こんにちは!カレルと申すものです。
これで18作目です。こちらは「アニマエール!」の二次創作で、タイトルは「夢現」です。
今回は前編と後編に分けて投稿します。
今作は『鈍痛』(スレのタイトルは『【SS】虎徹「みてよ、紺ちゃんすごい景色」』)
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=3858&ukey=0
の続きの話になっています。まずはそちらを読んでから本作を読むことを推奨します。
『鈍痛』の雰囲気が苦手な方は本作も楽しめない可能性が高いので気を付けてください。
注意事項
*キャラクターの独自解釈
*独自設定
*原作との乖離
*妄想
*シリアス
等が含まれるので苦手な方は注意してください
??「…え、……ち」
虎徹「…ん? ううん……」
??「ねぇ、……ち」
虎徹「…だれだろ?」
??「ねぇ!こっち」
虎徹「えっ!? 紺ちゃん」ガタッ
紺「おっと、おはようこっち」ニコッ
虎徹「あれ? ここって…」
紺「ん?ここは教室だよ こっち、いままでずーっと眠っててさっき下校のチャイムが鳴ったから起こしたんだよ」
虎徹「結構寝てたの…」
紺「こっち疲れすぎかもね、最近忙しかったみたいだし」
虎徹「うん…そうかも」
紺「まっ、いいや あっさり起きてくれたから実力行使する必要もなくなったし」
虎徹「紺ちゃん、実力行使って…」
紺「…えへへ」サッ
虎徹『ごまかされた…』
紺「まっ、それは冗談だとしても、なにかしているかもね…」ニコッ
虎徹「ええっ!」///
紺「ふふん♪ 起きない娘を守るのは大変なんだよ」
虎徹「紺ちゃん! まさか……」
紺「えっ!? えっと…どうでしょう」シラー
虎徹「…………」ジッ
虎徹「額にいたずら書きとかしてないよね!?」
紺「………」
紺「え〜っと………」
虎徹「あははっ、ウソだよ 紺ちゃんがそんなことするわけないってわかっているし」
紺「ちょっと、こっちー びっくりしたじゃん」
虎徹「えへへ♪ お返しだよ」
紺「もう、こっちには敵わないわ」
虎徹「ふふっ、なんだかこんなやり取りも久しぶりに感じるなー」
紺「そうかな?」
虎徹「そうだよ、高校に入ってからチア部に入部して忙しくなって………紺ちゃんが…」
紺「………」
紺「虎徹、一緒に帰ろ?」
虎徹「えっ!? うん…」
紺「一緒に帰るのも久しぶりじゃん? こっちと一緒にかえりたいな〜」
虎徹「うん!いいよ 荷物をまとめるからちょっと待ってて」
紺「オッケー、私も鞄を持ってくるね」
虎徹「うん」
〜〜
紺「お待たせ、こっちも準備できた?」
虎徹「うん! でも特に持ちかえるものがほとんどなかったから鞄が軽いね」
紺「あはは! 私は結構持ち込んでいたから重いよ こっち、持ってみる?」
虎徹「え〜 そんなに重い?」
紺「はい、どうぞ」
虎徹「うっ!! 重すぎ! 重すぎない!?」グググ
紺「こっちー、大げさだなぁ ベースをやっているんだから重いものは持ち慣れているでしょ」
虎徹「それとこれとは話が別だよ あれはこはねちゃんの体重移動に合わせてやるしひづめちゃんもいるからね はい、紺ちゃん」
紺「おっと… やっぱり重いな」
虎徹「でも紺ちゃんは力持ちだね」
紺「そ、そうかな? ならこっちも簡単に支えられるかな?」
虎徹「もう、そんなに私は重くないよ!!」
『私も紺ちゃんを支えることができたらよかったのに…』
紺「そういう意味ではないけどね…」ボソッ
虎徹「…?」
紺「あっ!そうだ こっち、寝てるときどんな夢を見てたの?」
虎徹「え? なんで?」
紺「こっちが寝てるときすごい気持ちよさそうに寝てたから、いい夢を見てるんじゃないかなって思ってね」
虎徹「夢かぁ…何を見ていたんだろう…」
紺「そうだ!ちなみに私が今日見た夢はこっちと遊んでいる夢だったよ」
虎徹「そ、そうなんだ…」
紺「そうそう、夢でも現実でも会えるなんて2倍お得だね♪」
虎徹「………」
紺「こっち?」
虎徹「………やっぱり思い出せないね」
紺「そうかぁ… でももし、夢の中でも逢えたら素敵だね!」
虎徹「うん…そうだね…」
紺「……ねぇ、こっち」
虎徹「なに? 紺ちゃん」
紺「私はちょっと寂しいんだよ」
虎徹「…うん、確かにチアが忙しくてあまり遊べてないもんね」
紺「違うよ!!!」
虎徹「えっ!? 紺ちゃん…」
紺「あっ…ごめん… 違うんだ…」
虎徹「紺ちゃん…」
――――――
虎徹「紺ちゃん、ここでお別れだね また明日…」
紺「虎徹!!」
虎徹「!?」
紺「…こっち、家に寄っていかない? 実は親が今日帰ってこなくてね」
虎徹「えっ!……うん、いいよ」
紺「やった! こっちが家に来てくれるなんて久しぶりだよね」
虎徹「そうだね、紺ちゃんの家は……っ!」
紺「こっち、どうしたの?」
虎徹「ううん、なんでもない 久しぶりだねって」
紺「ははっ じゃ、入ってはいって」
虎徹「うん、おじゃまします」
〜紺の家〜
紺「はい、こっち」
虎徹「紺ちゃん、ありがとう これって手作り?」
紺「おお!わかっちゃう! ふふん♪こっちに昔作ってもらったお菓子を再現してみたよ」
虎徹「確かあの時は…高校に入学する前だね いただきます」サクッ
紺「…どうかな?」
虎徹「うん! おいしいよ」
『…でもちょっと違うかな』
紺「やった!こっち先生に褒められた! 再現するのに結構頑張ったからうれしいな」
虎徹「そういってもらえると、私もうれしいよ」
紺「ねぇ、こっち なんだか元気がないよね」
虎徹「そ、そうかな?」
紺「そうだよ、あの頃から私の家で遊んでいないし、ちょっと冷たい印象があるんだ」
虎徹「!!…… そんなことないよ、紺ちゃんは私の“友達”だよ」
紺「ともだち… やっぱり虎徹は私のことはそんな印象ね…」
虎徹「?? どういうこと?」
紺「虎徹! いきなり変なこと言うけど黙って聞いてくれる!」
虎徹「うん…いいけど」
紺「…虎徹、あなたのことが…」
紺「…うん! 私は虎徹のことが好き!!」
虎徹「紺ちゃん!?」
紺「虎徹、私は昔から貴女が好きだったの 友達以上の関係になって私だけを見ていてほしかったの!!」
虎徹「…紺ちゃん」
紺「虎徹!!」
紺「言いたいことはわかるよ、なんで家庭教師の先生と付き合ったか、でしょ」
虎徹「そうだよ!なんで今更!」
紺「……」
紺「本当はね、虎徹の興味を私に向けるために言ったの、でも虎徹が予想と違って応援してくれて、私も期待を裏切りたくないとやっていて、あの人のことをどんどん好きになって…」
虎徹「酷い… 紺ちゃんひどいよ!」
紺「でも、付き合っていても虎徹のことはいままで以上に欲しくなっちゃったんだ」
虎徹「紺ちゃん…」
紺「私ね、なんで虎徹が“こっち”って呼んでほしいかわからなかったんだ チア部のみんなは虎徹のこと名前で呼んでいるのになんでだろうって」
虎徹「うっ…」
紺「まっ! 理由はいいんだよ なんだか特別感があっていいなって喜んでいたんだよ その呼び名で呼んでほしいって言いだしたのが告白した後だから対抗しているのかなってかわいく思っていたんだよ でも態度が少しよそよそしいことに気づいて、ね」
紺「去年…たしか冬休み前だったよね、虎徹の態度が急におかしくなったのは、寂しかったんだよ、私のかわいい虎徹がどこかに行っちゃうんじゃないかって」
紺「あ!そうだ 虎徹聞いてる? 体とか異状ない? 眠気とか来た?」
虎徹「ど、どういうこと……紺ちゃん…わたしに…なにか…したの…」
紺「ふふっ♪ 虎徹は知らなくていいよ 次起きたら本当に私のものになってるから」
虎徹「本当に…紺ちゃん…?」
紺「何言ってるの、虎徹? 私は虎徹のことが大好きだよ だから、これからよろしくね♪」
虎徹「うっ……ねむけが……こん…ちゃん……」
紺「……ふっ」
紺「……寝ちゃったかぁ ふふっ、かわいい寝顔だね♪ 虎徹…食べちゃいたいくらい」
[前編 完]
後編のねっとりした描写楽しみです!
(作中の描写を見る限り)明るくてノリが良い感じの子がこう病んでいくのって良いですよね。
紺ちゃんの明日はどっちだ。
虎徹ちゃんと紺ちゃんの友人関係ってクローズアップされることって本編で少ないので補完してくれるのはよきよきのよき
アニメでちょいちょい二人が絡む場面が増えてたのは嬉しかったな。
いつ頃からの仲なのか見れずに終わっちゃったのは残念。
卯花先生のマシュマロに「カテキョ先生と虎徹姉(と、ひづめ兄)は大学生ですが、接点はあったりします?」みたいなのが来たようで、「その設定美味しいなあ」って思った。
>>18
コメントありがとうございます
光と闇(病み)はどちらかが強くなれば、もう片方も強くなるので、魅力的に感じるのだと思います。
昔こはねがヤンデレ化する話を書くと言っていたのですが、まだできていないのでこれを取っ掛かりにしたいです。
>>19
コメントありがとうございます
そうですね、本編で書かれることが少ないのでほとんど自分の解釈と原作の少ない描写から妄想力を働かせて書いています(笑)
>>20
コメントありがとうございます
アニメ版では、最終話で紺が虎徹のことを「こてつ」呼びしていたので呼び名はアニメ版を準拠としています。
原作では高校入学時点で「こっち」呼びなのかもしれませんが、真相は闇の中。
虎徹に姉!?そんな設定が!
Twitterを見ないので知りませんでした。
虎徹姉は完結記念の打ち上げ配信で存在が明らかになったんだそうな
「妹を溺愛している何でも得意な完璧超人」で、虎徹がことあるごとに自分を卑下する原因な人なんだとか
外見も名前も喋り方も一切不明ですが、名前は「大河」とかそんな感じかも?
姉ができすぎて無意識に比べられて…などのコンプレックスや、劣等感などがあってこうなっていると考えたらそ確かにそうですね。
拝読しました! お労しや、家庭教師の先生...
前作では虎徹視点で激重感情をどうにもできないでいる様子が描かれていましたが、紺の感情も大概激重だったようで。
好きな子に振り向いてほしくて起こした行動が空回りしてどろどろになる展開、かなり恐怖を感じたけど好きです。
続きものにはよくあることですが、今作を読んだ後に前作を読み返すと、だいぶ見え方が変わってきますね。虎徹が複雑な感情に悩まされていた頃、紺も同じように曇っていたと考えると、もう...
狐に捕食されそうになってる虎は、果たして無事に帰還できるのか、それとも...
月並な言葉で恐縮ですが、続きがとても楽しみです!!
>>26
ペンギノンさんいつもありがとうございます!
告白するシーンでは紺が笑顔で話していることをイメージして書いたので不気味に感じる場面かもしれません。
やはり続きものなので、描写に矛盾などが起きないように注意していきたいです。
後編はだいたい半分程度書き終わったので、近いうちに更新できると思うのでお楽しみに!
『きもちわるい』
薄明りが差し込む寝室で目を覚ました。
私は恐る恐る周り見渡すと自分の部屋だということが分かり、この景色にひとまずの安堵をしたが、鼓動が早く、言いようもない気分は晴れることがない。
ベッドに隣接したテーブルにはスマホが置いてあるが、それに手を伸ばすのも億劫に感じるほどで、私はこの不快な気分を少しでも落ち着けるために頭から布団を被り、瞼を閉じて再び眠ろうとした。布団にくるまった状態では外の音のほとんどが遮断され、ひと際心臓の音が大きく聞こえた。
私は夢の世界に行くことを恐れているのか、暗闇の中で心臓は早鐘を打ち、心の中で寝よう、寝ようと言い聞かせるほどに呼吸が苦しくなってくる。
私はあまりの苦しさに布団を蹴飛ばして起き上がる。起き上がった際に額の汗が頬を伝い布団の上に2、3滴の雫を作り、光っている。
口の中が乾き、寝起きのせいかうまく頭が回らない。朦朧とする意識の中でどうにか動こうとするとパジャマがいつもより重くなっていることに気づいた。
どうやら相当量の汗を吸い込んでいるようで、鉛のように重く、下着に至っては許容量を超える水分を含んでいるのか湿っている。下のシーツも人型に暗くなっており、寝ているときにかいた汗の量が想像できる。
『悪夢を見ていた』
寝起きの印象が最悪に近く、そうとしか表現できないほど酷い夢だったように思える。夢の内容は全く憶えていないせいなのか悪寒が体を駆け巡り震えが止まらない。
私は気を紛らわせるために厚いカーテンを開け外の景色を見ようとした。カーテンを開けると、青い空が私の視界に飛び込んできた。
『今日は晴れだ』
そんな感動もない当たり前の感想を心に浮かべるとレースのカーテンを閉め、カーペットの上に置いてあるクッションに座った。そこで次は何をしようかと考えていたが、まだ頭がボーっとしてなかなか次の行動に移すことができない。
いつもなら部屋から出て顔を洗って、ご飯を食べるという行動にすぐ体がついてきているはずだが、時計を無心に見ながら動き出せずにいた。
カチカチと時計が動く音だけが部屋に響いている。時刻は6時03分、もうすでに両親は起きていてご飯の支度を終えている頃合いだ。時刻が6時10分になればお母さんが私を起こすためにドアを叩くだろう。
そう考えながら夢の内容を思い出そうと頭をひねった。だが考えていくうちに悪寒の正体である悪夢の記憶がさっぱりと消えて、なんとも言えない後味の悪さだけが残った。
私はその後味の悪さを少しでも改善するために、目の前にあるテーブルの上に置いてあるお茶のペットボトルに手を伸ばし、一気に飲み干した。
外気で冷やされて冷たくなったお茶は意識を完全に取り戻すには足りない量だったが、ゆっくりと知覚が回復していくように体に染みわたっていく。
気持ちが少し落ち着いてくると、今度は本当の寒さが私を包み込んだ。今は冬であることを瞬時にわかるほどの寒さだが、不思議と今まではこの寒さを感じていなかった。汗と布団の中で体が温まっていたせいで寒さを感じにくく、汗の水分が蒸発し体から熱を奪って、精神的な震えとは別の物理的な震えもやってきた。
私はエアコンを付けようと立ち上がろうとしたが、急に扉が開き「ふ〜っ、寒いね 虎徹、朝ですよ」と言いながらお母さんが顔をだした。
「あっ、お母さん」
「ん? 虎徹、汗びっしょりじゃない、ごはんを食べる前にシャワーでも浴びてきなさいよ、風邪ひいちゃうよ」
「うん、わかった」と答えると、ひどく緩慢な動きで自分の部屋を出た。
廊下は部屋とは比べ物にならないほど冷やされて裸足の状態ではしもやけになってしまうほどだ。歩いている最中にスリッパを用意しなかった後悔が襲ったが、一度部屋に戻るという選択が浮かばなかったのでそのままで脱衣所までたどり着いた。
脱衣所の扉を開け中に入ると、汗で重くなったパジャマを脱ぎ捨て、下着姿になった。パジャマは音もなくふんわりと地面に着地した。
こんなに重いのだからもう少し音をたてて落下するものだと勝手に思っていた身からすると違和感を覚えたが、これ以上体が冷えるのは風邪をひいてしまうと思ったので、ショーツも脱ぎバスルームに移動した。
『ここも寒い…』
廊下と変わらずバスルームの中も冷えており、今は裸なので汗で冷えた体が直接外気と触れ合い、夢のことは完全に頭の中から抜け落ちていていた。
私は寒さから逃れるためすぐさまシャワーの蛇口をひねった。シャワーヘッドから出る水はすぐに冷水から温水に変わり、湯気が立ち上り始めた。
私は温度を確認しながらしばらく指先で水圧を感じていたが、適温だと判断したのでヘッドをもとの位置に戻しシャワーを浴びた。
『思い出せないけど…まぁ、いいか…』
今は余計なことは考えず、流れる水の音に耳を傾けて、体に当たる温水の心地いい感触に身を委ねた。冷めた体は次第に熱を帯び、鼻歌を歌う余裕すらも出てきた。
お湯が体を温めると、気持ちまでほぐれていくように感じる。
私は夢のことについて完全に忘れ、何か楽しいことを考えようと、後輩の“兎和ちゃん”とショッピングモールで一緒に遊んだことを思い出した。
一緒にご飯を食べたり、買い物をしたりなど楽しいことが浮かんできたが一点だけ苦々しい記憶が思い起こされた。
あれは先日のこと、兎和ちゃんとショッピングモールでアイスを食べている最中に起こった出来事だった――
私がアイスを食べているときに遠くから秋常紺…紺ちゃん、そして彼女の隣にいる女性を見た。それが“家庭教師の先生”であると認識するまでに時間は掛からなかった。
言いようもない感情と伴に『なんで!?』と心の中で叫び、私は逃げるように走り出していた。柱の陰まで走ったあと冷静になり、兎和ちゃんを残してきてしまったことを思い出したため、紺ちゃん達を見たことを心の奥に押し込み、何食わぬ顔で兎和ちゃんと合流した。
そして、彼女と帰り道で別れたあとに、無我夢中で走ってあの光景を忘れようとした。だが忘れようとすればするほどあの光景が脳裏に刻み込まれ、それが私を苛んでいく。
今も悩んでいる、彼女に思いを伝えなかった後悔とあのひとへの嫉妬。
何もせずに失った気になっているだけなのに、それで苦しんでいる私が非常に憎らしい。
「はぁ…」
大きなため息が浴室に反響している。私は曇った鏡を手で拭い曇りを取った。鏡に映る自分は悪夢を見たせいか、やつれていて酷い顔だ。鏡から目を逸らし、ボトルからボディソープを押し出し、顔を洗った。ソープのふんわりと優しい香りが私の荒んだ気持ちを少しでも和らげてくれると信じて。
そして、水で洗い流すころにはある程度まで精神が落ち着き、鏡に映った表情も心なしか柔らかくなると信じて。
体も顔と同じように柔らかい泡が私を包み込んでくれる。
全てを流し終えるころにはすべての悩みが流れたらよかったのに、と思いながらシャワーの蛇口を閉め、浴室から出て脱衣所に戻った。
『あっ、着替えがある』
脱衣所に脱ぎ捨てたパジャマはすでに回収されたようで、代わりに着替えが籠に置いてあった。
『寒っ!』
シャワーを浴びただけなのですぐに体の末端が冷える感覚が来た。なので、脱衣所に置いてある電気ストーブのスイッチを入れ、すぐに濡れた髪と体を拭いた。
ストーブの暖かい風が冷えを取り除き、快適な空間が形成されていく。髪以外は完全に乾いたのでショーツ、ブラジャーと下着をつけ、髪をドライヤーで乾かしながら、今日の予定のことを考えていた。
心にはわだかまりが残ったままでも、それを外に出すかはまた別の話だ。紺ちゃんの前で「こっち」であるためにも、彼女に対する身勝手な考えは隠さなければならない。
私は髪が乾いたことを確認すると、部屋着を着て、両親が待つダイニングに向かった。
「パンできてるよ」
「うん、ありがと」と簡単な返事をして席に着いた。席にはすでにお父さんとお母さんが食事を終えたようで、テレビを見ながらくつろいでいる。食卓にはお皿に乗ったトースト数切があり、2切を取り自分のお皿に乗せた。
トーストはきれいなキツネ色に焼かれていて、豊かな香りが鼻腔を刺激する。それにイチゴのジャムを乗せかぶりついた。
「虎徹、夜トイレに行くときに唸っていたけど悪夢でも見てた?」とお母さんが少し心配したような声音で聞いてきた。
「えっ? ううん…よくわかんないや」
「悪夢は現実のストレスからくるって昨日テレビでやってたからね」
「へえ、そうなんだ…」
「そうだ! お父さんは静かに眠るから悪夢とは無縁かもね」
「えっ! そうだね、よくわかんないけど…」とお父さんはお母さんに急に話題を振られ驚いたように答えた。
そんな様子を尻目に私は2つ目のトーストにバターを塗って食べた。
いつもと変りない日常、欠伸が出そうなくらい平和な時間が流れている。漠然とした不安もあるが、それを一時でも忘れられるようにパンをかじった。
2つ目のトーストを食べ終わり、更にお皿に手を伸ばす。
「虎徹、もうすぐ登校の時間だから準備しなさいよ」
「うん、わかった」と答え、パンを頬張りながら壁に掛かった時計を確認した。
『7時50分』
あと10分もすれば学校に行く時間になる。パンを食べ終わり、お腹もある程度満たされたので、食器を片付けに立ち上がった。
「今日はすごい冷えるみたいだし、ちゃんと防寒していきなよ あと、お弁当は台所の台の上に置いてあるから」
「わかった、ありがとうお母さん そうだ、お母さんカイロってどこにあったっけ?」
「ん? カイロ? たしか玄関にまとめ買いして置いておいたから必要な分持ってってよ そうそう、お母さんもそろそろ仕事に行くから全部もっていかないでよ」
「もう、そんなにもっていかないよ お父さんじゃないんだから」
「そうね、虎徹は大丈夫か」
「ええっ!? お父さんはそんなに使わないよ!」とそんなことを話しているうちに、時計の針はどんどんと進んでいく。
「じゃあ、仕事に行ってくるね」
「いってらっしゃい」と私とお父さんはお母さんに返事をした。
「じゃあ、お父さんも行くかな」
「うん、いってらっしゃい」
私も制服と鞄を取りに行くためにダイニングを出て、自分の部屋に向かった。
私も制服と鞄を取りに行くためにダイニングを出て、自分の部屋に向かった。
明るく暖かかったダイニングとは真逆に冷たく暗い廊下、そこを歩きながら何かを思い出しそうで思い出せない気持ち悪さに震えていた。まるでくしゃみが出そうで出ないことを数回繰り返しているような感覚、幾度となく襲い掛かる搔痒感に悶えながら、私の部屋に入った。
思い出しそうなのは私の好きな人「秋常紺」についてのことのような気もする。制服を着て、鞄を持って学校に行く準備は完璧ではあるが意志だけは後ろ向き。
時計に急かされるように自室から出ると、今度はチア部の後輩「稲葉兎和」のことを思い出した。そのことが夢に関係があるのかも全くわからないが、彼女は自分とは正反対で羨ましく思っているからこそ思い出したのかもしれない。また冷たい廊下を通り、暖かいリビングに戻ってきた。
もうすでに家にいるのは私だけ、電気も消えリビングに私の足音だけが響いて、今までの賑やかな雰囲気がウソだったかのように静まり返っている。時計をまた確認すると時間は8時10分、登校時間に間に合わないと気づいたので、台所にあるお弁当を回収して鞄に詰めると、学校に遅れないようにそそくさとコートを羽織り、玄関から外に出た。
「はぁ〜 寒い…」
外は晴れ渡った青空で放射冷却により一段と寒くなっている。指先や足先などはすでに外気の影響を受けて冷えてきており、手袋をしていても意味がないように思えるほど寒い。
『私は冬が嫌いだ』
こんないい天気なのに、寒さのせいで台無しになる。気持ちも自然と沈み込んでしまうし、なによりご飯をいつもより食べ過ぎてしまうのに、運動がほとんどできなくて太ってしまう。尤もこれは私に問題があることだが、体が求めてしまうことに理由を付けることなど無駄なので、事実から目を逸らし縮こまり学校に向かっていく。
しばらく歩いていると「おーい こっちー」と後ろから声が聞こえた。この声とその名前で呼ぶ人物はただ一人だ。私はその場に立ち止まり振り向いた。
「紺ちゃん!」
「こっちー、いやあ寒いね」
「うん、寒くて嫌になっちゃうよ」
「あはは、こんなに厚着しているのにまだ寒いの」
「もう、指先とか冷えやすいから結構辛いんだよ」
「まぁ、確かに今日の冷えは異常だよね」と紺ちゃんは不満そうに空を見ながら言った。
これはこんなに寒いのだから雪でも降って欲しいと思っている顔のように見える。
「放射冷却でこんなに寒いんだよね…」
「晴れてるっていうのもいいことばかりじゃないよね、今日は曇って…いや!いっそ雪でも降ってくれたらよかったのに」
「雪かぁ…それはあんまり降ってほしくないかな」と口先だけはそう言ったが、紺ちゃんが雪ではしゃぐ姿だけは見てみたい気もする。
「ええ〜 こっち、人類は雪降ったら絶対テンション上がるでしょ? 雪合戦とか、こはねちゃんもやりたがるんじゃないかな。宇希はなんかこはねちゃんを止めそうだけど…」
「あはは… 確かにそうかも」
紺ちゃんとこうして何気ない会話をしている、この時間だけが永遠に続いたらいいのに。そう思うが、現実はこんな甘えを許してはくれない。
時計を確認するそぶりをした紺ちゃんは「こっちー、もうすぐで学校つくよ これで寒い地面から解放されて、暖房が効いた暖かい教室が待ってるよ」と言って走り出した。
ただの後ろ姿なのに彼女の背中が無性に遠く小さく感じる。まるで心の距離が遠く離れているようで心細い。
楽しそうに走る背中に、なに1つ結論を出せず、それでも私は「だいじょうぶ」と自分に言い聞かせ学校に向かった。
「はぁ〜 到着だね、遅刻ギリギリ」と息を切らせながら紺ちゃんは嬉しそうに私に語りかけた。
「はぁ…はぁ… そ、そうだね」
「こっち、息切らせすぎだよ 文化部に負けてどうすんのさ〜」
「紺ちゃんが体力ありすぎなんだよ〜」
「ははっ、そうかも」そういうと紺ちゃんは教室のドアを開け入った。
教室の中は程よく暖かく、外の寒さでかじかんだ手をほぐしてくれている。紺ちゃんの後に続いて教室に入り自分の席に近づくと、見慣れた二人が「あっ、紺ちゃん、こてっちゃん、おはよう!」「おっ、二人とも遅かったな」とそれぞれ言ってきた。
「うん、おはよう 二人とも」「おはよう、こはねちゃん、宇希ちゃん」と挨拶を返して私は最前列の中の席に、紺ちゃんは教室の左の列の真ん中にそれぞれ着いた。
時間は8時25分、SHR(ショートホームルーム)の5分前で教室はまだ賑わいを見せている。荷物をまとめて落ち着くころには1分前になってしまい、何かする暇がないまま犬養先生が教室に入ってSHRが始まった。
SHRが終わったあとに「なぁ、虎徹 今日は冷えたな」と声が聞こえたので振り返った。そこにはこはねちゃん、紺ちゃんも隣にいた。こはねちゃんはこっちまで明るい気分にしてくれるような笑顔を咲かせている。
「今日は一限目が体育だからな、気合をいれないと それにテストだし」
「そうだね… 体育かぁ、憂鬱だね」
「こてっちゃん、こんな時こそチアパワーを全開にすれば乗り越えられるよ」
「こはねちゃん、チアパワーって何なの? 宇希わかる」と紺ちゃんはこはねちゃんの言う「チアパワー」という言葉に疑問符が浮かんでいる。
「あー、紺 これはこはねが言ってるだけだから無視していいぞ」
「あっ…そっかぁ」
「ええ〜 宇希、チアパワーだよ、ち あ ぱ わ あ!」
こはねちゃんはそう言うと宇希ちゃんに抱き着いた。
「わっ! こはねちょっと、抱き着くなよ」
と,宇希ちゃんは口ではそう言っているが満更でもない表情だ。
私はその様子を見て、学校に行く前に覚えた暗い感情が再び蠢いたのを感じた。2人がこうやっているのはいつもの事なのにそれが妙に憎らしく思える。そんなこと考えてはいけないのに一度考えだすともう止まらなくなる。
『あの2人は言葉で言わなくても通じ合っている、でも私は? 紺ちゃんには私の想いは通じていない ずるいよ! こはねちゃんは眩しい笑顔と行動力でみんな幸せにするし、宇希ちゃんは優しくてかわいくて、胸も大きい… 私なんかとは全く違ってすごいところしかない
考えれば考えるほど自分の存在がちっぽけに感じる。変えられない現実の前で四苦八苦するだけの…』
「こっちはどう思う?」
「えっ?」
「えっ? だから今日の放課後遊びに行かないって」
紺ちゃんの言葉で急に現実に引き戻された。すでに着替えは終わっており、外に行くだけになっている。
「もう、こっち 疲れてるの?体育前は気持ちが重要だよ」
「うん、紺ちゃん大丈夫だよ ちょっと考え事していただけ」
「よし、行くか 寒いけど仕方ない」
「じゃあ行こっ!」
そう言うとこはねちゃんは勢い良く教室の外に飛び出して行った。
「まったく、こはねは元気だな」
「こっち、私たちも行こっ」
「あっ! 紺ちゃん!」
私は紺ちゃんに手を引かれ教室をでた。
――――――
??「…え、……つ」
虎徹「…ん? ううん……」
??「ねぇ、……つ」
虎徹「…だれだろ?」
??「ねぇ!こてつ」
虎徹「えっ!? 紺ちゃん」ガタッ
紺「おっと、おはようこっち」ニコッ
虎徹「あれ? ここって…」
紺「教室だよ、帰りのSHRが終って、こてつと遊ぼうって思ったら寝てて、そっとしておいたらこんな時間だよ」
虎徹「こはねちゃんたちは?」
紺「ああ、私がこっちの面倒を見るっていって帰ってもらったよ」
虎徹「そっか、遊ぶ約束していたのに悪いことしちゃったな」
紺「まっ、いいんじゃない こてつ疲れてたみたいだしね」
虎徹「そうかも、なんか嫌な夢も見ていたみたいだし」
紺「嫌な夢? どんな夢を見てたの?」
虎徹「う〜ん 全く思い出せないや」
紺「そっか… 夢って起きるとすぐに忘れちゃうからね」
虎徹「そうだね 紺ちゃん、もう外が暗くなってるし帰ろっか」
紺「了解、朝はすっごく寒かったけど、午後からは結構暖かかったから冷えないうちにね」
――――――
虎徹「うーん! 紺ちゃんと帰るなんて久しぶりだな」
紺「そうだね、冬休みは実家に帰って会えなかったし楽しみだな〜」
虎徹「紺ちゃん、しゅうまつ……ん?」
紺「どうしたの? こっち」
虎徹「ううん、何でもない」
『あれ? 今週はなにか予定があったはずだけどなんだったっけ?』
紺「もーう、こてつやっぱり疲れてるよね 何でも言ってよ、私はこてつの彼女だよ」
虎徹「えっ!? 彼女! あれ?家庭教師の先生は…」
紺「もう、寝ぼけてるの? 私たちは同じ塾に通ってるじゃん 家庭教師とかないって」
虎徹「え? そうだったっけ?」
『確かに、そうだったかも…』
紺「こりゃ、本格的に疲れてるね」
虎徹「うん、そうかも」
紺「こてつ、私の家に寄ってかない? 昨日お菓子を焼いてね、渡しそびれたから渡したいんだ」
虎徹「お菓子! うん!行くよ」
紺「おっけ、かなりおいしくできたから期待していいよ」
――――――
〜紺の家〜
紺「ささっ、はいってはいって」
虎徹「おじゃましまーす」
紺「うん、いやあ こてつを部屋に招くのは久しぶりでちょっと緊張しちゃうよ」
虎徹「もう、紺ちゃん大げさだよ」
紺「ははっ、じゃあお菓子もってくるからちょっと待っててね」
〜〜
私は紺ちゃんの部屋を見回しながら待っていた。前来た時とあまり変わっていなく、部屋は綺麗に片付けられていて居心地がいい。ベッドには私とお揃いのクッションが置かれ、ドロワーの上に小物や数枚の写真がある。
私と紺ちゃんのツーショット写真や集合写真が2、3個飾ってあるところに1つだけ違和感のある写真があった。
『紺ちゃんと写っている女性は誰だろう?』と手に取った写真の中には「眼鏡をかけた黒髪の女性に紺ちゃんが親しそうに寄り掛かっている」様子が収められていた。
この写真を見て何か大切なことを忘れているような感覚に陥ったが、親戚のお姉さんだろうと強引に結論づけて写真を元にあった場所にもどした。
『そう、私は紺ちゃんの彼女なのだから』
〜〜
紺「お待たせ」
虎徹「わーっ おいしそうだね」
紺「ふふん♪ バレンタインのときに作ったトリュフとクッキーだよ」
虎徹「…」
紺「どうしたの?こてつ神妙な顔して」
虎徹「いや、なんかちょっと…」
『なんなの、この不快感と違和感…』
紺「ふーん、まあいいや ねえ、こてつ隠し味も入れてみたから当ててみてよ」
虎徹「うん…」
紺「どうしたの?こてつ、食べにくいなら口移しとかいいんじゃない」
虎徹「えっ…」
紺「ほら、こてっ…!」
虎徹「やめて!!」
紺「……こてつ」
虎徹「あっ! 紺ちゃ…」
虎徹「うっ……」
――――――
周囲の音の一切がなくなり、眼が眩むほどの静寂が辺りを包んだ。
誰もいない
目の前にいた「秋常紺」は姿を消して、代わりに暗闇が私を包んだ。底なしの沼に沈み込むようにゆっくりと時間をかけて。
私はその瞬間、望洋と感じていた不快感の正体をはっきりと理解した。いや、本当は気づいていた、でも見ないふりをしていた。なにも変わらない現実から逃避することで精神の安定を図っていたから。
一見夢のような、優しい悪夢を見るようになったのも鬱屈とした思いが生み出したもの。そして夢の中とはいえ彼女を自分の思うままに行動させ、尊厳を冒涜した私自身への拒絶。
彼女へ気持ちを伝えようとしながら、拒絶されることを恐れた、ここは臆病者の避難場所になっていた。
いつからだろうか?
「紺ちゃんが家庭教師の先生を好きだと言った時から」
どうしてだろうか?
「彼女のことが好きだから」
なぜ伝えないのか?
「拒絶を恐れているから」
こんな自問自答を延々と繰り返しても結論はでない。
いまのままなにもしなければ拒絶はされない、けれど私はこのまま過去に縋っているだけの「舘島虎徹」ではいたくない。
こんな状態になるまで自分の心にウソを重ねていたくはなかった。もっと早く私の心の内を彼女に伝えていれば未来は変わったかもしれないのに。
でも、今伝えなければ二度と紺ちゃんと伴に笑い合うことができなくなってしまう。結果はどうであれ…
そのためにすべきことはすでにわかっている。行動するのは私自身なのだから。
「………」
遠くから誰かの声が聞こえてくるような気がした。その時に視界に一筋の光が絡みついてきた。光は凪いだ水面に波紋が広がるが如く交わり、闇を汚していく。
優しい泥闇の底に沈んだ体は、無意識に光を探して手を伸ばし、「私」が誰かの声によって引き揚げられる。
『どうか忘れないでほしい』
――――――
「…え、……つ」
誰かの声がする、いつも聞いていたような気がする元気のある声。そしてその声に想いを伝えなくてはならないという使命があるようにも思える。
「ねぇ、こっち起きてよ」
「……ううっ 紺ちゃん?」
声がする右隣に頭を上げてみると、となりの席で呆れたような表情で私を見ていた。
「あっ、起きた もう、こっちSHR終ってからすぐに眠っちゃって揺すっても起きなかったんだから」と紺ちゃんは頬を膨らませながら言った。
「ごめん、なんか夢を見ていて…」
「夢? うーん…まあいいや、外結構暗くなったから帰ろ」
「うん、わかった」
そう言うと、席から立ちあがり鞄を持った。ずっしりと現実感のある重さが掌に伝わり、寝起き特有の気怠さが重なっていく。
「ん? こっちどうしたの」
「えっ!?」
「いや… なんとなくだけど」
「ううん、だいじょうぶだよ」
そう答えると、鞄を持ちなおし「じゃあ、行こっ」と教室の扉へ進んだ。
私たちは誰も居ない廊下を歩いている。窓から見える太陽は西に大幅に傾き、もうすぐで地平線に合流する。また、反対の東の空はすでに夜の気配を漂わせている。
下校時間が過ぎた校舎は不気味なほど静まっていて、サッカー部や野球部などの外部活も活動が終わったようでグラウンドからも人の声がしない。
「なんか不思議な場所だよね こっち」と感慨深いといったように話し出した。
「昼はすごい活気があって人の往来も激しいのに、こんな時間になるとパタッと静かになっちゃうんだもんね それにこっち、幽霊の噂とかあったよね、ほんとこんなに静かな場所なら何か出ても不思議じゃないって思っちゃうよね」とそう言うと窓の方に歩み寄った。
「ねぇ、学校の屋上に行かない? なんか行ってみたくなっちゃった」
唐突な彼女の言葉に少し驚いたが、それ以上のことは浮かばずに、促されるままに首を縦に振った。
「うん、実はね今日屋上に行くのが初めてでね、わくわくするよ」と彼女はそう言うと弾んだ足どりで階段へと向かって行った。だがその後ろ姿は私と同じように何かを押し込めているような重苦しさがあるようにも一瞬見えたが、私の苦しさを重ねているだけと切り捨て彼女の後を追った。
私はその後ろ姿を眺めながら夢の内容について考えている。屋上までの階段は明かりも点いておらず薄暗い。
転ばないように一段、一段とゆっくりと階段を上っていると、頭が整理されたようにすっきりとした。答えがもう喉まで出かかってきていて、もう一つのきっかけさえあればすぐに自分がやるべきことが分かるような気さえする。
最上段まで歩みを進めると、とげとげしく冷たい隙間風が頬を鋭く撫でた。彼女はすでに階段を登り切っており屋上の踊り場で待っている。見上げると私の到着を待っていたようで、表情は暗くてみえないが視線を感じたのか後ろを向いて扉を開けた。
「さっ、屋上だよ」
あけ放たれた扉からは風が容赦なく吹き込んで私は思わず目をつぶってしまった。
「あはは、強い風だね」
吹き込む風が弱くなるのを待って目を開けると燃えるように真っ赤な空が見えた。一歩を踏み出すとその赤に塗りつぶされた遠くの町が見えた。更に一歩進むとそんな景色がどうでもよくなるような笑顔が見えた。
「ねえ、こっち ここってすごいね!まるで赤い宝石みたいだよね」
「そうだね…」
目の前に広がる景色に見惚れている様子を横にしながら私は別の方向を見ていた。
『…思い出した』
夜に飲まれていく町を止められないように、まるで堰を切ったように、いま伝えるべき言葉が濁流のように溢れだした。
彼女は景色に夢中で私の異変に気付いていない。時間をかければここもじきに夜に飲み込まれ、すべてがうやむやになってしまう。その前に伝えたい。
私は大きく息を吸い込んで彼女に向き直った。
「紺ちゃん!」
「虎徹!?」
不意打ちのように大声を出したせいで紺ちゃんが驚きの表情で固まっているが、それを気にする余裕はなくすぐに言葉をつづけた。
「紺ちゃん! いきなり変なこと言うけど聞いてくれる!」そう言った後に、私は彼女の返事を待つこともなく続けた。
「私は……」言葉に詰まる
今まで積み上げてきた関係をすべて壊すことに自然と足がすくみ、視界が暗くなっていく。全てを終わらせることを望んだのに、あとの言葉が喉から出てこない。口内に溜まった唾も呑み込めないほど重苦しい。
「……」
どのくらい時間が経っただろうか、沈みゆく太陽は地平線とほとんど同化しており、その残り火がかろうじてその存在を確認できるほどに小さくなっている。
その中で彼女は私の次の言葉を待って静かに佇んでいた。まるで次の言葉を知っているように。そう思ったら緊張がウソのように引いていき、重さが無くなった。
「貴女のことが好き!」
ついに言ってしまった。勢いに任せ、今までに秘めていた思いをすべて出し切ったようで誇らしささえ感じるような。だがそんな気持ちは一瞬のことすぐに目を開き彼女の姿を捉えた。
逆光を受けた彼女は右耳辺りの髪を触って考えているように見える。これは困っているときや考え事をしているときによくやる癖だ。
わかっていた、これは彼女を困らせてしまうことだと。夢の中も勝手だけれど、現実の私も大概勝手だ。そんなことを予想していないはずがない、ましてや彼女には「家庭教師の先生」という思い人もいる。そう考えながら私は答えを待った。
きっと答えは…
「私も虎徹がすき!」
――――――
と言えたら虎徹は傷つかないかな…
でも、私はその答えを口にすることはできない。
本当は気付いていたんだろうな、虎徹の想いを。でも私にはあの人がいるから、私は彼女を裏切ることは絶対にできない。
思い返してみるといつからだろうか、虎徹の様子がおかしいと感じるようになったのは。
思い出せる中で彼女の様子が最初に変だと思ったのは、私があの人を好きだといった時だろうか。
『私…好きなんだ』『えっ……』『家庭教師の先生が…』
そんな相談を4月にしたときに虎徹は明らかに動揺していた。まるで目の前で大事なものが壊されたように。でもその時の私は言葉にしたことへの達成感で虎徹の反応を気にしていなかった。
そう、あの時から虎徹の気持ちが分からなくなっていたのかもしれない。気づいたころにはもう時が遅く、私と虎徹の心の距離がどんどんと離れていき、それにつれて物理的な距離も変わっていった。
私は虎徹のことを親友だと思っていて、虎徹は私のことを好きだと言った。そんなすれ違いから生まれるものは何もない。
次に思い当たるところは冬休み前に虎徹と出かけた時の事。
行きと帰りはいつもの虎徹と大差なく、私の想い違いだと考えていた。だが家に帰り虎徹と合流した時に虎徹が呟いた「そういうことなんだね」という言葉と相談した時の表情が重なり、その時に私は確信した。
本当にあの時は私の勘違いということにして逃げたかった。いや、実際にそうした。この冬休み中は虎徹のことを意識して考えないようにしていた。
私は友達失格だ、虎徹が苦しんでいるのに一切を見ないふりをして逃げている。
でも、どうやって?
虎徹に『こっちは私のこと好きでしょ?』とでも伝えればよかったのか。
そんなことを言えば虎徹を今まで以上傷つけてしまう。
それに考え抜いた末のこの行動だってよく考えなくても最悪だ、自ら言うように誘導して玉砕させようとしている。だからこそ私はこの作戦に失敗しても何度もやるつもりだった、たとえ虎徹に大きな勘違いを与えてでも。
『この真意が虎徹にばれたら絶交されるかな?』
どちらも同じような結果になるならお互いに禍根が残りすぎない方が良いに決まっている。
少しでも虎徹を傷つけず、私たちの関係を終わらせてでも選択しなくてはならない。
それに今後悔してももう遅い、そのために屋上に誘ったんだ。
『私のあまりにも我儘で自分勝手な願いを…』
――――――
「ごめん… 虎徹」
絞り出すように紡がれた言葉は“拒絶”だった。
しかし、そんな答えにホッとしている自分がいることも確かだった。苦しくて涙も止まらなくてつらいはずなのに鼓動が高まる音がする。
心の底ではそんなことを望んでいたのかと自分のことが自分で分からなくなる。軽蔑されるべき気持ち、でも大きな喪失と高揚は間違いなく今の私の気持ちだ。
「ははっ… ごめんね、か」
彼女はもうすでに降りていて、この屋上には私しか居ない。耳元を通り過ぎる風の音だけが煩く、夜が静かに流れ瞬き始めた。
「はぁ… 帰ろ」
高揚も吹きすさぶ風によって一通り落ち着き、喪失が占める割合が大きくなりはじめた。頬を流れていた涙も止まったが、それを拭う気力も湧かずにフラフラと立ち上がった。
月もなく遠くに見える町明かりが一層煌々と輝いているように見え、私はそんな景色から目を逸らすように階段へと向かった。
一歩一歩進んでいくごとに幾重にも後悔が重なっていき、校舎から出るころにはまた涙を流してしまった。
「あれ? 虎徹先輩!」と後ろから聞き覚えのある声がした。
私はすぐに袖で涙を拭うと声の方向に振り返った。声の人物は暗がりにいて顔が見えないが、暗闇の中でもかすかに見える明るい髪の色、そしてツーサイドアップ。
「兎和ちゃん…」
「どうしたんですか?こんな時間に」
「…ううん、ちょっと勉強してて…」
我ながらひどいウソだが兎和ちゃんは得心がいったように「そうなんですね」と言うと暗がりから出てきた。
「私もです、部室で勉強していたらこんな時間になってしまって」
「兎和ちゃんは偉いね…」
「明日に苦手な教科があるのでなんとかです…」
「そうなんだ…」
「…」
会話が途切れると居心地の悪い空気が流れ始めた。何とか会話の切り口を探そうと頭を巡らせるが今の私にはネガティブな話題しか思いつかなく、沈黙に身を委ねるしかなかった。
「……虎徹先輩! あ、あの…一緒に帰りませんか」
「…えっ」
控えめに言われたそれは今の私には暖かすぎた。断らなければならないのにその言葉に強く惹かれてしまう。もし了承してしまえば彼女にこの胸の内をぶちまけてしまうかもしれないのに。
「…先輩?」
「うん…帰ろっか」
私はそれだけ言って歩き出した。これ以上近くに寄られると涙に汚れた酷い顔を彼女に晒してしまう。彼女の前では「虎徹先輩」でいたい、そんな思いから弱い姿は見せられなかった。
「…」
「…」
歩き始めて10分たっただろうか、お互いにまだ一言も発していない。兎和ちゃんは私の後をついてくるだけだが、だんだんと距離が近くなっているのは足音でわかった。手を伸ばせば届きそうな距離に彼女がいる。しかし、お別れの時はすぐに来てしまった。
「虎徹先輩、ここでお別れですね…」
「うん、じゃあね」
これ以上ここにいると未練が残ってしまうので、そう言って踵を返そうとしたときに「虎徹先輩!」と呼び止められた。
「虎徹先輩!週末ごはん楽しみです」
それだけ言うと急いで玄関を開けて中に入っていった。いつもの彼女の声量では考えられないほどはっきりとした言葉だった。
「ごはん…」
家に帰ってからも、彼女の言葉が頭の中で反響していた。
家族で夕飯を食べているときも、お風呂に入っているときも、あの言葉のことを考えていた。
「あっ… あの時の…」
眠りにつこうとしたとき、自分が言ったことをすっかり忘れていたことに気付いた。先週の日曜日に交わした「週末にごはんを作る」という約束。
兎和ちゃんにごはんを作るというただの約束、それなのに今まで感じていた胸の痛みが軽くなるような、どうしようもない鈍痛が引いたような、そんな心地よさがあった。
『兎和ちゃん…ありがとう』
私がただ都合のいいように解釈しているだけかもしれない。それでも私の心は救われている。
『はぁ… 私、失恋したんだな』
数度寝返りを打ち、目尻に溜まった涙を拭った。もうこれ以上の涙は出てこなかった。
『明日はどうなるのかな』
寝返りを何度も打ちながらぼんやりと考えていた。今までは不安や苦しみが枕を埋めていたのに、今は明日への希望を夢想している。
窓の外には暗黒の空間が広がっており、星が瞬き、流れ星が見えた。
「さようなら」
明日への願いを込めて、あるいは昔の自分への決別を込めて。
星はそのまま虚空に消え、静かに眠りについた。
[完]
あとがき
ここまでの読んでいただきありがとうございます!
これで私の「こてこん」は完結になります。
タイトルの通りに夢現、「夢と現の二つの世界、巡り終わらぬ優しい悪夢とすべてを忘れた現実の中で真実を見つける」みたいなことをイメージして書きました。
「鈍痛」を書いた時点(8月)では結末を考えていなかったのですが、どのようなものがいいのかと考えた時に幾つかのアイデアがありましたが、「虎徹がフラれる」という結末を選びました。
あと、この終わり方を選んだ理由としては、兎和との関係を作るためでもあります。わだかまりが残った状態ではいまいち煮え切らない話しか書けないので必要でした。
前編で登場したのは「ヤンデレ二股女狐」の紺で虎徹の深層意識が作り出したもので、ほかにもいろいろなバリエーションがあったりなかったりします。他にもイマジナリー秋常紺がいるかもしれませんが、もう本人しか登場する機会がないので闇の中に。
思い返してみても、リクエストを貰わなければ書くことがなかったと考えると大変感慨深いです。展開に悩んだり、文章に悩んだりと少し頭を抱えることはありましたが、楽しく書き上げることができました。
最後にこんな日(4/1)に後編を更新していますが、夢オチ的なことはないので安心してください。
と、いうわけで次回の作品でお会いしましょう!
久々に来たらあのssの続きが…!
前編のヤンデレ女狐で紺もそういう想いがあったのか、と思いきやそれは虎徹の内なる想いの具現化だった、という構成がとても良いです。
これを見てから、前作や兎和とのssを見返すとまた違った見方が見えてきますね!
途中にあるごく普通の仲良しな会話も、微笑ましいと同時に切なくも見えて良いです。
「雪ではしゃぐ紺」は私も見てみたいです。勝手なイメージですが、紺は雪国が似合う気がしています。
では、今後の作品も楽しみにしています!
コメントありがとうございます!
前編はジャブとして、後編はボディブローのような展開になったらいい〜との考えでしたが、功を奏しました。
虎徹関連のSSはすべて本作の為の布石としてきましたが、虎徹が主人公のSSはあと1作書くつもりなのでよろしくお願いします。
あと、「雪ではしゃぐ紺」で話を考えたのでこれもお楽しみに。
ただ、今書いている「椿は香らない」の他に2作ほど、先にきらファン編を投稿する予定なのでかなり間が開くと思います。
こういうサブキャラにも視点を当てた話はとてもありがたいです
宜しければ根古屋姉妹のちょっとシリアスめなストーリーを見てみたいです
以下のようなのが良いですが、難しい箇所は変えて頂いて大丈夫です
※声優さんに合わせて、鈴子が姉で珠子を妹という前提としています
○珠子は素で明るくマイペースな悪戯好き、鈴子も明るい性格に違いはないが、姉のため割と真面目でしっかり者な所もあり
○「二人で楽しめれば何でも良い」な考えの二人だが、進級するにつれ、それがいつまで続けられるのかの悩みを一人で抱える鈴子
○鈴子が一人でいる所にひづめ&花和と遭遇し、悩みがあることに気づかれ話を聞いてもらう
○既に卒業済の八木先輩に「鈴が最近元気ないみたいで…」とこっそり相談する珠子
○来海ありすとその友人達も少し出番あり
お忙しいと思いますが、可能でしたら是非…
コメントありがとうございます!
根古屋姉妹の少しシリアスなお話…面白そうですね。ストーリーを考えてみます。予想では8000〜10000字程度にまとめられればいいなぁ、と思っています。長くなるか短くなるか、又は面白くできるか、はまったくわからないですが…
余談ですが、ネコちゃんたちはほとんど見分けがつかないので、宇希先輩と同じ左おでこをだしている方が鈴子と見分けています。
「続きがとても楽しみ」とか言いながら相当長い期間留守にしてしまいました、ごめんなさい。ということで、改めて...。
拝読しました! 激重感情を吐露する女の子からしか摂取できない尊さがある。
アイスクリームのくだりで、例の激重虎徹SSどころか兎和ちゃんとのお話も絡んでいたと知り、急いでそちらも読み返してきました。いやぁ、あの時こんなことが起こってたんすねぇ...
紺ちゃんに愛されたい虎徹ちゃん、虎徹ちゃんと友達でいたい紺ちゃん。このお話は、二人のすれ違いが、行き着くところまで行ってしまった結果なのでしょうか。
とはいえ、兎和ちゃんという救いがあることもまた事実。明日に期待を込める虎徹ちゃんに、どうか幸あらんことを。
>>71
コメントありがとうございます
私の「こてこん」の集大成の話なので、話のつながりを大切にして書きました。秋常にも大切な人、「家庭教師の先生」がいるのでどうしてもこういった結末になってしまいます。近いうちに虎徹と兎和の話と、秋常とカテキョの先生との話を考えているのでお楽しみに。
虎徹と兎和の話は意外と早く投稿できると思います。
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