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【長編ss】ココア「live die repeat and repeat」
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1 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:55:10 ID:LXHxLaq/N9
長編ss(予定)です。

昨年2月にあった『エトワリア冒険譚 後編 目覚める鋼鉄の巨人』イベントにオリジナル要素を加えたリブート作品です。

ーーcaution!ーー

以下の点に不快感を感じる方はブラウザバック推奨です。

・グロ描写あり
・死亡描写あり
・ループものです
・オリジナルキャラあり(一人だけ)
・独自解釈多数
・独自設定多数
・キャラ崩壊
・終始シリアス展開

ss初投稿のため、至らないところもあるかもしれませんが、優しく見ていただけるとありがたいです。

また、誰も死なない終わりを目指します。

< 1234
2 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:55:33 ID:MdLMgHD243
うぽつ!

3 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:56:25 ID:MdLMgHD243
>>1
書き終わってないスタイル(*´∀`)ぞー

4 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 22:57:53 ID:LXHxLaq/N9
その時私は、生まれて初めて、泥の味と、血の味を知った。

私は思った、きっとこれは夢なのだろうと。
でなければ。

ーーなんの前触れもなく、剣と魔法の世界につれてこられる訳がない。

ーー無数に傷つき痛む体にむち打ち、宛もなく逃げるはめになる筈はない。

ーー私の大切な人の、力を失った体を背負い、流れていく命を成す術もなく見せられながら、走る筈は。

こんなもの、こんな現実は全て夢だーーそう思いたかった。

しかし、肺を刺すような空気の冷たさ、痛いほどに拍動する心臓、視界が歪むような全身の疼痛、そのすべてが、ここが現実であると示していて。

理解が追い付かないまま、私は雨の降り頻る夜の森を、ただただ、走っていた。

「ゎたしを……私を、捨てて……逃げ……」
「そんなことっ、ハァ、言っちゃダメ! もう少し……もう少しで人里に着く、それまで頑張って!」

背に負った少女が言う。
少女の背からは、どくどくと血が流れ出し、私の服を朱に染めていた、斬られたのだ。

肩に捕まる腕の力は恐ろしく弱く、体は冷たく呼吸は浅い。
傍目に見ても致命傷、内蔵も複数が損傷している。
しかし、この世界には治癒の魔法がある、それを使えばなんとかなるかもしれない。
そう信じて走ることしか、私にはできなかった。

「頑張って、頑張って、頑張って……お姉ちゃんが、絶対に救ってみせるから」

願うように、祈るように声をかける。

 

「ぉねがい、です……私を……捨てて、逃げて……」
「例え妹でも、そのお願いだけは聞けない! もう少し、もう少しだけ頑張って! 」

視線の先に、森の切れ目。
森を抜ければ、じきに町が見える。

5 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:00:10 ID:LXHxLaq/N9
ーーその瞬間だった。

耳をつんざくような爆音とともに、視界が一回転する。
足に激痛、激しい耳鳴り、続けて背中から地面に叩きつけられる。
白くなる視界は、遠くに吹き飛んだ少女を捉えた。

「チノちゃん!」

名前を呼ぶ、手を伸ばす。
しかし立ち上がることはできなかった。
足先の感覚が消え失せていた、私は地を這いずって少女ーーチノちゃんへと近づく。

「ーーあ」

力なく横たわるチノちゃんと、目が合う。
正確には、光を失った瞳が虚空を写していただけだった。

「そん、な……」

言葉とともに、全身の力が抜けた。
後方から足音。
振り向く。
そこに、それはいた。

私の大切なものを奪った存在。
そして、私の命までも奪おうとする存在。
それは、地獄の炎の色をした鎧で全身を包んでいた。
提げられた剣は熱を宿し、その周囲にだけは、雨が降っていなかった。

倒れた私に向かい、『それ』が剣を振り上げる。

「! …………つっっっ!!」

まだ、動く。
足は動かない、だが手は動く、剣は抜ける。
苦しい、痛い。
だけど、あれを倒さなければ、死んでも死にきれないと思った。
消えてしまった夢、守れなかった夢、終わってしまった過去、途切れた未来。
全てが失われた今となっては、意味のないもの。
それでも、簡単に片付けることはできない。
その全ては、私の心臓に根付き、私に力をくれた。

「私は……私は……っ!」

沸き上がってきた血で、言葉が途切れる。
私は、残された力を振り絞って、剣を抜き放ち、『それ』へと突きつけた。

知らず知らずの内に、どこから出しているのか自分でもわからないような叫びをあげていた。

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先に炎熱が集まり、一瞬にして焔の珠を形成する。
振り下ろされる剣に向けて、私はそれを放った。
爆発、衝撃、激痛、急激に意識が遠ざかっていく。

最後に、何かの声が、語りかけた、ような気がした。

その声を最後に、私はーー

 

 

6 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:02:29 ID:LXHxLaq/N9
目覚めた。

目の前には、最近見知った天井。

横には、数日前ではコスプレでしか見たことの無いような、ピンクを基調としたファンタジックな衣装。

私は目を擦って、体をまさぐる。
足、ある、胸、傷一つなし、お腹、同上。

私は大きくため息をついた。
泥と、血にまみれた走馬灯は、体を強ばらせ、恐怖に震えさせる。
バットどころではない、ワーストの夢。

いや、今おかれているこの状況そのものも、夢だと言われれば信じられる程度にはおかしいのだが。

「ココアさん、そろそろ起きてください」

ドアがノックされ、少女ーーチノちゃんが入ってくる。
青と白を基調とした、これまたファンタジックな服装だ。
彼女の人形のような可愛らしい容姿と相まって、それは非常に似合っていた。

「あ……珍しい、もう起きてたんですね……っ!?」

私は、その小さな体に飛び付いた。

「チノちゃ〜ん、もふもふ♪」
「コ、ココアさん、離れてください」

チノちゃんは、少し迷惑そうに、でも少し満更でもなさそうに、小さく抵抗する。
何故、そうしたくなったのかはわからない。
割りといつものことだからーーだが、今回は、何故か。
唐突に、胸が張り裂けそうな程に、悲しくなったから。

 

7 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:04:25 ID:LXHxLaq/N9
「だらーん……」

私は、ラビットハウスエトワリア支店の、窓際の日当たりのいい暖かい席に突っ伏していた。

エトワリアに来て数日、カンナさんにラビットハウスをこちらでも作ってもらって営業を始めたはいいけど、もとの世界と同様、そこまでお客さんが入っているわけではなかった。

そもそも、この世界には元の世界の甘兎庵やフルール・ド・ラパンのように、私より前にこの世界に来た人達が作ったもの、あるいはもともとあったものなど、複数の飲食店がある。
お客さんが分散するのは、ある意味当然の帰着ではあった。

「ココアさん、だらけてないで働いてください」
「でも今はお客さんいないし、何よりこんなに日差しが暖かいんだよぉ」
「でも、それはお仕事をしない理由にはなりませんよ……まったく、この前リゼさんに一人前の兵士(ウェイトレス)にしてもらったばかりじゃないですか」
「大丈夫、休憩してるだけだからぁ……ほら、チノちゃんも」

私は、ぷりぷりと怒るチノちゃんを抱き寄せて、私のいる日向の席に引きずり込む。

「コ、ココアさん……ぁ、でも確かにこの日差しは気持ちいいです……」

チノちゃんは少しだけ抵抗して、でも直ぐにおとなしく抱きかれるままになった。

……あれ?

これ、前にも……

「……えっ、ココアさん、泣いてるんですか?」
「え?」

目元に触れると、静かに涙が流れていた。
何故流れているのかは、わからない、ただ、訳もなく悲しくて、胸が痛かった。

「ご、ごめんなさいココアさん、私、何か……」
「大丈夫、大丈夫だよチノちゃん……なんで、涙が……?」

 

8 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:07:17 ID:LXHxLaq/N9
その時、入り口のドアベルが鳴り、お客さんが入ってきた。
ストロベリーブロンドの綺麗な長髪を持った、まだ幼さを多分に残す少女、ランプちゃんだ。

「ごめんくださーい! 今大丈夫ですか?」

ランプちゃんは、元気いっぱいに店の中に入ってきて、次いで私の姿を見て、顔色を変えた。

「はわわ……ご、ごめんなさい、取り込み中だったみたいですね」
「いや、大丈夫だよ、ちょっと目にごみが入っただけだから」
「そ、そうなんですか……よかったです」
「心配かけてごめんね、こんなんじゃ、他のお店の子達に負けちゃう」
「そんなことはありません! クリエメイトの皆様の経営する飲食店は、それぞれ個性的な魅力に満ちています! 現にラビットハウスのエトワリア支店ができてから、わたしのお財布は軽くなる一方です!」

言ってランプちゃんは、力なく萎んだ財布を見せつけた。
ほぼ毎日顔を見ている気がするが、私生活に影響はないのだろうか。
経営努力をしてはいるものの、ラビットハウスは個人経営の喫茶店だけあって、その辺のファストフードやコンビニエンスストアにくらべれば遥かに高いのだ。

彼女は『女神候補生』という大層な役柄らしく、実はかなり裕福なのだろうか……とも思うが、干し柿のようになった財布を見て私は考えを180度改めた。

「っと……ごめんなさい! ランプちゃん、こちらの席へどうぞ」

私は涙を拭って、できる限りの笑顔で言った。
しかし、促されて席についたランプちゃんの表情は少し暗い。

「やはり、ココア様……少し無理をされてます、やっぱり、怖いですよね、いきなり、こんなところへ連れてこられて」

ランプちゃんは、申し訳なさそうに目尻を下げた。

9 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:08:57 ID:LXHxLaq/N9

「謎の『オーダー』でこの世界に連れてこられましたが、『クリエゲージ』は見つからず、かつての『七賢者』たちのように、ココアさんたちを狙う敵も出てこない……『オーダー』で、来られたクリエメイトは、『クリエゲージ』を破壊しないと元の世界に帰れませんから……」
「そんな、ランプちゃんが気にすることないよ、それより、こんなファンタジックな世界なんて元の世界じゃ絶対体験できないんだから、私は全力で楽しむことしか考えてないよ!」
「えへへ……そういってもらえるとうれしいです、でも、『オーダー』での召喚は『コール』と違って色々な危険が伴いますから、このランプ、必ずココア様たちを元の世界に帰せるようにしてみます」

ランプちゃんは顔を引き締めて言った。

少し悪いことしちゃったかな……

そう思って私は、話を変えた。

「そ、そういえばリゼちゃんは? ここ最近来てないけど」
「リゼ様は、コルクやポルカ、シュガーと一緒に、最近現れたゴーレムの調査に行っているそうです」
「この前の? ほえぇ……リゼちゃんらしいや」
「リゼさんも頑張ってるんですから、ココアさんもそろそろ働いてください、ほら、お客さんも来ていることですし」
「あ……そうだね」

私は、目の前のお客さんへ、今度こそ満面の笑みで言った。

「ご注文は何になさいますか?」

10 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:10:35 ID:LXHxLaq/N9
そうして、2日が過ぎた。

異世界へ来たけど、元の世界とそんなに変わらない、のんびりとした時間が過ぎていった。

「あ、そうだ」

昼下がり、ある程度お客さんが履けた段階で、私はチノちゃんに声をかけた。

「チノちゃん、そろそろコーヒー豆がなくなって来てるんじゃない?」
「え? ……本当ですね、ココアさんが在庫の把握をしてるなんて、珍しいです」
「コルクちゃんの店に行ってくるよ〜」
「あれ、でもコルクさんって今は、リゼさんとゴーレムの調査に行ってるんじゃなかったですか?」
「あ……そうだったね、となりの町まで行かなきゃだめかぁ」
「お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫! あそこの道は魔物も出ないってきららちゃんが行ってたし、日が暮れるまでには戻れるよ、ココアお姉ちゃんに任せなさーい!」
「ふふ……確かに、今日は少しお姉ちゃんっぽいかもしれないです、それでは、お願いします」
「ふおお……チノちゃんがお姉ちゃん扱いしてくれた……任せて! 超速で帰ってくるから!」
「無理はしないでください」

そうして、私はチノちゃんに見送られラビットハウスを後にした。

「……あれ? なんで私、コーヒーの在庫を知ってたんだろう……?」

一つの疑問を、残して。

 

11 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:12:42 ID:LXHxLaq/N9
私は、隣町にコーヒーを買いに行くため、街道を歩いていた。
左右を森に囲まれたこの場所は、生い茂る葉に陽光が遮られ、少し暗い、
魔物がいないのは確からしく、周囲から聞こえるのは、風が木を揺らす、ざぁ、という音だけだ。

木漏れ日が転々と地面を照らし、果てが見えないほどに真っ直ぐ続くこの道は、何処か神秘的な雰囲気で、私は好きだった。

隣町は、この森を抜けて直ぐ、片道一時間ほどの距離だ。
そこに、コルクちゃんの行きつけのコーヒー豆を売っている店があって、コルクちゃんの名前を出せば、良質なコーヒー豆を売ってくれる。

「ラビットハウスはチノちゃんのコーヒーが目玉商品だからね、あれがないと、お客さんが来なくなっちゃう、急がなきゃ!」

私は愛しの妹の為に気合いを入れて、道を急いだ。

その時、ぽつ、と。

額に冷たさが走った。

「あれ、雨……」

木の影で途切れ途切れの空を見上げると、厚い雲が空を覆い、周囲がにわかに暗くなる。

雨は瞬く間に激しくなり、私の服はすぐにびしょびしょになってしまった。

大きな木の根本に避難し、雨が止むのを待つ。

 

12 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:15:22 ID:LXHxLaq/N9
「はぁ、タイミング悪い……な……?」

何かが引っかかる。

あれ、これ。

前にもなかったか?

前にも、コーヒーを買いに行って、雨で立ち往生したことがなかったか?

そのあと、何があった?

何が、来る?

何が、私たちを……

「うっ!」

私は頭を抱えた。

頭が痛い。
これ以上考えてはいけない。
思考を停止しろ。
いや、逃げるな。
いや、考えるな。
思い出せ。

ーー戦え。

ーー逃げろ。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

私はその場にうずくまってしまう。

頭が痛い。

雨の音に紛れて、何かが近づいてくる。
金属の擦れる音。
無機質で、命を感じさせない、整然としたリズム。

頭が痛い。

音が止む。
私はゆっくりと顔をあげる。
そこには、それがいた。
記憶の、夢の中の姿そのままで。

白い甲冑に、同色の剣。
そして、兜の奥に光る、怪しげな赤い瞳。

私は携えていた剣を抜き放った。

13 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:17:19 ID:LXHxLaq/N9
スキル『レプリカスラッシュ』ーー!

剣から溢れる光ーー『クリエ』が刃の形を成して、大気を寸断しながら、『敵』へ向かい、派手な金属音を立てて、『敵』を吹き飛ばした。

倒れた敵を構えを崩さず見つめながらも、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
攻撃を放ったのも、反射的なものだった。

「こいつ……なんでここに!?」

ソルジャーゴーレムーーかつて、リゼちゃんと向かった洞窟の中で相手にした敵。
しかし、洞窟の入り口は破壊したはずではーー

地が爆ぜる。
高速で詰められた間合い、降られた長剣の一撃を、ぎりぎりでいなす。

思考を断ち切る、今は目の前の『敵』を倒さなければーー!

力任せに振るわれた長剣を体を反らしてかわし、駆け抜け様に一閃。
剣は、硬質な金属音とともに容易く弾かれる。

「っく、硬い!」

攻撃は、先程のスキルも含め、敵の甲冑に傷をつけるにとどまっていた。
剥き出しの箇所を狙うか? 否、自分にそこまでの技量はない、ましてや剣で打ち合っている状態では。

しかし、相手の攻撃はこちらを一撃で行動不能にできる威力を持つ、スピードも、甲冑の重さを感じさせない速さ、疲れがあるのかすらわからない、持久戦は圧倒的に不利だ。

ならばーー

14 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:19:17 ID:LXHxLaq/N9
「一撃で決める……!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先に炎熱が収束、燃え盛る炎が発生する。
大気を歪ませ、陽炎を産み出すほどの熱量の炎の玉。

降り注ぐ雨は私に触れる前にことごとくが蒸発し、その破壊力をありありと示す、今の私が使える最強の技。

敵が地を蹴り高速で迫る。

それに対し私は、火の玉を投げつけるように、剣を無造作に一閃させた。

敵はそれを防ぐように両腕を交差させる。

ーー爆発、雨の音だけが響く森に轟音が響き、無数の鳥たちがその場から飛び立った。

『敵』は、爆発、四散し、その原型も留めず砕け散っていた。
その欠片も、やがて煙となって消滅した。

「はぁ、はぁ……これ……これって……」

『敵』の撃破を確認した瞬間、私は体の力が抜け、その場に膝をついた。
剣が手から滑り落ち、濡れた地面に微かな飛沫を上げた。

この出来事はーー前にもあった。

記憶が、どんどんと溢れだしていく。

夢の記憶ーーいや、あったはずの『現実』の記憶。

15 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:21:14 ID:LXHxLaq/N9
「夢じゃ……なかった……」

あれは、夢ではなかった。

ならば、この後に起こる出来事も、全て同じか。

ーー先程の『敵』は、以前リゼちゃんに、一人前の戦士(ウェイトレス)にしてもらう訓練、その最終試験の場所として訪れた洞窟で、初遭遇した。
そのときは数もそうおらず、なんとか対処できたが……

ーー今日の夜、奴等は大挙をなして里に進攻し、破壊の限りを尽くす。

私は急いで里に戻り、チノちゃんと合流するが、ほどなく里には無数のソルジャーゴーレムが雪崩れ込み、逃げ切れずに応戦することになる。
クリエメイトたちや、里の人達も応戦するが、相当数の人が死ぬ。

そして、最も重要なこと。

「私、一度死んでる……」

戻れば、確実に死ぬ。
あのときの感じた壮絶な痛み、苦しみ、そして命が失われていく絶望的な寒さを思い出す。
思わず私は自らを掻き抱いた、魂に刻まれる恐怖だった。

きららちゃんが言っていた、『コール』で呼び出された『クリエメイト』たちは、いわゆる魂の写し見を、クリエをよりしろとして現界させている存在、いつでも帰れるし、何より『死なない』。
死んでも、クリエで出来た擬体が失われるだけだ。

ーーだが、『オーダー』は違う。

これによって呼び出されるのは、魂の写し見ではない。
本来の魂を呼び出すことによって、聖典ーーつまり私たちの世界との直接のパスを作り、それによって得られるクリエを、クリエゲージによって受け止めるシステム、らしい。

ーーつまるところ、死ねば、普通に死ぬ。

なんの因果か知らないが、私は、一度これを体験してしまった。
そして、再び同じことが起ころうとしている。
一度は死んでしまった、だが今は生きている。
死なないための行動ができる。

「逃げなきゃ……!」

何処へ?

何処へでもだ。

 

16 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:22:51 ID:LXHxLaq/N9
どしゃ降りの雨の中を、どれほど走ったかわからない。

だが、まだ日が完全には落ちていないから、2時間くらい走ったのだろうか。

私は力尽きてへたりこみ、そのまま動けなくなった。

「はぁ、はぁ……ここまで逃げれば……逃げれば……?」

時間が経って、少しだけ頭が冷静さをとりもどす。
すると、きららちゃんの言葉が思い出された。

ーー『オーダー』で呼び出されたクリエメイトは、『クリエゲージ』を破壊しなければ帰ることはできない。

クリエゲージの場所は不明。
逃げることはできない、死ねば死ぬ。

そしてーー

ーーそれは、里にいるチノちゃんも同義だ。

……あの時。

チノちゃんは、私の目の前で、死んだ。
成す術はなかった、自分の身を守ることに必死だった。
私の目の前で、剣でその身を切り裂かれた彼女は、力なく地に崩れ落ちた。

最後の力を振り絞って、私はチノちゃんを襲うゴーレムを退け、冷たくなっていく体を背負い、隣町まで急いだ。
だが敵に追い付かれ、攻撃を受け、チノちゃんは死んだ。
そして私も死んだ、あまりにも無力で滑稽で哀れだった。

「そん……な……チノちゃん……」

私は、声なく泣いた。

降り注ぐ雨は激しさを増し、まるで心を写す鏡であるかのように、ごうごうと吹き荒れた。

17 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:23:53 ID:LXHxLaq/N9
逃げるのか?

チノちゃんを置いて?

何処へでも、あてもなく?

「私は……」

そうすれば、私は多分、死ぬ、と思った。

体ではなくーー今度こそ本当に、心が。

なによりーー

「……私は、チノちゃんのお姉ちゃんだから」

待ってて、チノちゃん。

絶対に助けるから。

その思いを胸に、私は来た道を急ぎ引き返した。
夜空は暗く、闇に閉ざされていく。

雨は、止んでいた。

18 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:25:21 ID:LXHxLaq/N9
夜もふけた時間帯、私はようやく里まで戻ってきていた。

「やっぱり……そうなんだ」

里のあらゆる場所から火の手があがっている。
私は、里の入り口付近に倒れていた男性を抱き起こした。

「大丈夫ですか?」
「あ……ごほっ、君は、ラビットハウスの……」

男性は、口から血を吐き出しながら、顔を苦痛に歪ませて言う。
背中から腰にかけて大きな裂傷があり、そこからどくどくと血が流れだしている。
傷の深さから、背骨も断たれているだろう。
もう手の施しようもないことは一目瞭然だった。

「何があったんですか?」
「し……白い甲冑のゴーレムが、突然、大群で……に、逃げなさい……」
「ち、チノちゃん……あの、ラビットハウスのもう一人の店員を知りませんか!?」
「か、彼女は、噴水の……」

噴水、里の中央部だ。
金属音も聞こえる、恐らくはまだ戦いが続いているのか。

「ありがとうございます……」
「ひゅう、ひゅう、気を、つけ……」

男性の呼気は、段々と長く、細くなっていき、途切れた。

……『オーダー』で呼び出された私たちだけではない。
この世界の人々は、当然の如く死ぬのだ。

私は男性を横たえ、半開きの目を閉ざして、一瞬瞑目し、噴水の方へ駆け出した。

 

19 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:27:03 ID:LXHxLaq/N9
噴水は、酷い惨状だった。

クリエメイトの多くは既に消滅し、僅かな里の人々が、波のような数の敵を押さえ付けている。 

そして、そこで私は、それを見た。

「あ……」

噴水の脇に体を預けたその少女は、白いドレスを鮮血で汚し、光を失った瞳で虚空を見つめていた。

「チノ……ちゃん」

触れる。
冷たい。
もふもふしたときの、あの暖かさは微塵もなかった。

「ごめん……ごめんね……」

私は譫言のように言った。

そうすることしかできなかった。

『前』ーー一番最初のとき、逃げずに直ぐに戻ったから、私が到着したとき、チノちゃんはまだ生きていた。
だが、今はもう、事切れている。
私が逃げたせいだ。

「私が逃げたから、チノちゃんを死なせてしまった」
「私が臆病者だったから、チノちゃんを死なせてしまった」
「……私が弱かったから、チノちゃんを死なせてしまった」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

じゃり、と後ろに何かが立つ。

白い甲冑、敵のゴーレムだ。
防衛線は突破され、複数のゴーレムが雪崩れ込んでくる。
ゴーレムは、ゆっくりとその手に持った長剣を振りかざした。

「……いいよ、殺しなよ、私を」

その言葉を聞いたかどうか、ゴーレムは剣を振り下ろす。

頭に激痛が走り、私は意識を失った。

そしてーー

 

20 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:28:28 ID:LXHxLaq/N9
ーー目覚めた。

あの日、3日前の朝。

頭に触れる、無傷。

予想通り、戻ってきたのだ。

生きる、死ぬ、繰り返す、また繰り返す。

そうして迎えた、3回目の朝だ。

「そう、やっぱり逃げることはできないんだね」

でも、わかったことがある。

一回目、私が戻った時、チノちゃんは生きていた。
二回目、私が遅れて戻ってきて、チノちゃんは死んでいた。

最終的な結果は変わらなかったが……起こることは、私が変える事ができる。
過程は変わる、ならば、結果を変えることもできるはず。

そして、このリピートが無限に続くならば、それは時間が無限にあるものと同義だ。
無限に、その過程を探ることができる。

「……これは、私だけができること、私がやらなきゃいけないこと」

里の崩壊を防ぐため、死んでしまったあの男の人を救うため、チノちゃんを救うため。
私の、私だけができる、この理不尽な世界に対しての小さな反抗。

「私は、お姉ちゃんだから」

 

21 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/28 23:30:43 ID:LXHxLaq/N9
今日はここで終わります。

正直このss上げてよかったのか不安だ……

22 名前:雨月琴音[age] 投稿日:2019/12/29 00:27:42 ID:nWvw/dK86L
面白かったです。基本このBBSは平和、或いはどこか安心できるSSが多かった気がしますので、ここまで本格的な戦いやシリアスなストーリーは若干斬新さも感じます。私的にはこのハードでシリアスな作風をキープして欲しいですね

23 名前:雨月琴音[age] 投稿日:2019/12/29 18:25:24 ID:8JjEo3OIE4
余計なお世話かもしれませんが、せっかくSS投稿したならこのスレで宣伝した方が良いですよ。
https://kirarabbs.com/index.cgi?read=1662&ukey=0!#top

24 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 19:37:47 ID:TLbMhl53X4
>>23
ありがとうございます!
そうですね、今日また投稿する予定なので、その時にでも。

感想もいただけて、感謝です。
しばらくは……多分ずっと……きらきらしてない展開が続きますが、読んでいただけると嬉しいです。

25 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 19:56:30 ID:zS1yO.MYTd
死んだら戻る感じかな?面白そう

26 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:26:45 ID:TLbMhl53X4
それから私は色々な方法を試した。

3週目ーー言の葉の木へ救援を要請。

この世界には、天を突くほどの巨木、『言の葉の木』というものが存在しているらしい。

その頂上には、この世界の神、『女神ソラ』が住むという……まぁそこは、今はどうだっていい。

重要なのはその『言の葉の木』の麓には大きな街があり、そこには軍隊も駐留している、ということだ。
里の戦力だけでは、防衛が不可能であることは三回のリピートでわかっている、ならば、他から増援を連れてくればいいのだ。

目覚めると共に地図を手に入れ、私は一路、言の葉の木へ駆けた。

しかしーー

「……遠すぎる」

寝る間も惜しんで歩き続け、『言の葉の木』が見えたのは、3日目の朝だった。
麓に到着したのは昼頃。
もう夜には、ゴーレム達の襲撃が始まってしまう。

3日間ーー私に与えられたタイムリミットは、たったそれだけだ。
今から戻ったとして、更に3日、里がどうなっているのか、想像したくもなかった。

「ダメ、諦めちゃだめだ」

私は一つ頬を叩いて、言った。

まだ何か方法があるかもしれない、この街の領主であり、七賢者ーー女神に使える筆頭神官の七人の側近ーーの一人である『ジンジャー』という人に会えば、何か……

疲れきった体に鞭を打って、私は領主のいる邸宅に急いだ。

27 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:31:50 ID:TLbMhl53X4
領主の邸宅に到着すると、やはりというか、門の前には屈強そうな門番がいた。

「リゼちゃんの家を思い出すな……」

言って、一瞬だけ頬が緩む。

しかし、あのときと違い、今の私はジンジャーさんと一切の面識がなく、当然アポすらとれていない。
話せるかどうかと言えば、難しいだろうと言わざるをえなかった。

……でも、今ここでできることはこれだけだ、私は意を決して門へ近づいた。

「おい貴様、何者だ?」

門番は私を見咎めると、厳しい声で私を呼んだ。
その声に少しだけ萎縮するが、気を取り直して、言う。

「すいません、ここの領主さん……ジンジャーさんに、会わせていただけませんか」

「何? ジンジャー様に? アポの方はとっているのか」
「いいえ、でも……緊急事態なんです! どうか、お願いします!」

私は、深々と頭を下げた。

「しかしな、何の許可も無しには……最近、新種の魔物が現れた影響でジンジャー様は多忙だ、どのような要件なのかはわからんが、君一人に割ける時間はーー」
「お願いします! 多くの人命がかかっているんです!」

その言葉を聞いて、ただならぬ気配を察したか、門番の表情が変わる。

28 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:33:36 ID:TLbMhl53X4
「人命……か、よっぽどの緊急事態らしいな、しかし……ジンジャー様はここにはいない、いつ戻ってこられるのかも……」
「そんな……」

私は、思わず膝を付きそうになった。
時間が無い、今日の夜には里が襲撃され、多くの人が、チノちゃんが、死ぬ。
でも、ジンジャーさんがいないのであれば……

「……おい、何の騒ぎだ、これは?」

その時、後ろから声がかかる。
ハスキーで強気な、女性の声だ。

「ジ……ジンジャー様! お戻りになられましたか」
「あぁ、それで、これは?」
「それが……」

門番が私を見て、次いで女性が私を見る。

「……驚いた、お前、保登心愛だな?」

女性は、きっぱりと私の名前を言い当てた。

「な、何で私の名前を?」
「お前はクリエメイトだ、この世界じゃそれなりに有名なんだよ、それで? どうやらただ事じゃない話があるみたいだが」

ふわふわの黄色の髪の女性、ジンジャーさんは、勝ち気な笑みを浮かべて言った。
 

29 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:34:48 ID:TLbMhl53X4
私はジンジャーさんに全てを話した。

正体不明のゴーレムが、里の周辺に現れていること。

それが、今日の夜に里を襲撃すること。

多くの人が死ぬこと。

「……話はよくわかった」

ジンジャーさんは目を閉じて、数秒の硬直の後に言った。

「……しかし、不可解なところがある」
「なんですか?」
「何でお前は、今日の夜に襲撃があると断定したんだ?」
「あ……」
「お前は言ったな、『多くの人が死ぬ』と、まるで、一度体験してきたみたいな言い方で」
「それは……」

私は口ごもる。
信じて貰えるのか? 私がこの3日間を既に3回繰り返していることを。
チノちゃんやリゼちゃんのような親しい人でなく、今日初めてあった人に?

「……話せないみたいだな」

言って、ジンジャーさんは席を立った。

30 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:36:20 ID:TLbMhl53X4
「そんな……待ってください! 信じてもらえるかわかりませんけど、私はーー」
「どちらにせよ、軍隊を動かす何てのは無理だ、状況証拠が少なすぎる、軍はな、あくまでも市民の血税で動いているんだ、きっちりとした名目と、山のような書類、そして時間が必要だ、筆頭神官と女神様の勅命でもあればいけるだろうが……それが起こるのは今日の夜だろう? それでも間に合わん」
「それは……でも……」

言葉が萎縮し、弱々しく地に落ちる。
それは、間違いのないことだ、今からではどうあがいても間に合わない。
ここから里まではどう急いでも3日かかる、その頃には間違いなく、全てが終わっているだろう。 

自然と、涙が流れてきていた。

ごめんなさい、チノちゃん、また私は、何も……

「っ……うっ……」

何も変えられないのだろうか。
私一人では、何も。

「……何か勘違いしてるらしいな」

ジンジャーさんは、ポツリと呟いた。

「確かに軍隊は動かせない、だが私一人なら動けるぞ」
「え……?」
「急ぐぞ、間に合わなくなる」

ジンジャーさんは、私の手を引いて、駆けた。

31 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:38:25 ID:TLbMhl53X4
「何処へ!? ここから里まではかなりあります、今から行っても……!」
「間に合うさ! 間に合わせる!」
「それに、あなた一人がいたところで……!」
「ワッハッハ! そいつは随分と見下げられたもんだな!」

ジンジャーさんは振り向き様に、拳を放つ。

音の壁を突き破る破裂音とともに放たれた拳は私の眼前で寸止めされ、拳圧による暴風だけが体を駆け抜けていった。

呆然とした私に、ジンジャーさんは口角を吊り上げて言う。

「私は、強いぜ?」

言って走っていくジンジャーさんと共に、私は屋敷の外に出た。
空は既に赤く、夜の帷が降りようとしている。
もう、殆ど時間がない!

「私の知り合いに何人か、転移魔法を使える奴がいる」
「それって……!」
「ひとっ飛びだ、今からでもきっと間に合う」
「……はい!」
「転移魔法を使える奴は、私と同じ七賢者ーーその中でもシュガーかソルト……は任務で不在か、ならセサミか後はアルシーヴか」
「その人たちは何処に?」
「あそこだ」

ジンジャーさんは、遥か上ーー言の葉の木の頂上を指差した。

天を突くような巨木、その天端を。

「言の葉の木の頂上には神殿があって、そこにそいつらはいる、急ぐぞ」

32 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:40:53 ID:TLbMhl53X4
ジンジャーさんの身体能力も借りて、言の葉の木の頂上にたどり着いたのは、もう夜もふけた頃だった。
時間的に、既に襲撃は始まっていてもおかしくない。

「急がないと! もう……」
「もう少しだ!」

ノンストップで神殿の中へ飛び込み、大きく息を荒げながら私は膝をついた。

ーー神殿の内部は、そこかしこに人が駆け抜け、慌ただしい雰囲気だった。

「はぁ、はぁ……」
「っと……何だ? この時間にこの騒ぎようたぁ……」

言っていると、正面から薄い桃色の髪に厳しげな瞳を持った女性がこちらを見咎め、走りよってくる。
服装から見るに、高位の神官だろうか。
女性は厳しい目でジンジャーさんを見た。

「ジンジャー!? お前、何故こんなところにいる!? 今の状況がわかって……!」
「アルシーヴ! 何も聞かず、私たちを里まで飛ばしてくれ!」
「……何?」

女性ーーアルシーヴさんは、一瞬だけ眉を潜めて、次いで私を見て、ふっ、と目を伏せた。

「……なるほど、不足の事態というわけか、お前がここにいるのはそのためだな、保登心愛」
「え……?」

33 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:43:05 ID:TLbMhl53X4
私の声は聞かず、女性は両手を突き出す。

その両手に、不可思議な紋様が浮かび上がり、形作られた魔方陣が回転する。 

「行くぞ……!」
「恩に着る!」

私とジンジャーさんの周囲が光に包まれ、瞬く間にそれは増幅し、何も見えなくなる。

あまりの眩しさに目を閉じーーそして、光が治まり目を開くと、そこにはーー

「……おいおい、マジかよ」

3日前に見た光景、あちこちからごうごうと火の手が上がる、里の姿があった。

「おいココア、急ぐぞ……ココア?」

胸が、痛む。

「っ、あ……?」

急速に、視界が暗転する。

そして私はーー

「ーーえ?」 

また、目覚めた。

34 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:44:57 ID:TLbMhl53X4
4回目の朝。

「そんな、私は死んでないはず……!?」

私は混乱した。
死んではいない、筈だ、だが急に意識が途切れた。
死を認識できないほど、高速の攻撃で殺されたのか?

あまりに理不尽だ、どうにかこうにかジンジャーさんを連れてこれたと思ったら、これだ。

やはり私では、私一人ではーー

「……ううん、諦めちゃだめだよね、だって私は、お姉ちゃんなんだから」

何かの呪文のように、私は呟いた。

そう呟くと、枯れ果てた勇気が、底から沸いてくるような気がした。

35 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:47:12 ID:TLbMhl53X4
4週目ーー里の人に注意喚起する。

言の葉の木へ向かっても、連れてこれるのはジンジャーさんだけだ。
その上、時間がかかりすぎる、連れてくるだけで3日間の全てを使いきってしまい、その上何もできなかった。 

他の方法を考えてみる、まずは、この里の戦闘体制を整えることを考えた。

……結果だけ言えば、特に変化はなかった。
単に私の話が半分信じられていなかったのもあるが、敵の戦力が強大すぎる。

高々3日間では殆どなにも変わらず、あっさりと里は敵の襲撃を許した。

私は襲撃から2分くらいで死んだ。



 

5週目ーーチノちゃんを連れて逃走。

「はぁ……はぁ……ココアさん、そろそろ、話してくれますか?」

チノちゃんと共に里から抜け出して3日目の夜。

「……ごめんね、チノちゃん、もうすぐわかるから」
「わかるって、何が? ココアさん、何かおかしいです、いきなり連れ出して、3日も歩き通しで……こんなの初めてです……ココアさん?」

胸の痛み。
急速に意識が暗転する。

 

「……やっぱり」

私はまた、目覚めた。

 


 

6週目ーー真っ向勝負。

このリピートには、タイムリミットがあるらしい。

正確な時間はわからないが、3日目の夜、日付が変わるくらいだろうか、死んでいようがいなかろうが関係なく、リピートが発生する。

この原因は、あのゴーレム達にあるのだろうか?

直接戦闘し確かめる。

襲撃から3分で死亡。

 
7週目ーー同上。

襲撃から2分で死亡。

8週目ーー同上。

襲撃から5分で死亡。

9週目ーー同上。

襲撃から5分で死亡。

10週目ーー同上。

襲撃から9分で死亡。

11週目ーー同上。

襲撃から7分で死亡。

36 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:49:30 ID:TLbMhl53X4
12週目ーー周囲の探索。

以前リゼちゃんと探索した洞窟、私たちが入った入り口は破壊した。

それから暫くは音沙汰がなく、今になって急に現れた。
あのゴーレムの発生源が洞窟内にあるのなら、入り口も別の場所があり、そこからゴーレムたちは出てくるはず。

私は周辺を捜索した。

「……これは」

3日目の朝、一つの洞窟を発見した。

人の手の入らない場所にあったそれは、丁度、私の身長の1.5倍程度の高さの、小さな穴だ。
更に、前にリゼちゃんと入った洞窟よりなお、里に近い位置にある。
3日間、山の中を駆けずりまわったとはいえ、発見出来たのは奇跡と言っていいだろう。

……だからと言って、この先に何かいると決まった訳ではないのだが。

「痛っ……」

頭が痛い。

リピートの度に体調はリセットされる筈だが、原因のわからない偏頭痛が私を襲っていた。
だが、戦えないほどではない。

魔法で、そこら辺に落ちていた枯れ木に持ってきていた布を巻き付け火を着けて、私は洞窟の中へと足を踏み入れた。

洞窟はかなり深くまで続いているらしく、歩けど歩けど、道が途切れることは無かった。

37 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:53:34 ID:TLbMhl53X4
「……っ!」

じゃり、という音。
私は携えていた剣を抜いた。

火で暗闇を照らしているということは、当然敵からこちらは丸見えである。

……じゃり、じゃり……

音が近づく。

しかもその数、ひとつではない。

いままでの戦闘経験上、3体までならゴーレムを同時に相手取ることは出来た。
死ぬときは、その3体の相手に手間取り、他のゴーレムに囲まれてしまったときだ。
その場合は大抵、袋叩きにあって終わる。

私はゆっくりと、松明を前方に投げた。
ゆらゆらと激しく揺れる光が、前方にある影を写し出す。

その数ーー3。

それを目視した瞬間に、私は行動した。

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

放たれた斬撃が、ゴーレムの一体を両断する。

その勢いのまま突撃、被我の距離を一気に詰める。

3体までなら行けるのは、初撃で一体、その混乱から体制を立て直すまでに一体を始末し、実質的に一対一での戦闘ができるからだ。 

無造作に振られた剣の一撃をひらりとかわし、そのままゴーレムの後方に回り込む。

ーー隙だらけだ。

「ふっ!」

首筋の隙間、人間で言う延髄の部分に剣を叩き込む。
ゴーレムが壊れたようにびくんびくんと痙攣する。
私はそれを、そのまま横凪ぎに引き切った。
あっさりとゴーレムの首が飛ぶ。

数瞬の間に、幹竹割りにされたゴーレムと、首から上を失ったゴーレムが転がった。

38 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:55:44 ID:TLbMhl53X4
「後ろ……!?」

後方より3体目のゴーレムの攻撃。

反応が遅れ、剣の腹でまともに受け止める。

「っ……!」

鍔迫り合いの様相を呈するが、単純な膂力、体重共にゴーレムの方が上だ。

少しずつ剣が押し込まれていく。

「なら!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

一時的に身体能力を爆発的に向上させるスキル。
全身に力が漲り、私はゴーレムを押し返して、弾き飛ばした。

「チェストぉー!!」

気合と共に放たれた剣撃は、ゴーレムを鎧の上から叩き切り、肩から腰迄に深い傷痕を作りあげた。

ゆっくりと地に付したゴーレムが煙となって消えていく。

「はぁ……はぁ……終わり……?」

ざっ……ざっ……

洞窟の奥より複数の足音。

それも、数えきれない程の。

地面に落ちた松明の明かりが、奥まで連なるゴーレムの列を浮かび上がらせた。

その数、十数ーーいや、数十?

「なわけ、ないか」

襲いかかってくるゴーレムの群れに、私は飲み込まれた。

39 名前:名無しさん[age] 投稿日:2019/12/29 21:56:44 ID:TLbMhl53X4
今回はここまでです。

40 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:21:59 ID:7L/tZBSgWP
13週目ーー

「みんな、私に力を貸して……!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先が燃え盛る炎に包まれる。

私はその強烈極まる一撃を、洞窟の入り口、その上部に叩き込んだ。

炸裂ーー

爆発の衝撃は周囲の細い木を薙ぎ倒し、更に洞窟の上部を破壊、入り口を完全に塞ぐに至る。

「これで、ここからは出てこない筈……」

里を襲撃しているゴーレムの群れは、恐らくはこの場所から出現している。

ならば前リゼちゃんと行ったように、入り口を塞いでしまえばいいのだ。

この洞窟の出口は無数に点在するそうなので、徒労に終わる可能性もあるが……

ーーリピートのタイムリミットの原因が、ゴーレムによる里の襲撃にあるのならば、それを遅らせれば、それだけタイムリミットは伸びる筈。

これは、そのための確認作業だ。

願わくば、二度と出てくるな、と思った。
 

41 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:28:11 ID:7L/tZBSgWP
穴が完全に塞がっているのを確認し、私は里へと戻っていた。

そして私は36日ぶりーー実経過時間は3時間程度ーーに、ラビットハウスに顔を出した。

「あっ……ココアさん! 朝早くから珍しく家を開けて……一体どこに行ってたんですか?」

ドアを開けると、少しむっとした表情のチノちゃんが出迎えてくれる。
それが随分と懐かしく感じるのは、私の現状が変わりすぎているからだろうか。

「チノちゃん……ごめんね、ちょっと用事があって、伝言ぐらいしとけばよかったね」
「本当です、里は比較的安全とはいえ、回りに魔物はいるんですから、心配させないでください」
「そうだね、気を付けるよ」

気を付けるどころの話ではない。
この里は、全くもって安全ではないのだから。

「じゃあココアさん、仕事してください、もうすぐお店も開けますから」
「わかったよ、チノちゃん」

 



お昼過ぎ、ある程度お客さんが捌けてきたころ。

「……ですから、ココアさんももう少しコーヒーの味がわかるようになったほうがいいです」
「そうだね」
「モカなんてどうですか? チョコレートやフルーツのような味わいがありますから、比較的分かりやすいです」
「そうだね」

襲撃があるのは3日目の夜、今回の週はまだ1日目だ。
何かしら襲撃に備えて準備をしておかなければならない。

「……なんか今日のココアさん、いつもと雰囲気が違いますね」
「そう?」
「何かこう、妙に落ち着いてるというか」
「慣れてきたからじゃないかな?」
「何にですか?」
「何にだろうね」

私自身の技量はそう簡単には上がらないだろうし、敵の来る方角はわかっているのだから、ブービートラップなどもありかもしれない。
簡単かつ有効なものといえば、落とし穴だろうか。
底に先を鋭くした木や、よく燃えるものと着火材、爆発物などを仕掛ければ、敵の数を減らせるだろう。
リゼちゃんがいればもう少し詳しくわかるのに、と私は思った。

「……そういえば今朝、森の方からものすごい爆発音が聞こえてきましたよね」
「そうだね」

42 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:31:38 ID:7L/tZBSgWP
信頼できる人に声をかけて、警戒体制を作るか?
……いや、いくら私のモットーが『出会って3秒で友達』だとはいえ、今の里の中には殆どコミュニティが存在しない。
以前里から人を避難させようとしたときも、そのせいでダメだったではないか。

3日という制限がここでも私を苦しめる、もし友達になったとしても、リピートすればそれはなかったことになるのだ。

「……もしかしてココアさん、怒ってます?」
「いや?」
「……」
「……」
「……」
「そうだね」
「まだ何も言ってないんですが」

しかし、私一人で状況を打破するのは難しい。

襲撃の前に大きな爆発でも起こせば、里も警戒体制に入るだろうかーー

「ココアさんが上の空に……!?」

 


 


夜。

ラビットハウスでのお仕事が終わったあと、私は里の外に出ていた。

眼前には複数の敵、ゴーレムではない、コリスやドーダイといった普通の魔物たちだ。

「えぇぃっ!」

飛びかかってきたコリスを、タイミングを合わせて袈裟斬りにする。
横合いから接近してくるドーダイを、反転して渾身の突きで串刺しにする。

私がこんなことをしている理由は簡単だ。
私が弱いからだ。

最初の頃ーーソルジャーゴーレム数体に苦戦していた頃に比べれば、遥かに効率良く敵を捌けるようになっていたが、敵の戦力は強大だ。
このリピートにおいて強くなれる、変わっていけるのは自分自身だけだ。
いくら強くなっても悪いことはない。

それに、今までは里の中にいることが多く、気づかなかったが、里、或いは舗装された街道を一歩出れば、魔物は普通にいる。
人里に顔を見せないだけで、この世界には危険がそこらに転がっているのだ。
誰かが危険に曝される可能性があるのなら、駆除しておくに越したことはない。

周囲に敵がいなくなったのを確認し、私は剣を無造作に一降りし、血払いをする。

その瞬間、後方から、がさ、という小さな音。

「っ、なにもの!?」

43 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:36:50 ID:7L/tZBSgWP
即座に剣を構える。

この周辺にいる魔物で、私が勝てないほど強いものはいない。

出てきた瞬間に叩き斬ってやるーー

「ひえっ、ご、ごめんなさい〜!」

しかし、草むらから聞こえたのはそんな声だった。
しかも聞き覚えがある。

「……ランプちゃん?」

私がそういうやいなや、草むらからは、体に大量の葉っぱを纏ったランプちゃんが現れた。

「も、申し訳ありませんココア様、こんな夜更けに里を出ていかれるので、何をするのか気になってしまって……」
「それで、ついてきたってこと?」
「は、はい、ココア様はまだこの世界にに来たばかりですから、危ないと思って……でも、心配はいらないみたいですね」

ランプちゃんは、そう言って無邪気に笑った、先ほどの戦闘も見ていたのだろう。

「リゼ様もここに来て直ぐに強くなられましたが、ココア様もこんなに強いとは思っていませんでした、実は何かされていたりとか?」
「いや? リゼちゃんみたいなアグレッシブなことは何もしてないかなぁ……聖典にも、書かれてないんじゃない?」
「聖典は、あくまでクリエメイトの皆様たちの日常の一部分を切り取って描いたものに過ぎませんから……ですが、聖典にも書かれてないようなココア様の側面も見られて、このランプ、大変感動しております!」
「あはは……」

鼻息荒く語るランプちゃんを前に、私は苦笑した。

「普段の天真爛漫なココア様も素敵ですが、先ほどのような凛々しいココア様も素敵です……! 前々から思っていましたが、ココア様の真剣な表情は非常に絵になりますね!」
「そ、そんなこと……」
「あります! ココア様は自分で気づいて無いだけで、可愛らしくもありながらものすごくカッコいい一面もありますね! そんなところもココア様らしいのですが……よろしければ、お姉さまと呼ばせてください!」
「お、お姉さま……!?」

44 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:39:53 ID:7L/tZBSgWP
『お姉さま』、その響きが脳内を反響する。

「も、もう一回……」
「お姉さま!」
「もう一回呼んで!」
「お姉さまっ!」
「ふおおおぉ……!」

私は興奮していた。

このループが始まってから、一番の興奮だった。

「ランプちゃん、お姉さまの胸に飛び込んでおいで!」
「いいんですか! あぁ、尊すぎて成仏してしまうかもしれません……でも失礼します!」

ランプちゃんの小柄な体が飛び込んでくる。
チノちゃんより更に小柄な体つき、さらさらの髪、素晴らしいモフり心地……。

「ーーえ?」

それを堪能していると、ランプちゃんは私の包容から逃れるように距離を取ってしまった。

顔には、先ほどの緩みきった表情から一転、困惑が張り付いていた。

「ら……ランプちゃん?」
「今の……なんだろう、怖い……いや、そんなはず」
「ごめんね、突き放すほどなんて……よっぽど、悪いことしちゃったかな」

今まで誰かをモフモフした時に、流石にこんなことは……あった、チノちゃんは基本こんな感じだった。
でも、人当たりの柔らかいランプちゃんに拒否をされるということは、私はもしかして、相当酷いなにかがあったりするのだろうか、チノちゃんに避けられるのもそのせいだったり……。

「……あっ! こっここここココア様っ! 大変申し訳ありません!」
「いや、こちらこそごめんね? 朝から動きっぱなしで汗臭かったかもしれないし……自重するね?」
「こ、ココア様が臭いなんてとんでもない! パンの焼ける良い匂いですよ! って、わたしなに言って……すいません、さっきのに他意は無いんです、ただ、少し驚いただけで……」
「そうなの?」
「はい、申し訳ありません……クリエメイトの皆様をおもてなしするのがわたしの役目なのに……」

ランプちゃんは見てわかるほどに落ち込んでいた。
しかし、彼女はキリッとした目でこちらを見た。

「罪滅ぼしに、ココア様のやってることを手伝わせてください」
「え……でも、危ないよ?」
「これでも多少、魔術の心得があります、先ほどのココア様のような戦いかたはできませんが……見たところ、魔物退治ですよね? 微力ながら、お手伝いをさせていただきます」

意図せずして、仲間が増えた。
 

45 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:43:13 ID:7L/tZBSgWP
スキル『シェルブレイク・ファイア』ーー

ランプちゃんの放った光が魔物ーービッグフットを包み込む。
炎に対しての耐性を打ち消す魔法。

その光を見ると同時に私は跳んだ。

「ココア様!」
「うん! 私の華麗なる技を見ててね!」

ビッグフットは大技が来ると踏んだか、その手に持った巨大な棍棒を楯にした。
しかし、今ならそれも無駄だ。

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

放たれた斬撃は、ビッグフットの巨体をこん棒ごと斜めに深く切り裂き、一刀の元にその活動を停止させた。
降り立ち、ビックフットが完全に絶命したことを確認したあと、軽く血払いをして剣を納める。

「えへへ、ランプちゃんのお陰で、かなり楽に魔物と戦えるよ」

あれから2時間ほど、ランプちゃんの魔法の腕前はわたしからすれば素晴らしいもので、攻撃こそできないものの、状況を的確に判断し支援するその力は、背中を預けられる安心感があった。

「ココア様も凄いです、コールされたクリエメイトの皆さんも、殆どはここまで戦えませんよ」
「えへへ、ありがと」

自らの実力を誉められるのは、今までのループが無意味でなかったことが実感できて、とても嬉しかった。
しかし、ランプちゃんはそう言いながらも、先ほどから浮かない顔ばかりしている。

「ランプちゃん、少し疲れた? 今日はもう終わろうか?」
「い、いえ、そんなことはありません、そんなことは、ないんですが……」

そう言って、彼女は再び塞ぎ混んで思索に耽り始める。
この2時間にも、彼女は何度もこうして考えている。
なにか思い詰めることがあるのだろうか。

そうしていると、彼女は何か決心したように顔を上げた。

「……ココア様、先に謝っておきます、ごめんなさい」
 

46 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:46:04 ID:7L/tZBSgWP
ランプちゃんは、頭を下げてーー 

ーー私に抱きついてきた。

「えっ、ランプちゃん……!?」
「少しだけ我慢してください……っ!」

彼女の表情は至って真剣だ、真剣に、私の体をまさぐる。

「く、くすぐったいよぉ」

くすぐったさに笑ってしまうが、ランプちゃんの表情はそれと反比例するように少しずつ蒼白になっていく。
30秒ほどでランプちゃんは手を止めて、私から離れた。
その手はわなわなと震えている。

「なんで……? どうして……こんなの……」
「ランプちゃん?」
「わからない……先生か、せめてソルトでもいれば……」
「ランプちゃん」
「どうして今まで気づかなかったの……? こんなの、女神候補生失格です……」
「ランプちゃん!」

細い肩を掴んで、目線を合わせる。

「こ、ココア様……」
「ランプちゃん、一体どうしたの? お姉ちゃんに言ってみて?」
「ココア様……わ、わたし、どうしたらいいのかわからなくて……」
「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」

涙目になったランプちゃんを抱きしめて落ち着かせる。

パニックになっていた彼女が落ち着いたのは、数分たってからだった。

「ありがとうございます、ココア様」
「いえいえ、私はお姉ちゃんなんだから、これくらいいつでもいいよ!」
「すいません……ココア様のほうが、危険な状態なのに」
「……危険? 私が?」

 

47 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/01 12:47:38 ID:7L/tZBSgWP
オウム返しに聞き返すと、ランプちゃんはポツポツと語り始めた。

「……今のココア様には、何か、強力な呪いがかかっています、かつてソラ様がかけられたような、命を脅かす程の強力な呪いが」
「……え?」

呪いーー?

「わたしには、その呪いを解くどころか、どういった効果なのかの解析すらできていません……そういったことができる人たちは、言の葉の木の頂上、神殿くらいにしか……」

呪い……思い当たることなど、一つしかない。

「時間がかかりすぎるので、わたし個人で少し調べて見ます、わからなければ、私が言の葉の木にいって、アルシーヴ先生を呼んできます」

このリピート現象ーーその、主原因? 

「わたしでは力不足かもしれませんが、必ず助けて見せます、ココア様」

一体、誰が、何の目的で?
当然あるべき疑問が頭をもたげる。

答えは、何も出はしなかったが。

48 名前:阿東[age] 投稿日:2020/01/03 21:05:39 ID:vLcYs./gY3
おおう・・・不穏な空気・・・

49 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:16:24 ID:FV3yUBuAEx
そして3日目の夜。
私は、里から見て、今までゴーレムが襲撃してきていた方角にいた。

空は雲に覆われ月は見えない、降り注ぐ豪雨が更に視覚と聴覚を鈍らせる。
稲光が断続的に鳴り響き、耳を激しく刺す。
服をびしょびしょに濡らしながら、私はゆっくりと腰の剣を引き抜いた。

以前リゼちゃんと『雨が降っているとき、傘を持ったままどうやって戦うのだろう』という話をしたことがある、シャロちゃんと話して結論が出なかったらしい。

このリピートにおいて、結論が出た。
体が濡れることを気にする余裕は、戦場にはない。
自らの鼻先10センチ程に死がぶら下がっている状態では、服が濡れるだとか寒いだとか汚いだとか、諸々全てどうでもいいと思える程度には、私はこの場所に慣れてきていた。

ーーランプちゃんはあれから部屋に籠りきり、ずっと調べものをしているようだった。
しかし、彼女からの続報はなく、私に呪いがかかっている、という以上にわかったことはなかった。

日は既に落ち、いつもであれば、もうすぐ来るはずだ。

目を閉じ、耳を澄ます。
この雨の中でも、やつらの足音は聞こえてくる筈だ。

ーーそして、気づけば4時間が経っていた。

「来ない、の?」

いつまで経っても敵の足音も聞こえない。
つまり。

「あの洞窟を塞ぐことに、意味はあったんだ……!」

13週目にして、ようやく大きく何かが変わった。
そしてもうひとつ、確かめなければならないことがある。
私は急ぎ里に戻った。

そして、私は目的のものーー時計を見た。

「やっぱり!」

現時刻、12時過ぎ。
初めて迎えた、4日目だった。

50 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:21:23 ID:FV3yUBuAEx
4日目の昼前、私はラビットハウスで仕事をしていた。

「ふぁ……っ」

欠伸が出る、眠気がピークに達していた。

「ココアさん、目のクマが酷いですよ、昨日夜更かしでもしたんですか?」
「えへへ、ちょっとね」

微笑みを作りながら言うが、内心では若干の恐怖が燻っていた。
私は洞窟を塞ぎ、敵の進行を止めたが、敵そのものを殲滅したわけではない。
いずれは襲撃が来ると考えるべきだ。

そのため昨日はあれから朝まで里の周囲を警戒しており完徹の状態、今リピートが始まってから寝ていないので、計4徹か。

3日目にリピートが発生しないーーつまり、リピートのトリガーはゴーレムによる里の襲撃にあるとわかったのは、大きな収穫ではあったが、ここから先は未知数だ。

しかし、体の疲れはどうにもならない。
リピートすれば体調もリセットされる為に気にして無かったが、4日目にして疲れはピークに達していた。

「……今はお客さんもいませんので、少し奥で眠ってきてください」
「え?」
「少し前からココアさんが何をしてるのかは知りませんが、そんな状態でお客さんの前に出てもらう訳にはいきません」
「チノちゃん……」

厳しい表情でチノちゃんは言った。

「ありがとうチノちゃん、でも大丈夫だよ」

ありがたい申し出ではあったが、眠れる筈はなかった。
敵はいつ攻めてくるかわからない、先の展開の読めないことが、こうも怖いことだとは思わなかった。

「本当に大丈夫なんですか? 凄く疲れて見えるのに、いつもより動きは機敏で、まるでモカさんがラビットハウスに泊まり込みに来たときみたいになってますよ」
「お姉ちゃんが来たときかぁ……そういえば熱出しちゃったんだっけ、私」

来るのがお姉ちゃんなら、どれ程ドキドキワクワクしただろうか。
今感じているドキドキは違う、命の危険を感じているが故の動悸だ。

思い出すと、無性にお姉ちゃんに会いたくなった。
こんな状況でも、もしかしたらお姉ちゃんならなんとかしてくれるのではないかと。
『お姉ちゃんにまかせなさ〜い!』と、きっとそう言ってくれるだろうと思えたから。

51 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:23:29 ID:FV3yUBuAEx
「ココアさん……やっぱり」

チノちゃんが何かを言いかけたその時、お店のドアが荒々しく開かれた。

そこにいたのは、両の目に深いクマを作り、息も絶え絶えのランプちゃんだった。

「ココア様!」
「ランプさん? どうしたんですか、慌ただしい」
「チノ様……ココア様、彼女には……」

呪いのことを話しているのか、という言外の問いに、私は静かに首を振った。

「チノちゃん、ごめん、ちょっと外してもいいかな」
「……わかりました、どちらにせよ、少し休んだほうがいいと思っていましたし、幾らでもどうぞ」
「ごめんね?」
「明日からは真面目に働いてくださいね? 日向ぼっこは禁止です」
「えへへ……うん、約束するね」

私は笑って言った。
その約束を反故にはしない、させはしない、と心に誓う。

私はランプちゃんと共に外に出た。

52 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:27:38 ID:FV3yUBuAEx
「……それで、ココア様のかけられている呪いの件なのですが」

里の中央、空間転移魔法の施設近くに着くと、ランプちゃんは話し始めた。

「正直な所、わたしでは最低限のことしかわかりませんでした、文献を読み漁っても、似たようなものはなく……」
「そっか……でも、わかったことはあるんでしょ?」
「はい、結論から言うと……」

ランプちゃんは青い顔で、唾を一つ飲み下して、言う。

「ココア様のかけられているそれは『死』の呪いです」
「『死』……」

時間に関係するものでなく、単純に命を奪うもの?
つまり、呪いそのものは、このリピートには関係がないということなのだろうか。

「それって『時間』とかが、関係したりはしないの?」
「『時間』ですか?」
「うん、例えば……時間を遡る、とか」
「時間移動の魔法、ですか? 理論上は可能と聞いたことがありますが……成功したという話は知りません、技術的に大きな問題があって……どうしてですか?」
「……いや、ごめんね、続けて」

ランプちゃんの口ぶりからして、全く関係が無さそうに思えた。
そもそも、未だに実現していない力のようだ。
ならば、誰が、どうやってこのリピートを起こしているのか……?

「わかったことは、何かがトリガーとなって、対象者に確定的な死をもたらす、そういう呪いだ、ということです」
「その『何か』って?」
「それも、何とも……わたし個人では、これが限界です、浅学で、申し訳ありません」

ランプちゃんは頭を下げた。
小さな体を縮こまらせたその姿からは、無力感への悔しさが見えて、とても痛々しかった。

53 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:31:04 ID:FV3yUBuAEx
「その上で、お願いがあります」
「え?」
「わたしと一緒に『言の葉の木』へ来て下さい、あそこなら、筆頭神官であるアルシーヴ先生や、七賢者……優秀な術士もごまんといます、あそこなら、ココア様の呪いもきっとーー」

ランプちゃんは必死に訴えていた。
彼女は彼女なりに、私を助けようと頑張ってくれている。

だから、この言葉を言うのは少し心苦しかった。

「ごめん、それはできない」

絶句。
ランプちゃんは、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。

「……な、なんでですか!!」
「なんででも、それはできない」
「どんな理由があるか知りません、でも……ココア様は『オーダー』で呼び出されたクリエメイトです、何かの拍子に死んでしまうかもしれないんですよ!?」
「そうだね」

呟く。
どうしても、それは出来ない。
里から言の葉の木までは、どうやっても3日はかかる、転移魔法があればいいが、里に使用出来る者はいない。

ーー轟音が響く。

そして、鎧の擦れる音、硬質な足音。
それが無数に連なり、地響きのように聞こえるそれ。

ーー敵襲。

タイムリミットは、3日目の夜か、4日目の昼。
言の葉の木へ向かうことは、そのまま里をーーチノちゃんを見捨てる、ということになる。
タイムリミットにも間違いなく引っ掛かるだろう。
それを選ぶことはできなかった。

「私は……お姉ちゃんだから、ここで、やらなきゃいけないことがあるから」

轟音の方向へ、私は駆けた。

「ココア様!」

悲痛な叫びが後ろから聞こえた。
振り向くことはしなかった。

54 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:34:40 ID:FV3yUBuAEx
事態に気づいた村人やクリエメイト達がゴーレムへの応戦を開始し、戦いは一気に乱戦と化した。

街道を除いて、あちこちにトラップを仕掛けはしたが、言うほどの効果はなかったらしい、里には相当数のゴーレムが仕掛けて来ている。

その中を、私は駆けていた、この戦場で生き残るために。
今までの私はまともにゴーレム達と戦闘を行い、その度に10分以内に死亡していたが、ゴーレムの襲撃にリピートの原因があるとわかった以上、その原因を見極める必要がある。

「うおぉーーーっ!」

気合と共に放った剣撃が、ゴーレムの一体を切り裂き煙へと還元する。

防衛線を抜けた少数のゴーレム、それらの処理に私は集中していた。
前線で戦うクリエメイトたちは、可哀想だがこの際どうでもいい、死にはしない。
が、銃後の村人たちは別だ、彼らは死ぬ。

できるだけ死ぬ人を減らすためにも、私はそれらを狩っていた、ここなら敵も多くなく、不意に死ぬ心配もない。

「早く! ここから逃げて!」

尻餅をついた子供を背に、立ちはだかるゴーレムを切り伏せていく。
最初の頃に比べ、随分と上手く仕留められるようになったものだ、と思う。

ーーそして、戦闘開始から10分、今までは既に死んでいた時間。
急に敵の勢いが激しくなった。

「っ、前線が破られたの?」

つまり、前線のクリエメイトたちがやられた、ということ、僅か10分で。
こんなに簡単に敵を通してしまうとは……。
敵の戦力の強大さを、垣間見た瞬間だった。

55 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:37:21 ID:FV3yUBuAEx
「でも、私の後ろには死ねない人たちがいる、ここを通すわけにはいかない……!」

私は、繰り返すリピートの中で、ひとつだけ慣れないものがあった。

自分の『死』チノちゃんの『死』、誰かの『死』。
それを見せつけられる度、私は胸をナイフで刺し貫かれるかのような痛みを覚えるほど。

それを見るたび思っていた、今度は助けて見せると。

ーー振るわれた剣を受け止める。
体を入れ換えて受け流し、そのまま相手の首を切り飛ばす。

前方を見ると、お馴染みの光景が広がっていた。
即ち、視界を埋める程のゴーレムの群れ。

「私、ひとりかぁ……」

いや、こんなのはいつものことだったではないか。
今更弱音を吐くなーー自分を激励して、目の前の敵を睨み付ける。

ーーそのとき、二筋の水流が、視界を薙いだ。
放たれた水流は、重力に逆らって光線のように真っ直ぐ進み、接近してくるゴーレムたちをまとめて吹き飛ばす。

この、攻撃は……!

「ココアさん!」

驚きに後ろを振り向く。
それが誰なのかは、わかっていた。

56 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:41:34 ID:FV3yUBuAEx
「チノちゃん……!? だめ、早く逃げて!」

青く輝くオーブを携えてまほうつかいーーチノちゃんが、そこにいた。

「ココアさんこそ! なんで、一人でこんなのに立ち向かおうとしてるんですか!」
「私は……大丈夫だから!」
「大丈夫!? そんなわけないじゃないですか! わたしは見たんです、里の人たちが切り殺されるのを! クリエメイトの皆さんだって、もうほとんどいないんです、わたしたちは死ぬんですよ! ココアさん!」
「うん、だからチノちゃんは逃げて」
「なんで……なんでですか! いやです、ココアさん……行かないで……」

泣きじゃくるチノちゃんへと、私は近づく。
初めて見る表情ーーいや、元来こういう子なのだ、と思う。
普段からラビットハウスで働いているから、落ち着いていて、冷静に見えるけれど、寂しがりで、でも同時に恥ずかしがり屋だからそれを見せないだけで。
だからこそ、私はこの子のお姉ちゃんでありたい、と思う。

私はチノちゃんと額をくっつけて、微笑んだ。
多分、うまくできたと思う。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」

ーーチノちゃんから手を離し、高速で振り向く、抜刀、一閃。
剣を振り上げたゴーレムの両腕を断ち切る。

ゴーレムがよろめいた所に、剣を兜の穴に叩き込む。
数瞬の痙攣ののち、ゴーレムは機能を停止し、煙となって消えた。

「ココアさん……?」

チノちゃんは、目を見開いて私を見た。
その瞳には、驚愕と、僅かな畏怖が見える。

「お姉ちゃんが、チノちゃんを守るから」

言って、迫り来るゴーレムを切り伏せる。
その言葉、そして、背後にチノちゃんーー守るべきものがいるという事実は、私に力をくれるような気がした。

最早、私たちは敵に包囲されかかっている、チノちゃんを単身で逃がすよりも、側で守ったほうが安全だ。

57 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:44:39 ID:FV3yUBuAEx
「うおおぉーーーーっ!!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

全身に力が漲る。
その剣の一振りは、最早ゴーレムを一撃の元に寸断するほど。
倒したゴーレムも、最早10や20ではきかなくなっていた。

しかしそれでも、敵の数は多い。

同時に飛び込んできた2体のゴーレムの攻撃を、剣の腹で受け止める。

「くっ……!」

受け流して距離を取るが、その先にもまたゴーレム。
一対多の戦闘において、常に動き回り自分に有効な間合いを維持するのはもっとも重要なことであるが、それすら許されないほど、敵は私達を囲んできていた。

しかし、その時。

スキル『仕事してください』ーー

放たれた水弾が、敵をまとめて吹き飛ばす。

「チノちゃん!」
「ココアさん、わたしも……わたしも一緒に戦います!」

とっておき『チノの特製ラテアート』ーー

チノちゃんの書いたラテアートが中空に浮かび出され、
そこから荒れ狂う濁流が一直線に敵を襲う。

「ココアさんだけに、任せてはおけませんから」

チノちゃんは、ぎこちなく笑って言った。
その顔には、隠せない恐怖が垣間見える。

しかしそれを圧し殺して、チノちゃんは再び魔法を放った。

スキル『レプリカスペル』ーー

「ありがとう、チノちゃん」

私は前を向いて、敵に集中する。
時折放たれる魔法は、的確に私の死角を潰していき、私は再び、戦場を自在に駆け抜けられるようになった。

後ろに頼れる仲間がいるのが、これほど頼もしいとは思わなかった。

心がすっと軽くなる、今なら、どんな敵が、幾ら来ても倒せるとすら思えた。

58 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:50:08 ID:FV3yUBuAEx
ーーそう、思っていたのは、驕りだった。

「ーーココア様っ!!」

出来事は、刹那に、私の意思を介さぬまま終わった。

後方より高速で迫る、一体のゴーレム。
今までのやつとは違う、速い。

気づいたときには、私の背中にそれはいて。

振るわれた剣と、私との間に、ランプちゃんは飛び込んだ。

スキル『オール・シールド』ーー

なけなしのクリエで作られた防御壁はあっさりと破壊され、凶刃が幼い体に振り抜かれる。

「……ランプ、ちゃん?」

鮮血が舞い、地面と、そして私を激しく汚す。
べしゃり、と小さな体が地面にくずおれる。

「どうして」

問いかけに、ランプちゃんは文字通り血を吐きながら言葉を紡いだ。

「ココア……様が、笑えていなかった、から……それは……皆様から、笑顔を奪う……そんな世界は、間違っていると思えたから……」

それは、空気に溶けるような、小さな小さな声だった。

「ランプちゃん……」
「ごめんなさい……ココア様……何も、出来なくて」

伸ばされた手を掴む。
掴まれた手が血で濡れる、それはランプちゃんの下にどくどくと流れ、周囲の地面に広がっていく。
命が、失われていく。

私は涙を流していた、ランプちゃんも泣いていた。
無力だった、何も出来なかった。
私の下で、ランプちゃんは譫言のように、謝罪ばかりを繰り返す。
声は少しずつ小さくなっていく。
微かに膨らみ凹む胸の、感覚が長くなっていき、呼吸は少しずつ細くなっていく。

そして、掴んでいた手が、何かが抜けたように、ずっしりと重くなった。

59 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 22:54:51 ID:FV3yUBuAEx
「っ……!」

きっ、とこの惨状を作り出した下手人を睨む。

他のゴーレムと違う、赤色の鎧。
無造作に提げられた剣からは、肌を焼く程の熱気が感じられる。

その後ろには、最早ゴーレム以外に動くものはなかった。
こいつが、戦線を崩壊させた元凶か。

剣が振り下ろされる、抜刀、迎撃ーー

「ーーココアさん!」

チノちゃんの力強い声。
同時に、水の弾丸が赤いゴーレムを打ち据え、その攻撃を停止させる。
私はランプちゃんを抱えて、後退した。

「ココアさん、大丈夫ですか!?」
「私は、大丈夫」
「逃げましょう、ココアさん、今なら……」
「ごめん、チノちゃん」

私は剣を構えた。
負け続けたままではいられない。
奪われ続けたままではいられない。
弱いままではいられない。

あれは、あの赤いゴーレムは、私が殺すべき敵。
私の平穏を、大切なものを悉く破壊し、奪い去る外道の仇敵だ。
あれを殺さなければ、このリピートも、私自身も何も進むことができないように思えた。

「私の命に換えても、体に換えても、あいつだけは」

私の心に燻っていたのは、今までのような、燃え盛る炎のような、使命感や、怒りや、悲しみではない。

穏やかに、仄暗く、しかしより熱く激しく燃える、青い炎だ。
人はこれを、きっと憎悪と言うのだろう。
私は、生まれて初めてなにかを憎んだ。

「こ……ココアさ……」

怯えたように自分を呼ぶ声を無視して、私は赤いゴーレムへと突進。
弾丸のように被我の距離を一気に詰め、剣を振り抜く。

私の出せる中で最速の剣は、普通のゴーレムならば反応もさせず切り伏せることができるだろう。
だがそれは、あっさりと防がれた。

金属がぶつかり合う甲高い音とともに、衝撃波が周囲に一陣の風を巻き起こす。

60 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:00:14 ID:FV3yUBuAEx
「なっ……!?」

敵は回転しながら剣を払い、鋭い逆袈裟が迫る。
後退、回避、踏み込む。

「うおおぉーーっ!」

首へ横薙ぎーー弾かれる。
膝を落とし下段ーーゴーレムは跳躍して回避、私の頭上を飛び越える。

ゴーレムからの唐竹割りーー体を反らして回避。
反撃、喉への刺突ーー体制を崩して打点を外される。
剣は敵の兜を浅く切り裂き、火花を散らした。

私と敵は勢いのまま交錯し、地面に転がった。

「こいつ……!」

速い、重い、そしてーー狡い。
他のゴーレムのように力任せの戦いかたではない、相手の一手二手先を読んで、攻撃を繋げてくる。

その戦いかたーー正しく人間そのもの。

「他のゴーレムと違ったって!」

踏み込むーー袈裟斬り、下段、左切り上げ、息もつかせぬ連撃。

敵は踊るようにそれらすべてを弾き、避け、あるいは反撃を放つ。

攻守が幾度も入れ替わり、百を越えようかという剣檄は途切れることなく、その舞踏を彩った。

「はあぁぁぁっ!」

スキル『本番はここからだよ!』ーー

私のスキルの発動と同時に、赤いゴーレムが炎を纏い、その力を増幅させる。

スキルによって強化された力によって、その舞踏はさらに激しさを極めた。
しかし、赤いゴーレムもまたそれに追従するようにその力を増す。
押すこともできなければ、引くこともない。

焔を交えた剣檄が無数に交わり、その周囲にいるものすら構わず吹き飛ばす程の激しい戦い。

横殴りに放った一撃が紙一重でかわされるーー
反撃、炎を纏った剣の刺突が迫るーー
ギリギリで剣の腹で受ける、剣と剣が激しく擦れ火花が散り、右頬の薄皮が焼けるーー
回転し、体制を崩した敵へ袈裟斬りーー
受け止められる、だが、敵は大きく吹き飛ぶ。

61 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:02:32 ID:FV3yUBuAEx
「みんな、私に力を貸して!」

とっておき『燃えるパン魂』ーー

剣先に燃え盛る炎の玉が発生する。

私は、私の持てる最強の技を最大の隙を曝した敵に打ち込んだ。
炸裂、巨大な火柱が空へ登り、その衝撃波は周囲の瓦礫を打ち砕き吹き飛ばし、里の家々のガラスのことごとくを叩き割った。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

これだけやれば、敵は跡形も残らないはず……。
激しく息を乱れさせながら、私は思った。

しかし、心は晴れない。
奴を倒しても、ランプちゃんは帰ってこない。
里の人たちも、破壊された家々も、何も帰ってくることはない。

死は、不可逆だ、その絶対の摂理を犯せるのは、いまのところは私だけなのだ。

ーーやり直す?

そう、思った。

「……それだけか」

視界の片隅で何かが動く。
爆発の炎の真ん中で、赤い甲冑が、何処の破損も無いまま佇む。
そしてそれは、今までとは比べ物にならない速さで、私に迫った。

「なっ……ぐっ!?」

私に出来たことはとっさに剣を盾にすることだけだった。
しかし、炎と勢いを纏った一撃は受けきれず、私は大きく吹き飛ばされ、地面に何度も体を打ち付けながら、瓦礫の山に思い切り突っ込んだ。

62 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:07:03 ID:FV3yUBuAEx
「ごほっ……まだ……!」

衝撃で白くなる頭を振りながら、どうにか剣を構える。
そこで私は、剣が異様に軽いことに気づいた。

「え?」

見ると、剣の鍔から5cmほど、そこから先がなかった。
そして、肩から脇腹にかけて、袈裟斬りにされた傷跡が、じわじわと服を濡らし、瓦礫の山を滴っていく。

体がそれにようやっと気づいたかのように、がくり、と力が抜けた。
膝が落ちて、そのまま地面に倒れこむ。

「あ……ぅ……」

体は言うことを聴かず、脳がいくら命令を送っても、ピクピクと痙攣を繰り返すのみ。
少しずつ、意識と、視界が掠れていく。

「弱者に権利はない、ただただ全てを奪われるのみ」

そのぼやけた視界の中で、赤いゴーレムが、チノちゃんのほうに向かうのが見えた。

「チ……ノ……ちゃ……」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
何度も、何度も。

「ご……め……」

何度も何度も聞こえる声。
無情に破れた悲鳴は風に乗り、私を襲った。

私はただ、謝ることしか出来なかった、嘆くことしか出来なかった。

私を呼ぶ声が途切れる。

「く……ぅぅぅ……」

その弱い嘆きは、地面に落ちてあっさりと消える。
弱い声、弱い力は何も出来ずに消えるだけ。
そこに込められた想いも願いも、強大な暴力の前にはひねり潰される、そこに一切の救いはない。

私は、強くならなければならない。

私が、私のため、私の大切なものを守るため。

「うぅぅぅぅぅ……!」

そして、私はーー

63 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:09:33 ID:FV3yUBuAEx
ーー目覚めた。

14週目の朝。
私はため息をついた。

また、すべてを失い、そして殺された。
そして全てがなかったことになる、残るものは、掌に染みた死者の冷たい感触と、胸を引き裂かれるような悲しみ。

そして、最早慣れきった、剣の柄の感触。

私が次に持ち越せるものは、それ以外にはない。

「……やってやるよ」

小さく呟く。
いいだろう、やってやろうじゃないか。

この悲しみも、喪失も、憎しみも何も、私を強くする原動力となってくれるのなら、最早ありがたいとすら思える。
その全てを燃やし尽くしてでも、最高の力を、次の週へと持っていってやろう。
弱者に権利が無いと言うのなら、無限の時間、それによって成るはずの無限の力をもって、必ずやあの仇敵から全てを取り返してやろう。

そのためならば、蕀の道だろうが千尋の谷だろうが、乗り越えて見せよう。

私にできることは、ただそれだけだ。

そして必ずや、明日を手に入れてやる。

何も変わらない、明日を。

そのためなら何度でも生きる、何度でも死ぬ。

ーーそして繰り返す。

ーー何度でも繰り返す。

64 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/03 23:18:09 ID:FV3yUBuAEx
>>48
感想ありがとうございます。
これからもっと過酷になりますが、どうかよろしくお願いします。

65 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 00:35:22 ID:raJxRchKJp
ココアちゃん…かっこいいけど……
今まで見たシリアス系の中でも救いが一切見えないのでハラハラします…!なんか最後のセリフで時間操作系の魔法少女を思い出しました

66 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 06:14:49 ID:FV3yUBuAEx
>>65
感想ありがとうございます。
台詞は大分意識してますね、流石にあそこまでの絶望じゃないですけど……
敵もあれほど強くはなく、原作と合流すれば仲間もちゃんといますし、何よりこのココアさん、あと3段階くらい強くなりますので。

67 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/01/04 07:49:09 ID:Z7LsVKjyZ3
ひぇえ…あの天真爛漫なココアさんが…
これからの展開が楽しみです!

68 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/04 22:34:53 ID:EUFjIFazm7
>>67
感想ありがとうございます!
一応『キャラ崩壊』と冒頭に書いたのはこういう描写があるからですね。
こういう作風の為、どうしても元のままではいられないので……

69 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:18:13 ID:RNYt7PXvaq
私は、里に昔からある食堂へやって来ていた。
クリエメイトたちの運営する飲食店とは違う、いわゆる牧歌的な感じの大衆食堂だ。

ここの店主を務める女性ーーライネさんの作る料理は、流石に本職でシェフをやっているだけあり、非常に美味しい。
彼女はクリエメイトたちから聖典世界の料理技術を次々と吸収しており、店先のボードに書かれた『本日のおすすめ』には、大抵、私達にとって見慣れた料理が書かれている。

いまわたしの目の前にあるーー曰く『角煮にお芋のソースがかかってるやつ』もその一つだ。
ほろほろに柔らかくなったジューシーな肉にお芋のソースの優しい味がマッチし、非常においしい。
他の客が食べているものも同様で、『梨っ子のほうとう』『影の女帝流焼きうどん』『ありんす風辛々ライスカリー』『お姉ちゃん特製シュトーレン』など、バラエティーに富んだメニューがある。

ここ最近、食べ物の味なんて感じていなかったが、だからこそ、心が満たされる味だ、と思った。

周囲の席は、今現在がまだ昼に遠い時間帯であるため、まばらに人がいる程度だ。
そのお客さんもひとり、またひとりと会計を済ませて出ていく。

そして、最後のお客さんが出ていくのを見送ると同時に、ライネさんはこちらを向いて、言った。

「……それで、何か用かしら? ココアちゃん」

私は立ち上がり、ゆっくりとライネさんに近づいていく。

「はい、実は大切な用事が……」

そして、間合いに入った瞬間に、腰の剣を引き抜く。

70 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:21:41 ID:RNYt7PXvaq
ーーことは出来なかった。

「……大切な用事と言うのは、それかしら?」

ライネさんの手が、いつの間にか私の右手に添えられていた。
彼女は微笑みを浮かべているが、私の手はピクリとも動かない、剣は鞘から一寸すらも覗いていなかった。

「……勇者ライネ」

私が小さく呟いた。
ライネさんは少しだけ驚いたように眉を潜める。

ーーこんな噂がある。

曰く、おたまで飛竜を討伐する者がいる。

曰く、その者は剣を捨て、包丁を取った。

曰く、その視線は魔を退け、その剣は海裂き山を割る。

曰く、当時の装備は着ることができない。

曰く、この里には『勇者』がいる。

「……どこでそれを?」

ライネさんはそう聞いてくる。
私よりも遥かに高い実力を持つ彼女。
カマをかけたが、どうやら『勇者』であることは事実らしい。

「どこでもいい、それより、貴方の力を見込んで、お願いしたいことがあります」

ライネさんは表情を変えず、沈黙を返す。

「私を強くしてください、どんな敵にも負けない程に」

私は『勇者』へと、教えを乞うた。

71 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:23:25 ID:RNYt7PXvaq
昼のピークを過ぎ、店を閉めたライネさんは、私を修練場へ案内した。

村の外れにあるこぢんまりとしたその場所は、周囲に作られた観客席などから、何かのイベントの会場として作られたものだろう、しかし、その規模に比べ『里』はそう大きくなく、何のために作られたのかいまいちわからない場所だった。

現在は、ライネさんによって定期的に開かれるクリエメイトたちへの戦闘訓練の際に使用されている程度だ。

この世界の常人より多くの『クリエ』を有するクリエメイトたちは、その力も強大で、暴発の際には危険も伴う、開けていて周囲に施設もないこの場所は最適と言えた。

「ココアちゃん、普通は聞かないのだけれど……あなたには特別に、聞いておく」

修練場の中心まで歩いていったライネさんが、こちらを振り向いて言った。
その所作は優雅でありながら一片の隙もなく、彼女の強さを際立たせる。

「あなたは、何のために力を欲しがるの?」
「え?」
「大半のクリエメイトが私に修練を頼む理由は、単なる興味本位によるものが多かった、一部違う子もいたけど……でもあなたは、そのどれとも違う」

ライネさんは、何かを思い出すように、一瞬だけ目を伏せる。

「あなたには、戦う理由がある、そのために必要だから、力を欲しがっている……あなたはその力で、一体何を望むの?」

72 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:25:34 ID:RNYt7PXvaq
私が力を欲する理由、その目的。
そんなものは、ひとつしかない。

「何も望みません」
「なんですって?」
「私は何も望まない、ただ、何も変わらない明日が欲しい、それだけです」

私はライネさんの目を見て言った、微笑みが消える。

ーーあ、勝てない。
ただそう思った。

寒気で震えそうになる足と、反らしそうになる視線をどうにか維持しながら、漠然とそう思った。
殺気、覇気か、それにあてられた私は、さながら蛇に睨まれた蛙だ。
それは絶対強者に対する、根元的な畏怖と恐怖だった。

だが、屈する訳にはいかない、無限にある時間の中で、命はいくらでも替えがきく。
だが、心は折れればもとには戻らない、折り曲げた紙をいくら伸ばしても折り目が残るように、それは確かな弱点となって、やがてはその意思を粉々に砕く。

折れない意思、その一点だけは、決してなくしてはならないものだ。

私は冷たくこちらを見下すライネさんを、強く睨み付けた。

「……わかったわ、あなたを強くしてあげる」

彼女は一つため息をつき、言った。
私の体を襲っていた重圧が一瞬のうちに霧散する。

「いいんですか?」
「断ったらあなた、あの状態で切りかかって来そうだったもの」
「あ……」

いつの間にか、私の手は腰の剣を掴んでいた。
目の前の危機を退けるには、それを使うしかないのだと身体に染み付いた結果だった。

「あなたは他の子たちより骨がありそうだから、少しキツめにいくわよ、ついてきてみなさい」

練習用の木剣を携え、ライネさんは言った。

73 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:36:38 ID:RNYt7PXvaq
「うおおぉーーっ!」

気合と共に放たれた剣檄が、ライネさんの剣を打ち据える。
高速で動き、常に自信の優勢となるポジションと間合いを確保しながら、隙を与えぬ連激を加えていく。

ライネさんは、その全力の攻撃を汗一つかかずに受け止め、避け、流す。
どこを攻めてもこの先には剣がある。
この人はひょっとしたら、予知能力者の類いではないかーーそう思うほど、その剣筋は正確で、動きは的確だった。

「甘いわ」

高速の動きに消耗し、動きの鈍った攻撃を受け流される。
重力に従い流れていく体、その鳩尾に、強烈な掌底が打ち込まれる。

「ぐはっ!?」

私は仰け反りながらたたらを踏んで、地面に膝をついた。

「うっ……げぼっ、ごほっ……!」
「……驚いたわ、あなた、この世界に来たのは最近よね? 」
「げほっ……そう、ですけど」

実時間ではそうだ、体感時間ではさらに1ヶ月ほどプラスされるが。

「いつどこで、どんな訓練をしたら、ここまで早く強くなれるのか……」
「私を叩きのめしておいて、そう言いますか……?」
「ただ訓練しているだけじゃ、あの動きはできないわ、自主的に魔物狩りでもやってたの?」
「えぇ、まぁ」
「……でも、まだまだね、あなたはまだ、戦いの最中に考えている」
「それが、いけないんですか」
「考えるまでもなく体が動かなくてはダメよ、その一瞬の隙が、強者との戦いでは命取りになる、特にココアちゃんはクリエを利用したスキルを使うときに、それが顕著になるわ」
「じゃあ、どうすれば?」
「身体に染み付けるの、どういうとき、どんな行動をとるべきか、反射的に判断ができるように……効率的な体捌き、正確な太刀筋、そしてあらゆる危険への対応、全部身体に覚え込ませなさい」
「……はい!」
「どうすれば勝てるのか、どうすれば負けないのか、どうすれば死なないのかーー死線を潜り抜けた者だけが知る境地、達するには、死なない程度にいたぶるのが一番、幸い里にはそうりょもいる、頭でなく、命で理解しなさい」

光を纏い、異次元の速さを持って剣が振り下ろされる。
反応出来ない、太刀筋が見えない、攻撃が読めない。
叩きのめされ、何度も何度も土を舐める。
無数のゴーレムに襲われることが、些事に思えた。

74 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:40:55 ID:RNYt7PXvaq
それからの私は、強くなるためにライネさんと訓練を続けた。

訓練をして、本番としてゴーレムどもを八つ裂きにする、そして、力及ばず八つ裂きにされる。

殺す、食う、寝る、殺す、殺す、食う、寝る、殺す。

ただそれだけを延々と繰り返した。

20週目ーー15分で死亡。

42週目ーー頭が痛い、記憶が曖昧だ。
25分から先の記憶がない。
やり直しているということは、多分死んだのだろう。

60週目ーークレアちゃんの召喚の館が燃えているのを見た、傍らにはクレアちゃんが倒れていた。
「ポルカと……コルクは……大丈夫か……な」
そう言って彼女は目を閉じた。
私は無事だと言った。
聞こえていたのかはわからない。
33分で死亡。

69週目ーー頭の痛みがピークに達している。
おぼろ気な記憶のなかで覚えているのは、怯えたようにこちらを見るチノちゃんの顔だけだ。
52分で死亡。



75週目ーー

「っ!」

ライネさんの強烈な一撃。
それを無理な体制で受けた私は大きく吹き飛ばされ、修練場の壁にめり込んだ。

「がはっ……」

口元から血が溢れる。
それでも、目前に立つライネさんを睨み付けどうにか立ち上がる。

しかし、激痛で力が抜け、立ち上がることが出来ずに私は再び地に崩れ落ちた。

「あらあら、ごめんなさい……少し強くやり過ぎたみたいね、骨が折れてるわ」
「え……?」
「まぁ、里にはクリエメイトのそうりょもいるし、治癒の魔法をかけてもらえば、そうかからず治るでしょう」
「具体的に、どれくらいかかりますか」
「そうねぇ……3日くらいは安静かしら……ココアちゃん!!?」

私は剣で、自らの喉を刺し貫いた。

75 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:44:35 ID:RNYt7PXvaq
97週目ーー

「はぁっ!!」

振るわれた剣が、ゴーレムを容易く両断する。
その死を確認することなく、周囲に視線を巡らせる。

右に2、左よりたくさん。
走る、0.1秒前に自分のいた場所が爆砕する、粉塵が敵を覆う。
敵は見えない、でも私にはその動きがわかる、敵には私の動きは見えない。

煙が動く。

「……そこか」

剣を一振り、二振り、二体のゴーレムが煙と消える。

その瞬間には、私は次の目標を駆逐すべく動いていた。
炎が舞い、産み出した気流が粉塵を吹き飛ばす。

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

敵の大群へと投げつける、爆砕、火柱が上がり、吹き飛んだ奴らのパーツが散り散りになりながら煙と消える。

私の実力はさらに高まり、今ではライネさんも唸る程になっている。
今の私が軽く手首を捻るだけで、ゴーレムは塵芥と消えるだろう。

その動きは最早考えずとも繰り出される、そういう風に、脳に焼き付けられている。
一体のゴーレムを殺す間に目は次の敵を捕捉し、頭はその次の敵をどう殺すかを考えている。

攻撃は常に次の攻撃への布石となり、立て続けに振るわれる剣は敵に反撃を許さず、常に走り続ける足は敵を近づけることすらない。

76 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:45:49 ID:RNYt7PXvaq
あるクリエメイトは言った。

「ココア……のほほんとしていて、あんなにデキる奴だったなんてな」
「あの人の世界にも、私達の世界のような危険が、あるんでしょうか……?」

あるクリエメイトは言った。

「す、凄い……! まるでゲームのキャラの動きみたい……現実であんなことできるんですか……?」

あるクリエメイトは言った。

「次々とゴーレムさんたちがちぎ投げされてく……! もしかしてあの人も魔法少女……お花よりダンベルが好きなんでしょうか……』

死の恐怖に怯え、絶望して右往左往していた私はそこにはいない。
そこにいるのは、戦局を変えうる歴戦の勇士だ、前線で戦い抜き、敵味方あらゆるものから畏怖と敬意の視線を集めるせんしの姿だ。

その証拠としてか、私に集まる敵の数が、周回を増すごとに多くなってきている、そのせいか、生き残る人は増えた。

だが、強くなったとは言え、血は出る、ゴーレムの剣の一太刀を浴びれば死ぬことに変わりはない。
身動きできないほどに囲まれれば、大概は死ぬ。

それに、もうひとつ。

戦闘開始から一時間。

視界が暗転する。

77 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 09:49:57 ID:RNYt7PXvaq
「ーーまたか」

私はまた、目覚めた。


ーー98周目。

ラビットハウスで仕事をしながらも、私は考えていた。

ーー戦場の中にあっても生き残る力を手にいれた私は、それでもまだリピートの渦中にいる。

98周、時間にしておよそ10ヶ月ほど戦いを続け、ライネさんの技術を吸収して得た力、しかし私は、未だにリピートの発生原因を特定できていなかった。

それが、あの戦いの中にあることは間違いない、だが、90週を越えた辺りから、唐突に意識が途切れることが多くなった。
リピートの主な原因として私自身の死があり、死を認識できないほどの超速の攻撃で殺された可能性も否定できない。
しかし、私はこれまでそれを一度たりとも観測できてはいないため、今は否定する。

そうなると、別の理由でリピートが発生したということになる。

その条件は一体なんなのか……。

「ココアさん……ココアさん!」

チノちゃんが強い語気で話しかけてきて、私は思考の海から脱した。
いつものように笑って、彼女に言う。

「ん? どうしたのチノちゃん」
「あ……」
「?」

チノちゃんの表情が、困惑したように曇った。

「ココアさん……なにか、あったんですか?」
「どうして? 私はいつも通り……いや、妹分がちょっと足りないかな、チノちゃんでもふもふ補給〜」
「あ……ちょっと、ココアさん……」

チノちゃんに飛び付く私を、彼女はまんざらでもない表情で受け止める。
彼女からは、コーヒーのほろ苦い、でも落ち着く香りがした。

78 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 10:02:01 ID:RNYt7PXvaq

「ココアさん……」
「ん? なにかな、お姉ちゃんに全部言ってみなさい」

言うと、チノちゃんは困ったように俯く。
言葉を選んでいるのか、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

「ココアさん……なんで、何も言ってくれないんですか?」
「何も言ってくれないって、何が?」
「と……とぼけないでください!」

チノちゃんは私の包容を乱暴に抜け出し、少し離れて相対する。
その目には、僅かに涙が浮かんでいた。

「チノちゃん……」
「普段のココアさんは、そんな顔しません! ここ3日くらいずっと、ココアさんはおかしいです!」

普段の彼女からは考えられないような叫び声だった。

「ずっと上の空で、ものすごく辛そうで、でも話しかけてもあからさまな作り笑いをするばかりで……なんでなにも話してくれないんですか……?」
「……ごめん」
「私は今までたくさんのものをココアさんからもらいました、ココアさんが辛いのなら、私も力になりたいです、それとも……」

彼女はえずくように、言葉を絞り出す。

「わたしは、そんなに役にたちませんか……?」
「それは……」
「わたしだってクリエメイトです、それなりに戦えるつもりでいます、たしかにリゼさんみたいに強くはないですけど……」
「そんなことないよ! チノちゃんは私に妹力っていう無限のパワーをくれるんだから、それだけで役にたってるんだよ! だから……」

私はそこで言葉をつぐんだ。

チノちゃんの瞳が、さらに涙を溢そうとしていたから。
たぶん、次の言葉を読まれていたから。
『チノちゃんは何もしなくてもいいんだよ』という言葉を。

「……っ! ココアさんのバカ! もう知りません!! 一人で問題を抱え込んで、一人で潰れちゃえばいいんです! 後で頼ってきても聞きませんからね!!? 」
「あっ、チノちゃん……」

チノちゃんは泣きながら、ラビットハウスを飛び出して行った。

79 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 10:05:52 ID:RNYt7PXvaq
「わたし……」

ふと、窓ガラスを見る。

にっこりと笑う。

「……うわ」

明らかにそれとわかる微妙な引き釣った笑いが、そこにあった。
こんな顔じゃ、チノちゃんに心配をかけてしまうのも仕方ない。

「笑顔……笑顔……」

どうにかして、笑みを作る。
今後は気を付けなければ、チノちゃんに心配はかけられない。
これは私だけが出来ることなのだから。

笑顔を作るくらい、何度もやって来たことだ、今さらーー

「……あれ?」

でも、私は気づいた。

ーーなんで、私は笑顔を作っているんだ?

そんなことをしたことが、今までにあったか?

それに。

「どうやって笑ってたんだろう」

それすらわからない事実に、気づいた

80 名前:雨月琴音[age] 投稿日:2020/01/11 17:21:13 ID:Fy6KKPKHif
強さを手に入れたが、1番大切な人が離れてしまった…
リピートの条件が死だけではないかもしれない所が気になります

81 名前:阿東[age] 投稿日:2020/01/11 17:44:02 ID:/ZNmXaELU5
>>76

上から胡桃、美紀、青葉、優子ですか?

82 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 18:43:03 ID:mSszXscLr7
頭痛…だと……

ソーニャちゃんよりも感情を失ってしまいそうで心配です…どうか救いを…!

83 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/11 19:17:24 ID:RNYt7PXvaq
>>80
リピートをすれば人間関係はなかったことになりますので、チノちゃんとの会話もなかったことになります。
ですが、この会話は確実にココアちゃんに影響を与えるでしょうね……

>>81
大正解です。
メインキャラ以外は名前を出さずに『クリエメイト』で統一していましたが、そういう小ネタにも気づいていただけて感謝です。

>>82
リピートの影響ですね。
それが益になるのか害になるのかは、まだわかりません。
この作品の元ネタでは、どちらでもありましたが……

感想いただけてありがとうございます!

84 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 19:59:29 ID:y6ZuGBQ/gx
ーーゴーレムの襲撃が始まる。

「はあぁぁっ!」

スキル『レプリカスラッシュ』ーー

放った斬激は、空を割き、複数のゴーレムをまとめて塵と変える。

一瞬だけ迫り来る敵の群に穴が空くが、それはすぐに別のゴーレムによって塞がれた。

ーーまただ。
私を襲ってくるゴーレムの数が、また増えている。
複数のリピートの中で、私の存在を危険だと認識したのか、波の如く物量でもって、私を押し潰そうとしてくる。

しかし、むしろ好都合だ。

「私に敵が向いてくれれば、襲われる里の人は減る、私がこれをすべて倒せばいいだけ!」

戦いはよりシンプルになった。
すべて斬り殺せばいい。

今の私ならそれもできるはず、この問題を片付けさえすれば、チノちゃんとあんなケンカをすることもないのだ。
もとの、何も変わらない日常に戻れるはずなのだ。

敵の群れに、私は飛び込んだ。

「さぁ、私と踊ってもらうよ!」

文字通り踊るように、私は剣を繰り出した。
無造作にも見える動きは確実にゴーレムを吹き飛ばし、一瞬遅れた敵の攻撃が着弾するころには、私はその場にいない。
敵と、その攻撃の合間を縫うように走る私は、恐らくこの世で最も危険な場所にいるのだろう。
しかし、私の心は驚くほどに平静だった。

そのとき、視界の片隅に、赤い影が映る。

13週目、私に苦渋を与えた仇敵。
一直線に私に向かってきたそれは、あの時と同じ、焔に包まれた剣を振るってきた。

85 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:01:22 ID:y6ZuGBQ/gx
スキル『本番はここからだよ!』ーー

その剣と、私の剣が正面からぶつかりあう。
強大な力の奔流が、衝撃波となって周囲を吹き飛ばす。

「ーーえ?」

敵の顔は兜に覆われている。
だけどわかった。

こいつーー笑った?

スキル『オーグメンター』ーー

赤いゴーレムの周囲が赤く染まり、空間を歪ませる程の熱が周囲を包む。

その熱は、物理的な力となってゴーレムの剣に連なり、私の剣を押し返した。
後退し、剣を構え直す。

「こいつ、まだ……!」

赤いゴーレムの周囲には紅炎が舞い、発する熱は地面を発火させ、周囲を地獄の光景へと変えた。
その力、その重圧は、先ほどとは比べ物にならない。

まだ、こいつは力を隠し持っていたと言うのか。

「……大丈夫、今の私ならやれる」

細く息を吐き、真っ直ぐに赤いゴーレムを見据える。
それに対し、奴は更なる攻撃で返してきた。

スキル『インセンディアリー・ボム』

赤いゴーレムの周囲に複数の炎が現れる。
腕の一振りによって放たれたそれは、地面と接した瞬間、光を放って炸裂し、周囲に高熱の炎を振り撒いた。

飛んできた炎を横っ飛びに避け、にわかに小さくなった足場を縫って跳ぶ。

そのなかでも、複数のゴーレムが炎をものともせず襲いかかってくる。
しかし、遅い。

「退いてっ!」

跳躍、宙返りし、横薙ぎに振られる剣を上に回避。
そのまま体を捻り、上下逆さまのままゴーレムの首を刈る。

さらに前方から複数のゴーレムが襲い来る。

「相手にしてられないの!」

最前列のゴーレムの攻撃を打ち払い、跳躍。
体制を崩したゴーレムの頭を踏み台にし、私は高く飛んだ。
ゴーレムの群れを飛び越え、一直線に赤いゴーレムの元へ突進する。

赤いゴーレムの周囲は、地が燃え炎が舞い、地獄の顕現かと思うような光景と化している。
それは近づくだけで肌を、肺を焼いていく、長くは近づいてはいられない。

86 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:03:39 ID:y6ZuGBQ/gx

「うおおぉぉぉーーっ!!」

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

刃先にクリエが収束、振りかざすと共に、炎の刃が飛翔する。
赤いゴーレムは寸前で反応し、剣の一閃でそれを弾き飛ばした。

更に勢いに任せ、大上段より剣を振り下ろす。
赤いゴーレムは左からの切り上げで応じ、甲高い剣撃と火花が散る。
ゴーレムは攻撃を受け流しながら後退、直ぐ様反撃の一撃を放つ。

「くっ……」

やはりこのゴーレム、力だけではない。
相手の一手二手先を読み、踊るように攻撃を繋げてくる。
まるでライネさんとの戦いのよう、それは人を、戦士を殺すための剣だ。

いま行われているこの剣のぶつけ合いも、私が敵の動きを予測し、敵が私の動きを予測し、その読み合いの末に起こっているものに過ぎない。

故に戦いは、どちらかが読み違えをしない限り終わることなく、無数の剣激とその余波が周囲を切り裂く。
最早常人にはその軌跡すら追うことはできない。

嵐の渦中に居ることが出来ないように、何人も、無数のゴーレムすらも、その戦いに介入することはできなかった。

「はあぁぁぁっ!」

私の放った全力の袈裟斬りは、しかし、まるで最初からそこにあったかのように、ゴーレムの炎の剣と打ち合っていた。

正確には。
私が、今の攻撃の軌道では3手先に胴体を輪切りにされることを予測しーー
それを予測した敵が変化した起動に割り込みーー
更にそれを予測した私が牽制を放とうとしーー
それを予測した敵が軌道上に炎弾を配置し……
その読み合いの末に、ただ打ち合うだけの結果となった。

読み負けた、ここまでやってもまだ、相手のほうが一枚上手だというのか。

さらに、一つの疑問が頭をもたげる、即ちーーこいつは人間ではないかと。
そこら辺にいるソルジャーゴーレムが一二回り強化されたところで、このような戦いができるはずはないからだ。

故に、私は叫んだ。

「何故、こんなことをするの!?」

答えはない。

「あなたの目的は何!?」

答えはない。

「答えて!!!」

87 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:05:06 ID:y6ZuGBQ/gx
スキル『フォックストロット』ーー

これが返答だ、とばかりに、無数の炎の矢が周囲に展開され、一斉にこちらへ射出される。

すんでのところで上に飛ぶ、私のもといた場所に無数の炎の矢が突き立ち爆発する。
さらにそのうち幾つかは方向を反転し、空中の私へと向かって来た。

空中では身動きが取れない、回避できない。
ならば。

「っ! はあぁぁぁっ!」

スキル『レプリカスラッシュ』ーー

剣にクリエの光が収束、無数の炎の矢へ向かい、思い切り振り抜く。
放たれた炎の刃はそれらとぶつかり合い、爆発、さらに周囲のものと誘爆し、空中の私を吹き飛ばすほどの爆轟を発生させた。

体勢を崩して数十メートル吹き飛ばされた私は、地面に叩きつけられ、しかし転がりながら素早く立ち上がり、周囲を見回した。

もといた方向を見る、ゴーレムがいない。
見失った。

「どこにーー!?」

ーーぞわり、と首もとに寒気。

いつのまにか後ろに回り込んでいたゴーレムが、私の首を刈らんと剣を振りかざす。
とっさのところで首に剣をあてがい、受ける。

衝撃で吹き飛びながら受け身を取り、再び剣を構える。

「やっぱり駄目か……っ!」

赤いゴーレムに対し構えた剣は、刃はこぼれ、抉れ、あまつさえ溶けてすらいた。
最早なにかを切ることなど出来はしない、ただの鈍器だ。
せんしのクリエメイトに対し、平等に宛がわれた剣であるが、それでは赤いゴーレムとの無数の剣激と焦熱、そして私の技に耐えることが、できなくなっているのだ。

再び敵が迫る、剣激、一合、二合、三合。
そこで、私の剣は根本から数センチを残し、折り取られた。

88 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:07:06 ID:y6ZuGBQ/gx
「くっ……!」

更に激しい攻撃、ナイフのようになった剣で、どうにかそれを受ける。
まだだ、まだ戦える。

「私は負けない! もう……!」

チノちゃんの言葉が、脳裏を駆け巡る。

『ココアさんのバカ! もう知りません!』

その言葉、悲しそうな表情が、何度も何度もリフレインする。
見限られた、嫌われたーー

きっと本心ではない、頭ではわかっていても、心を抉られた傷が塞がらない、疼いて疼いて仕方がない。

「終わらせるんだ! この閉ざされたリピートを! そうすれば、みんなみんな元に戻る、みんな、幸せになるんだから……!!」

その疼きが、私を焦らせる、駆り立てる。
悲しくて、苦しくて、寂しくて、頭がおかしくなりそうだから。

「はああぁぁぁぁっ!!!」

こいつを殺らねば、前には進めない、その思いで、ただひたすら前へ、前へ。

炎が掠めて腕を焼いていく。
防ぎきれない剣が、総身を切り裂いていく。

だが、死にはしない。
受ければ死ぬ最低限の攻撃だけを防ぎ、避け、猪突猛進の勢いで、ただ駆ける。

「見事……っ!」

全身から血を流しながら攻撃を潜り抜け、遂に、その首筋へと刃を振り抜く。

殺ったーー!

「ーーだがしかし、まだ足りない」

ふと、眼前に光。
蛍のように漂う燐光。

それは、私の剣が届くその直前に、光を放ち爆発した。

「がっ……は……」

力尽き、土を舐める私の首筋に、燃える刃が食い込む。

89 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:08:20 ID:y6ZuGBQ/gx

「……そん、な」

剣の食い込んだ首もとが焼かれる痛みすら、今は感じない。
決定的な、敗北だった。
また、こいつに負けた。

こいつに勝つために、死ぬほどーー死にながら努力を重ねた。
強くなった自信はあった。
だが、それでもまだ、届かないというのか。

悔しさと不甲斐なさで涙が出てくる。
まだ、ダメだ、こんなものでは。
もう一度ーー

「早く……殺し……て、よ」

呟く、しかし剣は動かない。

何のつもりかわからない、なにかを待っているような、なにかを準備しているような。
周囲を見回すと、ゴーレムが周囲を囲い始めていた。

自分の頭に、何かが翳されるのを感じる、何かの光が周囲を照らす。

私は底知れぬ不安を感じた、何か、巻き戻しの効かないことをされている、そんな不安を。
このままではいけない、と、漠然と思った、しかし、周囲は囲われ剣を宛がわれた今、動くことはできない。

どうにか反撃の糸口を探ろうと、周囲に視線を巡らせる。

ーーその時、聞きなれた声を聞いた。

「ーーココアちゃん!」

旋風が、周囲を薙ぐ。
それは私を取り囲んでいたゴーレムを一瞬で細切れにし、周囲を開けさせる。
絢爛たるクリエの光を湛えるのその剣ーー

ーー勇者、ライネの剣。

90 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:10:03 ID:y6ZuGBQ/gx
「ライネさ……ぐっ!」

赤いゴーレムが私を吹き飛ばす。

吹き飛び体制を崩した私に、こんどこそ本気でトドメを刺さんと、焔を纏った剣を突き出し突撃してくる。

回避ーー敵が多すぎる、できない。
防御ーーダメだ、あの攻撃は恐らく剣ごと私を貫く。
反撃ーー間に合わない。

私は目を閉じた。

剣が、肉を貫く音がした。
しかし、痛みはない。
目を開く。

「あ……」

私の前には、真っ白な髪があった。
その一部が、じわじわと、赤く染まっていく。

「コ……コア、ちゃん……逃げ……て」

敵が剣を引き抜く。
ライネさんが、力なく地に倒れる。
血が、地面を汚していく。
また、命が失われてーー

「ライネさんっ!!!」

叫ぶ。
それを煽るかのように、倒れ伏すライネさんに無数のゴーレムが襲いかかった。
まるでハイエナの群れのように。

「やめ……やめてぇ!!!」

叫ぶ以外に、何もすることができなかった。
無数のゴーレムに隠され、ライネさんの姿が消えていく。
ゴーレムたちはそれぞれに持った獲物を、執拗に、入念に、何度も何度も振るい続ける。
あの中にあって、生きていられる人間などいるはずはない。

「そんな……ライネさん……私のせいで……!?」

また、何も守れなかった、何も変えられなかった。
これは、私が浮わついて、突出してしまったことに原因がある。
そのために、わたしなんかの為に、ライネさんは……

ーーでも、悲しみに暮れる暇すら、私には与えられなかった。

ぞわり、と、凄まじい寒気がし、脳内にアラートがけたたましく鳴り響く。
自らの危機を避けるための、身に染み込ませた自己防衛本能、それが全力で警鐘を鳴らしていた。

周囲を見る。

91 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:12:53 ID:y6ZuGBQ/gx
怪しく光る、赤い瞳。

瞳、瞳、瞳、瞳、瞳、瞳、瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳瞳ーー

静寂。

この場に存在する全てのゴーレムがその動きを止めて、私をじっと、見つめていた。

「ーーつっっ!!!」

回避行動ーー何処へ!?
周囲は全て敵、逃げることはできない。

逡巡ーー

視界の全てが、ゴーレムで覆われた。

引き倒される。

「ぐっ……!」

肩に、焼けた鉄を押し付けられたような激痛が走る。

がむしゃらに右腕を振るう。

「あ、ぐっ!」

しかし動かなかった、複数のゴーレムによって、四肢の全てが地面に縫い付けられていた。

私は、全ての抵抗の術を奪われた。

唐突に、視界が開ける。
ーー殺さない? なぜ?

視界に、一つの影。

赤い兜、私の大切なものを尽く奪い尽くしてきた、私の仇敵。

「……良いせんしだった」

そいつはーー喋った。
ハスキーな女の声、そいつは淡々と続ける。

「或いはその刃、私の命に届くものかと感じたが……現実はこうも非情なものか」

冷徹に言う、その手にまばゆい光が宿り、それは点となり線となり陣となって、中空に緻密な魔方陣を描き出した。

「残念だ、あと数年あれば、違ったかもしれんが……先に逝くがいい」

魔方陣の輝きが増していく。

「神よ、我らの地獄への凱旋を称えたまえ」

ーーあれは、ダメだ。

直感が告げる。
あれは確実に、私の運命を、みんなの運命を不可逆に戻し、確定させる光だ。
あれを受ければ、私は今度こそ、完全に敗北し、死ぬ。

私は考えるでもなくそれを実行した、それが、勝利へと繋がる唯一の糸口だった。

私の体に宿るクリエを体内で凝縮。
赤いゴーレムの様子が変わる。

だが遅い。

「みんな、私に、力を……!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

私は、私自身に『とっておき』を放った。

炸裂ーー。

猛烈な衝撃波と炎が、周囲の全てを吹き飛ばしていく。
弾け飛んでいく視界の中で、最後に見たものはーー

割れた、赤い兜の中から現れた、これまた赤い、燃えるような赤髪の女性の姿だった。

92 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:14:52 ID:y6ZuGBQ/gx
ーー99週目


「ーーはっ!!?」


私はベッドから飛び起きる。

全身をまさぐる、四肢ともに健在。

心臓は割れそうな程に激しく拍動し、体はびっしょりと汗をかいていた。

「……私の、せいで」

私のせいで、ライネさんが死んだ。
チノちゃんを怒らせてしまったのもある。
その死を何度も見てしまったのもある。
少しばかり強くなって増長していたのもある。

そのせいで、私は功を焦って突撃、スタンドプレイの果てに、ライネさんは私を庇って死んだ。
酷い死にかただった、人間の死にかたではなかった。

そしてーーそれがトリガーとなって、奴らの作戦は次のステップに進んだ。
赤いゴーレム、私を拘束した上であいつが放ってきた魔法は、このリピートを終わらせるためのものと見て間違いないだろう。
ライネさんの殺害が、奴らの最終目標なのか、それとも作戦の一部に過ぎないのか、それはわからない。

でも、一つだけわかったことがある。

「……もう、だれも頼れない」

ランプちゃんが死んだ、クレアちゃんも死んだ、ライネさんも、チノちゃんも誰も何も。
弱い私は何も守ることができず、頼る度に、その人の凄惨極まる死を見せられてきた。
守る、守ると妄言を吐き散らかしながらも、その人を死へと向かわせている。
その果てに私は一人無様に泣きじゃくることしかできていない。

一人でやるしかないのだ、私だけがこの場所で唯一のイレギュラーであり、私が私の大切な日常を守りたいと願う限り。

ライネさんの実力は、確かに私の心の支えとなっていた。
だが、ライネさんの死が敵の目的であるだろう以上、彼女が戦うような状況を作るのは悪手だ。
万が一、前回と同じ状況となった場合、今度こそチェックメイトだろうから。

93 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:16:36 ID:y6ZuGBQ/gx
「ーーココアさん、起きてるんですか?」

ドアがノックされ、チノちゃんの声がする。

「チノちゃん……」
「ココアさん? 入りますよ」
「……ダメ!!」

私は叫んだ。

「……ココアさん?」
「ごめんチノちゃん、入ってこないで……」
「どこか、体調が悪いんですか?」
「違う、でも、今は……」

平静を装って言う、そうしなければ、涙がこぼれてきそうだったから。
『助けて』とすがり付いてしまいそうだったから。
洗いざらい全てをぶちまけてしまいそうだから。

そしてそれが、何の意味も持たないことをわかっていたから。
それが結果として、チノちゃんを死なせてしまうことがわかっていたから。

「ココアさん、何か持ってきましょうか?」
「いらない、大丈夫だから」

チノちゃんの声が遠く聞こえる、私の突き放すような言葉が、余計にその距離を遠くさせる。
私とチノちゃんを隔てるドアは、まるで鋼鉄の牢か、巨大な壁のように思えた。
リピートを繰り返すたび、それは高く、固く、分厚くなっていくように思えた。

まるで、この世界にひとりぼっちになってしまったかのような孤独感を感じる、心が折れそうになる。

私は、側に置いてあった剣を握りしめた。
手をそれと癒着させるかのように、強く。

そうすれば、全ての感情を置き去りにして、私は機械になることができる。
機械は涙を流さない、ただ目的達成の為、計画し、実行し、評価し、改善する、ただそれを繰り返す。

何度でも生きる、死ぬ、それを繰り返す、何度でも。

94 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:17:59 ID:y6ZuGBQ/gx


「っ! うおおおぉぉっ!」

裂帛の気合とともに放たれた剣檄が交わり、甲高い音を響かせる。

修練場にて、私はライネさんと修行をしていた。
強くならなければならない、ひとりでも全てを打ち倒せるほどに、強く、強く、強く。
そのために、目の前のライネさんに向けてがむしゃらに剣を振るう。

「チェストぉーっ!!」

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

「っ!」

数十合に及ぶ打ち合いの果て、一瞬の隙に放ったクリエによるスキルの刃。
ライネさんはそれをまともに受け止め、しかし受け止めきれず大きく後退する。

始めの頃に比べれば、ライネさんともかなりまともにやりあえるようになった。
しかしそれでも、勝利したことは一度も無いのだが。

「……やるわね、ここまでの手練とやりあったのは何時ぶりかしら」

そう言って剣を構え直すライネさんの顔には、かつてあった微笑みはなく、鋭く隙の無い視線をこちらに向けてくる。

「少し、本気で行くわよ」

次の瞬間には、ライネさんは視界から消えた。
ーー低い体制からくる高速の剣を、どうにか捉えて受ける。

速い、先程よりもずっと。

ライネさんからすれば私と戦うのは初めてだ、ここに来て漸く、実力を認めてもらえたのだろうか。

95 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:19:38 ID:y6ZuGBQ/gx
「あなたは強い、これ以上何を求めるの?」
「私は弱い、それじゃ何も守れないから、力が必要なんです」

斬り合いを続けながら、ライネさんが問いかける。
あらゆる間合い、あらゆる方向から繰り出される一撃は、それら全てが必殺の威力。
一対一の戦闘のはずなのに、まるで戦場で多数の敵に囲まれているかのような切れ目のない攻撃。

これが、勇者ライネの力ーー!

「その力で、あなたは何を守る?」
「『みんな』です、私の大切なもの、みんな」

私が放ったスキルを紙一重で避けたライネさんは、一瞬で私の後方へと回り込む。

「人は神にはなれはしないーーいや、神ですら、全能にはなれない」

振り下ろされる剣を、振り返りざまにどうにか受け止める。

「ましてやーー人の手と言うものはとてもちっぽけなもの、いくら力を手にいれても、自らの手の届く範囲のものすら守ることができない」
「それでも……! 私は何も変わらない明日が欲しい」

「そうやって血を流したところで、意味は無いわ、世界では今も夥しい量の血が流れているのよ、ただ、あなたがそれを知らなかっただけ」
「それでも!!」

ライネさんが剣を振り切り、私は大きく吹き飛ばされる。

そこにさらに追撃、クリエでできた刃が放たれる。
地を切り裂いて迫るそれをギリギリで回避。

それは、私が避けた先にある修練場の壁に、大きな傷跡を描いた。
さらにそれが、私を追うように連続で放たれる。

「……ココアちゃん、あなた、戦うのをやめなさい」

彼女は決然として言った。

96 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:21:53 ID:y6ZuGBQ/gx

「何でですか! そんな事……」
「あなたに戦いは向かない、それも、決定的なほどに」
「な……!?」
「かつての戦場にも、あなたのような人がいた」

スキルーー『レプリカスラッシュ』ーー

クリエの刃どうしが衝突し、爆発、衝撃波とともに周囲に砂埃を立ち上げる。

それに紛れ一気に接近、再びライネさんへ斬りかかる。

「なにかを守るためーー現実を知りながら、なおそれに抗おうとする」

斬りかかった先には、ライネさんの剣があった。
先程よりも更に数段速く、強い。

どうにか受け止めるが、再び大きく後退させられる。

「彼らは強かった、或いは私以上に勇者たらんとした人もいた、でも死んだ」

追撃、それは最早練習や試合で放つような威力ではなかった。
純粋な敵意をのせた、こちらを殺すための一撃。

「私は……死なない!」
「彼らも皆そう言ってきた、だけど全て嘘になった」


高速で振るわれる攻撃、私はとたんに防戦一方となった。
私とライネさんの間には、未だにここまでの隔たりがあったのか。
勝てないだろう、でも。

「ちっぽけな存在なのよ、貴方も私も……受け入れなさい、さもなくば命を落とすわ」

執拗な攻撃、こちらの心を折るための。
何度も吹き飛ばし、地面に転がされる。
でも、負けることはできない、今負ければ私は二度と立ち上がれなくなる。

97 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:24:55 ID:y6ZuGBQ/gx

「……私には、確かに才能がないのかもしれない」

呟く。

「リゼちゃんならもっとうまくやれたかもしれない、千夜ちゃんなら、シャロちゃんなら、もっとうまくやれたかもしれない、だって、既に私の手からは数え切れないほどの命がこぼれ落ちてしまっているから」

立ち上がる、呟く、でなければ、本当に心が死ぬとわかっていたから。

「でも、それでも……やらなきゃならないことがある!
他の人ならとか、私に才能がないとか弱いだとか、そんなくだらない戯れ言はどうだっていい!
これは、私だけができること、私がやらなきゃいけないこと!
私はチノちゃんも、その回りの世界も全て、守って見せる、私の前に立ち塞がるなら、例えあなただろうと叩き潰す!」
「……そう、あなたはそれでも、そう言うのね」

はっ、と息を飲む。
膨大な何かの力が、ライネさんを取り巻いていく。

それは剣に収束し、まばゆい光が剣を包む。

「ならば、貴方はここで果てなさい」

間違いない、あれは、彼女が扱える中でも最大の力だ。
受ければ間違いなく死ぬだろう。

まぁ、死んでもまた、やり直せる、大丈夫ーー


ーーではない。

敵はそのライネさんすら殺す存在だ。
ここでライネさんに屈して、軽い気持ちで次週があると言って、それで勝つことが出来るのか?

否、絶対に否。

一度折れた心は、確実に私を弱くするだろう。
大丈夫、次がある、と保険を作ろうとするだろう。
その果てにーー前の周のような、決定的な敗北を喫するだろう。

負けてはならない、折れてはならない。

私はその強大な力へ、剣を構えた。

「……」

ライネさんは冷たく私を見下し、無情にその強大な力を振り下ろす。

極光が私を包み込み、その肉体を塵も残さず、完全に消滅させるーー


ーーことはなく、それは私の鼻先一寸で忽然と消えた。

「……え?」
「いいわ、ココアちゃん」

見ると、ライネさんは剣を納め、やれやれといった様子でこちらを見ていた。
その顔には、微笑みがあった。

「ついてきなさい」

98 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:26:10 ID:y6ZuGBQ/gx


ーーライネさんに促され連れてこられた場所は、ポルカちゃんの鍛冶屋だった。
店主はリゼちゃんとともにゴーレムの調査を行っているため不在だが、製錬の為の炉の火は特殊なものらしく、常に強い熱量を放ち続けている。

その場にいるだけで肌を焼くような空気、そこらに転がった用途もわからない器具に、飾られた無数の武具たち。

それを見て、赤いゴーレムーー中身は赤髪の女性ーーに今使用している剣を叩き斬られたのを思い出した。

そうこうしていると、奥で何か探っていたライネさんの声が聞こえた。

「あったわ、ポルカ、やっぱり作ってくれてたのね」

そう言って、ライネさんは少し埃を纏った服をはたきながら、奥から出てくる。
その手には、一振りの剣。

「ライネさん、それは?」
「クリエメイトの膨大なクリエに合わせて作られた、特殊なぶきよ」

ライネさんは言って、私にその剣を手渡してくる。

99 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:28:24 ID:y6ZuGBQ/gx


……儀礼用の剣だろうか。

最初の感想はそれだった。

ほんのり温い鍔の部分には、太陽だろうか、それを模した金色の華美な装飾が施されている。
刀身はポピュラーな西洋剣のそれで、重心を持ち手側に寄せるために剣先は細く、鋭くなっている。

重量は驚くほど軽い、まるで玩具だ。
これで鎧を斬ることができるのだろうか。

「あなた専用に作られた、あなたの為のぶき、里のクリエメイトの子達はまだ実力が伴ってないから、渡さないようにしていたけど……あなたなら、渡すに足る実力があるわ」
「……少し、使いづらそうですね、これ」

言うと、ライネさんは笑った。

「うふふ、その形状は、あなたのクリエを制御するにあたっての特殊なものなの、確かに剣としてはちょっと邪魔かもしれないわね、でもーー」

ライネさんは一瞬で笑みを消し、腰に帯びたロングソードを抜刀。

「っ!」

私は咄嗟に、持っていた専用ぶきでそれを受けた。
きん、と乾いた音が響く。

「ーーえ?」

一拍遅れて、剣が地に落ちる甲高い音。
振り切られたライネさんの持っていた剣は、刀身の半ばから失われていた。

「すごいでしょう?」

ライネさんは言う。
専用ぶきの刀身には、傷ひとつない。
なんと言う切れ味か、ライネさんが扱っていたのは以前私が使っていたのと同じものだが、それを何の力も入れず受けただけで、『斬った』のだ。

その剣の軽さもあり、明らかに現実の物理法則に則ったものではない、魔法的な、何かスゴい力の産物であることは間違いなかった。

「流石『エトワリウム』製のぶきね、普通の金属製のそれとは別格だわ」
「『エトワリウム』?」
「エトワリアに太古から伝わる希少金属よ、神話で伝えられるようなぶきは、全てこれから作られたとも言われているわ、ココアちゃんのそれの刀身には、その鉱物が鋳込まれてる」
「へぇ……!」
「あなたがその力で、何と戦おうとしているのかはわからない、だけど、確実に力になるはずよ」
「ライネさん、ありがとうございます! これなら、きっと……」

奴らを倒すことも出来るはず、私、一人で。
全てを終わらせて見せる、そして、みんなを守り抜いて見せる。

鈍く輝く剣の光は、この閉ざされた運命すらも照らしてくれると思えた。

100 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:30:11 ID:y6ZuGBQ/gx


「……」

でも、ライネさんは微笑みを浮かべて私を見ながらも、少し、悲しそうだった。

何故、そんな顔をするのかはわからない。
だけど私は、その悲しみも、この剣で拭うことができるのだと、信じた。

「……あら?」

ライネさんが言う。
視線の先には開け放たれたままの窓。
鍵は壊されていた。

「……泥棒、でしょうか?」
「わからないわ、見たところ荒らされた形跡も……」

周囲を見回すライネさんの瞳がある点を捉えた。
そこは、私の持っているものと同じ、クリエメイトの専用ぶきが集められた場所だった。
華美な装飾の施されたものから、一見用途不明な物まで様々なぶきが集められた一角。
不自然に、一ヶ所だけなにもない空間があった。
代わりに、そこには張り紙があった。

『しばらく借りさせていただきます、ごめんなさい』

101 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 20:30:24 ID:y6ZuGBQ/gx
今回は以上です。

102 名前:阿東[age] 投稿日:2020/01/18 20:43:34 ID:8MwzT64bil
ココアまでこんな大きなものを抱えるとは・・・。

あんまり無茶はしないでくださいね、ココア。

103 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/18 22:32:31 ID:y6ZuGBQ/gx
>>102
感想ありがとうございます。
モカさんがエトワリアに召喚されていたなら、もしかしたらそう声をかけられていたかもしれませんね。
『姉』としてではなく『妹』として人と接することができていたなら、もっと誰かを頼れていたでしょうし、今ほど追い詰められてもいなかったと思います。

……ただ、ココアさんが強くなることがストーリーを進める最大のカギとなっているので、致し方ない部分もあったりします。
今回ライネさんから専用ぶきを受け取れたのは、その最大の結果ですね。

104 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/21 19:43:33 ID:jmJWcKd8fY
支援、希望が見えてきたようで良かった
(呪いがあるから無駄だろうけど単純な実力なら桃やあぎりさんあたりのチートでどうにかならないだろうか)

105 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/22 00:22:16 ID:duIiMeKXU1
>>104
支援ありがとうございます!
これからは本編組(リゼ、里娘、シュガソル)との合流などもあり、少し雰囲気が明るくなってくると思います。

まだ書き終えてない+推敲しながらと投稿なので亀更新ですが、どうかよろしくおねがいします。

106 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/23 17:05:09 ID:foDXkRCnDK
ゲーム内では対象キャラをLv100にすると勝手に貰える専用武器を、こういう形で一つの話にしたのは作者のセンスが光っていて脱帽しました

107 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:24:41 ID:tjC3EvDd/h
>>106
ありがとうございます!
ポルカちゃん不在! エトワリウムなし! の状態でどういうふうにしようか迷っていましたが、そう言っていただけると嬉しいです。

108 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:27:46 ID:tjC3EvDd/h
3日目。

私は以前潰した、奴らの沸く洞窟へ来ていた。

以前突入したときは大量のゴーレムに成す術も泣く櫟殺され、戦力の差がありすぎることから里での迎撃を行っていたが、やはりそれではダメだ。
結局誰も死なないようにするには、事が起きる前に手を打つしかない。

手には私専用のぶきが淡く輝く。
ずっと前の、弱かった私とは全てが違う。

「ここからゴーレムが沸いてくるなら、その原因もここにあるはず、それを潰して……」

そして、あの赤毛の女性ーー彼女を下せば、終わりだ。

今度こそーー!

私は洞窟へと、足を踏み入れた。

109 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:32:08 ID:tjC3EvDd/h

洞窟に入って数分、当然ではあるが日の光は届かず、依然として暗い。
揺れる松明の火だけが唯一の光源だ。
当然敵からすれば、見つけてくださいと言っているようなもの、落ち着かない心地で、周囲の音に気を配る。

周囲は風の音と、炎の音と足音だけが反響し、静謐な雰囲気すらある。

この先に、数十に及ぶゴーレムが潜んでいるなど、知らなければ考えもしないだろう。

「……そろそろかな」

じゃり、と。
微かに聞こえる複数の足音。

じゃり、じゃり……

私は剣を抜き、音源へ松明を放る。

ゆらゆらと揺れる炎が洞窟の先を照らす、その間も足音は近づく。
光に照らされた敵の数はーー3。
楽勝だ。

「……!」

松明の炎がゴーレムをはっきりと照らす、見慣れた白い鎧。
それらが行動する前に、すでに私は動いていた。
クリエを纏って剣が輝く。

「先手必勝っ!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

横一閃に放ったクリエの刃は、断頭台が如く洞窟を飛翔。
今までと同じタイプのスキル、だが、今回のものは違った。
刃の大きさも威力も、前のものとは全く違う。

それは洞窟の左右の壁に傷跡を刻みながら進む。
3体のゴーレムは反応すらできず、その首を纏めて狩り取られた。

110 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:34:57 ID:tjC3EvDd/h

「終わり……じゃないよね! こんなんじゃ!」

奥より更に複数の足音、このままではいずれ、私はゴーレムの群れに飲み込まれるだろう。
この閉所においては致命的だ。

ーー前までは。

「今の私なら……できる!」

しかし、この状況すら今ならば覆せる。
この武器とともに、私が使えるようになった、新たな力ならば。

「邪魔をするなら、容赦しないよ!」

クリエを纏い輝く剣を一振り、二振り。
そして、その切っ先を前方に構える。

とっておき『お姉ちゃんにまかせなさい!』ーー

前方に構えた剣を中心に、竜巻が私を包み込んでいく。
その竜巻は、クリエでできた刃の塊のようなもので、周囲の壁はひとりでにズタズタにされていく。
さらに、それよって発生した礫を飲み込んで、竜巻はその殺傷力を加速度的に増大させていく。

「いっけえええぇぇぇぇっ!!」

そして、風の弾丸と化した私は、その力を保ったまま、ゴーレムの集団に突っ込んだ。
その威力は触れたものを一瞬で塵芥へと還し、触れぬものすらバラバラに切り裂いて散らした。

風に乗って勢いよく進む私を、阻むものはなかった。
その全てが、私に立ち塞がる前に消え去る。

「すごい……あ、圧倒的じゃない……!」

竜巻が霧散するのを見、振り向くとそこには天災もかくやと言うほどの破壊の爪痕だけが、残されていた。
あれほどいたゴーレムたちは、欠片すらも残ってはいなかった。

私は口角が上がるのを抑えきれずに、専用ぶきを見る。
それは、理外にある魔法そのものの力。
この力があれば、どんな敵だって恐れるに足りない。

「……進もう」

落ちていた松明ーー先ほどのとっておきで切り裂かれ長さが三分の一ほどになっていたーーに火を着けて、私は再び進みだした。

111 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:36:28 ID:tjC3EvDd/h

洞窟を進んで一時間ほど。

先ほど倒したゴーレムたちは、恐らく里への強襲の尖兵となる存在だったのだろう、閉所で纏めて始末できたのは行幸だった。

……とはいえ、あれが全てではないのは明らかだ、里を襲撃したゴーレムの数は、あの10倍はくだらなかった。

しかし、減らせているのも事実らしい。
敵の数も疎らで、この一時間、2・3体程度の敵を軽く片付ける程度の小競り合いしか起こってはいなかった。

「っ!」

何かの声が聞こえ、一瞬で剣を抜く。
松明の火を向けて全方位に目を凝らす。

「どこに……?」

その時、もう一度声が聞こえた。

ゲコゲコ、と。

「え……?」

下を見ると、ごく小さなカエルがゲコゲコと喉を鳴らしていた。
水場が近いのだろうか、ここには普通の生物もいるらしい。

「……なんだ」

ため息をついて剣を納める。
その時、また音が聞こえた。

今度の音は生物の声ではない、これは……。

「剣激!?」

それは間違いなく、金属どうしがぶつかり合う甲高い音。
それは断続的に響き、戦闘が行われていることを示していた。

私は洞窟の奥へと走った。

112 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:41:49 ID:tjC3EvDd/h

少しずつ剣激の音は大きくなっていき、少しすると、狭い空間を抜け大きな広間に出た。
音はこの広間に反響し、ここで戦闘が行われていることを示している。

その音を辿って奥を見る。
そこには光を放つ魔方陣があり、そこからウンカの如くゴーレムが沸いてくる。
三人の少女が、そのゴーレムを相手していた。

「くそっ! なんて数だ! これじゃあの魔方陣に近づけないぞ!」

一人は褐色の少女、彼女は一抱えもある大振りな大剣をを易々と振り上げ、ゴーレムを薙ぎ払いながら叫ぶ。

「これ以上は……危険、私たちだけでは……」

もう一人ーー銀髪の少女は、両手に帯びたナイフで確実に一体一体ゴーレムを葬っていく。

「くっ……作戦を練る必要がありますね、わたしたちは、敵の戦力を見誤りました」

三人目は、白いドレスを纏った、まだ幼いと言える小さな少女だった。
少女は、その体格に明らかに不釣り合いなハンマーを振り上げ、ゴーレムを叩き潰す。

そのうち二人は、見覚えのある顔だった。

「コルクちゃんと、ポルカちゃん……!? ゴーレムの調査って言ってたけど、ここにいたなんて」

同時に、一人の親友の顔が思い出される。
彼女も、近くにいるのだろうか……。

「っ! コルク! 後ろだ!」
「え……っ!?」

後方に回り込んだゴーレムの一体が、コルクちゃんへ向けて剣を振り上げる。

ーーこの世界に住む人々は、当然ながら、死ぬ。

今まで見殺しにしてきた人々の今際の顔が脳裏を駆け巡る。
私は反射的に行動していた。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

抜刀、一閃。
巨大なクリエの刃が放たれ、それはコルクちゃんを襲ったゴーレムを容易く両断し、対面の壁に巨大な傷跡を穿つ。

「え……っ!」
「助太刀するよ!」

楯になるように、コルクちゃんの前で剣を構える。

113 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:43:42 ID:tjC3EvDd/h

「ココア!? それに、その剣……!」
「勝手に持っていってごめんね、どうしても必要だったから、ライネさんに頼んだの」
「……いや、いいぜ、元々渡すつもりだったものだからな、それにどうせ、ライネさんのお墨付きだろ?」

ポルカちゃんは嫌な顔ひとつせず快活に笑った。

「ありがとう、助かった」
「お礼には、私のことをお姉ちゃんって読んでくれるだけでいいよ!」
「……善処、する」

コルクちゃんは、少し困惑した様子だった。
彼女はあぁ見えてチノちゃんの一歳上らしいので、なんの問題もない。

「あなたはクリエメイトの保登心愛ですね、シュガーの報告書……のようなもので、話は聞いています」

唯一、見知らぬ顔の少女が言う。
雰囲気は真逆だが、どこか以前あった七賢者の少女ーーシュガーちゃんに似ている。

「申し遅れました、ソルトの名前は『ソルト』、シュガーと同じく、七賢者を勤めさせていただいています」
「よろしく……ってしたいところだけど」

剣を構える、その先には、この閉鎖空間を埋めんと沸き続けるゴーレム。
その奥には、魔方陣が輝き、一体、また一体とゴーレムを増産し続ける。
あれを破壊すれば、奴等が里を襲撃することは不可能になるはず。

「まずはこいつらを始末するよ!」

私はゴーレムの群れに躍り出た。

スキル『私の胸に飛び込んでおいで!』

スキルによって発生した巨大な刃は、軸線上に群がるゴーレムを一撃で蹴散らす。
私はそのまま、足並みの乱れたゴーレムに飛び込み、専用ぶきを振るった。

専用ぶきは、敵の鋼鉄の鎧を熱したバターが如く切り裂き、両断する。

114 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:46:49 ID:tjC3EvDd/h

「やっぱり、このぶき……」

どこかはらはらとした視線を向けていたポルカちゃんの表情が、パッと笑顔に、そしてドヤ顔に変わる。

「すごい!!」

今まで使っていた物が、その辺の棒切れに思えるほどの雲泥の差だ。
私の動きは更に速く、精細に、そして強くなっていく。

そしてこの閉鎖空間において、多数の利はない、立ち回りさえ気を付ければ、敵に囲まれることもないだろう。
入れ代わり立ち代わりに現れるゴーレムを切り伏せていくだけ。

このままならば、敵陣を突破することもできるかもしれない。
そうなれば、奥の魔方陣を破壊して、終わりだ。

「ココア……あんなに強かったなんてな」
「……いや、あれは」

コルクちゃんと、ポルカちゃんが驚いたように話す。
私の戦い振りを見た人は皆、同じような反応をする。
無理もない、僅か3日で、他の皆ができないような戦いぶりをしているのだから。

「……あれは……私たちはあれを、一度見ている」
「えっ?」
「わからない? 突然、圧倒的な実力と経験を手に入れたクリエメイト」
「……まさか」
「そう、『彼女』と同じ」
「……なるほど、確かに、聞いていた話と同じなら……その戦闘経験は、おれたちの遥か上を行く」
「いずれにせよ、これは好機、このまま押しきる」

私の傍らに、コルクちゃんと、ポルカちゃんが並びたった。
二人とも、以前の私では逆立ちして も勝てないほどの実力者だ。
そしてーー

「なんの話か知りませんが……このソルトを忘れるのはとても不快です」

その声と共に、無数の人影が躍り出る。

「ぶ……分身!?」

突然現れた無数のソルトちゃんは、一斉にゴーレムの群れに襲いかかった。

「実態の無い幻惑に過ぎませんが……あなた方には十分だと計算が出ました」

115 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:50:31 ID:tjC3EvDd/h

ステレオでソルトちゃんの声が響く。
幻惑に合わせ本人も攻撃しているのか、本物がどれなのかは全くわからない。
一瞬で、ゴーレムたちは足並みを乱され、烏合と化した。
一匹、また一匹と、ソルトのちゃんの持つハンマーに殴り砕かれていく。

これが、七賢者の力ーー!

「すっげえ……! おれたちも負けてられないな!」
「当然、紫電一閃にて終わらせる」

コルクちゃんは腰を低くして構え、弓を引くように鋭くナイフを撃ち出した。

放たれたナイフはゴーレムーーの足元の地面に突き刺さり、そこから溢れた光は、一瞬で魔方陣を描き出した。

十体近いゴーレムを巻き込んだそれは、強い風を上方に放ち、ゴーレムたちを浮かせて拘束する。

とっておきーー

「『疾風』ーー」

コルクちゃんは目にも止まらぬ動きで跳躍、ゴーレムたちに肉薄。

「『迅雷』っ!」

閃光のような斬激が無数に放たれ、ゴーレムたちは一瞬で細切れとなった。
がらくたと化したゴーレムがその場に降り注ぎ、次の瞬間には煙と化して消える。

「私も、続けていくよ!」

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣先に、炎が収束する。
専用ぶきから放たれるその熱量は、剣を掲げた天井から、天井の岩が赤熱化していくほどのものになっていた。

「吹き飛べ!」

ゴーレムの群れに剣を振り下ろし、火球を投げつける。
瞬間、洞窟全体を揺るがすような大爆発は、周囲のゴーレムをまとめて焼き払った。

116 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:54:26 ID:tjC3EvDd/h

「ポルカちゃん!」
「ポルカ!」
「これで計算終了です!」

三人の攻撃によって敵の群れに穴が空いた所を、ポルカちゃんは剣をを携えて突撃する。

「いっくぜぇ! せーのぉ!」

ポルカちゃんの掛け声と共に、彼女の剣が激しく燃え盛る。

そして、急激に鎮火していき、姿を現したのは、身の丈すら越える巨大な金槌。
伝説の鉱物すら変形、整形するであろうそれは、単なる凶器として見ても十二分に過ぎる威容を誇っていた。

とっておき『ブラックスミス・インパクト』ーー

「いっけえええぇぇぇっ!!!」

魔法陣に向けて、ポルカちゃんが金槌を振り下ろす。

その直前。

ぞわり、と、強い殺気を感じた。

「ポルカちゃん!」

私は目の前の敵すら無視して、ポルカちゃんの前に立ち塞がった。
視界が明るくなり、洞窟を炎が埋める。

スキル『フォックストロット』ーー

無数の炎の槍が、洞窟内を縦横に飛び交い、魔方陣への攻撃をしようとするポルカちゃんへ一斉に向かう。

「くそっ!」

ポルカちゃんはとっておきの使用を停止、回避行動に移る。
しかし、全てを防ぐことは不可能だ、あれの一発でもまともに受ければ、彼女は灰と化すだろう。

ならばーー

117 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:56:20 ID:tjC3EvDd/h

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』ーー

「みんな、私に力を貸して!!」

烈迫の気合とともに、剣に暴風がまとわりつく。
それは触れる全てを切り刻み散らす刃の塊、私はそれを、渾身の突きとともに前方に『放った』。

塵旋風の如く爆風のボルテックスが軸線上の地面を抉りながら放射される。

更に、目の前の敵を斬るように、剣を動かし前方のすべてを薙ぎ払う。
その暴風に煽られた炎の槍は、その全てが吹き消されるように鎮火した。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

炎の灯りがなくなり、暗闇に包まれた洞窟の奥から、足音が聞こえる。
燃え盛る剣が、赤い鎧を淡く照らし出す。

「悪いが、それを破壊されるのは非常に困る」
「お前は……!」
「赤いのは殺れると思ったが……なるほど、ここまで来るとはな、クリエメイトの小娘」

全身を赤い鎧で包んだ女は、落ち着き払った声で言う。
その声は、どこか楽しそうにも思えた。

剣を構える。
女は、無造作に剣を下ろしている、それにも関わらず、隙という隙は見当たらなかった。
勝てないかもしれない、今の私ですら、そう思ってしまった。
未だ間違いなく、相手の方が実力が上だ。

118 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 22:59:58 ID:tjC3EvDd/h

「クリエメイトなど、所詮は平和惚けした子供に過ぎないと思っていたが……なるほど、中々魅力的じゃないか、君は」
「……誉めてるの? だとしたら、最低の褒め言葉だよ」
「それは悪かったな、これ以外に、戦士の褒め方を知らんのだ……しかし、悪い誤算だが、少し嬉しい誤算でもあるな」

言って、女は兜を取り去り、その素顔を露にする。
波打つ長髪がぶわっと広がる。
それは、まるで炎そのものであるかのようにも見える深紅色をしていた。

「その力と意思に免じて名乗ろう、私の名前は『カイエン』」

名乗りと同時に、女ーーカイエンは剣をこちらに向ける。
その瞬間、剣にまとわりついた炎が一段と激しくなり、周囲の気温がみるみるうちに上がっていく。
間合いより遥か遠くにいるにも関わらず、肌を焼くような熱量をそれは持っていた。

「君たちに、終わりの始まりを告げに来た」
「っ! 勝手なことを、何も終わらせないし、何も始まらせない! もう何も、私から奪わせるものか!」
「奮い立つか、クリエメイトの小娘」

周囲に殺気が充満し、緊張の糸が張りつめる。

来るーー!

「ならば、私を止めてみせろ」

119 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 23:00:18 ID:tjC3EvDd/h
今回はここまでです。

120 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 23:15:16 ID:HmEiKcMQmo
>>118

「クリエメイトなど、所詮は平和惚けした子供に過ぎないと思っていたが……」


クロ、胡桃、メリー「・・・・・・」

121 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 23:29:29 ID:tjC3EvDd/h
>>120
カイエン「ただし一部のクリエメイトは除く」

そういや平和惚けしてなければ子供でもないクリエメイトって結構いましたね……あんま考えてなかった。

122 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/24 23:41:23 ID:va1LvKUC4d
カイエンペッパー・・・・・七賢者寄りの名前なのが少し気になりますね。さらに言えば、ココアと同じ境遇になっていそうなキャラが最低二人くらいいそうなのも気になります

123 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/01/25 15:06:34 ID:1sIaNZPw0K
過去にも同じような経験をしたクリエメイトが…?
カイエンの目的も気になるところです…!

124 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/01/25 19:24:55 ID:7Afr2XG2QG
>>122
カイエンの名前の由来は仰る通り、つまりはトウガラシさんです。
メインクエストで言う七賢者的ポジションの敵、ということですね。

>>123
二人目のリピーターですね。
物語の本編との兼ね合いを考えたら、ココアと会わせるのがめちゃくちゃ遅くなってしまいました……
まだ少しかかります。

125 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:40:34 ID:iMZwhS0NGL

スキル『オーグメンター』ーー

カイエンの後方で、クリエが激しく炸裂する。
残光だけを残し、カイエンは瞬時に間合いを詰め切り、炎を纏った剣を振るってきた。

ーー速い、異次元の速さだ。
100m以上離れていたにも関わらず、既に剣の炎は私の肌を焼き焦がしている。
私は咄嗟に剣を楯にした。

「っ!?」

以前使っていた剣では、それごと折られて死んでいただろう。
しかし、その破壊的な威力は抑えきれず、私は容易く吹き飛ばされた。

岩盤に叩きつけられ、土埃が舞う。

スキル『デイジーカッター』ーー

カイエンの剣から、炎が吹き上がり刃を成す。
振りかざされた巨大な炎の刃は、横薙ぎに周囲を焼き払いながら迫り、私のいる岩壁に叩きつけられる。

スキル『メモリア・ストライク』ーー

剣から巻き起こる旋風が土ぼこりを巻き上げる。
私はそれを、迫り来る炎の柱へ向けて振り切った。

膨大なエネルギー同士がぶつかり合い、激しい光が洞窟を照らす。
直後、爆塵と衝撃波が周囲を打ちのめし、煙が視界を覆う。

「まだまだ……!」

その煙の中から、砲弾のように勢いよく私は飛んだ。
剣が、重い。
カイエンの剣を二度に渡りまともに受け止めた腕は、未だにびりびりと痺れている。

強い、あれの前では、ソルジャーゴーレムなどただのカスだ、剣を受けて改めてわかったが、実力はあちらのほうが明らかに上だろう。
故に、長期戦は不利。

ーーならば、九分九厘の力で持って、一気にその首叩き落とすまで。

126 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:41:40 ID:iMZwhS0NGL

剣がクリエを纏い、淡い燐光を放つ。

「せえええぇぇぇぃっ!!!」

落下の勢いと渾身の力を乗せた必殺の一撃。
それを、カイエンは炎を纏った剣の一撃によって応じる。

激突。
膨大なエネルギーの衝突は光と衝撃波となって、周囲に撒き散らされる。

「くっ……なんて馬鹿力!」

しかし、その力でもってしても、カイエンの剣を圧しきることは出来ない。
剣を振り切られる、着地、後退、再度攻撃。

「その程度ではあるまい、本気を見せてみろ」
「遊ぶな!」

スキル『フォックストロット』ーー

前進する私を、無数の炎の槍が阻む。
それは、寸前で飛び退いた私の一瞬前いた場所を一瞬で灼熱地獄へと変えた。

さらに、残った槍は方向を変え、再び私を追尾し飛翔する、まるでミサイルだ。

不規則に動いて狙いを散らし避けるが、それも全てとはいかない。
撃ち漏らした数発を、剣で叩き落として迎撃していく。

その全てを迎撃し、周囲が火の海になったとき、カイエンの姿を見失ったことに気づく。

「……後ろ!?」

127 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:42:57 ID:iMZwhS0NGL

反射的に身を屈める。

間一髪、直上を炎の剣が掠め、舞い上がった髪の数本を焼き切った。

さらに、大上段からの唐竹割りーーギリギリで身を翻して受ける。

「ぐ……っ!」

凄まじい力で、剣が押し込まれていく。
屈んで受ける形となったのもあり、非常に不利な体制。
近づいてくるカイエンの剣は、触れずとも体を焼くほどの熱量を持っていた。

「しかし残念だ、ここまで来たのであれば、君には舞台を降りてもらわなければならない」
「私からこの力を奪うつもり!?」
「アドリブが過ぎたんだよ、幸い、まだ『演者』はいるのでね」
「演者?……一体何を!」

意味深なことを言うカイエン。
その意味はわからない、しかし、彼女に下されれば、前に使われたリピートの力を奪う魔法を使われるのは、間違いなかった。

「そんなことを言って、私に隙を作らせるの!?」
「その通りだ」
「なめるな!!」

128 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:47:04 ID:iMZwhS0NGL

とっておき『燃えるパン魂!』ーー

剣にクリエが収束、炎が剣と剣の間を激しく焼く。
次の瞬間、鍔競り合った剣の間に爆発が起こった。

爆風で大きく吹き飛んだ私は、なんとか受け身を取って着地し、剣を構える。

「な……っ!」

しかし、爆炎の中を駆け抜け、カイエンは追撃を加えてきた。
まるで爆風も炎も異に介さないと言うように。

振るわれた剣を辛うじて受け止め後退、反撃の剣を振るう。

「温いな、炎が!!」

反撃は容易く受け止められ、そこに高速の突きが繰り出される。
ギリギリで体を反らし、剣は私の首の皮一枚を裂いていった。

「そん、なっ……!」

勝てないーー
ふと頭に過る確信。

カイエンはその様子を見る限り、まだ本気を出してはいない。
その上で、私は既にその力のほとんどを使っていた。
とっておきを連続で使用できるのは3回まで、今のが最後だ。
クリエは枯渇し、もう大技を出すことは出来ないだろう。

また、負けるのか、これほどの力を手にしてもまだ足りないのか。

チノちゃん、ごめん。

また、私はーー

129 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:49:00 ID:iMZwhS0NGL

「……チノちゃん?」

その時、何かの線が繋がった。

謎の『オーダー』で呼び出された、私、チノちゃん、リゼちゃんの三人。

『まだ、演者はいる』、『君には舞台を降りてもらう』という発言。

今の『演者』が、『オーダー』で呼び出された私ならば。

ーー次は?

このリピートの中で、チノちゃんの死を、何度見た?

こいつは、チノちゃんを狙ってはいなかったか?

何故か?

ーー私の力を奪った上で、チノちゃんを次の『演者』、この地獄へと引きずり込む為だ。

恐らく『演者』は『オーダー』によって呼び出されたものに限定される。
なら次はリゼちゃん? 次は? 他のみんなも呼び出されたら? 次は千夜ちゃん? シャロちゃん? マヤちゃん、メグちゃんも、青山さんも、お姉ちゃんも危うい。

私の大切な人たちがみんな、こんな絶望を味わうというのか。

「……やらせない」

その線が繋がった時、私の頭は沸騰した。

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

後退しながら牽制のスキルを放つ。
同時に私は宙へと舞った。

130 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:52:37 ID:iMZwhS0NGL

「うおおぉぉぉぉーーっ!!」

スキル『私の胸に飛び込んでおいで!』ーー

さらにもう一撃、怒りと重力を乗せて、渾身の一撃を放つ

一撃目を余裕を持って弾いたカイエンはしかし、目を見開いてそれを正面から受け止める。
力と力がぶつかりあう、その破壊力はカイエンの立つ足を起点に地をへこませ、衝撃波が周囲を凪ぎ払った。

鍔競り合いながら、私は、カイエンの額に流れた汗を見た。

「ここに来て、力が増すとは……っ! これが、クリエメイトか!」
「やらせない! 絶対に……! チノちゃんをやらせはしないっ!!」

力のまま剣を振り抜く、カイエンは地を削りながら、大きく仰け反る。

それに向けて、更に私は地を踏み砕きながら飛んだ。

「はあぁぁぁぁぁっ!!!」

がむしゃらに、全開の力でもって剣を振るう。
後退しながら守りに徹するカイエンを、執拗なまでに追い立て、その体に剣を突き刺すために迫る。

こいつは、絶対に殺さなければならない。
でなければ、チノちゃんが地獄を見ることになるのだ。
そんなものは、お姉ちゃんではない。
お姉ちゃんならば、自ら味わった苦しみを、妹に味会わせたいはずはーー!

「っ!」

スキル『デイジーカッター』ーー

後退したカイエンは私を近づけんと、剣に膨大な炎を纏わせ、大振りな横薙ぎを放つ。
周囲にある全てを焼き潰さんとする一撃。

炎の壁が迫り来るような光景。
しかし私はそれを、下にーー地面を滑走して避けた。

「何!?」

カイエンへと肉薄。
剣を振り切り無防備な胸に向かい、下段からの逆風斬りを放つ。

カイエンはそれをギリギリで後退し避ける、が、それは彼女の赤い鎧に一筋の傷跡を作った。

131 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:53:58 ID:iMZwhS0NGL

さらに剣を両手に持ち替え、大上段からの一撃。

素早く体制を建て直したカイエンは、左からの切り上げでそれに応じる。

何度めかわからない、鋭い剣檄が響いた。

「……ふふっ、楽しませてくれる」
「っ! 何がおかしいの!?」
「いいや、少し心が躍ってきたのでね、それに」

言うや否やカイエンは体の力を抜いて、私の剣を捌いて後退する。

「もう一人、面白い子が来たようだしね」

そこに、追撃とばかりに、旋風がその場所を打ちのめす。
その攻撃を放った主は、白いドレスをはためかせて私の目の前に着地した。

「無事ですか、ココア?」
「ソルトちゃん……」

振り翳したハンマーをゆっくりと肩に乗せて、少女ーーソルトちゃんは言った。

132 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:56:57 ID:iMZwhS0NGL

「魔方陣から出現するゴーレムは依然、止まっていません、しかしソルトたちだけでは極め手に欠けます、なので、まず奴を仕留めるべきと計算が出ました」

ソルトちゃんの言うとおり、魔方陣から出るゴーレムはポルカちゃんとコルクちゃんの二人でどうにか押さえているが、そう長くは持たないだろう。
そもそも最初の時点で、彼女ら三人では攻めきれなかったのだ、長くは持たないだろう。

戦いを決するには、目の前のカイエンを倒し、4人で押しきるしかない。

「しかしその実力、七賢者の中でも、ジンジャー、フェンネルに……いや、下手をすればそれ以上です、そんな実力の者が早々いるはずはない、あなた、何者ですか」
「聞き方が間違っているのではないか? 七賢者ソルトよ」
「……どういう意味ですか」
「時に剣は、口ほどに物を語る」
「そういう手合いですか、理解不能です」

挑発するようにカイエンは笑みを浮かべた。
私はソルトちゃんの体を遮るようにして、前に出た。

「ソルトちゃん、あの人に言葉をかけても無駄だよ」
「ココア……」

剣を水平に構える。
ソルトちゃんも察したか、持っていた巨大なハンマーを持ち上げた。

「彼女の好きな殺し合いで、体から聞き出すしかない」
「わかっているじゃあないかクリエメイトの小娘ーーねだるな、乞うな、欲しいならば奪え、君達が強者であるならば、尚更」

カイエンは、心底楽しそうに笑いながら言った。
戦えること、自信の実力を振るえることが嬉しくてたまらない、どこか狂った笑みだった。

「なんで意気投合してるんですか、あなたたち……」

133 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:58:05 ID:iMZwhS0NGL

ソルトちゃんが小さく呟く。
それを完全に無視して、カイエンはその剣に纏う炎をさらに猛らせる。

「しかしこの程度では、君たちを殺すことは出来ないらしい」

その言葉と同時に、放たれる熱量はさらに増幅する。
洞窟内に僅かにある水分すら蒸発し煙となって、視界をうっすらと濁らせる。

「ならば、私の全霊を注ぐとしよう」

その言葉と共に、炎が舞った。
その熱は、何もない地面をすら発火させ、あたり一面を地獄の様相へと変えた。

「余波ですらこの熱量……! ココア、長くは戦えません、このままでは全員、肺を蒸し焼きにされてしまう!」
「わかってる、今の大気は、呼吸すら辛い……」

激しい温度差による風が洞窟内に吹き、僅かに髪を揺らす。
しかし、それはカイエンから放たれる圧倒的熱量に対しなんの意味もなかった。

「出し惜しみはしません、一気に行きます」

言うやいなや光が乱舞し、それは個々に収束して無数のドレスの少女を形作った。

分身、いや幻惑の魔法か、それによって現れた無数のソルトちゃんは一斉に散開、四方八方より赤い戦士へ襲い来る。

「なるほど、手札はそれなりにあるらしい」

134 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 22:59:25 ID:iMZwhS0NGL

カイエンはその連続攻撃を容易く受け止め、反撃で分身を消滅させていく。

そして、最後の一体が消滅。

同時に、上ーーカイエンの死角からソルトちゃんは躍り出る。

「これで……!」

カイエンは気づいていない、ソルトちゃんは風を纏い、必殺の一撃を放とうとしていた。

「だが、甘い」

スキル『アルアヒージョ』ーー

ソルトちゃんは空中で一回転し、そのままの勢いで、巨大な衝撃波を放った。
その一撃は地面を砕き、カイエンももろともに叩き潰すーー

「手応えが、ない……!?」
「可哀想だが、死ね」
「なっーー」

最初からそこにいたかのように、カイエンはソルトちゃんの後方に回り込んでいた。

無慈悲な一閃が、ソルトちゃんの首をはね飛ばす。

「ソルトちゃん!? くっ……!」

ソルトちゃんが切り伏せられるのを見て、『私』が、飛び出した。
速い、だが愚直で分かりやすい攻撃。

カイエンは失望したようにそれを一瞥し、振り下ろされる剣を軽く受けた。

剣は容易く受け流され、カイエンの前に無防備な体が曝される。

135 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:00:31 ID:iMZwhS0NGL

「……これだけか? 何とも呆気ない……!」

振り下ろされた剣は、私の体を深く袈裟斬りにする。
袈裟斬りにされた胸から鮮血を撒き散らし、その場に私は力なく倒れ伏した。

「……ココア!」

倒れた『私』が叫ぶ。

「……!?」

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

ーーそのとき既に私は、カイエンの間合いへと入り込んでいた。
クリエの光を纏い輝く剣を、カイエンの首に向けて振り抜く。

一閃、辛うじて受けられる。
更に二閃、防御に構えられた剣が弾かれる。
そして三閃、カイエンの無防備な胸を、袈裟斬りにする。

カイエンはそのまま大きく吹き飛び、その体に土を存分につけて転がった。

「やりましたか……?」

剣を構え残心する私の傍らに、変身をといたソルトちゃんが立つ。
ソルトちゃんは、無数の分身の中に私に変身した上で紛れ込んでいたのだ。

その胸には、一匹のクロモンが抱かれていた。
クロモンの体は、真一文字に深く切り裂かれ、一瞬で絶命していた。

136 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:03:55 ID:iMZwhS0NGL

「……いや、まだだよ」

その言葉と同時に、カイエンは立ち上がって剣を構えた。
鎧には傷が入っているが、浅い、ダメージは与えたが、致命打には至っていないのだ。
この程度の傷は慣れてるのか、彼女はそれをおくびにも出さず微笑みを浮かべた。

「まさか土をつけられるとは、面白いなぁ、クリエメイトの小娘よ」
「小娘、小娘と……私には心愛っていう名前があるんだよ」
「君は心愛と言うのか、可愛らしい名前だ……その上強い、強い者は好きだ……その剣の冴え、さぞ人を斬ったのだろう」
「……っ!」

ぎり、と歯が軋む。
胸の内に炎が荒れ狂うようだった、怒りで臓物が焼けそうだとすら思った。
私はその炎を吐き出すかのように、激しく叫んだ。

「あなたのような人と一緒にしないで!
こんな力、できることなら欲しくはなかった! 大切なものが奪われそうで、それを守るには力が必要だったから、私はこんなことが上手くなってしまった!
壊すこと、殺すことにしか力を使えない、あなたのような人殺しとは根本的に違う! 守るためにしか、私は剣を振ったことはないよ!」
「……ほう?」

常に微笑みを浮かべていたカイエンの表情が、この時初めて強張った。

137 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:04:49 ID:iMZwhS0NGL

「……弱者を守るために力を振るうなど、無意味、そして無価値だ、それは強者にとって弱点にしかならない、全く下らん」

カイエンは、諭すように言った。
その瞳の奥の熱が、急速に冷えていくのを見た。

「弱者は嫌いだ、力を持たぬものは、同時に誇りを持たない、卑怯だ、命の危機となれば外道へ堕ちることすら厭わない、犬猫畜生と何も変わらん」
「それは……っ! みんなのことを言っているの!? 」
「弱者に余裕はない、いつも自分のことで手一杯だ、解らずともいいがな……」
「あなたの絶望を押し付けられても困る! その言葉、力ずくでも撤回させてやるんだから!」

私は叫んだ。
カイエンはそれに、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
そして、それを振り払うように再び剣を水平に構える。
空気が発火し、無数の鬼火がカイエンの周囲を漂う。

「……喋りすぎたか、仕切り直しといこう」

スキル『フォックストロット』ーー!

カイエンの叫びと共に、鬼火が形を成し、再び炎の槍が無数にカイエンの側に現れる。
扇状に射出されたそれは、私たちを包み込むように前方広範囲から迫る。

138 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:05:58 ID:iMZwhS0NGL

「その攻撃は、二度、見ています!」

ソルトちゃんの声と共に、周囲に、無数のソルトちゃんと、無数の私が現れた。

無数の炎の槍が迫る、ソルトちゃんが私を見る。
彼女は小さくつぶやいた。

「行って下さい、ココア」

炎の槍が着弾し、幻影たちがそれに飲み込まれて消えていく。
吹き上がる炎に紛れて、私とソルトちゃんは別の方向へ跳んだ。

爆塵の中を駆け抜け、炎の槍を弾きながら、一路、カイエンの元へ走る。

「カイエンっ!!」

叫び、一路カイエンへと迫る。
眼前に迫る彼女はしかし、時期に迫る私の攻撃を受ける様子を見せず、無造作に剣を降ろしていた。

そして、私は気づいた。
周囲を覆う炎に紛れて、ダイヤモンドダストのように光る無数の燐光が漂っていることを。
それは空間に広がり、幻想的な光景を作り出す。

それらは、前周、私にとどめを刺した一撃。
幾千の燐光が、周囲を取り巻いていた。

「心愛、私を止めたければ、私を殺してみろ、君なら或いは……」

カイエンは剣を腰の鞘へと納め、柄へと手をあてがったまま、深く体制を沈ませた。
分かりやすい、抜刀術の構え。

不味い。

私の本能が、アラートを全力で掻き鳴らした。

「ソルトちゃん!」

立ち止まり、叫ぶ。

一撃ですら、至近で受ければ昏倒させられる威力。
このすべての爆発を受けたなら、文字通り私は塵芥と化すだろう。
即座に私は行動していた。

139 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:07:29 ID:iMZwhS0NGL

スキル『メモリア・ストライク』ーー

再度、風を纏った刃を、回転しながら振りかざす。
発生した旋風に煽られ、燐光が吹き飛んでいく。

しかし、遅かった。

「誇れ、君はとても強い」

スキル『ハイインパルス・サーモバリック』ーー

カイエンは目にも止まらぬ速度で、宙に剣を振り抜く。
何かが一瞬、瞬いてーー

ーー私の視界の、全てが弾けた。

目が光にやられ、耳が音にやられ、三半規管は自らが浮遊していることと、回転していることを脳に知らせる。

痛みと共に目頭に稲光が走り、連続して起こるそれは、まるで雷雨のようにも思えた。

いかれた耳は激しい耳鳴りだけを放ち、視界は白く霞んで状況を把握させない。

地面からの熱さを感じて、漸く自身が地に伏していることを理解すると、ふらつく頭、激しい耳なり、揺れる視界で、どうにか現状を見る。

ーーそして、そのときには、カイエンの剣は目の前に迫っていた。

目も耳も機能せず、敵はぼんやりとしか見えない。

だから私は、直感で剣の来る方向を予測して、そこに剣を置いた。

剣激が一回、二回、三回、四回。
まともに剣を受け、私は大きく吹き飛ばされる。

140 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:09:29 ID:iMZwhS0NGL

「くっ……」

更なる追撃。

しかしその剣は、割り込んだ影によって防がれた。
更に、誰かによって抱き抱えられ、急速に視界が駆け抜ける。

「撤収します! 洞窟が崩れる、このままでは全員生き埋めです!」

激しい地響きが洞窟全体を包む。
同時に、巨大な岩が、私とカイエンを阻んだ。

「……ふん、戯れが過ぎたか」

地響きは更に大きくなり、大小様々な岩がそこらじゅうに落下する。
洞窟が、崩落していく。

「こんな馬鹿なことを、あの女、何を考えてる……!?」

私を抱える少女ーーコルクちゃんが叫ぶ。
先程のカイエンが起こした爆発によって、洞窟全体が崩れてしまっているらしい。
このままでは、岩に潰され圧死することはまちがいなかった。

「ポルカ!」
「わかってるよ!」

声と共に、カイエンと撃ち合っていた少女、ポルカちゃんが合流した。

同時に背後より、声が届く。

「お前が弱者を守りたいのならばーー鋼鉄巨人の元へ来い、保登心愛」

直後、巨大な複数の岩が声を阻んだ。
私たちにできたことは、崩落から命からがら逃げることだけだった。

141 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:09:44 ID:iMZwhS0NGL
今回はここまでです。

142 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:27:05 ID:6UaXPCoH8A
鋼鉄巨人…だと…!?

鬱展開からだんだんと希望が見えてきて嬉しいです!バトルの描写が好きです!

143 名前:阿東[age] 投稿日:2020/02/01 23:27:48 ID:IoJ1fyENtM
おおう、すごい展開ですね。

後ココアが強くかっこいいです。

144 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/01 23:52:28 ID:iMZwhS0NGL
>>142
はい、ようやく名前を出せました。
一応この作品の題材って鋼鉄巨人イベなんですよね。
正直ほぼ原型ないですけど……

>>143
ありがとうございます。
台詞は特に作者の趣味が入ってますので、ココアさんには徹底的にカッコいい(と作者が思っている)台詞を言わせてます。
キャラ崩壊が進む進む……

145 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/02 01:45:29 ID:oaLufC6E.L
希望は見えた。見えた筈なのに、

カイエンに負けたらループが途切れる
ループが途切れたら次は他の誰かが犠牲になる
ループによる強化+専用武器持ちで尚、カイエンの全力を引き出せていない
カイエンを越えて悲劇を終わらせたとしても、重ねたループで擦り切れたココアが元の生活に戻れる保証がない

不安要素が多すぎてあんまり安心できない気が・・・・・

146 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/02 07:59:33 ID:cyBU838uTp
>>144
ええやんええやん

147 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/02 20:30:15 ID:VAe30BATcv
>>145
ありがとうございます、そこまで読んでいただけて光栄です!
きらら作品なので、ハッピーで……いや最低でもベター位の後味の終わりかたにはしたいと思ってます。

148 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2020/02/07 17:58:13 ID:GnX.UC37qb
>>147
ええんやで

149 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:14:42 ID:HS9N5sQe9m

……こあ。

誰かの、呼ぶ声が聞こえる。

……ココア。

チノちゃんかな……?

……ココア!

ごめんね、体が重い、凄く眠いの。
起きられない。

声が、遠ざかる。

「……起きてよ、ココア」

誰かの声。
チノちゃんじゃあ、ない。

どこか焦燥を滲ませる声、なんでそんな声を出すのか。
何か、あったのか。
何かーー

脳裏に、光景がフラッシュバックする。
血と、土と、涙と、そして死が、コマ送りのように無数に視界を流れる。

血を流し、力なく倒れたチノちゃんの虚ろな瞳が、糾弾するように此方を見つめーー

150 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:15:57 ID:HS9N5sQe9m

「ーーはっ!?」

私は目覚めた。
周囲は明るい、にわかに傾き始めた日が照らす。
そして、安心した様子のコルクちゃんの顔があった。

「ココア、良かった……」
「コルクちゃん……」

そうだ、私はカイエンの攻撃で吹き飛ばされてーー!

「カイエンは!?」

私は叫んだ、いてもたってもいられない、奴を野放しにはしておけないのだ。

「落ち着いて、ココア」
「コルクちゃん……洞窟から出ているってことは、逃げたの」
「……そう、そうせざるを得なかった」

コルクちゃんは、語りだした。

「カイエンのあの攻撃によって、ココアは失神させられ、さらに洞窟が崩れ始めたんだ、あのままじゃ生き埋めだった、だから、私たちは逃げるしかなかった」
「そうだったんだ……ごめん」
「いや、ココアがカイエンを抑えてくれなければ、あの場で私たちは皆殺しにされていた、あの攻撃も、初見で避けられるようなものではなかったし、洞窟が崩れ始めた時点で、それしかできることはなかった」

コルクちゃんは俯いてそう言った。

そこまで話を聞いて、私はあることに気づいた。

「……ポルカちゃんとソルトちゃんは?」
「あぁ、二人ならーー」

151 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:18:07 ID:HS9N5sQe9m
「い"ぃーーーーっ!!痛い痛い! 痛いって!」

聞くと同時に、ポルカちゃんの悲鳴が聞こえた。
見ると、ソルトちゃんがポルカちゃんに寄り添っている。

「ポルカちゃん、怪我してるの!?」

急ぎ立ち上がると、全身に痛みが走る。
それを堪えながらソルトちゃんとポルカちゃんのところへ向かう。

「っ!」

ポルカちゃんのお腹には、酷い裂傷があった。
ソルトちゃんが、手に纏った光をかざしながら、その傷を針で縫っていたのだ。

見たところ、麻酔なし。
壮絶に痛いことは間違いない。

「お、おぅ、ココアか、目が覚めてよかったぜ……くぅ……」
「ポルカ、あまり動かないでください、手元が狂います」
「無茶言うなって……!」

ポルカちゃんの顔には脂汗が滴っているが、見ると、致命的な傷ではないようだ。
ほっ、と息をついて、私はその場に腰を降ろした。

「ポルカちゃん、大丈夫?」
「あぁ、あの爆発の時、破片をもろに食らっちまってな、拳ぐらいの石が腹にぶっ刺さったんだよ」
「でも、そんな状態でカイエンと打ち合って、更に全力疾走までしてきたんだから、やっぱりポルカはポルカ」
「……それ誉めてんの? 貶してんの?」
「もちろん誉めてる、私とは生命力が違いすぎる」
「そりゃどーも……あの爆発をまともに食らって気絶で済んでるココアも大概だと思うけどな」
「あはは……」

私はあの爆発の直前にスキルを放ち、衝撃を和らげていた、そうでなければバラバラになっていた。

しかし、もし……腹に何か刺さったとして、私では動けるか……? 多分動けるか。
でもそれは90回以上も死んだから成し得たことであって、素でそれをやってのけるポルカちゃんは確かに凄いのだろう。

152 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:20:37 ID:HS9N5sQe9m

「ソルトがもう少し治癒魔法を使えていれば良かったのですが……流石に専門外です、自分にはかけられますが、他人にかけるとなると軽い傷を治すか、今のポルカの傷なら治癒を促進する程度の力しかありません」
「私たちはだれも使えないから、それでも助かった、そのままだったら出血で大事になったかもしれないし、何より感染症の危険もある」
「すげえ痛いけどな……! 流石に麻酔なしで傷を縫うのは始めてだぜ……」
「ソルトもです、とりあえず傷の縫合が終わったら、一旦里に戻りましょう、あそこなら、クリエメイトのそうりょもいます、ここでは応急処置しかできませんから」
「ここからだとかなりかかる、大丈夫?」

ソルトちゃんの言葉にコルクちゃんが言う。
確かに、ここから里へは、下手をすれば1日はかかる。
でも、彼女は『七賢者』だ。

「大丈夫だよコルクちゃん、ソルトちゃんなら、転移魔法が使えるから」
「なるほど……高位の魔法だけど、その幼さで七賢者を名乗っているだけはあるってことか」

コルクちゃんがふんふんと頷くなか、ソルトちゃんは面食らったようにこちらを見た。

「……なんでそんな事知ってるんですか?」
「え? あ……」
「あなたとは初対面の筈ですが……」
「えっと……なんといっても七賢者だし、それぐらいはお茶のこさいさいかな……って」
「七賢者でも、転移魔法の使えない人はいます、強い魔法の素養がなければなりませんから」

ソルトちゃんは、疑うようにこちらを見てくる。
彼女が転移魔法を使えるのを知っているのは、同じく七賢者のジンジャーさんに聞いていたからだが、それも90周以上前のことだ、この周では彼女とは話していない。

「さてはあなた……」

153 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:21:39 ID:HS9N5sQe9m

見抜かれた? 私が同じ時を周回していることを。
少しだけ心臓が高鳴る。

「シュガーと会っていますね?」
「え?」
「シュガーの報告書……のようなものに、クリエメイトのお姉ちゃんたちに会ったと書いてありました、他に余計なことは言っていませんでしたか?」
「いや、他には……シュガーちゃんが凄く可愛かったことしか覚えてないなぁ」
「そうですか……全く、不用意に手札を明かさないでほしいものです、計算が崩れます」
「あはは……」

そんなわけはないか。
流石にあれだけの情報で、そんな突拍子もないことを言うはずがない。
ランプちゃんも言っていたではないか、時間を操る魔法は実現していないと。

「……」

コルクちゃんが、どこか疑るような視線を向けてくる。
今日会ってから、何度か感じた視線。

しかしそれは、唐突なポルカちゃんの声で途切れた。

「……あのさ、話が纏まってるとこ悪いんだけど、おれは里に戻る気ないぞ」
「え?」

154 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:23:39 ID:HS9N5sQe9m

地面に体を横たえたまま、少し苦しげにポルカちゃんが言う。

「……死ぬ気?」
「そりゃあこっちの台詞だぜ、コルク、あんな奴を相手にするんだ、お前を一人にはさせられねぇよ……よっと、痛ってえな……」

とりあえず傷の縫合を終えたポルカちゃんは立ち上がって、コルクちゃんの前に立った。

「ポルカは怪我人、足手まといにしかならない」
「そうだな、そもそもおれはそんなに強くない、今回の戦いで思い知ったよ、今までもいろんなのと戦ってきたけど、カイエンはそのどれよりも強い」
「なら……!」
「逃げたほうが良いのかもしれない、でも前を向かない者が得られるものはない、あるとするなら、自分の預り知らないところで、なにかを失うことだけだ」
「それでも、一番大切なものは失わない」
「失うさ、何もせず、何も出来ず、そして後になってお前の死を聞くだけなんて、絶対に、それこそ死ぬまで後悔する、だから行かせてくれ、相棒」

『相棒』の言葉にコルクちゃんは幼子のように目をぱちくりとさせた。

「相棒、か……思えば、ポルカは私が無茶をすると、決まって私を守ってくれてたね」
「そりゃ、コルクは危なっかしいからな、涼しい顔して、平然と無茶苦茶しやがる、修行時代も、おれがいなきゃヤバいこと、何度もあったろ?」
「それは……感謝は、してる、でも今回は」
「今も昔も、これからもだ、それにおれはお前の護衛なんだろ? この程度、今更だよ」
「……わかった、でも無理はしないで」
「お前もな、コルク」

言って、コルクちゃんはポルカちゃんに肩を貸した。
ポルカちゃんも遠慮なく体を預ける。
そこには幾度も修羅場を潜り抜けた戦友らしい気安さがあり、私は少しだけ羨ましい、と思った。

155 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:24:27 ID:HS9N5sQe9m

その後、コルクちゃんに連れられ私たちは北へと歩いていた。
話によると、途中でメンバーを洞窟内の魔方陣の探索と北にある遺跡の探索に分けたらしく、この先の町で合流する予定らしい。

合流する予定の場所へ近づいた所で、私は気づいた。

「これは……! みんな、気をつけて」

剣を抜き放つ。
目的地の方向には町らしき建物の群が見えるが……
そこから漂う、嗅ぎ慣れた匂い。
死の、匂い。

「血の匂い……あの町にゴーレムがいる」
「まさか、先程討ち漏らしたゴーレムが襲撃を……?」
「待って」

構えられた私の剣を下げさせながら、コルクちゃんは言った。

「もう……全部、終わってる」

コルクちゃんは目を伏せて、そう続けた。
その意味は、言葉がなくともわかった。

156 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:29:16 ID:HS9N5sQe9m

ポルカちゃんを休ませる為、彼女はソルトちゃんにまかせる。
そして、町に足を踏み入れるとそこは酷いありさまだった。

「……ひどい」

死体は片付けられてはいたが、逆に言えばそれだけだった。
そこかしこに血痕が残り、住宅なども大概が破壊されていた。
ポツポツと見える生き残りの住民たちの瞳に光はなく、ただただ途方にくれている。

「……3日前、この町をゴーレムが襲撃した」
「……3日前?」
「うん、この町は鉱山で栄えていた、ゴーレムたちは、貯蔵されている鉱石を狙って、ここを襲撃したらしい……リゼ、ポルカ、私、あと七賢者のシュガーに、きららで、この街の防衛をした、結果は……」

周囲を見回す。
これが、結果か。

「……3日前、か」

小さく呟く。
『3日前』という現実。
今は3日目、リピートによって戻っても、これが起こった翌日までしか戻れない。

この惨状は、最早変えられない、確定してしまったものなのだという現実を、私は突きつけられた。

そして、私が失敗すれば、更に酷い惨状が現実となるーー『里』が、同じ目に合うことになるのだ。
その上で、恐らくはチノちゃんが、私と同じ絶望を味わうことだろう。

157 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:34:46 ID:HS9N5sQe9m

「ゴーレムだけなら、なんとかなった、だけど、あいつが来た」
「……カイエン?」
「そう、きららとリゼで奴を迎撃した、でも、きららの召喚したクリエメイトたちは、あいつとの激闘の末、全員が討ち果たされた」
「きららちゃんの召喚するクリエメイトって、いま里にいる人達の中でも指折りの筈じゃ……」

クリエメイトの中でも、きららちゃんが戦闘をお願いするクリエメイトは、今までいくつもの強敵を打ち倒してきた猛者ばかりだ。
七賢者、更にはーーオーダーの使用で大幅に衰弱していたとはいえーー筆頭神官アルシーヴすら下し、オーダーによる混乱を収束に導いた戦士たち。
しかし、それすら……

「クリエメイトは強力なクリエを持ち、強いけれど、戦いの技量ではどうしてもこの世界の武人には及ばないところがある。
彼女らはあいつの繰り出す攻撃に対処しきれなかった。
ナイトの子と、次にそうりょの子がやられたあとは、一方的だった、後に残ったのはリゼだけだった」
「リゼちゃんが……?」
「そう、彼女はとてつもなく強かった、ココアもカイエンと渡り合ってたけど、多分同じくらい、そして、結果も同じ」
「負けたの」
「そう」

コルクちゃんは苦虫を口いっぱいに放り込んで噛み潰したような顔で、それを肯定した。

ーーそういうことか。

里がゴーレムの襲撃を受けた際、殆ど抵抗ができなかった原因。
その時点で、主要なクリエメイト達がカイエンとの戦闘で消滅させられていたからだ。
里には他にも相当数のクリエメイトがいるが、その全員が戦闘要員という訳でもない、かくいう私自身も、こんなことが起こらなければラビットハウスで働いていただけだったのだから

158 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:36:10 ID:HS9N5sQe9m

「そういえば、きららちゃんは……?」
「きらら……きらら、は……!?」

コルクちゃんは言いづらそうに口を幾度がぱくぱくとしーーなにかに気付いた。
そしてそれより前に、私は腰の剣を引き抜いていた。

聞きなれた音、ゴーレムたちの足音、その整然としたリズムが、聞こえたからだ。

「さっきの残党が、こっちに来たのか……!」
「見てくる!」

私は一足飛びに半壊した家の屋上へ登り、その方向を見た。
予想通り、相当数のゴーレムが、この街に近づいてきていた。

「ここまでのことをしてまだ飽きたらず、人を襲うというの……!?」

視界が赤く染まる、激しい怒りが思考を埋める。
あいつらを野放しにしてはおけない。
私はゴーレムの集団へ向けて跳んだ。

「ココア!」

後ろから呼ぶ声を無視し、私は家の屋根に着地、再び飛ぶ。
下道を走るより、こちらのほうが近いし敵の状況も確認できる。
敵の数はざっと100ほどか。
今の私ならなんとかなるだろう。

「……人?」

そう思いつつ進んでいると、接近してくるゴーレムの群れに相対するように、ふたつの人影が見えた。
一人は濡れ烏色のの髪をツインテールにした少女。
もう一人は、シックな色のドレスを着た、亜麻色の髪の少女だ。

そのうち一人、ツインテールの少女が天に手を掲げる。

159 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:38:23 ID:HS9N5sQe9m

とっておき『突撃! ラテアート職人!』ーー

その手を中心に青い光が収束する。
それは形を持ち、程なく、少女の身の丈を越える大きさの巨大なガトリング砲となって両の手に収まった。

そして掲げられた多銃身が回転し、無慈悲にそれは放たれた。

それは最早、『連射』というより『照射』という表現が近い。
無数に放たれた魔法の弾丸は、嵐よりなお熾烈な威力と激しさを持って、ゴーレムの集団を襲う。
射線に入ったものはその全てが瞬時にバラバラに砕け散り、衝撃波によってその周囲のゴーレムすら蜂の巣に変えていく。

更に少女は連射を続けながら銃口を動かし、扇状の広範囲を凪ぎ払う。
箒でチリを掃くように、ゴーレムの群れは容易く消し飛んだ。

ーーその姿、10か月間会っていない程度で見間違える筈もない、私と同時にこの世界に召喚された、私の親友。

「リゼちゃん!」

黒髪を揺らし、少女が振り向く。
宝石のように淡く、虚ろに光る青い目が私を写す。

数瞬の後、その瞳は驚きと、悲しみを写した。

「なんで……」

言葉が紡がれる前に、私は彼女の胸に飛び付いた。

「リゼちゃん……会いたかった、ずっとずっと、会いたかったよ」
「ココア……」

リゼちゃんの顔が崩れそうになる、ゆっくりと、両腕が後ろに回される。

「……ダメだ、甘えるな」

リゼちゃんが小さく呟く、そっと私の体を引き剥がす。
困惑しながら彼女の顔を見ると、そこには最初に見たような、虚ろな感情を感じさせない表情があった。

「リゼちゃん……?」
「ココア……」





「なんで、ここに来てしまったんだ」

リゼちゃんは無表情でそう言った。
なぜかその表情は、泣きそうだ、とも思えた。

160 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 20:38:58 ID:HS9N5sQe9m
今回はここまでです。

161 名前:阿東[age] 投稿日:2020/02/08 23:02:03 ID:Pwh7.HE3I3
とっておきの名前がいい清涼剤になってますね。

162 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/08 23:42:24 ID:tisiSm.Q2T
リゼのこの能力は、やはりココアと同じ状況にあるんですかね?
だとしたらリゼの表情が『虚ろ』だったり『無表情』だったりするのは、リゼがそうなってしまうくらいのループを繰り返したって事じゃ・・・・・
(ココアのメンタルが強い可能性もありますが)

163 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/09 09:47:41 ID:rPg4WHoQ/d
>>161
自分も、書いてて最初はシュールギャグみたいだなと思ってました、ボーボボみたいな。
まともな技名持ってるキャラなんて一部しかいないんで、どうしようもないんですが……

>>162
リゼちゃんはココアさんと同じような状況ですね。
既に何度も死んで、ココアさんと同じくらいに強くなってます。

164 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/09 13:40:25 ID:6hOdx4J4Da
>>163
戦闘中に勝手に自分の世界作り出すあたりきらファンってボーボボだな。

165 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 22:59:55 ID:zIZIY3hSc1

「リゼちゃん……?」
「ここは危険だ、直ぐに里に戻れ」
「……なんでそんな事言うの?」
「ここは、お前のいるべき場所じゃない、ラビットハウスへ戻れ、お前はそこにいるのが一番似合っている」

リゼちゃんの言葉は重かった、強い決意を滲ませた言葉だ。

「嫌」
「ココア……!」
「私は戻らない、たくさんの人たちを見棄てて、漸くここまでたどり着いた、私はもう止まれない」
「そうか、ならそのすべてを私が受け継ぐ、今すぐ戻れ、ここは危険だ」
「そんな事わかってる! 全部わかった上で、私はここにいるんだよ、リゼちゃん」

私は剣を引き抜いて、リゼちゃんの首筋に突きつけた。

「私に戦いは向いてないのかもしれない、でも、私は弱くない、それを今から証明してあげるよ」
「その剣……何故お前がそれを持っている」
「託されたの、ライネさんに、私が成すべきことの力になるからって」

リゼちゃんは、私の剣、エトワリウムから作られた専用武器を見て、初めて表情を変えた。
そして、リゼちゃんはゆっくりと背中の槍を引き抜く。

その輝き、その威容、間違いないーー
私と同じ、エトワリウム製のぶき。

「それは……もしかして、専用ぶきを盗っていったのはリゼちゃん!?」
「違う、託されたんだ、私も……託してくれた人は、この世界にはいないけれど……私にはこれが、力が必要だった、私が、私の義務を果たすために……だから」

リゼちゃんの瞳が、鋭い殺気を放つ。
ーーそこからのリゼちゃんの動きは、迅かった。

166 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:03:53 ID:zIZIY3hSc1

突きつけられた剣を左手の盾で打ち上げ、同時に弓を引くように長槍が構えられる。

引き絞られた体から放たれるは、正しく神速の一突き。
以前の私なら、反応すらできず心臓を穿たれ、言葉すらなく絶命させられただろう。

ーーしかし私とて、なにもしてこなかった訳ではない。

打ち上げられた衝撃を後ろに逃がし、体を反らしてギリギリで回避、寸止めするつもりだったのか、長槍が私の胸のあった場所の鼻先一寸で止まる。

「何……!?」

リゼちゃんの驚愕の表情を尻目に、その胸を蹴ってバク転、後退し、素早く剣を構え直す。

「この速さ……ライネさんに認められた、というだけのことはあるらしい」
「こちらこそ、こんなに強いだなんて、思ってもいなかった」
「あばばばばばば……」

リゼちゃんの横にいた少女、シュガーちゃんは、唐突に始まった修羅場を、あばあばとしながら見ていることしか出来ていなかった。

お互いに距離を取り合い、油断のない視線を向け合う。
そこに、年端もいかぬはずの少女の面影はない。

「……しかし、認める訳にはいかない、これは私が成さねばならないこと、私はもう、何も失いたくない」
「なら見極めればいい、私はみんなをーーリゼちゃんを助けるために、ここまで来たんだから」

リゼちゃんの表情が強ばる。

一瞬の後、同時に地が蹴られ、槍と剣がぶつかり合う。

「くっ!」

片手で構えていたリゼちゃんのスピアを弾き、その首筋に追撃の刺突を放つ。
しかしその攻撃は角度をつけて構えられた盾に弾かれ、リゼちゃんの服を僅かに裂くに留まる。

リゼちゃんは一旦後退し、長槍を両手で構える。

「ハアァァァァッ!!」

力強い踏み込みから放たれた突きは、先程よりも更に数段、速い。
剣の間合いの外から繰り出される連続の突きに、私は防戦一方となった。

「くっ……」

後退しながら剣で槍を弾く。
その数、十秒足らずで数十合。

激しい攻撃を続けるリゼちゃんが、僅かに息を切らす。
優勢に見えるが攻め手を欠き、このままでは攻撃の隙にやられることを予期したであろうリゼちゃんは、間合いを離すために、広範囲に横薙ぎを放ってきた。

167 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:05:44 ID:zIZIY3hSc1

ーーしかし、その攻撃は愚作だ。
体制を低くし、横薙ぎに振るわれる槍を下に回避。
そのまま一気に間合いを消し去る。

槍は間合いを狭めれば無力化できる、積みだーー

ーーそう思って剣を振りかざした瞬間、リゼちゃんは上に飛んだ。

「何!?」

横薙ぎと同時に前方の地面に突き刺した槍を支点に、彼女は宙を舞った。
剣が空しく空気を裂く。

そして、リゼちゃんは着地と同時に、一瞬で私の間合いへと入り込んできた。
構えられた楯が突っ込んでくる。
ーーシールドバッシュ。

「っ……!」

剣で受け、大きく後退、間合いを離された。
これでは、先程の二の舞だ、リゼちゃんの間合いの内側に入るか、あるいはそれごと破壊するかしなければーー

リゼちゃんは楯を構えて残心し、一瞬、息を整える。

「終わりだ、ココア……!」

そして、次の瞬間にはリゼちゃんの持つスピアがクリエの青い光を纏う。
このまま決める気か、ならば。

「リゼちゃん、行くよ……!」

私の剣に翠色の光が宿る。
私の全力をぶつける、こんなところで私は折れることはできない。

それに、気づいたのだ、私は一人ではないと。
それを、彼女に知らしめるために。

168 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:07:10 ID:zIZIY3hSc1

相対する二つの光は、同時に放たれた。

「ココアァっ!」

スキル『メモリア・ドライブ』ーー

「リゼちゃんっっ!!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

槍と剣が膨大なエネルギーを持ってぶつかり合い、余波が大気を激しく揺らす。
それに負けじと、私は叫んだ。

「リゼちゃんこそ、里へ戻ればいい!」
「私は軍人の娘だ! ならば、銃後にある人々を守るのは私の義務であるべきだ!」
「それは屁理屈だよ! 私だってみんなを、リゼちゃんを守りたい! 」
「その思想は、無辜の人を破滅へと導く悪魔の論理だ! お前のような優しい子が、何故わざわざ地獄に身を落とす必要がある!」
「そうしなきゃ、失うものがあるからだよ! この世界に神はいない、願いや想いなんてものは、純然な暴力の前には容易く蹂躙される! それに……っ!?」

つばぜり合っていた剣と槍、その均衡が崩れる。

リゼちゃんが槍を手放したからだ。

私の剣を蛇のようにぬるりと避け、私の手首が掴まれる、吐息が感じられる程に体が接近する。

ーー次の瞬間、手首に痛みを感じたかと思えば、何かの斥力に引かれるように、私は宙を一回転していた。

169 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:10:44 ID:zIZIY3hSc1

「がはっ……!」

背中から地面に叩きつけられ、肺から一気に空気が漏れる。
剣が手から離れる。

クロース・クォーターズ・コンバットーーCQC。
リゼちゃんが得意とする近接格闘術。
まさかこの身で味わうことになるとは……!

痛みで白くなる視界を上方へ向けると、リゼちゃんがなにかを腰から抜いた。
青と白で装飾された、『拳銃』ーー!

背中を跳ね上げ、後転の要領でリゼちゃんの腕に蹴りを放つ。

「くっ……!」

銃口が逸れた隙に転がって剣を回収、素早く立ち上がる。
体を半身にし拳銃の射線を避け、そのまま余裕を与えず、回し蹴りを繰り出す。
リゼちゃんはそれを容易く受け、右腕の拳銃をこちらに向けようとする。

連激で繰り出した剣がリゼちゃんの首筋に触れるのと、リゼちゃんの拳銃の銃口が私の額を狙うのは、同時だった。

私とリゼちゃんの動きが止まる。
リゼちゃんの私を見る表情は、驚愕に染まっていた。

「……まさか、お前……私と同じ?」

170 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:12:23 ID:zIZIY3hSc1

たっぷり30秒の時間を置いて、リゼちゃんは恐る恐る口を開いた。
認めたくない現実を突きつけられたような、悲しげな表情。

「……違うと言ってくれ」
「同じだよ、多分」

私は呟いた、リゼちゃんは目を見開き、息を飲んだ。

リゼちゃんの瞳に移る私は、きっともう元の私ではないのだろう。
元のように笑わなくなった私を見てか、リゼちゃんは、目に涙を貯めた。
彼女の膝が落ちる。

「……私は、何も守れていなかったのか」

私はリゼちゃんに近づき、その手を取った。

「私も、何も守れていなかった、だから、私も……」

そのまま彼女の体を抱き締める。
彼女の瞳から涙が溢れる。

「ココア……私を許してくれ、力及ばず、お前を戦いへと引きずり込んでしまった私を」

彼女は言った、泣きはらす彼女を見て、彼女は私と同じだ、と思えた。
大切な誰かの死を許容出来ないからこそ、貪欲に、何度繰り返してでも、全てを守ろうとした、こんな地獄を味合わせたくないから、私にもチノちゃんにも、戦うことが似合わないと思ったから、助けを求めなかった。

それは私も同じだった、彼女は軍人の娘で、そして私はお姉ちゃんでありたいと思っていたから。

そんな彼女を責めることなど、できるはずはなかった。

171 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:15:18 ID:zIZIY3hSc1

「私こそごめんね、こんなに苦しんでいるリゼちゃんを、いままで助けることができなくて」
「ココア……うぅっ……」

それを聞いて、リゼちゃんは何かが決壊したように、泣いた。
その姿に、いつもの面影はなく、年上なのに、妹のようにすら思えた。

「私もリゼちゃんを守るよ、お姉ちゃんに任せなさい」
「……なんだよ、それ……」
「私以外は全員妹だからね」
「……なら、年長の私は保護者だな」
「むっ、それはなんか嫌だな……それなら、リゼちゃんもみんなのお姉ちゃんになればいいんじゃない? 私以外の」

リゼちゃんはそれを聞いて、ぽかん、とした顔をした。

「……ぷっ、ふっ、あははは! それいいなぁ、お前の妹になるのは癪だし、年的にも私が姉だがな」
「むっ、ズルい! たかが私より60日程度早く生まれただけじゃない!」
「もう両方お姉ちゃんでいいんじゃないか? 面倒くさい」
「……仕方ないね、私はお姉ちゃんなんだから、今回だけは退いてあげるよ」

リゼちゃんは涙を流しながら大笑いした。
姉同士の共同戦線だ、一人ではダメでも、私たち二人なら。

「お姉ちゃん同士、協力してみんなを助けようね」
「あぁ、お前は強いし私も強い、私たち二人なら、どんな敵だってやれる気がする」
「うん、ココリゼ隊が、どんな敵でもやっつけちゃうよ!」
「語呂悪いな」
「マヤちゃんとメグちゃんいないとね……」

リゼちゃんはそれを聞いて笑った、私も笑った。
どれくらいかぶりに、本気で。

172 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:16:23 ID:zIZIY3hSc1


「……で」

コルクちゃんは、凄惨に切り刻まれた戦いの傷痕を見て、少し冷や汗を書きながら、言った。

「……どういう状況?」

それに対し、亜麻色の髪の少女、シュガーちゃんが答える。

「はいはい! なんかね、リゼおねーちゃんがゴーレムをたくさんぶっとばしたら、ココアおねーちゃんが来て、なんか言い合いしててあばば〜ってなってたら、ものすごいバトルが始まって、いつの間にか仲直りしてた!」
「ごめん、全くわからない」
「あはは……あんまり気にしなくていいよ」
「この惨状見て気にするなと……?」

コルクちゃんは周囲を見回す。
私とリゼちゃんの戦いの余波によって、あたりはペンペン草一本たりとも残らないほどに耕し尽くされていた。
台風が通りすぎた後でもここまで破壊はされまい。

「……まぁいい、情報交換をしよう、リゼの向かった遺跡のほうにも、何かあった?」
「その言い方だと、そちらの向かった洞窟にも何かあったらしいな」
「場所を変えよう、立ち話もなし、新しいメンバーもいるし、それに……」

コルクちゃんは、私と、リゼちゃんの方を見た。

「なにより、あなたたち二人の件」

173 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:19:20 ID:zIZIY3hSc1

私たちはコルクちゃんに連れられて、町の中にあるひときわ大きな建物の、その中にある広間に来ていた。

所謂公民館のような建物であるこの場所は、比較的被害も少なく、いまいる会議室も綺麗に掃除されていた。
ゴーレムの襲撃に際し勇敢に戦ったリゼちゃんたちは町長たちも感謝しているようで、更に国の要職である七賢者が二人もいることもあり、彼らは快くこの場所を貸してくれた。

メンバーは私、リゼちゃん、コルクちゃん、ポルカちゃん、シュガーちゃん、ソルトちゃんの6人。

私たちはめいめいの場所に座って、話を始めた。

「前置きはなしだ、話を始めよう……まず、私の方から起こったことの説明をする」

リゼちゃんが一番に口を開いた。

「私とシュガーは、町の北へと探索へ向かった際、複数のゴーレムが鉄鉱石を持ち、何処かへ向かうのを見た、私たちは奴等を泳がせ追跡した、そして奴等が大きな遺跡……砦に向かうのを見た」
「町の人が言っていた、北の遺跡か」
「そうだ、私たちは内部に入り、そこで恐ろしいものを見た」
「恐ろしいもの?」

リゼちゃんの表情が強ばる、何が来ても驚かない所存ではあったが、私と同じ経験をしているであろうリゼちゃんがそんな表情をしたことに対して、私は緊張した。

「砦の内部では、ゴーレムが集めた鉄鉱石によって、巨大な兵器が製造されていた……私たちの世界にある兵器とは規模が違う、高さだけで50mはあるだろう、巨大な二足歩行の兵器……巨人だ」
「50m……!? そんなの、ただ歩行するだけで町を一つ、地均しすることができる」
「あぁ、恐らくはそのレベル、私たちの世界で言う、核を搭載したMIRVなどに類する戦略兵器だと思われる」
「まーぶ? とは?」
「個別複数目標を同時に攻撃できる大陸間弾道弾の略だ、まぁそれはいい……便座上、その兵器は『鋼鉄巨人』と呼称する、私たちは鋼鉄巨人に直接接触し、調査を試みたが、大量のソルジャーゴーレムに阻まれ、撤退を余儀なくされた、あれが起動すれば被害は計り知れないだろう、一応、ゴーレムはかなり数を減らすことができたはずだが」

174 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:21:54 ID:zIZIY3hSc1

リゼちゃんは話を終えて、椅子に体を深く沈めた。
私との戦闘については、何も触れることはなかった。

「そうか、鋼鉄巨人……それなら、私たちのほうでわかったことがある」

続けてコルクちゃんは話を始めた。

「……私とポルカは洞窟に向かう前、まずこの町での情報収集を行おうとしていた、洞窟内の地図なども必要だったから」
「そうしているとこに、ソルトがやって来たんだよな」
「はい、ソルトはシュガーの任務とは別角度……神殿にある文献などから、今回のことについて調査を進めていました。
しかし……この事件がとある古代文明に関係することはわかったのですが、それ以上の情報は掴めなかったため、こうして現地に赴きました」
「本当はシュガー一人でも大丈夫だったけど、ソルトがいるなら2倍大丈夫だね!」
「そうですね、今回の件は、かなりの荒事になりそうですから、ソルト一人では不安がありましたが、シュガーがいるならなんの問題もありません」

言ってシュガーちゃんはソルトちゃんにじゃれついた。
ソルトちゃんも満更でもない様子で、シュガーちゃんの頭を撫でている。
正直羨ましい。

彼女らはここに来る直前、6人全員が合流したさいに鉢合わせた。
最初シュガーちゃんが、一人でも任務をこなせるとすねてしまったが、そこは彼女ら姉妹の仲の良さか、直ぐに納得し、二人で協力して戦うことを決めた。
ソルトちゃんの実力は知ってのとおり、シュガーちゃんもそれに準ずる実力を持つことは言うまでもない。
単体で見ればこれ以上はないというほどに優秀な戦力だ。

「ソルトが洞窟内の地図を既に持っていたので、私たち3人はそのまま洞窟へ向かった、そして、その洞窟の内部で『魔方陣』を発見した」
「その魔方陣からは、大量のソルジャーゴーレムが生産され、洞窟内の鉱石を採掘、何処かへ持ち出していました」
「私たちは魔方陣の破壊を決行、しかし、無限に増え続けるゴーレムに対処できず、撤退しようとした」
「そこに私が鉢合わせた、ってことだね」
「そうですね、ココアの力も借りて、魔方陣を破壊する寸前に、奴が現れました」

175 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:23:19 ID:zIZIY3hSc1

『奴』、その言葉だけで、場の空気が固くなる。
その名前を、リゼちゃんは重苦しく呟く。

「……カイエンか」
「はい、ソルトとココアで迎撃を試みましたが、洞窟を崩され、ココアが気絶、ポルカが重症を負い、私たちは撤退を余儀なくされました」
「そうか……奴はそっちに行っていたか」

くっ、とリゼちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
以前この町が襲撃を受けた際、彼女はカイエンに敗北している。
いや、そのまえにもずっと、辛酸を嘗めさせられているのだろう。
私と同じように。

「しかし、朗報もあります、洞窟が崩れたことで、その魔方陣は瓦礫に埋もれた、内部にいたゴーレムも同様の運命を辿ったでしょう、つまり、敵の増援はありません」
「つまり、ゴーレムの脅威はかなり薄れたと言うことか…それと、さっき言ってた……」

リゼちゃんの問いに、コルクちゃんが答える。

「鋼鉄巨人について? それなら……ソルト」
「はい、ソルトたちはあの洞窟で、石板を発見しました、そこに、鋼鉄巨人のものらしき情報が書かれていたのです」

いつの間にか拾っていたのか、ソルトちゃんは石板を机の上に置いた。
そこには、意味もわからない文字らしきものの羅列が書かれていた。

「ソルト、それ古代語?」
「そうです、シュガーも多少は読めるのでしたか」
「うーん、頭がこんがらがるからニガテなんだけど……」
「解読は既に、ソルトとコルクで終わらせています、ここには、あのゴーレムと鋼鉄巨人のことについて、書いてありました」
「なんて書いてあったんだ?」
「はい、あのゴーレムは、ソルトの調べていた通り、かつて栄華を極めていた強大な古代文明の遺産です」

ソルトちゃんは机に大きな画用紙を広げる。
そこには鋼鉄巨人についての推論が示されていた。
コルクちゃんが続ける。

176 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:24:36 ID:zIZIY3hSc1
「私たちの見た魔方陣は無限にゴーレムを増産する力を持っており、そして生産されたゴーレムには、最初から鋼鉄巨人を組み上げるためのプログラムが組み込まれている、ゴーレムはそのためにこの町を襲撃し、洞窟内の鉱石を掘り進んでいた」
「あれ? でもさっきソルトは洞窟が崩れたって言ってたよね? それじゃもう鉱石はとれないんじゃないの?」
「それなんですが、魔方陣の起動から逆算したところ、必要な資材は揃っていて、鋼鉄巨人もあと2日程度で組み上がる計算です、起動そのものは、既に可能な状態と見ていいでしょう」
「そんな……それじゃ、早く壊さなくちゃ!」

シュガーちゃんが言う。
しかし……50mの鋼鉄の巨人、明らかに人が相手にできる存在ではない。
軍隊で相手をするべき敵だ。

「それなら、言の葉の木から増援を呼ぶのは? ソルトちゃん、シュガーちゃんは七賢者だし、転移魔法も使えるから、できるはず」
「そうすべきでしょうね、今ソルトが動かせる七賢者直属の部隊と、ここにいる戦力だけではあまりにも心許ないですから」
「……ココア、残念だがそれは無理だ」

私の言葉は、リゼちゃんに遮られた。
その瞳は『もうやった』と言っていた。

「今日の夕方、言の葉の木はゴーレムたちの襲撃を受ける、残った七賢者たちは、それの対応に追われ動けない」
「なっ……!?」
「えっ!?」
「それは……予想外です」
「計画されていた、ということだ」

177 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:25:48 ID:zIZIY3hSc1

私以外に、ソルトちゃんとシュガーちゃんが狼狽する。
そういえばーー3週目、ジンジャーさんに神殿へ連れていってもらった際、神殿は殺気立つほどにあわただしい雰囲気だった、あれは、下の町が襲撃を受けていたからか。
増援を呼ぶことは出来ない、私たちだけで、鋼鉄巨人を倒さなければならないというのか。

「増援は望めない、ということですか……不味いですね、この文献によるならば、鋼鉄巨人を破壊するタイミングは今しかありません」
「どういうこと?」
「巨人は、無敵です、文献によると、一体で世界を蹂躙できる、とあります」
「そんな……」
「ですが、それは『完成していたら』の話です、まだ間に合います」

ソルトちゃんは強く言い切った。

178 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:30:25 ID:zIZIY3hSc1

「どういうこと?」
「今の鋼鉄巨人は、最も重要な機関が完成していない状態と思われます、鋼鉄巨人を無敵たらしめる為に必須となる機関が、でもそれはじきに完成します、そうなれば、世界は緩やかに、しかし確実に破滅へと向かうでしょう」
「それは一体……?」
「ココア」

私がソルトちゃんに問うと、コルクちゃんがそれを遮るように話しかけてくる。

「それは、あなたならわかるはず」

コルクちゃんは言った。
そして、その意味はすぐにわかった。

……『リピート』だ。

でも、何故コルクちゃんがそれを……?

「……ココア、話は全部リゼから聞いている、あなたがリゼと同じだってことも、なんとなく察していた」
「そう……なんだ」
「私も、ついさっきまで確証がなかったがな……だが、『リピート』の力があるならば、確かに奴は無敵だ、今、私たちがそうであるように」
「そういうこと」

リゼちゃんの小さな呟きを、コルクちゃんは肯定した。
そう、私がこうなった原因にして、目的を達成するためにもっとも確実な手段。

「鋼鉄巨人が持つ、最大にして、無敵と呼べる能力、それは『刻廻り』ーーあなたたちが『リピート』と呼んでいる力にある」
「それって……」
「鋼鉄巨人は、自らに不利な戦局を無かったことにし、過去に戻る力を持っている、と推測される」

私の頭に、一つの経験が思い出される。
里で戦っていた際、ループを重ねるたび、私に寄ってくるゴーレムの数が増えていた。
学習し、私を抑えるために的確に増援を配置していたのだ。

リピート。
リピート。
リピート。

何度でも時を戻して戦う、ならば、決して敗北はない。
何十何百何千の繰り返しの果てに、確実に目標を達成するだろう。
わたしがそうであるように。

セーブデータをロードするように不利な状況をやり直せれば、決して、負けることはないのだから。
すべてなかったことになり、都合の良い結果だけが現実となる。
悪魔の兵器だ、と私は思った。

179 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:30:46 ID:zIZIY3hSc1
今回はここまでです。

180 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:32:46 ID:jjzyExAzzU
うぽつ!

181 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:34:12 ID:jjzyExAzzU
鬼畜な兵器もあるもんだ

182 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/15 23:56:04 ID:/idfEPzsHK
リゼちゃんとココアちゃんの闘いがやばいっす(語彙力崩壊)

リピート…………タスクキル…?

183 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/16 00:16:40 ID:zIZIY3hSc1
>>180
>>181
感想ありがとうございます。
そうですね、鬼畜兵器ですね。
本編のソルトちゃんいわく、一機で世界中を侵略できる計算だったとのことなので、それらしくしてみました。

>>182
タスクキルでの戦闘リセットには私もお世話になりました……主にランプの限界チャレンジで。
敵にとっては私たちこそが、このssでの鋼鉄巨人のような存在なのかもしれませんね、あれやったら絶対に負けませんし……(勝てるとは言ってない)

184 名前:阿東[age] 投稿日:2020/02/16 06:42:45 ID:QJ2DjL.xQN
>>「その思想は、無辜の人を破滅へと導く悪魔の論理だ! お前のような優しい子が、何故わざわざ地獄に身を落とす必要がある!」

最近連載が終わったばかりのあるきらら作品の、あのキャラのことを思い出しました。(リゼに似た姿や性格と言うのが皮肉を感じる・・・)

事件に関わろうとする一般人を遠ざけようとするかっこいい刑事さんみたいですね。

185 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/16 12:47:30 ID:oGD7BHcy7q
>>184
ありがとうございます!
心情はそんな感じです、リゼちゃんって有事の際には自分が率先して皆を守らなければならない、というふうには思ってそうなので。
まぁ、台詞は趣味全開ですが……

186 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:10:55 ID:rYkz6qnl9A

「それは、どうすれば壊せるの? 『刻廻り』とやらの穴はどこにあるの? どうすれば、あいつを殺せるの?」

私は思わず立ち上がって言っていた。
漸く出てきた元凶の情報。
それを叩けば、全て終わるのだ。

「ココア、落ち着いてください……今から説明します」

ソルトちゃんはひとつ咳払いをし、説明を始めた。

「まず、前提としてですが……『時間を操る魔法』は、一部の例外を除き実現していません」
「あ……それは聞いたよ、技術的な問題って、でも、『一部の例外』って?」
「海の国の姫君とその眷属が、それに近い魔法を行使する、という報告書を読みました、個人でも限定的な使用であれば可能です、しかし、時間移動クラスの大魔法は不可能です、何故かわかりますか? 非常に簡単な理由です」
「え? それは……」

ソルトちゃんは私に聞いてきた。
時間を操る魔法そのものは、ある。
しかし時間移動などの強大な魔法は使えない。
その、簡単な理由……。

「簡単な、理由……エネルギーが足りない?」
「ご名答です」

ソルトちゃんは満足げに言った。

「時間移動は、明らかに理から外れた行為、それを現実にするのに必要なのは、まず莫大なエネルギーです、それこそ、国家の使用する数十年分の総エネルギーに匹敵する程の、そんなエネルギーを発生させる機関はこの世には存在しません……一つの例外を除いて」
「例外……? あっ……」

187 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:12:36 ID:rYkz6qnl9A

一つの例外……。
私は思い出した、以前、筆頭神官アルシーヴによって引き起こされた混乱。
女神にかけられた呪いを解くため、彼女は膨大なクリエを求めた。
クリエを内包する鉱石ーー『星彩石』など、クリエを産み出すためのあらゆる手段をかき集めたが、全く足りなかった。
そして彼女は、クリエを産み出すために、ある禁呪を使ったのだ。
それはーー

「……まさか、『オーダー』? 」
「正解です、冴えますね、ココア」
「私とソルトの推測では、鋼鉄巨人は時間移動のためのエネルギーに『オーダー』を利用していると考えられる、そして、それが『刻廻り』の唯一の未完成部分」
「どういうこと?」
「ココアとリゼは、『リピート』に巻き込まれてた、それはなんで? どうして鋼鉄巨人は単身でリピートをしなかった?」

そうだ。
それならば、私やリゼちゃんをリピートに巻き込むことにメリットはない。
自分だけが戻ればいいはずだ、そうすれば、私たちは行動の悉くに先回りされ、敗北が確約される。
そうしない理由……。

「……それが必要だったから、か? 私か、或いはココアが『リピート』に巻き込まれることが、時間移動の前提条件だから」
「そういうこと、『オーダー』は本来、呼び出したクリエメイトを『クリエゲージ』に閉じ込めることでクリエを吸収する、でも、ふたりはここにいる、鋼鉄巨人は時間移動をするにあたって、非常に煩雑な肯定を踏まなければならないらしい、でも、遠くない内に完成すると思われる、そうなったら……」

もしそうなれば、私もリピートに干渉することができない。
終わりだ。

188 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:14:25 ID:rYkz6qnl9A

「『刻廻り』を完成させないようにするには、どうすればいいの?」
「石板に書いていたところによると、鋼鉄巨人でリピートを完結させるのには、『パス』の力が必要」
「それは……きららちゃんの持っている力……まさか」

私は気づいた、頭から冷水をかぶったようだった。

きららちゃんはここにいない。
そして、コルクちゃん曰く、3日前にきららちゃんは、カイエンに敗北している。

ソルトちゃんはそんな私の表情を見て、その顔を曇らせる。

「3日前、この町での戦闘の際、きららはカイエンに連れ去られた、『刻廻り』の安定化に召還士ーー『パス』の力が必要だから、恐らくはきららをクリエゲージに閉じ込めることが、完成の条件の一つ」
「3日前……3日前、か」

まただ。
まだ、変えられない事象。
今から戻っても、きららちゃんを救うことはできない。

「ココア、その様子だと、『リピート』をしてもきららを助けることはできないみたいですね」
「でも、ココアが『リピート』を繰り返しているということは、まだ『刻廻り』は完成していないということ、今しかないとソルトが言ったのは、そういう意味、ココアがリピートを繰り返す限りは、恐らく『刻廻り』の完成はない」

そうだ、まだ間に合う。
鋼鉄巨人を倒しさえすれば。
でも……。

189 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:21:31 ID:rYkz6qnl9A

「これは私の推測だが……ココア、今何周目だ?」

考え込む私に向かって、リゼちゃんは静かに話しはじめた。

「……99周目、今日が3日目で、今夜、日付を跨ぐころまでの3日間を繰り返していた」
「私は95周目だ、6日前から3日前までの時間を繰り返していた、そして、私にはお前の行った99周の記憶がない、リピートの後の時間は『初めて』だ」
「え……!?」
「おそらく、私からは既にリピートの力が失われている」
「そんな……」

リゼちゃんは無情に告げる。
やっと、孤独に戦わずに済むと思ったのに……。

私を見て、リゼちゃんは無念そうに俯きながら、言葉を続けた。

「……そして、それが確かなら『リピート』には、主導権がある、一度に戻れるのは、鋼鉄巨人と、あと一人だけだ。
前が私で、今はココアがその主導権を持っている。
そして敵は、その主導権を他の『オーダー』で召喚された人間に移し変えることができる、更に、リピートの際に戻る時間も、変えることができる」
「そんな……」
「多分、リピートの際に戻る時間を変えるには、主導権を他の『オーダー』によって召喚されたクリエメイトに移さなければならない。
きららを誘拐した時点で敵の目標の一つは達していたから、主導権を私からココアに移し替えて、その直後に戻るようにしたんだ……ゲームの『セーブ』みたいに」
「そんな……」

また、一人か。
せっかく、同じ境遇の人と、ずっと会いたかった人と、会うことができたのに。
リピートが起これば、また無かったことになる。
私は……辛い、耐えられるだろうか。

190 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:23:18 ID:rYkz6qnl9A

「ココア……すまない、私にはお前と同じ時間を生きることはできない、私が止められなかったせいで、お前にすべてを背負わせてしまった……いっそ、怒ってくれても構わない」
「……」
「だけど……お前が何度繰り返そうと、私はお前の為に死力を尽くすことを誓う、お前は孤独じゃあない」

リゼちゃんが言う。

「私も同じ気持ち、今ここで死力を尽くさなければ、多分後悔する、微力ながら力になる」
「コルクだけじゃない、おれにも、守りたいものがたくさんある、そのために、おれの命を預けるぜ、ココア」

コルクちゃんとポルカちゃんが言う。

「シュガー、あんまり頭よくないから、みんなの言ってることよくわかんない、けど……」

シュガーちゃんは俯いて、しおらしく言った。
天真爛漫な彼女だが、流石に世界の危機とあっては緊張するのだろうか。

「……もし世界を救っちゃったりしたら、シュガーいっぱい、いーっぱい誉めて貰えるよね!?」

そんなことはなかったらしい。
顔を上げたシュガーちゃんは瞳をきらきらとさせて言った。

「……はぁ、全くシュガーは、緊張感というものがありません」
「むぅ……」
「ですが、それでこそシュガーです、シュガーとソルト二人なら、その力は2倍を遥かに越える」
「ソルト……」
「七賢者ソルト、シュガーは、貴方に力を貸しましょう、大船にのったつもりでいればいいです」

「みんな……!」

いや、きっと耐えられる。
また一人で繰り返さなくちゃならないかもしれない、でも。
回りを見る。

「ありがとう、でも、ひとつだけ」

コルクちゃん。
ポルカちゃん。
シュガーちゃん。
ソルトちゃん。
そしてリゼちゃん。

彼女らは、力になってくれる。
死力を尽くして戦ってくれる。
私は、一人ではない。

ーーでも、だからこそ。

191 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:28:44 ID:rYkz6qnl9A
「ーー死力なんて、尽くさないでほしい」

私は言った。
呟くような声、だけどその声は、強く空間に響いた。

「ココア……」
「わけのわからないことを言っているのはわかってる、多分私ひとりではカイエンには勝てない、ましてや鋼鉄巨人なんて、ありとあらゆる犠牲を払った上で、それでも勝てるかわからない……それでも」

強く言う。
それは、私の初志だ。
絶対に忘れてはならないものだ。

私が欲しいものは一つ『何も変わらない明日が欲しい』それだけだ。

しかしその願いは、この中の誰が欠けても失われるもの。
それを叶えることができるのは、口にすることができるのは、文字通りの全能の神、或いは絶対強者だけ。
私はーーあまりにも小さな存在だ。

『人は神にはなれはしない、神ですら全能にはなれない』

ライネさんの言葉の意味が、今となってはよくわかる。
これ程までの力を得ても、守りたいものすら守ることが出来ない、私の手は短くちっぽけで、掬っても救っても隙間からこぼれ落ちていく有り様だ。
だけど、だからと言ってあきらめることなど出来はしない。
目の前で大切なものを失う、心を引き裂かれるような痛みを、許容することなどできない。

だからこれは、ただの祈りだ。
自らの力を尽くした上での、祈り。

「それでも……おねがい、みんな死なないで……!」

私は誰に言うでもなく、ただ誰も死なないように、と祈った。

きっと、なんの保証もありはしないのだろうけど。
みんなは、静かに頷いてくれた。

192 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:30:41 ID:rYkz6qnl9A

そして夜。
私たちは、鋼鉄巨人があるという北の遺跡への侵入を果たした。

「先程よりも建造が進んでいる……?」
「もう完成しちゃうの?」
「そうはさせない、そのために、私たちはここにいるんだ」

リゼちゃんとシュガーちゃんが言う。

遺跡の内部は、減ったとはいえ未だに相当数のゴーレムが徘徊しており、危険だ。
そのため私達は、攻撃部隊と陽動部隊にメンバーを分けた。
私、リゼちゃん、シュガーちゃんと火力が高い組が攻撃、ソルトちゃん、コルクちゃん、ポルカちゃんが陽動部隊だ。

「もうすぐゼロアワーだ、陽動部隊がドンパチ賑やかにやったところで、私達が鋼鉄巨人を叩く、出し惜しみはするな、最初から全開で行くぞ」
「むふふ……場違いだけど、シュガーちょっとワクワクしてきちゃった」
「油断は禁物だよ、シュガーちゃん」
「わかってるよぉ、ココアお姉ちゃん、これでも七賢者なんだからね!」
「シッ、静かに……ゼロアワーまであと10秒だ」
「わかったよ」
「いえっさー!」

ついにここまで来た、そして今、始まろうとしている。
戦力差は未だに大きい、さらに敵の戦力は未知数。
しかし、やるかやれないかではなく、やるしかないのだ。
だからこそ、一人も逃げることなく、この場にいる。

「5,4,3,2,1ーー」

いま、この場所で、悲劇のすべてに幕を降ろすためにーー!

「時間だ! 攻撃開始!」
「とつげきー!」
「行くよ! 二人とも!」

時間になったと同時に、神殿を爆発の振動が襲い、陽動部隊が行動を始めたことを知らせた。

幾分手薄になった回廊を駆け、一路、鋼鉄巨人の元へ。

「っ!」

しかし、敵の数はゼロとはいかない、十体程度のゴーレムが前方を塞ぐ。
私は剣を引き抜き、その刀身にクリエの力を貯める。

193 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:33:14 ID:rYkz6qnl9A

「シュガーが一番乗りー!」

スキル『カスタードスマッシュ』ーー

その前に、シュガーちゃんが背に帯びた大剣を翻し一回転、敵襲弾に向かい思い切り投げつける。
クリエの力を纏ったそれは激しく回転しながら敵集団に迫り、防御のために構えられた剣ごとその胴体を叩き斬った。
攻撃の勢いはそれだけにとどまらず、その奥にいる敵も同様に切り裂いていく。
ブーメランのように戻ってきた剣をシュガーちゃんが器用にキャッチすると同時に、十体近くのゴーレムの胴から上がその場に滑り落ちた。

「やるね、シュガーちゃん!」
「ふふーん♪ シュガーだけど攻撃は甘くないんだよぉ」
「二人とも気をつけろ、まだ来るぞ」
「大丈夫! みーんなこのシュガー様がやっつけちゃうもんね!」

更に奥に現れたゴーレムの集団に、シュガーちゃんは突撃した。
大剣が翻り、ゴーレムたちが砕け散っていく。
まるで、暴風だ。
きゃっきゃと笑いながら繰り出される一撃は、一体どこにそんな力があるのか、恐ろしい威力を持っていた。
横に薙げば複数のゴーレムが吹き飛び、地面に振り下ろせば衝撃波でゴーレムが粉々になる。
このまま暴れれば遺跡が崩れるのではないかと錯覚するほど、シュガーちゃんの戦いぶりは凄まじかった。

「さすが七賢者……リゼちゃん、私達も負けてられないよ!」
「当然だ! 行くぞ!」

194 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:37:55 ID:rYkz6qnl9A

目の前に現れたゴーレムに、リゼちゃんは神速の突きを繰り出す。
一瞬で顔、胸、腹に風穴を開けられたゴーレムは、次の瞬間には煙になって消えた。

「退け! 人形どもっ!」

リゼちゃんの戦い方は、美しかった。
シュガーちゃんとは対照的だ、最小限の動き、最小限の攻撃で、確実に敵の急所を貫き、煙に還していく。

「よぉし! 私の華麗なる技を見ててね!」

二人に追従するように、私もゴーレムの前に躍り出た。

剣を振り下ろそうとするゴーレムを、その前に幹竹割りにする。
横薙ぎに振るわれた剣を打ち払い、その胴を袈裟斬りにする。
上下左右、敵の間を縫うように足を捌き、踊るようにゴーレムを次々と切り裂いていく。
私の通った跡には、ゴーレムの首がごろごろと転がった。

私たち三人を止められるものはなく、その全てが瞬きのうちに薙ぎ倒された。

そうこう戦いを続けていると、いつしか私たちは広間に出た。
高さだけでも数十メートル以上はありそうな、かなりの大広間。

そして、そこにそれは鎮座していた。

巨大な一対の足。
全身に排された重厚な装甲と、その継ぎ目から覗く無数の光。
そしてそれに挟まれるように配置された、巨大な目玉のような器官。
それがぎょろりと蠢いて、こちらを見据えた。

195 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:38:55 ID:rYkz6qnl9A

「これが……」

目玉の内部の瞳のような器官が大きくなり、その周囲が青い光を纏う。

「鋼鉄巨人!」

光が解き放たれる。
人一人を包み込むほどの太さの光条が、まるでホースで水を撒くように私達の視界を薙ぎ払う。

即座に散開した私達を追いたてるそれはまさしく害虫駆除の如く執拗さだった。
直撃した場所の地面は赤熱、溶融しており、石畳がそうなってしまうのであれば、人間など一溜まりもないだろうということは容易に想像できる。

そんな威力の攻撃を回避しながら、私たちはそれぞれにクリエを貯めはじめる。

「みんな、一気に行くぞ! 総攻撃をかける!」

とっておき『リゼの特性ラテアート』ーー

「私は、お姉ちゃんだから!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』ーー

「甘いだけだと思ったら大間違いだよぉ!」

とっておき『ふぁいなるしゅがーすぺしゃる』ーー

それぞれの最大の攻撃が、一斉に鋼鉄巨人へと放たれた。

196 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:42:46 ID:rYkz6qnl9A

ーー同時刻。

「くっそぉ! 凄い数だぞ!」
「陽動をやってるのだから、当然、でもこれは……きつい」
「ソルトたちの目的は敵を引き付けることにあります、二人とも、特にポルカは命を最優先に行動してください


ソルトたち陽動組は、多数の敵の波を押し返しながら、次々と現れる敵を捌いていた。

「攻撃は最大の防御……!」

地を蹴り宙を舞って、コルクは敵のど真ん中へと降り立つ。
無数の敵が、一斉に剣を向け、その細い体を刻まんと迫る。

スキル『砂塵嵐』ーー

しかしそのすべては、短刀によって捌かれた。
自信を取り巻くように放たれた無数の斬撃は、周囲のゴーレムを瞬く間に刻み散らす。

更に、周囲の敵ーー正確にはコルクの攻撃を浴びたもの全ての動きが、がくがくと揺らぎ、止まる。

「ポルカ!」
「あいよ!」

スキル『ぶっぱなす』ーー

ポルカは宙に飛び、背に負った巨大な戦槌を地面に向かって勢いよく振り下ろす。

地面が砕けひび割れ、発生した衝撃波が動きの止まったゴーレムたちの悉くを吹き飛ばした。

「今回は出し惜しみはしません、一気に数を減らします……!」

スキル「オニオンスープ」ーー

ソルトはハンマーを横薙ぎに振るう。
するとそこから巨大な竜巻が発生し、軸線上の敵を吹き飛ばした。

197 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:46:47 ID:rYkz6qnl9A

「ソルト!」

コルクの声と共に、なにかが竜巻の中に飛んでいき、割れた。
小型の試験管ーーその中に入っていた薬剤は風に乗って広がり、固まっていた敵ゴーレム全体を毒の風が襲う。
強力な麻痺毒に犯されたゴーレムたちは、その動きを大きく鈍らせた。

「いいサポートです、コルク! やああぁぁっ!!」

ソルトがハンマーを振り下ろすと、それに追従するように巨大な風の槌が敵に叩きつけられ、動きを止めた複数の敵を押し潰した。

「今です! 攻撃開始っ!」

ソルトの号令とともに、複数の影が踊り出て、足並みの乱れたゴーレムを次々と切り裂いていく。

それらは一様に黒い毛並みを持ち、金色の瞳が爛々と輝き獲物を見据える。
ゴーレムよりも一回り以上小さな体格にも関わらず、一歩も退かず、それどころかゴーレムを押し返す怒濤の勢いを持つ、狩人の群れ。

「くー(なんて数だ)」
「くくー(だとしてもやることは変わらん)」
「くー(あぁ、潰すぞ)」

それは、複数のクロモンソルジャー達だった。
ソルトとシュガーが現在動かせる唯一の戦力。
剣の扱いを極め、一人の戦士として完成した彼らの実力は、普通のクロモンとは比べるまでもない。

その力もあり、戦いは優勢に傾き始めていた。

「いい感じだな! このまま押しきって、鋼鉄巨人のところまで行っちまおうぜ!」
「いえ、待ってください……これは、敵の攻撃が薄い……?」

198 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:51:03 ID:rYkz6qnl9A

「な、何だ!?」
「ポルカ、落ち着いて、止まって」
「これは、この感じ……」

巨大な力が近づくのを、ソルトは感じていた。
かいた冷や汗が、汗に変わる。
周囲の気温が一気に上昇していく。

「……まさか!?」

叫ぶ、次の瞬間、天井が崩落した。
どかん、となにかが落着し、土ぼこりが舞う。
直後、喉と肺を焼くほどの熱気が、周囲を包んだ。

煙が晴れていく。
そこにあったのは、地獄の炎の色をした鎧。
燃え盛るような赤髪。

「君たちか、やはり来たな」
「カイエン……!!」

炎の戦士、カイエンの姿が、そこにあった。
無造作に剣を振るう、周囲に炎と火の粉が舞う。

「七賢者に、少女よ、よくぞここまで逃げずに来たな」
「ソルトは七賢者です、この国……ひいてはこの世界が危機にあるなか、逃げるなどと言う選択肢は存在しません」
「ほう、幼いながら、その勇気には敬意を払おう、しかし、蛮勇は身を滅ぼすぞ? 君はまだ若すぎる」
「ソルトを子供扱いしないでください、シュガーと違い、私は大人のレディなのです」

ソルトは余裕を持って言い、巨大な戦槌を構える。
膨大なクリエが彼女を取り巻き、暴風が周囲の炎をかき消した。
その力は、大人子供などという括りは関係なく、尋常ではないものであった。

「それに、このソルトが、強敵に無策で挑むおバカさんだとお思いですか?」
「ほう……?」
「ココアたちの手を煩わせるまでもない、貴方にはここで死んでもらいます」

とっておき『オペレーション・オブ・ソルト』ーー

クリエが収束、光となって拡散する。
その光がなくなると、そこには無数のソルトがいた。
それらは一斉に得物を構え、臨戦態勢をとる。

「さぁ、進撃開始です!」

叫びと共に、もうひとつの戦いの火蓋は切られた。

199 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/22 23:54:54 ID:rYkz6qnl9A
今回はここまでです。

200 名前:阿東[age] 投稿日:2020/02/22 23:57:06 ID:76Y9TQIBu9
お疲れ様です!

>>197

まさかクロモンたちまで登場するとは・・・。数が多いからこその力でしょうね。

201 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/23 00:05:13 ID:rYkz6qnl9A
>>200
感想ありがとうございます!

メインクエストでも本人のとっておきでもソルトちゃんは複数のクロモンを使役してますから、直属の部隊くらいはあるのかなと思ったので、登場してもらいました。
キャラが違うのは……ただのクロモンでなくソルジャーだから……

202 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/23 08:27:03 ID:M3tFmGPUgY
お疲れ様です!今回も手に汗握りました!

いよいよ両陣営手札を出してきた感じですね。残された手札は

・捕まっているきらら
・持ち出された専用ぶき(これはリゼかな?)
・リゼの前に『リピート』していた人がいたか
・ココアの死の呪いについて

辺りでしょうか。次回も楽しみにしています!

203 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/23 20:43:02 ID:6ubKmrub94
>>202
いつもありがとうございます!
仰った伏線のいくつかは今後の展開に深く関わってくる予定です。
遅筆ですが、今後も読んでいただけると嬉しいです。

204 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:06:26 ID:QjvjGgBp8G

掲げられた砲口が膨大なエネルギーの奔流を放つ。
巨大な竜巻が遺跡を破壊し無数の礫を巻き込みながら迫る。
絢爛たるクリエの光を纏う大剣が流星の如く勢いで振り落とされる。

同時に放たれた3つの『とっておき』、鋼鉄巨人に対するリゼちゃんの提案した戦術。

ーー発見次第、持ち得る最大の力でもって、防御、回避、反撃、その全てを行う前に敵を消し去る電撃作戦。

破壊出来ずとも、初激で損傷を与えることができれば、確実に勝利への道は近づく。

「な……っ!?」

ーーしかし。

すべての攻撃は、巨人へ『触れることすらなかった』

リゼちゃんの放った砲撃は飛沫となって消え、シュガーちゃんの大剣は弾き返され、私の放った竜巻は霧散して空気に溶けた。

見ると、鋼鉄巨人の周囲を淡い光が覆っている。
恐らくはそれが物理的な障壁となって、私達の攻撃を防いだのだ。

205 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:07:46 ID:QjvjGgBp8G

「バリアだと……!?」

リゼちゃんの叫びを嘲笑うかのように、鋼鉄巨人の足が動き、ゴミを掃くように周囲を薙ぎ払っていく。
動きは鈍いが、あれだけの大質量、当たればただでは済まないだろう。

それを後退して避けて、私たちは集まった。

「リゼちゃん! どうする?」
「シュガーの必殺技が効かないなんて聞いてないよー!」
「落ち着け! 攻撃を続ける、あれだけの大質量、無理をしていないはずがない!」

続けて、中央の目からビーム砲が放たれる。
大気を焼き迫るそれを、リゼちゃんは盾で受け止める。
かろうじて弾き飛ばしたそれは、遺跡を貫いて外の雨を中に入れた。

「あのバリアを突破し、足を叩くぞ! バランスを崩すことができれば、中央の頭は後でどうとでも料理できる!」
「でも、どうやってバリアを突破するの?」
「防御壁を周囲全域に展開するのは非効率だ、どこかに防御の薄いところがあるはず! 手当たり次第にブチかませ! 」
「わかった!」

言うやいなや、シュガーちゃんは弾丸のように鋼鉄巨人に突っ込んでいく。
それに反応して、鋼鉄巨人の目が淡く輝く。
攻撃の合図、またさっきのビームが来る。

「シュガーちゃん!」

リゼちゃんのようなナイトでもなければ、あれを受けるのは不可能だ、一瞬で蒸発させられる。

206 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:09:19 ID:QjvjGgBp8G

ーーしかし、それが放たれる直前、シュガーちゃんは行動していた。

「やらせないよー!」

スキル『スター・シュート』ーー

シュガーちゃんの手が掲げられ、そこに一瞬で複雑怪奇な魔方陣が形成される。
次の瞬間にはそれは無数の岩の弾丸となって、狙いたがわず鋼鉄巨人の頭を撃ち抜く。

しかしそれは、再び現出した光の壁によって、何の手ごたえも与えず砕け散った。
鋼鉄巨人の頭部の砲口が光を湛える。

直後に、それは極太のビームとなって放たれた。

それは着弾した地面を爆砕、周囲の地面を溶融させるほどの威力、直撃したならば、跡形も残らないだろう。

「そーれ! よいしょ! 」

スキル『スター・ブレイク』ーー

しかし、無数に放った魔法を目眩ましに、シュガーちゃんは既に上空へ跳んでいた。
クリエの光を纏った剣が、重力を乗せて大上段より振り下ろされる。

再び光の壁が展開、シュガーちゃんの剣とぶつかり合い、激しいスパークが散る。
しかし一瞬の拮抗の後、シュガーちゃんは虚しく弾かれた。

「もー! 硬ったいよぉ!」

207 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:11:21 ID:QjvjGgBp8G

シュガーちゃんは空中で体制を建て直し、身軽に着地する。
しかし、そこに鋼鉄巨人の巨大な足が迫る。

「やば……!」
「ーーやらせないよ!」

それが振り落とされる前に、私は動いた。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

私は鋼鉄巨人の足へ向かい、高速の三連激を放った。
その攻撃も、例に漏れず光の壁に阻まれる。
しかし、僅かに鋼鉄巨人の足の軌道をずらすことはできた。
足がシュガーちゃんの傍らを打ち砕く、地面が爆砕し、発生した無数の礫を、シュガーちゃんは大剣を盾にしてやり過ごした。

そして、その止まった足に向かい、私は切りかかった。

先程の攻撃、ダメージは通らなかったが、鋼鉄巨人を衝撃で動かすことはできた。
なれば、その防御は完璧なものではないはずだ。
ダメージを蓄積させれば、いつかは破壊できる筈。

「はあっ!」

ばちん、と光が走り、私の剣を止める。
見た目に反して硬い、まるで鋼鉄をぶったたくように、手に痛みと痺れが走る。

「っ! まだまだ!」

負けじと切りつける。
いつもの踊るような剣技とは違い、地にしっかり足をつけての強烈な一撃。
ゴーレムならば5体程度並ばせてもまとめて切り裂く威力の一撃、それを連続で放つ。
まるで岩でも斬っているような、重い感覚だけが腕に残った。

208 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:12:41 ID:QjvjGgBp8G

それに苛立ったのか、鋼鉄巨人は足を動かし、サッカーのキックのように私に蹴り上げを放った。

「うおおおおぉぉぉぉーっ!!」

ーースキル『メモリア・ストライク』

それに向かい、真正面からスキルの刃を放つ。

ーーしかし、鋼鉄巨人の足はそれをものともせず弾き返し、私に迫った。
先程とうってかわって、その軌道を逸らすことすらできない。

「っ!」

直撃すれば間違いなく死ぬ。
体格差は大人とネズミほど、全身の骨を打ち砕かれ、内蔵が悉く破裂し、遺跡の壁に叩きつけられた私は面影すら無いだろう。

「ココア!!」

リゼちゃんの叫びが聞こえる、間に合わない。

「くっ……! まだ! まだ終われない!」

とっておき『燃えるパン魂』ーー!

剣先に爆炎が出現する。
私はそれを迫り来る鋼鉄巨人の足へと投げつけた。
爆発、凄まじい焦熱と爆風が周囲を襲う。

ーーその直後に、鋼鉄巨人の足が振り抜かれた。

大型車両の交通事故の如く凄まじい衝撃が私を襲い、体がゴルフボールのように大きく吹き飛ぶ。

209 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:14:19 ID:QjvjGgBp8G

攻撃の直前に見た、リゼちゃんとシュガーちゃんの顔には、諦めが浮かんでいた。
耐えられる筈はない、と。

私は衝撃を殺しきれず、地面に何度も何度も打ち付けられる。

ーーしかし、私は吹き飛びながら剣を地面に突き刺し、数十メートルもの地面を両断しながら、静止した。

「はぁ、はぁ……」

成功した、どうにか成功した。
咄嗟に放ったとっておきによる爆発で、衝撃を和らげたのだ。
カイエンの行っていた防御方法、かなりの荒業だが、役に立つとは思わなかった。

しかし、鋼鉄巨人の目が光り、更にビーム砲による追撃が来ようとしている。
即座に回避行動ーー

「ーーぐうっ!」

体に痛み、動きが一瞬止まる。
鋼鉄巨人の瞳が瞬き、凄まじい熱気が肌を焼く。

しかし、私を焼き払うはずの攻撃は、間に入ったリゼちゃんによって止められた。
リゼちゃんの盾によって弾かれたビームが四方八方に散り、真後ろを除いたあらゆる場所を薙ぎ払っていく。

「ココア、無茶はするな!」
「リゼちゃん……ごめん! ありがとう!」

210 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:16:05 ID:QjvjGgBp8G

盾に弾かれた閃光が止むと、その先には鋼鉄巨人の足裏があった。
ビームではリゼちゃんを倒せないと理解したか、今度は物理的にこちらを潰す魂胆か。

「このぉ、お姉ちゃんたちをいじめるなー!!」

スキル『カスタードスマッシュ』ーー

それを見かねたシュガーちゃんは一回転し、円盤投げの要領で手に持つ大剣を鋭く投げ飛ばす。

先程十数体のゴーレムの上、下半身を泣き別れさせた一撃、しかし鋼鉄巨人の頭部に投げられたその先には、光の壁が展開している。

大剣は光の壁に衝突、閃光をあげながら拮抗するが、数秒の後に虚しく弾かれ、その場に落下していく。

「やられるものか! はあああぁぁぁっ!」

膨大な質量が空気を引き裂いて迫り来る。

「リゼちゃん!」

リゼちゃんの構えた盾と鋼鉄巨人の足が激突し、衝撃波が周囲を薙ぐ。
リゼちゃんの足元がクモの巣上にひび割れ陥没していき、その桁違いの威力をありありと示していた。
正しく象に踏まれる蟻の光景、普通ならなす術もなく圧死している。

211 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:17:20 ID:QjvjGgBp8G

「ぐっ……ああああぁぁぁぁぁっ!!!」

スキル『ここは私の見せ場だな!』ーー

しかし、彼女はクリエメイトだ。
リゼちゃんは耐えていた、スキルによって展開した光の壁が、鋼鉄巨人の足をギリギリのところで抑えていた。

しかし、壁がひび割れる、限界まで張り詰めた筋肉が千切れる音が聞こえる。

破滅的な圧力に曝された盾が赤熱し、金色に輝く。

リゼちゃんの右手に構えられた拳銃が連続で火を吐き続ける、この銃を撃ち続ける限りは、自分が耐える限りは、誰かが死ぬことはない、そう願うように、ただ。

「ぐっ……! 二人とも、今だ! コイツの足を潰せ!」

リゼちゃんが叫ぶ。
敵の攻撃を一点に引き受け、他のメンバーを攻撃に集中させる。
ナイトたるリゼちゃんの真骨頂と言える。
しかし、この威力の攻撃では、流石のリゼちゃんでも長くは持たない。

「リゼちゃん……! わかった、シュガーちゃん、行くよ!」

212 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:20:08 ID:QjvjGgBp8G

鋼鉄巨人の足の範囲から逃れた私は素早く側面に回り込み、攻撃を放つ。
もう、誰の死ぬところも見たくはないから。

「お姉ちゃんをいじめるなって言ってるでしょー!!」

スキル『シュガーランブル』ーー

弾かれ何処かに行った剣を捨て、シュガーちゃんは身一つで鋼鉄巨人に飛び込んだ。

獣の如く鋭い動きで一気に間合いを詰めた彼女は、鋭い正拳突きを放つ。
空気を穿ち、その衝撃波ですらそこらの魔物を殺傷せしめる威力を持つであろうそれを、シュガーちゃんは続けざまに繰り出した。

「これで!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

同時に、私の剣閃は巨大な風の刃を発生させ、左右から挟み込むように鋼鉄巨人を襲う。

「くっ……」

しかし、私達の全力の攻撃ですら、鋼鉄巨人のバリアを貫くことはできない、剣は拳はバリアと干渉し激しい電撃を放ち、止まる。

213 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:27:00 ID:QjvjGgBp8G

このバリアは抜けない。
まだ足りないのか、まだ勝てないのか、やはり私達だけではーー

「ココアおねーちゃん!」
「!」

シュガーちゃんの声。
彼女を見る、その瞳、その心は折れてはいなかった。
シュガーちゃんは、更に拳を振り下ろす。

「まだソルトが戦ってるもん、シュガーは絶対に諦めない!」

スキル『カスタードパンチ』ーー

拳&#25802;がバリアを叩き、光の波紋が広がり消える。
シュガーちゃんはまだあきらめていない、まだ一度たりともまともなダメージを鋼鉄巨人に与えられていないと言うのに。

「私は……! そんなもの……!」

スキル『ホイップチョップ』ーー

続いて鋭い手刀がバリアの表面を裂く、波紋が揺らぐ。
その手には剣すらない、それでもなお自らの四肢を武器として戦い続ける。
私より一二回りも小さな子が、だ。

だと言うのに、私は何だ。
私は……私は、一体なにを考えている、なにをやっているのだ。
折れないと誓ったのではないのか。
誰の死ぬところも見たくないのではないのか。
何も変わらない明日を、取り戻すのではないのか。
そんなもの、そんなものは。

「お姉ちゃんじゃ、ない!!」

スキル『狙ったエモノは逃がさない!』ーー

剣が炎を纏う。
魂と気合と、希望とを薪として燃え盛る炎。
それは目の前の絶望を、あらゆる全てを切り裂き拓くものと、私は信じた。
火の粉の軌跡を残しながら、それを大上段から振り落とす。
僅かな手応え。
光の壁に、小さな亀裂。
亀裂に向かい剣を突き込む。

214 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:28:40 ID:QjvjGgBp8G

「消えろぉぉぉ!!」

雄叫びをあげながら、引き裂くように剣を一閃。
障子紙を破くように、光の壁が大きく『裂けた』。

「やった……!」

その瞬間、鋼鉄巨人は初めて、『駆除』以外の行動ーー『後退』した。
リゼちゃんを潰し殺そうとしていた足が離れ、地響きをあげながら、鋼鉄巨人が大きく距離を離していく。

その頭部が瞬き、発狂したように無数の光弾が放たれる。

その一つが、地面に膝をつき疲労困憊のリゼちゃんを狙う。

「リゼちゃん!」

叫ぶ、リゼちゃんは動かない、動けない。
鋼鉄巨人の連射する光弾は、まともに当たればいくらナイトのリゼちゃんとはいえ塵芥と化すだろう威力を持っていた。
走る、間に合わない、距離が遠い。
頭が痛い。

僅か数メートルであろう距離が、今は地球の反対側ほどに遠く感じる。
目に映る全てがスローモーションとなり、まるでリゼちゃんの死ぬところを余すところなく脳に焼き付けろと言うかのように感じた。

届かない、もっと、もっと早く動ければ、リゼちゃんを助けられるのに。
体の動きは致命的な程に遅い。
その事実は、あまりにももどかしく、あまりにも悔しかった。

私に、もっと力があればーー

頭が痛い。

215 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:29:20 ID:QjvjGgBp8G

「え……?」

そのとき、世界が、歪んだ。
脳震盪でも起きたのかと思った。
しかし、体も思考も普段よりむしろ早く動きーー

ーー絶対に届かないはずの距離にいたリゼちゃんを、私は横抱きにしていた。
後方で爆発、爆風が髪を激しく揺らす。

「……!?」
「コ……ココア、すまない、大丈夫だ」
「リゼちゃん……こちらこそ、守ってくれてありがとう」

疑問はあとだ。
私は鋼鉄巨人に向き直り、一気にその距離を詰める。
バリアを破壊した今なら、鋼鉄巨人に攻撃が通じるはず。

光の雨をくぐり抜け、その装甲へ向けて剣を振り下ろすーー

ーーしかしその攻撃は再度、光の壁によって阻まれた。

「な……っ!?」

216 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 22:30:21 ID:QjvjGgBp8G

硬直する私を、鋼鉄巨人の足が襲う。
後退して回避し、私たちはまた、3人で集まった。

「再生が早すぎる……! 10秒ちょっとしかないよ!?」

私は思わず叫んだ、いい加減にしろと言いたかった。
私たち三人が命をかけて全力攻撃をして、漸くバリアを破壊したと思ったら、それが即座に再生したのだ。

最早理不尽、とすら言えた。

「喚いても仕方ない、他の方法をーー」

ーーその時、どかん、と。
凄まじい轟音が響き渡り、さらにそれに伴う激しい地震が、遺跡を激しく揺らした。

「ーー何の音!?」
「ココア、危ない! シュガーもこっちへ、早く!」
「わかった!」

地震によって遺跡の一部が崩れ、大量の岩が雨のように降り注ぐ。
一ヶ所に集まった私たちは、巨大な岩の直撃だけを避け、小さいものはリゼちゃんが防ぐことで、生き埋めになることを防いだ。

30秒ほどで崩落は治まり、崩れてなくなった天井より、どしゃ降りの雨が降り込んでくる。

217 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 23:09:24 ID:QjvjGgBp8G

「一体何があったの……?」
「何かの爆発のようだったが……しかし、この崩落で、鋼鉄巨人も生き埋めに……」

その時、何か巨大なものが動き、大量の岩塊と土煙を巻き上げる。

「……なっているわけはないか」

土煙が晴れると、全身に発生させたバリアを淡く輝かせる鋼鉄巨人が、どこの損傷もなく鎮座していた。

鋼鉄巨人は、その目を威嚇するように光らせ、こちらを見る。

「くっ……」

即座に剣を構える。
奴を倒す方法は見つかっていない、なにか、糸口のようなものはあるが……。
このまま戦ってもじり貧だ、一人が倒れたとたんに総崩れになるだろう。

ーーしかし、鋼鉄巨人はこちらを一瞥だけして、明後日の方向へと足を踏み出した。

「っ、何処へ行く気!?」
「私たちを無視して、周辺への進撃をかけるつもりか!」
「追うよ! あれが市街地に向かったなら、大被害になる!」
「ま、まって、お姉ちゃんたち!」

シュガーちゃんが、私たちを制止する。
その表情には、珍しく狼狽があった。

シュガーちゃんは周辺の瓦礫に向かい、それを勢いよく掘り進んで行く。

「……やっぱり、ソルト!?」

そこには、瓦礫の下敷きになったソルトちゃんがいた。

218 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/02/29 23:10:09 ID:QjvjGgBp8G
今回はここまでです
書き溜めが少なくなってきた……

219 名前:阿東[age] 投稿日:2020/02/29 23:29:50 ID:G0WsG2r4W6
ソ、ソルトが・・・。すごく心配です・・・。

220 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/01 01:32:25 ID:GhRXCal4b1
たいへんだ

221 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/01 19:06:41 ID:RYq9PRreXo
>>219
>>220
ありがとうございます!

二ヶ所での戦闘は平行して書いていくので、次はソルト、ポルカ、コルクたちがどんな感じの戦いをしたか書いていこうと思ってます。

222 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:02:43 ID:pTN3QJ529b

ーーソルトの産み出した無数の幻影は、扇状に散り、カイエンを囲むように八方三百六十度より迫る。

「馬鹿の一つ覚えではないのだろうが……その数は面倒だ、間引かせてもらおう」

スキル『インセンディアリー・ボム』ーー

カイエンの周囲に複数の火球が出現する。
コルクの周囲に放たれたそれは地面に触れると同時に爆発し、辺りを一瞬にして灼熱地獄へと変える。
その炎は全く消える気配を見せず、周囲に焼けつく炎熱を振り撒き続ける。

炎に阻まれ、部隊の一部が止まる。
が、しかし、そのなかを果敢に進み、カイエンへと肉薄するソルトの姿が4つ。

その内一体が、カイエンの正面より突撃、槌を振るう。
炎の中を突進してくると言うことは、ダメージを受けていない、即ち実体がないと言うことだ。

「……いや、違うな!」

しかし、カイエンは無造作に反撃の剣を振るい、ソルトの一撃を受けた。
甲高い剣激が響く。
一瞬の拮抗の後、ソルトの槌は容易く吹き飛ばされ、二激目にて容易くその体を切り裂かれた。

ーー同時に変身が解ける、絶命したクロモンソルジャーが、ゆっくりと地面に付した。
その隙に残りの三体はカイエンの脇を駆け抜け、反転、3方向より同時に攻撃を加える。

「……ほう?」

以前ならば、これらは等しく幻影だった。
ならば、無視すれば良いだけの話だ。
しかしカイエンはその三体からの攻撃を、後退することで避けた。
振るわれた槌と剣は、空を裂き、地を割った。
それを見て、カイエンは僅かに微笑む。

「今度は実体があるということか、面白いーー!」

223 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:03:53 ID:pTN3QJ529b

後方からの三体、更に前方からも三体の計六体のソルトが、同時にカイエンへ得物を振るう。

360度全方位からの攻撃、防ぐことはできないはずーー

「ーーだが、実力が伴わなければ、私の炎を止められんぞ?」

スキル『デイジーカッター』ーー

言って、カイエンはその場で剣を振るい一回転。
追従するように炎が弧を描き、周囲全体を襲う。

ソルトーー6体のクロモンたちはその武器をカイエンに届かせる前に、まとめて焼き払われた。

ーーそして、そのときには既にコルクは、炎に紛れて飛んでいた。

「……!」

襲い来る炎を宙返りしながら飛び越え、そのまま天井を蹴り加速。
コルクは一瞬にしてカイエンの間合いを踏み越える。

スキル『辻風』ーー

弾丸のような速度を保ったまま、駆け抜けざまに両の短剣で首を狩る。
自らに出せる最高速、虚をついた一撃。

224 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:05:25 ID:pTN3QJ529b

ーーしかしそれすら、カイエンはギリギリのところで対応して見せた。
短剣がカイエンの頬を浅く切り裂き、反撃として振るわれた炎の刃が、コルクの髪を僅かに持っていった。

「おおりゃああぁぁっ!!」

更に、大剣を楯にしたポルカが炎の中を突っ切り、カイエンへと立て続けの斬激を浴びせる。

大上段からの一撃を、カイエンは後退しながら受ける。
ポルカは勢いに乗り、大剣の質量を存分に生かした力強い連激を加えていく。

「ほう、手傷を負った身でよくやる、だが……攻撃が荒い」

ポルカの攻撃が繰り出される直前、カイエンは前に出る。
そして、その初動を剣で止めた。
いくら強力な斬激とはいえ、威力が乗る前に止められては意味もなく、ポルカは動くことも出来ずに隙を晒す。

無防備になったポルカの腹に手が翳される。
カイエンの手に炎が渦巻く。

「残念だ」

瞬間、爆発がポルカの体を焼き、吹き飛ばした。
岩壁に叩きつけられーー変身が解ける。

225 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:06:45 ID:pTN3QJ529b

「っ!」

カイエンは素早く、落ちていたクロモンの剣を拾う。

ーーそして、コルクとポルカの攻撃が左右から同時にカイエンを襲った。
挟み込むようにして襲いかかる2人の攻撃を、2つの剣で同時に受け止める。

「速い……タイミングは完璧だったはずなのに……!」
「化物が、獣みたいな反射をしやがって!」

二人は口々に言う、鍔競りあった剣はギリギリと音をたて、全力が込められていることを示す。
しかし、カイエンは片手でありながら、その剣を押すことができない。
なんという反応速度、なんという馬鹿力か。

「どうやら、君たちは本物のようだな?」

カイエンは冷ややかに一瞥し、両の剣を弾いて後退する。
コルクとポルカは背中に伝う寒気を自覚しながらも、追撃を仕掛けた。

「だったらなんだよ!」
「惜しい、そう思ってな」
「余裕綽々……その顔、直ぐに歪むことになる」
「やってみせろ、やれるものならな」

226 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:07:48 ID:pTN3QJ529b

言い終わる前に、コルクは斬りかかった。
跳躍し、落下の勢いを乗せて大上段から二刀を振り抜く。

それは容易くカイエンに受け止められるが、勢いを利用して宙返り、その後方へと飛ぶ。

振り向き様に振られた反撃ーー体制を低くしてかわす、被っていた帽子が溶斬されて吹き飛ぶ。

続けて迫る唐竹割りーー横に飛ぶ。
それを追うように薙ぎ払いが迫る。
対面には壁、追い詰められたーー!

「くぅっ!」

コルクは素早く壁を蹴って駆け上がり、そのままバク転、致命の一撃を回避する。
カイエンの剣は石造りの壁を溶斬し、赤熱する一文字を描いた。

石造りの壁があぁなるのならば、人の体でも同様であることは言うまでもない。
コルクは心臓が凍る思いだった。

「チィ! 素早いな!」

227 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:09:14 ID:pTN3QJ529b

更に、左手の刃による追撃も、コルクは間一髪、飛び退いて避ける。
着地と同時に左の短剣を投げつけ、一刀のみを構えて突進。

ギリギリで首を反らしたカイエンの耳の横の壁に短剣が突き刺さる。
そして、一瞬できた隙にコルクはカイエンの剣の間合いの内側へ入り込んでいた。

遠距離では魔法で焼かれる、中、近距離ではカイエンの剣を凌ぎきれない、共に10秒と持たないだろう。
故にコルクにとれる戦法は、短剣の取り回しの良さを生かした極近距離での切り合い以外にはない。

頭への二段突きーー体捌きのみでかわされる。
反撃の横薙ぎを体を落として避け、足を刈る。
後退され避けられる。
壁に突き刺さった短剣の片割れを回収しながら、間合いを詰める為にコルクは猛然と襲いかかった。

二刀同士の切り合い、狂ったリズムで鳴り響く剣激の数は、一対一の戦いとはとても思えない程のものだ。
左右に更に上下、前後も加えて多方向より振るわれる剣舞は、カイエンの剣技をもってすら、容易に打ち破ることが出来ない。

左の幹竹割りを回転しながら避け、コルクはそのまま素早く後方に回り込む。
そして放った二刀の連激は、初激が弾かれ、二激目にはついにカイエンの腹部に僅かな傷をつけるに至った。

228 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:10:24 ID:pTN3QJ529b

「っ! 強いな、君も! ならば足元を封じる!」

スキル『インセンディアリー・ボム』ーー

カイエンの周囲に複数の火球が出現する。
コルクの周囲に放たれたそれは地面に触れると同時に爆発し、辺りを一瞬にして灼熱地獄へと変える。
その炎は全く消える気配を見せず、周囲に焼けつく炎熱を振り撒き続ける。

「しまっ……!」

逃げ場を塞がれたーー!
回避出来ない、カイエンの攻撃が迫る。

「おれを忘れてんじゃないのか!?」

スキル『グレートスラッシュ』ーー

ポルカの剣が激しい炎を纏い、振りかざされた剣先から炎の刃が飛翔しカイエンを襲う。

カイエンは剣を一振り、炎の刃が弾かれ横の壁で爆発する。
続けて来る上段からの攻撃を、二刀でもって受け止める。

「攻撃が軽いな、その体でよくやる」
「余計なお世話だよ! おれにだって、矜持ってもんがあるんでな!」
「残念だ、今の君はあまり殺したくはないが」
「虐殺者が、騎士道染みた台詞を言いやがる!」
「違うな! 強者の台詞だ!」
「野郎っ!」

229 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:11:05 ID:pTN3QJ529b

剣が払われ、左の一刀がポルカの喉元を襲う。
体を反らして回避、回転、横の薙ぎ払い。

後退して避けたカイエンを、連続で斬りつける。
唐竹、袈裟、二段突きーーカイエンは全てを体捌きだけでかわし、反撃を振るってくる。

間合いを積め、回転しながら二刀での連激。
大剣を使うポルカにとっては不得手な間合い、後退しながら剣を振るい、嵐のような攻撃をどうにか受ける。

止めとばかりに振るわれた大振りな横薙ぎを膝を落としてかわし、素早くカイエンの横に回る。

「はあぁっ!」

素早く放った反撃は、しかし背中越しに宛がわれた剣によって受け流され、後退しながら近づくなとばかりの横薙ぎ。
両者は距離をとって再び相対した。

230 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:14:04 ID:pTN3QJ529b

「くっ……この炎、消えない……!?」

取り巻くように燃え盛る炎に阻まれ、二人の戦いを見ていたコルクの傍らが光り、次の瞬間にはコルクはソルトの傍らにいた。

「何!?」
「転移魔法の応用です」

事も無げに彼女は言った。
ソルトの手には不可思議な紋様の魔方陣が輝いている。
ポルカがカイエンを押さえている間に、炎に閉じ込められたコルクを、その場を動かぬまま助け出したのだ。

……自分を移動させるのでなく、遠くのものを引き寄せるーーそれがどれ程の難易度であるのか想像がつかなかったが、やはり彼女は七賢者なのだ、とコルクは改めて思った。

「時間をかけることに意味はありません、奴が本気で攻勢に出れば、損耗は避けられませんから」

ソルトは今までの戦いの中で、カイエンの戦法をある程度理解していた。
その最大の特徴は、派手で強力な魔法攻撃ーーだけではない。
それによって孤立分断、動揺したところを、一人ずつ始末していく周到さ、さらにカイエンの剣技は、あの七賢者フェンネルですら防ぎきれるかわからないほどに激しい。

結論から言えば、一体多において、カイエンは危険極まりない実力を発揮する。
しかし、それは攻勢に回られたときの話。

「必要なのは、魔法攻撃を放たせないほどの絶え間ない連携攻撃、ソルトの戦い方は甘くはありません」

そのために、直属のクロモンの部隊まで連れてきたのだ。
既に半数近くが討死している彼らに、ソルトは一つ、こう命令した。

『ここで死んでください』と。

231 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:15:17 ID:pTN3QJ529b

彼らは一つ返事でそれを承諾した、そうすると知っていた。
そういう命令ができる、できてしまう。
彼女は幼い身空でありながら、それしかないとわかってしまう人間で、それを実行できてしまう人間だった。

「敗けるわけにはいきません、ここは人類存亡の最前線、この戦いに二の矢はないのですから」

シュガーには、こうはなってほしくない。
ソルトはそう思った。

ーー感傷を振りほどき、腕を掲げたソルトの掌に、一瞬にして魔方陣が形成される。
カイエンとポルカが切り結び、間合いを取ったその一瞬、ソルトはそれを放った。

スキル『スター・シュート』ーー

周囲に吹き荒れた風が螺旋状に収束し、爆裂の勢いをもって放たれる。

「猪口才な……!」

風の大砲と言えるそれは、一般的な自然現象のそれとは一線を画す威力を誇る。
この遺跡の壁に当たればそれを粉々に砕くであろう威力、カイエンはそれを、正面から受け止めた。

片方の剣を地面に突き刺し、大上段よりの渾身の斬激。
剣とぶつかった風の大砲は、一瞬の拮抗の末、屈服し霧散した。

232 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:16:48 ID:pTN3QJ529b

しかし、ソルトにとって、この程度は予測済みだ。
そのときには、既に次の技が放たれようとしていた。

スキル「アルアヒージョ」ーー

戦槌より放たれた魔法の超常は、先ほどのそれを更に上回る威力でもって、カイエンに襲いかかる。

「魔法の撃ち合いか? ならば受けねば、無作法というもの……!」

スキル『ドーラ・グスタフ』ーー

カイエンの両掌に炎が収束。
今にも破裂せんと不規則に燃え盛るそれは、風の大砲に相対するにふさわしい、炎の大砲ーー

次の瞬間には轟音とともに放たれたそれは、ソルトの放った魔法とぶつかり合い、炸裂、有り余るエネルギーをもって周辺を打ちのめす。

周辺を土埃が覆い、半壊した遺跡が僅かに崩れる音を除いて、周囲に静寂が広がる。

ーーしかし、その静寂は、一瞬だった。

「ブチかますぜ! でえぇりゃぁぁっ!!」

スキル『ぶっぱなす』ーー

「チィッ!」

爆発の直後、煙の中を駆け抜けていったポルカによって放たれたスキルの刃。
それをまともに受けたカイエンは、その威力で大きく距離を離す。

233 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:22:10 ID:pTN3QJ529b

「ーーソルト!」
「総員、魔法攻撃準備」

ソルトの掛け声とともに、残っていたクロモン部隊がそれぞれに武器を掲げ、複数の魔方陣がカイエンを捉える。

「撃ぇ!」
「くー!(ファイア!)」
「くー!(ファイア!)」

号令と共に無数の魔弾が空間を駆け抜ける。
色とりどりのそれらは全てカイエンの周囲で爆発、光を放って神殿を揺らがした。

「ーー次弾準備、急げ」

ソルトの言葉と共に、クロモンたちは再び魔法の構築を始める。
これで終わる筈はない、塵芥に消し飛ぶか、最低でも死体を確認するまでは……

そして、それは直ぐに現実になった。

スキル『フォックストロット』ーー

煙の中より、無数の炎の矢が飛び出し、扇状に展開。
魔法の構築で動けないクロモンを襲う。

「くっ……回避をーー」
「しなくていい!」

コルクはソルトの叫びを遮り、前に出た。

その身からは、一目見てわかるほどに、盛大なクリエの光が沸き立っている。
コルクは視界を埋める殺到する炎の矢に向かい、短剣を構えた。

「攻撃は最大の防御ーー!」

スキル『砂塵嵐』ーー

クリエを解放。
回転しながら、無数の斬激を周囲に放つ。
そのひとつひとつが、石造りの壁に深く傷跡を刻み込む威力。
嵐そのものとなって巻き上げられた無数の風の刃は、迫り来る炎の矢を一つ残らず叩き落とすに至る。

234 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:23:38 ID:pTN3QJ529b

「ーー撃ぇっ!」

掛け声と共に、魔法攻撃の次弾が放たれる。
再び、大爆発が神殿を激しく揺らした。

「くっ……! やる!」
「まだです……! 貴方は、ここで排除します」
「何!」

次弾発射と同時に跳躍、ソルトは一気にカイエンとの距離を詰める。
掲げられた戦槌には、強く輝くクリエの膨大なエネルギーが纏わりついている。
間違いなく、必殺の一撃。

スキル『ソルティードッグ』ーー

空中から叩きつけるように戦槌が振られる。
追従するようにカイエンに襲いかかった風の槌の威力は、その空間ごと圧殺せんとばかりだった。

殺人的な圧力によって地面が円形に砕け陥没し、更に周囲全体に大きなひび割れを発生させる。
その中心にいるカイエンは、常人なら血溜まりになっているであろう破壊の中で、あろうことか立っていた。

「ぐっ……がはぁっ!!!」

風の槌が霧散する。
しかし、苦悶の叫びをあげながらも、カイエンはそれを耐えきったのだ。
ソルトは驚愕していた、こんなことは初めてだったからだ。
ーーだが、予想していなかったわけでは、なかった。

235 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:26:15 ID:pTN3QJ529b

「まだまだ行くぜ! せーのぉ!」

とっておき『ブラックスミス・インパクト』ーー

更に、剣を巨大な金槌に変身させたポルカが、大上段よりそれを振り下ろす。

「くっ!」

回避することはできず、カイエンはそれを正面から受け止めた。
凄まじい質量と力に押し潰され、カイエンの足元が更に凹む。

「まだだ……ここまで来てしまった、私はもう、止まれんのだ!」

そして、それすらもカイエンは耐えていた。
初めて見せる余裕のない表情、凄まじい気合の叫びと共に、ポルカの金槌を少しずつ押し返していく。

「マジか、ごほっ……! ちっ、化け物め! 」

ポルカは小さく喀血する。
全力戦闘の反動、負った傷の痛みが、ポルカの力を一瞬、緩めた。

「ポルカ!」

236 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:29:42 ID:pTN3QJ529b

コルクの声と共に、無数の短剣が二人の周囲に突き刺さる。
それは光輝き、一瞬で魔方陣を作り上げた。

「くっ……ぬあぁ!」

同時に、カイエンがポルカを吹き飛ばす。
だが、遅い。

とっておき『疾風迅雷』ーー

魔方陣より暴風が発生し、カイエンを巻き上げ捕らえる。
こうなれば、逃げ場はないーー!
カイエンに向かい、一直線にコルクは飛んだ。

「行ってくれ、相棒……!」

スキル『鍛え上げる』ーー

落下していくポルカから、光が放たれる。
それは、クリエの刃を纏ったコルクの双刃に宿り、その力を増強させた。

「鎧袖一触、これで……決める!」

双刃はクリエの刃を纏い、翼とも見える巨大な風の刃を作り上げる。
空中に舞い上がり、隙を晒したカイエンに肉薄し、コルクは、自らの持つ最大の力を振りかざした。

「はあぁっ!」

237 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:31:48 ID:pTN3QJ529b

ーー鮮血が舞う。
カイエンの左腕が、斬り飛ばされて飛んでいく。

ーー浅い、コルクは直感した。

コルクの剣は、左手のクロモンから奪った剣を打ち砕き、更に左腕を肩口から切断するに至る。
しかし、左腕を犠牲にしたことで、その剣は致命傷には至っていない。
仕留めきれていないーー

「……ココア、ごめん」

カイエンの右手の剣が振るわれる。

「コルク!」

二度、鮮血が舞う。
一つはカイエンの、二つ目はーー肩から腰までを袈裟斬りにされた、コルクの血ーー

コルクは力なく落下し、その場に倒れ付した。

「コルク……そんな……ちくしょう……っ! げほっ、ごほっ!」
「ポルカ!? っ! 傷が……」

ポルカも剣を杖にして、ずるずると地面にへたりこんでしまう。
その腹に巻かれた応急措置の包帯は、血を吸って真っ赤に染まっていた、激しい動きの連続で、傷が開いたのだ。

ソルトはポルカを介添しながら、カイエンを見る。
そしてその行動に、ソルトは血の気が引いた。

238 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:35:49 ID:pTN3QJ529b

「おい……マジか、あいつ……ゴホッ……」

カイエンの左腕は根本からコルクに斬り飛ばされ、どくどくと血が流れ出している。
鮮血は髪に鎧にへばりつき、その姿はまさしく幽鬼か、死神のようにも見えた。
彼女はあろうことか、肩の傷口を、剣ーー焦熱を纏って超高温であろうーーに押し付けたのだ。

「く……ぐ……うっ……あぁぁぁ!」

じゅううう、という肉の焼ける音と臭いが立ち込める。
合理的であるが、同時に、治癒魔法による再生を完全に度外視した、捨て身の対応。
その痛みは、筆舌に尽くしがたいものだろう。

しかし、カイエンは程なく止血を終了し、ソルトに向かって片手で剣を構えてきた。

「たかだか腕一本、君たちを打ち倒すには、安い代償だったようだな……」

対してこちらはコルク、ポルカが戦闘不能の状態。
まさしく、肉を切らせて骨を断たれた、という状況だった。

「だが……認めよう、君たちの実力……危険な存在だ」
「くっ……」

ソルトは高速で思考を巡らせる。
コルクは生きてはいまい。
ポルカも戦闘不能、放っておけば同じ道を辿る。
クロモンは半数が死亡、闇雲に突撃させても瞬殺される。
そして、ソルト単体ではあれには勝てない、負傷しているにも関わらず、その闘気、そして身に纏う炎熱はむしろ増していた。

239 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:41:33 ID:pTN3QJ529b

「正しいのかは知らん、だが……私がいまここに立っているということは、私の行いを神とやらが認めたということなのだろう」

カイエンは剣を納め、ゆっくりと手を宙に差し出した。

「何をする気ですか!?」
「君達を殺す」

そう呟くとともに、周囲の炎が、カイエンの差し出された手のひらに収束していく。

「なっ……!」

手のひらの炎はその輝きを増し、小さな太陽であるかの如く周囲を照らす。
その光に曝されたカイエンの周囲は、焼け焦げあまつさえ溶け、赤熱し光を放ち始める。
放たれる熱波は、それだけで人を殺傷できる程のものだぅた。

ソルトはクリエによる防御壁を展開し、それを防ぐ。
ーーまずい。
あれは、明らかに今までの技とは桁が違う。
余波ですらこの威力、近づいて止めることすらできない。
自分以外の全てを、消滅させる気か。

「許しは乞わん、恨めよ」

炎の収束がピタリと止まる。
先ほどまであった焼けつく炎は鳴りを潜め、遺跡は一気に暗闇に包まれた。
寒いと感じるのは、気温の低下か、或いは恐怖か。

ーーカイエンの手のひらの上には、ほんの小さな光球が浮遊し、辺りを淡く照らしていた。

「さよならだ、強き戦士たち」

カイエンはそう言って、その光を此方に差し出した。
それは、ゆっくりと浮遊し、此方に近づく。

とっておき『プリミティブ・ライト』ーー

そしてーー

ーー光と熱線、そして猛烈な爆豪が、その場の全てを消し去った。

240 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/07 23:42:25 ID:pTN3QJ529b
今日はここまでです。
書き溜めがほぼなくなってしまったので、更新が更に遅くなるかもしれないです……

241 名前:阿東[age] 投稿日:2020/03/07 23:50:29 ID:IJDfrKFDwj
>>238

熱した剣で肩の傷を塞ぐとは・・・カイエンってすごい。

242 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/03/08 11:34:42 ID:D3wNYaPg4j
ソルトも劣らず、壮絶な過去が…
カイエンの力、恐るべし…

243 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/08 12:47:22 ID:QaR4EGM2mk
>>241
>>242

ありがとうございます!

カイエンは、ちょっと(かなり)イカれた感じの戦闘狂として書いていました。
なんか凄惨な過去もあるし、果たしたい目的もあるけど、それはともかく戦いが楽しくてたまらない、みたいな。
やべーやつと思っていただけたならよかったです。

ソルトの回想は完全に妄想ですね、ただ、あの幼さで国の重役を務めているので、そういう残酷な判断ができてもおかしくはないかな、と妄想して書きました。
七賢者の中でも参謀っぽい立ち位置ですし。

244 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/08 20:38:31 ID:f7qsDORy.f
これはかなりショッキングな・・・・・場合によっては、ココアがリピートする可能性もあるかも。
しかし、ますます目が話せない展開になってきました!ゆっくりで大丈夫です、続きを楽しみにしてますね!

245 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/08 21:08:25 ID:Kae2AG6Jvh
死にまくってて草、アカン、次も楽しみに待ってます。

246 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/09 09:23:40 ID:HsIp.bBiwE
>>244
>>245

ありがとうございます!

次回で、カイエンとある程度の決着がつくことになる予定です。
早めに投稿できるように、頑張ります。

247 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:15:57 ID:dmyIwjtzxO

「ーーソルト! ソルト! 目を開けてよ! 嫌だよこんなの……!」

瓦礫を退かして、ぐったりとしたソルトちゃんを抱え、シュガーちゃんが必死に声をかける。
その目には、涙が浮かんでいた。

年端もない少女が、ボロボロになった年端もない少女を抱えて悲痛に叫ぶ様は、正しく地獄そのものの光景だった。

こうさせない為に戦っていたはずなのに、私の力が足りないから、親切な人を頼って、そしてその人が死んでいく。
何度でも、脳裏に焼き付くほど見た光景。

気づけば、限界まで握りしめた掌に爪が食い込み、ポタポタと血が流れ出していた。
それほどまでの怒りが、悲しみが、悔しさが頭を満たす

「シュガー、落ち着け」
「リゼおねーちゃん……でも、ソルトが……ソルトが…!
シュガー、ソルトがいないと……!」

ソルトちゃんに寄り添ったリゼちゃんが、素早く呼吸、脈を確認する。

248 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:17:08 ID:dmyIwjtzxO

リゼちゃんはほっと息をついて、シュガーちゃんの頭をポンポンと撫でた。

「大丈夫だ、息はある、目立った出血もなし、お前のお姉ちゃんは生きてるよ」
「ほんと!? よ……よかったぁ……」

リゼちゃんの言葉を聞いて、シュガーちゃんは力が抜けたようにその場にへたりこんだ。

「っ……う……ん……シュガー、うるさい、です……」
「ソルト! 目が覚めたの!?」
「ここは……戦っていたところの近く……カイエンわぷっ!?」
「うぇーん! 生きててよかったよぉ!」

目を覚ましたソルトちゃんが起き上がり、周囲の確認をしているところにシュガーちゃんは抱きついた。

「……全く、仕方ないですね、シュガーは」

よっぽど不安だったのだろう、胸の中でわんわんと泣くシュガーちゃんを、ソルトちゃんは抱き締め返して、背中を撫でてあやす。

「……ソルト、そのままでいい、目覚めて早々悪いが、何が起きたのか教えてもらえるか?」

少し割り込みづらそうに、リゼちゃんが声をかける。

「そうですね……結論から言えば、カイエンの放った『とっておき』に、遺跡ごと消し飛ばされました」
「他のみんなは?」
「ギリギリで転移魔法を使用し、私も含めて攻撃の範囲外に飛ばしました、咄嗟の使用だったので、どこに行ったのかはわかりませんが……それに、コルクもポルカも重症でした、飛ばしたところで、もう……」
「……そうか」

リゼちゃんは、一言そう言った。

249 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:18:35 ID:dmyIwjtzxO

「鋼鉄巨人は?」
「移動を開始した、街の方角へ向かっている、可能ならば、直ぐに追撃をーー」

「ーーさせると思うか?」

唐突に、別の声が割り込む。
周囲の気温が上がる。
声の方を見る。

「……カイエンっ!」

そこには、赤い鎧に、炎の剣を携えた女、カイエンが佇んでいた。
左腕は肩口から失われている。
今は出血していないが、切られたときに血飛沫が舞ったのか、血で彩られた髪は、更にその色を濃くしていた。
その瞳は幽鬼の如く爛々と輝き、その姿に、地獄から舞い戻ったかのような暗い迫力を与えていた。

「鋼鉄巨人を止めたくば、私を先に殺して行け……!」

濃密な殺気が、チクチクと体を刺す。
常人ならばそれだけで腰が抜ける程の気合。
今まで持っていた余裕は欠片もない、確実にこちらを殺さんと、こちらを鋭い瞳で射抜いてくる。

「……シュガーちゃん、ソルトちゃん、まだ戦える?」
「シュガーは大丈夫、ソルトは……」
「ソルトも……まだ、やれます」
「それなら……鋼鉄巨人をお願い、奴の動きを止めて」

リゼちゃんの方を見る。
それだけで意を理解したのか、彼女は一つうなずく。
そして、リゼちゃんと私は、シュガーちゃん、ソルトちゃんの盾となるように、前に出た。

「私たちは……あいつと決着をつけなきゃならないから」
「あぁ、後で必ず追い付く、だから二人は行け」
「ココアおねーちゃん、リゼおねーちゃん……」
「……わかりました、多少遅れても構いませんよ、シュガーとソルトが一緒なら、正しく二騎当千ですので」
「ふふっ……頼もしいね、流石七賢者」
「時間稼ぎするのはいいけど……別に、鋼鉄巨人を倒しちゃっても大丈夫だよね?」
「勿論!」

シュガーちゃんとソルトちゃんは言って、その身を翻した。

250 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:20:44 ID:dmyIwjtzxO

……鋼鉄巨人には、未だに傷一つ与えられていない。
戦局は絶望的、勝つための糸口すら見つけられていない。
だが、二人ならもしかして、何とかしてしまうのではないか、そう思った。

カイエンの目の前で、炎が収束する。

「行かせないと言った!」

スキル『ドーラ・グスタフ』ーー

次いで、炎に向かって手が突きだされる。
同時に炎を纏った砲弾が、此方に高速で向かってくる。

「行ってくれ! 二人とも!」
「わかりました……! 二人とも、幸運を!」
「きっと、またね! シュガー信じてるから!」
「うん、きっと……!」

続けざまに連続で砲弾が放たれ、無数の炎と爆発が周囲を耕していく。
リゼちゃんと私は、それに向かい、前に出た。

「うおおおぉぉぉーーっ!!」

後ろに遠ざかる二人に危険が及ぶものだけを盾で防ぎ、或いは槍で、剣で弾き飛ばす。
嵐のような射線を見切り、距離を詰めていく。

「貴様の相手は、私達だ!」
「今度は負けない、今この場所で、貴方を倒す!」
「チーッ!」

251 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:21:23 ID:dmyIwjtzxO

スキル『デイジーカッター』ーー

舌打ちをしたカイエンは接近する私達へ向かい、大振りに剣を横薙ぎにする。
炎の柱が剣から伸び、それは降り注ぐ雨をものともせず、周囲を焼き払う。

リゼちゃんはそれを盾で防ぎ、私は周囲の瓦礫を蹴って、炎の大縄を飛び越える。

「はあああぁっ!!」

そのままの勢いで、大上段より切りつける。
甲高い剣激が響き、衝撃波が周囲に燻る炎を消し去った。

「ぐっ……!」

カイエンの顔には脂汗。
片手を失ったカイエンは、右腕のみで私の剣を受け止めている。
以前程の馬鹿力は、そこにはない。
更に、左腕を失うことは、そのまま自信の左側に死角を作ると言うことだ。

252 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:22:22 ID:dmyIwjtzxO

「その隙、もらった!」

後方に回り込んだリゼちゃんが、挟み込むように槍での刺突を放つ。

「っ!」

後退しながら私の剣を払ったカイエンは、そのまま回転、リゼちゃんの槍がカイエンの腹を裂いていくのと同時に、鋭い足刀蹴りを繰り出した。

「ぐっ……」

それを辛うじて盾で受けるも、リゼちゃんは大きく後退する。
続けて攻撃をかけようとする私に対して、近づくなとばかりに炎が舞い、次の瞬間にはカイエンは私の間合いの外にいた。
その周囲に更に炎がくべられる。

スキル『インセンディアリー・ボム』ーー

出現した炎の玉は私とリゼちゃんを取り囲むようにして破裂し、視界の全てを炎で覆う。
こちらの動きを封じ、距離をとって安全に仕留めるつもりか。
カイエンの魔法攻撃は強力無比、今までに何度も経験してきている、これをまともに受けてしまえば、幾ら数の利があろうとまとめて消し去られる。

「そうはさせないよ!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

回転しながら繰り出したスキルの一撃は、周囲を取り囲む炎の壁をまとめて吹き飛ばした。
それとほぼ同時に、無数の炎の鏃が飛来する。

私とリゼちゃんは即座に散開し、その攻撃をやり過ごす。

253 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:24:03 ID:dmyIwjtzxO

「リゼちゃん!」
「わかってる、 接近して一気に仕留める!」

そう、カイエンは後退、距離を取り、魔法攻撃によってこちらを仕留めようとしている。
その勢いは今まで以上、雨が降っているというのに、この周囲だけは濡れてすらいない、降り注ぐ度、瞬時に蒸発しているからだ。
周囲の崩れかけた遺跡はその攻撃によって更に破壊され、最早建造物としての面影すら奪われようとしている。

ーーしかし、裏を返せば、カイエンは接近戦を嫌がっている、とも言える。
隻腕となった今の彼女が、一対多の状況で私達とまともに切り結ぶのは明らかに不利だからだ。
故に、今の私達が勝利を得る方法は、クロスレンジからの斬殺の他にない。

ーー急げ、七賢者が二人いるとはいえ、相手は三人で傷すらつけられなかった鋼鉄巨人、以下程の抵抗ができるものか。
更に鋼鉄巨人が周辺の街に達してしまったならば、待っているのは即ち、阿鼻叫喚の地獄絵図に他ならない。
私が今までに目にしたそれより更に残酷な光景を、無辜の人々が見せつけられることになる。
そんなことを、させる訳にはいかない。

「退いたら負ける……! 攻めなきゃ!」

反転し、追いすがる無数の炎の鏃を、私は回避しながらも、一直線にカイエンの元へ駆けた。

地面をスライディングし、瓦礫の壁を走り、側転し、宙を駆ける。
リゼちゃんもその全てを避け、或いは防ぎながら、何の澱みもなく駆ける、その先にこそ、勝利があると知っているから。
後方からは無数の爆発が追いすがり、その体を喰らわんとする。
それは全てが、一発当たれば致命に至る必殺の刃。
だが、しかしーー当たらなければどうということはない。

254 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:25:05 ID:dmyIwjtzxO

「くっ……まさか、この短時間で、腕を上げたか!」
「カイエン! 今日ここで、貴方を討つ!」
「貴様の下賎な企みもここで終わりだ! 貴様に正義はない!」
「言ってくれるな、天々座理世!」

私とリゼちゃんの同時攻撃を、カイエンは後退しながらやり過ごす。

「正義とは、独善的なものだ! 私にもある、貴様らには理解できんだろうがな!」
「そのためならば虐殺すら、正当化するのか! ならば貴様のやっていることは、単なるテロルに過ぎない!」
「知っているさ! だが今さらそんな月並みな説教をしたとて、止まるものかよ!」

凄まじい気合と共に、炎と爆発が狂ったように放たれ、周囲の全てを吹き飛ばす。
私とリゼちゃんはたまらず後退して、その余波をやり過ごす。
焦熱を凌ぎながら、最早、炎そのものと化したカイエンに向かい、私は叫んだ。

「あなたは何が目的なの!」
「碑しい弱者の全てには、正道な力を持って裁定を降す! その上で、私の失った全てを作り直す……!」
「失われたものは、戻ってくることはない! 時間でも巻き戻さない限りは! 」」
「だろうな! だが、そうとでも言えば、貴様らはやる気を出すだろう!?」
「っ! ふざけたことを!」
「始めから言っている! 私を打ち倒して体に聞けとな!」

カイエンの放つ炎はその勢いを更に増し、最早それは彼女自身を焼くほどになっていた。
力を、制御できていないーーいや、するつもりもないのか。

255 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:26:19 ID:dmyIwjtzxO

だがしかしーー総身を炎に焼かれながら、カイエンはその唇を半月状に歪めていた。

「死ぬ気か! カイエンっ!」
「くっ、ははは、あははははははっ!!」
「っ!? 狂ったか!?」
「ははっ、はーっ……狂っているのは貴様らも同じだろう? この場において、そうでない人間などいないさ」
「貴様と一緒にするな!」
「大義だか正義だか何だか知らんが……戦いの場においては、そんなものはただただ、無粋! 腕を切り落とされ、総身を刻まれ、命に刃が迫っている! その事実が、私を最高に昂らせる!」

カイエンの表情は、晴れやかだった。
子供のような無邪気な表情。
本当に、この女は実力者と戦うためだけにこの騒動を起こしたのではないかーーそう思うほどに。

「来い! クリエメイトの戦士たち! 私を殺せ! 私の喉元に剣を叩きつけ、その手に勝利を掴んで見せろっ!」

狂った叫びとともに、カイエンの周囲に炎が舞い、無数の燐光が散る。
皮膚は裂け紅蓮の華が咲き、身に纏う炎は自らを焼き続ける、まるで、最後の輝きであるかのように。
その炎を内に押さえつけるように、彼女は剣を鞘に納める。

「ココア! 大技が来る、私の後ろに来い!」

盾を構えたリゼちゃんの周囲をクリエの光が覆う。

しかし、私はそれを尻目に、前へ出た。
リゼちゃんの表情に、驚愕が浮かぶ。

256 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:27:42 ID:dmyIwjtzxO

「尻込みしている時間は無いぞ! 貴様らがそうしている間に、鋼鉄巨人とゴーレムの残党どもは虐殺をする!」

スキル『ハイインパルス・サーモバリック』ーー

次の瞬間には、カイエンは動いていた。
右腕一本で素早く抜刀、一閃。
視界を光が包み、無数の燐光が一斉に起爆、猛烈な爆風と焦熱が周囲を包む。

ーーそして、それに乗って、私は上空へ跳んでいた。

この技は超広範囲に爆発を発生させる、不可避の技だ、本来であれば、リゼちゃんのように防御に徹するしかない。
事実以前は回避出来ず、カイエンに対して致命的な隙を晒した、しかし。

この燐光は空気より重い、つまり、上にはほぼ拡散しない、以前は閉鎖空間であったため回避不能だったが、今回は違う。
上空こそが、この技の死角ーー

私は爆風に乗って、一気にカイエンへと接近した。

「はああぁぁぁっ!!」

大上段より重力を乗せた一撃。
強烈な破壊力によって、甲高い剣激とともに、カイエンの立つ地面に亀裂が入る。

「たった一回で、私の攻撃を避けるとは……! これがクリエメイトの力……!」
「違う、これは想いの力、私が溢して来た、命を乗せた力!」
「訂正しよう、君たちクリエメイトは、弱者ではない! ここまで私を楽しませてくれるっ!」

カイエンの剣が激しく炎を纏い、強まった力が、私の剣を押し返す。

257 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:30:43 ID:dmyIwjtzxO

「っ!」

大きく仰け反り、再度カイエンの剣を見て、私は目を見張った。
構えられた剣にまとわりつく炎は、その火力を更に増し、青い光を放ちながら収束、安定し、一直線に伸びる炎の大剣となった。
100m近い長さを持つそれは、触れる瓦礫を一瞬で焼き溶かし硝子化させるほどの熱量。
触れれば瞬時に蒸発させられることは、間違いなかった。

「かつての戦場にも、君たちのような人がいた……その全てに打ち勝ち、殺してきたのだ……ただ、二人を除いて」

スキル『デイジーカッター・ブリーブレイド』ーー

炎剣が横薙ぎに振りかぶられ、周囲の全てを焼いていく。

そこから更に上段からの二連、左右から挟み込むような斬激。
普通に剣を振るうように、凄まじいリーチを誇る炎剣による連激が放たれる。

「ぐっ!?」

避けきれずに、左肩が焼かれる。
舞い散る火の粉が、全身に細かな火傷を作り出す。
速すぎる、異次元の速さだ。

私は一気に防戦一方となり、目前を擦過していく死をひたすらにかわしつづけた。

横薙ぎを飛び越え、降り注ぐ炎の安地を即座に読んで、踊るようにそれを避ける。

「ごほっ……!」

空気が、熱い。
肺が焼ける。
呼吸が出来ない。

足が縺れる、炎が迫るーー!

258 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:32:11 ID:dmyIwjtzxO

「ココア! 無理をするな! 」

その直前で、リゼちゃんが割って入り、盾で炎を遮る。
防いだにも関わらず、凄まじい焦熱が肺を焼く。

「リゼちゃん……!」
「まだ動けるな!? 分散して叩くぞ!」
「了解……っ!」

一呼吸ほどの間を置いて、更に迫った上段からの炎によって、私達は再び分散した。

凄まじい熱量は、ただそこにいるだけでも、ダメージを蓄積させていく。
さらにこの猛攻、並のクリエメイトであれば数秒と持たず灰塵と帰すだろう。

長く戦っていてはじり貧になることは必死、どうにか攻撃の糸口を見つけなければ……。

「突破口を開く……!」

ーー炎が迫る、上空を炎が覆う。

リゼちゃんはそれに対し、クリエの光を湛えた槍を構えた。
冷気によって、この獄炎の中においても、その周囲だけは真っ白に霜が降りていく。

スキル『メモリア・ドライブ』ーー

氷の力を纏った槍を素早く一閃。
相反するエネルギー同士は、一瞬の拮抗の後、衝撃波となって周囲を打ちのめす。

259 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:33:35 ID:dmyIwjtzxO

「はああぁぁぁっ!」

ーーそして、炎のかき消えた一瞬の隙に、リゼちゃんは爆風も構わず突っ込んでいた。

槍の間合いに入り込む。
両手で構えられた槍には、一目でそれとわかる膨大なクリエが込められている。

「これで、叩きのめしてやる!」

スキル「休日をだらだら過ごすなぁ!」ーー

叫びと共に爆発的にクリエが放出され、必死の刺突が放たれる。
その数、瞬きの間に20。
常人であれば、主要臓器の全てを一瞬で破壊され、更に四肢と首をおまけに吹き飛ばされるであろう、技巧の粋を尽くした技。

それを受けたカイエンは全身を刻まれ、花火のように血飛沫が上がる。

「グッ……!」

しかし、それを受けてもなお、カイエンは目前の、技を終えて一瞬の隙を作ったリゼちゃんへ剣を振り上げた。

全身に傷をつけたが、致命傷には至っていない。
リゼちゃんの無防備に晒された首筋に剣が振り下ろされる。

「リゼちゃん!」

私は叫んだ。
間合いが遠すぎる、助けられないーー!

ーーしかし、剣はうなじの目前で、金属音を立てて止まった。
カイエンの剣は、リゼちゃんの拳銃の銃身によって止められていた。
そしてその銃口は、カイエンの額を向いている。

直後、過たず激鉄は引かれ、魔法の弾丸はカイエンの額を撃ち抜く。

260 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:34:43 ID:dmyIwjtzxO

ーーことはなかった。

眼前に展開した青い炎が、水の弾丸の全てを受け止め、消し去っていた。

「なっ……!?」

用意した最後の不意打ちを防がれ、動揺を見せるリゼちゃん。
そこに、更に、青い炎剣が迫る。
その数を二本に増やして。

スキル『ここが私の見せ場だな!』ーー

左右から迫る必死の一撃を、咄嗟に展開した防御壁で受ける。
しかし、その威力を防ぎきることはできず、リゼちゃんは大きく吹き飛んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……良いぞ……!! これは、まるで……」

カイエンは息を切らしながら、呟いた。
身に纏う炎も霧散し、満身創痍の状態。
だがそれでもなお、剣を構え、無防備となったリゼちゃんに襲いかかる。

「っーー!」

戦慄した私を他所に、その突撃は、止まった。
止められた。

「げほっ……!」

カイエンの前に躍り出た、ポルカちゃんの肉体によって、それは止められた。

その腹部には、深々と剣が突き刺さっていた。

「動きが速かろうが強かろうが……目標がわかってれば、止めることはできる……!」
「くっ……!」
「逃がさねぇよ……!!」

261 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:35:24 ID:dmyIwjtzxO

ポルカちゃんは自ら剣を体に深く刺し込み、自らの腹筋と、更にカイエンの手を掴むことで、カイエンを一瞬、拘束して見せた。

ーーポルカちゃんは、そもそも重症をおして戦っていた。
死ぬ覚悟は決めていたのだろう、その上で、どう役に立って死ぬかを考えていた。
ーーその結論が、これだった。

「ーーココア!!」

その叫びが聞こえた時には、私はカイエンの後ろに回り込んでいた。

「はああぁぁぁっ!」

一閃。
カイエンの背中から血飛沫が上がる。
明らかな致命の一撃。

262 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:36:11 ID:dmyIwjtzxO

ーーだが、それでもなお、カイエンは倒れない。

「ぐっ……! ぬあああぁぁぁぁぁ!!!」

カイエンの剣より、再び青い炎の大剣が迸る。
続く薙ぎ払いは、ポルカちゃんの体を易々と消し飛ばした。

そして、そのまま剣は天に掲げられ、凄まじい熱量が、剣先に収束していく。

「何!?」

周囲の炎が収束していき、昼間のように明るかった周囲が暗くなっていき、気温が冬のそれを取り戻していく。
それにつれて、カイエンの剣先には炎ーー光が収束しする。

先ほどまでのそれとは、技の桁が違うことは、一瞬でわかった。

「まさか……ソルトちゃんの言っていた『とっておき』を使うつもり!?」

そうであるならば、遺跡を崩壊させるほどの破壊力のスキルとなる。
ソルトちゃんは転移魔法で難を逃れたが、私達には使用できない。
効果範囲外に逃れることも、同時に不可能だろう。

ーーつまり、止めるしかない。

263 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:38:14 ID:dmyIwjtzxO

「みんな、私に力を貸して……!!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!!』ーー

剣先に暴風がまとわりつく。
触れる礫を一瞬で刻み散らし砂塵化させ、それをその身に纏うことで幾億の刃と成し、災害級の破壊力を放つ、私の持てる最強の技。
それを私は、後方に『放った』。

炸裂の勢いを持って、一瞬で音の壁を突破し、私はカイエンに迫る。

とっておき『プリミティブ・ライト』ーー

それと、カイエンの剣先から、光の玉が放たれるのは、ほぼ同時だった。

光が迫る。
それに当たったのならば、私は多分死ぬだろう。

だがその直前に、カイエンの心の臓に、今度こそ、この剣を突き立てることができる。

私が死んでしまったのならば、また、リピートが発生するーー全ては、無かったことになる。
でもその事実すら、最早今の私にはどうでもよかった。

チノちゃんを、里のみんなを、私の大切な日常を、そして、私自信をーー何度も何度も何度も殺して殺して殺しまくった仇敵。

こいつを殺さなければ、きっとこのリピートが前に進むことはない。
そのためならば、命すらも、どうでもよかった。
例え、相討ちになったとしてもーー

264 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:40:11 ID:dmyIwjtzxO
「っ! やらせるかあぁぁぁぁっ!!」

とっておき『リゼの特性ラテアート』ーー

ーーその時、私の横を、巨大な水の砲弾が掠めた。
それは、カイエンの放った光の玉とぶつかり合い、壮絶な大爆発を引き起こした。

そして、私はその爆発の勢いに乗って、更に加速。
弾丸そのものの速度を持って特攻ーー

「うおおおぉぉぉぉぉーーっ!!」

ーーカイエンの心臓に、深々と、その剣を突き刺した。

その勢いのまま、カイエンと私はは壊れた遺跡の壁に叩きつけられ、私の剣は、カイエンの体をそこに縫い付ける。

「げほっ、げほっ……」

激しく咳き込みながらも、私は思った。

ーー勝った!

265 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:43:17 ID:dmyIwjtzxO

「あ……?」

ーー地面が急速に近づく。

ーー体が冷たくなっていく。

ーー目が、耳が、急速に遠くなっていく。

体が動かない。
視界はどんどんと暗転し、最早暗闇以外に見えるものはなくなった。

その中で、微かに、声が聞こえた。

「ーーるいは……君のような人がいたならば……」

喀血交じりの、小さな声。

「私をーー殺すな」

私は、急速に遠ざかっていく意識の中で、どうにかその声に耳を傾ける。

「……今、私を殺すことは『不可能』だ」

独り言のように、うわ言のように、カイエンは呟いた。

「……『呪い』によって、君も死ぬことになる……そして『刻巡り』が発動する」

何故、彼女がわざわざ、それを口にしたのかは、わからない。

「……鋼鉄巨人を……破壊しろ」

だが、それはきっと事実なのだということは、わかった。

「……その上で、鋼鉄巨人が持つクリエゲージを破壊し、帰れ……君たちの死ぬべき場所は、きっと、ここではないからーー」

意識が、暗闇と静寂に溶けていく。

266 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 00:43:48 ID:dmyIwjtzxO

「……そういう、ことか」

そして、また私は、目覚めた。

100週目の、朝。

267 名前:名無しさん@ただしアオイ てめーはダメだ[age] 投稿日:2020/03/22 03:39:33 ID:hz/.3v8Xln
オオオオオオオオオオオオオオオオすげえよすげえよ

268 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 12:12:03 ID:8xjm2.twan
>>267

ありがとうございます!

269 名前:阿東[age] 投稿日:2020/03/22 13:17:04 ID:bwUD/xnsch
ソルトが無事でよかったです・・・。

270 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/22 20:45:59 ID:8xjm2.twan
>>269
ありがとうございます!
前回の描写があれだったので、ソルトたち三人は壊滅させられたと感じられた方が多かったみたいですね、あんまり間違いじゃないんですが……

271 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/26 22:49:13 ID:tCcM7jbIAN
ついに100回目ですか、来るところまで来ましたね。
二人がかりでカイエンを乗り越えて得られたのは、『カイエンの死亡がココアのリピートのきっかけになる』という情報でしたか。つまり、今までのループの中でココアがいきなりリピートしたのは、リゼないし誰かがカイエンを倒していたってことなんでしょうか?

まだまだ謎が残っていて目が離せません!次回も楽しみにしています!

272 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/03/28 22:38:23 ID:aJyHbRoT1u
>>271
ありがとうございます!
仰るとおり、今までの強制リピートは全てカイエンが殺害されたことが原因です。
3日目の朝にカイエンは、洞窟内の魔方陣の破壊の為に来たコルク、ポルカ、ソルトと戦闘になります。

ここでココアが来なかった場合、3人は殺され、カイエンはゴーレムたちを率いて、里を襲撃、壊滅的なダメージを与え、多くの犠牲者を出します。
その後、ある人と戦闘になり、最終的にカイエンは討死、呪いによってココアが死亡、リピート発生、という流れですね。

矛盾点とかあるかもしれませんが、温かく見ていただけるとありがたいです……

また、次上げるのはもうちょっと先になります、すいません……

273 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:06:38 ID:4KggV5HtYa

意識を取り戻して目にしたのは、最早見慣れた、この世界で宛がわれた自室の景色。
白と桃色を基調とした、ファンタジックないつもの衣装。
そして、ベットに立て掛けられた剣。

「……また、ここからやり直しか」

戦場で生き残り、仇敵を討ち果たし、しかしまた私はここに戻ってきた。
だが前の週では、一気にかなりの情報が手に入った。
必要なのは、情報の整理だ。

ーーその最たるものはやはり、『呪い』についてか。

ーー随分前の週の記憶、実時間にして8か月ほど前。
感覚的には、10年も前の出来事のようにすら思えるある出来事を、私は思い出していた。

『ーー今のココア様には、何か、強力な呪いがかかっています、かつてソラ様がかけられたような、命を脅かす程の強力な呪いが』

ランプちゃんに言われた言葉。

『ココア様のかけられているそれは『死』の呪いです』

『わかったことは、何かがトリガーとなって、対象者に確定的な死をもたらす、そういう呪いだ、ということです』

今になって、そのトリガーがわかる。
それは、カイエンの『死』だ。

274 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:07:40 ID:4KggV5HtYa

カイエンが死ぬことがトリガーとなって、連鎖的に私が死に、そして私の死がトリガーとなって『刻巡り』が発動する。

そう考えれば、今までのいくつかの疑問にも説明がつく。

今まで、3日目の夜、日付が変わる時間になったとき、その時点で強制的に刻巡りが発動していた。
その影響で私から、チノちゃんと一緒に逃げる、という選択肢が奪われたのだ。

その理由は、その時間にカイエンが死んでいたから、とみて間違いないだろう。

誰が殺したのか?
ーー里にそんなことができる人間は、一人しかいない。

「……ライネさん、か」

ーーライネさんが、カイエンと交戦、殺害していたのだ。
私のいた場所とは別の場所で里の防衛を行っていたライネさんは、その場所の敵を殲滅し、私のいる場所へ向かった、それがおよそ、戦闘開始から50分程度の時間。
そこから戦闘が発生し、ライネさんはカイエンを打ち取り、『呪い』によってその瞬間に私も死亡、それによって『刻巡り』が発動した。

ーー改めてライネさんの恐ろしさを実感する、前の週で私達がギリギリのところで倒したカイエンを、彼女は一騎討ちで、邪魔がなければ確実に倒しているのだ。

275 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:08:28 ID:4KggV5HtYa

「なら、ライネさんを連れていけば……でも」

ライネさんを連れていけば、絶大な戦力になることは間違いないだろう。
その場合気がかりなのは、里だ。

前の週で私が洞窟で倒したゴーレムも、里を襲撃したゴーレムの数に比べればかなり少なかった、つまり、それ以外にもかなりの数がどこかしらに存在することになる、それを虱潰しに探し、始末して回る時間的余裕はない。

ーーつまり、3日後、ないし4日後に起こる里の襲撃は避けられないということ。
その際、ライネさんが相当数の敵を引き受けた上で、里のクリエメイトたちは壊滅し、あの凄惨極まる状況が引き起こされたのだ。
ライネさん抜きならどうなるのかは、想像するのもおぞましい。

しかし、リゼちゃんが言った通り『言の葉の木』の戦力もゴーレムの襲撃で動かすことは出来ない。

そして……カイエンは此方を襲ってくるが、鋼鉄巨人を破壊、そしてクリエゲージを破壊して私が帰るまで、カイエンを殺すことはできない。

276 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:09:23 ID:4KggV5HtYa

「呪いを解くことが出来れば、そうする必要はなくなるけど……」

ーーそのためには『言の葉の木』まで向かう必要がある。
以前やったように歩いて3日、鉱山の街にいるはずのソルトちゃんに頼んで転移させてもらえれば1日半、といったところか。
しかし、私の『呪い』がランプちゃんが言っていた『かつてソラ様がかけられたほどの強力な呪い』であるならば、『言の葉の木』でも解呪は不可能だろう。
聞いた話では、ランプちゃんときららちゃんの旅を記した日記が、一つの『聖典』となり、そこから生み出されたクリエによって、女神ソラの解呪は成功した。
つまりは『奇跡』だ、そんな眉唾なものは頼れない。

カイエンは言っていた、『クリエゲージを破壊して帰れ』と、その言葉を信じるなら、この呪いも異世界までは追ってこない、ということなのだろう。

つまり、『カイエンの足止めをしながら、鋼鉄巨人を破壊、及び内部のクリエゲージの破壊』
この勝利条件は決して揺らがない。

「……戦力が足りなすぎる」

前回の結果……肝心の鋼鉄巨人へは、一切の傷を与えられていない。
敵の防御が強固過ぎるのだ、更なる火力が必要なことは明白。
その上で、カイエンの相手をする者も必要だ。

どうすれば……。
里のクリエメイトを連れていく?
いや、戦闘慣れしてない子たちばかりだ、もしカイエンや鋼鉄巨人と相対したならば、抵抗すら出来ず消滅させられるだろう。

そして、きららちゃんと共に修羅場を潜り抜けた歴戦のクリエメイトたちは、現時点でカイエンに倒されてしまい、もういない。

「けど、他の人たちは……」

ーー死ぬ。
この世界の人たちは、死ぬ。

277 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:10:15 ID:4KggV5HtYa

それが怖かったから、誰かの死を許容できなかったから、誰にもこの事を話すことができなかった。

私は『何も変わらない明日が欲しい』。
誰かが死んだ時点だ、それはもう、叶わなくなってしまうから。

でも、私だけでは勿論、既に関わっている6人でも、状況の打開は難しい。

やはり、叶わない願いなのか。
思い出す。
以前、ライネさんと戦っている最中のこと。
『何も変わらない明日が欲しい』、そう言った直後に、私はこう言われた。

『あなた、戦うのをやめなさい』
『あなたに戦いは向かない』

と。
それを言うライネさんの表情は、悲しそうだった。
私より遥かに強いライネさんですら、それは難しいのだと、その願いはただ、心を磨り減らすだけだと、だからそんな愚かな願いは捨てろ、と。
絶対的な力で叩きのめしながら、彼女は言葉なく、そう私に伝えた。

「でも……それでも私は受け入れられない……何も、見捨てたくない」

もっと、私が強くなればーー
このリピートで変えられるのは、私の力だけだ。
戦力が足りないのならば、私が補うしかないのだ

278 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:10:32 ID:4KggV5HtYa

ーーそこまで考えたとき、部屋のドアがノックされた。

279 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:12:12 ID:4KggV5HtYa

朝、いつものようにココアさんを起こしに行き、部屋のドアを開けると、彼女は既に起きていた。

「え……?」

思わず、チノはそんな声を漏らした。
一瞬、そこにいたのが誰だかわからなかったからだ。

それはきっと、その瞳に、今まで一度も見たことがないような剣呑な光が宿っていたからだ。
無表情であることすら殆ど見たことのない彼女の初めて見る表情。
そこに浮かぶのは……焦燥? 悲嘆? 或いは……怒り?。

「あ……」

私が入ってくるのを見ると、彼女はそれらを隠すように、ぎこちなく笑った。
仮面を張り付けたような笑顔。
快活で朗らかな彼女は、どこにもいなかった。

「ココアさん……?」
「チノちゃん、おはよう」
「なにか、怖い夢でも見ましたか?」
「え……?」

言うと、彼女は一瞬表情を曇らせる。

「……ぱり……めなのかな……」

すぐさま、ぎこちない笑みが戻る。
でも瞳の奥には恐怖が張り付いて、泣きそうに見えた。
必死に口許を笑みの形に持っていこうとして、でも、目は全く笑っていなかった。

いつもだったら、すぐさまふやけた笑みを浮かべて飛び付いてくるのに、戸惑うように、諦めようとしているように、視線と手元だけが彷徨う。

280 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:13:00 ID:4KggV5HtYa

いつもだったら、すぐさまふやけた笑みを浮かべて飛び付いてくるのに、戸惑うように、諦めようとしているように、視線と手元だけが彷徨う。

「チノちゃん……?」

僅かな静寂に耐えかね、ココアさんが声をかけてくる。
何処か不安げな声。

ーーなぜそうしたのかは、わからなかった。
此方を見るなり、とても寂しそうな表情をしたからか。
次いで、親に悪戯がばれた子供のように怯えた表情をしたからか。
彷徨った手が恐らくは無意識的に、ベットに立て掛けられた剣を握りしめたからか。

ーーそんな、恐ろしく危なげな彼女に、わたしは飛び付いた。

「っえ……!?」

戸惑うような声。
いつもなら、こんなことがあれば目を輝かせてモフりにくるはずだ。
でも、彼女は私を抱き締めていいのかわからないように、腕を彷徨わせる。

「ココアさん、大丈夫ですよ」
「え……」
「なにがあったのかは知りませんけど……今は好きにして、大丈夫です」

彼女は戸惑うように目を白黒させて、ゆっくりと、私を抱き締め返した。
壊れやすいものを扱うように、とても弱い力で。
張り付けたような笑みは失われ、瞳に涙が貯まっていく。

281 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:14:01 ID:4KggV5HtYa

「ダメ……ダメだよ」
「ダメじゃないです、こんなココアさんを放っておくなんて、出来ません」
「でも……私は」
「お姉ちゃん、ですよね? 」
「うん……でも……チノちゃんを苦しめちゃう、そんなのは、お姉ちゃんじゃない、から」

譫言のような呟き、感情を整理できていないが故の、意味の繋がらない言葉。
だけど、ココアさんがとてつもなく苦しんでいることは、わかった。
それに、わたしが関係しているのだろう、ということも。

「話してください、とは言いません、でも、わたしはここにいますから、それは忘れないでください」
「……」

静寂。

10分か、20分か、或いは一時間かーーとても長い時間、それは続いた。

「……チノちゃんが、死ぬ夢を見たの」

282 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:15:22 ID:4KggV5HtYa

ふと、ぽつりと、彼女は呟いた。

「それだけじゃない、クリエメイトの皆、里の人たち、そして私も、皆死ぬ夢」
「……」
「それはなんども続くの、私が死ぬ度になんどもなんども繰り返して、なんどもなんどもなんども死ぬところを見せられる、みんなはそれを忘れてて、私だけが思い出す」
「……はい」
「私だけがそれを変えられるの、だからなんども繰り返した、なんども死んだの、なんども死ぬところを見たの、なんどもなんども繰り返して、私は私じゃなくなったの」

そこまで言って、彼女の瞳から涙が溢れた。
声に嗚咽が混じる。

「私は強くなって、少しだけなにかを変えられるようになった、でもその度に、私は私じゃなくなっていく、私の理想から、お姉ちゃんから、どんどん遠ざかっていくの、チノちゃんからもどんどん遠ざかっていって、もう、触れかたすらもわからない」

彼女の手に力が籠る。
でも、抱き締められることはなかった、本当に、どうして良いかわからないかのようだった。

「これは、いけないことなの、私が巻き込んだ人は、みんな死んでしまう、そんなのは嫌だから、なんどもやり直した、なにも変わらない明日が欲しくて、全てをなげうって強くなった」
「……」
「あと、もうちょっとなんだ、私がもうちょっと強くなれれば、全てを終わらせられる、なにも変わらない明日が手に入る、だから、もうちょっとだけ……」

ココアさんは笑った。
泣きながら笑った。
とてもぎこちなく、笑った。

283 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:16:06 ID:4KggV5HtYa

「……ココアさんのバカ」

この人は……バカだ。
誰かのために、私のために、ずっと戦っていたのだ。

原因はわかる、わたしも当事者だから。
『オーダー』による召還、だれかによって行われたそれの、目的を達成するための戦い、ココアさんは、それに巻き込まれたのだ、と推測できる。

そして、ココアさんの言う『何も変わらない明日』の為に、彼女はずっと戦いつづけてきたのだ。

でも。

「ココアさんがそんなに苦しんで、『何も変わらない明日』なんて、訪れるわけありません」
「え……?」
「ココアさんは、わたしにとってすごく大きな存在なんです、それがこんなに苦しんでいるのを、見過ごせる筈がないじゃないですか、そのまま過ごすなんて、できるわけないじゃないですか」
「あ……」

強く抱き締める、放っておけば、彼女はこのまま、何処かへ飛んでいってしまいそうだと感じたから。
自分の全てを犠牲にして、全てを終わらせてしまう、と感じたから。

「ココアさん……わたしはココアさんと違って、きっとすごく弱いです」
「うん、だから、チノちゃんは」
「でも、何もしないなんて出来ません」

決然としてわたしは言った。

「弱いだとかなんとか、そんなのは関係ありません、わたしは、ココアさんの力になりたい、こんな、危うげなココアさんを一人にしたくないんです」

わたしはココアさんから離れて、決然として言った。

「今日はお店、休みましょう」

284 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:16:41 ID:4KggV5HtYa

チノちゃんに連れられて、私はライネさんのお店に来ていた。

「あら? ごめんなさい、まだ準備中で……」

ドアベルの音に反応して、奥からライネさんが出てくる。
料理の仕込み中だったのか、手にはお玉。
奥からは、香しい匂いが漂ってくる。

「チノちゃん、ココアちゃん? こんな朝早くに、どうしたの?」
「ライネさん、お願いがあります」

開口一番、チノちゃん言った。
その表情からなにかを察したのか、ライネさんの表情も少し固くなる。

「適当に座って待っててくれる? 火を扱ってるから」

285 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:17:26 ID:4KggV5HtYa

「それで、お願いって? 」
「それは……その」

チノちゃんは何かを喋ろうとして、私の方を向いた。

あぁ、そうか。
チノちゃんは強引に私を連れて飛び出してきたが、何が起こるのかに関しては、全く知らないままだったのだ。

「……ココアさんを、助けて欲しいんです」
「……助ける? 何か、危険なことに?」
「ココアさん、いいですか」

チノちゃんが聞いてくる。

話してくれますか、と言うことだろう。

「……やっぱり、ダメだよ」
「ココアさん……!」
「私一人で終わらせる、だからライネさん、私に稽古をつけてもらえますか」

286 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:19:06 ID:4KggV5HtYa

私は言った。
何の犠牲も出したくない、そうするには、私がなんとかするしかない。
本当であれば、リゼちゃんたちにも関わって欲しくないのだ、だが、彼女たちは既に関わってしまっている、今さら退くことなどないだろう。

ライネさんの死ぬところを思い出す。
腹を剣で串刺しにされ、倒れたところを無数のゴーレムに袋叩きにされる。
あまりにも残酷な死に方、原型すらも残ってはいなかっただろう、人の死に方ではなかった。

「うっ……」

思わずこみ上げた吐き気をどうにか抑える。

「……ココアちゃん、それは、あなた一人でどうにか出来るものなの?」
「どうにかします、誰にも迷惑はかけません、そのために、もっと私を強くしてください」
「それは、できないって言ってるようなものじゃないかしら……」

ライネさんは、苦笑いをしながらその言葉を聞いた。

「ココアさんは意固地になっているだけです、なんで、ココアさんだけが苦しめられなきゃいけないんですか」
「これは、私にしかできないことだから」
「そんな悲しい顔で言わないでください……『オーダー』による召還が関係しているのなら、わたしだって無関係じゃありません、そんな顔したココアさん、わたしは見たくない……」

287 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:19:53 ID:4KggV5HtYa

その言葉に、ライネさんは反応した。

「『オーダー』が関係している……?」
「はい、わたしも詳しいところは聞いてませんが……」
「それなら、私も無関係とは言えないわ、『オーダー』はこの世界、そして聖典世界にも影響を及ぼす大禁呪、原因が不明で、実害がなかったからそのままにしてたけれど……水面下で何かあったってことね、ココアちゃん、教えてもらえる?」
「……それは」

口ごもる。
ライネさんを殺害した後、カイエンは私からリピートの力を奪い『セーブ』をしようとした。
きららちゃんを捕縛した後『セーブ』をしたように。

カイエンにとっても、鋼鉄巨人にとっても、勇者たるライネさんは危険極まりない存在なのだろう。
だから、殺害できた世界を、現実にしようとした。

あのまま私がリピートの力を奪われ殺されていれば、周辺に抵抗できる戦力はリゼちゃんたちのみとなる。
確実に勝てない、そしてリピートが完成し、鋼鉄巨人が単機でリピートをできるようになれば、世界は緩やかに、しかし間違いなく滅亡する。

288 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:22:48 ID:4KggV5HtYa

「……ココアさん言ってましたよね、わたしと、里の人たちと、そしてココアさん自信も……皆死ぬって」
「……」
「それを、自分一人で終わらせるなんて、誰にも話さないなんて……ココアさんが失敗したら、それが現実になるんですよね?」
「ならないよ、私が死ねば全てはなかったことになるから、もう百回やってる、何も辛いことなんてない」
「嘘です! なんでそんな嘘つくんですか!?」

チノちゃんは叫んだ。

「ココアさんはそんな顔しません! いつも笑ってて、みんな明るくさせてくれる、そんなココアさんが、怖い顔をしてるのが、嫌なんです……っ!」
「チノちゃんは、今の私は嫌い? 」
「そんなことありません! だからこそ、そんな顔をして欲しくないんです、このままだとココアさん、戻れなくなってしまいそうで、怖い……」

チノちゃんは、涙ぐんだ目でそう言った。
貯まった涙は直ぐに落ちて彼女の頬を濡らす、それは、後から後から流れ出してきた。

「あ……」

またチノちゃんを泣かせてしまった。

前もそうだ、彼女を泣かせてしまった。
私が笑えないでいたから。
私がチノちゃんを、頼ることができなかったから。
私がチノちゃんを、突き放してしまったから。

彼女は、私のために、泣いたのだ。
私がこうであることに悲しんで、泣いた。

「ーーあぁ、そっか……」

ーーやっと気づいた。
こんな簡単なことに、今までなんで気づかなかったのだろう。

289 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:24:14 ID:4KggV5HtYa

私は目の前で泣くチノちゃんを、ぎゅうっと抱き締めた。
私を想って泣いてくれる優しい妹を、強く強く、抱き締めた。

「ごめん……! ごめんね、チノちゃん、私、私……何もわかってなかったっ……!」
「ココアさん……」
「私はずっと『何も変わらない明日が欲しい』って思ってた、そのためにずっと戦い続けてた、私さえ強くなれば全てを変えられるって思ってた……その思い込みが、チノちゃんの想いを踏みにじってた!」
「ココアさん、いいんです、ココアさんはずっと苦しんでた、みんなの為に、そうしてくれてたんですよね?」
「独りよがりだった、偽善だった、何も見えてなかった。
ーー『何も変わらない明日』には、私も含まれるんだってことにも、気づいてなかった……!」

私は泣いた、声をあげて泣いた、チノちゃんも泣いた。
私はただ、ごめんね、ごめんね、と繰り返した。
チノちゃんは優しく、私を抱き締めてくれた。

290 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:25:15 ID:4KggV5HtYa

「……なるほど、話はわかったわ」

あのあと、私はライネさんへ全てを話した。
鋼鉄巨人の存在、避けられない里への襲撃、ライネさんと、私を殺そうとするカイエンという謎の人物。
私が死ねば3日前に戻ること、カイエンを殺せば私も死ぬこと、鋼鉄巨人の内部にクリエゲージがあり、それの破壊以外でこのリピートから抜け出す方法は無いこと。

「なら、カイエンの相手は私がしましょう」

ライネさんはあっさりと言った。

「……かなり危険な相手です、その上、クリエゲージを破壊するまでは、カイエンを殺すことは出来ません」
「話の通りなら、そうなるわね」
「下手をすれば数時間に及ぶ戦いになります、その間、一方的に攻撃を受け続けなければなりません、いくらライネさんでも……とても、厳しい戦いになります」
「そうね……でも、どうやら私が遠因のようでもあるから」
「遠因?」
「ちょっと、昔ね……」

ライネさんは、遠い目をした。

ーー『勇者』ライネ。

『勇者のグルメ』と言う冒険譚は、この世界で私も見た。
彼女が冒険の中で出会った、数多のグルメを書き記したものだ。
そこには彼女の輝かしい功績が、無数の料理の挿し絵とともに記載されていた。

ーーだが、当然それだけではないのだろう。
光差すところに影はついて回る、剥がれることはあり得ない。
彼女にも、そんな影の部分があるのかもしれない。

「話は終わりね、行きましょうか」

それが口をついて出そうになったとき、彼女は唐突に話を打ち切った。

「何処へ?」
「貴方の実力と、真意を図る」

彼女は立ち上がり、こちらを一瞥する。
そこには、いつものほんわかした雰囲気は微塵もなく、強い殺気が総身を撫でる。

「それに、強くなりたいんでしょう? 本気で相手をしてあげる」

291 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:27:26 ID:4KggV5HtYa

何度も何度も、何度でも繰り返し受けた剣激。
記憶の中では、常にいたぶるように飛来したそれらは今、そういった『加減』を失っていた。

短絡にして愚直、かつ苛烈に襲い来るそれらを、私は真っ向から受け止め、あまつさえ弾き返し、逆襲すらしてみせる。

練習用の木剣でなく、お互いに真剣ーー更に私の手にあるのは、エトワリウム製の専用武器。

それらが醸す戦いの有り様は、最早試合としての意義を見失い、死力を尽くした『殺し合い』と化していた。

「強い……! これほどになるまで、どれ程の修羅場を潜ったと言うの」
「100回死ねば、こうもなります! それでも届かないあなたが私は恐ろしい!」

スキル『メモリア・ストライク』ーー

飛び上がり回転しながら放たれた風の刃が、ライネさんのいた地面を両断し、巨大な一文字を書き殴る。

エトワリウム製ぶきによる、絶大なクリエ行使によるスキルの威力は常軌を逸しており、この広い修練場を持ってすら、危険を伴うほどのもの。
だがしかし、眼前の敵はそんなものどこ吹く風。
笑みを消した、だがしかし汗の一滴も滴らせぬ顔のままそれを掻い潜り、人外の速度と膂力でもって凶刃が襲い来る。

同様に人外の速度と膂力でもって剣を受ける。
それによってもたらされる火花は無数の花火の如く舞い散り、力の余波によって、周囲に設置されたあらゆるものは吹き飛び散らされ、ゴミを掃くように端っこへ吹き飛んでいった。

292 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:30:08 ID:4KggV5HtYa

「でも、まだあなたはその剣を使いこなせていないようね」

音の壁を切り裂いて刃が迫る。
それはギリギリで仰け反った私の首の皮一枚を裂いていった。

「『エトワリウム』で作られた武器は、ただの軽くてよく切れる剣じゃない、持ち主を読み取り、その持ち主の願い、想いを、程度はあれどーー事象化にする」

仰け反った勢いのままバク転して後退、同時に牽制のスキルを放つ。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー
スキル『エキスパート養成講座』ーー

同時に放たれたスキルの刃がぶつかり合い、爆塵が周囲を打ちのめす。
その勢いに乗り、後退して離脱、前方を見据える。

「っ!」

その先にライネさんはいない、見失ったーー
そしてそれは、コンマ一秒にも満たない、小さな隙を作った。

293 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:31:59 ID:4KggV5HtYa

ーーそれで十分。

後方より迫る刃に気づいたのは、ライネさんの間合いの内側に入ったあとだった。

防御も回避も間に合わない。
思考だけが無限に加速して、死神の鎌が刻一刻と迫るのをなにもできないまま感じさせられる。

頭が、痛いーー

動かない、もどかしい。
もっと早く動ければ、この窮地を脱出できるのに。
そう、ランプちゃんが死んだときも、チノちゃんが死んだときも、ライネさんが死んだときも、あのときも、あのときもーー

手が、それさえ届けば間に合えば、もっと早く動ければ助けられたのに、救えたのに。

人は神にはなれない、全能にもなれない。
手の届かない場所にあるものは全て、自分すらも、運命の赴くまま。
だが、手さえ届けば、救える、助けられる。
そのためにーー!

動け、もっと早く、疾風より、稲妻より早くーー!
手が届かないならば、走り寄れーー!
世界も、時間すらも歪めてでも、全てに手を届かせる為にーー!

「あ……っ」

世界が、歪む。

294 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:33:16 ID:4KggV5HtYa

無数の鎖から解放されたように、体は勝手に動く。

ライネさんの剣が振り切られるときには、私は十数メートル離れて、ライネさんに向かい剣を構えていた。

ライネさんの顔には、笑みがあった。

「……それが貴方の願い、貴方の力ね」
「これが、私の力ーー!?」

絶対的に死ぬ状況から、物理法則も条理も何もかも無視して、ライネさんの攻撃を回避した、この力。

純粋な身体能力の強化ではない、それではこうはならない、もっと別のーーそう。
『時間を加速させたような』

体感時間を加速し、動体視力と反射能力を増強。
さらに身体時間を加速し、常軌を逸した速度で行動する。

これが、エトワリウム製ぶきの、真の力ーー!?

「まだよ、来なさいココアちゃん」

ライネさんは無造作に剣を一振り。
その剣には、無数の燐光が収束、解放されたエネルギーが目映い光とともに衝撃波となって、周囲の砂塵を吹き飛ばす。

295 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:35:05 ID:4KggV5HtYa

「そこまで至ったあなたにならできるはず、届かせてみなさい」

ゆっくりと掲げられた剣には、燐光が収束、太陽もかくやとばかりの極光が形作られる。

以前も一度見た、恐らくはライネさんの使用するなかでも最強の技。
受ければ死ぬどころではない、塵も残さず消え去ることになるだろう。

「更に、もう一段上の力ーークリエメイトの戦術における最終最大の奥義」
「そんな、ものが……?」
「文献にも僅かの情報しか残されていなかったわ、そもそもクリエメイト自体が伝説の存在ですもの、でもーー」


やらなければ、死ぬだけよーー


凍りつくような殺意を帯びた瞳を向けて、彼女は酷薄に言った。
嘘偽りはないだろう、彼女は私を殺すつもりだ。

そもそも、私が強くなった理由は、何度も何度も死に、その度に立ち上がったから。
故に私を強くする方法は、絶対的絶望によって死を予期させ、それを打ち破らせる以外にない。

私は、光に対して剣を構えた。

296 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:37:12 ID:4KggV5HtYa

彼女は言った『エトワリウム製のぶきは、持ち主の願いや想いを事象化する』と。
ならば、私の想いはひとつ。

「想像するのは、全てを守り抜き、打ち砕くーー最強のお姉ちゃん」

すべての力と想いを込めて、私は剣を構えた。

ーーきっとこれは、本来の私が使う技ではないのだろう。

もっと派手で、もっと可憐で、もっと強力な技であったかもしれない。
ーーでも、今この場において、その全ては不要だ。

必要なのは、ひとつ。
敵にこの剣を届かせること、ただそれだけ。

そのためにはーー最高威力、最高精度の剣を、敵の反撃を許さないほどの速度の連激でもって振るうこと。

やれるかーー?
いや、やるしかないーー!

細く息を吐いて、私は言った。

「ーー行きます」

スキル『クロックワーク・ラビット』ーー!

剣が輝きを放ち、光に向かって、私は立ち向かった。

297 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 18:39:16 ID:4KggV5HtYa
今回はここまでです。

滅茶苦茶遅くなってしまってすいません……

298 名前:阿東[age] 投稿日:2020/04/19 19:39:27 ID:zuFXOJU3cy
クロックワーク・ラビット。

正統派なかっこいい技名・・・。

299 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 20:11:09 ID:.lvuBqM5M/
最近の情報を組み込みやがったすげぇ

300 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/19 22:43:39 ID:4KggV5HtYa
>>298
ありがとうございます。
ココアちゃんの専用ぶき最終進化スキルの元は、エイプリルフール企画の『clockwork rabbit』です。
題材と合わせて時間操作を利用した技なので、この名前にしました。

>>299
現在進行系で書き続けてる弊害……恩恵? ですね。
一応イベクエはほぼ全て全ミッションクリアしてますので。
その代わり執筆速度が遅いです……
この一万字を書くために1ヶ月近くかかってしまいました……

301 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/04/20 08:17:49 ID:QpwqJFGccW
本来使うはずではなかったスキル…
このスキルがどのように活用されるのか、期待です!

302 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/20 12:24:03 ID:m/Vb/1n12v
今回も、最高でした。行き止まりと回り道を繰り返してココアが辿り着いた、最もココアらしくない、それでいて最もココアらしい一つの到達点。手に汗握りましたし、熱い気持ちが高まりました!

そして、作者様の描くココア像が私は凄く好きなんだと改めて自覚しました。原作のココアを昇華させた、彼女の目指す『お姉ちゃん』の一つの到達点。エトワリアでしか見られないココアの姿を見せていただいた事、感謝の念に堪えません。

いよいよクライマックスが近付いてきましたが、最後まで楽しみにさせていただきます!

303 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/04/21 00:35:44 ID:jSQIf9xXvs
>>301
ありがとうございます!
遅筆ですが、どうにか完結させてみますので、今後もよろしくおねがいします。

>>302
おぉ……熱烈なメッセージをありがとうございます!
ココアさんは『お姉ちゃんでありたい』という強い使命感を持っています。
それが今回のリピートを乗り切る最大の原動力になっていました。
これを書き始めたのも、不思議とココアさんなら耐えられる、チノちゃんの笑顔の為に全てを捨てて戦い続けられる、と思ったからなんですよね。

もうちょっとで終わる予定ですので、最後までよろしくおねがいします。

304 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:05:28 ID:CjmcJBckZ2

きん、と。

乾いた音が響き、両断された剣の半身が地面に突き刺さる。

「……私の負けね」

ライネさんの手には、根本から折り取られた剣。
そして私の剣は、ライネさんの首筋に触れていた。
僅かに切れた傷からの血が、剣を伝い地面にぽたぽたと落ちる。

「ーーはぁ、はぁ、はぁ」

ーー実力による勝利ではない、武器の差だ。
私の放った最後の一撃が防がれていれば、その反撃で私は敗北していただろう。
エトワリウム製のぶきと、百周に及ぶリピート、それで漸く、この人に届いたのだ。

「あ……」
「っ!ココアちゃん」

体から力が抜け、地面に倒れこみそうになるのをライネさんに抱き止められる。

心臓が破裂しそうなほどに脈打つ。
全身の血管が、筋肉がぶちぶちと千切れていく。
耳鳴りと頭痛、視界がぐるぐると回る。

「はぁ、はぁ、はぁ……ごふっ!」

たまらず咳き込む。
抑えた手のひらには、大量の血。

それは、届き得ぬものに手を伸ばすことへの代償だ。
私に戦いの才能はない、それを補うためには、気の遠くなるほどにただただ時間をかけるか、或いは対価を支払うか、もしくはその両方が必要だ。
この力は、使う度使う度、私の体を激しく傷つける。

305 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:06:29 ID:CjmcJBckZ2

「ココアさん!」

闘いを観戦していたチノちゃんが駆け寄ってくる。

「チノちゃん……」
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、でも大丈夫、動けないほどでもないから 」

チノちゃんに心配をかけまいと、少し無理をして一人で立つ。
耐えるしかない、戦闘中に行動不能になるわけにはいかないのだから。

「ライネさん……ありがとうございました」

私は、ライネさんに向かって深く頭を下げた。
ここまでこれたのは、ひとえに彼女のお陰だ。

「そんな畏まらなくていいわよ、ただ私は、あなたと一回、戦っただけなんだから、その力を編み出せたのは、貴方の努力の成果よ……しかし、まさかその力をこの目で見る日が来るとはね」

ライネさんはふんふんと頷いて言った。

「ココアさん、血が……」
「大丈夫、大丈夫だよ、この程度で休んでいられない」
「……わかりました、でも、せめて治癒は受けてください、そうりょの人を呼んできますので」
「チノちゃん……」

チノちゃんは私に肩を貸して、修練場の端まで連れていく。
手近なところに横たえられた私は、そのままその場を後にしようとするチノちゃんに向かって、声をかけた。

306 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:07:40 ID:CjmcJBckZ2

「ありがとう、私、チノちゃんのお姉ちゃんで本当によかった」
「……」
「多分そうじゃなかったら、何処かで諦めてた、チノちゃんがいてくれて、本当に良かった」

チノちゃんは立ち止まり、しかし振り向かず、言葉を聞いてくれた。

「……まったく、しょうがないお姉ちゃんです」

小さく呟いて、チノちゃんは走り去っていった
次いで、ライネさんがこちらに駆け寄ってくる。

「さて、これからが大変よ、色々準備と、それぞれの今後の立ち回りもきめなきゃいけないわ」
「わかりました」
「まったく、ココアちゃんが勝ったはずなのに、これじゃどっちが勝者かわからないわね……ココアちゃんが回復しだい、準備にとりかかるわよ」

307 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:08:46 ID:CjmcJBckZ2

3日目の朝。

「ーーチノちゃん、ここから先は一方通行、もうここに戻ることはない、覚悟はいい?」
「はい、大丈夫です」

私とチノちゃん、ライネさんは、私が以前見つけた里から程近いところにある洞窟に来ていた。

ーー昨日までは、ライネさんが主になって里の警戒、防衛の準備を行った。
ライネさんに頼るだけでここまで上手くいくとは、私は思っていなかった。
それだけ今までの自分に余裕が無かったのだと、自覚させられた、結局、どれ程の力を得たとしても、自分一人にできることには限界がある、ということも。

ーー目の前の洞窟の中はゴーレムだらけの修羅場だ、この洞窟を分岐点に、私たちはそれぞれの役目の為に別れて行動する。

私はリゼちゃんたちと合流し、鋼鉄巨人の破壊。
チノちゃんはソルトちゃんの転移魔法で言の葉の木に向かい、言の葉の木が襲撃されることを伝え、そして里への救援要請をする。
ライネさんはこの場所で、カイエンの足止め。

「じゃあ、行くよ」
「わかりました」
「いつでも大丈夫よ」

松明に魔法で火をつけて、私たち三人は、深い闇の中へと入っていった。

308 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:10:19 ID:CjmcJBckZ2

ーーそして洞窟へ足を踏み入れて、外の光が幾分遠くなった時。
私は剣を抜き放った。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

後方、洞窟の上部にクリエの刃を放つ。
それは硬い岩盤を易々と貫き砕く、そして、それは激しい落盤を誘発させた。
無数の岩が私たちの元来た道を一瞬で塞ぎ、外からの光を遮り尽くす、辺りには、私の持つ松明の光を除く灯りは無くなった。

ーーこれで、里へのゴーレムの襲撃は、半日遅れ、4日目の昼になる。
そして、『言の葉の木』が襲撃されるのは3日目の夜。
七賢者が常駐しているあの場所なら、鎮圧にそう時間はかからないはず、里への救援が間に合うかもしれない。
『神殿』であれば絶対安全なのもあるが、チノちゃんをそちらに向かわせるのはその為だ。

不確定要素がまだ多いが仕方ない。
これが現時点での最善だと信じるだけだ。

ーーじゃり、と。

洞窟の奥より、足音。

「っ、何か、来る……!?」
「ココアちゃん」
「数は3体、私は右から」
「わかったわ」

チノちゃんの怯えるような声を尻目に、私とライネさんは目配せをして、足音の主ーーゴーレムへと突進した。

接近に気づいたゴーレムが腕を振り上げた時には、私は既にその脇を通り抜け、すれ違いざまに首を落とす。

次の敵を見定めるーーそこには、細切れになって煙と化す2体のゴーレムの残骸だけが残されていた。
ライネさんはそれに一瞥すらくれず、洞窟の奥を見る。
奥からは、無数の足音が地響きのように響き洞窟内を揺らしていた。

309 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:11:47 ID:CjmcJBckZ2

「多いわね、こいつらを倒さないと先には進めない、か」
「私の『とっておき』で突破口を開きます、この閉所ならまとめて片付けられる」

そう言って前に出ようとした私を、ライネさんは片手で制した。

「いえ、ここは私に任せて」
「でも……」
「ココアちゃんに負けちゃって、いいとこないもの、これでも『勇者』なのに格好つかないじゃない?」

彼女はお茶目に笑って、前にーー無数のゴーレムの群れに突っ込む。

ーーその姿は、敵にとっては鬼神にでも見えたことだろう。

初激でまず、3体のゴーレムがまとめて吹き飛ぶ。
衝撃でバラバラにされたゴーレムの残骸は質量弾となって後方のゴーレムに襲いかかり、痛みを知らない兵団の進軍を、一瞬止めた。

そこに襲いかかるライネさんは、まさしく草食動物の群れに飛び込む狼であった。
その剣はあまりの膂力によって、もはや『斬る』というよりは『吹き飛ばす』という表現が近い。
ゴーレムたちは、反撃は愚か、防御は通じず、後に詰まった他のゴーレムによって回避も出来ず破壊されていく。

一薙ぎ、ゴーレムがまとめて両断される。
一薙ぎ、旋風と衝撃波によってまとめてゴーレムが消し飛ばされる。

前方から襲い来る無数のゴーレムが、ただ1人の人間によって『押し返されていた』

「すごい……」

チノちゃんは呆然とし、それに見とれて思わず呟いた。
それほど、その戦いは一方的で、かつ英雄的だった。

私が『とっておき』を使ってようやくまとめて蹴散らした敵を、正面から撃ち伏せ屈服させるその姿。

百を越す数のゴーレムを前に一歩も引かず、寧ろ押し返して尽滅せしめるその姿は、まさしく『勇者』そのもの。

私の出る幕など、あるはずもなかった。

310 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:12:49 ID:CjmcJBckZ2

洞窟内を捜索して一時間。

前と同じく、ここまでは数体の敵との小競りあいしかなかった。

「はぁ、はぁ……」

チノちゃんは息を切らしながらも、よくついて来ていた。
半日近く、見知らぬ悪路を歩き続ける、ペースもかなり早い。
チノちゃんは木組みの街から出たことすらほとんど無いのだ、これだけでも、結構な負担になっているのはまちがいなかった。

「少し、休憩しよっか」
「はい……」

チノちゃんは憔悴した様子で、その場に座り込んだ。

「チノちゃん、多分この後は洞窟の外まで全力疾走することになる」
「それって、つまり……」
「戦闘に、なる」

チノちゃんの表情が緊張に固まる。

「大丈夫よ、チノちゃん、敵は私が抑える手筈になっている、それにこの先にはコルクちゃんとポルカちゃん、それに七賢者のソルトちゃんもいるんでしょう? 逃げるだけなら大したことはないわ」
「あ……」

ライネさんの声を聞いて、チノちゃんは何かを恥じるように俯いた。

……そう、ライネさんはこれから、文字通りの修羅場を強いられる。
カイエンの足止め、それも私たちが鋼鉄巨人を破壊するまでの恐らく数時間から下手をすれば十数時間。

それがどれ程厳しい闘いであるのかは、チノちゃんにもわかるのだろう。

311 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:14:46 ID:CjmcJBckZ2

「……こんなことに巻き込んで、ごめんなさいね」
「ライネさん?」
「昨日も話したけれど……延因は私にあるのかもしれない、何も話さないのは不義理だから、今のうちにね……少し昔話を聞いてくれるかしら」

そう言って、厳かにライネさんは話を始めた。

ーーとある国があった。

砂漠の、環境の厳しい地にあり、隆盛を極めたとある国が。
過酷な環境にありながらその国が発展をできたのは、潤沢な地下水脈の存在と、豊富な鉱物資源の恩恵によるところが大きい。

主に手工業で生計を立てていたその国は小国でありながら、やがて大国を上回る強大な軍事技術を発展させ、徐々に周辺の国家を取り込み、巨大化していった。

ーー『とある国』の広大な地下水脈が、呪いによって汚染されるまでは。

前触れ無く起きたその大災害は、国土を荒廃させ、実に人民の5%を死なせた。
そして、それを遥かに上回る数の難民を産み出した。
更に国家の拡大、軍備の増強が祟り、『とある国』の財政的許容料を大きく超えた。

そこからは、よくある顛末。

周辺諸国が、難民の受け入れを拒んだのもある。
水脈汚染が、故意的に行われたものだと疑われたのもある。
『とある国』の王様が、水脈の呪いに犯され、崩御したのもある。
人心は荒廃し、それにともない、過激な極右政党が台頭したのもある。

ーー様々な理由が重なり、『とある国』は世界に対し、決死の闘いを仕掛けた。

312 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:16:09 ID:CjmcJBckZ2

「私はそれに加担した、結果として、一つの国が滅びた」
「カイエンは、もしかして……」
「『彼女は『とある国』の皇女だったの、けれど妾の子だったから政治には関わらず軍人となって、戦場にいた。
そして……最後の戦いで私が彼女を打ち負かしたことが、『とある国』の滅びを確定させた、それが元になって、多くの飢餓と、多くの差別が生まれた」

ライネさんは歯噛みして言った。
そこには何も出来なかったことへの後悔があった。

「何も解決しなかった、未だにその地は政情が安定せず、大地は荒廃したまま、周辺諸国はただひとつ残された鉱物資源というケーキをどう切り分けるか決めるための論戦を繰り返すばかり。
『調停官』ーー七賢者カルダモンが派遣され、致命的なことが起きないギリギリのところで保っているのが、現状」
「彼女の目的はなんなんですか?」
「それは……わからない、でも……」

ライネさんは一呼吸区切って、言った。

「彼女は、絶対に止めなければならない」

遠くから、微かに聞こえる剣激。
ライネさんゆっくりと立ち上がり、剣を取った。

「話は終わりよ、行きましょう」

313 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:17:28 ID:CjmcJBckZ2

洞窟を奥へ走る度、剣激の音は大きく、多くなっていく。

そして、前と同じく広間に出たときに、その音は最大の音量へ達した。

「ココアさん!?」

私はチノちゃんの手を取って走った。
もう片方には剣を抜き放ち、眼前を塞ぐゴーレムへと振りかぶる。

スキル『お姉ちゃんは許しませんよー!』ーー

クリエの力を纏った剣を一閃。
視界を塞ぐゴーレムを薙ぎ払い、一直線に進む。
視線の先には、ゴーレムが次々と沸きだす魔方陣。
そしてその手前で、無数のゴーレムを抑える三人の少女。

「コルクちゃん! ポルカちゃん! ソルトちゃん!」

その中の銀髪の少女、コルクちゃんはこちらを振り向き、目を見開いた。
その一瞬の隙に、ゴーレムの攻撃が迫る。

間に合わない?

いや、大丈夫だ、やれる!

集中ーー頭の痛みと共に、世界が鈍化する。
その鈍化した世界を一足に駆け抜け、コルクちゃんを襲うゴーレムの腕を切り落とし、回転してもう一撃、胴を両断する。

常時発動スキルーー『思考・身体加速』
思考速度と身体速度を加速する。
自分の回りにあるもの全てに手を届かせ、助けるための力。
今の私の速度と攻撃精度は、今までの比にならない。

314 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:19:03 ID:CjmcJBckZ2

「ココア、チノ! どうしてここに!?」
「コルクちゃん、私は『リゼちゃんと同じ』だよ!」
「ーー!」
「説明してる暇はない、とにかくここから逃げて!」
「……了解した、ポルカ、ソルト! 撤退する!」

コルクちゃんが叫ぶと、ポルカちゃんとソルトちゃんはすぐさま後退し、こちらに合流した。

「ポルカちゃん、私は……」
「聞こえてたよ、なら……この後何が起こるかも把握済みなんだろ?」
「どちらにせよ分が悪い、なぜ名前を知ってるのかとか、その意志疎通の仕方とか、聞きたいことはありますが……従いましょう、後で話を聞かせてくださいよ?」

ポルカちゃんとソルトちゃんは口々に言って、洞窟の出口へ走っていく。
その背中に向かい、複数の炎が飛来する。

「ココアさん! 攻撃が……!」
「くっ……」

剣にクリエを収束、『とっておき』を発動しようとした瞬間、その炎の矢は次々とかき消えた。

そこにはライネさんがいた、剣激のみで、その全てを弾き飛ばしたのだ。

「行きなさいココアちゃん、ここは私が食い止めるわ」

彼女は振り向くことなく言った、その視線の向こうには、地獄の炎の色をした鎧の騎士。

猛烈な炎熱が洞窟を満たしていき、それに伴う風がライネさんの長髪を揺らしていた。

思わず、足が止まった。
何故か、彼女が死ぬと感じたからだ。
先ほどの会話も、まるでもう話す機会がないから、話したかのような。

ーー手を掴まれる。
チノちゃんは私の手を掴んで、首を振った。

「ーーくっ!」

今、私にできることは鋼鉄巨人をできる限り早く倒すことだけだ。
遅れれば遅れるほど、ライネさんの生存確率は減る。

私は踵を返して、その場を後にした。

「ーー生きて、また会いましょう!」

叫んで、洞窟の出口へと走る。
返答はなかった。

315 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:20:24 ID:CjmcJBckZ2

「……それでいいわ、ココアちゃん」

遠ざかっていく足音を聞きながら、ライネは剣を、眼前の敵に突きつけた。

「ちぃっ!」

スキル『オーグメンター』ーー

カイエンの周囲に炎が舞い、それは前方への推進力となって、ライネの横を駆け抜けるーー

「ーーさせないわ!」

スキル『エキスパート養成講座』ーー

ーーその前に、光を纏った剣が一閃。
それは、カイエンの進行方向、その上の岩盤を打ち砕き、その進路を塞いだ。

「貴方はここにいなさい、全てが終わるまでね」
「……驚いた、かの勇者自ら、この場所に出向いてくるとはな」
「誤算だった? なら残念ね」
「確かに誤算だ、だが僥倖とも言う……生き恥を晒した甲斐が、あったというものだ」

カイエンはゆっくりと兜を取り去り、その場に投げ捨てた。
炎のように揺らめく赤髪が、風にのってゆらゆらと揺れる。

316 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:23:07 ID:CjmcJBckZ2

「もとよりこの策、貴方を打倒するためのものなのだからな、計画は前倒しになるが構いはしない、どのような戦力を注ぎ込んだとて、鋼鉄巨人は倒せんよ」
「貴方が死ねば『時巡り』が発動するから、でしょう?知っているわ、それでも、私は貴方を斬ったようね」
「何?」

カイエンは訝しげに眉を潜めた。

「その策を破るためには、クリエメイトーーココアちゃんに強くなって貰うしかない、だからそうなるまで、私は貴方を斬り、そして繰り返した、どのリピートでも最終的にはその結論に至ったのでしょう」
「……クリエメイトなど、ただの平和惚けした子供に過ぎん、そのような存在が何度繰り返したとて、絶望の果てに壊れるだけだろう」
「だけどそうはならなかった、ココアちゃんは強くなって、私にすら剣を届かせた、今のあの子なら、この閉塞された時間の牢獄すら切り開けると私は信じているわ」

カイエンはそれを聞いて、口角を小さく歪めた。

「……なるほど、確かにそうらしい、貴方が既にそれを知っているということは、私は一度、あのクリエメイトに倒されているのだろうからな……そうでなければ、私がそれを話す筈はない」
「クリエメイトを舐めすぎたようね、彼女らには強い意思がある、そうでなければ、『聖典』なんてものに書かれる筈もない」
「ふん……面白い!」

炎が舞い散り、周囲の気温が急激に上昇していく。
カイエンの放出した膨大なクリエが、洞窟内を焼いていく。
ライネは、それに向かって、剣をゆっくりと構え直した。

「ならば、貴方を倒し、その全てを打倒してみせよう。最早後ろには屍の山が築かれ、前には修羅の道しかない、立ち塞がるというのなら、悉く焼き尽くすのみ」
「私にも、守らなければならないものがある……目の前にいるのは『勇者』ライネ、私を打倒するならば、万の軍勢を相手にするのと等しいものと思いなさい」

そして誰も見ることなく、多くが知ることもなく。

「さぁ来なさい、遊んであげるわ……命が尽き果てるまで」

人知を超えた戦いの火蓋が、切られた。

317 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:23:59 ID:CjmcJBckZ2

無数のゴーレムたちに追い立てられながら洞窟を脱出した私たちは、前週と同じように鉱山の街へ向かった。

近づくたびに濃くなる血の匂い。
3日前に行われたゴーレムの襲撃、それによる虐殺を受けた街は、血の匂いが立ち込め、家々は破壊され、人々の目には光がなく、どうしようもなく途方にくれていた。

「っ……!」

その凄惨な光景に、チノちゃんは思わず言葉を失っていた。
それは、テレビやアニメなどだけで見ていた、わかりやすい絶望の光景だった。

「ココア、ここで何があったのかは……」
「……知ってる」

……3日前、だ。
私のリピートによって戻れる日の前日。
これは、確定してしまった出来事だ。
そしてーー

「きららちゃんは、連れ去られてるんだよね」
「……そう、クリエメイトたちはカイエンに打ち倒され、きららは連れ去られた……本当に、リゼと同じなんだね」
「うん、詳しい説明と、これからの説明をする、もうすぐリゼちゃんもーー」

318 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:25:39 ID:CjmcJBckZ2

ーー瞬間、光が乱舞する。
中空に輝く魔方陣が現れ、それが激しく回転する。

その場にいた全員が、一瞬で身構えた。

「これは、転移魔法ですね……ココア、誰が……ココア?」

ソルトちゃんが聞いてくる。
知る筈もない。
これは、こんなことは、以前は起こらなかった。

光が収束し、霧散する。
そこにはーー

「ーーシュガーちゃん!?」

そこには、七賢者がひとり、シュガーちゃんの姿があった。
私たちの姿を認めた彼女は、普段の快活さを一辺も見せない焦燥に満ちた表情で、ソルトちゃんに駆け寄った。

「シュガー、一体どうして……!?」
「どうしよう、ソルト、このままじゃ……!」
「シュガー、落ち着いてください、一体なにがあったのか説明を……」
「このままじゃ、街が、リゼおねーちゃんが!」

シュガーちゃんの言動は、焦りに満ちて、支離滅裂だった。
ソルトちゃんがそれを宥め、落ち着かせる。

そして、その中の一つの発言を、私は耳敏く聞き取った。

「ーー鋼鉄巨人が、この街に攻めてくるよ!」

ーー同時に、光条が空を切り裂いた。

それは、目の前にあった街を薙ぎ払い、土煙で覆い隠す。
悲鳴と、怒号が遠雷のように耳に響く。

「そんなーー!?」

光の束は、さらに2度、3度瞬き、目の前の街を焼いていった。
私の足は震えていた。
こんなことはある筈がない、鋼鉄巨人はまだ完成していないはずだ。
戦いは、こちらが鋼鉄巨人の建造されている遺跡へ赴いて始まるものの筈だ。

光条の放たれた方向を見る。
地響きが地面を揺らす。
そこには、本来いない筈の存在ーー鋼鉄巨人が、こちらへ歩を進めていた。

その時、一つの事実を私は思い出した。

「『リピート』をしているのは……私だけじゃない」

鋼鉄巨人の瞳がぎょろりと動いて、視線が交錯する。

ーー敵の真の恐ろしさを、私は漸く理解した。

319 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:25:53 ID:CjmcJBckZ2
今回は以上です。

320 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/09 19:49:01 ID:UuA2z9kV0X
まさか、間に合わなかったのでしょうか?完成してしまった?
もしもそうなった場合、今回が鋼鉄巨人側の最後の刻廻りになる筈だからココアのリピートもこれが最後で次は無くなるわけだから、ココア達はかなり絶望的な状況になるわけですね。うーん、不安要素が大きい・・・・・
新生ココアと仲間達の力で状況打破出来る事を信じて、次回を楽しみに待ってます!

321 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/10 11:57:15 ID:HagJ.dT2eU
>>320

ありがとうございます。

もしそうだった場合は絶望ですね。
対処法があるとするなら、ココアないし誰かが単騎で過去に戻り、この事件の原因を壊す、というくらいでしょうか。
一回でも鋼鉄巨人単体でのリピートが起これば、ココアたちの行動はその前の周の行動で固定されるので、チャンスはこの一回きりになります。

鋼鉄巨人もココアと同様、リピートによって過去の記憶をトレースし、先回りした行動を取れます。
以前ココアたちに完成前に攻撃をされたので、今度は完成を待たずにこちらへ攻めてきた、というのもありえますね。

できるだけ早く次回をあげられるようにしてみます、遅筆ですいません……

322 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:00:15 ID:EXqDFJXnC/

「街が……!」
「あばばばば……やばいよやばいよ、どうしようソルト」
「落ち着きなさいシュガー……ですが、この状況は些か予想外が過ぎます」
「ゴーレムの調査のためにリゼおねーちゃんと近くの遺跡に行ったら、あいつがいて……私たちを見るなり襲ってきたんだよ」
「文献で少し読みましたが、あれが……しかし、完成には猶予がまだある筈……」

完成には猶予がある……そう、前は完成していなかった、完成にはまだ2日程度の猶予があるはず。

だから前週では、私たちの攻撃は『間に合った』のだ。
そして、鋼鉄巨人からすれば、自身の完成に『間に合わなかった』。
鋼鉄巨人からすれば、私の『リピート』の力をどうにかしない限り、自らを関係させることができない状況なのだ。

そして鋼鉄巨人は、前週の記憶を持った私によって、万全の準備と対策を整えられた上で攻められることを嫌った。

故に、完成を待たずして、此方に攻撃を仕掛けてきたのだ。

「どちらにせよ、一刻の猶予もありません、覚悟はいいですねシュガー」
「うん、大丈夫、少し恐いけど……ソルトがいるなら」

ソルトちゃんにあやされたシュガーちゃんは落ち着きを取り戻し、少し固い、微笑みを浮かべた。

「しかし、無策であれとやるのは危険、ソルト、ココア、何か策はある?」

323 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:01:45 ID:EXqDFJXnC/

コルクちゃんが言う。

「……鋼鉄巨人は無敵、と文献にはありました、しかし完成してないなら、何処かに綻びがある筈ですが……」
「一応、それらしいものが、ひとつだけ」
「ココア? それは……」
「正直、弱点と言えるのかわからないけど……」

以前戦ったとき、鋼鉄巨人に傷をつけることは出来なかった。
だが、全周を囲むあのバリアを破壊することはできたのだ。
バリアは十秒足らずで復活するため、その間に本体に攻撃を仕掛け、再展開をさせないようにできれば、勝機はある。

そして、あのバリアを破壊するための条件、あの攻防の際になんとなくだが把握した。
今は、そこしか賭けられる要素がない。

「こ、ココアさん、街が……!」

チノちゃんは私の袖を掴んで言った。
その体は震えていた。

「チノちゃん、走って」
「え……」

剣を抜き放ち、私は言った。
どちらにせよ、やることは一つだ。
チノちゃんをあの修羅場につれていくことはできない。
この緊急事態、今更転移もできない、彼女には隠れていてもらうしかない。

「鋼鉄巨人とは逆方向に走って、多分そっちには何もいないから」
「でも、ココアさんは……みなさんは?」
「あれを壊しに行く、元々そのつもりだったから」

返答は聞かずに私は走った。

324 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:03:54 ID:EXqDFJXnC/

街に近づく度に、肌を焼く熱波は強くなっていく。
立ち上る炎と煙で空は赤く染まり、奥に鎮座する鋼鉄巨人は、まさに地獄からの使者にでも見える。

多くの人が死んでいた。
動かなくなった腕が、足が、頭が、そこらじゅうにあった。
視線の先に一体のゴーレム、その剣の先に一人の少女。
走る、手を伸ばす。
無慈悲に振るわれる剣、吹き出る血飛沫。
その直後に、ゴーレム私の剣によって両断され、煙となって消えた。

「……ダメか」

素早く斬られた少女に近づいたコルクちゃんが、歯噛みする。

周囲を見回す。
動くものは僅かなゴーレムと、奥に鎮座する鋼鉄巨人以外にはなかった。

「ひでぇな……まるで、人だけを狙って殺してるような気さえするぜ」
「人だけを殺す機械、ですか……人間のやることとは思えない、狂気の産物ですね」
「怖い……あれ、魔物とかそういうのと違って、目的も結果も無視して、ただわたしたちを殺そうとしてる……」

惨憺たる光景を見て、ポルカちゃんとソルトちゃん、シュガーちゃんは呟いた。
間違いではない、と思う。
ゴーレムも、鋼鉄巨人も、明らかに人間を狙って殺している……。

カイエンの言葉を思い出す。

『卑しい弱者の全てには、正道な力を持って裁定を降す』

冗談か本当かわからない、だが本当ならば……これは彼女にとっての『裁定』か。

325 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:06:39 ID:EXqDFJXnC/

「……リゼちゃん!」

更に奥に進んでいくと、瓦礫に身を預けて苦悶の表情を浮かべるリゼちゃんの姿があった。

「……っ、ココア、なぜここに……?」
「リゼ、彼女は貴方と同じく、『リピート』している人」
「リゼちゃん、私はこの戦いを始めたこと、後悔してないし、リゼちゃんに許して欲しいとも思ってない、こちらこそ、リゼちゃんをここまで苦しませて、ごめんね」
「私の、言いたいことを……そうか、お前は本当に『リピート』を……」

早口で、リゼちゃんの言いたいこと全てを先回りして遮る。
それを聞いたリゼちゃんは、一瞬悲しそうな顔をして、傍らの武器を握りしめた。

「感傷に浸っている場合じゃないな、鋼鉄巨人を、止めなければ」
「リゼちゃんは休んでて、あいつは私たちが」
「問題ない、まだ動ける……それより、信用していいんだな? お前の力を」

その時、前方の瓦礫の山より、3体のゴーレムがこちらを見据え、襲いかかってくる。

「ふっ!」

細く息を吐き、一息にその懐へ飛び込む。
両手を振り上げ、鋭い横薙ぎ。
並んだ3体のゴーレムは、一息にその上・下半身を泣き別れさせ、煙となって消える。

326 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:08:05 ID:EXqDFJXnC/

「……聞くまでもなかったか」

わかっていた、というばかりにリゼちゃんは微笑んで、私の横に並んだ。
そう、わかりきったこと。
自分と同じ経験をしている存在が、弱い筈はない。
私たちはお互いの実力を、当たり前のように知っている。

「……アレには一切のダメージを与えられていない、回りの雑魚を片付けただけだ、何か策は?」
「私はあれと一度戦ってる、やりようはあるよ」
「了解した、ココアの指示に従う」

眼前には、炎の中に佇む鋼鉄巨人。
そこから放たれる火砲は執拗なまでに街を薙ぎ払い、捕捉した人間を次々と焼いていく。
あれが移動すれば被害は計り知れない、人の生きた痕跡すら残さず破壊し尽くされるだろう。

ーー故に、ここで止めなければならない。

コルクちゃん、ポルカちゃん、ソルトちゃん、シュガーちゃん、そしてリゼちゃん。

全員が一つ頷く。

次いで、鋼鉄巨人と目があって、その目が光を放ちーー

「みんな、行くよ!」

ーー散開。
さっきまでいた場所が爆砕され、戦いの火蓋が切られた。

327 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:09:13 ID:EXqDFJXnC/

「シュガーが一番乗りー!」

スキル『カスタードスマッシュ』ーー!

開戦するやいなや、シュガーちゃんは楽しげに叫び、背に帯びた大剣を振り上げ一回転、思い切り投げつける。
激しく回転しながら向かう先は鋼鉄巨人の頭部、ゴーレムの十や二十は一刀で仕留める凶刃はしかしーー

ーー鋼鉄巨人の直前で、光の壁に阻まれ弾かれる。

「えぇっ!? そんなぁ……」

返ってきた剣を器用にキャッチしながら、落胆するシュガーちゃん。

「大丈夫、想定通りだよ!」
「えぇ……それってシュガーが弱いみたいな……」
「現実を受け止めなさいシュガー、話の通り、奴の纏うバリアはかなりの堅牢さを誇ります……ですが!」

スキル『スター・シュート』ーー!

次いで、ソルトちゃんの掲げた掌に魔方陣が展開、風が収束していく。
次の瞬間砲弾となって放たれたそれは余波だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばす威力だったが、それすらも、鋼鉄巨人の頭部には届かず霧散する。

328 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:10:39 ID:EXqDFJXnC/

「リゼちゃん! コルクちゃん! ポルカちゃん!」

着弾と同時に、私は叫んだ。
同時に3つの影が躍り出て、鋼鉄巨人の『足』へ向けて突撃する。

ーー鋼鉄巨人の弱点……と言えるかどうか、わからないが。

一週目、私が鋼鉄巨人のバリアを破壊できた理由。

初激のとっておき3連、あれを受けたとき鋼鉄巨人は一切のダメージを受けず、衝撃で仰け反ることすらなかった。
つまり通常状態では、今用意できるどれ程の火力を注ぎ込んでも、バリアを破壊することはできないだろう。

ーーだが、シュガーちゃんが頭部を攻撃した直後に、私が足を攻撃した際、ただのスキルであったにも関わらず、鋼鉄巨人の足は『吹き飛んだ』のだ。

そして、私が鋼鉄巨人のバリアを破壊する直前、シュガーちゃんは大剣を投げつけ、頭部を攻撃していた。

つまりーー

「兵は神速を尊ぶ……!」

スキル『辻風』ーー!

コルクちゃんは強烈に地面を蹴り、弾丸のような速度を持って鋼鉄巨人に肉薄。
駆け抜け様に、二刀による強烈な斬激を見舞う。

「ぶちかますぜ! でぇりゃあああぁ!」

スキル『ぶっぱなす』ーー!

それに続いてポルカちゃんが力任せに大剣を振り上げ、大上段より炎を纏った幹竹割りを放つ。

「叩きのめしてやる!」

スキル『休日をだらだら過ごすなぁ!』ーー!

さらにもう一撃、周囲に霜が張るほどの膨大なクリエを纏った槍による、目にも止まらぬ連続突き。

隙を与えぬ連続攻撃、これを浴びたならば、並大抵の存在ならばなす術なく散ることとなるだろう。

しかし、光の壁は未だに健在のまま、その全てを受け止めきった。

329 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:16:45 ID:EXqDFJXnC/

ーーそして、最後の一撃。

「みんな、私に力を貸して!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』

上空に陣取った私はクリエを纏い輝く剣を鋼鉄巨人に向ける。
それは直ぐ様暴風となって剣を覆い隠し、やがて激しい竜巻と化す、あらゆる全てを切り刻み散らす、今の私が出せる最高火力の技。

「うおおおおぉぉぉーーーっ!!」

裂帛の気合いと共に、砲弾そのものとなって突貫。
嵐の砲弾と光の壁がぶつかり合い、激しいスパークを放つ。


ーー私があの時、バリアを破壊できた理由。
おそらく、鋼鉄巨人は頭を攻撃された際に、頭部にエネルギーを集中させる特性がある。
故に、頭部を攻撃した直後の数秒間、他の部位の防御が薄くなる。

それは本来であれば、気にするほどのものでもない、よほどの強力な連続攻撃を受けなければ、突破されることはない。

だが、私たちの最大の力を、そこに叩き込めばーー!

「貫けえぇぇぇ!」

ーー数秒の拮抗の後、光の壁はヒビを全体に走らせ、砕け散った。

とっておきの威力を保ったまま、私の剣は鋼鉄巨人の足に突き刺さり止まる。

330 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:19:53 ID:EXqDFJXnC/

「ーーまだだよ!」

鋼鉄巨人のバリアは、破壊されても十秒足らずで復活する。
このまま、鋼鉄巨人に決定打を与えなければ、勝機はないーー!

剣を引っこ抜き、そのまま空いた穴に向かい突き込む。

「くっ!」

何度も何度も突き込む、剣を、もっと奥へ叩き込む。

「はああぁぁっ!!」

渾身の力を込めて振り下ろした剣を、とうとう鋼鉄巨人は根元まで飲み込んだ。
そしてそこに、クリエを集中ーー

とっておき『燃えるパン魂!』ーー!

そのまま放たれた『とっておき』は鋼鉄巨人の内部で、そのエネルギーを解放。

ーー大爆発を持って、その右足を内部から吹き飛ばした。

「これなら……!」

爆発の勢いに大きく吹き飛ばされる。
そのまま私は瓦礫の中に突っ込んで止まっていた。
そして、霞む視界で、鋼鉄巨人を見据える。

ーーそこにあったのは、右足が半壊し、大きくバランスを崩す鋼鉄巨人の姿。

331 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:21:30 ID:EXqDFJXnC/

「手筈通りですね、これならあとは動けなくなった頭を処理するだけです」
「おっきな癖に、案外チョロかったね!」

倒れた私の元に、みんなが駆け寄ってくる。

「まさか、ここまで考えてたとは……」
「考えたのはリゼちゃんだよ、私はそれに従っただけ」
「前の、私が言っていたのか?」
「うん、前にこの戦いを指揮してたのはリゼちゃんだったから」

リゼちゃんが言っていた、あの巨大さなら、どこかしら無理をしていない筈はない。
ならば足を破壊すれば、バランスを崩せるはず、と。
それは予想通りだったらしい。

鋼鉄巨人の右足は連鎖的な爆発を抑えられず、徐々にその巨体を傾けていく。

「ーー待って!」

コルクちゃんが叫んだ。
同時に鋼鉄巨人の頭部に光が灯る。

「っ! こいつ、まだヤる気か?」
「いや、違う、こっちを狙ってない……」

その瞳は、明後日の方向に向けられていた。
光は更に収束していき、先ほどから放たれていたビームのそれより、遥かに強力な砲撃をしようとしていることがわかる。

「……なんだ? あいつ、変なところにビームを撃とうとしてる、イカれたのか?」
「いや、そうと考えるのは早計過ぎる、ポルカはやはり脳筋……」
「そうは行ってもよ、あの方角には山しかないぜ?」
「あの、方角……」

数秒考えたのち、コルクちゃんの表情はーー蒼白に染まった。

「ーーまさか!」
「ソルト? どうしたの?」

後ろにいたソルトちゃんが叫ぶ。
彼女の顔にも戦慄が張り付いていた。

「あの方角ーー山の向こうには」

332 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:22:58 ID:EXqDFJXnC/

「ーー『言の葉の木』があります!」

ソルトちゃんは叫んだ。

「ーーバカな! ここから『言の葉の木』までどれ程の距離があると想ってるんだ! そんな距離を狙い撃てる筈が……」
「ない、と断定はできません! あれは未知の古代文明の産物、百キロ近い距離を狙撃出来たとしても不思議ではない……! それにあのエネルギー量、如何に巨大な『言の葉の木』とて、焼失させられるでしょう……!」

鋼鉄巨人の頭部にエネルギーが貯まると同時に、斑でありながらも、バリアが復活していく。

「ーー鋼鉄巨人の頭部を攻撃してください! あれほどの長距離を狙い撃つのならば、ほんのわずか砲口がズレるだけでも砲撃は外れる!」

ソルトちゃんが叫ぶと同時に風の魔法を放つ。
しかし、それは鋼鉄巨人の周囲に再度展開されたバリアによって弾かれてしまう。

他のメンバーも一斉に攻撃を放つが、その全てはバリアを抜けることは出来なかった。

ーー鋼鉄巨人のバリアは全体を球状に覆うのでなく、斑に展開したバリアが攻撃に反応して着弾箇所に動いているようだ。
今の奴には全体を防御する余裕はないのだろう。

「なら、直接攻撃で……!」

飛び道具では防がれる、であれば、接近しバリアの間を通り抜けるしかない。

そうして足を踏み出そうとした私の前に、突如無数のゴーレムが現れる。

「なっ……!?」
「転移魔法!? 奴ら、まだこれほどの戦力を!」

転移魔法で呼び寄せられたゴーレムたちは、文字通り壁となって、私たちの接近を妨げる。

「くっ……邪魔だよ!」

立ちはだかるゴーレム達を斬り伏せる。
一体一体は弱いが、その度に確実に時間は奪われる。
鋼鉄巨人の頭部に宿る光は、刻一刻とその輝きを増している。

333 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:24:07 ID:EXqDFJXnC/

「くっ……」

この状況を打開する方法ーー

私の新たな技ーー専用ぶきスキルを使用すれば、接近は可能だ。
だが、その後動けなくなる、崩れていく鋼鉄巨人からの脱出すら叶わないだろう。
それに、今となってはビームの発射そのものを止めることはできないのだ、あのエネルギー量、近くにいればその余波だけでもただではすまない。

だが、目の前に立ち塞がるゴーレム達を斬り伏せていては、確実に間に合わない。

ーーどうする?

考える、どうするべきか。
その逡巡の間に、状況は動いた。

ーーこの状況で動けたのは、彼女だけだった。

特攻に近いその行動のリスクを考え、私の動きは一瞬、止まっていた。

転移魔法を使えるソルトちゃんも同様、聡明な彼女だからこそ、その行動に一瞬の躊躇いがあった。

他の三人は、現時点で鋼鉄巨人に接近する手段を持たなかった。

そして、彼女ーーシュガーちゃんだけが、動いた。

「ソルト、ごめん」

一言だけ言い残し、彼女は鋼鉄巨人の眼前まで転移魔法で移動。
周囲に展開したバリアを潜り抜ける。

そして、手に持った大剣で鋼鉄巨人の頭部をぶっ叩きーー

チャージスキル『ジャッジメント』ーー

ーー直後、極光が放たれた。

直径にして50m近い大きさの光の束は、山間を切り裂き一瞬にして空の向こう側へ見えなくなった。

そして、こちらを振り向いて笑うシュガーちゃんが、その光に包まれて消えていくのを、見た。

334 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:25:22 ID:EXqDFJXnC/

「シュガー……?」

ソルトちゃんは小さく呟いた。
絶命の直前のような、力ない呟き。

膝が崩れる。
鋼鉄巨人の放った極光に照らされた無表情からは、静かに涙がこぼれていく。

「ーー! 鋼鉄巨人が」

鋼鉄巨人は最後の攻撃を放つと同時に、力尽きるように崩れていく。

傷ついた右足は破孔からスパークを放ち、とうとう大爆発を起こす。
その衝撃で半ばから右足がへし折れ、常にこちらを見下していた頭部が、とうとう頭を垂れた。

「終わった……?」

そう、終わった。
一人の少女の犠牲と、一人の少女に消えない傷をのこして、戦いは終わったのだ。

私は傍らの少女に駆け寄った。
周囲の敵を殲滅し、リゼちゃんたちも周囲に集っていく。

「……大丈夫、砲撃は外れる、シュガーはよくやってくれました」

ソルトちゃんは、涙を溢しながらそう呟いた。

「ソルト……」
「勇猛にして果敢な最期でした、あの子の名は英雄として後世に残るでしょう、私も姉として鼻が高いです」
「ソルト、止めろ」
「こうしてはいられません、シュガーの死を無駄にしてはいけない、早く鋼鉄巨人を探り、クリエゲージを破壊しなければ」
「ソルト!」

リゼちゃんが叫んだ。
答えはなかった。

ーー人形が、喋っている。
そう感じるほど無感情に、彼女は言って立ち上がった。
機械仕掛けの速やかさで、為すべきことを遂行しようとしていた、涙を流していることにすら気づいていないかのようだった。
私は、そんな彼女を抱き締めた。

335 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:26:47 ID:EXqDFJXnC/

「……ごめん」
「何故、貴方が謝るんですか」
「私がもっとうまくやれば、守れたかも知れなかったから」
「……ココア」

そう言う私を見るソルトちゃんの目には、何も映ってはいなかった。

「貴方はもう、帰ってください」
「え……?」
「これ以上戦う必要はありません、クリエゲージは鋼鉄巨人の頭部にあるのでしょう? それを破壊し、帰ってください」
「ソルトちゃん、どうして」
「貴方のこと、『死んでやり直す』とでも言うつもりだったのでしょう?」
「っ!」

そう、やり直しは効く。
今ここで私が死ねば、時間は三日前に巻き戻る。
そこから、シュガーちゃんが生き残るルートを模索すればいいーー

ーーそう、考えたのだ。

「でも……まだ間に合うんだよ!? 私なら全てを救える、何も変わらない日常に戻すことができる! なのに、なんでそんなことを……!」
「本来、死は不可逆の摂理です、貴方だけに全ての責任を負わせて『シュガーを助けて』なんて言えるほど、私は落ちぶれていません」
「でも……悲しくないの? 寂しくないの? 私は……死にたくなるほど悲しい」
「そうですね、ですが」


「ーーそれは、貴方には関係のないことです」

336 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:28:49 ID:EXqDFJXnC/

「……え?」
「貴方は異世界人です、誰かの私欲のため、身勝手に連れてこられた被害者です、その力を借りること自体が、おかしなことでした」
「でも、そんな」
「もう無理をする必要はありません、貴方は……貴方たちは、こんなところで戦いを続けるような人じゃない。
『オーダー』での召喚の記憶は元の世界に戻れば失われる、全て忘れて、元の生活に戻りなさい」

ソルトちゃんは、私とリゼちゃんへ笑いかけた。
無理矢理笑った、泣きたい気持ちを理性で抑え込んで、半身を失った痛みを笑顔の仮面で隠して、無理矢理笑った。

恐ろしく強い子だ、と思った。
彼女は聡明が故に、感情と行動を切り離すことができてしまう、やりたいことより、やらなければならないことを優先できてしまう。
涙をこぼしながらでも、笑うことができる。

でも、それでは彼女は救われない。

こんな、こんな現実をーー認められない。
目の前に自信の救いがあるとわかっていても、目の前の涙を拭うことすらできない現実を、認められなかった。

どうする? やり直す?

私はーー

「ソルトちゃーー」




ーーその時、私の胸が思い切り押された。

337 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:31:28 ID:EXqDFJXnC/

「ーー避けなさい!」

ソルトちゃんが叫ぶ。
同時に、鋼鉄巨人の方へ振り返る。

「ーーえ?」

そこには、頭があった。
鋼鉄巨人の。

「……なにあれ、ふざけてるの?」
「なんだよ……物理法則もへったくれもあったもんじゃないぞ」

コルクちゃんと、ポルカちゃんが言った。

鋼鉄巨人の、頭だけが浮遊していた。
翼もなければ何かの噴射もない、何故浮いているのか理解不能、だが現実は間違いなくそうだった。
光を帯びた視線が、こちらを射抜く。

そして、閃光と熱線が私とソルトちゃんのもといた場所を貫き、打ち砕いた。

「自立飛行だと……!?」

爆発に吹き飛ばされた私のそばに来たリゼちゃんが、顔を驚愕に歪めて呟く。

「まだ、終わりじゃないってこと……?」
「そうみたいだな……だが、ここまで来たのなら、奴にも後はないはずだ」
「その通りです」

涙を振り切り、ハンマーを構えたソルトちゃんが私の前に立つ。
先ほどの無表情とは違い、そこには明確な怒りの感情が見えた。

「あの史上最悪の困ったさんを叩き潰し、シュガーへの手向けとさせてもらいます」

怨嗟たっぷりに、ソルトちゃんが呟く。
呼応するように、私たちは頭上に座する鋼鉄巨人の頭部に向け、各々の武器を構えた。

そうして、最後の戦いが始まった。

338 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 02:31:54 ID:EXqDFJXnC/
今回はここまでです。

339 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 12:48:37 ID:t6Rx/Ewmi0
今回も手に汗握りました!
まさか、シュガーが・・・・・そしてそれでも終わらない戦い。ですが、いよいよ決着も近そうですね。シュガーがどうなったか、ソルトはどうなるのか、ココアの選択は・・・・・様々な選択や戦いが残されていますが、その全てをこの目で見届けたいと思います。
次回も楽しみにしてます!

340 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/05/24 21:42:53 ID:RtkPi8ZY1N
>>339

ありがとうございます!

ようやくここまで来れました、長かった……もうすぐ終わります。
シュガーちゃんが亡くなったおかげで、完全なハッピーエンドとは言えなくなってしまいました。
その上で、ココアさんが全てを忘れて元の世界に帰るのか、あるいは他の打開策を見つけるのか。
あとは鋼鉄巨人(第二形態)戦で、どれ程の被害が出るか。
その辺りが、今後の話になってくると思います。

341 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:11:08 ID:ZGnzfZvboS

閃光が断続的に地面を耕し、私達は散り散りにそれらの回避に徹した。
上空には鋼鉄巨人、その頭部。

再び私達を見下す位置についた奴は、先程にも増して執拗に、激しい攻撃を繰り出す。
やぶれかぶれの一撃も外れ、とうとう後がなくなった鋼鉄巨人はただ、目の前の敵を排除するために暴れまわっていた。
胴体を失いその威力は落ちたが、攻撃はそれでも人一人を蒸発させるのには十分すぎる威力、しかし、このままなぶり殺しにされているわけにはいかない。

鋼鉄巨人から放たれたビームを避け、跳躍。

「リゼちゃん!」
「了解!」

一瞬で意図を理解したリゼちゃんが、盾を上に構える。
そして、その盾に着地ーー

「行ってこい!」

再びの跳躍と同時に、リゼちゃんが私を、鋼鉄巨人の方へ思い切り投げ飛ばす。

「はあぁっ!」

上空の鋼鉄巨人へ接近、素早く一閃。
ーー硬質な音ともに、剣が弾かれる。

「っ! 硬っ……!」

そして、自由落下をしていく私に向け、鋼鉄巨人の砲口が向けられる。
その口腔に、光が満ちていくのが見えた。
空中では動けない、回避不能ーー!

342 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:12:02 ID:ZGnzfZvboS

スキル『メモリア・スペル』ーー!

それが放たれる直前、横合いからの魔術攻撃が鋼鉄巨人を打ち据え、爆発、砲口が逸れる。
瞬間、ビームは放たれ、私の身体を霞めて地面に直撃、辛うじて形を保っていた家の一つが爆散する。

「ココアさん!」

爆風に煽られ着地した私に声がかかる。
聞きなれた声、ここで聞く筈のない声。

「なんで……!? チノちゃん!」

そこには、先ほど逃がした筈の少女、チノちゃんがいた。
掲げた手には、ティーポットを模したクリスタル。

「凄い光が見えて、いてもたってもいられなくなって……わたしも、戦います」
「チノちゃん、それって……」
「こっそり持ってきてたんです、これがあれば、バリスタの代わり位にはなれますから」

チノちゃんが持っているクリスタルは、エトワリウム製のぶきだ。
先程放たれた、鋼鉄巨人を吹き飛ばすほどの魔術行使。
それも、この専用ぶきの恩恵だろう。
でも、それがあるからと言って……

「なんで来たの! ここは危ない、死んじゃうかも知れないんだよ!?」
「そんなのはわかってます! でもそんなの、ココアさんも同じじゃないですか!」
「私の安い命なんてどうだっていいんだよ! 一つしかないチノちゃんの命のほうが、何億倍も重い! 」
「ココアさんにとってはそうなのかもしれない。
だけど、わたしにとってはココアさんの命は高いんです!
ココアさんが命を投げ捨てるというのなら、わたしがココアさんを守ります!」

チノちゃんは叫んで腕を一振りする。
複数の光弾が展開し、上空の鋼鉄巨人を襲う。

着弾、爆発。
しかし、爆煙の中より鋼鉄巨人が飛び出し、返礼のビームがチノちゃんに放たれる。

343 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:12:56 ID:ZGnzfZvboS

「チノちゃん!」
「ーーさせるか!」

寸前で射線に割り込んだリゼちゃんの盾が、その閃光を弾いた。

「リゼさん!」
「まさかチノが、あそこまでの啖呵を切るとはな……妹にここまで言わせたんだ、もう反論はできないだろう? ココア」

リゼちゃんは微笑んで言った。
事実、私は何も言うことが出来なかった。
前もそうだ、私のためにチノちゃんは泣いてくれた。
そして今、私の前に、鋼鉄巨人の矢面に立っている。

ーーならば、やることはひとつだ。

チノちゃん、リゼちゃんと並び立ち、鋼鉄巨人を見据える。

「……チノちゃんの魔法は空を飛んでるあいつに有効だね、どうにか地面に叩き落とせる?」
「ココアさん……! もとよりそのつもりです、わたしの持てる最大出力を叩き込みます」
「チノの魔法は強力だが、戦闘経験は皆無だ、私は護衛に周りあいつの攻撃を受け止める」
「お願いします」
「地面に拘束したら、私達の攻撃で……」

「おいおい、おれたちを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

横合いからかかる声。
そこには、ポルカちゃん、コルクちゃん、ソルトちゃんの姿。

「チノの攻撃だけでは打ち落とすのに足りない、どうにかあれに取り付ければ……」
「コルクの魔法なら、あそこまで飛べるんじゃないか? 普段は拘束用に使ってるが、自分が飛ぶこともできるだろ」
「了解、私はポルカと共に飛ぶ」
「よしきた!」
「ならば地面に落下しだい、ソルト、ココア、リゼの三人で総攻撃を仕掛けます……準備はいいですね? といっても、奴は待ってくれないようですが!」

344 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:15:52 ID:ZGnzfZvboS

一箇所に集まった私達を一網打尽にせんと、上空より無数の光弾が放たれる。

「ひっ……」
「大丈夫だ、私を信じろ、チノ!」

スキル『ここが私の見せ場だな!』ーー!

チノちゃん、リゼちゃんを除いた四人は一斉に散開、嵐のような光弾が二人を襲う。

周囲の地面をめくりあげ耕すその攻撃はしかし、リゼちゃんの展開した防御壁によって防ぎきられる。

「チノ! 今だ!」
「わ、わかりました……!」

瞬間、絶大な量のクリエが解放され、周囲に衝撃波を巻き起こした。
それは周囲を耕した光弾、それによって発生した礫と土煙を彼方へ吹き飛ばし、周囲に輝く燐光を降り注がせた。

彼女ーーチノちゃんにできることは、そう多くない。
実力が足りない、経験が足りない、技術が足りない。
彼女は弱い、だが、それでも彼女はここまで来た。
全ては、この一撃を叩き込むため。

放たれるクリエの量は、恐らくは彼女に扱える全てだ、その出力が放たれたならば、単純な破壊力でもって言えば私やリゼちゃんの『とっておき』に匹敵する。

さらに、エトワリウム製クリスタルによる恩恵。
経験の足らない彼女にとっては、単なる『強い武器』以上の価値を持たないがーー今はそれだけで十分。

「この一撃に、全てを賭けます」

攻撃の止んだ瞬間に、チノちゃんは手に持ったクリスタルを上空に放り投げる。
直後、クリスタルは太陽の如く強い輝きを放ち、チノちゃん自身を包み込んだ。

「不思議な力を感じます……これなら!」

とっておき『お姉ちゃんのねぼすけ』ーー

上空で滞空するクリスタルが、臨界したように更に激しく輝く。
正真正銘、一発限りの全力射撃。

その光を見てか、鋼鉄巨人の瞳が、再び光を灯す。

「チノ! 攻撃が来る!」
「大丈夫です、わたしは……ココアさんたちを守ると決めましたから。
ココアさんも、リゼさんも、沢山苦しんできた、沢山の死を見てきた、ならばこれぐらいは……わたしも背負ってみせます!」

ーー瞬間、光が空を翔ける。
ーー対面、光が空を引き裂く。

345 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:17:10 ID:ZGnzfZvboS

放たれた二つの光条はぶつかり合い、激しい光と衝撃波を放って一瞬の間、拮抗する。

「当たって……ください……!」

なけなしのクリエを叩き込む。
放たれた閃光は更にその破壊力を増し、敵の攻撃を飲み込み相殺。
そのまま、鋼鉄巨人の巨体を打ち据えた。

ーーだが、まだだ。
まだ奴は浮いている、動いている。

「ソルトちゃん! ポルカちゃん!」
「あいよ!」
「了解した!」

そしてその時には、二人は遥か上空に跳んでいた。
上空で停滞した巨体に向かい、着地、取りつくことに成功する。

とはいえ、普通に攻撃するだけでは、大したダメージは与えられないーー先程のチノの攻撃で、ようやく破孔が穿たれた程度。
ーー狙うならばその場所だ。

チノのとっておきの直撃を受け、赤熱する破孔ーーそこに、コルクは手に持つ短剣を叩き込んだ。

ーー瞬間、鋼鉄巨人は唸りをあげて、激しく暴れだす。
自分に取りつく二つの異分子を振り落とさんと、滅茶苦茶に飛び回る。

「くっ……」
「コルク!」

コルクの足が空を切る、破孔に突き刺したナイフを掴んで、持ちこたえる。
しかし、突き刺したナイフは縦横に振り回され、外れそうになっていた。

だからコルクは、ナイフを手放した。

「ボルカ! 任せた!」

風にまかれて落下していきながら、コルクは叫んだ。

「ーー任されたぜ」

そして、後に残ったポルカの手には、巨大な金槌。
狙うはコルクの残していったナイフ。

スキル『鍛え上げる』ーー!

金槌が炎を纏い、その破壊力を増す。
自らに放てる全開の一撃、それを、一点に叩き込むーー!

346 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:18:13 ID:ZGnzfZvboS

とっておき『ブラックスミス・インパクト』ーー!

「これで、堕ちろっ!」

爆炎を推進力として速度を増し、並みの魔物程度なら肉片になるであろう必殺の一撃。
それによって撃ち込まれた『杭』は、鋼鉄巨人を内部をまで打ち貫きーー

ーー爆発、その巨体が推進力を失い、重力の軛へと捕らわれ落着してくる。
数十トンに及ぶ鉄塊が地面に着弾し、大型爆弾が炸裂したような凄まじい轟音と衝撃波が周囲を薙ぐ。

「やったか……! 行くぞ! 総攻撃をかける!」

リゼちゃんが号令をあげる。
落着した鋼鉄巨人に対しての一斉攻撃。

「これで、終わりだよ!」

リゼちゃん、ソルトちゃん、私が一斉にクリエを解放し、土煙の中へ突撃する。

チェックメイト。
これで、終わりだ。

347 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:21:51 ID:ZGnzfZvboS

ーーだが私は、土煙に隠れた鋼鉄巨人の瞳が、光るのを見た。
まだ、こいつは攻撃をできるだけの余力を残している。
そして、その視線の先ーー

ーーそこにはクリエを使い果たし、動けなくなったチノちゃん。

「……しまった」

謀られたーー!
奴が待っていたのはこの瞬間、リゼちゃんが攻撃の為に離れ、チノちゃんが無防備になるこの一瞬。

……敵の目的は勝つことではない。
『もう一度リピートを行うこと』だ。

だからこそーー足を破壊した直後、言の葉の木への狙撃を慣行した。
そして今ーー目の前に迫る驚異三人を無視して、チノちゃんを殺害せんと狙っている。

『そうなれば私はリピートをせざるをえなくなる』からだ。
言の葉の木が破壊され、何十万という人が死んでも、オーダーで呼び出されたチノちゃんが死んでも、私はリピートによるやり直しを確実に行う。
こいつは、それを読んでいるーー!

もう一度リピートを行えば、こいつは今回のことを学習し、更なる作戦を立てて襲ってくるだろう。

「ーーっ! させるかぁ!」

とっておき『お姉ちゃんに任せなさい!』ーー!

剣先に嵐が収束する。
触れるだけであらゆるものを寸断する超高圧縮の風の束、放てばそれは豪風の鉄槌となって、軸線上の全てを塵芥と化す。

しかし、直感した。
これでも間に合わない。

空間を歪ませるほどの破壊は放たれーーそして、それが直撃する前に、鋼鉄巨人から放たれた光が、一直線に空気を切り裂いた。
直後、豪風の鉄槌が鋼鉄巨人を打ち据える。

「えーー?」

チノちゃんは反応すらできなかった。
その身体が、鮮血で激しく濡れる。

348 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:23:30 ID:ZGnzfZvboS

ーーだが、それは彼女自身の血ではなかった。

「……まったく、世話の焼ける……人たち、ですね」

チノちゃんの前には、ソルトちゃんが立ち塞がっていた。
ーー左半身が消し飛んだ姿で、尚、立ち塞がっていた。

「あ……な、なんで……こんな」

チノちゃんが、震えながら小さく呟く。

「……ソルトは、シュガーを守れませんでした」

ソルトちゃんは、血を吐きながら言う。
長くは持たないであろうことは、明白だった。

「……でも、今度は守れました、もうこんな気持ちは、誰にも味わって欲しくないので」
「ソルトさん!」

ぐらり、と身体が崩れる。
チノちゃんはそれを受け止め切れずに、一緒に地面に倒れこんだ。

「……あとは、任せました」

その姿を、その勇姿を見た私は、思わず叫んでいた。

「リゼちゃん!」
「わかってる! 今度こそ、終わらせてやる!」

風の鉄槌の直撃によって無数の傷を負わされた鋼鉄巨人は、それでもなお、生きていた。

全身を小破させながらも、再び飛行しようと身体を浮遊させる。

それに向かい、リゼちゃんは突撃、手にもっていた槍を突き刺す。

「お前は人を殺しすぎた! もう堕ちろ!」

私のとっておきですら、破壊しきれなかった装甲を持った鋼鉄巨人。
だが、ひとつだけ弱点が存在する。

とっておき『リゼの特製ラテアート』ーー!

突き刺した槍を始点に取りついたまま、リゼちゃんは逆の手に巨大な砲を出現させる。

リゼちゃんはそれの砲身を、鋼鉄巨人の『目』にそのまま叩き込んだ。

「はああぁぁぁぁぁーーっ!!」

砲身にエネルギーが収束ーーゼロ距離射撃。

放たれた砲弾は、鋼鉄巨人を内部から打ち砕きーーついに大爆発を発生させ、その巨体を撃墜せしめた。

349 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:24:18 ID:ZGnzfZvboS

再び地面に落着し、土煙をあげる鋼鉄巨人。
その瞳からは、今度こそ光が消えていた。

「……終わった、の?」
「……おそらくは」
「ーーそうだ、ソルトちゃん!」

はっとして、倒れたソルトちゃんのところへ向かう。
既に傍らにはポルカちゃん、コルクちゃんがいた。
その表情には、いずれも諦めが見えた。

「みんな! ソルトちゃんは?」
「助かるのか!?」

急いで駆け寄り、状態を見る。
ーー酷いものだった。

左腕が肩口から消し飛んでいた。
辛うじて心臓が無事なため、生きてはいるが……。

ここには、治癒魔法を使える者もいなければ、転移魔法を使える者もいない。
今いる町は全壊、生き残りも何人いるかどうか。
別の町まで連れていくにも、その前に息絶えるだろう。

「どうすれば……ココアさん、皆さん、わたしをかばって、ソルトさんは……」
「……行って、ください」
「え……?」

ソルトちゃんはつらそうに、息も絶え絶えに言った。

「鋼鉄巨人は……機能を停止しました、あの中には、クリエゲージと、きららがいるはず……クリエゲージを破壊し、帰りなさい……」
「でも、ソルトさん……」
「ソルトは、いいのです……それに……急がなければ……」

350 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:25:31 ID:ZGnzfZvboS

ーーそのとき、爆発音が響いた。

反射的にそちらを見る。

「……そんな」

視界の、遥か向こう。
そこには、全身から血を流しながらも、こちらへと向かってくるカイエンの姿。

あいつがここにいるということは、ライネさんは死んだということ……
ライネさんですら、『殺せない』という不利を背負っては、カイエンには殺されてしまうのだ。

「行きなさい、急いで」
「ソルトちゃん、何を……!」
「ソルトは……この任務を全うします、付き合ってくれますね? コルク、ポルカ」
「無論」
「当然だな」

ソルトちゃんは、覚束ないながらも立ち上がり、残った右手で槌を握りしめる。
コルクちゃん、ボルカちゃんも、それに習うようにカイエンの方へ立ち上がった。

「私たちで足止めをする、貴方たちは元の世界へ帰って」
「お前たちには散々手伝ってもらったんだ、最後の始末ぐらい、この世界の人間でつけるさ」
「そういうことです、カイエンはソルトたちが討ち取ります、貴方たちは、このまま帰りなさい」
「でも……それじゃ、みんなは」

そこまで言って、リゼちゃんに手を捕まれる。

「行くぞ、ココア」
「リゼちゃんまで、なんで!?」
「ここで私達の誰かが死ねば、また全てがやり直しになる、ここまで来てそんなリスクは犯せないんだよ」
「でも……このままじゃ」
「行くんだ! チノも、ほら」
「は、はい」

リゼちゃんは、私達の手をとって強引に鋼鉄巨人の方へ引っ張っていく。

「私だって悔しいさ……! でも、こうするのが最善なんだ……!」

リゼちゃんは、苦虫を口一杯に放り込んだような、悔しさにまみれた表情をしていた。
それを見た私は、黙るしかなかった。

「……幸運を」

ソルトちゃんが小さく呟いて、三人はカイエンの元へ向かった。

351 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:26:27 ID:ZGnzfZvboS

ふいに、視界が歪んだ。
涙が出ていた。

これが、結末か。

何人死んだだろう? そしてこれから何人死ぬのだろう?
鋼鉄巨人は破壊した、だが、各地に散ったゴーレムたちは健在だ、里への襲撃も、これまで通り行われる。
私は致命的な結末を防いだに過ぎず、沢山の絶望は変わらず生まれてしまった。

……笑わせる。

みんなを救うと言いながら、この様。
『何も変わらない明日』が、どれほど貴重で、どれほど尊いものなのか、私は改めて理解した。

憔悴したまま、鋼鉄巨人の爆発を起こした破孔を探る。

クリエゲージは、存外すぐに見つかった。

爆発の影響を受けているものと思ったが、鋼鉄巨人にとってもこれは非常に重要な機関、内部の隔壁に厳重に保管されていた。
私達の攻撃によってそれも半壊していたので、探るのも容易だった。

「ーーきららちゃん!」

クリエゲージの中には、予測通り、きららちゃんが捕らわれていた。
『刻巡り』の完成のために捕縛されていたのだ。

「リゼさん、ココアさん、チノさんまで……」
「助けに来たぞ、遅くなってしまって、すまないな」
「いいえ、そんな……それにしても、この鋼鉄巨人を倒してしまうなんて、凄いです、まさかカイエンも?」

きららちゃんの言葉に、私達は答えられなかった。

「……ごめん、きららちゃん」
「……ココアさん?」
「今、コルクちゃんと、ポルカちゃん、七賢者のソルトちゃんが、カイエンの足止めをしてる、万全の状態じゃないから、多分三人とも……」
「そんな……」
「それだけじゃない、この町は完全に破壊し尽くされてしまった、里にも、明日の昼にゴーレムの襲撃が来る、多くの人が死ぬ」
「……」
「私、なにも出来なかった、なにも守れなかった……だから、ごめん」

352 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:27:45 ID:ZGnzfZvboS

私は歯噛みした、どうにか涙を止めようとした。
泣くべきはきららちゃんのはずだからだ、彼女の大切な人たちは、その殆どが、死の危機に晒されているのだ。
それに対して、私は何もできない。

「せめて私に力があれば、せめて私の頭がよければ……。
ーーせめて、もう少し前から、やり直せたなら」

今のリピートは、あらゆる危機が確定しすぎている。
その全てを止めることはできないし、既に亡くなってしまった人も大勢いる。
それを変えることはできない、確定してしまった現実なのだ。

だから、この戦いのすべての現況を取り除けたならーーそう思わずには、いられなかった。
だが、それも全て後の祭り。
いくら妄想を重ねても現実を変えることはできない。

「ーーひとつだけ、方法があります」

きららちゃんは、ぼそり、と呟いた。

「……え?」
「ひとつだけあります、誰も死なない、ハッピーエンドを迎える方法が……しかし、これはあまりにも危険です、それを理解した上で、聞いてください」
「みんなを救う方法があるなら、私はどんなことでもするよ、何度でもやり直してーー」

「ーーまず、この方法は『一回限り』です」

353 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:29:03 ID:ZGnzfZvboS

「え?」
「チャンスは一度きり、失敗すれば、間違いなく今より酷い状況になります」
「一度、きり……」

それは、今の私にとっては、恐ろしく重い事実。
死ねない、命は一度きり、やり直しはきかない。

……だけど、それしか方法がないのなら。

「……続けて」
「わかりました……いま、この場には、鋼鉄巨人の介入を受けず、単独でのリピートを行える環境が整っています」
「それって……!」
「確実に敵の裏をかけます、そしてーーこの単独のリピートであれば、ココアさんたちがこの世界に来た瞬間……即ち『オーダー』によって召喚された直後まで、戻ることが可能です」
「まさかーー全てが始まる前にカイエンを倒し、いままでのこの騒動の全てを『なかったこと』にする、それが、みんなを救う方法?」
「その通りです」

確かにそれならば、みんなを救うことは可能だ、今まで私達がしてきた戦い、その全てが『起こらなくなる』のだから当然だろう。

「だけど、時間移動にはかなりの力が必要だって聞いたよ?」
「ここに触媒があります」

きららちゃんは、目の前の鋼鉄巨人をこんこんと叩いた。

「鋼鉄巨人は単独でのリピートを行うため、膨大なクリエを貯蔵していました、人一人くらいなら、飛ばすことは可能でしょう、魔方陣もありますし、その調整くらいなら私一人でも可能ですから……」

きららちゃんは、いつになく真剣な表情で言った。

ーー爆発音、カイエンとの戦闘による至近弾だ。

カイエンは当然、三人を殺した後にはここに来る。
きららちゃんは召喚士とはいえ、主要なクリエメイトは消滅させられている、勝ち目はない。

ーーだとしても、彼女は私たちの選択を受け入れるだろう。
私達が帰ったあとに、殺される運命をすら。

354 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:30:11 ID:ZGnzfZvboS

「ココア……行ってくれ」
「リゼちゃん?」
「行けるのは一人だ、私単体では、恐らくカイエンを倒すことはできない、行くのならばココアが最適だ」

リゼちゃんが言う。

「ココアさん……なにもできない手前、私が言うべきではないのかも知れませんが……行くべきだと、思います」
「チノちゃん……」
「ココアさんも、こんな結末は望んでないはずです、わたしも、こんなのは嫌です……」
「……そうだね」

そう、そんな悲しい結末は。
そんなことは、許すことはできない。

私は、お姉ちゃんだから。

「きららちゃん、私に『刻巡り』を使って」
「ーーいいんですか?」
「今回はシュガーちゃんが死んだ、他に何千人も人が死んだ、多分私たちが戻った後にも、何人も死ぬ、そんなのは……そんな結末は、絶対に嫌」
「……わかりました」

きららちゃんは、持っていた長大なロッドを構える。
周囲にクリエが沸き立ち、光が無数の魔方陣をかたち作る。

「ーー行きます、ココアさん、準備はいいですね?」
「うん、大丈夫だよ!」

周囲の魔方陣が輝きを増し、視界が白く染まっていく。
膨大なクリエが私の周囲を取り巻き、一世一代の大魔術を紡ぎあげていく。

「……御武運を、ココアさん」

視界が白い光に染まり切って、しばらくたった時ーー
何かが途切れるように、私の意識は失われた。

355 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:31:09 ID:ZGnzfZvboS

ーー101週目。

私はきららちゃんの言うとおり、『オーダー』によってこの世界に来た、その直後に目覚めた。

「ーーあぁ、戻ってきたんだ」

私たちは、鉱山の町のど真ん中に、突如召喚されたのだ。
周囲には、足を止めた人々による人だかりができていた。

「こ、ここは一体どこですか……? 一体、何が……」

状況を理解できず目を回すチノちゃん。

「こ、これはどういう状況だ!? 私は敵国に拉致されたのか? こ、こんなかわいい服装まで用意して……それにこの槍、本物じゃないか!」

リゼちゃんはこの異常な状況に警戒し、槍を振りかざして周囲の人々を牽制した。

この状況は、『オーダー』を察知したきららちゃんが来るまでの数分間、続くのだが……今思えば、先にきららちゃんに発見され、里で保護を受けられたのは、幸運だったのだろう。
『オーダー』による召喚は、術者から一定の範囲内でランダムの場所に召喚される。
もし、カイエンの近くに私たちが召喚されれば、その時点で積みだったのだ。
里へ保護されたことで、カイエンはある程度の戦力が整うまで、こちらを攻めることを断念したのだ。

だが、今回は目的が違う。
今回の目的は、可及的速やかにカイエンを排除し、これから起こる騒動の『元』を断つこと。

「……ごめんね、二人とも」

私は、その騒ぎに乗じ、人混みに紛れて姿を眩ました。

356 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:31:35 ID:ZGnzfZvboS

その場を離れた私は、まず、ゴーレムを発生させる魔方陣があった洞窟へ向かった。

ここは里へ向かうための最短ルートだ、しかしーー

「もう既に、魔方陣は起動してるのか……」

その時点で、洞窟には相当数のゴーレムがおり、鉱石を掘り出しては外へ持ち出していた。

だが、洞窟内に常駐している数は前やったときより遥かに少ない。
これなら、私単騎でも打倒できるだろう。

私は、扱いなれた普通の金属製の剣を引き抜く。

「今、魔方陣を破壊できれば鋼鉄巨人の完成はない」

水面下に、何の犠牲も出さず、全てを終わらせる。
私は、ゴーレムの群れに飛び込んだ。

357 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:32:29 ID:ZGnzfZvboS

魔方陣を破壊した私は、以前より一足早く、里へと到着していた。
目的は一つ、エトワリウム製の専用ぶきだ。

ポルカちゃんの鍛冶屋を、そっと覗き込む。

中には人はいない、鍵を壊し、中へ侵入する。

「リゼちゃんも、こんな気持ちだったのかな」

リゼちゃんは専用ぶきを手に入れる際、今の私と同じように強盗紛いのことをしている。
ーー恐らく、リゼちゃんはリピートの中で、ライネさんに認められ、あの武器を与えられたのだろう。
その後のリピートではその手間を惜しみ、盗んで出ていっていたのだ。
正義感の強い彼女のこと、苦渋の決断であったことは間違いない。

中を見渡し、専用ぶきが並べられている奥の倉庫へ向かう。
そこには、私の剣、チノちゃんのクリスタルと、そして、リゼちゃんの槍と盾が飾られていた。

その中の剣を手に取り、素早く身を翻すーー

「……いや」

私は、書き置きを書いた。

リゼちゃんは『しばらく借りさせていただきます、ごめんなさい』という文面だったがーー

「……多分私では返せないし、『借りる』じゃないよね」

結局一言『ごめんなさい』とだけ書き置きを残し、私はその場を後にした。

358 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:33:18 ID:ZGnzfZvboS

雨が、降っていた。
リピートの3日目と同じような、身を刺すような冷たい雨だ。

視線の向こうには、鋼鉄巨人が建設されていた遺跡。
魔方陣を破壊した今、カイエンがいる可能性があるのはこの場所だけだ。

「ーー寒い」

そう感じた。
身体が震えていた。
寒さのせいではない。

怖かったのだ。

今の私にリピートはできない、命は生まれ持ったただ一つのみ。
負ければ終わりーー今まで、軽く安く扱っていた自分の命が、重い。

自分が負ければ、きっとカイエンは、鋼鉄巨人は、再度作戦を練りこちらを強襲するーーその時失われる命は、どれほどのものか。

ーー今までに見てきた今際の表情が脳裏に甦る。
ランプちゃん、チノちゃん、ライネさん、ポルカちゃん、シュガーちゃん、ソルトちゃん、きららちゃん。
皆が命を賭けて、私をここまで送り届けてくれた。

絶対に失敗はできない、だからこそ、怖い。

剣を握りしめる。
考えるのは、ただ奴を殺すこと、それだけ。
余計な雑念は不要だ。

ーー遺跡の中、鋼鉄巨人が鎮座していた筈の大広間。
そこには、今はなにもなく、閑散とした風景が広がっていた。

ーー奥から足音。

359 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:34:12 ID:ZGnzfZvboS

「まさか、ここまで早く嗅ぎ付けられるとは、些か予定外だな」
「カイエン……!」
「……貴様、私の名前を?」

姿を表した赤色の鎧ーーカイエンは、訝しげに言った。

「名乗った覚えはないな、小娘」
「小娘じゃあない、私には、保登心愛っていう名前がある」
「……ほう、クリエメイトが、ここに何の用だ」
「クリエゲージを破壊して、誰にも手を出さず、ここから出ていって」
「嫌だ、と言ったら?」
「貴方を殺す」

カイエンはそれを聞いて、笑った。
私は剣を引き抜き、突きつける。

ーー無意味な問答だということはわかっていた、彼女は正義ではなく、己の大義の為に戦っているのだから。
故にこの場で起こることは、意思と意思によるぶつかり合い以外にあり得ない。

カイエンは、ゆっくりと兜を取り去り、床に投げ捨てる。

「自己紹介は不要だな、保登心愛……答えは『嫌だ』だ、私を止めたいと思うのならば、殺して止めるのだな」
「やはり貴方は、そう言うんだね……人の話なんて聞く気も無いし、戦いを楽しむことしか興味が無い」
「わかった用な口を……いや、なるほど」

カイエンは、何かに思い至ったように目を伏せる。

「……『刻巡り』か」
「……」
「戦いを知らぬ筈のクリエメイトがその殺意……繰り返しの果てにここまで来るとは、感服する」
「何人も人が死ぬのを見てきた、そして、貴方を放置すれば、それが起こってしまうことを私は知っている……だから私は、貴方を絶対に止めなければならない」
「……そうか、ならば」

カイエンがクリエを解放。
凄まじい炎熱が遺跡内を埋め尽くし、揺らめく炎が辺りを照らす。

「最早、これ以上の言葉は不要か」

360 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:35:28 ID:ZGnzfZvboS

スキル『フォックストロット』ーー

カイエンが腕を一振り、周囲に無数の炎の矢が展開される。
それは直後、扇状に射出され、こちらを囲むように襲い来る。

ーー勝てない。

弱音でもなく、諦念でもなく、事実としてそう心に浮かんだ。

ーーこのままでは勝てない。

このままカイエンの攻撃をまともに受けたならば、そこから反撃に移るのは至難の技。
移れたとしてもあのしぶとさ、1、2回程度切り裂いたところで、その間にこちらが殺される。

ならば、こちらに取れる方策は一つ。

ーー殺られる前に殺るだけだ。

「……私は、お姉ちゃんだから」

何かの呪文のように呟く。
身体に力が漲る、視界がクリアになり、やるべきことを心が理解する。

剣を構える、全ての力をその剣に叩き込む。
後のことを考える必要はない。
考えるべきは、目の前の敵を斬ることのみ。

見捨てた命、流した血と涙、あらゆる追憶が走馬灯のように流れる。
そう、全てはこの時の為に。
私の100週の集大成、その全てを、刹那の内に叩き込むーー!

スキル『クロックワーク・ラビット』ーー!

視界が鈍化する。
そこに移るあらゆる全てを観察し、理解し、最適な行動パターンを身体にセットする。

身体速度の向上など、その行動パターンに対応するための補助に過ぎない。
目の前で起こる物理現象の全てを把握し、その一秒先、二秒先、三秒先の未来を予測し、そして、最短にして最効率の行動を行う。

現実をつぶさに見ることで、未来を切り開く力ーーそれが、私の編み出した技、たどり着いた答え。

361 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:36:55 ID:ZGnzfZvboS

私は、前方より迫り来る炎の矢ーーそれに対し、避けるのではなく、飛び込んだ。

「ーー!」

カイエンの息を飲む気配を感じる。
壁のように迫り来る物量、それの間を縫いすり抜け、私は一足にカイエンの間合いへと飛び込んだ。

「うおおぉぉぉーーっ!!」

8つもの急所に狙いを定め、寸分違わず、一息に斬激を叩き込む。
8つの傷口より、血飛沫が舞う。

「っ!! ぐ……あぁぁぁ!」

だがカイエンは倒れない、獣のごとき雄叫びをあげ、反撃の刃が私を捉える。
衝撃、大きく間合いを離される。

ーーそして、周囲に舞う無数の燐光に気づいた。
ほぼ同時に、カイエンが剣を振り抜く。

スキル『ハイインパルス・サーモバリック』ーー

ーー瞬間、視界を光が覆った。

壮絶な爆豪が遺跡を震わせ、広間を火の海にする。
この閉鎖空間、回避不能の攻撃。

ーーしかし、それを読んでいない筈はない。

ーー煙が吹き飛ぶ。

そこには、嵐があった。
竜巻の槍が、カイエンの身体を狙っていた。

とっておき『お姉ちゃんにまかせなさい!』ーー!

行く手を阻む炎を消し飛ばし、悉くを貫く豪風の槍が、弾丸の速度でもって、カイエンへと突貫する。

カイエンにできたことは、僅かに身体を反らすことだけ。
そしてその行動が成したことは、彼女の命を数秒、伸ばすことだけだった。

ーー私の攻撃は、カイエンの右腕を、剣ごと消し飛ばした。

「くっ……」

続く横薙ぎは、カイエンが後退したことで空振る。

「逃がさない!」

剣を構え、その心臓に向かい突撃する。
必勝を確信、しかし確実に、奴の命を終わらせる為に。

「……あぁ、ここまで出来るとは思わなかったよ、君が」

カイエンは嘆息する。
諦めにも似た、称賛の言葉。

ーーその直後に、私の剣はカイエンの心臓を貫いた。

362 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:37:32 ID:ZGnzfZvboS

「……今度こそ、私の勝ちだよ」
「そうか……負け……か」

ずるり、と剣を引き抜く。
カイエンは数歩たたらを踏み、遺跡の壁に身体を預け、それでも自らの体重を支えきらず、壁に血の跡を残しながら地に倒れた。

「……雌伏の内に果てるとは、な……結局私は、正しくなどなかった、というわけか」

血を吐きながら、カイエンは言った。
その言葉には、怒りや悲しみはなく、むしろ納得がいったとでも言うように平静だった。

「行け、クリエゲージは奥にある」

カイエンは奥を指し示した。
私は一瞥もくれず、その方向へと向かう。

「……カイエン」
「……何だ」
「……できれば、今の貴方は殺したくはなかった」

彼女はまだ、何もしていない。
憎悪はあれど、未だ無実の人を、殺したくはなかった。
可能であれば、話し合いで済ませたい気持ちは、あった。

「……」

答えはなかった。

今度こそ私は、クリエゲージのある場所へと向かった。

363 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:38:46 ID:ZGnzfZvboS

「……これが、クリエゲージ」

そこにあったのは、無骨な牢……いや、鳥籠だ。
『オーダー』で召喚したクリエメイトをこの世界へ止める楔にして、クリエを奪う力を持ったもの。

かつて、筆頭神官アルシーヴが起こした争乱の最中、使用されたものと同じ。

これを破壊すれば、私は現世へと帰ることとなる。

ーーそして、『オーダー』で呼び出された際の記憶は、引き継ぐことができない。

つまり、私が今ここでクリエゲージを破壊してしまえば、今までに起こった争乱を記憶するものは、この世から一切合切消え去ることとなる。

そう、今までの戦いは文字通り、完全に『なかったこと』になるのだ。

そうなるのは、少しだけーー

「ーー寂しい、な」

そう、思った。
今までの頑張りが、全部消え去ってしまうようでーー

誰も誉めてくれる人もなく、認めてくれる人もなく、笑いかけてくれる人もなく。
一人で消えていくのは、とても、寂しかった。

チノちゃんに、リゼちゃんに……みんなに会いたい。
お姉ちゃんはこんなに頑張ったんだよ、と言いたい。

「ううん、この先には、きっと『何も変わらない明日』がある……誰も悲しまない、優しい世界がある」

それで、十分じゃないか。
それを胸にしまうだけで、私は消えていける。

それに、今の私は異分子に過ぎない。
『オーダー』での召喚は、世界へ影響を与える。
一刻も早く帰還しなければならない。

「ーーはあぁっ!!」

剣を一振り。
クリエゲージが粉々に砕け散る。

それと同時に、私の身体にも異変が起き始めた。

「身体が……」

身体が淡く輝き、燐光を放って少しずつ薄くなっていく。
同時に、今までの出来事が走馬灯のように甦ってくる。
そこに、笑顔は殆どなかった。
苦しみ、悲しみ、苦悩ーーそして涙。
そんなものばかりだったから、この世界ではーー

「ーーみんなが、笑える世界になったらいいな」

そう、思った。

ーーそれを最後に。

保登心愛というクリエメイトは光となって、この世界から現世へと帰還した。

364 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:39:31 ID:ZGnzfZvboS

そして、誰も知ることなく、誰に謳われることもなく。
ひっそりと、物語は幕を閉じた。

ただ一人、女神だけが、その事実を観測していた。

そして彼女は嘆いた、この物語が『なかったこと』になることを良しとしなかった。

故に女神は、聖典を書いた。

あまりにも過酷な戦いを綴る聖典を書きーーそして、彼女の代わりに、世界に笑顔を、と願った。

ーーそして、物語は本筋に戻る。

今まで通りーーそして、これからも、クリエメイトたちの繰り広げる、どたばたした、きらきらした物語が繰り広げられる。

そこにはきっと、彼女の願ったものが、あるのだろう。

365 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:40:01 ID:ZGnzfZvboS
終了です、長かった……

366 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/13 23:45:14 ID:0DCoZMN6Ke
初めて、先生の作品の投稿をリアルタイムで追い掛けました。本当にお疲れ様でした。

失ったものを全て取り戻すために戦い抜いたココアの物語、最初から最後まで手に汗握り、時には涙を流しながら追い続けました。この作品を追い掛ける日々が本当に胸躍り、続きを待ち焦がれ続けました。最後まで読み切って、今はとても清々しい気持ちです。



ココア、100週もの辛い戦い、本当にお疲れ様。
リゼも、95週も本当にお疲れ様。

そして先生、約半年の執筆、本当にお疲れ様でした。素敵な作品を、本当にありがとうございました。

367 名前:ルナ・ソレイユ◆yodjdoerBO2[age] 投稿日:2020/06/14 10:10:46 ID:FwbrxpG9bW
最初に戻り全てをやり直す…
今までのリピートがあったからこその解決方法…
不意打ち、準備中とはいえカイエンを圧倒するだけの力をすでに持っていたとは…
ごちうさの世界観では描くことのできないココアのある意味で歪んだ成長、こちらも緊張しながら読ませていただきました。
女神の聖典でこのココア達が報われることを願っています。

368 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/14 12:39:25 ID:ci/aegF3wA
>>366

この作品を最期まで見てくれてありがとうございます。
素敵な作品だと言っていただけて感無量です。
こういった作品を最期まで書ききれたのは初めてで……それができたのも、このスレの方々のおかげです。
長くお付き合いいただいて、改めてありがとうございました。

>>367

最期の展開に関してはかなり初期から決まってました、誰も死なないルートというのがこれ以外では実現できなかったので……
この後、ココア、チノ、リゼはコールで召喚され、鋼鉄巨人イベが発生しないことを除いてゲーム通りに物語が進んでいきます。
この物語のココアさんが望んだ世界ですね。
最期まで付き合っていただいて、ありがとうございました。

369 名前:阿東[age] 投稿日:2020/06/14 19:22:57 ID:rrTXGVs1v2
半年お疲れさまでした・・・。

いやあ、濃い内容でした・・・。

370 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/06/15 01:58:37 ID:/k1qbo.Wwe
>>369

ありがとうございます。
エトワリアって設定を掘り下げれば以外と濃い設定も出てくるんですよね。
まぁここまで真っ黒にするのは少し異端かもですが……
今回は趣味嗜好ガン積みの内容だったので、次ここに投稿することがあればもうちょい軽い雰囲気の作品を書いてみたいです。

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名前 age
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