり、それに対抗し明後日の方を見ようとしたが、思わず視線が合ってしまった。その瞳は表情とは違い、まっすぐこちらを見据えており、不思議と鼓動が高鳴るものだった。
お互いにしばしの沈黙があり、カメリアはにかむような笑顔を見せ「気持ちいいね、ティラミスちゃん」と、視線をティラミスの方へ向けた。
「ガールズトークか?いいねぇ……」と抑えた声が聞こえた。椿は慌てて視線をあげると、保護者のように暖かい表情をしているジンジャーの姿があった。彼女は掛け湯をすると、飛沫を立てないようにゆっくりと湯船へと入った。こちらも至福の表情をしている。
「なぁ、おまえたちなんの話をしていたんだ?」ジンジャーの質問にカメリアは「……ふふっ、これはお師匠様でも秘密です ねっ」アイコンタクトを椿に送った。
「……はい! ……あの、質問に答えずにこちらから質問するのはどうかと思いますが、気になっていることがあるので聞いていいですか?」
「いいぞ、なんでも聞いてくれ」
「あのっ、カメリアにそっくりなカメリアさんというメイドさんにあったのですが、あの人は何者ですか? ……あまりにもカメリアに似ていて」
「あぁ、メイドの方のカメリアか…… カメリアは|流離《さすら》いのメイドでどこからともなく現れる……まぁ、メイド版の傭兵みたいな感じだ」
「そんな方が……カメリアさん」
「私が知っているのはこんなところかな」
「教えてくれてありがとうございます、ジンジャー…」
「……そろそろ、のぼせそうだし出るよ 私もカメリアさん、会ってみたいな〜」
話を無言で聞いていたカメリアはそう言い残すと、脱衣所に向かっていった。
椿には何かから逃げるように出たように見えたが、その理由がわからないため額面通り受け取ることにし、彼女に続いて脱衣所に向かった。
「もう出るのか、私はもう少し入ってるからな また明日」
「はい、また明日です」
ジンジャーは手を振りながら、椿が脱衣所に入っていったことを確認すると、独り言を呟いた。
「同じカメリアだが、全く違うな……」
――――――――
椿とカメリアは屋敷の廊下を歩いていた。
「いやぁー、いい湯だったぁ」
「もう、カメリアは温泉が好きすぎだよ、これで何回目?」
「うーん、多分10回は言ってるかな でも、それくらい良かったってことだよ」
「……まぁ、ボクも結構良かったから、カメリアと熱意の差はあるけど考えてる事は同じだよ」
「そうだよね〜 そうだ!明日はついに里に行く日だよね!」と、嬉しそうに言った。
「そうなの! 今日は週末なんだ……」
これは4日前にカメリアと約束したことで、彼女の恩人である猿渡宇希に異変が起きたので里に行くというものだ。それ以外にも友人である花小泉杏たちと会うことにもしていて、カメリアも彼女たちに会いたがっているので紹介する予定である。
「おっと、ここでお別れだね お師匠に部屋を貸してもらっているから、また明日っ!」
「うん、また明日」
そう言うと、走って廊下の角に消えていった。さっきまでグラウンドを10周走り、カカシに攻撃を加え続けていたのにまだそんな体力があるのだと感心しながら、自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると明日、里に着ていく用の服をクローゼットから見繕い、目立つところに積むと安心しベッドへと倒れ込んだ。
今日の出来事を思い出すと、今にも眠ってしまいそうになるがそれをグッと堪え、カーテンと照明のスイッチへと手を伸ばし明かりを消した。
その後はほどよく沈み込むベッドに身を任せ、やがて寝息を立て始めた。
夜空には満点の星が瞬き、雨の心配はないように見える。
――――――――
「起きてください、ツバキ様」
椿は自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「うっ……うーん カメリアさん……」
普段は目覚まし時計かチモシーで起きているので不思議な気持ちになりながら瞼を開いた。
目の前には予想通りメイド服を着た人物が立っていたが、その人は椿が予想した人物ではなく、また驚きを持って迎えられた。
「起きましたか、ツバキ様! 私は大魔法使いカルラの弟子で、七賢者ジンジャーの門下生のカメリアだよっ☆!」と、昨日聞いたことのある名乗りをした。
「ううっ……カメリアさ…… !?カメリア!」
「ふふっ…… そう、私はカメリア ツバキの友達だよっ!」
名乗りを上げた少女は、からかうような表情で見つめている。
しかし、これに安心する自分がいる。そして、返す言葉はすでに思い浮かんでいた。
「カメリア、後でお返しをあげるから覚悟していてね」
[完]
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます
今回は幕間の話になっており、大雑把に言うと椿がチモシーを直して、カメリアがジンジャーの所へ弟子入りしました。
カメリアがジンジャーへ弟子入りした経緯は
カルラが魔力を練るために、立ち入り禁止に→途方に暮れていたところにランプと会って意気投合、話の流れでジンジャーの屋敷へ→頼み込んで武器の扱いや近接戦闘を教えてもらうことに。
といった流れです。
では、次回の作品でお会いしましょう。
次回は多分バスケ先輩たちの話になります。
拝読しました! カメリアさんかわいい (語彙力)
お仕事モード (?) と椿ちゃんの友達モードの切り替えが目まぐるしくてくらくらしそうよ。すき。
椿ちゃんと一緒に温泉に入りたくてたまらないカメリアちゃん、まじ天使。あとジンジャーさんお茶目かな?
メイドのカメリアさんと友人のカメリアちゃんが結びつかずに別人説をひっそり提唱する椿ちゃんを見て、思わず「成程」と呟いてしまいました。意外と実生活でもそんな場面ありそうです。
そして最後の描写。これは文句なしのてぇてぇですわぁ...
ペンギノンさんいつもありがとうございます
カメリアのモードの切り替えは日常モードと戦闘モードの切り替えのようなものにしようとした結果です。普段ほんわかしている子が真剣になると…みたいなシチュエーションも好きなので好きを表現できるSSというものは素晴らしいですね。
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