ゆずこ「トモダチ」
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1 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:48:32 ID:ivX0uoAie1
皆さん、こんにちは。

以前ここのBBSに
【ゆゆ式ss】ゆずこ「ディッセンバー!」縁「あははは」唯「急にどうした?」(https://kirarabbs.com/index.cgi?read=829&ukey=0)

を投稿させていただいたものです。

この度は新作が完成いたしましたので投稿させていただきます。
完全オリジナルです。
長編?は初めてですので、勉強不足や至らぬ点もあるかとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

2 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:49:03 ID:ivX0uoAie1
「そういや、今日、私達の出会いの話になったよな。」

唯ちゃんの言葉に私はドキッとした。その衝撃で骨髄反射のように一瞬閉じられた私のまぶたは、今度は開かれっぱなしとなった。空は寂しく赤くなっていた。西のほうの空にはところどころ雲が掛かっていた。

「どんなだったっけ?私達がゆずこに、へー頭いいんだ的な感じで話し掛けて…いつから今みたいになったんだっけ?」

唯ちゃんは話を止めない。無意識のうちに、右手の指が左手の人差指を握っていた。こういう会話になるといつも不安になってしょうが無い。本当に私達は友達と言えるような関係なのかと。勿論、唯ちゃんと縁ちゃんのことを信用していないという訳ではない。ただ単に、2人が、私が思っているほど私のことを友達だと思っているのかというだけだ。こんな感情を抱くのは2人に対して失礼だということも十分に分かっているのだが、どうしても、自分の性分のせいでこのような不毛な問題について時たま考えてしまうのだ。

「どんな感じだったっけ?」

とりあえず相槌を打つ。握られた指はいつの間にか薬指に変わっていた。2人に変に思われないように、この話題を変えなければ。

3 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:49:29 ID:ivX0uoAie1
「まあいっか。」

唯ちゃん自身がこの話題を止めてくれて、私は安心した。

「えーっと、遠足って何日後だっけ?」

「確か・・・3日後?」

いつも通りの、何気ない会話が続いていく。

「遠足といえばおやつだよね。何もっていこうかな?」

「あー。遠足のおやつといえばバナナがおやつに入るかって話もあるよな。」

「ね。バナナはおやつには入らないよね。主食にしている国だってあるんだし。」

「え?」

しまった。

「えへへ・・・なんつって・・・」

「・・・っと、フィリピンの人?」

唯ちゃんが頑張って突っ込んでくれたのは有難かった。その好意がほんの少しだけ私の心に突き刺さった。バナナが主食なのはアフリカの赤道のほうということを知ってはいたが、これ以上この話題を広げるのは得ではないと思ったので何も言わなかった。
こういうことは、私はお笑い芸人ではないのだからよくあるし、こうなってしまうのは仕方ないとはわかってはいる。ただ、こういうことが起こる度に、私はお笑い芸人のその脳や思考回路を疎ましく思うのだった。

それからは、いつものような他愛もない会話が続いていたような気がする。沈む夕日に吸い込まれるように2人は消えていった。

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4 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:49:54 ID:ivX0uoAie1
家に着いたので制服を脱ぐ。帰る途中で書いた汗のせいで二の腕の上のほうが湿っていて制服の布の摩擦を感じながら脱いだ。

その日は、何もする気が起きなかったのでお風呂に入り、夕ご飯を食べ、歯を磨いたらすぐ寝た。ただ、帰路でのことを思い出してなかなか寝付けなかった。




―どうして唯ちゃんと縁ちゃんと仲良くなったんだっけ?―

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5 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:50:17 ID:ivX0uoAie1
目を開くとそこには小さい頃の自分が居た。
水まんじゅうのように透き通る透明感のある焼けた肌が、夏のじりじりとした厳しい日差しを反射している。

周りには小学校低学年の頃に友達だった地元の男の子たちが、野球道具一式を持って一緒になって公園へと駆けていく。

そうだ。
小さい頃は男の子たちと遊んでたな。

プ○キュアよりも仮○ライダー派。可愛いものより、カッコいいものに惹かれていた。

それは、自分が弱かったからかもしれない。3月24日生まれで、教室では実質1つ上の人達と同じ場所に押し込まれているようなものだった。特に保育園に入ったばかりの頃は大変だったらしい。自分は覚えていないが母親はそう言っていた。

そういう訳で、小学校に入ってからは男の子たちとよく遊ぶようになっていた。

6 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:52:21 ID:ivX0uoAie1
そんなある夏。そうそう、こんな感じに注射針のように日差しが肌に刺さるような暑い日に・・・

次の瞬間、小さな私は側溝へと落ちていた。

周りにいた男の子たちが近づいてくる。

私の右手は血を吹き出し、側溝のコンクリートには血の赤色が染みこむようだ。

経験したことのない激しい痛みでその場で失神してしまった。

目の前が急に真っ白になった。気付くと夏とは思えないくらい乾燥した涼しい場所にいた。まるで高原に居るようだ。

小さな私はベッドの上に居る。

右手首を骨折で入院。通常は2・3日らしいが、まだ小さいということもあって5日ほど入院した。夏休み中だったので学校には影響はなかった。
ただただ、病室特有の乾燥した日々が続く。

入院生活は退屈なものだ。そんな入院生活を楽しくさせてくれたのは、父親の持ってきた映画だった。

洋画や洋ゲーが好きになったのはこれがきっかけだった。もともと父親が、そういう系のものが好きだったのもあって家に幾らかあったが、レンタル屋で借りてきたものもあった。今となっては、中には小学生に見せて大丈夫かというものもあったが、当時の私はケラケラ笑っていたような気がする。

それにつけても、腕を怪我している人に戦争で両腕義手になった郵便局員の話を持ってくる父親のセレクトセンスである。

7 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:52:47 ID:ivX0uoAie1
リハビリ生活に約3か月もかかったため、自然と男子たちとの関係は薄れていった。小さいながらも彼らなりに気を使ってくれたのだろう。

それからは、男の子たちと遊ぶことはめっきり減り、私は本をよく読むようになった。また、早生まれで体が小さかった私はより一層勉学に励むようになった。真面目に学校の授業を受けたり、池〇彰のニュース解説番組を見たり・・・

8 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:54:34 ID:ivX0uoAie1
時は流れて私は小学4年生になった。

桜はとっくに散った4月初め、心の中の桜を舞い散らせながら、私は新しい教室へと向かった。そして、「六郷 泉」と隣同士になったのだ。どちらが名字なのかと突っ込みたくなる名前だが芸名ではない。唯ちゃんと縁ちゃんに出会う前に親友と呼べるような友達は彼女ただ一人だった。

私たちが仲良くなったのは、ただ最初の席が近かったからだ。それだけ。

私はいつものように、教室で1人、本を読んでいた。そこに彼女が話しかけてきた。

「へぇ、こころかぁ。」

そう、ちょうどそのとき私は夏目漱石の『こころ』を読んでいた。

この会話がきっかけでなんとなく、私たちは親友となっていった。
とっくに花が散った桜の木のみずみずしい青葉が大きくなってきた5月の初めのことである。

9 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:55:08 ID:ivX0uoAie1
いつしか私たちは、「ロクちゃん」、「ノノちゃん」と呼び合う仲になっていた。

ロクちゃんは、川を挟んだ向こう側に住んでいた。それぞれの家は若干離れていたので、専ら移動は自転車だった。

ロクちゃんの親は大手自動車会社のそこそこ偉い人だった。所謂成金っぽい感じだった。
そのため、家は立派なものだったので、私達は集まるのはいつものロクちゃんの家だった。

ゴールデンウィーク後の、梅雨までの僅かな五月晴れ。私は自転車に乗って、ロクちゃんの家へと向かっていた。
今日の最高気温は32℃。気温だけは夏のようだが、湿度が低い分過ごしやすい。

早くロクちゃんの家へと向かうため坂道を飛ばす。太陽は高く昇り、短い影が猛スピードで付いてくる。長い坂道が終わり、河川敷にたどり着いた。川面は宝石みたいに日光を反射し、川の流れは緩やかだった。

私は、この川が大好きだった。この雄大とした川は、私のぐちゃぐちゃな気持ちをきれいさっぱり洗い流してくれる気がして。

橋手前の登り坂、勢いをつけて登り切って川の上で少し休憩する。この川もいつかは終わって、大きな海を作るんだ、今はまだ小さいけれど、と思うとなんだか楽しくなる。だから橋を渡るのは好きだった。

橋の下り傾斜に身を任せて、ちょっと行ったところにロクちゃんの家はあった。

ロクちゃんの家で何をよくやっていたかはしっかりとは覚えていない。ただただ、2人で楽しく遊んでいたような気がする。

10 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:55:37 ID:ivX0uoAie1
それから丸1年と少し。私たち2人は小学校6年生になった。

季節は、梅雨。雨が降ってしまうと、さすがに自転車に乗ることはできない。私は歩いてロクちゃんの家へと向かう。
雨が降っているときの川は怖い。川の色は汚い鼠色や茶色に豹変し、泡立っている。あんなにゆったりとしていた川の流れも激流へと変わる。少しでも近づいたら流されて死んでしまいそうな自然の恐怖を感じる。

ロクちゃんから突然の別れを告げられたのは、今でいうところの「数十年に一度のスーパー台風」が伊豆大島沖数百キロ南を北上していたときである。

「それでね、パパのお仕事の都合でね、9月からはフランスに行くことになったの・・・」

私は頭が真っ白になる。状況を理解することができない。何の情報も頭の中に入ってこない。さっきまでうるさいほどに聞こえていたはずの土砂降りの雨音が聞こえない。

悲しみ?驚き?呆れ?もうどんな感情と言っていいのかわからない。脳が応答停止している。

自分の周りにだけ本当に「無」の空間が広がっているようだ。音を伝える空気も、物質も、感情や精神といった何から何まで。まるで台風の目のように。私の周囲十数センチには何もない空間が広がっているようだ。

11 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:56:06 ID:ivX0uoAie1
その日は何で遊んだのか、何をおやつに食べたのか、はたまたどうやって帰ったのかすら覚えていなかった。

その日はずぶ濡れになって帰ってきたので母親がすごく心配していた。心配性で自分も体が強いとは言えない母は、暗い顔の私に何も聞かずにお風呂に入れた。

お風呂から出た後、私は自分の部屋でふさぎ込んでいた。じめっとした空気が部屋いっぱいに広がる。その日は夕飯を食べたか覚えていない。食べていなかったのかもしれない。起きていても仕方がないので布団へと入り、ずっと泣いていた。眠れるはずもなく気づいたら翌朝6時になっていた。
腕には赤くなった歯形が残っていた。

12 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:56:28 ID:ivX0uoAie1
何も考えられずにリビングへと向かうとテレビが点いていた。鬱陶しいL字テロップには警報や避難情報、交通情報などがせわしなく流れていく。

「ゆずこ、もう起きたの?今日は学校休みよ。」

母親のテンションの低い声がリビングに響く。

「あんたたちはいいわよね。台風で学校休みになって。電車遅れるかもしれないから、おうち早めに出ないと。」

母親の愚痴はテレビのレポーターと台風の音によってかき消された。
私はなんとも返答しなかった。まあ、思春期の母娘の会話なんてこんなもんだろう。

私は黙って自分の部屋に戻り、何をするというわけでもなく再び自分のベッドに戻った。



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13 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:56:52 ID:ivX0uoAie1
夢から目が覚めると、現在に戻っていた。そうか、あれは夢だったのか。久しぶりに小学校の嫌な思い出を思い出してしまった。苦しかった、今とは断絶されているはずの過去を。どうして今更・・・時計の長針は2を指している。仕方がないのでもう一度寝るしかない。


ダメだ。この悶々としたものをどうにかしなければ。

のどが渇いていたので下の階の冷蔵庫まで行く。家族を起こさぬようそーっと。

廊下の電気のスイッチの常夜灯を頼りに、キッチンまで来た。廊下の床は心なしか冷たい。

冷蔵庫の光の矢が目の中に飛び込んでくる。目を細め、その光で自分のコップを探し、こぼさないように注ぐ。

リビングにはカーテンから漏れた月明かりが差し込んで幻想的だ。月の光は滝のように私の目に流れてきた。


水を飲んで落ち着いたのでそのあとはスッと寝れた。

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14 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:57:29 ID:ivX0uoAie1
次の日、頭が少し重い感じがしていたが、いつも通り学校へと向かった。
唯ちゃん、縁ちゃん、相ちゃん、おかーさん、きららちゃん、ランプちゃん、ハッカちゃん。みんな変わらず学校に来ている。そこには何もないが、しかしどこか懐かしく安心する何かがあった。

今日はクロモンが大量発生しているそうだ。おかーさんからは気を付けるようにと言われた。きららちゃんは朝から風紀委員の仕事で校内を走り回っている。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

そんなことを考えているときららちゃんが帰ってきた。

「縁ちゃんが体育終わった後みたいだね。」

「あちこち走り回ったので足が棒のように・・・もう、動けない・・・」

「ふむ。」

汗がきらりと光る、きららちゃんの柔らかい脚にそっと手を伸ばす。
なるほど。熱を持っていて、本当に棒のように固い。

「きゃっ!」

しまった

「カチカチだね・・・。ごめんね、ちょっとなんか私のどうしようもないとこが出た。」

「どうしようもないな。ジュース買ってこい。」

「わかりました。」
ああ、やっちゃったな。男なら一発K.O.だ。

私の好きな作家がどこかのインタビューでこう答えていた。「人は足に一番感情が表れる。実は、人間は口なんかより足のほうがよくものを言うんです。」と。
先に断っておくが、この作家は女性だ。京都出身の。まあ、これで男だったらインタビュアーが載せないだろうが。
その時私は何か気づかされた。
きららちゃんの場合、女の子らしいつやのある見た目だが、中の筋肉は流石山育ちといったところだろうか、上質な引き締まった筋肉が内包されている。
足には、例えズボンやスカートに隠されたって、人の生きてきた歴史を無言で主張している。

15 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:58:27 ID:ivX0uoAie1
その後、きららちゃんはすぐに寝てしまった。よほど疲れていたのだろう。

そこに、縁ちゃんとランプちゃんが入ってきた。

「おはよー。」

「おはようございますー。あれ、きららさんが寝ているなんて、珍しいですね。」

「あのね、きららちゃんの身体は“石になっちゃった”んだよ。」

「・・・・・・えっ?」

「もうガチガチで動かないんだって。」

「・・・動かない? きららさんが?」

「朝から大変で、ちょっと休んでるんだよ。まあ脚はガチガチになっちゃってるけど。」

16 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:59:16 ID:ivX0uoAie1
「あれ、ランプ?」

「えっ・・・」

「あ、あれ、涙が・・・ぐすっ。」

「ふぐっ、なんででしょう、今のはゆずこ様の冗談だってわかっているのに・・・ぐすっ。」

ギクっとした。
「ねっ」
とっさに声をかける。少女の尊い涙は一瞬にして凍り、鋭い氷柱になり私の心臓を突き刺す。

「だいじょぶだよ〜ランプちゃん。だいじょぶ、だいじょぶ〜。きららちゃんは、だいじょうぶだよー。」
縁ちゃんの太陽のような優しい声が教室に広がる。

「だいじょうぶ・・・きららさんはだいじょうぶ・・・」

「ん、だいじょうぶ。」

「ん、大丈夫だよ・・・。ほら、きららって確か元々石だし。」

「そうなんですか!?」

「なんだっけそれ、雲母だっけ?」

「雲母・・・?」

「?」

「そうそう。それに、私も顔が石になった事あるけど今これだよ?」

「あったなぁそんな会話。」

「・・・ふふっ。すみません、もう大丈夫です。わたしも何で泣いちゃったのかわからなくて・・・。ごめんなさい。」

「そっか、なんだろね。あ、さっきのは、雲母っていう石の別名がきららっていうわかりにくいやつね・・・。」

「泣かし困らして、ごめんね。」

「いえ、わたしこそピンとこなくてごめんなさい・・・。」

「私も〜」

「あはは。」

はあ、なんとか切り抜けられた。唯ちゃん、ナイスアシスト。
昔、クラスメイトとクイズを出し合っているときに、難しいクイズを出しすぎてある子が泣き出しちゃうってことが起きてからこういうことは軽くトラウマなのだ。

17 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 14:59:40 ID:ivX0uoAie1
その日は、クロモンの影響で部活はなしということになりみんなと一緒に早めに帰った。
遠足の準備をしようかと思っていたので丁度良かった。

前日寝不足のせいでその日は早めに床に就いた。

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18 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:00:00 ID:ivX0uoAie1
それから、夏休みが始まる頃にロクちゃんがフランスへと引っ越していった。

私は当時、フランスといえばパリとベルサイユくらいしか知らなかったので、多分そんなとこだろうと思っていた。後で母に聞いたのだが、ロクちゃんはフランス南部のマルセイユにいるらしい。地中海沿岸の大都市で日本より住みやすそうだ。


それから、私は小2のころか、それ以上に無意味なその年の夏休みを過ごした。
まだ朝だというのに絵日記描いてベッドへGOみたいな。

ただ、親に連れてかれた里帰りには同行したので夏休みっぽいことは最低限したつもりだった。

19 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:00:25 ID:ivX0uoAie1
9月1日、セミがまだ夏休みだと激しい自己主張をしている中で新学期が始まる。

せっかくの新学期なのに、防災訓練から始まるなんて不吉だ。だとか何とか思っていたが、そんなことは重要ではない。

今までは、ロクちゃんと2人“だけ”の世界を作って、その箱庭で楽しく遊んでいればよかった。だが、そんなこと言っていられない。

「お、おはよー。」

「あ、おはよう。えーっと、ノノガk、野々原さん。」

名前間違えるなよと突っ込む顔に一瞬なったが、何とか堪えた。

「あ、昨日の○○の出てる番組見た!?」

「うん、アレね。○○チョーカッコヨカッタ!」

うーん、ジャニーズ系か?お願いだからジャニーズはSM〇PかT〇KIOか〇にしてくれ。

「あとど〇森。チョーカワイイ!!私絶対にクリスマスサンタさんにもらう!!」

「う、うん。そうだね・・・」

ああ、慣れないことはするもんじゃない。とても疲れる。彼女たちの言葉にはすべてキラキラエフェクトがついていて、語尾は!?や!!が見えた。新宿歌舞伎町のネオンサインやジュリアナ東京のような、ギラギラとして下品な”輝き”がそこにはあった。

やはり、私にお似合いなのは机で一人こそこそ読書することらしい。ランドセルの中から森鴎外の『舞姫』の現代語訳を取り出した。

20 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:00:52 ID:ivX0uoAie1
それからの小学校生活はいわば消化試合である。
うまい具合に、浮かないように周りとコミュニケーションを取ってそこそこ楽しいスクールライフを演じた。

それでも、修学旅行や学芸会は楽しかった。

「勉強ができて、物静かで、いつも本を読んでいる子」になりきる為にそのための努力は欠かさなかった。

いや、そうなんかじゃない。これは多分嫉妬だ。毎日楽しく過ごしている女子たちに嫉妬していたのだ。体が小さく、早生まれの自分には彼女らに勝つ方法は勉強以外残されていなかった。必死に。彼女たちを見下すために。いじめられない為に。大人から守ってもらう為に。弱く小さい自分を。

自分の通っていた小学校の学区は市内でもそこそこ治安のいい地区にあったので、勉強ができる“普通の子”であればいじめられるなんてことは滅多になかったのは幸いだった。

クラスでトップの成績というわけではなかったが、自分の居場所は十二分に確保できるくらいのものだった。そこに自分の机と椅子があるから学校は別に嫌いじゃなかった。


5年の担任は尾頭(オドウ)という男の理科教師だった。釣りが趣味の生物専攻の人だったらしく、ついたあだ名は“尾頭(おかしら)”だった。非常に熱血教師で小学校の先生らしい、模範的な日本人という感じだった。物語に出てくるようなリーダーみたいな性格だった。そのため、クラスの評価は両極端だったが。私は好きだった。

ある時、彼に中高一貫の私立の中学の受験を考えてみないかと打診されたことがあった。私は断った。理由はよく覚えていない。ただ単純に失敗するのが嫌だっただけかもしれない。いや、親に言われたからだっけ。

そうして私の小学校生活は平穏かつ事務的に終わった。

あと記憶に残っていることといえば・・・卒業式で隣のクラスの担任が号泣して、雰囲気がぶち壊されたくらいか。



そうして、私の“なんてことない”中学生活が始まったのだ。

21 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:01:19 ID:ivX0uoAie1
中学校での生活は小学校よりむしろ快適だった。生徒も教師も皆内申としか言わない。勉強と素行が良ければ評価されるという単純な世界は私にとって何も考えずに済むので非常に居心地がよかった。ただ“普通”に生きることが許されているというのはこんなにもストレスレスなものなのか。

部活に入るという選択肢もあったが今の自分のライフスタイルを無理やり変えてまでするようなものじゃないと悟ったので入らなかった。

そういえば、あのロクちゃんとの関係はどうなったのかって?相手は海外だ。そんな頻繁に電話もできないし、ましてや今どき文通なんてものが成立するはずもなくあの後互いに音信不通のままだ。少々の申し訳なさと後悔はあるが、ロクちゃんを私一人のせいで日本に縛り付けておくのなんて到底許されることでもないと言い訳をし、自分を納得させていた。

そして“あの日”がやってきた。

22 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:01:52 ID:ivX0uoAie1
それは、平穏な日常から、地震のように突如として“私というもの”を破壊した。

2学期中間試験が終わり、テスト結果が返却された。私はクラスで5番、学年だったら30番くらいか。成績が着々と上がってきているなと結果を見てちょっとニヤニヤしていた時だった。

「へー、ゆずこちゃんって頭良いんだー。」

この時声をかけてくれたのが、日向縁・・・縁ちゃんだった。

縁ちゃんは観音様かマリア様のような、優しい声で語りかけてきた。
私のクラスでは、試験が終わるごとに席替えをしていた。これが人間関係が硬直していじめが深刻化するのを防ぐという担任の粋な計らいであること気づくのには、当時の私は若すぎた。
自分が一番前、その後ろに唯ちゃん、そのまた後ろに縁ちゃんと、信号機のように並んでいた。

「ちょっと、縁。他人のそういうのジロジロ見るのはあんまり・・・」

「いえ、大丈夫です。気にしていませんから。」

他人の成績なんて今まで気にしたことなかった。
自分がどこを理解できていなかったとか、全体で何番だったかとかは常に気にしていたのだが。特定の相手との比較は争いとか憎しみとか、そういうものを生むから禁忌だとすら思っていた。

「ほらー、縁、ちょい怒ってるみたいだぞ。」

「えー?ごめんね、ホントに。」

「いえ、そんな顔しないでください。本当に。大丈夫ですから。」

思えば、一番最初は私が突っ込みだった。唯ちゃんはもうちょっと、あの・・・ソフトで女の子って感じだった。縁ちゃんは昔と全く変わらない。最も、縁ちゃんは私が知る前から、もしかしかしたら唯ちゃんと出会う前から・・・そうだったのかもしれない。

23 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:02:29 ID:ivX0uoAie1
縁ちゃんのことは前から知っていた。近所では有名なお嬢様なのだから当然だ。ただ、育ちがよさそうには見えるが、言われなくては超が付くほどのお嬢様とは見抜けなかっただろう。まあ、大体唯ちゃんの矯正のせいなのだが。嫌悪感を全く抱かせることなく、スッと自らの領域へと、サンクチュアリへと入っていく。お経や宗教音楽のように、血液とともに全身を流れていく感じ。ああ、自分の娘がもしいたら、こんな風に育ってくれればと思う。

唯ちゃんは、前々から顔と名前はもちろん一致していたが話したこともなかったので、実はよく知らなかった。しかし、クラスの男の子たちとはよくウワサになっていた。今でこそ唯ちゃんはあんな感じだが、JC唯ちゃんは今よりもずっとずっと小動物な感じがして、気弱なオス共から狙われていた。

そういう男の子たちは縁ちゃんが近づくと逃げて行った。ああいうやつらにはちと眩しすぎるのだろう。あの独特の後光がさしてきそうなオーラが。


それからはだんだんと私たちは「トモダチ」らしくなっていった。

24 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:02:50 ID:ivX0uoAie1
初めて唯ちゃんの家に遊びにいたのは期末テストの2週間前だった。

国語が全然できないとヘルプを求められたのだ。

「『少年の日の思い出』がさー、ちょーっとよくわからなくって。」

「あ、私も。なんかよくわからないんだよね。佐田先生わかりそうでわからないというか・・・」

「そうだ!今週末唯ちゃん家で勉強しよう?テスト近いし♪」

「えー、いいけど・・・野々原さんは大丈夫?」

「はい、大丈夫です。今週なら。」

「ほんと?やったー♪」

ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』。
思春期特有のあのキラキラとしたガラス玉のような情景が浮かんでくる作品。小2の夏のことやロクちゃんのことで、私のガラス製の心は2度もやられているのであのラストに、深い共感とトラウマを持っていた。

別にエーミールのことをどうこうと責めることは私にはできない。むしろ自分はエーミール側の人間だとも思う。ただ、そこまでしなくても。だからエーミールは善良な一般市民に疎まれるんだよ。

25 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:04:17 ID:ivX0uoAie1
時は経ち、初めて唯ちゃんの家に行く土曜日になった。
筆記用具と国語の教科書、そして母親に持たされたお菓子を持って唯ちゃんの家に向かう。

唯ちゃん家は私の家から少し坂を上ったところにある。空にはイワシの大群が泳いでいていかにも秋らしい。学校や駅とは反対側。住んでいてもまだ行ったことのない場所というのは多いものだ。

そんなことを考えていると途中で縁ちゃんに会った。

「あ、ゆずちゃん。おはよー。」

「おはよう、日向さん。」

「もー、縁でいいよー。」
縁ちゃんの周りだけは軽井沢の高原だったり、『アルプスの少女ハイジ』にでてくるような場所の空気が広がっている。シャンプーやリンスのせいかはたまた縁ちゃんのオーラのせいか。

「ごめんねー、今日はよろしくお願いします。野々原先生!」

「先生だなんて。やめてください。」

「ううん、ゆずちゃんっていつも本読んでるでしょー?なんか先生って感じ。あ、唯ちゃんも本好きーだよー。」

「そうなんですか。」

元々私は他人に強い興味はなかった。週刊誌の馬小屋のように汚いゴシップなどはあまり目に入れたくないタイプの人間だから。だから、唯ちゃんが男の子たちからモテモテだというのに気づいたのも、他人から言われてからだった。

26 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:04:41 ID:ivX0uoAie1
何十mか進んだところで近所で犬を飼っている成瀬さんに会った。

「こんにちは。」

「あら、こんにちは。ゆずこちゃん、縁ちゃん。」

「こんにちはー。またぶどうちゃん触っていいですかー?」

「いいわよ。本当に縁ちゃんって犬好きね。」

「はい♪」

縁ちゃんは犬と遊んでいる。
私は猫派だ。犬も嫌いじゃないが、ずーっと主人にくっついてくるというのはお互いに不幸じゃないだろうか。まあ、犬は本能でやっているのだから大丈夫なんだろうが。
その点、猫は気楽だ。お互いのペースで、お互いの距離で。

犬と戯れている縁ちゃんを見ていると、心が洗われる。

27 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:05:06 ID:ivX0uoAie1
唯ちゃんの家に着いた。

「お邪魔します。」

「あら、あなたがゆずこちゃんね。櫟井唯の母です。」

「初めまして。これ、つまらないものですが。どうぞ。」

「あら、ありがとう。ほら、唯。お客さん来たわよー。」

優しそうな人だった。その声からは一人娘を大事にする母親の気持ちがよく表れていた。

唯ちゃんの部屋はきれいに整頓されている。

それから私たちは国語の勉強をした。

「はぁー、終わったー。ありがとう、野々原先生♪」

「ありがとう。野々原さん。」

「いえいえ、私程度で役に立てたのであれば幸いです。」

28 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:05:28 ID:ivX0uoAie1
ぐるっと部屋を見渡す。
きれいな本棚には作者別シリーズ別に文庫本がきれいに並べてある。私は遠視用の眼鏡のフレームをくいっと挙げる。
司馬遼太郎の歴史小説、池井戸潤の『下町ロケット』、海堂尊の『バチスタ』・・・
歴史系やミステリー系が中心か。
私は、明治大正辺りのモダンな小説や青春ジュブナイル小説、『ペンギンハイウェー』のようなSF物が多いのだが、ミステリーや池井戸作品などは好きだ。米澤穂信の『古典部シリーズ』とか。

その、本たちがきちっと整列している本棚の一番下の段は百科事典が占領していた。

「あの百科事典って。」

「あれ?ああ、あの馬鹿でかいのね。あれはお父さんがネットでぽちったやつらしいんだけど。大きすぎてほとんど使ったことないな。電子辞書で十分だし。」

「へー。」

10冊一組セット。一冊一冊がとても分厚く重そうだ。

29 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:06:01 ID:ivX0uoAie1
「ちょっと見てもいいですか?」

「ああ、いいよ。」

私は辞書に惹きつけられるように近づいて行った。“し”から始まる言葉は数が多いようで1冊分も占領している。それに対して、後半のラ行やワ行から始まる言葉は少ないらしく、みんなで肩を寄せ合い、一つの本に纏まっている。
私は、古い言葉で書かれた魔術書を開くかのように、背表紙に大きく“し”と書かれた辞書の一冊を取り出す。思ったよりもずっしりとした感覚が腕に伝わる。辺りにほこりと紙独特の匂いが広がる。

縁ちゃんの隣まで重たい辞書を何とか運び、適当なページを開く。

“シカ(Cervidae; deer)”
“偶蹄類シカ科に属する動物の総称。雄がりっぱな角を持つ種が多い。角は年1回抜け替わる。・・・”

「へー、面白い。私にも見せてー。」

「どうぞ。」

とても辞書を動かせそうにないので自分がどいた。

“資本逃避[シホントウヒ](capital flight)”
“キャピタル・フライトとも呼ばれる。自国の通貨の価値が下落し、または交換性が制限または禁止されるおそれがあるとか、政治・経済的な不安ないしこれを招来するような政策の変更が・・・”

資本家の娘として、いかがなものか。縁ちゃんは全く理解できていないようだ。私も同じく。

30 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:07:02 ID:ivX0uoAie1
「へー面白そう。百科事典をそうやって使うのか・・・。」

「じゃあ、テーマ決めてやってみます?」

「おー、面白そー。やろう、やろう♪」

全十巻を床に並べる。今から禁じられた黒魔術で、何か魔物を召喚出来そうだ。

「“地球”。“われわれ人間の住んでいる天体。”」

「おー、カッコいい。」

「“太陽からの平均距離1億4960万km。平均密度5.52g/立方センチメートル全質量5.973×10の27乗g。”」

「そんなに遠かったんですね。こんなに遠くてもちゃんと光も熱も届くなんて。」

「そうだな・・・ん?“地球深層ガス説?”」

「“地球深層部には、炭素と水素が無機的に結合して生成したメタンガス(天然ガス)が無尽蔵に存在するという学説。アメリカの天文学者トーマス・ゴールドは、地球誕生時にメタンなどの軽いガスが中心部からマントルを経て地殻のすき間に入り込んでたまっているとしている。”まだ推測の域だけど東大なんかは研究しているらしい。」

「話題のメタンハイドレートとかそういった類のものですかね。」

「ああ、どうだろ・・・。」

「ちょっとよくわからないねー。」

「まあ、東大ですらまだ研究中だしな。」

31 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:07:35 ID:ivX0uoAie1
「じゃあ次は東大?」

「お、面白そう。」

「“東京大学”“起源は江戸幕府直轄の諸学校にさかのぼるが、直接には1877年に創設された東京大学を主要な母体とし、当時は法学、理学、文学、医学の4学部。1886年に帝国大学となり、工学部が増設。”」

「工学とか経済学は当初は存在していなかったんですね。」

「えーじゃあ灯台つくれないじゃん。」

「縁、そのトウダイじゃない。」

「じゃあ次は灯台ですか?」

「いいね。東大繋がり。」

「“灯台”“日本の古い室内照明具の一種”」

「え?どういうことですか?」

「唯ちゃん、昔の家ってそんなに大きいの?」

「そんなわけないだろ。えー?」

「あ、ありました。“灯台(lighthouse)”“灯光を用いて沿岸航行の船舶に陸地の遠近、所在、危険個所などを指示し、または入港船舶に港口の位置を明らかにするためするための航路標識。”
同じ項目名でマイナーなほうを先に書くなんて不親切ですね。」

「灯台って英語だと光の家って言うんだな。」

「でも、家って大体光ってない?」

「いや、ずっとは明かりついてないじゃん。」

「夜更かしかなー?」

「体に悪いですね。」

32 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:07:51 ID:ivX0uoAie1
こうして、とりとめのない、しかし情報処理部のベースとなるものがこの時行われたのだった。
こうした遊びは、中学の間は二度となかったが、高校生になって復活するとは不思議なものだ。

33 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:08:14 ID:ivX0uoAie1
それから私たち3人は中2になった。
私たちの通う中学は生徒数が少なかったこともあって、再び3人同じクラスになることができた。大体この時には今の役割が確定してきたような気がする。私がボケて、唯ちゃんが突っこんで、縁ちゃんが笑って・・・。この繰り返し。
中学の頃は、この“日常”の持つありがたみや暖かな空気感に気づいていなかった。早く大人になって、社会という大空を羽ばたく鳥のように、社会という真っ白いキャンバスを縦横無尽に駆け巡って私だけの絵画を描きたいと。高校生になった今では、このよく磨かれたダイヤモンドみたいな日々の価値に気づいて、いつか手放す時が来ることに気づかないふりをして楽しくやっている。

34 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:08:43 ID:ivX0uoAie1
そして、私たち3人が出会って初めての夏がやってきた。
梅雨明けの空には雲一つなく、期末テストの解放感も手伝って清々しい気分だ。
涼し気な半袖からはキラキラとした汗のナパージュがほっそりとした腕を覆う。

「よし、今年の夏はみんなで思いっきり楽しもー!」

「おお!いいね、縁ちゃん!」

「楽しむって何をするんだよ。」

困っている唯ちゃんはとてもカワイイ。知らない場所に連れてって、置き去りにして、草むらの陰からそっと見ていたい。

そこにクラスの男子が近づいてきた。

「よ、よう、櫟井。今週末、花火大会行かね?」

気が弱そうだが、真面目そうで芯はしっかりしてそうな彼は唯ちゃんの彼氏だ。
多くのクラスの男子たちが唯ちゃんに近づいてきたが、告白までしたのは彼が初めてだった。
縁ちゃんは彼のことや、彼の家のこと、はたまた彼の友人まで調べて大丈夫そうだと唯ちゃんに伝えた。古き良き昭和のお節介おばさんのようだった。どうでもいいが、縁ちゃんはどうやって彼の身辺調査をしたのだろう。知りたいような、知りたくないような・・・。


彼は梅雨時の大雨の日に、人の少ない特別教室の集まっている古い本館で告白をしたらしい。全く、風情のない奴だ。唯ちゃんに聞いたところによると、告白の言葉はとても短かったらしい。最初はそれが告白だなんて気づかないくらいに。

それから、縁ちゃんの調査とGOサインで今に至る。


こうして夏最初の予定は決まった。

35 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:09:06 ID:ivX0uoAie1
唯ちゃんと彼は花火大会の会場近くの神社に集合するそうなので、私たちは近くの駅に集合することにした。

集合時間の15分前。駅から人が吐き出されている。仕事帰りのサラリーマン、花火会場へと向かう浴衣と甚平のカップル、普通の恰好のカップル、家族連れ・・・。高架下の改札口付近には乗客の声と、駅員の放送と、到着する列車の音と、発車メロディーが混ざり合って響いている。放送によると列車は少し遅れているようだった。

集合時間5分遅れで縁ちゃんがやってきた。

「ごめんねー、待ったー?」

「ううん、大丈夫。じゃあ、行こっか。」

私たちはどちらも浴衣で来た。
縁ちゃんの浴衣は・・・なんか高そう。上質そうなきれいな生地に細かい美しい刺繍が施されている。ミステリー小説に出てくる温泉旅館の若女将という感じか、はたまた昭和の映画に出てくる女学生か。

夏祭りなんて何年ぶりだろう、などと心躍らせ、参道へと足を踏み入れる。

36 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:09:45 ID:ivX0uoAie1
そこには沢山の人と、ビー玉のように光る出店が並んでいる。

こういうところに馴染みがなさそうな縁ちゃんも、今までは唯ちゃんを毎年連れ出していたらしい。
初めに射的をした。ゲームで鍛えた技が炸裂し、何とかお菓子をゲット。

次は焼きそば。キャベツ、キャベツ、キャベツ、ソース。このジャンクな感じがたまらない。

リンゴ飴。ルビーのように光を反射する、食の芸術作品。おいしい。

そうやって花火が始まるまでの時間を過ごした。


花火の前に一度トイレに行っておこうということになったので、森の近くのトイレへと向かう。

37 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:10:38 ID:ivX0uoAie1
そこには、唯ちゃんが居た。周りには・・・知らない男が3人。彼はそこにはいない。森のほうへと向かっていく。
私は縁ちゃんと顔を合わせ、唯ちゃんのほうへと駆け出した。

「あー、居たー。唯おねーちゃーん!」

「探したんだよー。ママもこっちに来てるから。さあ、早く!花火始まっちゃうよ!」

「縁、ゆずこ、お前らなn(ry」

「あ、お兄さんたちこんばんは。ありがとうございます。迷子センターに連れて行ってくれていたんですよね。」

「えっ、あっ、そう。そうそう。君たちはこの子の妹さんかな?」

「はい、そうです。本当にありがとうございました。」

「い、いいってことよ。お兄さんたちも安心したよ。」

「お母さんが来るんだよね、じゃあもう大丈夫だ、じゃっ、じゃあね。」

3人組は唯ちゃんを置いて森の中に消えていった。

私たちは何も言葉をかけない。

そのまま花火の見える高台へと向かった。

38 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:10:55 ID:ivX0uoAie1
花火の後、唯ちゃんは私たち2人にイチゴのクレープを奢ってくれた。いつも倹約家の唯ちゃんには珍しいことだ。

薄いクレープ生地とイチゴは2切れ。生クリーム少々と大量のイチゴシロップ。私たち3人には、この貧相なクレープが原宿やパリのどんなクレープ屋のものよりもおいしく感じた。

39 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:11:33 ID:ivX0uoAie1
それから中3、受験生となった。私たちの県は伝統的に公立高校は男女別学だった。
私は、唯ちゃんを守る為に同じ高校に行くことにした。私立に行くんだったら、公立のほうがいい。

実は進路相談でもう一つ上のランクの公立や国立を勧められたこともあった。しかし、私の気持ちに揺らぎはなかった。最も、文系志望だった私には、唯ちゃん・縁ちゃんと同じ高校のほうが都合がよかったこともあるが。


そして3人無事に合格し、同じクラスになって今に至る。

40 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:12:09 ID:ivX0uoAie1
――――――――――――――――――――――――――
朝。薄気味悪いほど清々しい朝が来た。

昨日とは比べられないほどウキウキで学校に向かう。
唯ちゃん、縁ちゃん、相ちゃん、おかーさん、きららちゃん、ランプちゃん、ハッカちゃん。みんな変わらず学校に来ている。透明な、しかしそこに必ずある安心感を確信する。

「はー、明日もう遠足なんだー・・・ 」

いつも通りの教室にいつも通りのみんなの声。私がボケて、唯ちゃんが突っこんで、縁ちゃんが笑って、相ちゃんがいいんちょして・・・

41 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:12:32 ID:ivX0uoAie1
「クエスト的な遠足とかいいね!武器を装備したら、山道にある旗を見つけに行ってください。みたいな。」

「オリエンテーリングに武器!」

「謎解きとか脱出とかやってみたいねー。」

「あ、野々原さん頭良いし、早そう。」

「あー、それはあるかも。」

「えへっ、褒めがすごい。こわい。」

「なんでだよ。謎解き詰まったらはよ解いてくれ。」

「ぇえー、そんなんでいいのー?謎楽しみたくない?お金の方が好きか?」

「うん、まあ。」

「わー即答。くっそー、唯ちゃんを飽きさせない様に何とか作戦を・・・!ランプちゃんっ!」

「はいっ!なんでしょうか・・・ってわああああああっ!?」

ダメだ、どうしてもランプちゃんが気になる!

私はランプちゃんを3教室分離れたところまで連れて行った。

42 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:12:57 ID:ivX0uoAie1
「あのっ!ゆずこ様!わたしはどこまで連れていかれるんでしょうか!」

「おっと、通り過ぎた!」

「ええっ!?」

「うそうそ。ここでいいよ?こんだけ離れればオッケー。」

「ゆずこ様がそう仰るのなら。それで、なにをするんですか?」

「ふっふっふ。もちろん遠足を楽しむための作戦会議だよ。ランプちゃんは遠足楽しみ?」

「それはもう!まだ、ぜんぜん準備はできていないですけど。」

「あららら。ハッカちゃんに怒られそうだね。」

「うっ・・・そうですね。」

「ランプちゃんぎりぎりまで準備しないタイプ?」

「ううっ、もう前日なんですよね。あしたには・・・遠足か。」

「・・・ランプちゃん、何か気になってるの?」

もう、単刀直入に聞くしかない。

43 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:13:43 ID:ivX0uoAie1
「えっ?」

「行き先?なんか別の事?」

「・・・その、本当に遠足に行っていいのかなって。何か大切なことを忘れているような気がして。」

「うーん・・・なんだろね、なんかの用事?」

「そういう用事じゃなくて、なんでしょう・・・すごく、モヤモヤしているんです。」

「昨日泣いてしまったときもそうだったんですけど・・・モヤモヤがなんだか胸の中にワーッと出てきたんです・・・。」

モヤモヤ。昨日まで私が抱いていたものと同じかもしれないし、違うかもしれない。

「・・・遠足中でも急に泣いちゃわないか心配なの?」

「そ、それはあるかもしれません。」

「うーん、なるほどね。このままで大丈夫かな、みたいな感じね。」

でも、わかる。

「ゆずこ様もわかるんですか!?」

「大丈夫かな、心臓って次の瞬間止まらないかな・・・唯ちゃんドンドンッ! てして? みたいな。」

私が見ている景色とみんなが見ている景色がちゃんとおんなじか。

44 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:14:21 ID:ivX0uoAie1
「止まらないでください!唯様のドンドンなら絶対大丈夫です!」

「おおっ!ビックリした。」

「ご、ごめんなさい、あの・・・。」

「いーよいーよー?ランプちゃん最近静かだったもんね。」

最近?いや、“今まで”なんてあったのか?私の夢に出てきたのは唯ちゃんと縁ちゃんと・・・ロクちゃんだけ。ランプちゃんきららちゃん、そしてハッカちゃんは・・・もしかしたら別の世界の住民?
まあ、並行世界や異世界なんて創作の世界じゃありふれたものだ。

「あ・・・。」

「話も聞いてちょっとわかったし、とりあえずみんなで遠足行こー!なんか思い出したら行ってね。あ、言わなくてもいいけど。」

大丈夫。その親友が大好きならば。その気持ちはきっと相手にも伝わってるし、自分も感じているはずだ。

「あ、引率はおかーさんらしいよ?じゃあ、遠足作戦会議しゅーりょー。きららちゃんとこ戻りますか。ちょっとトイレ寄っていい?」

「はいっ!」

「ただあれだね・・・すごいの忘れてたらヤバいね・・・。」

「そうですね・・・それは引っかかったままなので。」

絶対大丈夫。それがいつなのかはわからないけど、絶対に思い出せる。大切な“断絶なんてされていない、陸続きな過去”を!

45 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:14:42 ID:ivX0uoAie1
―――――――――――――――――――――



時計を見ると、もう正午だった。慌ててベッドから飛び起きてリビングへと向かう。
今日は日曜日。平日だったらアウトだ。

「あら、お寝坊さんね。もう12時よ。」

「ごめんなさい。」

「まあ、いいのよ。昨日の模試で疲れてたんでしょ。たまにはこんな日もあっていいのよ。」

母親の顔はいつも通りだった。

3時間くらいの映画や長編小説を読み終えた後の感覚だ。頭はすっきりとし、夢の中の記憶は僅か。不思議なこともあるものだ。

46 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:15:31 ID:ivX0uoAie1
ケータイの受信フォルダを見る。唯ちゃんと縁ちゃんからだ。

ふふ。どうやら私と同じ夢を見ていたらしい。

田舎の山の中の小さな学校。ふわふわ、ゆったりとした空気。我が家や布団の中に居るような感覚。

今晩の大冒険のおかげで、今までの自分に自信が持てた。
過去は変えられない。いくら嘆いたとしても。

でも、過去とはすなわち“自分自身”だ。自分なのだから自分にしかわからない。自分で責任を取らなければならない。他人のせいにはできないし、他人に操られてはいけない。

そして他人は他人だ。どう頑張っても、他人の考えることはわからない。普通の友達が“トモダチ”という魔物になって自分の心の中に襲い掛かってくることもあるだろう。
でも大丈夫。結局自分次第。過去を作ったのも、今を創るのも、未来を創るのも結局自分次第。

そう思うとなんだか楽しくなってきた。

47 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:16:05 ID:ivX0uoAie1
唯ちゃんと縁ちゃん宛てのメールの送信ボタンを静かに押す。

2人との繋がりを、決して見えないけれどそこにある繋がりを噛みしめて。



私はまだ、大人にはなれない。私にはやらなければならないことがまだまだ沢山ある。
でも大丈夫。自分を信じて、友達を信じて、繋がりを信じて。

私に今出来ること。
それは、“私という蕾”が花開く春を待ち、今日を精一杯楽しむだけ。


桜咲く直前の3月中旬。

そよ風は暖かく私の部屋を、私の心を通り過ぎていった。

48 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 15:39:54 ID:ivX0uoAie1
以上になります。

このssはメインクエスト7章のゆゆ式ストーリーをベースにしたifストーリーです。

長編は大変でしたが、とても楽しかったです。

49 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/03/16 19:35:24 ID:8pg/jBvzYW
拝読させていただきました!
物語内における、7章のオーダー事件の中で過去を振り返るゆずこの視点及びその心情が、巧み且つ表現豊かに書き起こされていると思いました!テーマも独創的でとても素晴らしかったです!

50 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/03/16 20:47:32 ID:ivX0uoAie1
>>49
ご感想ありがとうございます!

このssは7章をやっている間に思いついたので製作期間は丸4ヶ月ですかね。

書いていて途中辛かったこともありましたが、なんとか完成させることが出来ましたし、全体を通してみれば楽しく書けたので良かったです。

三上先生、弘崎さん、芳文社の皆様、アニメゆゆ式のスタッフの皆様、そしてこのssを読んで下さった全ての皆様に、感謝申し上げます。

51 名前:東山かもめ[age] 投稿日:2019/03/16 20:49:36 ID:ivX0uoAie1
>>50
すみません、コテハンつけ忘れました。

ここだと間違えられそうなので、先に断っておきますが、わたしのPNは東山(ひがしやま)です。東山(とうやま)ではないデース!

▲▲▲全部▼▼▼
名前 age
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